第五十五幕!革命団の女たち
文字数 8,898文字
だが、今夜は違う。なぜなら隣に紗宙がいるからだ。彼女の温もりを感じていると、どんな過酷な環境に身を置かれようが、幸せを感じることができる気がした。
寝ている紗宙に目を向けつつ、さっき彼女から言われたことを思い出す。
『私は、何があっても蒼の味方だから。』
もしかしたら、足元ばかり気にして周りを見れていなかったのかもしれない。サクになんと言われようが、どこぞの誰かにハメられようが、信頼してくれる人がいることを忘れてはいけない。そして、感情的にならずに冷静に、この窮地の大問題を解決へ導かねばならないのだ。
しかし、どうすれば犯人を見つけ出すことができるのだろうか。寝ている彼女にくっつきながら、1人で黙々と考え込んでいた。
◇
翌日。暴風雪が落ち着き、空からふわふわと小雪が降り注いでいる。
紗宙は、朝の訓練から戻ってくるとすぐさまメモを開いた。そして、毒事件について兵士達から聞いた情報をまとめていく。
兵士達は、同調圧力で革命団を軽蔑してくることが多々あったが、各々個人の考えも持っており、彼女の調査に協力してくれる兵士も沢山いた。
[メモ]
・見張りの兵士A
集団食中毒事件の前日の夜、食糧庫の付近で長身で髪の長い人影を目撃。
性別は定かではないが、月明かりに移るシルエットは手に大きな何かを持っていた。
・見張りの兵士B
イソンノアシ毒殺未遂事件の日、調理場付近で見張りをしていたが、カネスケを一度も目撃しなかった。
・スナイパー隊員
兵士Bの証言と同日。雪愛が珍しく訓練を休んでいた。
また、彼女が頻繁に電話をしているので、気になって盗み聞きをしたところ、
『計画は順調です。』
と言っていて、こんな時に何が順調なのか不思議だったという。
・AIM幹部の男
先生が去り、丸山が陥落した時、撤退の道中で黒い長髪のウィッグが落ちていた。
なんでこんな雪山にあるのだろうと疑問だったが、敵が迫っていたので気にせず逃げ出した。
メモを見返しながら、今度はイタクニップの陣まで足を運ぶ。先生が疑われることになったきっかけは、彼の目撃証言が原因だったからである。
◇
紗宙がイタクニップの陣へと足を運ぶと、筋トレに勤しむ彼の姿があった。冷凍庫のような環境下の雪山で、上裸になりながら腕立て伏せをしている。
「イタクニップさん。少しお話したいのですが?」
イタクニップは、紗宙に気付くと、身体を起こしてこちらを見る。
「おお、紗宙さんか。どうしました?」
事情をざっくりと説明するすると、彼が気まずそうな顔をした。
「なるほど。あの夜のことですか...。」
「貴方が嘘をついているとは思いません。でも、仲間が窮地に陥っていることもまた事実です。だから、その時の詳しい状況が知りたいの。」
紗宙は、意地でも聞き出そうと必死で、気難しい彼に頭を下げる。すると熱意が伝わったのだろうか。彼が重い口を開いた。
「そうですな。実を言えば、あの晩、翌日に迫った作戦の景気付けで酒を飲んでおりました。少しだけのつもりがつい飲みすぎてしまい、酷く酔っ払ってしまったのです。それから小便をしようと天幕を出て、倉庫の影へと向かおうとしたところ、大きな扇子を持った長身長髪の男を目撃したのです。」
「その方は、食糧庫へと入ったのですか?」
「ええ。彼はキョロキョロしていたもので、私は怪しいと考えて陰から様子を伺いました。すると、食糧庫の中へ入って行きました。」
「たしかに怪しいですね。その方は本当に男性だったのですか?」
「ええ。遠くからでわかりにくかったのですが、身長は高めでしたので。」
「明確ではないのね。」
「ま、まあそうですな。」
「では、手に持っていたという物は、本当に扇子だったのですか?」
「間違いないです。あの影の感じ、間違いなく扇子かと。」
紗宙は考えた。彼の証言には曖昧な箇所が多い。それに、黒いウィッグが落ちていたという事実。誰かのなりすましの可能性もある。
「影の感じということは、扇子を見たわけではないのですね。」
彼の口調は、どこかぎこちなさが目立つ。
「ん、まあそうですな。ただあの影は、先生が扇子を持って立っている時のシルエットのまんまでした。」
「そうですか。しかし、先生はこんな寒い場所で、扇子で顔を仰ぐようなことをするのでしょうか?」
「いや、仰いではいなかった。手に持っていただけだ。」
「ということは、扇子を開いていた訳ではないのですか?」
