第三十六幕!トマムの失態
文字数 8,981文字
程よく山へ近づいたあたりで、アイヒカンが俺に忠告する。
「敵には、スナイパーが多数いると考えられます。ここからは、常に注意を払ってください。 」
俺がバイクを止めて山肌を見ると、所々何かに反射してひかるものが確認できた。彼曰く、それがスナイパーなのだという。 彼らの持つライフルは非常に飛距離があり、対策を打っていかないと痛い目をみる。
するとアイヒカンは、部下のイカシリを呼び寄せた。イカシリはAIM軍のスナイパーで、今まで何度も官軍のスナイパーとやり合った猛者である。彼は、重たそうな大型のスナイパーライフルを背負っていた。
アイヒカンがイカシリに尋ねる。
「お前なら、ここから奴らを狙い撃ちできるな?」
「任せください!敵のスナイパーを一掃致します!」
どうやらイカシリの持つスナイパーライフルは、最新式に改良したものらしい。官軍の使っている旧式ライフルよりも、少しばかり飛距離があるようだ。
「敵のスナイパーは何人いる?」
「わかるだけで10はおります。」
「今ここで全員やれるか?」
イカシリは、当たり前のように答えた。
「やってみます。」
そうすると彼は、ライフルを構えてスコープを覗き込む。そして、手際よく相手の位置を確認すると、一発、二発と順序よく引き金を引く。音もせず、物凄い速さで発された銃弾は、遠く離れたトマムの山へ消えていき、時差をつけてヤマビコの如く帰ってくるのは、敵の兵士の断末魔であった。 一通り終えた後、双眼鏡で山肌を眺めると、所々に赤く染まった雪と、その上に倒れた人影を確認することができた。
俺は、その腕前に惚れ込みつつ、イカシリに尋ねる。
「全滅はできたのか?」
イカシリは残念そうな顔をしていた。
「あと3人生きております。」
さすがの名物スナイパーでも、一瞬で遠方の敵を全員撃滅することはできないようだ。しかし、7人討ち取っただけで、もはや常人を超えた強者である。俺はこの日から、イカシリの存在を強く意識し始めていた。
ある程度スナイパーを片付けると、アイヒカンとユワレとともに山の西へ回り込む。戦闘開始から数時間。このあたりから、徐々にトマム周辺が騒がしくなり始める。どうやら、正面と東側から進撃している部隊と官軍の戦いが始まったようだ。
これを機に、西側部隊も山の急斜面を登り一気に侵攻。歩兵を先頭に雪山を駆け上がると、敵が木陰や雪の中から、一斉に銃を撃ちかけてくる。それにより、兵が数名死傷。官軍は、こちらよりも高い位置から攻撃してくるので、彼らの方が圧倒的に有利であったのだ。
しかし、こちらもやられてばかりではない。歩兵を徐々に押し進めながら、敵の狙撃手を見つけ次第、機動隊で急接近してそれを討ち取る連携技で相手を追い込んだ。敵を蹴散らしながら山を登るにつれて、視界が開けていく。頂上の基地まであと数百メートルまで迫った時、思わぬ刃が降り注いできた。
敵が積もった雪の至る所に隠れて、こちらを一斉射撃してきたのだ。全身真っ白の軍服を身にまとい、雪と同化して見つけにくいため、なかなか狙いを定めにくい。それに奴らは、この山を知り尽くしているので、四方八方様々な場所に隠れて狙い撃ちをしてくる。
AIM軍は、イカシリのように群を抜いて優秀なスナイパーはいるが、数はそんなにいるわけではない。それに対して官軍には、天才的なスナイパーはいないが、上の下レベルの有能な狙撃手の数は揃っている。この状況と距離感では、彼らが圧倒的に優勢であった。それもあり、こちらの負傷者の数は、時が経つにつれて増えていった。
