第四十六幕!雪中行軍
文字数 9,876文字
建物が倒壊していて、そこら中に瓦礫や物が散らかっている。いたるところに焦土となった場所があり、焼けただれて身元すら特定できない死体が建物の下敷きとなっている。車は大体が破壊され、黒焦げになって公園に捨てられている。
街は、中心へ進むほど死体独特の匂いが漂い始める。大通りには無数に転がる死体、内臓や肉の破片、血液がいたるところにぶちまけられていた。
兵士から一般人、子供から老人、女性、そして小動物。ありとあらゆるものが、まるで全部死ななくてはならなかった物のように、義務的に絶滅させられているようだ。
AIMの寮は砲撃か何かで破壊され、建物はコンクリートの瓦礫の山になっていた。
隣でそれを見ているカネスケは、唇を震わせながら怒りをあらわにしている。
「許せねえ...。」
俺が無言で瓦礫の山を見ていると、カネスケは1人ごとのように言う。
「あいつらは、人の皮を被った鬼か?」
俺は一呼吸置き、彼の方を見た。
「俺は、多くの人間を敵対者という理由で殺した。その時お前は、俺を諌めることが多かった。 」
カネスケが俺を睨む。
「それがどうした?」
「今回はどうだ?
ここまで残虐な行為をした外道どもを俺が皆殺しにしたとしたら、それでもお前は文句を言うのか?」
彼は顔を背ける。
「難しいこと言わないでくれ。だけど、騎兵隊は必ず壊滅させよう。」
「ふ、答えになっていないな。」
彼は、俺の横顔を再び凝視してくる。きっと何か思うことがあったのだろう。だが俺は、そんなことを気にせず話を続ける。
「紋別騎兵隊に所属するすべての鬼畜には、生きる権利を与えてはならない。俺が全てを奪い取る予定だ。」
そういって拳銃を抜き、崩れ落ちそうな看板めがけて銃弾を放つ。見事に命中して看板は落下すると、地面に直撃して大破した。
そのタイミングで、龍二が調査から戻ってくる。
「できる限り捜索はしてみた。けども、生存者はいなかった。」
空を見上げると、どんよりとした雲から雪が舞い落ちてきた。しかしなぜだろうか。この雪は重たく水を含んでいて、いつも目にする雪よりも汚く気持ちが悪かった。風も少し強くなってくる。崩壊したビルの間を吹き抜ける音は、殺された人たちの叫び声のように聞こえてきて、非常に気味が悪い。
「続きはAIM本軍に任せ、俺たちは北へ進むぞ。」
龍二が軽く頷くと、また兵士たちのところへ戻って行く。
それから俺は、再び空を見上げる。朝は晴れ渡っていたのに急なこの天気。劣勢とは予期せぬタイミングでやってくるものなのだろう。
この曇天が紋別騎兵隊だとするのなら、俺たちは、どうやって太陽と月を仰げば良いのだろうか。
俺は、この曇天を突き破る方法を考え続けていた。
◇
凍てつく海、例年の異常気象によって流れる季節外れの流氷。ここ紋別は、昔は流氷によって賑わいを見せた街であったが、今は紋別騎兵隊が恐怖によって支配する統制都市。人々は、この流氷に乗って海の向こう側まで逃げていきたいと思いながら、オホーツク海に浮かぶ氷の塊を眺めている。
結夏は、御堂尾兄弟が所有する屋敷の一室に縄で雁字搦めにされて監禁されていた。この部屋は御堂尾神威の寝室で、彼が留守中は暖房が切れる仕組みになっているようだ。ここに至るまで、北海道のマイナス何度の世界には慣れてきたつもりであったが、改めて感じるとやはり凍え死にそうだ。
昨晩。神威がくどいくらい結夏に言いつけていた。
『俺の気分次第で紗宙をどうすることだってできるんだぞ。』