「まあそうなるな。」
閉じた扇子に似たような物など沢山ある。例えばスマホなんかも、持ち方と光の当たり方次第では、扇子のような影になっても変ではない。
「わかりました。筋トレの最中、急にお邪魔して申し訳ありませんでした。」
「いや、特に気にしてない。」
紗宙は、軽く会釈をするとイタクニップの天幕を出る。それから食糧庫付近へと足を運んだ。
第一事件の起きた丸山、第二の事件が起きたウペペサンケ山とはまた違う場所だ。事件の証拠があるはずもないが、第三の事件が起こる可能性を探ることはできるだろう。だが、犯人と鉢合わせるかもしれない。そんな不安を抱えつつも、食糧庫付近を観察した。
その時、彼女はあることを思い出した。サクが明日、晩餐会を開こうと言っていたことだ。なんでこんな時にという感じだが、理由がなんとなくわかっていた。彼はきっと、晩餐会という名目で食事が振る舞われる機会を作り、犯人に毒を盛るチャンスを与え、その現場を抑え込もうとしているに違いない。
しかし、彼のことである。犯人が見つからなければ、感情任せに革命団の誰かへ難癖をつけ、犯人にしたてあげようとするかもしれない。そう思った紗宙は、腹を括って覚悟を決めた。
◇
帯広に謹慎中の先生は、日々もたらされるAIM軍の敗北を横目に、新しい国作りの案を考えていた。
腐敗した民主主義。多数の常識しか尊重できない国民性が青の革命の引き金となり、決められない政府の頼りなさが国を弱体化させ、ヒドゥラ教のようなカルト宗教を台頭させた。
もう一度日本は帝政に戻り、アメリカの属国でもなく、中国やロシアや朝鮮共和国(南北統合後の半島)にへこへこするのでもなく、日本人としての独立性を取り戻すべきなのだ。
それが先生と蒼の思想の1つだ。
蒼を皇帝に置き、紗宙は皇后、先生自身が宰相。雪路が法務大臣、間宮は経済担当大臣、カネスケは総務大臣、龍二は軍の総司令官。
そんな人事のことなど、考えた考案を吟味して書式にまとめ上げていた。
◇
とある日の夕方。謹慎しながら執務に没頭していた先生の元へ、2名の男性が訪ねてきた。見張りの兵士が部屋に入ってくる。
「先生。訪ね人がやってまいりました。」
「こんな時にどなたかな?」
「それが、東京から遥々来たそうで。」
それを聞いた彼は、スッと立ち上がる。
「すぐにここへ通しなさい。」
見張りの兵士は、すぐさま玄関へ戻っていく。
先生は、窓の外からさす夕日を見つめながら思った。
『石井幹事長。いったいどんな人物なのだろうか。』
しばらくすると部屋の襖が開き、見張りの兵士に連れられら2人の男が入ってきた。先生がそちらを振り返る。するとそこには、国会議員のバッチをつけたスーツを着た50代くらいの男と、若々しく見えるが30代後半くらいであろう男の2人が立っていた。
年配の方の男が先に部屋へ足を踏み入れる。
「あなたが諸葛真殿ですか。お初にお目にかかります、平和の党幹事長の石井重也と申します。そして隣にいるのが、私の用心棒をしている奥平睦夫でございます。何卒、宜しくお願い致します。」
「よく遥々東京からお越しくださいました。私は諸葛真、青の革命団にてリーダーである北生蒼の側近をしております。何卒宜しくお願いします。」
先生は、石井と奥平に座布団へ座るように促した。石井が手をさすりながら座り込む。
「それにしても、北海道の寒気は身に染みます。」
「ははははは。慣れるまでには一苦労するでしょう。」
石井は周囲を見渡す。本棚と軽微な電子機器しかない殺風景な部屋は、想像していた場所とは大違いであった。
「しかし、部隊を率いて戦場で戦っていると党首から聞いておりましたが、ここはまるで戦場とはかけ離れた部屋でございますね。」
先生は、微笑をしてからしれっと答える。
「まあ謹慎処分中ですのでね。」
「謹慎処分???」
「さよう。AIM軍は、渦中の最中でございます。私は厄介者払いを受け、この帯広へと追いやられてしまったのです。」
「なんと...。それでは、新しい国を作るという計画も頓挫してしまうのでは...。」
しかし先生が不敵な笑みを浮かべる。
「いえ、私はただのオマケです。リーダーが健在であれば、新国家建国の夢が潰えることはないでしょう。」
「よほど北生という人物を信頼しているのですね。」
「ええ、私は彼を疑ったことは一度もございません。」
「それは凄い信頼関係だ。なぜそこまで彼を信頼するのですか?
