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文字数 8,390文字

 それからおよそ半月後。今の環境にも随分と慣れてきて、深夜シフトへの完全移行はもう間もなくという所までに迫っていた。
 あの日以降も調子が崩れることは一切なく、移行後もすぐに対応できそうなほどに状態は良い。そして仕事も人間関係も良好で、加藤さんとはメッセージアプリでのやりとりが、お互いにとって丁度いい遅さで続いている。まさに順調そのものと言えるだろう。

 しかしそんな日々の中で、一つだけ気がかりなことがあった。それは自分が深夜シフトに入り始めてからというもの、小野寺さんの様子が少しおかしくなっているということだった。会話にぎこちなさがあったり、時折憂いを帯びた表情を見せたりと、仕事にさほど影響が出ていないとはいえ、普段の彼女らしからぬ様子が窺えるのだ。もちろん彼女には、異動が決まってすぐにきちんと事の経緯を伝え、お茶会についての謝罪もしている。その際小野寺さんは、

「お気になさらないでください。そういうことなら致し方ありませんし、それに言い出しっぺの私が中々スケジュールを合わせられないという有様なのですから、田辺さんが謝る必要は一切ありません」

 と苦笑いしながら言っており、尾を引く雰囲気は毛頭感じられなかった。だが、彼女がこんな状態である以上、その見積もりは甘かったということになるだろう。とはいえ彼女は決して怒っているわけではなさそうで、少なくとも彼女は俺に対してというよりも自分自身になにかしらの感情を抱いているというか、ともすれば焦りを感じている様子さえ見受けられる。
 いったい何が小野寺さんをそうさせるのか。なにもかもがあやふやではあるが、たった一つ分かることは、相も変わらず小野寺さんは不思議な存在であるということだった。

 そんな気持ちを抱く中、自分は深夜シフトの完全移行に備えることと法定休日の兼ね合いもあって、たっぷり三日ほどの休日が設けられていた。
 せっかくの機会だからと、どこかゆっくり旅行にでも行こうかと考えたが、またもや台風直撃と重なって計画はすぐさま頓挫する。そのため一日目は部屋の簡単な掃除と読書や音楽鑑賞でのんびりとした時間を過ごすことにした。

 そして二日目。台風は昨晩のうちに過ぎ去ったようで、やや風は残っているもののすっきりとした青空が広がった。まさしく秋晴れの様相を呈しており、外出するには絶好のコンディションである。
 この期を逃すまいと、俺は朝早くからサイクリングへと繰り出し、ちょっとオシャレな喫茶店で朝食をとったり、いつもより少し多めの買い出しを行ったりと精力的に体を動かしていた。
 昼頃に一度自宅へと帰ってきて、買い出し品の整理とついでに昼食も済ませてしまう。そうして今度はなにをしようかと考える。時間的にはまだ十分余裕がある。そして多少疲労が溜まっても、連休最終日である明日は自宅でゆっくりと過ごすことに決めていたため、今日に限っては多少の無理がきく。とはいえ、あまり遠出はしたくない。
 カラオケにでも行くか。
 そう思い立って、加藤さんとも訪れたことのあるカラオケ店へ直行する。

 平日の昼間だから空いているだろうと考えていたが、思いのほか人は多く、その大半は制服姿の学生が占めていた。この時間帯に居るということはテスト明けか何かだろう。思えば小野寺さんが、テストが云々かんぬんと言っていたような気がする。
 やや混雑していたもの、すんなりと受付を終えた俺は、指定された部屋へと向かう。
 そこは大人が三人入れば、少し窮屈に感じられるほどの小さな個室だった。加藤さんと来た時も確か似たような部屋だったが、個人的にはこれぐらいの広さの方がとても落ち着く。
 中へと入り、荷物を置いて、部屋から少し離れたドリンクバーで飲み物を調達する。
 ドリンク片手に部屋へと戻ってくると、まず初めに採点機能を入れたのち、十八番曲を歌唱していく。そうやって特に休憩もすることなく一時間が経過したころ、小腹が空いたためにポテトなどのフードメニューを注文する。
 しばらくして店員がそれらを部屋に運び込んでくる。そのタイミングで自分は一度休憩を取り、食べ合わせなどを気にせずにポテトやおにぎり、唐揚げなどを口の中へと放り込む。そうしてある程度腹が膨れたところで、お手洗いやドリンクの補充だけ済ませ、またカラオケを再開していく。
 ちなみに今日の歌の調子はここ二、三年で一番よかった。そのため気分も随分と上がっており、時間を忘れるほどにただただ一人で気持ちよく歌い続けていたのだった。
 そうして数時間が経ち、今日何度目かのドリンクバーへと向かう。
 ここまで甘めのソフトドリンクばかり選んできたから、そろそろ味を変えたいな。
 そんなことを考えていた時だった。

