第五十四幕!疑惑の陣中
文字数 8,445文字
雪愛は、ニペソツ山に待機する土方へ、先生を帯広へと追い払ったことを伝えた。それに付け加え、AIMの戦略や動き、事細かな情報を彼に提供するのである。
それを聞いた土方は歓喜に溢れていた。そして、敵の作戦をこちらが把握していると思われないように、味方にすらその事実を隠して、あたかも自分が考えた策略のごとく全軍に指令をだした。
こうして官軍は、何の前触れもなくAIMが陣を敷く丸山へと攻撃を開始。先生が山に仕掛けていたトラップも悉く破壊して山頂へと迫る。
一方のAIM軍は、トラップを見抜かれ、更には各所に配置していた補給や伏兵すらも撃滅されてしまう。それから2時間もしない内に丸山は陥落。イソンノアシは、兵を立て直してウペペサンケ山まで撤退を余儀なくされた。
毒事件、先生の裏切り疑惑、そして敗北。これらのせいで、AIM軍は大いに乱れることになってしまう。先生が消えた参謀部内は特に荒れ、対処法や戦略について意見がぶつかり合っていた。そんな一枚岩ではなくなったAIM幹部らに苦言を呈した男がいた。
それはカネスケである。
彼は、先生ならこうするだろうと考えた策を提案。それにアイトゥレも賛同したことで、その策がもちいられることになり、ウペペサンケに攻め込んできた官軍を追い返すことには成功したのだ。
しかしながら、帯広へ引き返すのか、それとも交戦を続けるのか、そういった根本的な問題の解決にまでは至っていない。
そんな状況にカネスケは、イソンノアシの意向を確認しながら、意見をまとめようと尽力していた。
だが、雪愛がこれを放っておくはずがない。彼女は次なる手を考え、実行に移していくことを決める。
◇
ウペペサンケ山から丸山を見渡すと、悠々となびく官軍の旗が翻っていた。
カネスケは、仕事だとキレものだがプライベートだとだらしない一面もある。彼は普段通り、なんの警戒も怠らずに訓練へと足を運んだ。
雪愛は、その隙を見計らい彼の天幕へと侵入。乱れた布団の上には、彼の金髪と結夏の物であろう長いオレンジ色の髪の毛が、ちらほら見受けられた。
雪愛は考える。
2人を共犯に仕立て上げるか、それともカネスケ単体に狙いを定めるか。部屋を見渡しながら、彼らの堕ちていくシナリオを想像。まとめて潰すことを決めると、そそくさと2人の髪を採取。それから、使用するヒ素と同じ物をカネスケのベットの下に隠す。
そして、誰にも気付かれないように天幕の裏側から抜け道を使い、自分の持ち場へと戻ろうとする。
しかし、天幕を出て裏ルートを抜けた辺りで、偶然にも紗宙と遭遇してしまった。
「雪愛!おはよう!」
「ん、あ、おはよ!」
雪愛は、いつも通りに元気に振る舞う。紗宙がたわいもない話をしてきたが、用事があるからと嘘をついて彼女を遠ざけ、それから急ぎ次の策略の準備を進めた。
紗宙は、ぎこちない雪愛の背中を穏やかに、そしてどこか冷静な視線で見つめていた。
◇
なんだか外が騒がしい。また官軍が攻め込んで来たのだろうか。寝起きで気だるい身体を起こし、天幕の外に顔を出した。もういつの間にか空が真っ暗になっていた。何時間寝ていたのだろう。
寒空に凍えながらボケっとしていると、騒がしい声の正体が俺のよく知る人物達であると確信した。
カネスケとサクである。
「俺はやってねえって言ってんだろ!!」
「あ?この金髪はお前しかいねぇだろ?」
どうやら喧嘩をしているようだが、嫌な予感しかしない。急ぎ準備を整え、ざわついている広場へと走った。
◇
広場に着くと、皆が既にイソンノアシの天幕へと集結していた。中へ入ると、ベットに倒れ込むイソンノアシ、怒鳴り散らすサク、そして弁明するカネスケの姿があった。
俺が入ってくるのがわかると、サクの怒りの矛先はこちらへも向いた。
「おい。これはお前の指示か?」
唐突に言われて困惑する。
「なんのことだ?」
「お前は2度も親父の命を狙ったんだな!!」
どうやら今度は、イソンノアシの晩飯に毒が盛られていたらしい。
そして、今回使われたのはヒ素。無味無臭のヒ素は、さすがのイソンノアシでもわからなかったようだ。彼が苦しそうにもがき苦しんでいる。
サクは、それを心配そうに見つめつつも、一方でこちらへの敵意を欠かさない。
「医者に診てもらったところ、まだ安全とは言い切れない。お前らのせいで親父が死ぬかもしれない。どうしてくれる?」
「適当な言いがかりをつけるのも大概にしろよ!」
「言いがかりだと?
