第三十四幕!叔父を撃つ
文字数 6,766文字
白銀の大地はAIM軍先鋒部隊の突撃によって大いに震わされ、雪煙が激しく舞い上がった。
帯広は、十勝川と札内川という天然の堀に囲まれた要害の街。本来であれば攻めることが難しく、守りに適したところである。官軍に体勢を立て直されては、戦闘が泥沼化することも考えられた。
そこでカネスケは、スノーモービルと騎馬隊で編成された機動部隊を2つに分け、西と南から一気に街へ侵入して市街地を制圧する策を立案した。
サクは自ら、西側の機動部隊を指揮して市街地へ侵攻。本陣は、AIM参謀長のチリと側近のユワレ、そして革命団のカネスケに任せることにした。俺は龍二とともに、サクについて市街地へと侵攻を果たした。
市街地では住民らが右往左往に逃げ惑い、混沌とした状況が広がっていた。官軍も奇襲を受けたとはいえ、素早い対応で体勢を立て直しつつある。
一般市民が多くいる中での激しい銃撃戦。官軍将校は、市民を逃がそうと職務を全うしているものもいれば、市民を盾にして背後から銃撃を加えてくる卑怯な奴らも存在。そのせいで、多くの市民も犠牲になった。サクはこのことを、この戦いの後も後悔していくことになる。
時間が経つにつれ、官軍の抵抗も凄まじさを増していく。慌てて準備を終えた敵の兵士達が、司令部周辺から続々と湧いてくる。そして、AIM機動部隊と激しい戦闘になった。
戦闘開始から2時間あまり立った頃。
AIM軍は、市街地を制圧して司令部の攻略に手をかけ始めていた。司令部は、全出入り口を封鎖して、そこに役1万の兵力を結集。徹底した籠城作戦に出ようとしている。
どうやら奴らは、他の砦から援軍が来ることを期待しているようだ。
だがAIM軍は、早朝猛吹雪の中、すでに各砦に別働隊を向かわせていた。おかげで、池田砦・幕別砦・清水砦・士幌砦・鹿追砦をすでに制圧。そのため、奴らの期待は一瞬のうちに消え失せることとなった。
サク率いる西側機動部隊は、南から来る機動部隊と門の前で集結。一気に司令部を攻め滅ぼさんと、意気揚々としていた。
サクは、その後ろから遅れるように到着したAIM歩兵部隊に命じて、機関銃と迫撃砲で司令部の建物を集中砲火させる。官軍側も負けじと、スナイパーライフルなど遠距離射撃可能な武器を使って抵抗。だがここらで、他の歩兵部隊が帯広城全体を囲い込むような布陣に成功。AIM軍は、四方八方から帯広城こと帯広司令部への総爆撃を開始行った。
官軍に反撃をする間も与えずに、総司令部の建物を完膚なきままに廃墟と化した。
総司令部は、もはや巣を破壊された蟻のような官軍の残兵しかいない。サクは、徹底的な抹殺の命を下す。兵士達は、功を争って崩壊した司令部にどんどん侵攻する。
そんな中、サクは俺を呼びつけた。
「蒼。俺は今から、少数精鋭を引き連れてとある場所へ向かうのだが、お前も来るか?」
「もちろん行く。しかし、総大将のお前がこの主戦場を捨ててどこへ向かうのだ。」
「エシャラが来るであろう場所だ。」
サクはそう言うと、精鋭を集め始める。
それから俺と龍二は、サクとサクが集めた8人と共に、十勝川の対岸へと移動をすることになった。
◇
十勝川対岸に渡った俺たちは、サクの案内の元で音更地区にある古い墓地へ向かった。サク曰く、帯広司令部から続く地下道の出口が、そこにあるのだという。
雪道をかき分けながら、例の墓地へ辿り着くころには、またちらほらと雪が降り始めていた。墓地には、肌寒い北風が吹き荒れている。まるで、忘れ去られた人たちの嘆きの声のようだ。
中に入ると俺たちは、サクの案内で地下道に続く墓石へ慎重に近づいていく。迂闊に近づけないのは、下手したら先に待ち伏せをされている可能性も捨てきれないからだ。
一歩一歩周囲を注意しながら、ようやく墓に辿り着く。するとサクは、耳を地面に当てて地下の物音を聞いた。
彼は目を閉じて集中を研ぎ澄ます。そして、何かに気づいて顔を上げた。彼は、俺たちに墓の付近の茂みの陰へ隠れるよう指示する。俺たちは、茂みに身をひそめながら例の墓を見守る。