「た、田辺さん!?」

 突然、聞き覚えのある声に呼び掛けられる。そちらの方にさっと顔を向けると、なんとそこには制服姿の小野寺さんが驚きと困惑の表情をして立っていたのだ。
 それを見た自分は、出先で知り合いと出くわしたことによる何とも言えない居心地の悪さと、失礼ながらも彼女がカラオケに来ているという衝撃で動揺を隠せなかった。
 警戒心からか数秒ほど互いにじっと目を合わせた状態でいたが、やがて平静を取り戻した自分は何気なしに言う。

「奇遇だね」

 我に返った彼女はすぐさま言葉を返す。

「そ、そうですね。ど、どうして田辺さんがここに?」

 目はこちらを向いているが、意識はどこか別のところにあるような口調に感じられる。まるで俺がここにいるのは不都合だと言わんばかりである。
 幾らかの訝しさを抱きながらも、いつもの彼女と相対するときの雰囲気をもって答える。

「折角の連休だし、ちょっと息抜きにと思って。小野寺さんは?」
「え?」

 珍しく彼女が聞き返してくる。しかしそれは自分でもまずいと思ったのか、彼女は一瞬で気持ちを切り替え、いつもの調子となって言う。

「ああ、その、実は今日、テスト最終日だったのですが、珍しく部活もバイトもなくて。そしたら友人からカラオケに行こうと誘われたんです。それで何人かでこの店へとやってきて、そうして今に至ると」

 そう丁寧に説明してくれる小野寺さん。嘘をついているようには見えなかったが、少々歯切れの悪いところが気になる。
 どれだけ取り繕っても動揺を隠しきれていないとなると、小野寺さんは余程の事情を抱えているに違いない。ここはお互いのためにも、一つ目を瞑りすんなりと別れたほうがいいだろう。
そんないつもの考えが頭をよぎる。普段であれば、即その考えに従って行動に移していたように思う。しかし今日に限っては、心に渦巻くよく分からない好奇心がそれに待ったをかけていた。
 早速俺は、初手としてジャブにもならない程度の当たり障りのない質問を繰り出す。

「学校生活は順調?」

 すると彼女は先ほどの感情をやや引きずりつつも、元気よく素直に答えてくれる。

「はい。部活やバイトとの両立が少し大変ではありますが、すべてとても楽しくやれています」

 それはなによりである。とはいえ小野寺さんのことだからと、もとよりそんな心配はしていなかったが。
 そうやって何度か会話を続けていくうちに、初めは固かった小野寺さんの表情が少しずつ和らいでいくのが見て取れた。核心に触れられないことに安堵しているのだろうか。一方の自分はというと、こんなことでわざわざ彼女を引き留めて俺はなんて面倒な先輩なのだと、だんだん嫌気がさしてきていた。
 もう、こんなことはやめにしよう。折角の気分も盛り下がりである。それに小野寺さんとその友人に申し訳ない。
 俺は話を切り上げ、彼女の謝罪することに決める。

「そうなんだね。あーなんか……」

 そう言いかけた瞬間、

「希ちゃーん」

 突如として第三者の声が俺の言葉を掻き消す。声の聞こえた方にぱっと視線を移すと、そこには小野寺さんと同じ制服を身にまとった女の子が、片手を振りながらこちらへと歩みを進めていた。それに対し小野寺さんは「ああ」と優しく微笑むと、その人よりもやや控えめに手を振り返したのだった。
 小野寺さんの対応と、その子の首にぶらさがっている一眼レフを見るに、おそらくこの二人は写真部の同輩かつ友人関係にあるようである。
 やがてその友人は小野寺さんの所までやってくる。そしてこちらに何度か視線を送りながら、不思議そうにも不安そうにもとれる様子で言った。

