第三十九幕!砕けた思い
文字数 9,554文字
占領した南富良野は、ともに戦った戦友のユワレとアイヒカンに任せてある。彼らは土地勘もあり、戦闘にも長けているので、迂闊に官軍を寄せ付けることはないだろう。 それから俺は先生の計らいもあって、サクから再び軍を率いる許可を正式にもらった。そして雪愛とイカシリは、引き続き俺の下で戦ってくれることになる。
◇
帯広に到着した日の昼。俺は療養施設のベットの上でカネスケの活躍を聞いた。いつの間にか彼は、一軍の参謀として成果をあげる。そして、すでに万を超える数の兵士を動かせる立場まで登り詰めていたことに驚かされた。先生は、カネスケがそこまでできるだろうと予測して、アイトゥレ将軍の参謀に推薦したらしく、当たり前の結果だと言っていたが内心嬉しそうに話していた。
網走攻略戦の第一段階として、アイトゥレとカネスケ達4万が屈斜路湖側から網走を目指す。それから、サクと俺たちが北見を攻略する。そして、網走の正面玄関に位置している美幌町で合流して、監獄攻略作戦に突入する手はずだ。
俺はカネスケの活躍に感化されて、早く次の戦場へ向かいたいと意気揚々としていた。先生は少し休んだ方が良いと助言してきたがそうも言ってられず、訓練に向かおうと鎮痛剤を打つために部屋を出た。
すると、紗宙と灯恵が廊下のベンチに座って雑談をしていた。おそらく先生から見張りを任されているのだろう。俺はさりげなく挨拶をすると、いつも通り出口へと歩いた。しかし、彼女達が見逃すはずがない。結局俺は、部屋へ押し戻されることになる。することもないので、1人で軍から支給されたタブレットを使って、ネット新聞に目を通しながら1日を過ごすのであった。
ネット新聞の記事の一角に、この北海道戦争のことが書かれていた。どうやら北海道は、世界で危険地域に認定されてしまったようだ。日本政府は、国の威信をかけてテロ集団を制圧すると書かれていた。そして近々、青森官軍や仙台官軍など政府に重々な官軍組織、そして国家直属の自衛隊が、札幌に援軍を派遣するだろうと書かれている。
この記事どうりに事が進むと、援軍が揃い次第、札幌官軍がAIM討伐に本腰を入れ始めるだろう。
その前に何としても、道東地方を制圧しておかなければならない。俺は、非常に焦りを感じながら、早めの就寝をとった。
◇
まだ月がはっきりと見える夜明け前。紗宙は、鏡の前で化粧を整えていた。軍の遠征開始日が3日後になり、ゆっくりと寝られると思っていたが急な用事が入った。
サクが見せたい景色があるというのだ。初めは、蒼のこともあって、サクの誘いは断ろうと考えていた。しかし、彼がどうしても2人で見たい景色があるというものだから、彼の気持ちに応えて行くことに決めた。
それにしても、今日は寒さが尋常ではない。地球温暖化が原因なのかわからないが、昨今異常気象が続いている。故に、まだ12月初頭にも関わらず、気温がマイナス15度を下回っている。彼女は、帯広市内で手に入れた防寒性マックスの厚手のダウンジャケットを着て、サクが部屋に来るのを待っていた。外の風の音と灯恵のかすかな寝息しか聞こえない、この静けさに包まれた空間。ここは、激動の日々に身を置くことで張り詰めていた気持ちに、少しだけ安寧をもたらしている。
少し経った頃、小さなノック音が響く。彼女がドアを開けるとサクが立っていた。彼のジャケットには溶けた雪が所々付いていて、どうやら外で作業をしていたようである。
サクは、灯恵が寝ていることに気がつく。
「車を着けている。話は移動しながらしよう。」
そう言うと、彼は紗宙を連れて外に出た。
◇
外は室内と比べ物にならないくらい冷えていて、肌が張り裂けそうになるくらい風が痛い。サクは、彼女を助手席へ案内すると、急ぎ車を発進させる。
「この寒さには慣れたか?」