じゃあこれを見てから言え!!」
サクが突きつけてきたお皿には、イソンノアシが食べていたヒ素入りスープが盛られていて、その中に髪の毛のようなものが入っていた。
「蒼。お前なら、その金色の髪をみて理解できるよな。」
俺は首をかしげた。すると彼は怒鳴りつけてくる。
「とぼけるな!!それはカネスケの髪に違いない!奴は、真が謹慎になったことに逆恨みをして、親父を殺そうとしたんだ!!!」
するとカネスケが反論する。
「俺がそんなことするわけないだろ!」
俺は、カネスケの方を見なかった。なぜなら、彼がこんなセコいことする奴じゃないことくらい100も承知だからだ。その代わりにサクを見る。
「サク。お前が俺たちを消すために、あえて毒を撒いたのではないか?」
そう言い返すと、彼も負けじと意見を突きつけてくる。
「ふざけんなよ?そいつの天幕でも、全く同じヒ素が見つかったのも事実。その女好きのボンクラ以外に犯人はいない!」
サクの毒舌がまた強まっていく。カネスケも半端なくイラついていることだろう。俺たちが何を言っても、サクは聞く耳を持ってくれない。
挙げ句の果てにはこんなことを言い出した。
「そこまでやってないと言うなら、坊主にして誠意を見せたらどうだ?
そしたら少しは信用してやってもいいぞ。」
それを聞いた俺は、頭に血が上り、目の前の風景が虚ろになり始める。自分でもわかるが、もうこいつを殺す以外、この胸糞悪い気分を晴らす術はない。そう思うしかなかった。
しかし、俺の感情を察したのかそうでないのか、意外な展開が起こる。俺よりも早くカネスケがサクに歩みより、彼の頬を思い切りぶん殴った。
普段は温厚なカネスケのこの行動には、俺もイソンノアシもAIM幹部たちも、そして当事者であるサク自身も呆気に取られていた。
カネスケがサクを見下す。
「もう少しさ、俺たちのこと信じてくれよ...。」
カッコつけたわけではない。その言葉には、一緒に命をかけて戦ってきた仲間に信用されず、罵倒され続けた悔しさと悲しみが籠っていた。
そして、俺が内心感じていた想いと同じであった。
「てめえ、殴ったな...。」
サクは立ち上がり、天幕の端に置いてあった木の杖を握りとり、カネスケへと迫る。
「サク...。やめるのじゃ...。」
イソンノアシの掠れるような叫びは彼の耳には届かない。サクは、カネスケの顔面を木の杖で殴打した。カネスケがその場に倒れ込み、サクは彼の真上から何度も杖を振り下ろした。それに対して、カネスケはあからさまな抵抗をしようとはしない。このことからも、彼は悪意でサクを殴ってないことがわかる。
焦ったアイトゥレやユワレなど、AIMの幹部たちがサクを抑え込もうとする。しかし、サクは手を止めようとしない。彼は俺に似ているところがあり、自分が敵だと感じた奴には容赦のかけらもないのだ。
サクがカネスケを殺そうとしている。俺は、親友に殺意を向けている戦友の顔を隠し持っていた特殊警棒で躊躇なくフルスイング。彼は血を撒き散らしてその場に倒れる。
そして俺は、彼に対して馬乗りになり、警棒でボコボコにしようとする。だが、そうなる前に典一と龍二に押さえ込まれて阻まれてしまう。
イソンノアシの天幕の中は、俺とカネスケとサクの件で一時は大騒動に陥った。
目の前が真っ白になった俺とサク。お互い信頼している仲間たちに抑え込まれて大事には至らなかったものの、手を離せばまた殺し合いが始まるのではないかという緊張感に包まれている。
ピリつきを超え、稲妻のような激しい痛みとも取れるこの空気の中、ヒ素事件の被害者であるイソンノアシが仲裁に入った。
「皆、ワシが不甲斐ないばかりで申し訳ないが、争いはよすのじゃ。この状況こそ官軍の思う壺ぞ。」
全く持ってその通りである。しかし、頭が真っ白になっていた俺には、そんな当たり前のことすらも霞んで見えていた。
「親父!こいつら死刑でいいよな!AIMの害でしかないぜ!」
サクも同じく頭が真っ白になっているようだ。
「サク。お前の軍を思う気持ちはわかるが、冷静になるのじゃ。こういう状況こそ、統率力が物を言う戦争という集団行動において、敵に隙を作ることになる。」
サクは、イソンノアシの言葉を聞き、多少は落ち着きを取り戻した。一方の俺も、まだ怒りに脳を支配されていたが、カネスケがふらふらになりながら立ち上がるのを見て、安堵心から少しばかり落ち着きを取り戻す。
イソンノアシは、俺に向かって辛そうな表情を浮かべる。
「蒼どの。申し訳ないが、今後は革命団一行を作戦会議に参加させることは控えさせてもらう。」
「なぜです?
