第三十二幕!国連からの返答
文字数 9,956文字
スパイ曰く。敵の後詰部隊は、海岸線からそう遠くない位置に配置されていて、そこで補給線の確保をしているらしい。
船で約20分。浜に着くと、俺は演習の時と同じように指示を出した。AIMの兵士達は、まだなれないようではあるが、俺の指示を正確に受け入れ、隊列を整えてくれた。俺も抜かりがないように、サクに確認した上で考えながら指令を出した。
初陣で夜間の行軍は、ハードル高いだろと内心思ってたが、サクの的確な案内のおかげで、敵の後詰の側面を叩ける位置までの進軍に成功する。
敵は、野球場の跡地に陣を築いている。俺たちは、草むらや建物の背後に隠れながら、タイミングを見計らう。配下の数人に近くまで忍ばせて、陣中の様子を探らせる。すると、どうやら奴らは、呑気に晩飯を食っているとのことである。俺はこの気を逃すまいと、兵士を一斉に前進させた。
そして時はやってくる。
「行くぞ!!今こそ、カムイに選ばれしAIMの力を天に示すんだ!!」
すると兵士たちは、一斉に敵陣に銃弾を発砲した。陣中に悲鳴が響きわたり、空間が一気に荒々しい戦場へと変わる。
官軍の後詰部隊も見習い兵が多い。とはいえ、軍事訓練に精通した戦闘のエキスパートたちである。すかさず、こちらの動きを確認しながら反撃を開始してきた。一進一退の攻防戦になって、時間を稼がれては奇襲が成功しない。だから俺は、自らが先頭に立って敵陣へ突っ込んだ。
そんな姿を目の当たりにしたAIMのアイヌ達は、自分らよりも経験のない男に負けてられるか、といった感じで一気に戦列を押し上げた。サクと龍二も大将が撃ち殺されてはそれで終わってしまうので、俺を守るために軍の先頭で奮闘していた。そうしているうちに、奇襲部隊はどんどん進軍。ついには陣内へ侵入に成功。
俺は、気づかぬうちに身体のいたるところに切り傷やかすり傷を作りながらも、必死になって敵の部隊長を探した。若気の至りというものなのだろうか。いつの間にか、敵の懐の奥深くまで入り込んでいた。気づいた時には、目の前にマシンガンを構えた敵の部隊長らしき人物が立っている。
彼は、俺を見つけると銃を構えた。
「ば、蛮族が!こ、これ以上近づいてみろ。この兵器がお前を蜂の巣に変えるぞ。」
彼は手が震えている。 彼が引き金を引けば、俺の身体はズタズタになるだろう。だが彼は、引き金を引くことを恐れていた。どうやら、見習い兵が多いという情報は本当であった。
俺たちが生きてきた時代は、戦国時代でもなければ戦時中でもない。いくら訓練を積んだ猛者とはいえ、本当に人を撃ったことのある人間は少ない。きっと彼は、将来を有望視されたエリート将兵として隊長に任じられたが、彼自身の戦闘経験は気薄なのだろう。
俺は一瞬の隙も見逃さなかった。背負っていたショットガンを即座に構えると、彼の顔面めがけて引き金を引いた。彼もその瞬間に、反射的に引き金を引いた。俺の放った銃弾は、彼の頭を吹き飛ばした。彼の放った銃弾は、俺の身体に命中した。
だけども俺は、防弾チョッキのおかげで一命をとりとめる。血しぶきと肉片が飛び散り、若い敵将はこの静内の大地に散った。俺は負傷してその場に倒れたが、生き延びることができた。
俺に追いついたAIMの兵隊が、こちらへ駆けつけた。サクは敵将が散ったことを確認すると、大声で味方に伝える。AIMの兵士たちはその一報に歓喜した。
敵は、隊長を討ち取られたことで混乱に陥る。それから形勢は、一気に奇襲作戦の成功へと進んでいった。
龍二が傷口を押さえてうずくまる俺に寄ってくる。
「リーダー大丈夫か??」
俺は叫んだ。
「こんな傷ごときで死ぬほど、俺はやわじゃねえぞ!」
龍二は、苦笑いしながら心配してくれる。
「あんまり無茶はするなよ。」