ユワレとアイヒカンは、一度撤退をするべきであると判断した。でも俺は、ここで退くことは敵の思う壺であると考えた。そして2人に提言する。
「俺は撤退に反対だ。そこで1つ策を思いついた。」
その発言にユワレが反論。
「撤退しないと全滅するぞ!」
俺はそれに対して更に反論をかぶせる。
「撤退すれば戦が泥沼化!さらなる死傷者を生むことになる!」
ユワレは、強情な俺に呆れてしぶしぶ耳を傾けた。
「それは賭けだな。」
アイヒカンも呆れていた。
「まあ確かにやれないこともないが...。蒼どの、死ぬ覚悟はあるか?」
俺は声を張る。
「死ぬ覚悟がなきゃ、こんなとこまで来ない!」
ユワレは、冷静を保ちつつ言う。
「仕方ない。けどやってみる価値はある。」
アイヒカンは、思い悩んだ末に吹っ切れる。
「そうと決まれば、直ちに指令を出すぞ。」
こうして俺は、思いついた奇策を強引に押し通した。雪煙と鉛の雨が飛び交う中。中央にスノーモービルと騎馬隊で編成された機動部隊。左右に歩兵部隊、という陣形に急いで組み直した。そして歩兵部隊は、右がユワレ、左がアイヒカンの指揮のもと、左右へ散りつつ茂みへ向けて雪中の敵を蹴散らしながら移動。俺が率いる機動部隊は、正面を突破して勢いよく山を駆け上がった。
その途中、何度も流れ弾に直撃しそうになる。バイクの後ろの乗っている紗宙は、俺の背中に隠れつつ、援護射撃で正面突破のサポートをしてくれた。おかげで、俺は何度も命を救われた。
後ろからついてきている典一と雪愛のコンビ、それに機動部隊30騎も、何とか鉛の嵐を掻い潜り、敵の層の後ろ側へ出ることに成功。敵よりも高い場所まで来た俺たちは、後ろを振り返る。まだ分かりにくいが、さっきよりは官軍の動きや場所をみることができた。
左右の歩兵隊が、茂みの中へ入ったことを確認する。それから俺は、機動隊に指令を出す。
「雪に向かって手榴弾を投げろ。」
雪愛が目を見開く。
「え、そんなことしたら雪崩が起きますよ。」
俺は不適な笑みを浮かべる。
「それでいいんだよ。」
彼女は、俺の意図に気づいたのか、すぐに手榴弾の線を切って急斜面の雪原へ投げる。他の隊員もそれに続いて一斉に投げた。各箇所で爆発が起こり、雪煙と轟音とともに雪崩が起こる。雪崩はみるみるうちに下へ流れて、隠れていた敵兵を一気に飲み込むこととなった。
森林地帯に逃れたAIMの歩兵隊は、木々や岩のおかげで雪崩に巻き込まれていない。数分後に雪崩が収まると、隠れていた多くの敵兵が雪に埋もれる光景が完成。俺は機動隊員らに命じて、姿を晒された敵兵を次々と撃ち殺させていった。
それから、ストロベリーシロップをかけたかき氷のような山肌を背に向け山頂を見た。この騒動に動揺した官軍兵士達が、一斉に基地からこちらへ迫ってくる。
俺は、典一にAIMの軍旗を持たせて思い切り振り回させた。それを見たアイヒカンとユワレは、歩兵隊に森を出て総攻撃するように指示を出した。
俺を筆頭とした機動隊は、どんどん山頂へ迫っていく。時折後ろを振り返ると、雄大な景色が広がっていて、中腹あたりで中央部隊が戦っているのが手にとるようにわかる。
機動隊と歩兵隊が合流するとそのまま山頂のアジトへ攻めのぼる。官軍は最後の抵抗をしてきたが、力技で強引に攻め込んで、撃滅することに成功する。
アジトが陥落したことを知ると、官軍の残党たちは力尽きたように降伏。トマム奪取戦は、多数の死傷者を出しながらも、AIMの勝利で幕を下ろした。
◇