噂によれば、元は一般企業の窓際族で、営業成績も軒並み悪く、気遣いができない男だったらしいではないですか。」
「過去はどうでも良いのです。彼は今、この国を変えようと心に熱い火を宿しております。私は彼の夢を応援したい。そしてこの国を薄暗い柵から解き放ち、また1からリスタートさせたい。ただそれだけです。」
「はあ。そこまで熱い気持ちを持った北生という男。一度お会いしてみたいものです。」
「いずれお引き合わせさせて頂きます。矢口宗介もそれを望んでいるのでしょうから。」
石井と奥平へお茶を振る舞う。石井は、彼が信頼する北生蒼という男がホンモノなのか、まだ疑いの目で見ていた。
「諸葛殿。私は矢口党首から、あなた方の野望を側で見届けよと仰せつかっております。これから共に行動させて頂きたいのですが。」
すると先生は、待っていたとばかりに答える。
「良いでしょう。革命団には、政治の経験者が1人もいません。色々とお教え願いたいです。」
「わかりました。存分に腕を振るわせて頂きます。」
「では、しばらくはこの帯広市内で滞在してもらいます。」
「諸葛殿は本当に軍に戻れるのですか?」
「ええ。近いうちには。」
こうして石井と奥平は、先生と共にしばらく帯広で滞在することになった。
矢口党首は、改革を捨て革命に期待を寄せた。平和の党は野党最大の国政政党。日本国は、内からも外からも完全に解体へと向かい始めている。先生は、夕暮れに照らされながら流れる雲を見つめ、新しい時代への追い風を改めて感じていた。
◇
この日の夜も吹雪が吹きれていた。いつ来るかもわからない春を待ちながら、兵士たちは寒さを凌ぎつつ眠りについている。
紗宙は、見張りの目を掻い潜って食料庫へ忍び込む。それから、明日の晩餐会で使われるであろう食材が見える位置にある棚の影へと身を潜めた。犯人は必ず来る。そう確信した彼女の決死の捜査である。
身を潜め始めてから既に5時間は経過している。夜が深まるにつれ気温は下がり、風の強さも増し、外はブリザードが吹き荒れていた。
ずっと同じ場所で張り込みを続けるので、手足の感覚が徐々に薄れ、眠気と気だるさが身体を蝕んでいく。山の中ということで酸素も薄く、その上身震いが止まらず息がしにくい。極め付けには、殺されるかもしれない恐怖から、脈拍が異常に上がる。軋む身体に鞭を打ちながら、犯人が来るのを今か今かと待ち続けた。そんな彼女の心の支えは、革命団を救いたいという熱い思いと、ポケットに入れたホッカイロの微かな温もりだけである。
いつ犯人と対峙しても良いように、白い息で手を温めつつ、定期的に腰に差した拳銃の位置を確認する。それから、吹雪の音がうるさくて他の物音を感知し難いので、仕切りに周囲を見渡した。
何の変化もない空間と異常な寒気。体力と気力は次第に限界を超え始め、目の前の風景がボヤけ始めていた。眠い、楽になりたい、そんな言葉が脳によぎり始める。
そんな時だ。彼女の肩を誰かが叩いた。あまりの唐突さで一気に現実へと引き戻される。
彼女は、肩に触れられた手を振り払い、腰から拳銃を引き抜いて背後を振り返る。そして、その方向に銃口を突きつけた。
倉庫は薄暗く、それに加えて意識が朦朧としている。目の前にいるのが誰なのかわかり難い。引き金に指を乗せながら、銃口の先を凝視し続ける。
「動いたら撃つ!!!!!」
そう言い放ったあたりで、目が慣れ始めて薄っすらと人影が見えた。どうやら2人いるようで、どちらとも両手を上げている。
「紗宙、私よ。結夏よ。」
冷静になり、もう一度2人を見た。すると、そこにいたのは結夏と灯恵だった。紗宙は拍子抜けをして、その場に尻餅をついて座り込んだ。
「もー、驚かせないでよ。」
「だって声かけたけど聞こえてないんだもん。」
「全然聞こえなかった。」
すると、灯恵が深いため息をついた。
「棚に寄りかかってたから心配したよ。」
心配されていた紗宙は、彼女の頭に降りかかっていた雪を払った。
「心配かけてごめんね。」
灯恵は、少しばかり不満そうな表情を浮かべる。
「私は大丈夫だけど...。それよりも、何で言ってくれないんだよ。」