俺たちは何もしてないのに。」
彼は、不本意ながらもと言った口調で話す。
「やったやってないはおいておくのじゃ。疑惑が出た以上、お主らが犯人でないということが証明できるまでは、周囲の動揺を防ぐためにも、参謀部において重要な作戦の決定権を渡すことはできない。」
納得できなかったが、カネスケはうつむきながら頷いていた。俺は、悔しくて地面を殴りつける。サクがこちらを疑いと哀れみの視線で見下してきていた。
そして、俺たちが一枚岩でなくなり、どんどんと崩れていく姿を見ていた雪愛は、この状況に笑みを浮かべる反面、心苦しくも思うのであった。
◇
一方その頃。東京では、また新たな動きが見受けられていた。
神導党の党首であり、内閣総理大臣の大口常丸(おおぐち じょうがん)は、以前にまして政策内に教団の意向を盛り込み始めていた。
例えば、代表的なものが、誹謗中傷および否定的発言禁止法である。一見良さそうな法律に見えるが、教団はこれを利用して、自分らを否定する人間をことごとく誹謗中傷罪で検挙。前科および実刑を与えて社会的に潰そうと画策した。
他には、禁酒禁煙禁欲法なるものが作られた。これは、酒とタバコを悪習だと弾圧。愛煙家や酒好きは風紀を乱すという理由で場合によっては懲役刑にもするというものだ。それ以外にもグラビア、AV、ソープ、ファッションモデル、アイドルなど、少しでも性の要素が見え隠れするものも弾圧の対象になった。
国民は不満を募らせ、一時は過激なデモも行われた。だけども、その不満がたまる過程こそ教団の狙いなのだ。法律の一文には例外を設けられ、ヒドゥラ教に入信したものは、階級が上がるごとに禁欲から解き放たれるという文言がある。
幸福や欲求に飢えた国民らは、次から次へと教団へ入信。信者の数は大幅に増えたいったのだ。
教団と大口総理の卑劣な野望。これをなんとしてでも阻止しようとするのが平和の党である。その党首である矢口宗介は、先生の友人だ。
国会では、与党である神導党と野党である平和の党の対立が一層激しさを増していた。特に平和の党の議員が謎の失踪を遂げたり、関係者が毒殺された事件は、大口総理が教団に依頼して行ったことだと密かに噂が立ち、矢口がそれを厳しく追求していた。
それ故に、彼は教団から命を狙われる息苦しい毎日を送っていた。
◇
そんな彼の元に、AIM軍が大雪山で札幌官軍と戦闘状態に入ったという知らせが届いたのは、先生が謹慎を命じられる約5日前のことであった。
その日の晩。公務を終えた矢口は、平和党の幹事長である石井重也(いしい しげや)と彼の用心棒をしている奥平睦夫(おくだいら むつお)を行きつけのホテルへと呼び出した。
矢口がロビーで本を読んでいると、2人がこちらへとやってくる。
「党首。大事と聞き急いで馳せ参じました。」
石井は、遅くまで有識者との会合をしていて、疲れが顔に出ているようだ。奥平は、常に周囲に目を配り、教団の信者や暴漢がいないか目を光らせている。
「忙しい中で呼び出して悪かったな。」
「いえ、私も50を過ぎております故、不本意ながら疲れが顔に出てしまうようです。ですが、心は決してくたびれてはおりませんので、お気になさらないでください。」
彼は、党にとって欠かせない存在であり、矢口が一番信頼している人物だ。
「そうか。それは心強いな。」
石井にとっても、矢口は若くて聡明で尊敬できる年下の上司といったところだ。
「それで、大事とは一体何事なのでしょうか?」
矢口が石井に頭を下げる。
「北海道へ行って、諸葛真に会ってきてくれないか?」
石井はまさかの命令に驚きを隠せない。
「なんと!あの革命家達に会いに行けというのですか?」