この戦いでの俺の活躍は、大いに軍を沸かせた。だが同時に、俺の心を浮き足立たせることとなる。俺は、山頂から幾寅の町を見下ろして、つい思ってしまった。戦争で勝つことなど、案外簡単なものであると。そして隣にいる典一に言い放つ。
「この程度なら、5日もあれば旭川すら陥落させられそうだな。」
「ははは、敵は確かに思いのほか強くなさそうですな。しかし、あれはただの守備隊。気は緩められませぬな。」
「そうだな。だが、日高でやり合った本軍も大したことはなかった。俺たちが一丸になって立ち向かえば、官軍なんて虫けらよ!」
典一が苦笑いをしている。
「まあそうかもしれませんな。」
彼は、有頂天な俺の話を楽しそうに聞いていた。そんな時、サクがこちらへやってきた。
「ずいぶん危険なマネをしてくれたな。」
俺はカッコつける。
「勝つための賭けだ。」
サクがこちらを睨みつけた。
「一歩間違えれば全員雪崩で死んでいた。それに紗宙や他の仲間も、スナイパーに射殺されていたかもしれない。あまり勝手なことはするな。」
「勝算無しにそんなマネはしない。勝つために融通を聞かせて何が悪い?」
サクは冷たく言う。
「軍律を乱す。これ以上言わせるな。」
彼が舌打ちをしてその場を去る。俺は、内心不服を感じながらも、彼の背中を見守った。
雪が少しずつ激しさを増した。AIM西部隊と中央部隊は、幾寅を見下ろす形で山頂に陣を敷き、東部隊は、落合の集落を占領して、幾寅攻略に備えた。
◇
中央部隊参謀部は、俺の活躍によって活気に満ちていたかに思えた。しかし、大将のサクが若干不機嫌なため、みんな沸く気持ちを抑えていた。
サクが先生に対して、嫌味たらしく言葉をぶつける。
「真。お前のところのリーダーのおかげで、軍全体が油断に満ちそうだぞ。」
先生は、責められているにも関わらず、余裕そうに笑みを浮かべる。
「ふふ、しかしバランスが良いのではないでしょうか。」
サクが先生を睨みつける。
「どういうことだ?」
「我がリーダーが軍を沸かせ、サクがそれを律する。良きパワーバランスだと思いますが...。」
「無駄なことに頭を使わせるな!それよりも幾寅へ送った使者からの連絡はまだなのか?」
「おっと、丁度届いたところでした。灯恵、なんと書いてある?」
「徹底抗戦するってさ。戦いは避けられないんだな。」
サクは、その報告を軽く流し、配下の兵隊に言う。
「バカな官軍どもめ。早急に全軍に伝えるのだ。幾寅を総攻撃せよと。」
すると先生は、勝利を固めるように提案をする。
「それならば、軍勢を一挙に下山させて敵の注意がこちらへ向いた隙に、落合にいる東部隊に側面をつかせて一気に型をつけましょう。」
サクは、分かっているといった感じで答えた。
「そのつもりだ!南富良野を早々に攻略して、道東遠征隊と合流するぞ!」
そう言い終えると、彼は外の空気を吸うために陣を出ていく。そんな彼を見ていて、先生は思うのだった。サクは、私的な感情に流されている。早いうちに手を打っておかないと、軍が乱れる恐れがあると。
陣の外を見ると、雪がまた少しずつ強さを増していた。灯恵は、吹き散る雪を見つめながら先生に声をかける。
「冬が終わる頃には、北海道もまた違う世界になっているのか?」
「きっと、今までとは全く別の世界となっているだろう。少なくとも官軍は衰退する。」
灯恵はため息をつく。
「昨日までの当たり前が明日には当たり前じゃなくなっていく。ついていくのが大変だよ。」
先生は、自由奔放な彼女を見て微笑んだ。
「ははは。生きているうちにこういう時代を経験できることは、貴重だと思うぞ。」
灯恵も薄らと笑みを浮かべた。
「そうか?
