第五十八幕!片目消えても
文字数 7,636文字
しかし、十数年前に市政を巻き込んだ残忍な隠蔽事件が発覚。その一件から、この街の状況は一変。地域社会を裏から暗躍していたヤクザと公安による激しい抗争の舞台となった。
公安は、ヤクザ組織とそれに加担した行政を制圧。国家はこの街を特別警戒区域と認定。それにより警察本部、公安の支社が置かれることになった。
国は市の行政機関を解体して、新しい旭川市を作り直す為の法案を制定。そこから街は、政府主導で改革が推し進められてきた。
その結果、近代的なビルが立ち並ぶ近未来都市に発展。そこへ更に、自衛隊に変わり力をつけた札幌官軍が介入。治安維持を名目に、多くの官軍駐屯地及び訓練所が軒を連ねることになる。これが、現在の政令指定軍事都市『旭川』になるまでの過程である。
この街を見渡せるオフィスビルの一室に官軍参謀室がある。土方と美咲は、そこで遠くに見える旭岳に悠々と群れをなす光を見ていた。
「諸葛真。恐ろしい男だ。」
土方の表情は、静かに悔しさを纏っている。彼は、元々寡黙な性格だが、大雪山から戻ってきて以来、より考え込むようになっていた。
美咲は、そんな彼の前で普段の調子を出す気にすらなれず、只々申し訳なさそうにしていた。
「私の失態が全てを狂わせてしまいました。本当に申し訳ございません。」
土方は、いつもの調子をだせない彼女に対し、静かに語りかける。
「お前は十分頑張ったよ。大雪山を奪われたのは俺の力不足でもある。」
「土方さん...。」
彼は深呼吸をする。おっとりとした目つきは、移りゆく時代の流れを寂しく見つめているようだ。
「次の戦いは、日本国の将来を左右する分岐点になるだろう。果たして奴らは、ただのテロリスト集団なのか、それとも新しい時代の風なのか。」
美咲も静かにボヤいた。
「見極めましょう。私たちが。」
土方は拳を握りしめる。その手は、国民を守る役目への思いと、軍人としてのプライドが滲み出ていた。
「必ず日本国を守り抜いて見せる。」
美咲は、再び旭岳を見ると、群れをなした光が眩く輝いていた。争いたくないという思いを意地でも掻き消し、目を閉じて覚悟を決める。
『蒼、紗宙。決着を付けよう。』
彼女は、心の中でそう呟いた。
◇
極寒の大地に雲一つない晴天の日が訪れた。AIM軍総勢12万は、伊香牛近辺に集結。先生主導の元、大陣営を築きあげて官軍との決戦を待ち望んだ。
もう少しで旭川を攻略できる。参謀本部は、未来への期待で活気に満ち溢れていた。
各々の役割を簡単に並べると、先陣を切るのは龍二率いる機動部隊。それをサポートする係として、イタクニップ、アワアンクル、ウタリアンなどAIM軍の猛将達。左翼は、長治、典一。こちらの役目は、敵を側面から一挙に叩く、いわば戦闘のクロージング部隊と言って良いだろう。本陣周辺には、イカシリ率いるスナイパー部隊を配備。援護狙撃で、敵の勇猛な軍人を消すことが役目だ。本陣の守りは、カネスケ率いる守備隊が行う。
最後に俺とサクは、3万の兵を率いて右翼へ布陣。役割は、山や森の多く敵の勢力が気薄な右から、敵の防衛ラインを突破して旭川市街に攻め入ることだ。
俺は、自らの役割を全うできるのだろうか、という不安に晒されていた。ここに至るまでに様々な戦を経験してきたが、今回は規模が違う。敵は、札幌官軍筆頭の土方に率いられた15万の精鋭部隊。それに美咲など、敵に回すと恐ろしいスナイパーや兵隊が沢山いるわけだ。
いくら紋別騎兵隊を倒したからといって、官軍よりも経験値が豊富なわけではない。
焦りに駆られていると、隣に龍二が来た。彼は、この大決戦の先陣を任されたにも関わらず、いつも通りの落ち着いた表情をしていた。
