本日の論題:ぼっち=ソロ≒おひとりさま≠ソリタリー(単独性)

文字数 5,270文字

 ぼっち=ソロ≒おひとりさま≠ソリタリー(単独性)

 今日を示すカレンダーにびっちりと書き込まれた文字を見て、恋々子はにんまりと笑う。

(みんな、やる気満々ね)
 その内の1つを書いた身として、恋々子はご機嫌だった。
相変わらず早いっすね、ココ先輩
 喋りながらも、秋人の目線はカレンダーに向けられていた。
(おっ、全部残ってる。先輩たちもやっぱそうなんだな)

 失礼にも、秋人は決めつけた。

 先陣を切るならともかく、論題の補強など外部の人間がするはずないという判断である。

 それから約1時間後
どうも、よっ

 国光がやって来て、恋々子と秋人に軽い挨拶をする。
 いつも通りのやり取り。

 しかし、国光は横目でしっかりとカレンダーを注視していた。

(よし。全員、やる気満々だな)
 あえて左手で書き、バレないよう書いた身としては嬉しいことこの上ない。

あっついわね、今日

 最後に、永久莉が文句を言いながら入って来た。
やっと来た、トワ
トワ先輩、待ってました
それじゃ、やりましょうか
 いつにない歓迎を受け、永久莉はカレンダーを見やる。
(1,2,3,4……もしかして?)
 筆跡は違うようだが、自分以外の部員がこぞって書いたことに永久莉は気づく。
(……この空気、誤解されてる?)
 永久莉が辟易していると、
っと、まだ始まってないのか
 汗をかきながらSTYが入って来た。
(――って、おまえか?)
 顧問の様子から、永久莉は推測する。

それじゃ、たまには顧問らしいことをするか。

今日の論題は――

(ちょ、マジ? 全員がやる気MAXってわけ)
 永久莉がげんなりとする中、顧問は進行していく。

ぼっち=ソロ≒おひとりさま≠ソリタリー(単独性)。

これらを統括すると、学校生活――いや、社会における単独行動の是非といったところか

意義なし
そうでしょうね
異論ありません
……えぇ

 すなわち、人間は1人で行動すべきかどうか。

 集団生活を余儀なくされる社会において、単独行動を推奨するか否か。

先生、この論題だと様々な分野、多角的な方面から論ずることになります
 年代、性別、場所、状況、所属、身分、性格などなと――いくらでも争点を移すことができると永久莉は忠告する。

ですので、私と染谷さんは立場を分けるべきかと。

知識量がモノを言う論題において、経験の差は大きいので

 ただでさえ、辻斬りのように話題を変える恋々子とこの論題は相性が良すぎる。

 加え、張り切っていることを考慮すると必要な小細工だった。

えー、そうかな?

(トワと一緒だと、好き勝手に喋れるのになー)

 恋々子はぼやくも、

そうですね

(つか、どんな論題でもこのふたりは相手にしたくないな)

僕も賛成です

(ココ先輩と組むのも嫌だけど、先輩たちを相手にするよりはマシか)

 後輩ふたりは食いついた。

わかった。

それじゃ鷹司と染谷には分かれて貰おう

 そう言って、STYがコイントス。
染谷と加賀が単独行動推奨派で、鷹司と林原か否定派だな

はーい

(国光かぁ。このコ、たまにやらかすから注意しとかないと)

……はい

(ココ先輩か。絶対にやらかすから、注意しとかないと)

はい

(国光とココ先輩か。たぶん、揃ってやらかすな)

……

(なんか、全員やらかしそう)

 そうして、ディベートというにはちょっぴり恣意的な論争が始まる。
そもそも、日本人は稲作を主体としてきた農耕民族です
 恋々子に立論されると面倒なので、永久莉が先陣を切る。