「慣れるわけないよ。慣れたと思ったら更に寒くなるから。」
車内は暖房を付けているというのに、なかなか暖かくなってくれない。吐息も白いままである。
「それにしても、普段はズカズカと物を言ってくる奴も寝てると普通の女の子なんだな。」
「灯恵のこと?」
「あいつ以外いないだろ。あんなに物怖じなく物申してくる奴。親父やアイトゥレですら、あまり強く言ってこない。なんなら、部下の立場で上長にあんなこと言える度胸のある奴なんて見たことない。」
「彼女は気が強いからね。15歳であそこまでしっかり自分の思いを伝えられるの、本当に凄いと思うけど。」
「いったい誰に似たら、ああなるんだろうな。」
「彼女もいろんなこと背負ってるから強いんだと思う。あとは結夏の影響もあるんじゃないかな。」
「あのギャルか。」
「負けず嫌いで努力家で気が強くて、そしてちょっとやんちゃで。血は繋がってないけど、あの2人ってそっくりだと思うことよくあるんだ。」
「なんか楽しそうだな。」
「え、なにが?」
「仲間のことを話してる時の紗宙の顔。」
「そ、そうかな?気がつかなかった。」
「俺が知っている中で一番微笑んでたぞ。」
「そっか。けどそれだけみんなのことが好きなんだと思う。誰1人欠けて欲しくない大切な存在。」
サクは、キーボックスを開けて彼女にコーヒーを渡した。冷蔵庫に入れておいたわけでもないのにキンキンに冷えていて、よくわからないところでも北国を感じてしまう。
「けどなんか、革命団っぽくない革命団だよな。」
「言われてみれば、戦場と日常のギャップが半端ないかも。」
「クーデターとか、地下室とか、拷問とか、自爆テロとか、暗殺とか、そう言った要素殆ど皆無だもんな。」
「イメージ悪すぎじゃない?」
「いや世間一般の革命団はそんなものだろ。地下道にアジトがあって、少し薄汚い過激な集団みたいな。」
それを聞いた紗宙は、ついつい笑いを堪えられなかった。
「歴史の教科書の読みすぎなんじゃないの?」
「いやそんなことはない。」
「でも、そこまでじゃないけど人の死をなんども見てきた。血も浴びたし、戦いという理由で相手の命を奪ったこともあった。車中泊で風呂に入れないこともあった。それに、日本ではすでに指名手配犯。サクの想像も間違ってはいないかもね。」
「一般人からしたらヤバ人集団だもんな。新聞読んだけど、東京では非難の声が殺到しているようだ。」
「私も動画サイトで見たんだけど、明らかに悪意のある表現で嘘も交えて紹介されてて、ほんと悲しかった。」
「でも、それは俺たちAIMも同じだ。多くの人からしてみたら、ただのテロリストだよ。」
サクは、遠くに流れる十勝川を見ながら、車を海岸方面へ向けて走らせた。彼が1人でドライブするときは、いつもロックか民謡を流しているそうだ。でも今日は、紗宙が好きなポップスを流し続けていた。
「さっきの話の続きだけど、もし仮に私と蒼と先生と龍二だけだったら、本当にイメージ通りの冷たい革命団だったかもしれない。逆に、直江くんと典一と結夏と灯恵だけだったら、多分革命団ごっこで終わっていた。それぞれの個性が混ざり合ったからこそ、今の革命団があると思っている。」
「混ざり合うことで、良い関係を生み出したということか。」
「最高のメンバーだよ。」
2人がくだらない話をしていると、いつの間にか海岸線が見えるあたりまで来ていた。冬の太平洋に朝日が昇り出している。
サクは遠回しに聞く。
「革命団はいつも一緒にいるんだから、誰かしら恋愛に発展したりしてないのか?」
「してなくもないよ。」
サクの顔が少し曇る。彼が詳しく聞こうと言葉を選んでいると、車が先に目的地へ着いた。
サクは質問を諦め、車を停車させる。
◇