私はずっと平和で良いけどな。」
先生は、思い出したように話題を変える。
「そうそう、この前の課題はできたか?」
「あはは、あれか。」
先生が横目で彼女を見た。
「サボったのか?」
「やったよ。おおかた理解はできた。」
「よし、それでいい。」
灯恵は、雪原を見つめながら小声で話す。
「勉強嫌いだから、学校の授業なんてろくに受けようと思わなかった。けど、みんなの役に立つ為って言われたら、やらないわけないよ。」
「そうか。それは頼もしいな。その努力が後々この国を動かすことになるだろう。」
「そんな大それたことじゃないだろ。」
「さあどうかな。」
灯恵は、焚火で沸かしたお湯を先生のコップに注いだ。先生が、彼女の将来をどう考えているかはわからない。だが、とんでもなく重要な仕事に就かせようとしているのは確かだった。
◇
総攻撃の指令が全軍に行き届く。俺は、配下の兵隊を率いて我先にと山を下り敵陣に突撃する。先ほどの件を踏まえて、紗宙は雪愛の後ろに乗ってもらった。俺は典一を後ろに乗せて、ただひたすら敵将を探して戦場を駆け巡った。
AIM軍に対して、断固抵抗する構えを見せていた官軍であったが、落合から攻め上った別働隊に脇腹を突かれて総崩れとなった。官軍は次々と退却を開始。この段階で南富良野は、AIMによって制圧された。だが、俺は功を焦ってしまう。なぜなら、サクに実力を認めさせたかったからである。
官軍は崩れたが、敵将はまだ討ち取れてはいない。俺は、典一とともに一騎で敵将を追いかけ、旭川方面へと突き進んだ。 敵のしんがりを何度も討ち倒して、ようやく残り三騎というところで見失った。
典一は、功に焦る俺を諌めてくる。
「リーダー、もう充分です。引き返しましょう。」
彼の言う通り、もう充分なのかもしれない。しかし、引き下がろうとは思えない。
「それでは、ここまで追ってきたことが無駄になる。」
「無駄ではございません。官軍にAIMの恐ろしさを申し分なく味あわせることができました。これで敵が迂闊に帯広へ侵攻してくることがなくなり、道東の攻略に専念ができます。」
心残りがあった。しかし、彼の言うことも一理ある。
「やむを得ないな。引き返すぞ。」
スノーモービルを旋回させ、来た方向へ戻ろるべくアクセルを踏もうとする。だがこの時、とんでもないことに気がついてしまった。
敵を討ち果たすことに夢中になりすぎて、電波の届かぬ未開の地に、足を踏み入れていたようだ。
背後を振り返ると、走ってきた轍も雪でかき消されている。つまり、敵だけではなく、自分の現在地も見失っていたのだ。
「どこもかしこも真っ白で目印もない。これは困りましたな...。」
俺は考えた。ここらの地理に詳しいわけでもなければ、雪山のエキスパートというわけでもない。どうすれば、生きて幾寅まで帰ることができるのであろうか。
考えた末に、現状を脱する策をひらめく。
「何か棒のようなものはないか?」
「トマムの戦いで使用した旗がございますぞ。」
「そいつをここに突っ立てて現在地を明確にしよう。そして旗を背に一直線に戻れば、幾寅へたどり着けるかもしれない。」
「確かに、それは妙案ですな。」
雪原の風が吹雪に変わり始めていた。視界が最悪で、目の前の景色すらまともに見えない中、スノーモービルで雪原を駆け抜ける。そして何とか山地にたどり着いたあたりで、スノーモービルがガス欠を起こして動かなくなった。
俺たちは、吹雪が収まるまで偶然見つけた岩陰に潜むことになる。運の良いことに、誰かが忘れていったキャンプ用の薪が見つかったので、持っていた火薬を爆発させて火を起こした。
