本日の論題:ソーシャルゲーム

文字数 3,896文字

はぁ。良かった。今日はトワ先輩だ
ちょっと、国光! それどういう意味よっ!
 恋々子は丸い顎を上げ、薄い胸を張りながら短い指で後輩をさす。
ココ先輩は小動物みたいで可愛いってことですよ

 見ている分にはいいが、一緒に遊ぶのは面倒臭い。

 ディベート部に身を置くようになり、国光の口は随分と軽くなっていた。

えっ? そうっ!
 一方、恋々子は頭も心も日に日に軽くなっていた。
はい、あんたはあっちでしょ
小動物みたいだからって、そんなふうにしっしっしないのっ!
 弾んだ声で文句を言いながら、恋々子は秋人の隣に座った。
はぁ……
 秋人は既に諦めの境地にいて、味方ではなく敵の永久莉を眺めていた。恋々子と組んで、いいと思えるのはそれくらいだった。
秋人、やるよっ!
はい。作戦は『おれにまかせろ』でいいですか?
よくなーいっ! 『わたしにまかせろ』なら考えなくもないけど
じゃぁ『めいれいさせろ』?
『めいれいするわよ』
ココ先輩、意外に詳しいっすね
だって、兄ちゃんと弟がいるもーん
姉や妹は?
いない。欲しかったんだけどね

(真ん中の長女だと、こんな仕上がりになるのかぁ……)

なら『テンションためろ』でいきましょう

 肯定派のふたりは共にゲームに明るかった。
 

 一方、否定派はからっきしの様子。

国光はゲームやる?
将棋、囲碁、チェス、花札、麻雀……
……あんたそれ、ギャグのつもり?

すいません。こんな名前なんで、古臭い遊びしかしらないです。

おじいちゃん、おばあちゃんっ子なんで

ウチは女家系だからさ

4姉妹でしたっけ?

 コースこそ違うが、その内のひとりが同学年ということで以前聞いたことがあった。

 そして、流れで中等部にも妹がいることを知り――

 3姉妹ですか、と当然の反応をしたら小学生の妹もいると聞かされた次第だった。

そう、お父さんは息子が欲しくて頑張ったらしいんだけどね。

頑張れば頑張るほど肩身が狭くなって、自分で自分の首を絞めちゃったみたいな?

トワ先輩は……長女でしたよね

そっ。だから、どうしてもね。

年下みるとぶん殴りたくなるの

~~♪
――やかましいコだけね。物静かなコだと、可愛がるよ
 同い年の恋々子を冷たい目で見ながら、永久莉は言った。
あぁ、それで。ココ先輩とは、ああなんですね
そう。あのちんちくりんと同級ってのが、本気で信じらんないの

 恋々子が平均身長を下回るよう、永久莉は上回っていた。

 またスタイルもそう。

 顔立ちも可愛い系と美人系で違う。ただ唇に関しては逆で、恋々子のほうが分厚くて色っぽかった。

でも、肯定派じゃないからゲームに詳しくなくても大丈夫ですよ

 国光はそう励まして、集めたニュース記事を机に並べた。

 そうして、ディベートの殻を被った武装理論の応酬が始まる。

専用のクライアントソフトを用いないゲーム、という定義でよろしかったでしょうか?

いえ、日本においては携帯――スマートフォンを媒体にしたゲームとしたほうがいいでしょう。

いわゆるネトゲ、ソシャゲを一緒には語れません

特に昨今、ニュースなどで話題に上がっているのはソシャゲです。

ネトゲにおける社会問題はRMTでしたが、ソシャゲだとガチャを始めとした課金制度ですからね

……そうですか

(おや、もしかしておれの独壇場?)

そうなんだぁ
(隣にいる、このポンコツな先輩さえどうにかすれば……!)

問題の焦点となるのは、課金制度だと思います。

中でもガチャと呼ばれる――当たりくじのようなモノが、批判される筆頭ですから

 とりあえず、秋人が主導権を握る。

けど、それは既存の当たりくじと変わらないかと。

お祭りのくじだって、同じくらい酷い確率です。また、パチンコなどのギャンブルもそうでしょう

博打、はまた別でしょう。

金銭という、明確なリターンが設けられているのですから

 永久莉の指摘を聞いて、秋人はますます勝利を確信する。

 たいてい、否定派は据え置きゲームを出してくるのだがふたりは違った。

 おそらく、据え置きゲームですら擁護できる知識がないのだろう。

ソシャゲにはそういったリターンはありません。

それなのに、どうして大金を注ぎこむのでしょうか?

