第四十幕!監獄への道
文字数 9,120文字
俺とイタクニップは、サクの元に集まって早々に作戦を立てることになる。サクは俺が目の前に現れると、怪訝な顔をしてこちらを見た。
「ここは戦場。私情は無しだ。」
それはお前だと言いたいところではあるが、俺は黙って頷いた。そんなことを他所に、イタクニップが敵陣を指差す。
「サク様。あれじゃあ迂闊に攻撃できませんぞ。」
「確かにただ正面攻撃を仕掛けても死者が増えるだけだ。しかし、俺にも考えがある。」
そう言い終えると、彼は部下にとある物を持って来させた。そして、その何かが入った台車に掛かった布を自慢げに振り払う。
「こいつを使うんだ。」
サクの指差す先には、大量のドローンと花火の弾のような真ん丸の物体がぎっしりと詰まっていた。俺は興味深そうに目を泳がす。
「まさかこのドローンで空爆でもする気か?」
イタクニップも同じような疑問を抱いている。
「仮に空爆したとしても効果はなさそうですが...。」
サクは、勿体ぶって企んでいるような笑う。
「空爆は正解だが、これは爆弾ではなくガス弾だ。」
「ガスだと。そんなものでひるむ官軍ではないだろう。」
「いや、怯ませるつもりはない。全滅させるために作った化学兵器だ。」
イタクニップの顔が青ざめる。
「まさかサリンでも作られたのですか?」
サクが冷酷な目つきで話す。
「サリンではないが似たようなものだ。これはトリカブトの毒を圧縮させて、効力を倍増させた毒ガス弾。爆発すると広範囲に渡りガスが充満して、少しでも吸えば生き物は死滅するだろう。あいにく村からも離れていて風の向きも良好である。使用するのには絶好の機会だ。」
俺の背筋が凍る。
「そんなものを使用して国際的な非難を浴びないのか?」
「蒼、ひよったか?
主に世界で否定されている化学兵器は、戦争と無関係の一般人を巻き込んだ被害を出したからバッシングを食らったのだ。今回の敵は残虐非道な札幌官軍。どんな裏技を使ってでも勝ちにいくつもりだ。」
するとサクは、部下に指示を出して早速準備に取り掛からせた。俺とイタクニップは、それを遠目から眺めることになる。
サクの配下のドローン部隊は、すぐさまドローンにガス弾を装備させた。そして、10機のドローンが一斉に敵陣めがけて飛び立った。AIMが使用している最新のドローンは、従来のそれよりも高度も速度も上げることができて非常に有能だ。なんなく敵の最前防衛ラインを突破して、陣地の上空まで躍り出ることに成功。
ちなみに、何故あんな小さい物体の動きを、何百メートルも離れたところから確認できるのか。それは、ドローンについている小型カメラの映像とGPSの情報が、こちらのパソコンで確認できるからだ。
「サク様。敵がドローンに気づいて銃を撃ちかけてきてますが、大丈夫でしょうか?」
「そこも考えてある。仮に撃ち落とされたところで毒ガスは充満する。奴らの破滅に変わりはないわ。」
その時、一機が敵の銃弾によって墜落させられた。だが、サクの言う通りで、地面に落ちた瞬間に爆発とともにガスのようなものが広範囲に広がった。そして、それを吸ったであろう人間が、次々と悶え苦しみながら死んでいくのも、他のドローンの映像ではっきりと見ることができる。
敵陣は大混乱に陥り始めた。サクは、さらにドローンを分散させて、ガス弾による空襲を行わせた。すると敵の陣内では、次から次へと兵士が地面に足をついて倒れこんだ。その光景は、パソコンを通して俺の目にも焼きつく。ある程度の混乱状態を見込めたあたりで、サクが全軍にガスマスク着用の指令を出した。俺とイタクニップも急ぎ陣地に戻り、配下にガスマスクを着用させて指示を待つ。そして、サクの部隊が突撃を開始したタイミングで総攻撃が始まった。
一見落とすことが難関に見えた官軍の防衛戦であったが、毒ガスで混乱状態に陥った隙をついたことで簡単に突破することができた。そして、この網走遠征の初戦はAIMの大勝利によって幕を閉じたのだ。
◇
陸別を攻略したAIM軍は、イソンノアシ率いる本軍と合流。この日のうちに北進をして、敵の予想をはるかに上回る速度で訓子府を攻略。網走防衛の主要拠点でもある北見市街の目の前に、突如として現れたかのようにどでかい陣を敷いて官軍サイドを驚かせた。