俺は、傷のことなど忘れようと、更に強がる。
「龍二、サク、奇襲は成功だろう。でも、任務は終わってない。総崩れしてきた先発隊の残兵と北から来る新手に備えるんだ。」
サクがため息をついた。
「お前はよくやった。AIMの奇襲部隊の指揮は最高潮に上がっている。そこで少し休んでおけ。」
そういうと彼は、俺の代わりに兵士たちへ指示を出した。俺は、龍二に肩を担がれ立ち上がる。
そして、また叫ぶ。
「敵将討ち取ったぞ!!」
すると、近くにいた兵士たちが、再び歓声をあげた。
こうして、見事敵の背後を脅かすことに成功。AIM軍は、優勢に戦いを進めた。そして、敵の援軍が来る隙を与えず、戦を終息へと導いた。
札幌官軍は戦車5台、死者5万の損失を出す大敗北。AIM軍は死者3千を出したが、大勝利を得る結果となった。
小舟に乗って静内城に帰還する時、サクは俺に言う。
「思ったよりも肝が据わってやがる。」
俺は、謙遜しておいた方が良いと考える。
「奇襲部隊が一枚岩になってくれたから勝てたのだ。感謝してる。」
サクは苦笑いをした。
「たまたまだ。」
こうして俺の初陣は、負傷したものの大成功で幕を閉じた。俺は、船の甲板に横たわり天に向かって手を伸ばした。
その手はもう震えてはいない。
そして思うのだ、身体が新しき時代に適用してきたのだと。日本最後の戦乱の時代に。
◇
俺たち奇襲部隊が城へ戻ると、他のAIM将兵や避難していたアイヌの住民たちから大きな喝采を浴びることになった。この奇襲作戦で、敵をおおいに混乱させることに成功。おかげで、予想以上の大勝利を生み出したのだ。この件をきっかけに、AIM内での青の革命団、および俺への評判と信用が高まったのは事実だ。今後の戦いにおいては、戦力の1つとして数えられることとなるのだという。
俺は、様々な人間に話しかけられた。でも、それらを押しのけて、真っ先に会いたい人の元へ足を運んだ。そして、彼女も考えていることは同じだったようだ。お互い長廊下で鉢合わせる。
紗宙は、安堵したような顔で声をかけてきた。
「本当に勝ったんだね!」
「心配したかな?」
彼女は微笑を浮かべる。
「ちょっと。」
「え、ちょっと?
それはそれで寂しい。」
「信じるって決めたから。心配よりも応援してた。」
俺は、彼女に前よりも少し信頼してもらえたことがどんなことよりも嬉しかった。そして、自然と笑みが目に浮かぶ。彼女の顔を改めて見つめると、彼女は真剣な眼差しをしていた。きっと冗談ではなく、本当にそう思っているのだろう。
それに気づいた時、いつかのように彼女とハグをする。
「今の言葉忘れないから。」
彼女が俺の胸に顔を埋める。
「うん、忘れないでよ。」
少しくっついていたあと、2人は部屋へと入る。彼女は、俺の傷を丁寧に手際良く治療をしてくれた。
「はい終わり。しばらくは安静にしてて。」
「おう、ありがとう。」
こうして彼女は、部屋を出て行った。
彼女がいない時にいつも思うこと。それは彼女の存在が、野望と同じくらい生きがいになっているということだ。甘い妄想に浸りながらも、長椅子に横たわりながら、次の戦略について模索した。国連からの返事は、果たしていつ帰ってくるのだろうか。AIMの動きは、それによって大きく変わってくるのだ。
◇
翌日、俺は長椅子の上で目を覚ました。あまりの疲れに記憶を失うかの如く、いつの間にか朝を迎えていた。知らぬ間に掛け布団が掛けられていて、そのおかげで風邪を引かずに済んだ。
北海道の朝は極寒である。共用の浴場へ行くことですら億劫に感じる。でも、浴びれる時に浴びておかないと、いつ風呂に入れない旅に突入するかわからない。俺は、傷の痛みと寒さに耐えながら、シャワーを浴びに行く。
◇
浴場から戻ってくると、談話室がやけに活気にあふれている。どうやら、カネスケたちがこの城へ到着したそうだ。