「そうだ。この国の民衆は、彼らを国家転覆を狙うテロリストと呼び、まるでゴミを見るかのような目線で見ている。しかし私は違う。彼らこそ、この日本国が生き残るか死ぬかの重要な鍵を握っていると考えている。幹事長もそうお考えじゃないのか?」
「ええ、おっしゃる通りでございます。多数の意見に惑わされ、教団や悪い政治家、そしてヤクザの言いなりになったロボットのような人間達よりも、彼らの方がよっぽど国を愛し、現実と向き合っていると私も考えております。」
「そう言うと思ったよ。だから、中央は私に任せて、彼らの正義と国づくりを近くで見ながら報告して欲しいのだ。」
「なるほど。しかし、幹事長である私が席を開けても良いのでしょうか?」
「ああ。むしろ幹事長にしかお願いできない。」
矢口は、石井の性格をよく知っている。彼でしかこの難関ミッションを成し遂げれる者はいない。そう思ったから、ナンバー2の役職者であるにも関わらず、彼を派遣することにしたのだ。
「わかりました。必ずや諸葛真の元までたどり着き、彼らの国づくりを見届けてまいります。」
それを聞いた矢口は安堵した。石井は少々頑固なところがあるので、断られたらどうしようかと不安な部分もあった。
「そうか、引き受けてくれて助かった。よろしく頼んだ。」
「党首。それと私からもお願いがあるのですが。」
「なんだ?」
「奥平も共に連れていって良いですか?」
奥平は、一瞬こちらをチラ見したが、相変わらず周囲の状況に目を光らせていた。
「もちろんだ。北海道までの道中は非常に危険だから、幹事長1人で行かせるわけがなかろう。」
それを聞いた石井は、すぐに奥平をこちらへ呼んで話に加わらせる。
それから矢口は、この計画の詳細を小声で説明。石井らは、今夜から銚子港経由で北海道まで向かうことになった。
「航空機の国内線が廃止された社会とは、過酷な物ですね。」
「仕方がないことだ。こんな時代を早く終わらせる為にも、我々がこの腐れきった国家をひっくり返さなくてはならないのだ。」
矢口はそう言うと、石井と奥平を北海道へと送り出すのであった。
日本国が崩壊する日は近い。彼自身も政治家として、今後の身の振り方について考え始めることになる。
◇
寒さが落ち着くことを知らない北海道大雪山。ウペペサンケ山のAIM本陣では、ヒ素によって倒れ込んだイソンノアシをサクが看病していた。
サクは、苦しそうな表情で倒れこむ親父の姿を見ながら、毒を盛った犯人への執念に燃えていた。
AIMを潰そうとしているのは、青の革命団しかいない。札幌官軍との戦争のどさくさに紛れて、軍を乗っ取るつもりなんだ。そう思い込み、蒼やカネスケを消し去る方法を考えていた。
イソンノアシは、もう時期還暦を迎える。戦時中でまともな医療を受けさせてあげられない中で起きた悲劇。そういう事情もあり、必ずや犯人を処刑にしようと計略を練る。
その時である。外から激しい銃声が響き渡る。どうやら官軍がこの山にまで迫ってきたようだ。
サクは、部下に指示を出し、予定通りの防御体勢を整えるように命じた。それから自らも武器を持ち、出陣しようと勇んで天幕を出る。
だが、そこで待っていたのは、陣地のすぐそばまで迫り、こちらに激しい銃撃を加えてくる官軍の姿であった。
サクは、流れ弾で負傷。急ぎイソンノアシを背負ってその場を離れる。それからユワレの部隊に救出されて山を下山。これによって、ウペペサンケ山まで官軍に取り返されてしまった。
◇
本陣を然別火山群まで移したAIM軍。度重なる敗北で兵士達の士気は低下。参謀会議においても不満と批判が爆発。中でもサクとアイトゥレの意見が対立して、中々まとまりがつかなくなっていた。イソンノアシの症状も悪化を辿り、床から起き上がることもままならない状況に陥ってしまう。