それを否定する説もありますが、その性質に馴染んでいるのは明らか

事実、現代においても村文化は根強く残っていますし、社会の至る所で協調性――空気を読むことを求められます

 それも硬く面倒くさい切り口で、やる気だった全員の威勢を挫く。

そして、農耕に大事なのは計画性と忍耐性と協調性。

例外を限りなく無くし、普遍的な結果――収穫を追い求めること

(そう考えると、ココは狩猟民族ね)
(むー)
 まどろっこしい立論を始めただけで、早くもイラついている様子。

他にも、富や損害の分配といった公平性。

そういったモノを大切にしてきた為、農耕民族は集団を脅かす存在に敏感にならざるを得ません

 恋々子が喋りだすと泥沼になるので、ここいらで永久莉は発言を譲っておく。

連帯責任、出る杭を打つ。

そのようにして日本は個を殺し、集団で生きて来た文化を持っています

 秋人はアイコンタクトを受けて喋り出すも、

その所為か、罰則でさえ与えるよりも外す行為が多い。

村八分や島流しといった仲間外れ、家や流派から追い出す勘当や絶縁など……

 永久莉の意見を補強することしかできなかった。
(いや、トワ先輩。この立論に加わるのはしんどいっす)

近年でも窓際族、社内ニート、飼い殺し――これらもまた、日本ならではの罰則ですね

 困った顔で見られたので、永久莉はフォローする。
それらは法律の所為じゃないですか?

かもしれません。

ですが集団から排斥するのではなく、自分から去るように仕向けるのは、人間性の問題も大いに関係あるかと

本来、集団を脅かす存在を排除するのはリーダーの役目です。

しかし、日本にはそのリーダーがいないとよく嘆かれています

その責任と立場にある者でさえ集団の決定に拘り、決して自らの意思ではないことをアピールするとか

(……耳が痛いな)
 奇しくも、中立であるはずのSTYが一番効いていた。

仰ることはわかります。

確かに、集団行動は日本に根付いた性質でしょう。

でもだからこそ、いい加減進歩するべきじゃないでしょうか?

 やっと自分の出番がきたかと、恋々子は張り切る。

いつまでも既存の文化に拘っていては国際社会に置いて行かれる一方です。

そりゃ、何十年とその文化で生きて来た大人たちには難しいことでしょうよ

 ――だからこそ、と恋々子は勝気な笑みを浮かべて繋ぐ。

新しい世代、若いわたしたちが率先して行動すべきだと思います。

過去や伝統を大事にするあまり、未来や新しいモノを拒絶するなんて言語道断です

事実、おひとりさまを対象にしたサービスは年々増えています。

また転職など、自ら集団を脱する行為もそうだと聞いています

 フォローに徹すると決めていたので、国光は滑らかな語り。

国や年配の方々は理解できないと拒絶しますが、同様のことが若者にも言えます

現にこういう仕組み、決まりだからといって押し付けられても、僕たちには納得のいかないことが多々あります

それこそ時代の変遷、流れだと思うの。

わたしたち高校生だって、ほんの十数年だけでも生きて来た歴史があるもん

だから、大人たちにその歴史を否定されると腹が立つ。

たとえそれが何百年にも及ぶ文化や伝統であろうとも、ね

だとすれば、皮肉ですね。

『ぼっち』という言葉は、その若い世代から生まれたのですから

 静かに、永久莉は言葉を挟んだ。

他にも陰キャや陽キャ、パリピなど。

特定の集団を揶揄したり、自分たちの立場(グループ)を明確にする言葉は若者の間で沢山生まれています

既存の文化を否定しがちな若者でさえ集団行動を迎合し、少数派を排斥するのは持って生まれた国民性と言えるのではないでしょうか?

だからといって、単独行動者を排他すべきではありません。

それに集団行動ばかりしていると、就職や結婚など大人になってから大きな失敗すると言われています

現状、国が問題としているのは集団行動ができなかった人たちと思いますが?
それは単独行動を認めない社会が、原因の一端を担っていると思いますが?
 先輩たちの言い争いは心臓に悪いので、後輩たちは慌てて参戦する。

……世界は今、多様性を受け入れる流れとなっております。

今まで迫害されがちだったマイノリティーな存在さえ保護し、認める。

単独行動者――ソリタリーもその1つだと思います

えぇ、存じております。

しかし、ソリタリーは単独行動を好むだけであって、集団に属することができます

苦痛を伴い、我慢を強いてですよね?