神威の命令なんて死んでも聞きたくない。何度ムチで打たれようが、身ぐるみ剥がされて凍土の大地に捨てられようが、汚い竿で回されようが、あんな奴に従う気はない。しかし、紗宙を人質に取られているとなると、そうも簡単に強がれる訳でもない。
結夏は、どうして良いのかわからず、頭の中がバラバラに砕け散りそうであった。このままでは、本当に奴のペットに成り下がってしまう。そう考えていた時、部屋が暖まり始めた。神威が帰ってきたのである。
正直なところ、身体は凍え死にそうな環境から解放されたことで安堵を覚えている。しかし心はその逆で、悪夢の始まりを心底嫌悪していた。
部屋の扉が開き神威が入ってきた。その後ろには寿言もいる。
「兄貴ずるいぞ。俺にも楽しませてくれや。」
「これは長男の特権なんだ。古くなったら譲ってやるから、それまでは町の安物でも拉致って我慢しろ。」
「なんだよそれ。ずりぃなあ。」
「さっさとすっこんでろ。」
「あーイライラしてきた。町行って狩りしてくるわ。」
こうして寿言は去っていく。彼は、体重100kgは超えているのだろうか。廊下を歩く足音に異常な重みがある。
神威は、扉を勢いよく閉めて結夏を威嚇。そしてこちらへ向き直ると、気色悪い顔をしながら近づいてきた。
「どうだ、俺が来るのが待ち遠しかっただろ?」
結夏は、そっぽを向く。
「別に待ってないけど。」
神威がそれを見ると、興奮したように鼻で笑ってくる。
「ふ、正直になった方がいいぞ。」
「紗宙とサクは無事なんでしょうね?」
「心配するな。紗宙は、我らにとって最上級の商品。あのアイヌの雑魚は人質。そう簡単に殺しはしねえよ。」
「2人に手を出したら絶対に許さないから。」
すると、神威の口調が急に鋭くなる。
「許さない?
立場というものをわかってないな。許すも許さないも俺が決めることだ。」
結夏は、気持ち悪い語録ばかり繰り出すこの男を酷く軽蔑した哀れむような目で見ていた。 そして、紗宙やサクの為にこの男に従うにしても、被害は最小限に留めたい。何か良いアイデアはないだろうか。冷静を保つ為にも、アイデアを考えることに神経を注いで恐怖心を紛らわす。
「あなたに私を心まで屈服させることなんてできない。」
「なぜそう言い切れる?」
「私の心は小伏竜とともにある。あなたに彼を超えられるはずがないから。」
「ほお、この俺があのクソよりも格下だと言いたいのか?」
「当たり前でしょ?
あの人は、暴力で女性を振り向かせようとしたりしない。」
神威の汚い笑い声が響く。
「クハハハハ。よくそんな綺麗事が言えたもんだな。」
笑いながらそんなことを言っているが、目は明らかに笑ってはいない。神威は、怒りに任せて結夏の身体を踏みつける。
「毎晩たっぷりと俺の良さを刻み込んでやる。そしてAIMを皆殺しにして、直江鐘ノ助を徹底的に拷問にかけ、お前の目の前で恥をかかせながら殺してやる。その時に気づくだろう、奴の愚かさと俺の良さにな。」
結夏は、重たく突き刺さるような痛みによって表情が歪む。しかし、依然として抵抗の姿勢を崩すことはなかった。
神威は、そんな彼女の顔を見下したような目で見つめた。
「お前のこと、一度たりとも忘れたことはねえから。」
そう言い残して、彼は部屋を出て行った。結夏は、その言葉の意味を全くもって理解することはできなかった。
廊下からは、彼が何か割れ物を破壊する音が響き渡る。その音は、身体の痛みとともに結夏の心へのしかかった。 神威の前では強がったものの、急に恐怖心がこみ上げてくる。
「助けて...。」
彼女は目を瞑り、震えながら小声で呟いた。
◇
御堂尾兄弟の屋敷からほど遠くない場所に紋別騎兵隊駐屯所はある。総勢約3万の騎兵隊は、ここで昼夜問わず戦闘訓練に勤しんでいた。