この北見という街は主要都市である。しかし、近くに網走や紋別があることから、軍事的にはあまり重要視されている場所ではなかった。それ故に兵の数も少なく、攻め込めばほぼ確実に仕留められる都市である。
潜伏させていたスパイの情報では、AIMの迅速な進軍に恐れおののいて士気も下がっているのだという。それに市民の間でも、AIMに街を明け渡したいという主張が強まっているようだ。サクは、参謀会議において、夜襲をかけて一夜にして攻め取ることを提案。俺もその意見に賛成であったが、先生はあっさりと反対意見を提示してきた。
「戦わずして落とせる場所であれば、戦わない方が良いでしょう。」
サクが反論する。
「何を言っている。攻め込めば、すぐにでも攻略できるのだぞ。」
「それは正論です。しかし、先のことを考えると、戦わずして勝つ方が良いのです。」
「なぜだか言ってみろ。」
「そもそも戦いとは、多かれ少なかれ軍隊を疲弊させることに繋がる。だから余分な戦いはしない方が、肝心な戦に備えることができる。そして一番は、敵を殺さないことで無駄に憎しみを抱かれることももなくその土地を統治できるのです。」
「なるほど。では、何もしなくても官軍が北見から逃げ出すというのか?」
「いえ、何もしないわけではございません。ちゃんと策は考えてございます。」
そう言い終えると彼はその作戦を語る。
「もしAIMと戦うことになれば、たとえ市街地であろうと官軍がいる限り毒ガスを使用するだろう、という情報を町中にばら撒きます。すると、先の戦いの逃亡兵も多く滞在する北見司令部は、恐れおののくでしょう。それに、官軍の仕事は市民を守ることです。わざわざそんなリスクを犯してまで、街に居座ろうとはしないと考えられます。そして勝ち目は無く、戦争で街がとんでもないことになると思わせれば、彼らは街から撤収するでしょう。」
俺は尋ねる。
「そんなに上手くいくのか?」
「上手くいきます。何と言っても奴らは、毒ガスの恐ろしさを身をもって体感したばかりなのですから。」
サクが鼻で笑った。
「ふ、まあ上手くいかなかったところでこちらに損害は出ない。明日まで待ってやるからやってみるがいい。」
先生は余裕な顔をする。
「すぐに決着はつくでしょう。」
そういうと先生は、早速準備に取り掛かるのだった。成功しなければ、サクがまた過激な方法に手を出しかねない。俺は、先生の策が功を奏することを強く願った。
◇
翌日の正午過ぎ。AIM本陣に、『官軍が司令部を捨てて街から出て行った』、という報がもたらされた。AIM軍は、すぐに準備を整えて町の入り口付近まで軍を前進させる。すると町の入り口には、白旗を威勢よく降って俺たちを出迎える北見市民らの姿があった。どうやら、本当に官軍は、北見を捨てて網走に逃げて行ったそうだ。
策が功を成した先生は、特に嬉しそうな顔もせず、当たり前のことのように人々の振る白旗を眺めていた。
そんな先生に俺は声をかける。
「こんな主要都市がこうも簡単に落ちるとは驚きだな。」
「官軍は勝つために、あえてこの街を放棄したのでしょう。」
「どういうことだ?」
「官軍という名に魅せられて、あたかも大軍を所持しているとお考えですか?」
「むむ。そう思うのは当然だろ。官軍の支配地域と総兵力は、AIMより圧倒的に多い。」
先生は、視線を群衆から空へと移す。
「しかし、その多くは札幌方面。つまり西北海道や道南地域に集中していたり、広大な地域を統治するために各地にまばらに配備されております。確かに全体を見れば、AIMと比べて圧倒的戦力を保持しております。けども、この道東地域においては、官軍の勢力はそこまで大きくないのです。それがこの網走攻略戦を有利に進めていくための重要なポイントでもありました。」
俺は、先生の言いたいことが少しわかってきた。
「南富良野を攻略したのは、背後からの攻撃に対する防御だけではない。この道東という戦場を孤立させ、総力の大小を逆転させる狙いもあったということか。」
「左様でございます。この地域の地図を思い浮かべてください。私の言いたいことがわかるはずです。」
俺は参謀室で見た地図を思い返した。
「だから、カネスケたちと二手に分かれて、網走まで進軍しているのか。」