紗宙が視線を逸らす。
「あまりにも危険なことだから、巻き込みたくなかったの。」
灯恵は、仕方ないとばかりに再び溜息をつく。
「ほんと、似た者カップルだよね。蒼も紗宙も、もっと周りに甘えていいのに。」
紗宙と結夏は、そう豪語する15歳を微笑ましく眺めていた。
「灯恵じゃないけど、あまり抱え込まなくて良いからね。それと、私の彼氏も疑いの目をかけられているんだから、どんな危険なことであろうと誘うべきなんじゃない?」
紗宙が申し訳なさそうに彼女を見た。
「ごめん...。」
結夏は、気落ちする紗宙に優しく言葉をかけた。
「わかれば良いって。私も革命団がピンチなのに何も行動しなかったことを反省してるから。」
外から入り込む隙間風が、3人を突き刺すように吹き抜ける。あまりの寒さに結夏と紗宙は身を縮める。すると、灯恵が紗宙へ身体を寄せた。
「てかさ、3人で温め合えば寒さなんてへっちゃらじゃね?」
その場しのぎにすらならないだろう。そんなことわかっていたが、2人も試しに身体を寄せてみる。すると、思いのほかに暖かかった。
「有りかも!」
「だろ?」
「2人が来なかったら死んでたわ。」
3人は、お互いを温め合いながら、いつ来るかもわからない犯人を待ち続けた。
◇
「やっぱり犯人来ないんじゃない?」
そう結夏が愚痴る。3人で身体を寄せあったといえど、過酷な自然には叶うはずもない。極寒の空間は、徐々に彼女らの心を絞めつけていく。
「絶対に来る。」
そう言い続ける紗宙は、めげずに監視を続けていた。灯恵は、2人に挟まれながら寝そうになっては起こされるを繰り返した。
「あー、寝みいよ。」
紗宙は、退屈そうな2人に話を振る。
「ここのところ、2人だけの時間とか取れてる?」
結夏は、ここ数週間のことを思い出して考え込む。灯恵と生活を始めたあの日から、2人で一緒にいることが当たり前の毎日だった為、そこについて深く考えたことがなかった。
「ちょこちょこじゃないかな。」
すると、灯恵が眠そうに目を擦りながら顔を上げる。
「何でそんなこと聞くんだよ?」
「え。気になったから。」
「ふーん。まあ、ぶっちゃけ2人で話す機会は減ったと思う。」
結夏が目を逸らして黙っている。
「そっか。あまり2人でいるところ見かけないから、喧嘩でもしたのかなって。」
灯恵は、紗宙の仮説に乾いた笑みを浮かべ、すぐに寂しそうな表情へ戻る。そして、床に視線を落とした。
「喧嘩はしてないよ。仲悪かったら一緒にここまで来ねえから。」
そうは言うものの、なぜかこちらを見てくれない。訳がありそうなので、紗宙がそれを聞こうとすると、彼女は自ら思いを吐き出した。
「ただ、結夏がカネスケと幸せそうにしているのを見て、私みたいな義理の娘がいたら邪魔かなって思うことがある。」
その意外な本音に対して、結夏はショック受けたのか、気まずそうを浮かべる。
「だから...ここのところ素っ気なかったの?」
「そんな露骨だった?」
結夏がコクリと頷いた。灯恵は縮こまりながら、ボソボソと小言のように話す。
「私、もう大人だから。それに、嫌いとかそう言うのじゃないから気にしないで。」
彼女は、強がりながらもどこか寂しそうだった。すると結夏が彼女をぎゅっと抱き寄せる。
「寂しかった?」
彼女は、相変わらず結夏から目を背けている。
「う、うん。少しだけ。」
「カネちゃんのことも好きだけど、灯恵を忘れたことなんて一度もないからね。」
「わかってるよ、そんなこと。」
結夏と灯恵は、しばらく2人で語り合っていた。紗宙は、そんな姉妹のような義理の母娘の絆を隣で微笑ましく見つめていた。
◇
物音がした。晩餐会に使われる食料の方からだ。さっきまでの暖かいムードが一変して、死ぬか生きるかの戦慄した空気に舞い戻る。
意を決した紗宙は、物陰から顔を出して状況を確認する。だが、見た感じ変わったことはなさそうだ。しかし、何かがうごめくような音が止むことはない。
彼女は、腰から拳銃を抜いて周囲を見渡した。すると、食料に覆いかぶさった袋が揺れているのに目がいった。果たして毒事件の犯人がいるのだろうか。脈拍が再び高まり、緊張で心臓が破裂しそうだ。