騎兵隊隊長の北広島氷帝、そして騎兵隊を管轄している札幌官軍3将の松前大坊は、訓練の監督及び指導をしながら、これからの作戦についてすり合わせを行なっていた。
「先の戦において、捕虜以外に生存者を出したと聞いたが?」
氷帝は、無念の表情を浮かべる。
「ええ、数名ではございますが...。」
「絶滅至上主義のお前のプライドが相当傷ついただろうな。」
「プロとして、大変恥じらいを感じおります。」
「そうかそうか。ではその怒り、全てAIMのバカどもにぶつけてくれ。」
「そうさせて頂きます。兵隊はもちろん、奴らに加担した一般人も含め、生きるものは全て死体が粉になって消え失せるまで叩きのめします。」
松前が大変満足そうに笑っている。
「それでこそ、紋別騎兵隊のリーダーたる男よ!」
氷帝は、そんな松前を横目に、訓練している隊員達の方を見た。騎兵隊は、訓練であっても殺される奴が悪い、という考え方を前提としている。そのため月に2人くらいは、訓練中に重症および死者が出ている。今日も1人、木刀で頭を割られて帰らぬ人となった。
この街では、騎兵隊員が神と同等の扱いとされている。例え最下級の兵隊だったとしても、市民から金を巻き上げて盛大に葬るのである。その市民への恫喝は、訓練で疲弊した騎兵隊員のストレスの吐口となっている。
松前は、冷たい笑みを浮かべる。
「また死んだのか。」
氷帝も同じく無表情だ。
「ええ。訓練ごときで死ぬ奴は、戦場でも使い物になりません。死んで当然でしょう。」
「お前も考え方が俺に似てきたな。」
「いえいえ。まだ松前将軍には及びません。」
「言いおるな。じきに道知事に頼んで出世させてやろう。」
氷帝は、有難きとばかりに深々と礼をした。
「それにしても、豊泉将軍はなかなかの策士ですね。」
「あの女狐か。何を考えているかわからんが抜け目のない女よ。」
「あの紗宙という女とサクを人質にAIMに降伏を要求する。スパイとして、奴らの内情を調べ尽くした上での策。きっと上手くいくでしょう。」
「そんな小細工がなくても、騎兵隊が動けば奴らなどすぐ消せるだろう。」
「戦わずして勝つ。これほど良いことはありません。」
「絶滅主義者の言葉とは思えんな。」
「刃を交えなければ、絶滅させる必要もございません。」
そう言うと彼は立ち上がり、隊員たちへ次の指示を出した。そんな氷帝に対して、松前は関心の目で見ていたのだった。
◇
そのころ俺たちは、廃墟となった北見の街を後にして、サロマ湖方面へ軍を進めていた。午前中とは打って変わるブリザードと降り積もる深雪に悩まされ、視界も当然悪く、どこにサロマ湖があるのかもいまいちわかってはいない。イソンノアシ配下のアイヌのオタウシの案内がなければ、きっと遭難していたことだろう。
この辺りには、紋別騎兵隊に従う佐呂間、湧別、遠軽の3つの町が存在する。これらを制圧しないかぎり、紋別攻略は至難の技である。スノーモービルを併走させながら、カネスケは俺に言う。
「さっそく使者を送り、降伏を促そう。」
「奴らが応じるはずはないだろう。」
「なんでだよ!民衆は騎兵隊を恨んでいるはず!すぐに応じてくれるさ!」
「いやどうかな。彼らの中で直近の勝者は、北見を破壊した紋別騎兵隊だ。それに敗れた俺たちに寝返ったところで、生き残れる保証なんてない。だったら寝返るのではなく、内通した方が良いと考えるのではないか。」
「しかし、戦争全体を見渡した時、勝っているのはAIMだ。それを言えばきっと...。」
「交渉などしている暇があるのか?
