第三十八幕!小伏竜
文字数 9,766文字
道東を制圧するためには、官軍が重きをおいている3つの拠点都市を、陥落させなくてはならない。
1つは港湾都市の釧路。
釧路は道東南部の政治経済の中心都市で、ここを陥落させれば、道東地方南部全域の官軍支配体制を麻痺させることができる。よって、道東の半分を実質手に入れたも同然である。
2つ目は監獄都市の網走。
ここは、網走監獄を中心とした道東北部の官軍の支配拠点。網走監獄を破壊することは、官軍に大きな動揺を与え、さらには道東北部もほぼ制圧したと言ってもいいだろう。それにこの監獄には、無実の罪で捕らえられたAIMの同志や道産子、それにアイヌの人々が多数収監されている。その人々を助け出すことも、AIMの目標の1つだ。
そして3つ目は軍事都市の紋別。
ここは、日本最強の軍隊と呼ばれた紋別騎兵隊の直轄領のような場所である。紋別騎兵隊は、日本最強の軍隊であるが、日本最恐の殺戮部隊でもある。殺しを極めた武闘派騎馬軍団は、札幌官軍に抵抗する人間を、残虐な方法で容赦無く殺戮してきた。そんな奴らの支配する街は、人々が常に騎兵隊の目を気にして、死と隣り合わせの生活を強いられているのだという。この紋別騎兵隊を壊滅させない限り、AIMの道東制圧は愚か、この北海道戦争で官軍に勝利することはほぼ不可能であろう。
司令長官アイトゥレは、この3つの内、まずは釧路を陥落させて南部および知床を攻略する方針に決めた。理由は、3つの中で難易度が低く、かつ制圧すれば領土を大幅に広げられるからである。
◇
釧路までは、比較的積雪が少なく進軍しやすい海岸沿いから向かうことに決まる。とはいえ道の至る所が凍結していて、進みやすいルートというわけでもない。カネスケは、軍用車の中で作戦のことをずっと考えていた。
参謀に配属されてからは、そのことで頭がいっぱいで、それ以外のことを考える余裕なんてほとんど無い。彼は、まるで会社員時代に戻ったかのように、任された仕事をどう達成していくのか真剣に悩んだ。
そんなカネスケに結夏が話かける。
「これ食べなよ。」
彼女は、ラングドシャがたくさん入った缶を差し出した。
「甘いものか。ありがとう。」
素っ気なく言葉を発すると、彼はまた自分の世界へ入っていく。そんな仕事大好きなカネスケに対して、結夏は負けじと声をかける。
「いつもと雰囲気違うんだね。」
「そうか?そんな変わらないと思うぞ。」
「めっちゃ変わってるよ。」
カネスケがしれっと質問する。
「どっちの方が好き?」
「どっちも。」
「答えになってないぞ。」
「うーん。じゃあどちらかといえば、仕事中の方がカッコいいなって思う。」
「お、じゃあずっと仕事してようかな。」
彼は軍所有のパソコンで官軍について分析をしながら、結夏の言葉に耳を傾ける。
「そんな真剣に仕事していたら、私も仕事したくなってくるじゃん。」
カネスケは素っ気なくふざける。
「ここで髪切ってくれるの?」
「坊主にするけどいい?」
カネスケはクスりと笑う。
「それは勘弁してください。」
結夏は、ため息をついた。
「できることあればなんでも言ってね。」
カネスケが彼女に紙とペンを差し出す。
「今から言う情報、そいつにメモしてくれ。」
結夏は、任せてとばかりにそれらを受け取ると、黙々と仕事に取り掛かった。
カネスケは、意図的というわけではないが、結夏と行動を共にすることが多い。彼は、派手な女がタイプなので、初対面から彼女のことを意識をしていた。けども、まさかこんなにも一緒に居れるとは思っていなかった。それ故に、素っ気ない態度をとりつつも、実は凄く幸せな時間を過ごしていたのである。
◇
もうじき釧路へ到達する。双眼鏡で街を観察すると、官軍がこちらに備えて軍を集結させているのが目に入る。
アイトゥレがカネスケに声を掛ける。
「奴らは相当警戒しているようだな。」
「そうでしょう。ここを落とされては、支配地域を大幅に失いますからね。」
「情報によれば敵の数は3万。一気に力攻めと行くか?」
「いや、背後へ回り込んでこちらへ追い立て、挟み撃ちにして撃滅いたしましょう。」