大津海岸は、十勝川の河口に位置する絶景スポットらしい。紗宙は、サクに連れられて海岸まで足を運んだ。するとそこには、遮るものが何もない朝日に照らされた冬の太平洋が広がっていた。
「ここ良いね。何もないからこそ、悩んでたこととか不安も、全てなかったかのように自然でいられる気がする。」
「ここに来ると落ち着くんだ。来てよかっただろ?」
「うん。ついてきてほんと良かった。」
冷たい寒風が紗宙の髪をなびかせる。そして、たまに髪を直す紗宙の仕草が、たまらなく可愛かった。サクは、景色よりも紗宙の方へ意識がいっていた。
「良いもの見せてくれてありがとう。」
「いや、これは前菜だ。」
「まだ何かあるの?」
サクは、紗宙をその場で待たせると、海岸の奥へ歩いて言った。そして、戻ってきた彼の手には、透明感溢れる大きめの氷が握られていた。
「こいつを朝日にかざしてみ。」
紗宙が、言われた通りにそれをやってみると、氷の塊はオレンジの眩い光を放ち、まるで宝石のような結晶へと変化を遂げた。あまりの美しさに言葉が出ない紗宙にサクが説明する。
「こいつはジュエリーアイスって言って、十勝川の水が凍ってできた氷の塊なんだ。本来は2月ごろしか見れないんだけど、今日は奇跡だ。」
「知らなかった。こんなものがあるなんて。」
「写真撮ってあげるよ。」
紗宙は、ジュエリーアイスを朝日に掲げて写真を撮ってもらった。その時のサクは、今まで見たことのない清々しい顔をしていた。彼女は、景色やジュエリーアイス以上に、普段見ることがないサクの一面を見れたことが何より嬉しかった。
◇
海岸を出て車に乗り込むと、サクはエンジンをかけずに目の前の海を見つめていた。
それから、紗宙の方を向く。
「海岸で聞く波の音も良いけど、車内から聞く微かな波の音も良いもんだな。」
「それわかる。微かに聞こえる音って、優しくて良いよね。」
サクはさらっと彼女に言う。
「俺、紗宙のこと好きなんだよね。」
紗宙は下を向いていた。噂では聞いていたし、2人で遊びに行きたいって言われた時点で覚悟はしていた。
サクが追い打ちをかけるかのように、想いを語り続ける。
「死んだ元カノに瓜二つで、一目惚れしことが始まりだった。でも、今は違う。短い間だったけど、紗宙のいろんな顔を見てきてさらに好きになったんだ。俺と付き合ってくれないかな?」
紗宙は考えていた。もちろん答えは決まっている。しかし、相手はAIM第二の実力者。仮に答えを出したことが、彼の精神的な部分に影響を及ぼしたら責任は重大だ。何と言っても、サクは精神的にそこまで強い人間ではない。それに彼は、蒼のことを忌み嫌っている。もしここで下手な答えを出して逆鱗に触れたら、サクが蒼を暗殺するかもしれない。
彼女は、しばらくだんまりしていたが、サクがこちらを真剣に見つめて動かない。彼はプライドを捨てて、本気でぶつかってきている。それに対して、本当のことを言わないのは失礼なことだ。でもやっぱり不安だった。そんな窮地に追い込まれたとき彼女の頭によぎるのは、革命団の仲間たちと蒼の顔であった。すると、自然と肩の力が抜けて、頭を覆っていたモヤが晴れたように感じた。
彼女は勇気を振り絞って答えを出す。
「ごめん。無理。」
サクの目から、少しずつ光が消えていく。
「そっか...。」
「みんなには言ってなかったんだけど、実は付き合ってるんだ。」
サクの顔は暗かった。
「北生蒼か??」
紗宙は頷いた。
「別にサクが嫌いだから振ったんじゃない。誰よりも、あの人のことが好きだから振った。」
サクの目は若干充血している。そして無言で海を見つめていた。沈黙が支配するこの空間は、非常に重苦しい世界だった。
「けど、そう言ってくれたことは嬉しかった。ありがとう。」