数分後、その墓石が動き、下から数人の部下を引き連れたアイヌの男が姿を表した。
サクが小声でボヤく。
「エシャラ...。」
俺がそのアイヌにクギつけになっている間、サクはすでに動いていた。彼はすかさず吹き矢を構えると、エシャラへ向けて矢を放った。
サクが放った猛毒が塗り込まれた矢は、見事に命中して奴はその場に蹲った。その瞬間、サクの部下が一斉に茂みから飛び出して、エシャラの部下へ発砲。軽い銃撃戦になったが、エシャラの部下は1人残らず雪原に散った。
エシャラがサクの姿を確認する。
「まさかお前にやられるとはな...。」
「トリカブトは猛毒だ。もうじきお前は死ぬ。」
「予期せぬ最後だ...。」
「お前は腐っても俺の叔父だ。最後に情けとして、何か言い残したことがあるなら聞いてやる。」
「ふふ、情けをかけられる時が来るなんて...。だが俺は命乞いなどしない、今まで歩んだ道を間違いだと思ったことなどないからな。」
サクが軽蔑した目つきでエシャラを見下す。エシャラは、サクに向かって堂々と言う。
「だが聞け!!確かに俺はお前たちを裏切り、お前の恋人の殺害にも加担してしまった。だけどそれは私利私欲のためでもなく、お前たちが憎かった訳でもない。ただこの大地を早く平穏なものに戻す為にやったことだ。そこだけはわかってくれ!」
「方向性か...。俺はまだ心の何処かでお前が騙されていると信じてやまないのかもしれない...。」
「サク、俺から最後のお願いだ。」
「なんだ?」
「北海道を頼んだ。」
「わかってる。必ずこの戦争に勝利して、本当に平和な蝦夷の地を作ってやる。」
それを聞き届けると、エシャラは苦しそうにもがき始めた。どうやら毒が、全身に回りきったようである。
サクは、叔父を楽に死なせる為に、懐に所持していた拳銃で彼の頭を撃ち抜いた。エシャラは一瞬で動かなくなり、仰向けになってその場にくたばった。彼の顔は苦痛の表情から、しがらみから解放された安らかなものへと変わっていた。
サクは、エシャラを土葬するように部下に命じると、1人墓地の外へ出た。俺は彼の後を追いかける。すると彼は、一面の雪景色を見つめながら1人涙を堪えていた。
「仇を討ったのになぜ泣いている?」
「殺したことに後悔はしていない。だけどエシャラは叔父であり師匠でもあった。あの吹き矢も毒の作り方も全部エシャラから教わった。そして、さっき本心でAIMを裏切ったのは私利私欲のためではないと聞かされ、考え方の違いが生んだ悲劇に感情が抑えられなくなったのだ。」
「叔父を撃つか...。」
「もう終わったことだが、少しだけ1人でいさせてくれ。」
「わかった。本軍には先に伝えておくぞ。」
サクは頷くと、また1人広大な大地を見つめながらしばらく黄昏ていた。
◇
帯広にAIM軍現る。この知らせが届いたことで、静内に布陣していた札幌官軍本隊は、大混乱に陥った。総大将の松前大坊は、AIM全軍が対岸に建つ静内城にいると思い込んでいた。その為、まさかの展開に浮き足立っていた。すぐにでも軍を整えて、静内城に攻め込みたいところではあったが、ここ5日間ずっとAIMの罠にはまり続けて痛い目を見ているので、どうしても慎重になっていた。
果たしてAIM軍が、帯広に現れたという情報は本当なのであろうか。先生の謀略によってデマ情報が流され、疑心暗鬼に陥っていた札幌官軍の情報網は、完全に麻痺してしまっている。情報の整理や、スパイからの連絡を待っていると、いつの間にか時刻が12時を回っている。
そして今度は、帯広陥落とエシャラ死亡の知らせが届く。緊迫した状況の中で、スパイからの返事も届いた。どうやら、静内城はもぬけの殻となっているとのことであった。
松前は、散々惑わされ続けたことに対する怒りが爆発。すぐに静内城に攻め込む指示を出して、自ら先頭に立って川を渡り城内へ進軍した。
◇
官軍が城内に入ると、情報通りAIMの姿は一切見当たらず。ただただ旗がたくさん建てられ、篝火と照明がそのままになっていた。松前は総出で城内を捜索させたが、猫一匹いなかった。その代わりに、大量の物資が置かれている。雪が強くなり始めた為、全軍を城内および周辺に集めて、そこで休息をとることに決めた。だが、それが官軍の命取りとなる。
