第五十三幕!トリカブト
文字数 6,754文字
俺はその日、最終調査を終えてから1人で敵陣を眺めに山の頂にいた。するとカネスケから電話がかかってくる。こんなときに何事かと話を聞くと、あまりにも深刻な事態で驚きを隠せなかった。
なんと兵士達が集団食中毒にかかり、この短時間で10人の死亡が確認されたのだと言う。
原因はトリカブトの猛毒で、少なくとも誰かが悪意を持って混ぜたことに間違いはない。すぐに革命団の安否を確認したところ、偶然にもメンバーは全員無事だったようだ。
だが、事は重大である。俺は山頂を後にして、カネスケらのいる本陣へと戻った。
◇
参謀本部のある天幕へ戻ると、すでにサクが犯人探しを始めていた。彼は、相変わらずキレ散らかし、側近達は萎縮しきっていた。また、他の将兵達が自己弁護を繰り返している。
首長であるイソンノアシは、全員を見つめながら、この中に犯人がいないことを願うような顔をしている。先生は、目を閉じて何かを考えているようだ。
サクは、俺が入って来たのを確認すると、待っていたと言わんばかりに疑いの目を向ける。
「おい蒼。何か知っている事はないか???」
「いや何も知らない。それよりも状況すら曖昧なんだ、説明をするのが先だろ?」
するとサクが説明を始めた。
早朝、最終調整の後、兵士たちに朝食が振舞われた。メニューは雑炊と簡単な漬物だ。
まるで戦国時代の足軽の弁当並みに質素だと思われるかもしれないが、これもイソンノアシが考えた兵士の指揮をあげる為の秘訣なのだ。
AIMは、戦に勝つと盛大な慰労会をしたり、勲章や賞与が授与されたりする。普段質素な生活をしていれば、その恩恵を得た時に感じる感動やそれらに対する期待が高まる。
故に、兵士たちはこの質素な状況の後にある楽しみの為に、全力で戦を終わらせようと必死になるのだ。これはもちろん訓練期間も同様で、訓練で成果をあげた者ほど良い待遇が受けられる。AIMは、飴と鞭を上手く使い分けているのだ。
そんなAIM軍の質素な朝食に毒物が混ぜられた。
配給された雑煮から、致死量を遥かに上回るトリカブトの猛毒が検出されたのだ。
食中毒に陥った兵士は、1人、また1人と今もなお死者数を増やし続けている。
トリカブトの毒に対する解毒剤は、世界でいまだに開発されていない。だから、既に口にしてしまった兵士を助け出す事はほぼ不可能で、苦しみ悶えながら死んでいく様を見届ける以外ないのだ。この数十分の間に、雑煮を口にした約700人の兵士が死体へと変わった。
革命団メンバーは、運よく難を回避したが、それが原因でサクから疑いの目を向けられることになる。
そんな時だ、猛将イタクニップがサクの方を見た。
「大変申し上げにくいお話なのですが、昨晩犯人らしき人物を目撃しました。」
サクが彼に詰め寄った。
「なんだと?なぜそれを早く言わねえんだ??????」
イタクニップが気まずそうな顔をする。それと、比例して、サクの顔は険しくなる。
「早く言え!何を隠している!!!」
「申し訳ございません。実を言いますと、女みたいな髪の長い長身の男が、昨晩食料庫へ向かって歩いていく姿を見ました。その男は、片手に大きな扇子を所持しておりまして、そのシルエットから、諸葛先生に違いありませんでした。」
一同は驚愕する。特にサクと俺は、イタクニップの発言へ耳を疑った。
俺は、彼に詰め寄った。
「先生がそんな事するわけないだろ!!」
「い、いえ。あのシルエットは、先生以外見たことがございません。」
俺は、心配の眼差しで先生を見た。
「先生、そんなことしてないよな??」
彼は何も言わず、するわけがないだろと言った目でこちらを見た。片手には相変わらず扇子が握られている。
サクは、イタクニップへ怒鳴り散らした。
「お前は、自分が何を言っているのかわかっているのか!真がどれだけAIMを勝利に導いて来たか知っているだろ!そんな男が、わざわざこんな悪ふざけすると思うか??」
イタクニップは萎縮してしまった。すると、外から調査員が戻って来る。