「あれ? この人は?」

 その疑問に小野寺さんが答えようとする。しかしそれを聞くよりも早くに、少女は「あっ!」と何かを理解したような声を上げ、俺の顔をまっすぐと見た。
 ああ、これはナンパかなにかと勘違いされたかもしれない。とても面倒なことになった。
 そんな憂鬱な思いの中、その子は笑みを浮かべながら言う。

「もしかして、田辺さんですか?」

 ……え? ええ? え、なんで? なんで俺の名前を?

「田辺さんですよね?」

 俺が混乱にしていることを知ってか知らずか、彼女は追い打ちをかけるように言葉を投げかけてくる。
 思うところはあるが、今の感情を悟られないためにひとまず平静を装わなければ。
 そうしてできる限り柔和な雰囲気で答える。

「はい、そうですけども……」

 そこまで言ったところで、彼女が食い気味に入ってくる。

「やっぱりそうなんですね。あ、申し遅れました、私、宮前紗菜と言います。希ちゃんにはいつもお世話になっていて、それにとても仲良くさせてもらっています。えっと、だからその、そんな私が言うのも変ですが、これからも希ちゃんのこと、よろしくお願いします」

 そう言って頭を深々と下げる宮前さん。

「ちょ、紗菜ちゃん!?」

 思わずあたふたとする小野寺さん。

「え、あれ、なに?」

 奇異の目で見る通りがかりの人。
 これは別の意味で面倒なことになった。とはいえ今は憂いている暇などない。一刻も早くこの状況を打破し、誤解も解かねば。

「あ、うん、わかった。自分にどれだけできるかわからないけど、やれるだけのことはやるよ。だから、ね、頭を上げて」

 すると宮前さんは頭をパッと上げて、非常に喜ばしそうな表情となって言った。

「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」

 また頭を下げる宮前さん。この感じ、出会った当初の小野寺さんを彷彿させるものがある。いや、この子はそれを超えているだろうか。少しおっかなくもあるが、決して悪い子ではなさそうで、ただただ小野寺さんを大事に思っているのだということを強く感じられた。それ故、小野寺さんのトレーナーでもあった俺に、あんなお願いをしてきたのであろうから。
 そう考えると、その場しのぎのために言った言葉はとてつもなく重たいものであることを痛感せざるを得ない。後悔と罪悪感が胸をぎゅっと締め付ける。
 少し軽率だったろうか。しかしああ言う以外に、他に道はあったのか?
 そんな相反する気持ちがぶつかり合う中、宮前さんが中心となって他愛もない会話が行われる。それからしばらくして、

「あ、そうだ!」

 と思いついたように宮前さんが言って、俺の方を見る。

「せっかくですし、これから私たちの部屋に来ませんか?」

 えっ? いや、それはいくらなんでも……。
 そう答えさせてくれる間もなく、宮前さんは目を輝かせながら言葉を続ける。

「実は今、文化祭に向けて演劇の練習をしているんですけど、希ちゃんの演技がとても上手で。だから田辺さんには絶対にみてもらいたいんですよ!」

 え……?

 その瞬間、完全に時が止まった気がした。頭からサッーと血の気が引いていき、思考回路はショート、五感もすべてシャットアウトされ、呼吸も出来ないという状態だった。
 まもなく心臓がドクンと大きく脈打ち、気を取り戻す。そしてすぐさま脳をフル回転させながら口を開く。

「えーへー、そうなんだー。小野寺さん、そんなにすごいんだー」

 そうして小野寺さんの方をチラと見る『ふり』をする。今のこの状況で彼女をしっかり目に捉えてしまうと、自分の中のなにかが崩れ去ってしまうような気がしたからだ。それに、空白の時間はどのくらいだったのかという焦燥感と、自分はきちんと表情を取り繕うことができているのかという不安心で一杯いっぱいだったというのもある。
 しかし宮前さんは相も変わらずに爛々としながら言う。

