文字数 1,882文字

 雨音が聞こえる。
 次に、体全体にまとわりつく湿気と暑さに嫌悪感を覚える。
 そして若干の気持ち悪さと頭痛があることに気づく。
 やはり出てしまったか。軽い二日酔いのようだ。

 頭だけを動かして壁にある掛け時計を見る。時刻は午後一時を回ったところ。どうやら十時間以上も眠っていたようだ。それだけ眠れば眠気も疲れもそれなりにとれそうなものだが、寝すぎからか二日酔いからか頭がとても重たく感じられ、エンジンが全くかかってくれない。おまけにこの蒸し暑さだ。動く気にもならない。
 掃除をしようと思っていたが、これでは無理そうだ。今日はもう、ダラダラと過ごすことにしよう。
 そう気持ちを切り替えて鉛のように重たい身体を起こし、お手洗いと水分補給の最低限のことだけを済ませたのち、またベッドに横たわる。そしてスマートフォンを操作し、週に数回ほどしか投稿しないSNSをチェックする。
 チェックといっても、企業や著名人などのアカウントが大半で、知人や友人のほうは数えるほどだった。
 学生時代は付き合いのことも考えて、ある程度の人数と相互関係にあったのだが、それがだんだん面倒になって今はこの形に落ち着いていた。SNS疲れというやつだろうか。
 今度はコミュニケーションアプリを開く。こちらも学生時代と比べればあまり多くない。さらに言うと、半分ぐらいはバイト先の従業員である。

 と、バイト先のグループチャットが盛んに動いていることに気づく。しかし、今見てしまうとなにか返信しなければいけないような気がしたため、チャットが落ち着くまでは暇つぶし用のアプリゲームで時間を潰すことにする。
 普段からあまりゲームはしなかった。嫌いとか幼稚とか、そういう理由ではない。単純に、夢中になってしまうことに対しての恐怖心があったからだ。
 同じような理由で、趣味や好きなものも昔から少なかった。いや、好きにならないようにしていた、と言うべきか。ハマってしまうと、蟻地獄のように二度と抜け出せなくなって対象に依存しすぎてしまいそうな気がして、手を出すことを自制していた。今好きなアーテイストでさえ、一歩二歩後ろに下がって見ているのだから、我ながら面倒な性格をしていると思う。

 三十分が経ったころだろうか、空腹感を覚えたため軽く昼食をとる。その後、もう一度コミュニケーションアプリを開く。
 チャット自体は、十分ほど前に終焉を迎えていた。ただ、未読件数がそれなりのもので見るのが億劫になりそうなくらいだった。とはいえ、このまま未読を決め込むわけにもいかず、意を決してグループチャットに既読をつける。
 そこでは、新作の売れ行き、評判共に好調だということ、近々本社からお偉いさんが視察にやってくることなどが中心に話されていた。
 なんだ、そんなことか。
 そう斜に構えながらもさらに画面を下にスクロールし、続きを追っていく。するとチャット終盤に差し掛かったところでとあるメッセージが目に留まる。その内容は、今日の夕方ごろにアルバイト希望者数人の面接が行われる、と至って普通のもの。しかし自分にとっては、関心を引かれるだけの理由があった。
 それは、自分はあの店のスタッフとしてもう一年ほど働いており、そろそろ新人や後輩へのトレーナーを頼まれてもおかしくない頃合いだったからだ。
 もちろん、これまでも簡単な助言をしたり、そよ風よりも弱い先輩風を吹かせたりしたことはあった。だが、それらとはまた全然違って、今度はマンツーマンに近い形でその後輩に指導をしていかなければならなかった。自分には、それを上手くやれる自信が皆無だった。経験がほとんどないから、責任の重みが増したから。理由を挙げだせばキリがない。
 考え過ぎだと頭を振り払ってみるが、不安心や恐怖心は消えることはなく、ずっと心の中に居座っている。

「はあ」

 一つため息をつく。
 やれと言われれば、もうやるしかないのだろう。だが、出来ればそんな日はやってこないでほしい。
 そんなことを願いながらコミュニケーションアプリをそっと静かに閉じる。
 外からはやや強くなった雨音が聞こえる。雷鳴も聞こえ始めていた。
 この後は大荒れかな?
 ベランダの窓から外を眺める。数メートル先の視界が白くぼやけるほどに雨脚は強まっており、しばらくは弱まりそうな気配はしなかった。
 バイト希望者の人たち、大丈夫だろうか?
 上の空気味にそんなことを思い、腹の底では覚悟を決めろという自分とやっぱり無理だという自分が静かに争いを始めていた。
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