俺が談話室に入ると、カネスケ、結夏、灯恵、そして紗宙が談笑に浸っていた。
カネスケがこちらに気づいて声をかけてくる。
「聞いたぜ!昨晩は大活躍したらしいじゃないか!」
「大したことはない。あれが普通なんだ。」
強がる俺を見て、結夏が微笑みながら言う。
「蒼の活躍の話を聞いたら、この人が急に熱くなって大変だったんだから。」
それを聞いて、俺も笑みが浮かんでしまう。
「ははは、そうか。じゃあちょうど良いから、カネスケに関係する話でもするか。」
カネスケが何の話だとばかりに食いついてきた。そんな彼を見ながら、勿体ぶりつつも内容を明かす。
「先生からも言われるとは思うが、イソンノアシにお前のことも推薦しておいた。先生についで頭の切れる男が革命団にいると。」
それを聞くと、彼が目をキラキラさせていた。
「マジかよ!!で、なんだって??」
「とりあえず話したいと言ってたぞ。」
カネスケは、嬉しそうにガッツポーズをすると、灯恵がすかさずカネスケを煽る。
「良かったじゃん!2日酔いの分を取り返さないとな!」
カネスケは上機嫌だ。ニコニコしながら、灯恵の頭をガシガシ撫でる。
「言われなくてもって感じよ!」
カネスケが浮かれているのを横目に、紗宙が結夏と灯恵に尋ねる。
「結夏と灯恵はどうするの?」
灯恵は、ちょっと残念そうに答える。
「戦には行かせないって先生が言ってた。まあ、裏方ってやつ。」
結夏は若干嬉しそうだ。
「詳しくはわからないけど、紗宙と同じような部署に行くと思う。」
それを聞いて、紗宙の表情も明るくなる。
「じゃあ、今度は一緒に働けるね!!」
3人は、嬉しそうに手を取り合ってはしゃいでいる。そんな姿を見て、なんだがほっこりとしていた時、部屋に険しい顔をした典一が入ってきた。
「リーダー、先生が呼んでますぜ!」
「要件はなんだ?」
「なんか、国連がどうのこうのって言ってました。」
俺は、紗宙に一言ことわりを入れると、すぐに部屋を飛び出した。昨晩の経験を機に、この戦争への使命感がいつの間にか増していた。俺が部屋を出てから、追いかけるようにカネスケがやってくる。
「早速俺もお呼ばれしたそうだ。」
「良かったな。ついにお前の戦略ゲームで鍛えた知恵が、戦において活かされると思うと楽しみだ。」
「任せろって。直江鐘ノ助ここに有り、ってとこ見せたるよ。」
俺は真剣だったのだが少し笑ってしまう。カネスケもまた、自信ありげな笑みを浮かべる。それから2人は、参謀室へと駆け込んだ。
◇
参謀室へ到着した頃には、部屋は緊迫した状況に包まれていた。サクもその他の幹部らも、深刻な表情を浮かべている。先生は相変わらず、冷静に資料へ目を通していた。
俺は、イソンノアシの元へ駆け寄ると事情を聞いた。だが彼の声は暗い。
「国連からの返事が届いた。」
俺は嫌な予感がしたが、案の定的中のようだ。
彼が悔しそうに答える。
「駄目じゃった。どうやら日本政府の方が一枚上手だったようじゃ。」
「どういうことだ。国連は奴らに協力するとでも?」
「協力とまでは行かぬ。だが、日本政府は国連と条約を結び、国内紛争に関する全てのことへ干渉させない約束させておった。」
彼が再び机に敷いてある北海道の地図に目を向けた。
俺は、そんな彼に尋ねる。
「目の前の危機に対処する為に、国連の力が必要。そう考えているだけで、危機さえ乗り越えればなんとかなるのでは?」
「そうじゃが、その危機を乗り越える策が思い当たらん。」
そんな話をしていると、AIMの幹部たちの声が上がる。
「我々には、名軍師諸葛真と約10万の兵力がございます。昨日の戦いでもご覧になったとは思いますが、札幌官軍は勝てない相手ではございません。いっそのこと札幌まで攻めのぼり、奴らの心臓部を破壊してやりましょう。」