「そうなんですよ! だからぜひ見に来てください」

 彼女の様子を窺うに、先ほどの焦燥感と不安心は杞憂に終わったようだった。ひとまず安堵である。そして、多少の動揺はあったものの意外に冷静でいる自分に驚愕する。
 そんな心情の中、俺は申し訳なげに謝罪する。

「あーでも、もう帰らなきゃいけないんだよ。だから今からはちょっと……ごめんね」

 すると彼女はとても残念そうな表情を浮かべたのち、今度はハッとした様子で俺に問いかけてくる。

「だったら本番当日はどうですか!? ぜひ文化祭に遊びに来てください!」

 その誘い、本来であればとてもありがたいものなのかもしれない。しかし今の自分には、もう答えが一つしかなかった。

「うーん、その日もちょっと厳しいかな」

 俺がそう答えると宮前さんは落胆した表情となった。そしてその雰囲気を引きずったまま彼女は言った。

「分かりました。それじゃあ今度、カメラで撮ったものをDVDかSDカードに入れてお渡ししますね」

 どうやら宮前さんは、なんとしてでも俺に観てほしいようである。だが自分はそれを絶対に観たくなかった。とはいえ、ここで断りでもすれば大変面倒なことになりかねないだろう。

「うん、わかった。わざわざありがとうね」
「いえいえ、こんなの当然のことですよ」

 彼女は小野寺さんの方をチラと見ながら、なんともないとばかりにそう言う。それほどまでに良い出来なのか、友を思うが故の行動なのか、あるいはどちらともなのか。
 そんな彼女の何気ないしぐさから、小野寺さんの声をしばらく聞いていないことに気が付く。いったい、このやりとりをどう見ていたのだろうか。いや、今は何も気にしまい。もう今日は帰ろう。
 二人に対して、帰宅することを伝える。しかしこのままでは忍びないと、過去最大級のバリアを心に張って意を決する。

「ああ、それから小野寺さん、ごめんね、なんか引き留めちゃって」

 そう言いながら彼女を見る。すると彼女は、ややぎこちなさのある笑みを浮かべて言葉を返す。

「い、いえ、とんでもないです。久しぶりにお話が出来てとても嬉しかったです。だからお気になさらないでください」

 歯切れも少し悪いだろうか。まるで少し前の動揺が戻って来たかのようである。
 色々と気になるところではあるが、これ以上はさすがに堪えられない。

「それならよかった。それじゃあ二人とも、また」

 二人同時に挨拶の言葉を聞き、自分は一つ頷いてその場を離れる。

 なにも考えずにせかせかと歩みを進め、先ほどまではとても楽しく歌っていた部屋へと戻る。そしてただただ無心で荷物をまとめていく。食べ物や飲み物がほとんど終わっていたことが幸いして、あっという間に部屋を出ることに成功した。そうして一時間早めの会計を済ませ、カラオケ店を出たのち、立ち漕ぎをして自宅へと帰っていった。

 随分涼しくなったとはいえ、体を動かせばまだ汗が出るというこの季節。俺は帰宅して速攻でシャワーを浴びる。そして全裸のまま、冷蔵庫から缶ビールを取り出し、それを一気に呷る。普段はあまり飲むことはないが、今日はそうしたい気分だったのだ。それに異様なまでの喉の乾きを感じていたというのもある。
 やがて缶ビール一本を飲み干す。下品にゲップを鳴らしながら、そろそろ服でも着ようかと思ったその時だった。突如、全身の力が抜けてその場にペタリと座り込んでしまう。一体全体どうなってしまったのかと脳内で困惑しながらも、何とか手をついて立ち上がろうとする。しかし手にうまく力が入らず、肘がカクンと折れてそのままうつ伏せに倒れ込んでしまった。
 なにやってんだろう、俺。
 そう乾いた笑いをしながら、もう一度、手をつき体を起こそうと試みる。だが、やはりそれは叶わなかった。

 どうして?

