本日の論題:婚前交渉

文字数 2,969文字

 ディベート部にはカレンダーが設置してあり、そこに各々がやりたいテーマを書き込んでいく。
 そして当日までに、誰からも消されなければ論題決定。

 ちなみに、空白のほうが多い。

 月始めには顧問が来るので沢山書き込まれるものの、日に日に減っていくのがお愛嬌だった。

そういえば誰よ、このテーマ書いたの?
 ただ顧問も目を通すので、あまりにふざけたモノは許されない。
おれじゃないです
……僕も違います

 しかし、わざわざ消す真似はせず、きっちりと予習もしてきていた。

 テーマはともかく、肯定か否定に回るかはパートナー共々当日に決まる。

じゃぁ、ココかSTYか誰かの悪戯か

 STYは顧問――セクハラティーチャー山本――の略だった。

 何をしたかは知らないが、2~3年の女子の間ではそう呼ばれている。


 また、このシステムを知っている生徒の悪戯も多い。

 酷い下ネタやふざけたテーマだと即刻消されるが、そうでない場合は残ることもしばしば。

 

 ディベート部の活動は録音したものを書き起こして、HP上に掲載している。

 中でも面白いと思われたものは、マスメディア部が転載しやがるのでテーマによっては人気があった。  


 神香原高校は一芸入試枠を設けているからか、奇人変人はもちろんのこと、変わった部活動も多いのだ。


おっまたせー

 恋々子がお手洗いから戻って来たので活動を開始する。

 コイントスでチームと立場を決め――明暗が分かれた。

やったー! 久しぶりにトワと一緒だ
……まぁ、このテーマならいいか
トワ先輩、このテーマで男女分かれるのはちょっと……
その、あの……セクハラ、とか……になるのでは?

あっ、そっかー。

ふたりともお猿さんなんだぁ。

ぷっぷっぷー

(殴ってでも黙らせたら、さぞかし気持ちいいだろうなぁ)
(初めて、女子を殴りたいと思った)
 秋人と国光は物騒なことを考えながらも、永久莉へと目を向ける。
そうね。もしかすると、私たちが酷いセクハラをするかも?
はぁ……頑張ろう国光
そうだな、秋人……

 ふたりは覚悟を決め、否定派の席に付く。

 ある意味、肯定派じゃなくて良かったと胸を撫でおろしながら――

 そうして、ディベートと言う名の合法的セクハラが始まる。

まず、婚前交渉を禁止する法律は日本にはありません。

あるとすればキリスト教を始めとした、宗派による戒律程度。

そしてご存知の通り、日本ではキリスト教を禁じていた時代を持っています

 まず永久莉が舵を取り、ちゃっかり進路を日本に限定させた。

つまり、婚前交渉を厭う価値観に染まってから日は短いと言えるでしょう

……仰る通りです

 大きな後ろ盾を失うことに繋がるも、否定派は乗っかった。

 否定するのに宗教を持ち出すのはロジカルではないし、説得力にも欠ける。

 更に言えば、この話題は絶対にマスメディア部が取り上げるに違いない。下手をすれば、処女厨のレッテルを貼られかねないので男子たちは慎重になっていた。

ですから、時代における価値観という曖昧な理由で反対する気はありません。

実際、今の日本でも地域差や個人差が大きいことに変わりはないでしょうし

 秋人はしっかりと予防線を張る。

しかし、近代的理由から私は反対せざるを得ません。

ご存知の通り、性病の患者数は年々に増えています。それも若年層にです。

また昨今では、托卵という言葉が人間社会でも使われるようになってしまいました

それは不特定多数との性行為及び、不貞行為の問題では?
……婚前交渉を厭わない気持ちが、それらに繋がると思います

 ディベート中に黙るのはよろしくない(肯定と同意)と教え込まれていた結果、秋人は墓穴を掘る。

 誰がどう聞いても、処女厨の発言だった。

誤解がないように言っておきますが、不貞行為は民法で禁じられています
 永久莉は肘で恋々子をつつく。

托卵って言ったけど、その理由――不貞行為には、性の不一致があげられる場合もあります。

それを避ける意味でも、婚前交渉は大事では?

 男性陣と違って、永久莉は平然と恋々子の身体に触れるので手綱を握れていた。

女性は間違いなく、自分の子供を生むことができます。

一方、男性は違う。DNA検査などでわかるかもしれませんが、現代においてもそれは気軽に行えるものではありません

 秋人が撃沈していたので、国光が答える。まるで入部当初に戻ったように、視線を泳がせながらぼそぼそと。

夫婦間の信頼関係を無暗に傷つけることにもなりますし……

処女は社会的に作られた概念であって、医学的定義はありません。

処女であることと、処女膜が損傷していないのはイコールしない! のですよ

 そして、相手が隙を見せると恋々子は調子に乗る。
(煽るだけの発言はフォローできないってのに……)
……リスク管理という意味でも、婚前交渉は避けるに越したことはないかと
 ちんちくりんな姿にイラッとして、国光は冷静さを取り戻す。

近代的な人間であればあるほど、社会と関わらずに生きてはいけません。

不貞行為、托卵といった女性のスキャンダルと言いましょうか? 