「なぜだ?」
「釧路の背後には大きな湿原があります。そこへ逃げ込まれてゲリラ戦でもされればやっかいです。」
「なるほどな。ではどうやって背後へ回り込むか?」
カネスケは、結夏と共に作成した資料を見せて説明する。
「帯広の戦いでも活躍したスノーモービル部隊を使います。彼らの機動力を駆使して背後に回り込ませて、湿原に部隊を潜伏させます。そして翌日、我ら本体が釧路へ総攻撃を仕掛けます。そこで頃合いを見計らい負けたふりをします。」
「負けたふりだと?」
「ええそうです。釧路は地形上で言うなら守りに強い街。そんな堅固な場所から敵の主力を遠ざけます。そしてある程度距離を稼いだあたりでまた攻撃を仕掛けます。敵がこちらに夢中になっている隙に、湿原に潜ませたスノーモービル部隊で一挙に背後をついて敵を崩壊させます。あとは敗走兵を討ち取るだけです。」
「キツツキ戦法みたいだな。」
「まあそれに近いですね。」
アイトゥレは、カネスケの案を採用することにした。そのあと、スノーモービル部隊の隊長を誰にするかという議論になったとき、カネスケは龍二を推薦する。龍二のことをあまり知らないアイトゥレは、初めは否定的であった。しかし、暴走天使時代に部隊を率いていたことや、彼の武勇伝を聞かせると、納得してすぐに隊長に任命してくれた。
そして龍二は、機動部隊5千を率いて陣を出て、釧路湿原に潜伏した。
◇
冬の釧路湿原は非常に寒い。気温だけではなく、周りは手付かずの自然なので、人の温かみすら感じられない。こんなところで一晩を明かした自分たち機動部隊を褒め称えたい。龍二はそう思いながら、カネスケからの合図を今か今かと待ちわびていた。
彼は、カネスケがまさか自分を隊長に推薦してくれるとは思ってはいなかった。革命団に入って約3週間。メンバー全員とは、ある程度会話はしたが、カネスケと特別仲がよかったわけでもなければ、一緒に行動することが多かったわけでもない。そんなカネスケに選んでもらったことは、革命団の一員として、更に信頼してくれているような気がして嬉しかった。戦闘までまだ時間がありそうなので、スノーモービルのエンジンを温めつつ、配下の将兵たちとコミュニケーションを取る。
AIM軍には、様々な人間がたくさんいる。アイヌやその末裔はもちろんだが、海外から民族独立に協力するために来日したボランティアの傭兵。北海道の文化が好きで各地からやってきた人々。自分の培ってきた戦闘力を試したい凄腕のファイターたち。日本社会と合わなかったり失敗して、新しい居場所を求めてやってきた人たち。アイヌを中心に多くの思いが集まっている。だからこそいろいろな話を聞けて、また自分たちのしてきたことも、面白おかしく話すことができた。そして自分たち革命団も、社会から逸脱してしまった人間たちなのだと思わされるのであった。
龍二が革命団の話をしていると、それに特に食いついてくる男がいた。その男は、酒々井雪路といい、仲間たちからは下の名前で呼ばれていた。彼は元々政治家志望で、東京の大学で法律を勉強していたのだという。蒼と同じく、江戸氏の青の革命思想に興味があったのだとか。そして弱者のために戦いたいという思いから、大学を中退して仲間とともに北海道へ渡りAIMに志願したそうだ。
高校生の頃からツーリングが趣味だったという理由で、このバイクや馬、およびスノーモービルを駆使して戦う機動部隊に配属されたのだという。
雪路は、興奮した声で龍二に声をかける。
「さっきの話は面白かったです。もし本当に国を作ったら私もそこで働きたい。」
「それは頼もしいな。政治や法律に詳しい人間が来てくれたら、きっとリーダーや先生も喜ぶぞ。」
雪路は年上である。しかし、立場的にもタメ口で良いと彼が言ったので、龍二はタメ口でコミュニケーションをとることにしている。
「この戦闘が終わったら、北生さんを紹介してください。」
龍二は、戦いが終わったらとりあえずカネスケを紹介すると彼に伝えた。雪路は嬉しそうに、スノーモービルのエンジンをふかした。