 まさに辻斬り。

 隙を見つけると、恋々子は嬉々として斬りかかる。

そういった積み重ねが負担となり、集団に属せない人が増えてきたのではないでしょうか?

生物学においてソリタリーの大切さは認められています。

またネットを覗いてみると、そのソリタリーが多いのも明らかです

失礼ですが、ソリタリーについて誤解していませんか?

……

(誤解も何も実は理解していません)

 痛いところを衝かれて、国光は黙り込む。

 ただ使えそうで便利だから、引用しているだけだった。

ソリタリーは独りを好みますが、正確には孤独を不安に感じないのです。

更にはその孤独を愛すことから、他者に共感を求めず同調しないと言われています

なるほど、わかりました。

つまり、ソリタリーの性質を考えると、ネット上には存在しないというわけですね

(ちょ、ココ先輩。フォローしてくださいよ。なんで一緒になって攻撃するんですか?)

そうとは言いません。

ただ、現実だと人と関わらずにはいられませんが、ネットは違いますからね

えぇ。

能動的に動かない限り、他者に存在すら認められません

(悪い、国光。でも、おれだって喋りたいんだ)

もちろん、作品や表現を一方的に提示することはあるでしょう。

それでも自分自身の性質をアピールしたり、他者に理解や同調を求めたりはしないかと。

少なくとも、自ら不必要な雑談に興じるとは思えません

また、ソリタリーは遺伝性が高い。

独りを好むのに遺伝子を残せるのは、魅力的で社会的IQが高いことの証左となります

だから、ソリタリーって孤立はしないらしいね

えぇ。

そういった性質の人たちは主観的に集団に馴染めないだけで、他者からは受け入れられています

じゃぁ、他人から差し伸べられた手を素直に取れない自分自身に悩むことはあるかもね。

学校教育は上辺の友達付き合いは悪いって教えだし

そういう精神的な孤立こそ、ソリタリーの特徴かもしれません。

そして、その孤立に不安を覚えない

だからこそ、自分自身を責めることはあり得るでしょう。

ご指摘の通り、それは学校教育を始め社会にそぐわない感じ方ですので。

幼少期、また思春期においては大きく悩む要因に違いありません

 長々と全員に否定され、
理解が浅くて、すいません
 国光は頭を下げる。

ですが、皆さんのおかげで理解しました。

ソリタリーは孤独を好む。

そして、それを放っておく土台が日本にはないと

 が、すぐさま反撃に移る。

(もう、ココ先輩のフォローする気も失せた。言いたいことを言ってやる!)

日本人は良くも悪くも、独りという概念を特別視しています。

少なくとも、無関心ではいられない。どうしても、独りに理由を求めてしまう。

だから、意図的に他者を独りにしたり、独りでいる誰かに憐みを覚えるのでしょう

 そのまま立論するかと思いきや解説で終わったので、

日本人に限らず、それは人間――というか、多くの生物に備わった特性なの。

だからこそ、それに歯向かうソリタリーは多様性をもたらす存在として、進化上必要と言われてきました

 自慢の瞬発力でもって、恋々子が繋ぐ。

つまり、集団行動が奨励されればされるほど、単独行動は価値のある行いとなるのです!
(あー……しくった)
 手痛い反撃を浴びせられ、内心で永久莉が吐き捨てる。徹底して集団行動はやむを得ないと語ってきた為、何も言い返せない。
(もしかして、僕が好き勝手に喋ってココ先輩にフォローさせるのが一番いいんじゃ?)
 永久莉の反応を見て、国光はあくどい笑みを浮かべる。

国際社会、グローバル、異文化交流の意義はそこにあると思います。

新しいモノを生み出す方法で、一番簡単なのは混ぜること

……

(ここからどう弁論すべきか……ココ先輩、お願いします)

(あーん、なんで変なとこで止めるのよ! ちゃんと立論しなさいってば!)