サクは怒っているのだろうか。何も話そうとしなかった。彼は、三味線の民謡を流すと音量を上げ、エンジンをつけると車を発進させた。駐車場を出たあたりで、何か硬いものを踏み潰してそれが割れる音が聞こえた。紗宙は焦って窓の外を見たところ、そこら中に氷の破片が散らばっていた。きっと誰かが、あの海の氷を持ち帰る途中に、道に忘れていったものなのだろうか。美しい透明な氷は、粉々に砕け散っている。
サクは、帯広の司令部に帰るまで、結局一言も発することはなかった。唯一交わした言葉は、別れ際の一言程度だった。
◇
晴れた午後。俺は早朝起こった事件のことなどつゆ知らず、鈍った身体を慣らすために、散歩へ出かけようと部屋を出た。廊下を何食わぬ顔をして歩いていると、暗い顔をして洗面所から出てきた紗宙とばったり鉢合わせた。
俺が声をかけると、彼女は何事も無かったかのように振る舞う。だけど俺にはわかる。彼女に何かあったことくらい。だから彼女を散歩へ連れ出した。
◇
この街はそこそこ栄えている。司令部の周りは、都内で言うなら明大前くらいの賑わいだろうか。
人が程よくいるので、寂しさを感じないあたり丁度良い。
帯広に到着してからというもの、まともな非番の日がなかった。だから、実質今日は初めての休日だろう。俺は、縁もゆかりもなかったこの街を、彼女と一緒に冒険気分で散策した。彼女も俺に気を使っているのか、凄く楽しそうにしている。だけど、顔が疲れていることくらいまるわかりである。
少し静けさのある裏路地にお洒落なカフェがあったので、そこで彼女の話を聞くことにした。中へ入ると、意外にも奥行きがあって広々としていた。終始落ち着いたクラシックが流れていて、どこか音楽室と雰囲気が似ているカフェであった。
席を案内された際に、店員は俺の来ている軍服に目を留めた。
「もしや、AIMの兵隊さんですか?」
俺がそうだと言うと、彼はとあるカードを渡してくれた。それを持っているAIMの関係者は、町の提携している飲食店全てにおいて、50%OFFで飲み食いができるという優れものだ。紗宙の分ももらうことができたので、2人してだいぶ得した気分になれた。
注文を済ませると店員が去る。俺は彼女に尋ねた。
「今朝から元気無いようだけど、なんかあったの?」
「なんでもお見通しなんだね。」
「わかりやすいんだよ。」
「そうかな...。でもちょっと色々あった。」
「灯恵と喧嘩でもしたか?」
「そんなんじゃない。サクのことで...。」
「そういうことか。」
「蒼は知ってたの?」
「なんとなく、そうなんじゃないかくらいはな。」
「そうなんだ...。実は今朝ね、サクに告白されたんだ。」
俺は、少しだけ身体が前のめりになった。
「なんて返事したの?」
「もちろんNOって言った。けど、そのせいでサク、相当怒ってたような気がする。」
俺は、黙って彼女の目を見つめていた。彼女は、疲れた声で話しを続ける。
「これが原因でAIMの勢いが乱れたり、サクが蒼を暗殺しようと画策したらどうしようって思って。ずっと不安で、頭がそのことでいっぱいだった。」
彼女の手が少し震えているように見えた。俺は言葉を選んでから、彼女の手を両手で優しく包んだ。
「話してくれてありがとう。でも俺は、何も気にしないし、AIMに何かあっても俺がなんとかする。だから、紗宙は考え込まなくていい。」
彼女はしばらく俯き黙っていた。それから間を置いた後、力が抜けたように彼女が口を開く。
「ありがとう。少し落ち着いたかも。」
「良かった。なんかあればいつでも話てよ。」
紗宙は笑顔で頷いた。
「なんかなくても、いつでも話すよ!」
そんなことを急に言われ、必死に照れ隠しをしていた。彼女は、そんな俺を見て笑っていた。お会計を済ませて外へ出た頃にはもう夕方である。帯広は東京に比べて、明らかに日没が早い。そして、寒い冬の夜がやってくる。しかし、俺は彼女と肩を寄せ合いながら、寒いと言いつつも幸せな帰路についた。そして彼女を部屋へ送り届けたあと、サクヘの対抗策を考え始めるのであった。