 そんな疑問を抱き、辛うじて手のひらを顔の前に持ってくる。

「え……」

 そこで俺は、驚愕の真実を目の当たりにする。なんと手のひらが、異様なまでに大きく震えていたのだ。いや、手のひらだけじゃない。足先までに至る全身が、がくがくぶるぶると音を立てて震えていたのだった。挙句の果てに、心臓の鼓動と呼吸の回数も著しく良くない状態となっていた。

 酒を一気飲みするからそんなことになるんだ。
 そう呆れ返られるかもしれないが、これはそういう状態とは明らかに違っていた。なんというか、酒を飲んだが故にそれまでの緊張感が一気に解き放たれた感じである。

 原因は恐らく、いや、十中八九……。

「くそっ……」

 思わず俺はそう吐き捨ててしまう。
 せっかく平穏無事なところまで辿り着けそうだというのに、いまだこうやって苦しまなければならいのか?

「冗談じゃない」

 小声でそう呟きながら床を這い、やっとの思いで冷蔵庫の前に到達する。震える手でドアを開き、またビールを取り出す。とはいえこの状態では、当然プルタブを開けることもままならない。それに苛立って、ふたたび悪言を吐く。なんとか開けることができても、振動を与えた影響で泡が勢いよく吹き出し、そして飲もうとすれば口の端からこぼれてしまう始末。

「くそっ」

 しかし、体の震えや呼吸の乱れは一時よりも和らいでいる。
 これではまるでアル中じゃないか。
 そう嘆息しながらも、深呼吸をしたり、酒を飲んだり、色々と封じ込めたりしていく。
 それから数十分が過ぎたころ、症状もある程度の治まりを見せ、気分も体も随分とマシになっていた。
 壁を頼りにゆっくりと立ち上がり、体にこぼれたビールと汗を洗い流すため、またシャワーを浴びる。シャワー後はまた酒を飲み、いつものようにパソコンで動画を見ていく。出来うる限り笑えるものを。
 そうやって上書きを繰り返し、数時間が経った。

 窓から入ってくる夜風に若干の寒さを感じながら、ふらふらとした足取りでお手洗いへと向かう。そこから戻ってきて、ふとスマホのSNSチェックをする。
 酔いのせいで文字が歪んで見えるな。
 そんなことを思っていると、小野寺さんからメッセージが届いていることに気が付く。
 ドクン、ドクンと心臓の鼓動が高く早く動き、呼吸も乱れていく。当然、手だけでなく体全体が悪寒にさらされ、また震えが止まらなくなる。

 でも。

 でも、今ここで見なければいつ見ると言うのか。今のこの酔いの力に任せなければ、もう二度と見ることは出来ないだろう。そうなると、とても面倒である。
 俺は、覚悟を決めてそれを開く。そこにはこう記されていた。

『お疲れ様です。今日は色々と申し訳ありませんでした。紗菜ちゃん、普段はとてもいい子なんですが、稀に今日のように爆発することがあって……それに、私も失礼な言動をとってしまって……本当に申し訳ありませんでした』

 これを小野寺さんの声で脳内再生すると、こちらが引いてしまいそうになるぐらいに必死の謝罪と弁明をしているかのようである。きっとそれは自分の思い過ごしであるだろうが、それでも念押しとばかりに返事を送る。

「お疲れ様。宮前さん、とてもいい子だと思うよ。多少、空回りしてる感は否めないけど、失礼な感じは全くないし、印象も全く悪くない。それから小野寺さん。僕はこれまで小野寺さんの言動で不快だと思ったことは一度たりともないよ。だから何も気にしないで。それより何より文化祭の劇、がんばってね。観には行けないけど心の中で応援してます。じゃあ、おやすみなさい」

 とてもクサい言葉をスマホに打って、誤字脱字がないか何度も確認する。酔眼ではあるがこれで大丈夫だろうと、送信ボタンを押す。そしてすぐにSNSを閉じ、スマホをベッドの端に放り投げた。
 震える手で酒を飲み、ハハっと笑える愉快な動画を見ていく。
 そんな時間を過ごしていく中で、知らず知らずのうちに椅子の上で眠りに落ちていたったのだった。
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