(こちらに説明させて、自己矛盾を誘発させるのが目的か……)


 得意の話題だとついつい喋り過ぎてしまうのが人の常。

 こういう時こそ、気を引き締めなければならない。

ひとつはランダム性です。

マウスを使った実験でもわかっていますが、10回に1回餌が出てくるレバーを用意するとマウスは狂ったようにレバーを引きます

これが絶対に出るレバーだと、餌が欲しい時にしか引きません

(この人は、どうしてナチュラルに他人を馬鹿にするかなぁ)

次に収集癖。

特に男性はその傾向が強く、集め出したらすべてコレクションしないと気が済まない

そこに先ほどのランダム性が加わることで、ますますのめり込むわけです

(自分の知識を語るのに夢中で――いや、楽しくて仕方がないんだろうな)

更にはっ! 成功体験も得られます。

これは何も対人要素やランキングだけに留まりません

くじで当たりを引く! 

これだけでも人は自分を特別だと思えますし、その快感はとてつもなく大きいの――ですよっ!

……他にも、コミュニケーションツールとしての一面があげられます。

流行に取り残されることは疎外感を与え、虐めなどの温床にもなりますからね

 結局、恋々子と組む相手はそのフォローに追われる。

特に最近はそういった空気に過敏な傾向があります。

これは子供や学生だけでなく、大人にも当てはまることです

なるほど。

ゲームとはいえ、個人でするものではないのですね

そうなの! 世界中に繋がっているの
 永久莉が素直に関心を示すと、恋々子があっさりと釣れた。
ひとりで遊びたいから、そういったゲームをするのではないんですか?

違います。

現在、ソシャゲに限らずゲームにおいて他者との繋がりは切り離せません

 国光の何気ない質問で、秋人まで釣れる。

本来、人間にはひとりの時間が必要です。

それなのに、その時間をバーチャルとはいえ他者との繋がりに充てるのは、現実でのコミュニケーション不足では?

……

(そういう奴もいるかもしれないけど違う。少なくともおれは違う。わいわいゲームやるのは楽しいに決まってるだろうが。つか、おれがそういうの好きと知っていてよく言うよな。ココ先輩が移ったか?)

 なまじゲーム好きであるゆえに、秋人には聞き流せない発言が多すぎた。

先ほど、成功体験に繋がると仰ってましたね。

ランキングなどの存在はそれに加え、承認欲求も満たされる――商売としては素晴らしいシステムです

責められる点は、その対象が子供にも及ぶところでしょう

それは、そうね。

実際、この手の問題はクレジットカードの時にもあったもん

現金とのズレ? って言うのかな。

お金を手で数えて支払うのと、ただの数字として振り落とされるのでは使い方がぜんぜん違うの

 永久莉が焦点を逸らし、恋々子が乗る。

 話し言葉からして、彼女は既に飽きている様子。

それで大人でも破産したんだから、子供なら尚更だよ。

手元にないモノをあるって実感させるのは、難しいと思う

子供は自分でお金を管理しているとは言えないですしね。

その教育がなされないまま、大人になった人たちも多い気がします

……

(ココ先輩、なに巧いこと言ってるんですか。おかげで論点がズレたじゃんか。あーもう、この展開だとおれだって擁護しきれん。実際、問題なのは金銭感覚がない上に自制ができない奴らの所為だし……)


 秋人は言い返したい諸々が渦巻いて、新しい話題に参加できずにいた。

未熟な子供を対象にした搾取ですね

それでも、ゲーム自体が悪いとは思わない。

それで金銭感覚をしっかりと身につけさせて、心の教育もきちんとしてやれば絶対にためになるもん

手軽で気軽に手を出せるのがハマりやすい要因でしょう? 

ゲームはその一端を担っていると思いますが?

……結局、同性の友達がいない人って詐欺の被害にも遭いやすいから……

仰る通り、根本的な問題はソシャゲではないですね。

手軽なゲームに紐づけられているから目立つだけであって、似たような集金システムは社会の至る所に存在しています

 零れ落ちた恋々子の弱音を、国光は見事に拾い上げた。

そうそう。ソシャゲに騙されなくても、他のことで騙される可能性もあるわけだし。

その場合、もっと酷いことになるじゃない? 