◇
明日も休みである。帯広の繁華街は、官軍から解放されてからと言うもの夜遅くまで営業する店が増えていた。俺は仕事を片付けると先生を誘って街へ出た。
繁華街は、氷点下にも関わらず、多くの人々で賑わっている。どうやらここ最近は、西の『すすきの 』、東の『帯広』と呼ばれるくらいまで発展したのだと町の酔っ払いが誇らしげに語りかけてきた。
先生のオススメで美味しい豚丼の食べれるこじんまりとした居酒屋へ入る。彼は席に着くと、すぐに日本酒を注文。ここは提供が非常にスムーズで、日本酒はすぐに席へ運ばれてきた。
お猪口で乾杯をした後、先生が話を切り出す。
「リーダーとサシで飲むのは初めてですね。」
「そうかもしれないな。この旅中で一番話しているのに不思議だ。」
「紗宙は、そのことで嫉妬したりしないのですか?」
「紗宙よりも、カネスケと典一から嫉妬されたことならあるぞ。」
先生がそれを聞いて笑っていた。俺は先生に小声で尋ねる。
「先生は、俺と彼女の関係に気づいていたのか?」
「2人の仲睦まじい光景を見ていれば、誰だって察しますよ。」
それを聞いた俺は、恥ずかしさと誇らしさで言葉が詰まる。目の前の酒を一口飲み、冷静を取り戻してから言葉を発した。
「そうか...。改めて言うと紗宙とできてた。」
先生は特に驚いてない。
「私は別に気にしませんよ。仲の良い男女がそうなるのは、自然なことですから。」
「こんな大事な時に浮ついたこと、悪いと思ったから隠していた。だけど、どうしても彼女のことが好きだった。」
「それがモチベーションに繋がっているのだから良いではないですか。前のリーダーよりも、今のリーダーの方が、人生に自信を持てている感じが伝わってきて頼もしいです。」
「こんなことを言うのは恥ずかしいが、先生にそう言われると、なんか許されたような安心感が出てしまうな。」
「ははははは。それはようございます。」
俺は、お猪口の日本酒を飲み干すと本題に入った。
「話が変わるが、サクのことだ。先生はどう思う?」
「サクはまだ若くて未熟者です。様々なことで悩んで、今はきっと迷走しているのでしょう。けども私は、彼との付き合いが長いこともあり、良いところもたくさん知っています。だから言えるのです。彼は、今を乗り越えれば必ず素晴らしき軍人になる。そして強きアイヌのリーダーになるだろうとね。」
「それを見届ける前に、俺が殺されるかもしれないがな。」
「まあそうならないように、常に目を光らせております。」
「いっそのこと、事故という名目で消すか?」
「それはなりませぬ。もしその事実が表に出れば、我々の目標は遠く彼方へ飛び去りましょう。」
俺は、注文した鮭のお造りをツマミに一気にお猪口の酒を飲み干した。本音を言えば、俺はサクに対してすでに疑心暗鬼になっており警戒の対象でもあった。しかし、大将と部隊長の信頼関係が崩れているとなると敵に隙を与えかねない。だからこそ、クッションのような立ち位置にいる先生と、密なコミュニケーションを今まで以上にとることが重要だった。
サクの話題がひと段落すると、先生が話題を変える。
「そろそろ、国家建国の準備を本格化しなくてはいけません。」
「法律とか方針とかのことか?」
「もちろんそれもですが、人材の登用でございます。」
「そうか。確かに8人じゃ、国なんて運営できないよな。」
「もちろんです。それに我らは軍隊を持っていない。今あるのは、AIMから借りた兵士たちです。我々独自の部隊を作らねばなりません。」
「何か良い案は無いか?」
「2つございます。1つはSNSを使った方法です。