そういった情勢の中、女性を信じられるほど男性は強くはないのです

……あぅ

 誰と組もうとも、恋々子の自爆芸は健在だった。

 今回は毛色が違うものの、付け入る隙を与えたことに違いはない。

婚前交渉という言葉からイメージする内容にだいぶ違いがあるようですが、それも男性の弱さでしょうか?

先ほどから、不特定多数との性交渉や不貞行為とイコールさせているように聞こえるのですが?

些か飛躍しているように聞こえるかもしれませんが、それらは遠くない関係にあると思います


(うわ、なんか怖えぇー)

(もう、やだ……)


また社会がそのように煽っている傾向もあり、男性側が女性の貞操を信じられなくなったのは当然のことかと

加え、昨今では結婚をリスクと捉える流れもあります。

もちろん、筆頭となるのは経済的問題でしょうが、配偶者の貞操も無視はできないかと

実際、テレビやネットを問わず、こうもはやし立てられると関心を引かざるを得ません

 自己矛盾を起こさない為にも前言を撤回するわけにはいかず――

 これなら、宗教的理由を盾にしたほうがマシだったかもしれないと男性陣は考え始めていた。

 

おふたりの主張を否定する気はありません。

ですが、適切な性知識を持って行うのであれば、そのリスクは充分に軽減できると思われます

 結局、恋々子と組むとフォローに追われる。

 永久莉は否定派が持ち出した社会的問題を利用して、反撃。


それに婚前交渉を強く否定すれば、処女という社会的特徴による差別が今よりも大きくなることでしょう。

そして悲しいことに、日本でも女性の性犯罪被害者は後をたちません

それに処女を誤解している人が多いし

(……帰りたい)

また、婚前交渉をタブー視する社会では、正しい性知識を教える場を用意するのが難しくなります

現に学校がいい例でしょう。

日本は先進国でありながらも、性教育に関して言えば大きく後れを取っている

婚前交渉以前に、性行為事態を不適切だと考えているんだよね~
(……なんか、ぞくぞくする)
……

 永久莉は隣にいる恋々子を冷めた目で見おろし、顎をクイッと前に出して発言を譲る。

(……怖い)
(……ヤバい)

 本来、ディベートにおいて先輩も後輩も女も男も関係ない。 

 それでも、男子高校生にとって女の先輩は怖いのだった

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

染谷 恋々子《 そめや こここ》、愛称ココ

一芸入試組3年生だが、その年齢にあるまじき低身長でちんちくりん

ディベート部ではババ抜きにおけるババ扱い

つまり、引いた相手は嫌がる

味方にすると恐ろしいが、敵に回すと愉快なコ

頭の回転は早いものの、よくよく空回りして明後日の方向に飛んでいく

そういった性質に加え、ふらふらと揺れながら歩くことからコケコッコーの蔑称あり


鷹司 永久莉《たかつかさ とわり 》、愛称トワ

中高一貫付属組のJコース3年生で、ディベート部では最も頼りになる存在

ただ、恋々子のノリに付き合えるだけあって中々の性格をしている

4姉妹の長女で同性の扱いが得意な一方、男性はちょっぴり苦手

もっとも、後輩たちは男のカテゴリーに入っていないのかそんな様子は微塵も窺えない

姉妹揃って発育がいいいらしく、小学生の末妹ですら恋々子を上回っているとか

林原 秋人《 はやしばら あきひと》、A(進学)コース1年生

基本的に真面目で普通の性格

事実、そのスタンスで発言することが多い

ただ、時折り全方位に向けて敵意を向ける悪癖があり

特に恋愛や異性を含む論題になるとその傾向が強くなり、周囲をドン引きさせる

加賀 国光《 かがくにみつ》、SA(特進)コース1年生

入部当初は無口で口下手だったものの、最近は口が軽くなってきている

ただ、時折り迷子になるのか会話の着地点を見失う傾向が強い

本人は陰気でつまらない奴と思い込んでいるものの、女子に告白された経験あり

更にはそれを普通と思える感性な為、恋愛関係の論題になるとナチュラルに秋人を刺激する

ディベート部の顧問

通称、STY

S(セクハラ)T(ティーチャー)Y(山本)

かつては生意気な生徒だった為、破天荒な生徒に対しても寛容である

伊西(いにし)エレナ

一芸入試組3年生、元ディベート部

恋々子曰く、性格が悪いというか性悪

初期から何かと話題にあがるマスメディア部の部長だが、登場は#7より


腐頭 桜《ふとう さくら》

一芸入試組3年生、マスメディア部の副部長

エレナ曰く、恋々子よりも馬鹿で間抜けで煩くて人としてどうかと思う存在

一方、誰もが認める美人で背も高い

登場はエレナと同じく#7より

響《ひびき》先生、31歳独身

藍生先輩曰く、さぞかし簡単な人生を歩んで来られたお人

その評価を裏切らず、教師にあるまじき幼い言動が目立つ

登場は#7より(初出は別作品、結婚すべきかどうかをアラサー女教師が女子高生に相談する)

 

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色