AIMの参謀内では、この意見を支持する者が多かった。名前を出された先生はといえば、ただ目を閉じて何か考え事をしていた。
俺はイソンノアシに提案をしてみる。
「1つ考えがあるのだが。」
昨日の今日である。その場にいた人間達が、1人のルーキーの意見に耳を傾けた。
「札幌ではなく、道東の拠点である帯広を攻略しないか?」
この提案に対して、幹部らは何を言ってるんだという顔を浮かべた。そしてサクが切り込んでくる。
「総力戦で勝てぬ戦なのだ。そんな遠回りしていては勝機はなくなるぞ。短期決戦あるのみだろ。」
俺は反論する。
「仮に札幌を占領したとしても、敵が降伏するとは限らない。それだけではない、札幌官軍のみならず、日本政府の怒りに拍車をかけることになる。すると、本土の自衛隊本部と道内に散らばる多数の官軍兵力に包囲される形になるだろう。そうなった時、札幌攻略で疲弊して物資も乏しく、海外からの支援も皆無の我らに勝ち目はあるのだろうか。」
サクは断言する。
「それ以外に方法がない。だからやるという選択肢しかないだろう。」
他の幹部がその意見に同意していた。
でも俺は、更に反論した。
「その選択は短期的には上手くいっても、長期的に失敗する愚かな選択だ。」
サクは鋭く詰めを入れる。
「じゃあ道東をとることは、長期的に良い策だという説明をしてみろ。」
俺は不安を押し殺し、思い切って語る。
「道東地域は、山脈に囲まれた天然の要塞。守ることに非常に適した場所だ。それに、元々AIMの本拠地であったことから、我々を理解して支持してくれる民衆も多い。そして、今や品種改良が進んだことで、極寒の地でも様々な物資を生産することが可能。それを支えてくれる広大な大地が存在する。力を蓄えるにはもってこいだ。十分な力をつけた上で、決戦に持ち込んだ方が勝機はある。」
イソンノアシが話に入る。
「なるほど、それはもっともな理由じゃ。短期決戦にこだわるよりも、その方が確実な勝利を得られよう。」
サクは、更に意見を出す。
「聞こえは良いが、道東にも官軍の精鋭部隊が多く存在する。そっちを刺激して挟み撃ちにでもされれば、それこそ我らの未来はない。」
俺は答えた。
「そうならないための短期決戦だ。」
サクが若干苛ついている。
「どうするというんだ?」
俺はきっぱり言う。
「この静内の前線を捨てて、全軍を広尾の前線へ集結させる。そして、一気に帯広を陥落させて拠点を移す。そこを中心として道東を制圧して、新たな勢力圏を作り上げるのだ。」
イソンノアシは驚いている。
「なんと。今あるものを全てその作戦に捧げるというのか。」
サクは呆れている。
「とんでもないことを言い出すな。その選択こそハイリスクで破滅を招くんじゃないか?」
俺は引かない。
「同じハイリスクでも、未来のあるハイリスクだ。この案どうであろうか?」
幹部たちは頭を悩ませている。すると、先生が口を開いた。
「私もリーダーと同じことを模索しておりました。今の国内情勢を考えると、官軍の大元である日本国は、衰退の一途をたどっております。これから彼らの総力が増すことは考え難い。故に時間を稼いで力を着実に蓄えていけば、官軍以上の勢力を作り上げることもできる。そうすれば、圧倒的な勝機を見出すことができるでしょう。」
カネスケも続けざまに発言。
「確かに国内には、様々な独立勢力が乱立している。3年後には、札幌官軍も地方勢力の1つに成り下がると考えられます。そうなった時こそ、札幌を攻略する時ではないのでしょうか?」
サクが黙っている。
イソンノアシは、考えた末に答えた。
「わかった。その案も候補に加えるとする。」
幹部たちの中で動揺が走る。イソンノアシは続けた。