すると、龍二の元にカネスケから一通のメールが届いた。
『かかれ。』
それを確認した龍二は、5千人の部下に攻撃の命令を下して、自ら先頭に湿原を南下。瞬く間に湿原を抜けて、釧路の市街地へ侵入を果たした。官軍は、まさか背後に敵がいるなんて考えていないので、主力を前面に押し出していた。その為、龍二率いる機動隊は、殆ど無傷で釧路を占領することに成功する。そのまま町の遥か東に侵攻。カネスケ達に気を取られている官軍本隊の背後をついた。
カネスケが敷いた鶴翼の陣で囲い込まれ、更には背後から突如に現れた龍二率いる機動部隊に退路を塞がれた官軍。初めは抵抗していたが、徐々に押しつぶされて、全面降伏を余儀なくされるのだった。
◇
約一日で釧路を攻略したカネスケは、アイトゥレを筆頭にしたAIM幹部からの信頼を獲得。戦闘の後処理で忙しいアイトゥレの代わりとして、2万の軍を率いて更に東へ進軍。その日の間に厚岸湖へ隠されていた官軍の艦隊を撃滅。浜中町を占領。更には別当賀まで進軍して、根室攻略の準備を整えた。
雪がしんしん降りそそぐ夜。カネスケは、側近たちを自分の宿舎へ呼んで、根室攻略戦の作戦を練った。結夏、AIM参謀部のウヌカル、龍二、龍二に紹介された雪路、戦闘中に仲良くなった小隊長の傭兵ウラジーミル、彼らはカネスケを慕う特に信頼の置けるメンツだ。
「小伏竜どの。先の戦は見事だったぞ。」
ウヌカルに褒められ、カネスケが笑う。
「また新しいニックネームが増えましたね。その小伏竜とはいったいなんなのですか?」
「伏竜とは、かつて中国三国志の諸葛亮公明のあだ名。現代日本でいう伏竜は、紛れもなくあんたらのとこの諸葛真に違いない。そして、それを追いかけるかのごとき才能を感じるのがあんただ。だから小伏竜なのだ。」
カネスケは嬉しそうだ。
「いや、そんな大した者じゃないですよ。」
雪路もカネスケを褒める。
「私も、直江さんは小伏竜と異名で呼ばれてもおかしくないと思いました。」
「そ、そうか?」
カネスケは、つい自惚れそうになっている。そんな彼を結夏が叱咤する。
「また調子乗ってる。」
「だって久しぶりに仕事で褒められたからさ。」
「小なんだっけ?
私もそれで呼ぼうかな。」
カネスケはニヤリと笑う。
「ん、褒めてくれてるの?」
結夏は、笑いを堪えながら答える。
「そ、ん、な、わ、け、な、い、よ!」
そう言うと、カネスケは彼女の頭を撫でた。結夏もお返しにカネスケの肩を優しくグーパンする。こうなり始めると、カネスケはプライベートモードになってしまう。このことを知っていた龍二は、場を引き締めるために仕事の話に切り込んだ。
「カネスケ。根室で待ち構えている官軍の将は、元紋別騎兵隊にいた佐藤大我という男だ。情報によれば、野戦の名手だというがどう戦う?」
浮かれていたカネスケは、龍二の心情を読み取ったのか徐々に仕事モードへ切り替わった。
「ウヌカル殿、あなたが佐藤の立場ならどのように戦いますか?」
ウヌカルは考える。
「温根沼と長節湖の間の狭小地で、防御線を作り持久戦に持ち込む。そして網走から援軍を呼び寄せて、我らを挟み撃ちとするだろう。」
「同じ考えですな。恐らくは我らが釧路を陥落させた時点で、その準備は進めているでしょう。そうだろウラジーミル?」
「はい。先ほどわが配下の情報によりますと、もうすでに塹壕が築かれていて、真っ向勝負をしにくい状況にあります。」
するとウヌカルが尋ねた。
「どうする?海から攻め込むか?」
カネスケは答える。
「もちろんそのつもりです。しかし、我らが背後から攻めてくるかもしれないということは、敵も予測しているでしょう。」
「うーん確かにな。」
「そこでです。
敵にあえて見つかるような航路で、劣り部隊を太平洋側から歯舞方面に向かわせます。
すると敵は、またAIMは軍を二手に分けて背後を突くと思うでしょう。
そして、塹壕を守る兵の一部を歯舞側へ向かわせるはずです。」
「その手薄になった塹壕を攻め滅ぼすってことかな?」
「いえ、塹壕崩しは総仕上げです。