食料の袋を揺れ動かす何者かは、未だに姿を見せてくれない。灯恵と結夏も仕切りに顔を出すが、暗くてよくわからないようだ。緊張が走り出してから数分があっという間に過ぎていく。いつの間にか袋を荒らすような音も聞こえなくなった。
犯人はもう立ち去ったのか。しばらく静寂が続く。3人が、犯人と鉢合わせなかったことに安堵を覚えかけたその時だった。袋を押しのけるような音が聞こえた。
紗宙は反射的に拳銃を構え直す。結夏も投げナイフを構え、3人は再び棚の影から食料を見つめた。袋の影から何かが出てきたのがわかった。3人は焦りながらそれを見る。しかし、目が慣れてきてその何かがハッキリとわかった時、3人は本日数度目の拍子抜けをしてしまった。
「ニャ〜、ニャ〜。」
あれは人ではなく猫である。そしてこんな雪山にいる猫なんて、あの一匹しか考えられない。紗宙が連れてきた野良猫のレオンだ。
「レオン...。私の天幕にいないと思ったらこんなところに...。」
レオンが食料の前をウロウロしながら、鳴き声を上げている。
「何だレオンかよ。焦らせやがって。」
「ほんとに驚かせないでよー。」
2人は文句を言いながらも、ウロウロしているレオンを見てほっこりしていた。紗宙は、レオンを連れ戻すために彼の元へ向かおうとした。
しかし、結夏はそれを止めた。紗宙が振り返ると、彼女の顔から血の気が引いていくことがわかった。
「ねえ、何か足音が聞こえない?」
◇
その一言に、紗宙と灯恵も同じく血の気が引いた。気を取り直して、再びレオンのいる食料の方へと目をやる。レオンはしばらくウロついていたが、何かに気が付いて動きを止める。そして、斜め上に視線を向けた。
レオンの視線の先へ、3人も目を移す。するとそこには、フードを深く被った何者かが、レオンを見下すように佇んでいた。レオンはその何者かの足元へと寄ろうとするが、そいつは嫌そうにしている。
その仕草にどこか見覚えがあった。そして、これまでの調査から導き出した想像したくもない現実が、更に浮き彫りになっていくことへ激しい悲しみを覚えた。紗宙は、そのフードを被った何者から一切目を離さない。
フードの人物は、そのまま食料に向き合い、ポッケから取り出した薬品のような物を散布していく。影から見ている3人は、恐怖心と戦いながら、いつ出ていくのかを考えていた。
レオンは、犯人に身体をこすりつけながら、鳴き声を上げている。そのフードを被った犯人は、レオンがあまりにもしつこいので蹴り飛ばそうとした。
するとレオンは、危機を感じたのか少し距離をとり、毛を逆立てて威嚇するかのごとく鳴き声をあげる。
「ニャー!!!」
下手に物音がたてば気づかれるかもしれない。そう考えたのだろうか。フードの犯人は、ナイフを取り出してレオンを突き殺そうとする。
灯恵は、それを見過ごすまいと犯人に立ち向かおうとした。しかし目の前には、すでに犯人の正面に立ち、拳銃を向けて仁王立ちしている紗宙の姿があった。
灯恵と結夏は、彼女に続く形で犯人の前までやってきた。紗宙の手は、寒さと感情で震え上がっていて、定まらない銃口が目立っている。3人に気づいたのか、犯人がゆっくりとこちらを振り向いた。いつの間にか外の吹雪が止み、月明かりが食料庫内を照らし出す。レオンは、紗宙を見つけるとすぐにこちらへと駆け出してきた。
レオンも含めた3人と1匹は、毒薬を巻いてAIMを混乱に陥れた人物の方を凝視する。そして、その顔を見た結夏と灯恵は、言葉を失って立ち尽くしていた。紗宙は、すでに勘付いていたので、感情を必死に押さえ込みながらも冷静に現実を見つめている。
一方の犯人は、冷たい目で紗宙を見つめると、ゆっくりとフードを取る。すると、隠れていた銀色の美しい髪の毛が、月明かりに照らされて煌びやかに姿を現した。
紗宙は、冷静をギリギリ保ちながら言葉を発する。
「何で、あなたなの...。」
冷酷な目をした犯人は、仄かな笑みを浮かべながら、いつの間にか紗宙へ銃口を向けている。
対峙する2人の間に、冷たい隙間風が吹き荒んだ。
(第五十五幕.完)