「では聞こう。静内にいる兵士4万を広尾へ移すとして、官軍もその動きを見逃すはずがない。本軍に我らを追撃させ、帯広の防備も固めてくるであろう。その時は、サクの言うとおり挟み撃ちにされかねない。これへの対策は何かあるか?」
俺が言葉に詰まると、先生が答える。
「ええありますとも。ですが、今は話せませぬな。」
そこで、彼は何故か最後まで語らずに会議の終わりを促した。批判の声が上がったが、ひとまずは会議が終わることになった。
◇
その日の夜。俺は、先生に呼ばれて参謀室へ足を運んだ。そこにはイソンノアシ、カネスケ、それからサクの姿があった。
まず先生は、謝罪から入る。
「昼間の会議では、大変無礼なことをしてしまい、申し訳ございませんでした。」
俺は、昼の会議のことについて尋ねる。
「なぜあの場で説明しなかったのだ?」
「人が多すぎました。敵を欺く奇策の全貌をあまり多くに他言すると、情報漏洩のリスクを伴います故に。」
サクは呟くように言う。
「裏切りを疑ったということか。」
「さよう。それに仮に内通者がいたところで、あれだけ意見が割れていれば、敵に隙を見せて油断をさせることもできましょう。だから混乱しているタイミングでお開きにさせたのです。」
俺は納得した。
「なるほどな。ではここからが本題というわけだ。」
「では始めましょう。
サクはまだ納得していないとは思いますが、私はリーダーの言う道東の制圧を推し進めていくつもりです。そして、イソンノアシが心配している件の打開策を今から語ります。」
4人が先生の方へ耳を傾ける。
「まず敵方に、AIMが札幌へ向けて玉砕進軍をする、と言うデマをばら撒きます。それからその裏付けとして、物資と兵士の9割をここ静内に集結させます。そして、準備が整いつつあることを偽装しながら、1週間ここへ布陣し続けてください。ですが、あくまでこれは偽装。真意はその裏にあります。
まず、静内に兵を連れてきながらも、徐々に兵士に山を越えさせます。そして、美生湖近辺に潜伏させて、そこで戦に備えさせます。私の見る限り、6日後に大雪が降ります。雪山の行軍というのは至難の技。故に敵は、我らが静内に大軍を配備して決戦に備えていると思い込むはずです。まさか山を越えて、帯広へ攻め込むなんて思わないでしょう。すると彼らは道東の軍備を手薄にして、札幌ないしはその近辺の防衛と静内城攻略へ軍の再編をすると思われます。
その時こそ、我らの勝機でございます。
美生湖近辺に潜伏させておいた伏兵という名の本軍総勢8万で、一気に帯広を陥落させます。その頃にはきっと、大雪で札幌近辺から兵をとって返えさせることすら難しい。すると、手薄となった道東を、やすやすと手に入れることができるのです。」
サクは、云々と頷きつつも意地悪く詰める。
「さすがは真だ。けどな、もし雪が降らなかったらどうする?」
先生は、予期せぬことを自信満々で言い放つ。
「必ず降ります。それに、雪が降らなかったところで難易度が上がるだけ。私が責任を持って勝たせてみせましょう。」
イソンノアシは不安そうだ。
「真の天気予測は、昔から外れたところを見たことがない。だがこれは、AIMが滅びるかもしれない決断。そう簡単にできるものではないが...。」
サクは先生に詰め寄った。
「もし予想が外れて戦に負けた時、どう責任とる?」
先生は、強めの口調で言い放つ。
「八つ裂きにして、ヒグマの餌にでもすればいい。」
イソンノアシとサクは、その言葉から先生の覚悟を感じ取った。先生は、決めた事を必ず実行する男、勝つと言ったら勝つし、負けて死の制裁を受けると決めたらそれを素直に受け入れるだろう。だからこそ彼の決断は、重みがあるのだ。
そして、イソンノアシは決断を下す。
「死ぬ覚悟もできた上での提案か...。よろしい。ワシは真にかけることにした。」
サクも諦めたような声で答える。