緊急の軍事会議を開こうと、幹部を招集し始めたその時だ。城の一部で爆発が起きたのをきっかけに、城内の至る所で激しい爆発起こる。そして、一瞬のうちに静内城は火の海と化した。先生は、松前らがここで陣を張ることまで予測して、城内の至る所に時限爆弾および火薬を仕込ませておいたのだ。
松前はなんとかこの城を脱出したが、本体の3分の1を爆死させてしまうという大損害を被った。彼は、これを気に一層慎重になり、しばらくえりも方面への進行は見送られることとなる。
そんな最中、静内城を抜け出したイソンノアシと先生率いるAIM軍は、チャシコタンまで戻り準備を整える。そして、一気にえりも岬側から海沿いを回り込み、官軍の広尾前線を襲撃。それを撃破して、翌日の昼前には帯広に到着。サク率いるAIM別働隊と合流を果たしたのだった。
◇
俺たちは、イソンノアシら本体と合流。さっそく帯広臨時集会所で、次の戦いに向けて軍事会議を開くことになる。俺、先生、そしてカネスケは、これまでの戦いでの成果が認められ、軍事会議において出席の義務と発言権を得ることができた。
AIMの幹部たちが見守る中で、イソンノアシが発表した次の計画。それは、南富良野の攻略と網走制圧および紋別騎兵隊の撃滅であった。この計画の理由としては、 南富良野を手に入れれば官軍の帯広侵攻を大いに妨ぐことができ、道東の制圧に専念ができる。それから日本最恐の部隊と言われている紋別騎兵隊を撃滅して、官軍の道東最大の拠点である網走を攻略すれば、北海道の半分を手中に収めたようなものだからだ。
この計画において、軍を大きく2つに分けることになる。それに付随して、革命団メンバーもまた2つに分けて配属されることになった。
まず、官軍の主力部隊と戦うことになる南富良野方面は、サクおよびAIM軍3万が担当。その中に俺、先生、紗宙、典一、灯恵が入ることに決まった。紗宙はともかく、灯恵を連れて行くべきか迷いはあった。しかし、先生が彼女を秘書としてそばに置き学ばせたいとのことで、連れて行くことが決まった。
道東制圧部隊は、イソンノアシの一番弟子のアイトゥレを大将にAIM軍5万が担当。カネスケが参謀として参戦。結夏と龍二もそれについて行くこととなった。
イソンノアシは、しっかりと帯広の地盤を整えてから、作戦を実行した方が得策と考えていた。しかし、我らの先生が、敵が混乱している間に南富良野、および道東南部の湿原地帯は押さえておいた方が良いと進言。その為、作戦実行は明日ということに決まった。
◇
吹雪が強まったり弱まったりしている。
道東地方では、例年に見ない大寒波に見舞われるという予報が出ていた。故に、まだ11月末にも関わらず半端ない寒さである。昨晩から一睡もしていない俺は、軍事会議が終わってから宿舎に戻る。すると、不意に襲い掛かった激しい睡魔に取り憑かれたかのように、壁にもたれかかっていびきをかいた。
目覚めた頃には、窓の外は真っ暗で時計を確認すると、ざっと5時間は経過していた。俺は、ものすごく辛い夢を見たので、寝起きの気分は上がらない。
その夢の内容は、カネスケの身体が日本政府の手で八つ裂きになる。カネスケを救うことができず、彼を革命団に誘ったことへの後悔と絶望に苛まれた俺は、次第に凶悪な悪魔へと変貌。その後、ひん曲がった社会への復讐の意味も込めて、次々と人を虐殺して行くというものであった。
寝起き早々イライラしている、誰かがドアを激しくノックする音が聞こえてくる。若干苛立ちながらドアを開けると、そこには典一が立っていた。
彼は、俺が寝起きだとわかると申し訳なさそうにしながらも言った。
「リーダー、この前の修行の続きしませんか?」
俺はまだ寝ていたい気も山々だったが、ここ4日くらい修行を休んでいた。なので、重い腰を上げて、雪が舞い散る空き地へと向かう。