塹壕を潰せるだけの兵隊を落石あたりに待機させ、本体はオホーツク海側にある温根沼大橋の跡地を筏で渡り、そこから北上して直接根室を占領します。
そして、歯舞側にいる囮部隊と合流して敵を各個撃破。佐藤を討ち取り、内側から塹壕を破壊します。」
「面白い策ではあるが、温根沼大橋跡地も渡海しやすい場所。敵も十分警戒しているのではないか?」
「実はそこも調査済みです。オホーツク海の制海権は、官軍にございます。だからわざわざそんな海をAIMが渡ってくるとは考えていないようです。密偵からの報告では、警察レベルの警備隊しか置いていないようです。」
ウヌカルは目を見開いた。
「仕事が早いな。それならば攻撃の絶好スポットというわけか。しかしイカダはどうするのだ?」
「すでに手配しております。ここら釧路一体も元々はAIMの領有していたところ。職人に依頼したらすぐに承諾してもらえたのです。もうじき完成したものが陣営に運び込まれるでしょう。」
「そこまで手を回しておったか。小伏竜抜かりなしだな。」
「作戦はそれでいく。そこで人選だが、まずウヌカルどのと龍二、雪路はこの本陣に残り、1万の兵士と共に塹壕戦に着手して頂きたい。そして太平洋沿いを歯舞へ向かう劣り艦隊は、ウラジーミルに任せる。」
龍二が尋ねる。
「本体はどうする?まさかの総大将直々か?」
カネスケは答える。
「その通りだ。俺と結夏が8千の精鋭を率いて温根沼を渡り、根室を陥落させる。」
カネスケが作戦の発表を終えたあたりで、イカダが運び込まれた報告が入る。作戦会議がおひらきになると、それぞれが持ち場へと向かった。 特にウラジーミルは時間がなかったため、急ぎ艦隊へと向かい、部下と共に密かに出港したのだった。
◇
カネスケは、配下の兵隊に準備の指示を出してから、しばらく宿舎の換気扇の下でタバコを吸う。彼の頭の中は、戦略のことで埋め尽くされていた。学生の頃から、ボードゲームや戦争シュミレーションゲームが好きでよく遊んでいたものだが、まさかリアルの戦場に来るなんて当時のカネスケは思いもしなかっただろう。換気扇に吸い込まれていく煙を見つめていると、ふとそんな昔のことが頭によぎった。
彼の携帯のメールボックスは、参謀になって以来ずっと通知が鳴り止むことを知らない。偵察部隊の次は直属の部下、部下の次は隊長、その次は武器業者。様々な方面から多くの連絡が入る。営業マン時代も大量のメールを毎朝さばいていたが、それとの比にならないくらいのメールに、さすがのカネスケも疲労が溜まり始めていた。
支給品のコーヒーを飲みながらメールを見ていると部屋をノックする音が聞こえた。どうやら結夏が来たようである。カネスケが彼女へ入るように伝えると、寒そうにしながらも冷静な顔つきの結夏が入ってくる。
「どうしたの急に呼び出して?」
「まあ、とりあえずタバコ吸えよ。」
結夏は、持っていたタバコを取り出すと、換気扇の下で火をつけた。 二つの煙が混じり合っていく部屋は、参謀会議には無い安息感が生まれている。
「小伏竜さん、髪の毛がプリンになってきてますよ!」
「染め直してる暇なんてなかっただろ。」
山寺にいた時だろうか。結夏に頼んで鮮やかな金髪に染め直してもらって以来、全く手を付ける余裕がなかった。
カネスケは、やり返すかの如く結夏の髪を見た。彼女の髪は当時と変わりなく、綺麗なオレンジ色を放っている。
「いつ染めてんだよ?」
「さあいつでしょう?」
「わかった!あの2日酔いの日だな!」
「正解!よくわかったね!」
「ヤケに染髪剤の匂いがしたもんな。」
「そんなしなかったと思うけど。どんだけ嗅いでるの?」
「どんだけ嗅がせてきてんだよ。」
「は?うっざ。」
カネスケは、いつもの調子であればこのままじゃれ合い倒すのだが、仕事の疲れからかそう言う気分にもなれない。それどころか、不安が口から溢れ出してきた。
「たまに不安になるんだよな。」
急にテンションが変わったカネスケに結夏は困惑する。カネスケは、なんのことかわかっていない彼女の為に言葉を付け足す。
「ほら将来のことだよ。」
「珍しいね。カネちゃんがそういう話するの。」
「そうか?