「龍二、緊張しないのか?」
彼は、なんで緊張してるのと言った表情でこちらを向いた。
「全然しない。」
そんなの嘘だろ。そう思い聞き返す。
「怖くないのか?」
すると彼は、淡々と喋る。
「怖いけど、緊張している時間を勝つ為にどうするか考えることに使いたいだけだ。」
確かにその通りである。でも、溢れ出る緊張を抑え込むことは、並大抵のことではない。
彼の精神力の強さには、改めて感心させられてしまう。
「リーダーは、この戦い勝てると思うか?」
唐突に質問されたので、答えがパッと出てこない。しかし、勝てると明確に答えることができなければ、戦う前から負けを認めるようなものだ。
喉まで湧き上がった曖昧な言葉を捨て、勝てるという断定の言葉を口に出そうとする。
だが、龍二の方が早かった。
「俺は必ず勝てると思う。」
「先生がいるからそう思うのか?」
「いや、リーダーがいるから。」
予想外の答えに動揺してしまった。俺が彼の立場なら、先生がいるから安心だと言っただろう。
「不意を突くような回答だな。」
すると彼は、当たり前かのように言う。
「そうか?」
「ああ。自分で言うのもアレだが、根拠がないのではないか。」
すると彼は、熱い想いを込めて真面目に語った。
「根拠はある。俺たち青の革命団は、リーダーの壮大な夢と野心を支えに頑張れているんだ。きっとみんなそう言うだろう。リーダーが夢を語るから、世間に背くような過酷な旅も乗り超えて来れたんだ。だから、リーダーがいてくれれば俺たちは負けることはない。そうだろリーダー。いや、蒼!!」
恥ずかしくなった。リーダーなのに、みんなを支える立場なのに、この壮絶な物語の言い出しっぺなのに、自分だけ恐怖に怯えてふさぎ込んでいたことが恥ずかしすぎた。
俺は、感謝の気持ちを伝えると同時に彼の目を真剣に見つめた。
「この戦、必ず勝てる!!」
すると彼は、その言葉を待っていたかのように微笑を浮かべた。
「思う存分暴れまわらせてもらう。」
そう言うと、彼が自分のポジションである軍の先方へと向かっていった。
俺は、彼の活躍を祈りながら、なんとしてでも旭川を陥落させることを強く心に刻んだ。
◇
激しい砲撃音が旭川の盆地に鳴り響く。龍二率いるAIM機動部隊が、官軍へロケットランチャーを撃ち込んだことで戦いの幕が開けた。
AIM機動部隊は、改良された最新の軍用スノーモービルにまたがり、様々な場面に特化した武器を所持している。さらには、紋別騎兵隊との戦いや、美幌の戦いなど、数多くの戦いをくぐり抜けてきた戦闘のエキスパートばかりだ。その機動力と応用力は、まさしく第二の紋別騎兵隊と呼ばれても過言でないだろう。
官軍の前衛部隊は、一気に距離を詰めてくるAIM機動部隊を狙い撃ちしていくが、特殊装甲と強化防弾チョッキの前では大したことはない。
龍二は配下に命じて、そこら中から迫ってくる敵の歩兵を次々と殲滅させた。官軍の兵士は、雪上移動に慣れているとはいえ、スノーモービルの前では全く勝ち目がない。官軍前衛部隊2万は、あっという間に壊滅してしまった。
だが、土方も黙ってはいない。龍二めがけて、官軍の名将たちが率いる複数の師団を突撃させた。
官軍の前衛第二陣の将軍達は、普通の銃が通じないと見るや、機関銃と火炎放射器、戦車を使って龍二に戦いを挑んだ。
流石のAIM機動部隊も、これらの兵器にはだいぶ苦戦してしまう。そこで龍二は、スノーモービルを大きく蛇行させながら敵に迫ると言う戦法に出る。これは小回りの効かない戦車、移動に負担がかかる機関銃、射程が短い火炎放射器に対抗して出した策である。