そこは海外に拘らず、都会と田舎でもいい。長年培ってきたものを提供し、新しい何かを受け取る。

そう! 大事なのは交換です。

(……国光の奴、ココ先輩を上手く使ってやがる)

どれほど優れた文化や歴史を持っていようとも、更なる進歩の為には異なる在り方を許容しなければなりません

 これまで痛い目に遭って来た成果というべきか、ある意味見事なコンビネーションであった。

仰るとおりですね。

でも、それだと私たち現代人の場合、田舎や村社会における団結力、集団行動を学ぶべきではないでしょうか?

 しかし、永久莉も負けていない。

 いくらでも争点を変えられると忠告しただけあって、まだまだ手を残していた。

(悪いけど、ここからは現代人として弁論させて貰うわ)
 これまで散々語ってきた歴史、文化、遺伝をあっさりと捨て――仕切り直し。
(お、時代が今になった)

 それを聞いて、秋人もスタンバる。

 今まであまり参戦できなかったぶん、余力は充分だった。

最近の若者は結婚はおろか、他人と共同生活すらできなくなったと言われています。

それは単独行動が迎合され、個性と持てはやされたことが原因かもしれませんね

 そうして、再び激しい言い争いが始まる。

 ディベートは集団スポーツである。

 だからこそイレギュラーが起こり、ファインプレーも生まれるのであった。

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登場人物紹介

染谷 恋々子《 そめや こここ》、愛称ココ

一芸入試組3年生だが、その年齢にあるまじき低身長でちんちくりん

ディベート部ではババ抜きにおけるババ扱い

つまり、引いた相手は嫌がる

味方にすると恐ろしいが、敵に回すと愉快なコ

頭の回転は早いものの、よくよく空回りして明後日の方向に飛んでいく

そういった性質に加え、ふらふらと揺れながら歩くことからコケコッコーの蔑称あり


鷹司 永久莉《たかつかさ とわり 》、愛称トワ

中高一貫付属組のJコース3年生で、ディベート部では最も頼りになる存在

ただ、恋々子のノリに付き合えるだけあって中々の性格をしている

4姉妹の長女で同性の扱いが得意な一方、男性はちょっぴり苦手

もっとも、後輩たちは男のカテゴリーに入っていないのかそんな様子は微塵も窺えない

姉妹揃って発育がいいいらしく、小学生の末妹ですら恋々子を上回っているとか

林原 秋人《 はやしばら あきひと》、A(進学)コース1年生

基本的に真面目で普通の性格

事実、そのスタンスで発言することが多い

ただ、時折り全方位に向けて敵意を向ける悪癖があり

特に恋愛や異性を含む論題になるとその傾向が強くなり、周囲をドン引きさせる

加賀 国光《 かがくにみつ》、SA(特進)コース1年生

入部当初は無口で口下手だったものの、最近は口が軽くなってきている

ただ、時折り迷子になるのか会話の着地点を見失う傾向が強い

本人は陰気でつまらない奴と思い込んでいるものの、女子に告白された経験あり

更にはそれを普通と思える感性な為、恋愛関係の論題になるとナチュラルに秋人を刺激する

ディベート部の顧問

通称、STY

S(セクハラ)T(ティーチャー)Y(山本)

かつては生意気な生徒だった為、破天荒な生徒に対しても寛容である

伊西(いにし)エレナ

一芸入試組3年生、元ディベート部

恋々子曰く、性格が悪いというか性悪

初期から何かと話題にあがるマスメディア部の部長だが、登場は#7より


腐頭 桜《ふとう さくら》

一芸入試組3年生、マスメディア部の副部長

エレナ曰く、恋々子よりも馬鹿で間抜けで煩くて人としてどうかと思う存在

一方、誰もが認める美人で背も高い

登場はエレナと同じく#7より

響《ひびき》先生、31歳独身

藍生先輩曰く、さぞかし簡単な人生を歩んで来られたお人

その評価を裏切らず、教師にあるまじき幼い言動が目立つ

登場は#7より(初出は別作品、結婚すべきかどうかをアラサー女教師が女子高生に相談する)

 

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