いつもは蒼がそんなこと漏らす時に励ましてるから、そんな風に見えないかも知れないけど、俺も結構悩んでたりするんだぜ。」
「カネちゃんはどうなりたいの?」
カネスケは、窓の外の雪を見つめながら考えていた。部屋の中にしばらく沈黙が続いた後、彼は再び話だす。
「わからねえ。ノリで付いてきて、やってみたかったこともできて、それに面白い奴らとも出会えて。なんだかんだ人生は楽しんでる。
けど約半年前までは、そこそこ出世して高給取りになって、美人の嫁もらって、世間一般で言うちょっとお金持ってる一般家庭に憧れていた。そこから考えると、あまりにもぶっ飛びすぎた。」
カネスケは、吸い殻を灰皿に置くと、タバコをもう一本口に咥えて火をつけた。
「もう後戻りのできないところまで来ちまったんだよ。なんと言っても、母国では指名手配犯なんだしな。」
カネスケは、ちょっとだけ寂しそうな表情を浮かべた。普段の彼が、絶対に見せることのないような表情である。結夏は、彼の話を聞き終えるとタバコの火を消した。
「実は私も同じことで悩むことあるよ。」
カネスケは、真面目な表情の彼女を見た。
「私だって、元々は東京でずっと美容師やって、普通に結婚して家庭を持って幸せになることが夢だった。山形に移ってからも、流姫乃と仕事しながら、灯恵と静かに暮らしていくつもりだった。
確かに今の仲間といることも幸せだけど、目指していた理想とかけ離れているっていう違和感はよくわかるの。」
カネスケは何も言わず、ただただ彼女の話に耳を傾け続けた。彼女がカネスケと同じく、もう一本タバコを咥えて、彼のライターで火をつける。そして悲しげに俯く。
「運命はそうさせてはくれなかった...。」
カネスケは天井を見ながらボヤいた。
「運命か...。」
「けどね、過去は変えられないけど未来は変えていける。それに蒼がよく言ってることそのまま使わせてもらうと、『自分が欲しいと思って行動し続ければ、どんなものだって手に入れることができるはずだ』。」
カネスケが苦笑を浮かべる。
「そういう堅苦しい台詞、結夏は似合わないよな。」
「確かにちょっと無理くりだったかも。でも私が言いたかったことは、自分を信じて進み続けたら、きっと納得のできる場所へ行きつけるはずってこと。」
カネスケは、再び彼女の目を見る。
「真剣な話に付き合ってくれてありがとな。ちょっと気持ちが落ち着いたよ。」
結夏の表情が和らぐ。
「ふふ、どういたしまして。」
「ただ、一つだけハッキリとわかることがあった。」
結夏は首を傾げる。
「どんなこと?」
カネスケは、力強く言う。
「俺はこれからも革命団の仲間と一緒にいたい。そして、結夏がそばにいて欲しいってこと。」
結夏が次の言葉に迷っている時に、カネスケはもう一言付け足した。
「好きだよ。」
あまりにも予想外で突然な告白。カネスケは、ついやってしまったと心の奥底で心配になる。しかし結夏は、その言葉を聞いたあと、少し照れ臭そうにしていた。
「なんだ...両思いだったんだ...。」
緊張が更にほぐれたのか、急に涙ぐむ彼女をカネスケは優しく支えてあげた。普段から一緒に行動することも多く、ふざけてこういう感じになったことも実はあった。けども改めてこういう形で決着がついたことで、カネスケも結夏も感情に整理をつけることができた。