「サク様。食料庫からこのような物が見つかりました。」
それを見て、俺は驚愕した。調査員の手には、紛れもなく先生の物と思われる黒くて長い直毛が二本摘まれていた。
サクは、信じられないという顔で、唇を震わせながらそれを見つめていた。
◇
サクは、しばらく下を向いて俯いていた。彼の中でのショックは相当でかかったのだろう。その場にいた全員は、サクを心配する反面、先生の方へ注目している。
イソンノアシは、半信半疑のようだ。
「真、お主がこんなことするはずないじゃろ?」
先生は、相変わらずだんまりを決め込んだ。サクが顔を上げて先生の方へ詰め寄る。
「どういうことなんだよ??????」
先生が何も言わない。俺は、そんな彼の代わりに間へ入る。
「落ち着けサク。まだそうと決まったわけじゃない。」
しかし彼は、感情任せに怒鳴り散らす。
「弁明くらいあっても良いだろうが?!?!」
俺は先生を問いただした。
「先生!説明をしてくれないとみんな納得いかないぞ!」
先生は俺を見た。
「やっておりません。」
きっと彼は、俺のことを立てるために言を発してくれたのであろう。そうこうしている間にも、サクの怒りはヒートアップする。
すると、まるでそれを見かねたかのように、雪愛が会話に入り込んできた。
「私も昨晩、先生が倉庫へ入っていくの見たさ。」
一同の視線は、雪愛に集まる。俺は彼女の方へ顔を向けた。
「雪愛。嘘だと言ってくれ!」
「嘘じゃないよ。あれは絶対に先生だった。先生と間近で話したことがあるから、雰囲気でわかるし、その見つかった髪も、先生ので間違いないよ。」
俺は彼女へ非常に激しい苛立ちを覚えた。
「確定もしてないのに事実のように言うなよ!!」
それでも雪愛は怯まない。その顔つきは、真剣かつ冷酷だった。
「ほぼ確定やん。」
「なんだと?先生には、こんなことをする動機もない。バカにするのも大概にしろ!」
雪愛の口角が少しばかり上向く。
「動機がない?何言ってるん。動機あるやん。」
先生がまた沈黙を貫いている。雪愛は先生の方を見た。
「新しい国を作るために、AIMの戦力を削ること。それから内部にスパイがいると思わせて味方の不安を煽り、それを自らが解決することで、首長を超えて崇拝される存在になることが動機でしょ!」
俺は、流石にその発言に対してはブチ切れた。
「この汚物が!!いい加減なことぬかしやがって!!!」
すると雪愛は、哀れみの表情こちらを見て来た。
「リーダーも共犯って可能性あるよね?」
その発言を聞いた時、俺は拳銃を抜いていた。そして、彼女めがけて引き金を引こうとする。
だが、それはイソンノアシに諌められる。
「蒼どの、止しなさい。」
ずっと見ていたカネスケが、流石にまずいと俺の腕を掴む。俺は2人の行動になど見向きもせず、ただただ呆然と雪愛の方を見ていた。
暴動に発展しかけたというのに、彼女は懲りる事はない。
「本当のことだからね。」
そう言い残して参謀室から出て行く。先生はそれを穏やかな目で見つめていた。
荒れた会議の空気感を断ち切る為、イソンノアシは会議を中断。全兵士に命じて、食料および陣内の徹底調査を命令する。だが、サクやAIM幹部達は、そんなことでは紛らわせないとばかりに、先生を憎しみのこもった目で見つめていた。
◇
陣内にスパイがいるかもしれない。そしてそのスパイというのが、先生や蒼なのかもしれない。
サクは、疑心暗鬼にかられ、旭川攻略作戦の中断をイソンノアシに提言。さらに周囲の人間を疑いの目で見るようになっていた。
その最中、さらなる事実が襲い掛かる。なんと先生の天幕付近の地中で、例のトリカブトの毒薬が埋まっているのが発見されたのだ。
もうすでに先生を信用できなくなってしまった。これはサクに限ったことではない。AIM軍の兵士のほとんどが、自分の仲間を毒殺した人間が先生に違いないと思い込み初めている。サクがトリカブト発見の事実を報告すると、イソンノアシは大層悲しんでいたのだとか。
当の先生は、自らの天幕へと引きこもり出てこなくなってしまう。俺が訪ねても、取り込み中と言われて追い返されてしまう。