「その想像通りです。カネスケたちは東側から、我々が西側から攻め込むことによって、敵は数少ない兵力を、さらに二手に分けなければならないのです。そして、カネスケたちの活躍のおかげで、敵の注目がそっちへ向いた。その隙に北見を難なく落とすことができました。」
「じゃあ、次は俺たちを抑え込むためにこちらに注目するから、カネスケたちの方に隙ができるのか?」
先生は首を横に振る。
「いや、軍を一点に集中させて、そこで決戦を仕掛けてくるでしょう。」
「美幌町あたりかな。」
「恐らく。あそこは、網走に通ずる道が交わる交通の要。そこで我らを迎え撃ってきます。それから本格的な戦いが始まるのです。」
先の先まで計算している先生の作戦は、まるで官軍という強大な敵を手の上で転がしているような感じだ。俺は、彼の才能に感動すら覚えていた。
「あと何日で網走は攻略できると思う?」
「そうですね。あと2週間と言ったところでしょうか。」
「ほお、先生にしては時間をかけるのだな。」
「網走は守りに適した堅牢の街ですから、通常はそのくらいかかるでしょうな。」
「通常は?」
先生がニヤリと笑う。
「ふふ、そう通常はです。しかし、物事というのは、時に異常事態も起こりうるものです。例えば街の城壁が急に爆発するとか...。」
「仕込んだか?」
「網走には、官軍によって奴隷の如き扱いを受けている元AIMの人々がたくさんいる。彼らに連絡を取って、内側から網走をぶち壊します。」
「さすが軍師だ。正面に立ちはだかる高い壁がまるで自動ドアのようだな。」
「いえいえ。その自動ドアも故障することはあります。故に、日々の準備が欠かせないのです。」
今日も非常に気温が低い。俺も先生もマフラーに顎を埋めながら目的の場所まで歩いた。
◇
俺が会議を終えて宿舎へ戻ってくると、暖房の効いたコミュニティスペースで、灯恵と典一が深刻そうな顔で会話をしている。彼らに話かけると、灯恵がすかさず喋る。
「やっと帰ってきた!紗宙が大変なんだ!」
彼女に連れられて、紗宙のいる部屋へ向かった。階段を駆け上がり、2階の一番奥の部屋の扉を開けた。部屋に入ると、そこには苦しそうな顔をしてベットに寝込む紗宙の姿があった。彼女は、俺に気づと疲れた笑みを浮かべた。
「ごめん。風邪、引いちゃった。」
俺は彼女の額に手を当てた。体温計なんて使わなくてもはっきりわかる酷い高熱である。
「いつから我慢してたんだ?」
「昨日から、少し寒気はしてたんだけど。戦いがひと段落して気が緩んじゃったのかも。」
「無理させて悪かった。風邪が治るまでは、この北見でゆっくり休め。」
紗宙は、無理に言葉を発した。
「ありがとう...。急いで治すね。」
「急ぐ必要なんてない。どこへ遠征しても、ここに紗宙がいる限り必ず戻ってくるからさ。」
それを聞いた紗宙は、一息ついてから言う。
「なんか安心した。実は少し寂しかったから。」
俺は、ここへ来る途中に医務室から取ってきた風邪薬とスポーツドリンクを彼女の枕元へ置いた。
「今なんか作ってくるから待ってろ。」
そう言ってから部屋を出ようとする。その時、灯恵が俺を引き止めた。
「私に任せとけって。」
「先生から出された課題があるんだろ?」
「あれくらい看病しながらできる。それよりも、蒼が風邪ひいて寝込んじゃう方が大問題じゃないか。」
俺は風邪なんかどうでもよくて、ただ彼女をそばで支えていたかった。だけども、灯恵の言うことも理にかなっている。考え込んでいると、その話を聞いていた紗宙が言う。
「私は大丈夫だから気を使わなくていいよ。本当はずっと一緒にいたいけど、風邪うつしちゃったら大変だし。」
それに対して何か言おうとしたが、灯恵がそれを遮る。
「心配すんなって!私がちゃんと面倒みるからさ!」
こう言った時、どうしても自分なんて頼りにされていないのかとしょげてしまう癖が昔からあった。だが、俺の前にいる2人の女性の顔は、そんな軽蔑したかのようなものではない。純粋に心配しなくて良いと言ってくれている表情をしていた。
「わかったよ。紗宙のことは灯恵に任せる。そして紗宙、なんかあったらいつでも駈けもどるから安心しろ。」
2人は、納得した俺の顔を見た。彼女らの逞しく優しい目線は、逆に俺を応援してくれているかのようだった。
◇
俺は自分の部屋へ戻ると、ベットに仰向けになって天井を見つめる。明日もまた次の土地で戦いだ。紗宙のそばにずっといたい気持ちと、戦で成果を上げて野望へ早く近づきたいと言う気持ちが、俺の心の中をぐるぐる回っていた。