それから数時間が経過した頃、カネスケと結夏は準備を整えて部屋を出る。すると、雪路が宿舎に急ぎ戻ってきていた。ウラジーミルが引き付けに成功したことで、敵の本陣に変化が出始めたことを知らせに来たようだ。
雪路は、内容を一通り伝える。それから、カネスケのスッキリとした表情を見た。
「何か良いことでもあったんですか?」
カネスケは、その答えに返答せず、ただ一言発する。
「この戦、勝てるぞ。」
そして彼は、配下の兵士の待つ場所へ結夏と共に向かって行った。
◇
翌日の日の出前。カネスケ自ら引き連れた8千の部隊は、シロカラモイ岬から遠くに見える、寝静まった根室の街を見渡した。そして全兵士に総攻撃の檄を飛ばす。8千のAIM軍はスノーモービル部隊を先頭に、一斉に根室の街を襲撃。 塹壕と艦隊に気をとられていた官軍の留守部隊は、戦う準備などしていなかった。故に、あっという間に根室司令部はAIMの手に落ちる。次々と押し寄せる兵隊の足音とスノーモービルの排気音、そして爆撃音によって根室の街は騒然となり、朝日が昇る前に朝を迎えてしまったかのようであった。
雪路からの連絡によれば、西和田付近に陣を張っている佐藤率いる官軍塹壕部隊も、騒然となり始めているようだ。彼曰く、ウヌカルがすぐにでも塹壕を攻撃したいと言っているようだが、カネスケはそれに待ったをかけさせた。それから囮艦隊のウラジーミルに上陸の指示を出して、騙されて歯舞防衛へ向かった官軍別働隊に攻撃を仕掛けさせた。
カネスケは、ウラジーミルと官軍別働隊が戦い始めたのを見計らって、根室にいる軍の8割を率いて北上。ウラジーミルたちと共に、官軍別働隊を挟み撃ちにして全滅させた。別働隊を助けに行きたい官軍陣営であったが、動かずに睨みを利かせているAIM本体に気をとられて、迂闊に塹壕を捨てて引き返すことができずに終わってしまう。
カネスケはウラジーミルと合流。そのまま軍を一気に南下させて、塹壕の背後から佐藤のいる本陣に攻撃を仕掛けさせた。佐藤は精鋭を率いて出陣して北上。神社周辺で、カネスケ率いるAIM軍と野戦を展開した。野戦に強い佐藤に率いられた官軍部隊は、数に勝るAIM軍を相手に善戦をして、時にカネスケらを押し返すこともあった。
だがカネスケは、ここぞとばかりにウヌカルへ塹壕総攻撃の指令を出した。ウヌカルは、待っていましたとばかりに、1万の兵とともに塹壕を総攻撃。そうすると如何しようも無い佐藤率いる官軍は崩壊。 佐藤は敗走中に龍二の手によって討ち取られ、塹壕もAIM軍の迫撃砲と手榴弾によって破壊されて更地となった。
ウヌカル達と合流したカネスケは、改めて根室を制圧。そのまま納沙布岬まで侵攻して残党を全て降伏させて岬にAIMの旗を打ち立てた。そして一夜を過ごしてから根室をウヌカルに任せると、アイトゥレの待つ釧路まで、結夏、ウラジミール、龍二、雪路、そして1万の兵士らと共に戻るのだった。
◇
釧路、そして根室までも陥落したことにより、道東の官軍による統治のほとんど麻痺状態となった。
カネスケと合流したアイトゥレは、標茶、別海、標津、中標津、羅臼と道東の街を次々に降伏させ、道東南部および知床半島の領有に成功することになった。
その頃、蒼やサクたちは、帯広へ戻り網走攻略戦に向けての準備に入る。イソンノアシ曰く、明後日には網走へ向けて進軍を始めるのだという。そしてカネスケもまた、アイトゥレの参謀として、網走を守る天然要害である阿寒摩周国立公園、および屈斜路湖の攻略へ向けて軍を北進させたのであった。
(第三十八幕.完)