外の気温はマイナス6度。典一は、こんな極寒の夜にも関わらず、タンクトップで準備体操を始める。俺も負けじと上着を脱いで、ヒートテックにTシャツという、冬の音楽フェスに行くような格好で身体をほぐした。
俺は、彼に組手を教わりながら、さっきの夢の話をする。それを聞いた典一は苦笑いしていた。
「それは縁起の悪い夢ですな。」
「夢とはわかっているが、死という事象が身近にあるこの生活では現実味があって怖かった。」
「確かに、この環境に身をおいていたらそう思うのも仕方がないでしょう。しかしあの切れ者のカネスケのことです。きっと正夢になることなんてないと思いますぞ。」
「そうだが。やはり次の作戦で別れて行動するから、何かあった時にすぐ駆けつけられない...。」
「リーダー、心配のしすぎは身体に良くありません。それに今できることは、カネスケが殺されそうになった時に、助け出せる戦闘力を鍛えることでしょう。」
「そうだよな。典一の言う通りだ。」
「わかっていただけて幸いです。そうしたら以前教えた技の続きを伝授しましょう。」
この日は、6時間ぶっ通しで冷たい粉雪が舞い散る中、組手や技の修行に勤しんだ。そして、修行に熱中して行く中で、さっき見た悪夢のことも、すっかりと頭から抜け去っていたのだった。
俺は典一から、主に2つのことを教わっていた。
1つは戦闘においての身体の動かし方。これは倒れた時の受け身や、相手の懐に入り込む方法、拳を見切って受け流す方法、ステップの踏み方など戦闘の幹となるようなことである。運動音痴の俺にとって、この上なく苦手な分野であった。だが、日々の努力と典一の熱い指導によって、初めに比べてだいぶ進歩した方だと思っている。そしてそれが、まだ生きてこの場に立っているという結果につながっているのかもしれない。
もう1つは彼の秘伝の奥義『正拳突き』だ。これに関しては、そうやすやすとできるようになるわけがないのだが、薄い瓦を真っ二つに粉砕できるくらいにまでは成長することができた。典一自身も、まだ技の追求を続けると話していたが、彼はもう充分その技を使いこなせている。なんたって、人間の頭を拳一発で粉砕することができるのだから。
空き地から戻る時に典一が言う。
「やはりリーダーの根気強さには関心させられてばかりです。今まで教えてきた者の中で、リーダーとの修行が一番楽しいです。」
お世辞抜きの典一の言葉は、少し照れくさかったがささやかながら自信を与えてくれるのだった。
思い返してみれば、青の革命団には、俺以外ネガティブな考えをする奴がいない。ネガティブなリーダーとポジティブなメンバーたちで、良いバランスで保たれているのかもしれない。そして、いつか俺も絶対的な自信を得て、この団体、そして国家をポジティブに前へ引っ張っていくリーダーになりたいと思うのだった。
◇
夜が明けて朝になる。昨晩あれだけ激しく動いたというのに、全くと言っていいほど筋肉痛にならなかった。修行を始めてもう3ヶ月くらい経つ。身体もあのハードメニューに慣れてきてくれたのだろう。
俺は、みんなよりも早く起きて準備すると紗宙を起こした。まだ眠いのか機嫌が悪そうだったが、そんな彼女を説得して外へ連れ出す。そしてスノーモービルで2ケツをしながら、先生にオススメされた朝日が綺麗に見える雪原を目指して、ちょっとしたツーリングを楽しんだ。
彼女は初め怖がっていたが、途中からはその雪上ツーリングを俺以上に楽しんでいた。俺は、腰に腕を回してしがみつく彼女の温もりを感じつつも考えていることがあった。それは、作り上げてきた当たり前が、いつ崩れるかわからないということだ。
サクは、長い間信頼していた叔父であり、師匠でもある人間を自らの手で撃ち殺した。俺もいつ、どんな理由で仲間と仲違いするかわからない。そして仲間が裏切った時、友達が敵対勢力になった時、自らの手で相手に制裁を加えなければならない時が来るかもしれない。そんな時、心を鬼にしてでも己の信念を貫き通すことができるのであろうか。俺にはまだ、はっきりとそれを断言できるくらいの自信が持てなかった。
(第三十四幕.完)