そんな中、革命団の面々はといえば、反逆者の汚名を着せられ、参謀会議では意見すら言わせてもらえず、隅っこに追いやられるような状況が続いていた。俺とカネスケは、天幕の柱に寄っかかりながら、退屈な論争を半目を開けて聞いていた。
「なあ蒼。俺たちどうすれば良いんだろうな?」
「さあな。あのバカ息子には、何を言っても聞いてもらえないだろ。」
サクが一瞬こちらを振り向いたような気がした。
カネスケは焦ってこちらを見てきたが、俺としてはサクが仮にも刃を向けてくるようなら、正当防衛で殺してしまえば良いとくらいにしか考えていなかった。だから逆に、サクを殺意のこもった目つきでガン見し続けていた。
「おい、あんまり挑発するなよ。あいつに恨まれているのはお前だけじゃないんだぜ。」
「尖っていないと揚げ足を取られる。」
「まあそうかもしれないけどさ。」
そんなカネスケを他所に、俺は毒を盛った人物が誰なのかを必死に考えていた。
毒を盛った犯人の目的はなんなのだろうか。俺たち革命団を貶めようと企む誰かなのか。それとも、たまたま偶然的に革命団のメンバーがターゲットになったのか。そもそも目的は、AIMを潰すことなのか、革命団を消すことか。今まで様々な組織と対立してきたがゆえに、犯人像と目的を絞り出すのが困難になっていた。
こんな時に先生が居てくれればと、何か行き詰まると彼に頼ることを考えてしまうのだ。味方が大ピンチに陥っている時に、リーダーのくせに何もできない自分に嫌気がさしてきて、イライラがこみ上げてくる。
すると、不毛な言い合いを続けているAIM幹部らの方から、サクの小言が聞こえてきた。
「あーあ。味方に毒を盛るような不届きものが居たおかげで、せっかくの作戦が台無しだぜ。」
それを聞いた俺は、天幕を思い切り蹴飛ばして外へ出る。あまりの大きな物音に、その場にいた全員が萎縮する。
サクは、相変わらず嫌味な顔でこちらを見ていた。
◇
外へ出ると、またもや雪愛が誰かと電話でやり取りをしている。彼女は俺と目が合うと、焦ったように電話を切り、参謀室の中へと入っていく。
いつも一体誰と電話しているのだろうか。以前は札幌に住む知人と言っていたが、こんな時によくそんな気になれるものだ。呑気に電話なんかしやがってクソめ。普段ならそんな言葉が頭によぎるところだが、今はそれすら思い浮かばないくらい意気消沈していた。
◇
外気が天幕の中と比べ物にならないくらい冷えていて、タイミングが悪く暴風雪が吹き荒れてきた。俺は、遭難しないように気をつけながら、自分の天幕へと帰ってくる。
すると、明かりがついていて、中には人がいるようだった。それに気づくと、さっきまで意気消沈していた気持ちが一瞬で殺意に変わる。
きっと毒事件の犯人に違いない。腰にさしていた拳銃を構え、ゆっくりと天幕の入り口に近づく。そして、勢いよく仕切りをこじ開けて中へ入り、真正面にいる誰かに銃口を向けた。
「うわ!!!!!!」
そんな声が天幕に響き渡る。冷静になって前を見ると、そこには極悪非道な犯人とはほど遠い、大切な人の姿があった。
「びっくりさせないでよ。ただでさえ物騒なのに。」
「なんだ...。紗宙か。」
俺の中から一気に緊張感が抜け、ついその場に座り込んでしまった。
「ねえ。寒いから閉めて。」
やれやれといった感じで天幕の仕切りを閉める。
「なんでここにいるんだ?」
「最近元気ないから心配だった。」
「いや、大丈夫だから心配しなくて良いよ。」
だが彼女には、何もかも見透かされているようだ。隣に座ると、彼女が俺の手を握り、こちらを見つめてくる。それはまるで、私がいるから安心してと言っているようだ。
(第五十四幕.完)