30分くらい考えていると勝手に答えが出てくる。簡単なことだ、網走を早々に陥落させて北見へ戻ってくる、それでいいのだ。俺は早速パソコンを開き地図と資料を見比べながら、情報収集や網走を陥落させる方法なんかを考え始めた。
網走は、監獄を要する網走要塞近辺の行政区と、海に面した商業区の2箇所で成り立っている、道東最大の軍事都市だ。スパイの情報によれば、滞在する兵の数は10万人。その多くは、守備に特化した防衛戦のエリートらしい。先生の策で監獄の壁を破壊できても苦戦を強いられる可能性は極めて高い。
それにもう一つ気がかりなことは、紋別騎兵隊の存在だ。彼らは官軍最恐の軍隊でありながら、まだその本拠地である紋別町から一歩も動いていないのだ。普通であれば、連勝を続けるAIMを討伐するために、こちらへ進軍してきてもおかしくない。しかし、奴らに動きがあったと言う情報は一切入ってこない。なかなか不気味なことである。
まあそれらは置いておき、まずは明日からの野戦に備えなくてはならない。俺は参謀会議で決まった陣形や、動き方を頭で思い浮かべてイメージトレーニングをする。
ここは戦場だ。四方八方から銃声や爆撃音、そして歓声やヤジ、断末魔が聞こえてくる。飛び交う弾と矢、こびり付く血と汗。そして時折襲いかかる寒風。冬の大地の戦場には、雪が舞っていて常に体力と体温、不意に視界を奪い去っていく。俺が率いている機動部隊は、歩兵隊が作ってくれた隙を突き、チャンスを逃さずに敵の弱点へ切り込んで行く。
名誉ある花形部隊ではあるが、敵の真っ只中や味方が背後にいない敵地に突っ込んでいくスリルは、なかなかのトラウマものでもある。いつ囲まれて殺されるかわからない状況なのだから。
俺は戦場に行く前に必ずイメトレをしているが、今日は、紗宙のことを一旦記憶の隅に追いやるつもりで、少々白熱してしまった。
妄想の世界で銃撃が鳴り響いたと思ったとき、リアルな世界でも音が鳴り響いた。俺は思わず声を上げ、その方向を睨みつけた。銃を所持していないのにまるで持っているかのように手を構えている。冷静になって考えたら、とてつもなく恥ずかしい。
そしてどうやらそのリアルな音は、誰かが部屋のドアをノックする音であった。俺がドアを開けると、その音の主は雪愛だった。
「リーダー、ちょっとお話しませんか?」
イメージが頭から抜けていく。俺は、気晴らしに彼女の話を聞いてやることにした。彼女は部屋に入ると、ベットの脇に座った。
「急にどうしたんだ?」
「ゆっくり喋ったことなかったから、コミュニケーション取りたくて来ちゃいました!」
そう言うと彼女は、俺の方をじっと見ていた。まるで何かを探るかのように。俺が不審そうな目で彼女を見返す。
「もしかしてまだ私のこと疑ってますか?」
俺は頑張って笑顔を作る。
「いや、そんなことはないから心配するな。」
「へえ。なら良かったです。それにしても紗宙から色々話聞きましたけど、壮絶な旅をされてるんですね。」
俺は思った。紗宙はこの女のことを信用しすぎてるのではないかと。
「紗宙とは仲が良いんだな。」
「もう親友です。なんちって。」
紗宙がこの女にどこまで喋っているのか気になったので、早速探りを入れることにした。
「紗宙から、どんなエピソードを聞いたんだ?」
「例えば、某カルト教団や秋田公国や仙台官軍と戦った話とか。リーダーが紗宙を教団から救い出した話とか。カネスケ君が2日酔いでやらかした事件とか。それに仲間との出会いや、リーダーの生い立ちまでたくさん教えてもらったよ。」
彼女は、まるで買ってきたお土産を広げるかのように紗宙から聞いたエピソードを話した。あの口が固い紗宙がここまで話すとは、よほど仲が良くなったのだろう。特に秘密にしていることではないが、そこまで膨大なエピソードをこんな短期間に自ら話すものだろうか。
俺は疑問に思った上で、ある仮説に至った。
『雪愛の狙いは、AIMではなく俺たちなのではないか。』
理由は2つ。
1つ目は、恐らくあそこまで多くのことを知っているということは、何か聞き出したいことがあって、質問責めをしたに違いない。なぜなら、紗宙も俺と似て、自ら多くを語るような性格ではないからだ。
