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文字数 1,385文字
『たなさん、役者目指すのか。すごいなー。がんばれ』
これは、確か高校生の頃にクラスメイトの男の子から言われた言葉だったろうか。
『田辺くんが舞台に立っているところ、楽しみにしてるね』
同じく高校時代、選択授業で週に何度か顔を合わせることがあった女の子に満面の笑み付きでその言葉を聞いたことがある。
『やすくんなら大丈夫。絶対にうまくやれる。自信をもって』
舞台発表の前日、緊張と不安からピリピリとナーバスになっていたところ、当時付き合っていた彼女に、胸に抱かれやさしく励まされた時があった。まさにその時のことが今この場で再現されたようだった。
そういった一つ一つの『記憶』が蘇っては消え、蘇っては消えを繰り返す。そのたびに目の前が白く靄がかりモザイクのようにぼんやりしたかと思うと、そこから瞬く間に新しい記憶が色づいていく。とても不思議に思うのと同時に、過去の自分を今の自分が俯瞰して見ているために場面が切り替わるごとになにか強い痛みに襲われる。
そんなことが続いていくうちに、ここはどうやら例の白い空間であることに気が付く。
この場所へは毎日のように飛ばされていたが、白以外の色を見たのは今回が初めてだ。
それはなぜ? そしてなんのために飛ばされる? そもそもここはなんだ?
疑問は一向に尽きない。
その後、数十の記憶が思い起こされる。それらに共通することとして、一つはおおむね楽しげなものあるいはポジティブな方向であること、二つは『いい思い出』であるにも関わらず平時は完全に忘れ去っていたこと、三つは明確な答えは出せないがそれらすべての記憶が数珠つなぎになっているように感じられること、ぱっと出てきたのはこの三つだった。
余計に疑問は深まるばかりである。
やがてあるところでぷつりと記憶は途絶え、あの真っ白な空間が辺り一帯を覆う。なにごとかと思った数秒後、記憶の蘇りが再開される。しかしそれは、これまでとは全く違った苦しみに見舞われるほどの脅威と化していた。
『応援メッセージ、ありがとうございました』
『どうして、避けるんですか?』
『アルコルとミザール』
『お芝居の才能だって……』
『田辺さんは舞台上にいる時が一番輝いているんです! 一番かっこいいんです! 一番……だから……だから……!』
『このままでいいと本気で思っているんですか!?』
『またやり直しましょうよ』
『お願いです田辺さん! もう一度……もう一度……!』
彼女の声が次々と響き渡る。そして俺は、またあの言葉を口にする。
ほっといてくれ!
刹那、彼女の悲しげな表情やおびえた表情が浮かぶ。
俺は……俺は……。
数秒の間ののち、今度は得体のしれない声音が響いてくる。
『お前は最低最悪のごみ人間だ。彼女の思いを蔑ろにし、その挙句逆切れをした。どうしようもない屑だ』
反論したいところだが、まったくもってその通りだった。理由はどうであれ、俺は取り返しのつかないことをしてしまったのだから。
そうして今度は耳元でささやかれたかのような感覚で、冷酷な声が聞こえてくる。
『負け犬風情が。いい加減現実と向き合え。すべてを受け入れろ。お前はもう……』
最後の言葉を聞き終えるよりも前に、俺はこの世界での意識が強制的にぶつりと途絶えたのだった。
これは、確か高校生の頃にクラスメイトの男の子から言われた言葉だったろうか。
『田辺くんが舞台に立っているところ、楽しみにしてるね』
同じく高校時代、選択授業で週に何度か顔を合わせることがあった女の子に満面の笑み付きでその言葉を聞いたことがある。
『やすくんなら大丈夫。絶対にうまくやれる。自信をもって』
舞台発表の前日、緊張と不安からピリピリとナーバスになっていたところ、当時付き合っていた彼女に、胸に抱かれやさしく励まされた時があった。まさにその時のことが今この場で再現されたようだった。
そういった一つ一つの『記憶』が蘇っては消え、蘇っては消えを繰り返す。そのたびに目の前が白く靄がかりモザイクのようにぼんやりしたかと思うと、そこから瞬く間に新しい記憶が色づいていく。とても不思議に思うのと同時に、過去の自分を今の自分が俯瞰して見ているために場面が切り替わるごとになにか強い痛みに襲われる。
そんなことが続いていくうちに、ここはどうやら例の白い空間であることに気が付く。
この場所へは毎日のように飛ばされていたが、白以外の色を見たのは今回が初めてだ。
それはなぜ? そしてなんのために飛ばされる? そもそもここはなんだ?
疑問は一向に尽きない。
その後、数十の記憶が思い起こされる。それらに共通することとして、一つはおおむね楽しげなものあるいはポジティブな方向であること、二つは『いい思い出』であるにも関わらず平時は完全に忘れ去っていたこと、三つは明確な答えは出せないがそれらすべての記憶が数珠つなぎになっているように感じられること、ぱっと出てきたのはこの三つだった。
余計に疑問は深まるばかりである。
やがてあるところでぷつりと記憶は途絶え、あの真っ白な空間が辺り一帯を覆う。なにごとかと思った数秒後、記憶の蘇りが再開される。しかしそれは、これまでとは全く違った苦しみに見舞われるほどの脅威と化していた。
『応援メッセージ、ありがとうございました』
『どうして、避けるんですか?』
『アルコルとミザール』
『お芝居の才能だって……』
『田辺さんは舞台上にいる時が一番輝いているんです! 一番かっこいいんです! 一番……だから……だから……!』
『このままでいいと本気で思っているんですか!?』
『またやり直しましょうよ』
『お願いです田辺さん! もう一度……もう一度……!』
彼女の声が次々と響き渡る。そして俺は、またあの言葉を口にする。
ほっといてくれ!
刹那、彼女の悲しげな表情やおびえた表情が浮かぶ。
俺は……俺は……。
数秒の間ののち、今度は得体のしれない声音が響いてくる。
『お前は最低最悪のごみ人間だ。彼女の思いを蔑ろにし、その挙句逆切れをした。どうしようもない屑だ』
反論したいところだが、まったくもってその通りだった。理由はどうであれ、俺は取り返しのつかないことをしてしまったのだから。
そうして今度は耳元でささやかれたかのような感覚で、冷酷な声が聞こえてくる。
『負け犬風情が。いい加減現実と向き合え。すべてを受け入れろ。お前はもう……』
最後の言葉を聞き終えるよりも前に、俺はこの世界での意識が強制的にぶつりと途絶えたのだった。