大切な仲間の命がかかった一刻を争う事態なんだ。使者を待つ時間など無駄でしかない!!」
カネスケの顔に嫌悪感が募る。
「わかったよ。さっさと制圧しちまおうぜ。」
彼がどういう人間だかよく知っている。なるべく敵を殺したくはないのだろう。しかし、相手は紋別騎兵隊という鬼畜に操られた傀儡のような住民ども。手を緩める必要など一切ないのだ。
俺は、少し間を空けてから言う。
「お前が無駄に戦をしたくない気持ちはわかっている。だけど、今は戦うという選択をしなくてはいけない時なのだ。わかってくれ。」
カネスケは、小声で返事をしてから、しばらく真顔で前方を見つめていた。
俺は、すぐに龍二を呼び出す。
「龍二、斥候は戻ってきたか?」
「ああ。3つの町は、どこも小ぢんまりとした騎兵隊駐屯所があるだけだ。特に守りを固められているわけではないようだ。」
「なるほど。騎兵隊は、まだ俺たちのことに気付いてなさそうだな。」
「おそらく。それか兵士1人1人が精鋭だからこちらをみくびってるかだ。」
俺がカネスケに問う。
「できることなら、短時間で3つを陥落させたい。お前ならどうする?」
カネスケは、戦いたくないという自分の主張を押さえ込み、無理くりに答えた。
「まず佐呂間町を落とす。なぜなら距離も近く規模も小さいため、俺たちの兵力だけでも十分戦える。それから遠軽、湧別の順に攻略して、紋別に向かうのが良いだろう。」
「佐呂間町の規模は、どのくらいかわかるか?」
「人口500人くらいの小さい町だ。昔はカボチャの生産でもう少し賑わっていたそうだが、今は紋別や網走に吸収されて過疎化している。騎兵隊の屯所も派出所レベルだから攻略にも時間を要さないだろう。」
その内容を整理してからオタウシに聞く。
「遠軽、湧別まではここからどのくらいだ?」
「だいたい5時間くらいでしょう。」
俺は、すぐに策を立てた。
「ならばカネスケは、歩兵部隊を率いて先に遠軽へ向かへ。俺と龍二が機動部隊を率いて佐呂間を攻略する。」
すると、カネスケが答える。
「確かにその方が効率的ではある。だが蒼は総大将なんだから、龍二の部隊だけに任せれば良いのではないか?」
「いや、俺も行く。」
カネスケは、なんだかパッとしないようではあったがそれを了承してくれた。
ブリザードは激しさをさらに増し始める。俺と龍二は、機動部隊のスノーモービルに雪よけを装着させると、オタウシの案内の元で佐呂間町を目指した。
◇
猛吹雪の中で進軍すること約20分。俺が率いる機動部隊50人の目の前に、ポツポツと明かりが灯る小さな田舎町が現れる。斥候の情報曰く、ここが佐呂間町のようだ。
町の入り口付近にある交番を拡張したような建物が例の屯所。俺は斥候を放ち、騎兵隊員が中にいるのかを確認させた。
それからいることが確認されると、俺は龍二に尋ねる。
「騎兵隊の支配下の町は、奴らを神のように恐れ崇めていると聞いた。異変が起これば、すぐに告げ口がなされるのだという。故に誰か1人でも生かしておけば、残りの街の攻略に響くと考えている。お前はどう思う?」
「それは単なる噂であると信じたい。だができれば、騎兵隊にバレずに紋別に奇襲をかけたい。」
俺は、表情を無にして彼の目をじっと見た。
「ならば答えは一つだ。」
龍二が俺の言いたいことを察する。
「女子供は対象外だよな?」
俺は、当たり前のことのように返す。
「いや、全員消せ。」
龍二は、死神のような顔をした俺を凝視する。
「それは、あまりにもやり過ぎではないか?」
だが俺は、手を緩める気なんて一切無い。感情を殺し、冷たく言い切る。
「見ず知らずの人間の命と仲間の命、どちらかしか救えないのであれば、仲間の命を救いたい。」
すると龍二は、不快な表情を示した。
「やっていることが騎兵隊と同じだ。」
そんな彼の諌めを聞く気にはなれない。
「俺は、誰かを救い出す目的のために致し方なく殺戮をする。己が快楽のために人を殺戮したケダモノどもと一緒にするな。」
「だが、ここの人々も好きで騎兵隊に服従しているんじゃない。」
なかなか納得しない龍二。俺は、そんな彼に対して沸々と怒りが込み上がる。
「これは俺の命令だ。従わねば軍律によって処罰する。」
龍二は黙って、自分の拳を見つめていた。中々納得に至らないようだ。そんな彼に俺は言う。