俺は、リーダーの権限を使って強制的に顔向けさせるといった方法も取る事は出来た。しかし、心の奥で先生のことを信じ続けていたから、彼には考えがあるのだと自分を納得させてその場を後にした。
◇
先生が疑われてから3日が経った。相変わらず陣中では不穏な空気が流れ続けている。参謀会議では、昼夜問わず先生に対する処遇と軍の撤退について話し合いが行われた。
この毒物の一件を官軍側はまだ把握していないのか、動く気配を全く見せてこない。俺は、その官軍の態度が妙に気味が悪く、嵐の前の静けさのように感じるのだった。
そしてこの日の晩も、いつも通り典一や長治と戦闘稽古を行い、自分の天幕へ戻る予定だった。
戦闘稽古中、2人から夜の営みについておちょくられることがある。しかし俺は、戦場に滞在中は彼女を抱くことができない。なぜなら、戦場にいる間はお互い風呂に入れない。特に俺は汗をかくから、彼女に臭いと思われたくないのだ。
俺も早く旭川を攻略して、紗宙と幸せな営みをしたい。それもあって、この行軍の停滞に苛立ちを覚えていた。
こんなくだらん邪念を思い浮かべ、歯を磨いていた時だった。また陣営がざわつき始める。官軍が動き出したのだろうか。そう思った俺は、すぐさま着替えて参謀本部へと馳せ参じた。
するとそこには誰もいない。外へ出ると騒がしいのは、どうやらイソンノアシの天幕だった。降り積もる雪に足を取られながら、急ぎイソンノアシの元へと向かう。
遠目から見ても喧騒がわかる。天幕に入ると、サクを中心にAIM幹部が集結していた。
「一体どうしたんだ??」
サクが重たい顔でこちらを見る。
「親父が殺されかけたんだよ...。忌々しい例の毒でな。」
「トリカブトか?」
「ああ。いつも使用するグラスの口元に塗られていた。あいにく鼻が良かったから、匂いで毒を見つけることができたそうだが、少しでも気づくのが遅ければ親父は死んでいた。」
彼は、悔しそうな表情を滲み出していた。俺がイソンノアシの顔を見ると、彼も同様に険しい表情を浮かべている。
サクが俺の方へ寄ってくる。
「なあ蒼。俺は、こんな汚い方法で味方を殺そうとする奴が許せないんだよ。」
彼は、すっかり俺や先生がスパイだと疑いきっているようだ。
「俺たちはやってない!わかってくれ!」
するとサクがため息をつく。
「そろそろ正直になれよ。」
「何が言いたい?」
「こっちは、諸葛真にアリバイがない確固たる証拠もあるんだよ。」
「でっち上げか?」
サクが余裕そうな顔をする。そして、彼の側近のユワレに状況を話させた。
どうやらAIMは、イソンノアシの許可を得て、先生の部屋に強制捜査へ入ったそうだ。するとそこには、イソンノアシの印鑑や、彼専用のペンなども見つかった。
これらは、イソンノアシが兵士に指示を出す際に使用するものであり、先生がAIMを乗っ取ろうとしているという動機の確固たる証拠になってしまう。
それを突きつけられた俺は、もう何が何だかわからなくなってしまった。先生は、革命団のリーダーである俺に対しも、事前報告無しに隠密作戦を実行することがあった。まさか今回も革命団の為に何かしようとしていたというのか。そんなことが頭によぎり、いてもたってもいられなくなる。
俺が困った顔をしていると、サクが煽るように食いかかってくる。
「それだけじゃないぜ。昨晩人気のない陣中をうろつく真の姿を目撃した兵士もいる。これらのことから、あいつは危険極まりない人物だ。」
俺は何も言い返せなかった。彼が冷めた顔でこちらを見た。
「絶対に証拠見つけ出して死刑にしてくれる。」
俺と、俺に対してそう言い張るサクにイソンノアシが言葉をかけた。
「蒼どの、すまぬな。サクもこのAIMを背負う者として必死なのじゃ。許してやってくれ。」
「首長。首長も先生を疑っているのか?」
イソンノアシが静かに目を閉じた。
「わからん。じゃが、彼が犯人だと肯定できる目撃情報と証拠、それに動機も揃ってしまった。残念なことじゃが、それが事実じゃ。」