「巻き込んで悪かった。」
「いや、とんでもない。私こそもっと早く撤退を促すべきでした。」
「自惚れていた。それに焦っていた自分の心の弱さが、こんな自体を招くなんて思いもしなかった。」
「リーダーの気持ちもわからなくもないです。数日前にいきなり戦場に立ったと思えば連勝続き。それは私でも自惚れてしまいます。」
つい気落ちして弱音を吐いてしまう。
「それにサクに対して少し焦りを感じていた。その結果がこれだ。本当にすまなかった。」
正直、俺たちに生きて帰れる保証はない。平和な時代であれば、もしかしたら自衛隊や警察が捜索してくれていたかもしれない。はたまたは、地域の猟友会や除雪業者と運よく鉢合わせて、命拾いしたかもしれない。
だけど今は違う。もうこの地域に、駆けつけてくれる自衛隊や警察はいない。いたとしても、それに見つかれば俺たちは刑務所に連行されて、革命罪で処刑が間違えないだろう。そして、この戦時中の北海道で、わざわざ街から出ようとする除雪業者や猟友会も存在しない。はたまたは、AIM軍の救助部隊がきてくれることも考えられる。だけど、サクが俺たちを死んだことにして、そのまま放置することも考えられる。
そうすると、他人の力が期待できない。だから自力で、どこにあるのかもわからない幾寅へ向かわねばならないのだ。
外の吹雪もまだ止みそうにない。俺たちは寒さに耐えながら、死の瀬戸際を縄にしがみつきながら歩いていくのだった。
◇
幾寅に置かれた本陣では、戦勝祝いで和気藹々としていた。どうやら、俺と典一が行方不明になったことは、将兵の士気の低下にもつながりかねないため非公開にしているらしい。
しかし、参謀室はもちろん緊迫感に包まれている。サクがまたもや暴言を撒き散らしていたからだ。
「あのバカは何をやっているんだ!せっかく50人の部下を任せる隊長にしてやったのに、自分勝手なことしやがって!」
サクは、紗宙と仲が良い俺への嫉妬も合間ってか、激しくバッシングしていた。そんな彼に先生が言う。
「すぐに捜索隊を出します。急ぎ人選を。」
サクは、何言ってんだという目で先生を見る。
「何だと?そんなの兵隊の無駄だ。それに、あいつほどの生命力があれば、勝手に這い上がってくるだろう。」
すると灯恵が立ち上がり、サクを問い詰める。
「じゃあお前は、2人を見殺しにするって言うんだな?」
サクは笑う。
「俺は試してるのだ。奴が本当に生きる価値があるのかをな。」
灯恵は怒りを抑えきれずに、彼の頰を思い切りビンタをした。サクは、想定外で驚きを隠せていない。
「いい加減にしろ!!自分が偉い立場だからって好き勝手言いやがって!!そんなら私が1人でも助けに行く!!」
サクは、首長の息子でもある自分に対して、堂々と反抗してくる彼女へ苛立ちながら、悪口も込めて言い返す。
「バカな不良娘め。死ににいくようなもんだぞ。」
灯恵は、その態度に対して更に腹を立て、部屋を出て捜索へ出かけようとした。そんな彼女を先生が止める。
「吹雪が止むのを待った方が良い。そしたら一緒に探しに出よう。」
灯恵が声を張り上げる。
「2人は、雪山で一晩過ごせる装備をしてないんだろ!それに、この吹雪は明日の昼頃まで続くってラジオで言ってた...。一歩遅れれば死ぬかもしれないのに、待ってなんかいられるかよ!!」
先生は、彼女の目をまっすぐ見た。
「冷静になりなさい!!」
その冷たいようだが悟すような一言で、灯恵はつい黙り込んでしまう。
先生は、口調を改め、彼女に優しく言う。
「リーダーと典一を信じよう。」