「仲間を救うため、北海道戦争を終わらせるため、カラフトに新国家を作るため、そして日本を変えるための第一歩なのだ。許せ。」
龍二が目を閉じて考え込んでいる。そして、顔に吹きかかった雪を拭うと目を見開いた。
「わかった...。リーダーの志を信じることにする。」
きっとカネスケがいたら、俺を殺してでも殺戮なんてさせなかっただろう。俺は、覚悟を決めてくれた龍二に心の底で感謝した。
そして指示を出すと、龍二は40騎のスノーモービル部隊を率いて街を襲撃。手始めに騎兵隊屯所を手榴弾で爆破してから、慌てて出てきた敵兵を悉く殺害していく。騎兵隊の鍛え上げられた兵士といえど、隙をついてしまえばただの人である。すぐさま屯所を壊滅させてから、街に繰り出して次々と民家や施設を襲撃した。民衆たちは、噂通りに騎兵隊へ連絡しようとする者もいた。だけども龍二率いる機動部隊は、すぐさま銃を発砲して息の根を止めていく。
俺は、鳴り響く銃声を聞きながら思っていた。これは、北見の街で無差別殺人を犯した奴らに対する当然の報いなのだと。奴らがいなければ、彼らはこんなことに巻き込まれなかったのだから、悪いのは奴らで俺たちは正義なのだと。最愛の人を助け出すために行った正当性のある行為なのだと。そう心に強く刻み込んでいた。
しばらく経ってから、血しぶきを帯びた龍二含む機動部隊40名が、無事に俺の元へと戻ってきた。
彼は、俯きつつ報告してくる。
「口封じは終わった...。」
俺は、少しだけ申し訳なさそうに労う。
「重い役目、ご苦労だった。」
すると彼は、無機質に冷めた目で俺を見た。
「仲間を助けるためには、仕方なかったんだろ?」
俺は、微かな罪悪感からくる重圧を押しまかすように、重い口を開ける。
「ああ...、そうだ。」
後悔をしていないわけではない。ただ、俺の残忍な指示を遂行してくれた龍二の前で、張本人の気持ちが揺らぐことは絶対にあってはならないのだ。
揺らぐ気持ちを隠そうとする俺に龍二が言う。
「殺した命はもう戻って来ない。彼らに対してできることは一つしかないな。」
そんな彼の励ましのお陰で、俺はまた前を向いた。
「紋別騎兵隊から3人を助け出す。ただそれだけだ。」
こうして俺たちは、死んだ人々を簡易的に埋葬すると、急いでカネスケ達を追いかけた。吹きすさぶ吹雪の音は、獣のごとく冷たい狂気を放ち続けていた。
◇
あと1時間で遠軽町に着く。俺が率いる機動部隊は、カネスケ達450人の歩兵部隊と合流を果たした。兵士たちの疲労も溜まっている。それ故に、敵に見つかりにくい山の裏側に陣地を設営して、軽い休息をとった。
数時間前に比べれば、吹雪も落ち着いて過ごしやすい天候になっているが、時刻は夕暮れ時である。気温が著しく下がり始めたため、焚き火がなくてはやっていけなそうだ。
俺は、自身が炊いた焚き火の周りに、カネスケ、龍二、典一、そしてイカシリを集めて会話を楽しんだ。その最中でカネスケは、龍二の服に付着した血痕を見逃さなかった。
「相当激しくやり合ったんだな。」
龍二は、一切動揺しない。
「何のことだ?」
「何のって、騎兵隊とだよ。そんだけ血がついていたらそう思うだろ。」
カネスケは、何となく察しているのかもしれない。しかし龍二は、本当のことを彼には言えない。
俺は、龍二の方をちらっと睨んだ。龍二も俺の意向をくみ取ったのだろう。
彼はカネスケに対して適当な言い訳をする。
「奴らは、相当なやり手で驚いた。末端ですらあそこまで鍛え上げられた組織は中々ないぞ。」
カネスケが龍二の目を見つめる。龍二も嘘をついている様子など微塵も見せぬ目つきでカネスケを見た。
するとカネスケは、呆れたような顔をする。
「まあほどほどにしろよ。お前が死んだら、俺も蒼もショックで立ち直れないと思うからさ。」
龍二は思った。きっとわかっているが、あえて追求して来なかったのだと。
「お前も結夏に夢中になりすぎるなよ。罠にハマりでもしたら、余計に無茶しないといけなくなるからな。」
そんなやりとりに、イカシリと典一は笑っていた。
ある程度会話が落ち着いたら頃。カネスケは、炊きたてのコーヒーをカップに注ぐ。そして、話題を変えた。
「にしてもさ、これからどうするよ。」
典一が難しそうな表情を浮かべる。
「総勢3万を誇る最恐精鋭部隊の紋別騎兵隊に、寄せ集めの500人で真っ向から挑んでもほぼ99%勝ち目はないですぞ。」