2つ目は、この前この女が発した『黒の系譜』という言葉だ。偶然かもしれないが、教団とともに行動をしていた、リンという謎の女が言ってきた言葉と同じだ。もしも、奴らと何かしらのつながりがあるのだとしたら、このままにしておいては非常に危険な存在だ。
「俺たちのこと詳しいんだな。なら俺も雪愛の過去の話を聞きたい。良いだろ?」
彼女は、ケロっとした顔で了承すると、自身の生い立ちと官軍での話なんかをしてくれた。
小樽生まれの苫小牧育ち。札幌の官軍士官学校で心理学を専攻。卒業後に20歳で官軍へ入隊。その抜群の運動神経とコミュニケーションスキルが評価され近衛部隊へ配属。
聞く限りでは、特に闇を抱えてそうな経歴ではない。友達も多くて家族や知り合い、恋人にも恵まれていたようで、充実した過去の話を楽しそうに語っていた。
「人には恵まれているようだな。だからいつも、誰かと長電話しているのか?」
「そそ。札幌官軍やめた話は、ごく一部の人にしか話してなくてね。親友がよく心配して電話かけてきてくれるんです。」
「なぜ一部の人間にしか言ってないのだ?」
「官軍ってなんだかんだ名誉ある仕事じゃないですか。それをやめるって言ったら、みんな心配しちゃうと思って。」
彼女の顔色を伺ったが、特に変わる様子も見せず平然と言葉を発している。
「そうだよな。普通に暮らしていれば、官軍のエリート部隊で働いてるってだけで、鼻が高いもんな。」
「そうなんよ。だから私が国を捨ててAIMに行くって言ったら腰を抜かして驚いてた。札幌市民からしてみても、AIMは脅威な存在ですから。」
それにしても、わざわざ考え方の違いだけで、敵方に寝返るようなことがあるのだろうか。彼女は、松前大坊のことは嫌いと言っていたが、代表の京本に関してはむしろ好意的と思えるような発言をしていたような気がしなくもない。
ふと彼女に一番聞いておきたかったことを思い出した。
「なあ雪愛。黒の系譜って、なんのことだか知っているか?」
その質問を投げかけた瞬間、彼女の目が座ったように見えた。だが、すぐに表情を戻すと笑顔で言う。
「なんですか?その黒のなんとかって。厨二病みたいな言葉ですね!」
俺は、彼女の目を深く睨みつけたが、彼女がスカした顔でこちらを見てくるので、こちらも表情を平常運転に戻した。
「知らないなら忘れてくれ。昔、気に食わない女から投げつけられた言葉だ。意味がわからなかったから、気になってずっと引きずっている。ただそれだけだ。」
俺がそう言い終えると、彼女はまるで知ってることをあえて聞くようなそぶりで尋ねてきた。
「へえ。変わったこという人もいるんですね。その女性ってどんな人だったんですか?」
「忘れたいがなぜか頭に住み着いて来やがる最悪な美女。人を自分の快楽を満たすためのおもちゃとしか考えていないクソ女だ。」
「最悪な人間。元カノとかですか?」
「まさか。旅の途中で遭遇した教団の女だ。この話は、紗宙から聞いていないのか?」
「んー、触り程度に聞いたかも知れないけど、詳しいことは何も。」
「その女によって、灯恵のボーイフレンドは殺された。そして、紗宙も教団に監禁されていた時、非人道的な虐待を受けた。俺たちにとっては、ある意味で宿敵みたいな存在。そんな奴に俺は言われたんだ、『あなたからは、私と同じオーラが感じる。黒の系譜に選ばれた者の1人だね。』ってな。思い出すだけでも気持ちが悪いが、嫌な思い出ゆえにその一言が頭に残ったままだ。」
雪愛は、思っていた以上に真剣に話を聞いてくれていた。だが、切り替えるようにこう言った。
「なんか後味が悪いですね。けどそんなわけわからない人の言葉に、いちいち惑わされる必要ないと思いますよ!それよりも、網走監獄を攻略するという、目の前のことに考える時間を使った方がいいです。」
そうはわかっているものの、奴と雪愛が言っていたその言葉の意味を詮索してしまうのだ。はぐらかされながらも適当な話をしてから、簡単な打ち合わせを済ませて彼女は出て行った。
羽幌雪愛、リン、そしてヒドゥラ教団。
どういうつながりなのか、知っておかねばならないような気がする。俺はベットにパソコンを持ち込むと、明日のことなんか忘れて調べごとに没頭する。そして気付いた時には朝を迎えていた。どうやら昨晩は、相当疲れていたようだ。俺は、早々に出立の準備を整えて部屋を出る。監獄へ続く道を進むために。
(第四十幕.完)