そして、敵を翻弄しながら、土方のいる本陣を目指して矢のごとく駆け抜ける。それを阻止するべく、多数の官軍兵士が彼を追いかけようとする。だが彼らは、龍二の背後から迫り来るAIMの猛将達に食い止められ、機動部隊を取り逃がすことになった。
龍二ら機動部隊が先陣をきる背後で、イタクニップ、アワアンクル、ウタリアン率いるAIMの猛将達が、官軍歩兵師団と壮絶な戦いを繰り広げていた。
激しい銃撃戦と突撃による近距離戦。まるで1分に1人の人が死んでるのではないかという勢いで、死体の山が形成されていく。官軍兵士もAIM軍兵士も、隣で友が次々と殺されていく中、お互い考え方は違えど北海道の平和を願って戦い続けた。
そこへ、龍二らを取り逃がした官軍戦車部隊が突っ込んでくる。イタクニップの部隊は、対戦車砲を使用して戦車部隊の撃滅を行なった。戦車が爆発する度に人が吹き飛び、瞬く間に雪原を赤く染め上げる。
AIMも官軍も絶対に勝ちを譲れない戦いなのだ。
左翼では、官軍の機動部隊と長治、典一率いるAIM軍が激しい銃撃戦を展開していた。典一も長治も銃撃戦が得意ではないので、接近戦に持ち込むにはどうすればよいのかを考えていた。
すると、長治の元に配属された奥平がある策を提案。それは、どさくさに紛れて地中に簡易型の地雷を埋め、その場から少しずつ退却。何事もないように進んできた敵を罠にはめ、混乱したところを近づいて迎撃すると言うものだ。
長治は、奥平を試したいといった思いもあり、その案を採用した。
結果として策は功を奏し、敵の機動部隊は次々に地雷を踏んで爆発。官軍のスノーモービルは尽く塵となる。唐突な地雷に戸惑う官軍は、ついつい注意を足元へと向けてしまう。
長治達は、その機を逃さずに突撃。官軍左翼に大損害を与えることに成功した。
一方の右翼は、比布辺りから北へと迂回して旭川市街地を目指す。その途中にある峠で、官軍右翼と銃撃戦に突入。土方は、こちらから旭川市街を攻められることを警戒していたのだろう。兵士の層が分厚くて、苦戦を強いられることになる。
しかし、この右翼にはサクがいる。彼は性格は捻くれているが、兵士からの人望は厚い。それ故に士気が下がることがなく、少しづつではあるが右翼を押し上げることに成功した。
俺もサクとともに先頭に立って戦い、これまでの戦闘で学んだことを遺憾なく発揮。多くの敵を討ち取ることに成功した。
◇
決戦の火蓋が切られてから、既に5時間が経過していた。両軍のぶつかり合いは一向に止むことはなく、激しさを増していくばかりである。
当初はAIM軍が若干優勢であったものの、官軍も踏ん張りを見せて戦線が膠着。旭川に広がる盆地の至るところで、熾烈な戦いが展開される。
そんな中、軍の先陣に立つ龍二部隊は、官軍の猛攻を潜り抜け、ついに土方の待つ本陣付近まで兵を進めていた。
彼は、敵の本陣付近に着いたとき、そこに軍の新手が集結していたことを知り肝を冷やした。
官軍は、道南地方や日本全土から駆けつけた増援部隊が、まるで底なし沼のごとく控えている。長期戦になれば、彼らが圧倒的に優位になってしまうだろう。
そう考えた龍二は、大将である土方を何としても討ち、官軍の戦意を喪失させる以外方法が無いと考えた。そして、部下に援護を任せつつ、土方のいる本陣へと突撃。鉛玉と雪煙が吹き荒れる雪原をスノーモービルで一気に駆け抜け、塹壕の付近に少しだけこんもりした場所を発見した。
そこであることを思いつくと、アクセルをフル回転させてその部分めがけて突っ走る。そして勢いよくハンドルを引っ張ると、スノーモービルは天へと舞った。
まさかの行動に、塹壕を守っていた官軍兵士達は、龍二へと目が釘つけとなった。それは陣の中にいた土方も同じである。