 案の定、水を得た魚のように恋々子はまくしたてる。

だから、そういう教育面から見てもソシャゲはいいのよ。

規制して押さえつけても、すぐに別の媒体が出てくるに決まってるもん。

だったら、既に問題がわかっているソシャゲを残すべきなのよ!

 結局、3対1の構図。

 恋々子は喋れば喋るほど、いい気になって自分の立場を忘れてしまう。

まぁ、お金の使い方って幼少期に決まるらしいから改善は難しいんだけどね

ちなみに、秋人さん。

人間関係やお金の消費まで、バーチャルで満足できるのですか?

 嫌味っぽく、国光は名指しをした。

――皆さんに至っては、色々と誤解しているように思われます

(ココ先輩と違って、こいつはワザとだな)

 ――上等だ乗ってやる! 

 と、秋人は無謀にも3人を黙らせる勢いでソシャゲの魅力について語り出す。

(個人の主義・主張を持ち込んじゃダメなんだけど……1年生だし仕方ないか)
(これだから、マニアとかファンって嫌いなんだよな。自分が好きなモノを馬鹿にされたくらいで、すぐキレやがる)
(おぉ! 秋人が燃えている! 先輩として、わたしも援護するぞ~♪)
 ディベートでは感情よりも、論理が大事である。

 好きゆえの拘りを手放せない人間には、辛い戦いになるのだった。

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登場人物紹介

染谷 恋々子《 そめや こここ》、愛称ココ

一芸入試組3年生だが、その年齢にあるまじき低身長でちんちくりん

ディベート部ではババ抜きにおけるババ扱い

つまり、引いた相手は嫌がる

味方にすると恐ろしいが、敵に回すと愉快なコ

頭の回転は早いものの、よくよく空回りして明後日の方向に飛んでいく

そういった性質に加え、ふらふらと揺れながら歩くことからコケコッコーの蔑称あり


鷹司 永久莉《たかつかさ とわり 》、愛称トワ

中高一貫付属組のJコース3年生で、ディベート部では最も頼りになる存在

ただ、恋々子のノリに付き合えるだけあって中々の性格をしている

4姉妹の長女で同性の扱いが得意な一方、男性はちょっぴり苦手

もっとも、後輩たちは男のカテゴリーに入っていないのかそんな様子は微塵も窺えない

姉妹揃って発育がいいいらしく、小学生の末妹ですら恋々子を上回っているとか

林原 秋人《 はやしばら あきひと》、A(進学)コース1年生

基本的に真面目で普通の性格

事実、そのスタンスで発言することが多い

ただ、時折り全方位に向けて敵意を向ける悪癖があり

特に恋愛や異性を含む論題になるとその傾向が強くなり、周囲をドン引きさせる

加賀 国光《 かがくにみつ》、SA(特進)コース1年生

入部当初は無口で口下手だったものの、最近は口が軽くなってきている

ただ、時折り迷子になるのか会話の着地点を見失う傾向が強い

本人は陰気でつまらない奴と思い込んでいるものの、女子に告白された経験あり

更にはそれを普通と思える感性な為、恋愛関係の論題になるとナチュラルに秋人を刺激する

ディベート部の顧問

通称、STY

S(セクハラ)T(ティーチャー)Y(山本)

かつては生意気な生徒だった為、破天荒な生徒に対しても寛容である

伊西(いにし)エレナ

一芸入試組3年生、元ディベート部

恋々子曰く、性格が悪いというか性悪

初期から何かと話題にあがるマスメディア部の部長だが、登場は#7より


腐頭 桜《ふとう さくら》

一芸入試組3年生、マスメディア部の副部長

エレナ曰く、恋々子よりも馬鹿で間抜けで煩くて人としてどうかと思う存在

一方、誰もが認める美人で背も高い

登場はエレナと同じく#7より

響《ひびき》先生、31歳独身

藍生先輩曰く、さぞかし簡単な人生を歩んで来られたお人

その評価を裏切らず、教師にあるまじき幼い言動が目立つ

登場は#7より(初出は別作品、結婚すべきかどうかをアラサー女教師が女子高生に相談する)

 

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