俺は、逃げ道の無い状況に耐えきれず、つい声を張り上げてしまう。
「先生はどうなってしまうんだ!!!!!」
イソンノアシは、その叫びに同情しているのか、深刻そうに考えこんでいた。隣のサクは、俺を嫌味な顔で睨んでくる。
「残念だが、反逆罪は死刑なんだよなあ。」
俺が頭に血が上り、性格の歪んだクソをぶん殴ろうとすると、イソンノアシが口を開く。
「真は、しばらく帯広で謹慎してもらうことにしよう。」
イソンノアシが悲しそうな顔をしていた。きっと謹慎処分という答えが、怒りに燃えるAIM兵士やサクを納得させ、さらには先生への配慮を考えた、最大限の良案だったのだろう。
だが、それでも俺は諦めきれなかった。
「首長。先生は本当にやっていない!!」
「蒼どの。真が犯人なのか、そうでないのか見極めるためにも、一度この現場を離れてもらったほうが良い。わかってはくれぬか?」
イソンノアシも先生との関係は長い。彼の人となりもよく知っている。それがゆえに苦渋の決断だったのだろう。
喚き散らそうと考えたが、その真っ直ぐな瞳を見て、彼が先生を犯人だと思っていないことが伝わってきた。謹慎処分も先生を救うための決断なのだ。
俺は、それ以上何も言わず。イソンノアシの決断を受け入れることを決めた。
◇
翌朝。イソンノアシにお願いして俺の口から先生へ処分を言い渡すことを決めた。先生がどう思っているか知らないが、彼は一応俺の部下なのだ。リーダーである俺が処分を下すのが道理という物である。
早起きをして準備を整える。すると、AIM兵士たちの噂話が聞こえてきた。人の話を盗み聞きすることは得意だ。学校で、会社で、家庭でいじめられていた時、しょっちゅう敵の話を盗み聞きしたものだ。
兵士達の噂話によると、兵士達の間では、先生がAIMを支配しようとしているという噂が囁かれているらしい。そのせいで参謀部を疑う物も現れ、軍の団結に乱れが生じ始めていた。
これが現実なのか。そう悲観しながら、先生の天幕へとやってくる。そして、先生に挨拶をすると返事が返ってきた。意を決して天幕の中へ入ると、そこにはいつも通り余裕な顔をした先生がいた。
「リーダー。多大なるご迷惑をおかけして申し訳ございません。」
「いや、迷惑など思ってない。先生は誰かにはめられているんだ。」
「そうかもしれません。ですが、渦中の人となり、革命団に不利な立ち振る舞いをしたことは事実。大変不甲斐なく思っております。」
そう深々と頭を下げる彼を見て、悔しさが隠しきれなかった。先生があんなことをするわけがない。今からでも再度抗議したい気分である。
「リーダー。私に処分を言い渡しにきたのでしょう。」
俺の行動は全て見抜かれている。彼は、まるで未来予知か透視でもしているかのように、物事の先の先を見ている人だ。
絶対にはめられている。いや、はめられることすら計算の内なのか。その真相は彼自身にしかわからない。
「あ、ああ。忘れていた。処分が決まったんだ。」
「そうですか。では、お申し付けください。」
「帯広にて、しばらく謹慎しておくようにとのことだ。」
それを聞くと、先生が笑みを浮かべた。
「イソンノアシは、情をかけてくれたのですね。」
「そうだろうな。だから先生。必ず真犯人を見つけ出すから、しばらくゆっくりしていてくれ。」
すると、先生は大笑いする。
「ははははは。では、ゆっくりと戦いを見物させていただきましょう。」
彼は、常に何かを考えている。それを信じて、事細かく何かを伝えることなく見送った。
見送る際、先生が一言だけ俺に残した言葉があった。
「気をつけてください。彼女の狙いは、おそらく青の革命団を消すことです。」
その意味を問いただす間も無く、彼を乗せた軍用車は帯広へ向かって走り出していた。
俺は、その言葉の意味をなんとなく理解しながらも、先生不在のAIM軍について考えるのであった。
そして、この状況を満面の笑みでほくそ笑んでいた人物は、物陰で密かに電話をしていた。
この日を境に、AIMと官軍は再び動き出すことになる。
(第五十三幕.完)