しかし、彼は冷静を取り戻すと、ショットガンで天を舞うスノーモービルを撃ち抜いた。土方の放った銃弾は、スノーモービルのエンジンを貫く。そしてスノーモービルは、まるで手榴弾のごとく、天空で爆発して大破してしまった。AIMの兵士達が、龍二の名前を叫ぶ声が響き渡る。
それとは真逆に官軍の陣中では、龍二を討ち取った土方への歓声に包まれた。わずか数十秒の出来事で、戦いの風向きが大きく変わろうとしている。官軍兵士の士気が上がり、AIMの兵士達の嘆きが響き渡り始めた。
でも、一部の兵士達は気付き始めていた。土方の肩から、ポタリ、ポタリと落ちる血液と、目の前に立ち尽くす1つの陰に。
土方は、その影を呆然とガン見していた。
「とんだサプライズだな...。」
その陰の主は叫ぶ。
「青の革命団の関戸龍二だ!お前を討ち、この時代に風穴を開けてやる!!」
土方を守ろうと、彼の親衛隊が龍二を取り囲む。
しかし彼は、それらを静止した。そして龍二を見て笑みを浮かべた。
「面白い男だ。」
龍二は、腰から拳銃を抜き、天に向かって三発の空砲を放った。これはAIM軍の合図の1つで、自らの生存を意味している。
陣の外で響いていた自軍の嘆きが、一挙に歓声へと変わっていくのがわかった。
土方は、彼のことを見下す。
「一対多勢で来る気か?」
龍二は、冷たい目で土方を睨んだ。
「お前の手下達も、見ているだけじゃ退屈だろ。」
土方は乾き笑う。
「ははははは、お気遣い感謝する。」
龍二は、すかさず腰に手をかけた。
「いくぞ!」
拳銃を抜き、土方を狙い打つ。土方がそれをかわしてショットガンで対抗。龍二は、小さなタイミングの差を見極め土方へと接近。拳銃からドスに持ち替えて襲いかかった。
「白兵戦とは、古い戦い方だな。」
「俺は軍人でもなんでもない。ただの元ヤンだ。銃撃戦なんかより、喧嘩の方が性に合ってるんだよ。」
「面白い、受けて立とう!」
土方は、銃から銃剣へと武器を持ち替え、龍二に突きかかる。龍二は上手く払いのけながら、ドスで土方の腕を切りつけた。しかし、腕に鉄板を仕込んでいるのか、切り傷を負っていない。
龍二が一瞬だけ怯むと、土方の前蹴りが腹に直撃。あまりの破壊力に真後ろへと突き飛ばされる。そこをショットガンで狙い撃ちに遭い、血を撒き散らしながら地面に這いつくばった。
龍二は、強烈な激痛と体内に入った銃弾による違和感に耐えながら、目の前に立ち尽くす土方を見上げた。身長192センチくらいあり、ただでさえ大男の土方が、その数百倍大きい巨人のように見えた。
土方は、分厚い鉄を仕込んだ靴で、龍二の顔面を蹴り上げた。
「この程度か。あまりにも期待はずれだ。」
龍二の鼻はへし折れ、歯も数本砕け散った。頭蓋骨にはひびが入り、生きているだけでも困難な激痛が襲う。
「邪魔だ。死ね。」
土方が銃剣をかざし、龍二の心臓めがけて振り下ろす。龍二は、その突きを間一髪で交わすと、隠し持っていた拳銃で土方の脇を撃ち抜いた。
「ぐああああああああ!!」
土方の喚き声が響いた。龍二は起き上がり、すかさずドスで土方の腹をぶっ刺そうとする。だが、思うようにはいかない。彼の腹部には、腕と同じように硬い鉄板のような防具がつけられていた。
ドスがひん曲がり、使い物にならなくなる。龍二が気を取られていると、土方の腹パンが直撃。まるで丸太で腹を突かれたような途轍もない圧迫感が全身を襲う。
しかし、この程度でうろたえていたら男じゃ無い。龍二は目を見開き、こっそりとメリケンを仕込んだ右手で、土方の顔面をぶん殴った。