灯恵は俯いて、先生と顔をあわせることもなく部屋を出ようとした。すると、扉の前に雪愛と紗宙が立っていた。
雪愛が先生に声をかける。
「先生、私におまかせ下さいな!」
「雪愛か。確かに雪山には慣れているようだが外は猛吹雪。さすがに危ないんじゃないか?」
彼女は、自信満々で答える。
「大丈夫!元札幌官軍近衛部隊の実力見せたります!」
先生は悩む。しかし、雪愛の自信満々の顔を見ると、紡いでいた口を開いた。
「わかった。雪愛に2人の捜索を任せる。」
彼女は明るい顔で、ハツラツと答える。
「ありがとうございます!!絶対に見つけ出しますね!」
それから早速準備に取り掛かるため、スノーモービルが止めてある車庫へ向かっていく。彼女が部屋を出てから、紗宙が先生に言う。
「私もついていく!」
サクが止めとけといった顔で紗宙を見た。だが彼女は、そんなものを見抜きもせずに先生にお願いする。
だけども、先生はそれを許さなかった。
「たとえ雪愛と一緒でも、吹雪の雪山は非常に危険な場所です。今は行くことを許可することはできません。それに、もし貴女が死んだとして、リーダーが帰ってきたらどう思われるでしょうか。彼はとても悲しむことでしょう。そんなリーダーを私は見たくないのです。」
それを聞いた紗宙は、自分の力では何もできない悔しさから、拳を強く握りしめていた。そんな彼女を宥めるように、先生は声をかける。
「ですが、吹雪が止んで視界が確保できたら、灯恵も連れて捜索へ向かいましょう。私も身内の誰かが死んでいくのはもうこりごりです。だからそれまで辛抱してください。」
彼女は、悔しさを押し殺しながらも、先生の目を見て答える。
「そうね。わがまま言ってごめんなさい。」
「大丈夫です。革命団のメンバーは、私にとって家族のようなものです。誰1人として無駄死にはさせるつもりはございません。」
この言葉を聞き終えると、紗宙と灯恵も明日の準備をすると言って部屋を出た。残った先生は、サクにお願いする。
「と言うわけなので、救命ソリを使わせていただきますよ。」
するとサクは、ぶっきらぼうに言い放つ。
「勝手にしろ。そして、明後日の朝までには必ず戻るんだぞ。」
「ええ、必ずや全員生きてここへ戻ります。」
サクは、ふてくされながら椅子に腰をかけると、疲れた顔で天井を見る。彼もまた、嫉妬心が故にひどいことを言ってしまったと、彼なりに反省しているようだった。
◇
将兵たちが去ってから、雪愛は車庫へ入った。彼女が携帯を確認すると、タイミングよく電話がかかってくる。スノーモービルの点検をする片手間で電話に応答した。
雪愛は、周囲を確認しながら小声で話す。
「お疲れ様です。どうしましたか?」
「捜査の方は順調か?」
「もちろんですよ。青の革命団と接触できましたしね!」
電話の相手のトーンが上がる。
「おお、それは本当か!それで奴らのことは何かわかったか?」
「概要程度はわかりましたよ。まあそれも、あと少しで意味をなさなくなると思いますが。」
「どう言うことだ?」
雪愛は嬉しそうに答える。
「掴んでしまったんです。リーダーの北生蒼を暗殺する絶好の機会を。」
電話の相手は笑う。
「ふはははは。それは面白い。また何か動きがあればすぐ報告してくれ。」
「ええ、すぐに報告しますね。」
そう言い終えると電話が切れた。
彼女は、ヒグマ対策で拝借した猟銃を背負うと、スノーモービルのエンジンをかけた。そしてゴーグルを着け、アクセルを全開にして車庫を飛び出す。ゴーグルに覆われた彼女の瞳は、北生蒼の命しか見てはいない。
(第三十六幕.完)