イカシリも、携帯食料を頬張りながら話に入る。
「たとえ奇襲攻撃をしかけたところで、戦闘が少しでも長引けば勝ち目はない。せめて、網走にいる本軍が駆けつけてくれれば話は変わってくるのだが。」
俺は、黙ってカネスケの炊いたコーヒーを飲みながら考えていた。そして、あることを思い出してカバンに手を突っ込み、一枚の書面を取り出した。
実は、網走の本陣を出てきた時、先生にこれを渡されたのである。行き詰まったらこれを読むようにと。
俺がその書面に目を通すと、そこには起こりうるであろう展開とそれを打破するための策略が書き記されていた。
俺は、すぐさまその書面をカバンにしまい込む。
「大丈夫、大丈夫だ。俺たちには勝ち目がないわけではない。死ぬ気で突き進めば必ず何とかなる。」
それから立ち上がり、すぐに遠軽へ向けて進軍を再開するように全軍へ指令を出した。この急な行動に4人は動揺している。
カネスケが俺に尋ねてくる。
「おい、急にどうした。やけくそにでもなったか?」
「いや、打開策を思いついた上での指示だ。」
そう言って、書面の内容をここにいる5人に密かに伝えたのだ。
こうして俺たちは、身支度を整えるとすぐさま行軍を再開。その頃には、白い大地は闇に覆われ、空の雲間から満点の星が俺たちを照らしていた。
◇
再び動き出した俺たちは、夜陰に紛れて遠軽町の騎兵隊屯所を襲撃。敵兵を1人残らず闇に葬った。
もちろんカネスケがいた為、一般人にまで攻撃を加えるような真似はできない。しかし、相手は騎兵隊に長らく恐怖支配を受けている人々だ。その洗脳は解けることはない。
どうやら彼らの一部は、奴らに告げ口をしていたようだ。その事実を知ったのは、遠軽の先にある湧別町を攻めた時のことである。
今までとは違い、戦闘準備をしていた騎兵隊員は強く、たった10人を始末するのに、こちらは50人の死傷者をだすことになった。
住民を尋問にかけて告げ口の話を知った時、俺はカネスケに詰め寄る。
「お前が優しすぎたから、50人もの仲間の命を無駄に捨てさせてしまったのだ!この罪の重さがお前にはわかるのか?」
カネスケはただひたすら、
「俺は間違っていない。」
そう言い続けた。
奴らにバレてしまったのでは仕方がない。俺もこれ以上、無駄に虐殺するのは何の意味もなさないと考える。故に、ここでは住民を虐殺しようなどとは思わなかった。
しかし住民の中には、俺たちに何の抵抗もしなければ騎兵隊に殺される、そう考えた者も少なくはない。
彼らは、隙を見るや否や、ナイフや催涙ガスを用いて攻撃をしかけてくる。カネスケは、それでも彼らを説得しようとしていた。しかし、そのせいで身体に数カ所の切り傷を負う。
俺は、親友を殺そうとした彼らを典一と龍二とともに押さえ込む。最後は、自らの手でショットガンを使用して全員皆殺しにした。
事が収まってから、呆然と立ち尽くすカネスケ。彼は、歩兵達が死体を埋葬している姿に目を向けると吸っていたタバコの火を揉み消し、死体に対して黙祷を捧げていた。
俺が近づくと彼は言う。
「彼らは、本心から殺意を向けてきたのだろうか?」
「どうだろうな。俺には、ただの殺人ロボットにしか見えなかったが。」
「本心すらも騎兵隊に奪い取られていたと言うことかな。」
そんな彼に対して、なぜだかイライラしてくる。
「そんなことはどうでもいい。ここは、俺たちが生きてきた、平和ボケしたバカな世界とは違うんだ。余計な良心は、時に命取りになるからもう考えるな。」
それを聞いた彼は、独り言のように呟く。
「人を殺しまくってまで最愛の人を助けたところで、彼女と堂々と向き合う事が出来るのだろうか。」
そんな様子のカネスケに、俺は一言言い放つ。
「助ける事ができなかったら、顔すら拝む事できねえよバカ。俺は大切な人を助け出す為なら、針の1000本くらい飲み干す覚悟で戦ってるけどな。」
それから、彼をその場に置き去りにして俺は立ち去った。そして、後から少しばかり後悔する。だけども、ここで立ち止まっているわけにはいかない。どんな手段を使ってでも、結夏とサク、そして紗宙を救い出す。
俺は、彼らと生きて再会する日々を思い浮かべながら、次なる一手のために着々と準備を進めていくのであった。
(第四十六幕.完)