土方は、鼻血を出しながら後ろへ下がろうとした。龍二はそれを追うように迫り、仕返しの隙を与えずに土方の顔面を何発も殴り続けた。土方も負けじと龍二を殴り返す。
2人はそこから数十分、お互いの顔面が変形しておかしくなるまで殴り合った。近くで見ていた土方の親衛隊は、2人が発しているあまりの覇気に怯え、小便を漏らす者まで現れた。
土方は、チャンスを見つけて龍二の首を掴む。そして彼の顔面を雪原に叩きつけた。龍二の骨がバキバキ砕け散る音が響く。龍二も負けじと、折れたドスを使って土方の左手の甲をぶっ刺した。
共に相手を殺さんとしているので、容赦という概念が一切存在しない。この喧嘩の決着が、この戦争の行く末を左右する。そうお互いが思っている。
龍二は、既に全身の感覚が麻痺していた。土方に銃剣で腕を貫かれても、まるで注射に刺されたようにしか感じられなくなっていた。
銃剣が引き抜かれる。自分の血が見えた時に我に返り、痛みを思い出して苦痛に落ちる。龍二は死期を悟り、最後の意地を見せるべく、重たい身体に鞭を打った。
土方の懐に入り込み、彼の顔面へと拳銃を向ける。すると土方の顔が険しくなる。
龍二は、生きる活力の全てを捧げた。
「うおおおおおお!!」
放たれた銃弾は、土方の顔へは当たらなかったが、彼の首を掠ったことは明らかである。
その首からは、大量の血液が流れ出していた。
『リーダー。やりきったぞ...。』
龍二は、土方が死んだものだと思った。なぜなら、銃の引き金を引いた段階で、意識がほとんどなかったからだ。
やっと終わった。これで北海道戦争が終わる。
「舐めるなクズが!!!!!」
大きな声が響く。顔面に突如として、今まで味わったことのない激痛が走った。
「ぐがぁ!!」
気分が悪すぎた。視界の左側から世界が消えた。
眩い現実が、右側から差し込んでくる。血だらけでふらふらの土方が、こちらを見下して勝ち誇った顔をしていた。
彼は、指をぐりぐりさせて、眼球を抉り出すように龍二を痛ぶった。龍二は、痛みを堪えながら土方の腕を掴み、自分の左目ごと引き抜いた。土方は龍二の手を振り払おうと抵抗する。
だが龍二は負けじとしがみ付き、目玉が持っていかれる前に、その残骸がこびりついた土方の指へとがぶりつく。
土方は、あまりの狂気につい慄いてしまう。
「な、なんということだ...。」
一方で龍二は、土方を残った片目で睨みつけて殺しにかかる。その鋭い目つきは、まるで実態のない刃物のようだ。
「この目玉には、俺が見てきた思い出と経験が詰まってる。お前なんぞに渡してたまるか。」
そしてあろうことか、目玉の残骸を自ら飲み込んでしまった。それを見た土方は、その狂気に対して更に怯むのと同時に、気合の入り方の違いに感心していた。
しかし、彼も既に限界が来ているようで、動きにフラつきを隠しきれていない。どちらが先に倒れるのか、根気勝負になりそうだ。
でも龍二は、使命に駆られる道を選ぶ。倒し込むように、もう動かない身体を前へと進め、土方との距離を詰める。そして、死にかけの土方に縋り付くような体勢で、彼を押し倒した。
土方も出血多量で意識がほぼない。彼は、龍二を押しのけたくともできなかった。龍二は土方に馬乗りになり、上がらない腕を上げる。その重さは、まるで100キロのバーベルをあげているようだ。
そして上げた腕の先についた、メリケン仕込みの拳を重力任せで振り落とした。ボヤける視界の中で、土方の顔が陥没しているのが薄らと見えた。
龍二は、無意識のうちに2発目を喰らわせようとする。もう既に腕は上がらないのに。
土方は、そんな龍二の姿を静かに見つめていた。時代の新しい風が吹き始めた。そう思いながら。
(第五十八幕.完)