今、日本国の世論は国に対しての批判が強まっています。確かに、私たちやその他独立国を作った人々を否定する人間は、半数以上を占めております。しかし、全体の40パーセント近い人々が、新しい政府の誕生を支持しているのです。つまり、SNSで呼びかければ、食いついてくる人材は多くいるでしょう。」
「アカウントを作っても、すぐに消されるのでは無いか?」
「そうとも限りません。我々をテロ組織扱いしているのは日本政府だけです。海外の企業が運営する媒体であれば、そのリスクは極めて低いでしょう。」
「なるほど。それなら使える手段ではあるな。」
「そして2つ目は、ヘッドハンティングです。」
「どこかの国から人材を取ってくるのか?」
「いえ、もっと身近なところからです。」
俺はまさかと思い小声で言う。
「AIMからか?」
先生はニッコリとした。
「さようでございます。直接話せてその人の仕事ぶりも観れる。こんなに良い人材の集め場所は、ここ以外ないでしょう。」
「イソンノアシに申し訳無くないか?」
「そういう考え方もありますが、今後必ず来るであろう出来事をお忘れですか?」
俺はハッとさせられた。なぜなら、この北海道戦争に目を向けすぎていて、その先どのようなことが起こりうるかを忘れかけていたからである。それを思い出した瞬間、つい笑ってしまう。
「はははは。先生の言いたいことがわかった。ようは、俺たちの目標である日本再統一をする過程で、この北海道およびAIMも配下に加わることになる。だから、ここから優秀な人材を引き抜いても、申し訳ないなど思う必要がないということか。」
「その通りでございます。そして優秀な人材を引き抜くためにこの戦争で成果を上げて、優秀な人材からの信頼を得なくてはならないのです。」
「その通りだな。大事なことに気づかせてもらえて助かったぞ。」
先生は謙遜していたが、彼のおかげで見失いかけていた野望への道をまた見つめ直すことができて非常に助けられた。この功績は重大である。
「最後に資金についてです。新潟や山形、仙台、そしてここ帯広など、いく先々で営業をしてみたところ以外にも反応が良くて、協賛してくださる企業がございました。それ故に、予想を超えた額の調達に成功しております。」
この報告を聞いて、俺は更に自分の夢に対して現実味と自信を持てた。なぜなら、協賛してくれる人がたくさんいる。それはつまり、大勢の要人がこの活動を応援してくれていると考えられるからだ。俺は、ますますやる気に満ち溢れてきた。
怪我をして、療養のためのつまらない非番になると昨日までは思っていたが、どうやら気力も体力も回復できた最高の非番になったのかもしれない。俺と先生はその後も、政治や夢、くだらない話に花を咲かせてそのお店を退店。最後の締めで食べた十勝の豚丼は、まるでこの1日に花を添えるかのような、最高に美味い一品であった。
◇
出発日の前日。兵士達の訓練を終えた部隊長たちは、各々休憩を取ってから参謀室に集まった。俺は、なるべくサクと目を合わせないようにしていたが、彼も同じことを考えているのか目を背けていた。
全員集まったところで、イソンノアシが言う。
「アイトゥレが、阿寒摩周国立公園の制圧に成功した。我々本軍も遅れは取ってられぬ。早急に北見を陥落させて彼らと合流するぞ。」
そういうと彼は、部隊の配置や人員など細かい内容の発表する。今回は、イソンノアシが総大将で、先生は参謀。俺とサクは、先鋒隊として部隊を率いて戦うことになった。先生の策謀だろうか、それともイソンノアシの意思だろうか。俺と彼は同じ立場である。そして俺の元には、3千人の兵士が配属されることになる。戦いで成果を上げることが大前提ではあるが、裏ミッションでもある人材集めも忘れてはならない。
会議が終わり部屋に戻った俺は、入浴をすませるといつもより早く床についた。そして思うのであった。また目まぐるしく、忙しい死と隣り合わせの日々が始まるのだと。
(第三十九幕.完)