「まあいい。AIMの運命はお前の策にかかっている。それを忘れるなよ。」
俺は先生に聞いた。
「本当にいいのか?」
先生は、不安の色を一切出さない。
「私には勝機が見えております。あとは、各々の働き次第です。」
そういうと彼は、手元のカバンから作成してきた図面と資料を取り出して、詳しい内容を事細かに説明してくれた。
その資料によると、俺はまたとんでもない大役を引き受けることになっていた。そしてカネスケにも、同等の大役が任されるようである。
◇
札幌の街は、クリスマスまで1ヶ月以上あるというのにも関わらず、煌びやかなイルミネーションとネオンに包まれて活気に溢れていた。そんな美しい北の都とは裏腹に、北海道庁でもAIMと同様に緊迫した空気が流れていた。
現北海道知事であり札幌官軍総司令官の京本竹男。彼は、南十条雅人の敗走の報告を受けてから苛立ちを隠せずにいる。そんな彼は、執務室に札幌官軍3将の1人である豊泉美咲を呼び出す。
京本は彼女に言う。
「例の敗走の件で、総理から厳しいご指摘を受けた。自衛隊同等の軍事力を所持しておきながら、テロリストに敗れるとは何事かと。」
「総理も一度敗れた程度で厳しいんですね。でも、知事もAIMを侮りすぎたのではないですか?あのような新米に大軍を指揮させるなんて。」
「くそ。アイヌの国を作ろうなんて馬鹿馬鹿しい。官軍の顔に泥を塗り、北海道の治安を最悪なものとした奴らの息の根を早く止めなくてはならぬ。」
「なら私に軍を預けてくださいな。1人残らず殺してくるさ、二度と抵抗できないようにね。」
「うーむ、お前には他にやってもらいたい仕事があるのだが。」
その時、部屋のドアが開くと、そこには髭面の武骨な男が立っていた。
その男は京本に待ったをかける。
「知事、待ってくだせい。美咲の手を借りずともこの俺、松前大坊が、あの小賢しい小民族をジェノサイドして見せましょう。」
京本は、彼を見ると笑みを浮かべる。
「ふむ松前か。確かに以前の道東攻略作戦で大将を務めていて、AIMのことはお前が一番熟知していたな。」
松前は意気揚々と答える。
「さよう、奴らをしばき上げるのは、代々この松前家の仕事。AIMに引導を渡す仕事は俺に任せてもらいたい。」
京本は笑った。
「ふはははは、良い自信だ。よかろう、今回もお前にAIM征伐軍の指揮を委ねよう。札幌官軍3将の1人として、恥のない戦いをするのだ。以前のように、アイヌの女子を拉致して、すすきので売りさばくなんて外道な真似は絶対するのでないぞ。」
松前は大笑いした。
「がはははは、もうそんな真似はしませんぞ。奴らは1人残らず、大雪山の火口に沈む運命ですからな。」
「よし、早速準備に取り掛かるのだ。だが言っておく、油断はするのでないぞ。」
「もちろん入念に準備は致しますぞ。圧倒的な力で恐怖を味あわせるために。」
そういうと松前は、意気揚々と部屋を出て行った。彼のいなくなった部屋は、また静けさに包まれた。
美咲はため息をついた。
「はあ、なんであんな奴が、官軍3将の1人なんでしょう...。」
「あいつは性格こそ最悪だ。しかし戦争において、特にこの北海道における戦いにおいて、あいつの右に出るものは、お前と土方くらいであろう。だから3将に抜擢したのだ。」
美咲は不快な顔をした。
「不名誉です。もう!」
「そんな怒るな。すっかり忘れていたがお前に任せたい仕事は、ある集団の動きを追って欲しいのだ。」
美咲の目つきが変わる。
「その集団とは?」
「青の革命団と名乗るテロリストだ。」
「青の革命団?それはもう何年も前に解散してますよね?」
「それが、その後継団体を名乗って、各地でいざこざを起こしている奴らがいるのだ。そいつらが北海道に潜伏しているとの情報が入ったものだから、政府からその捜索の依頼が舞い込んだ。」
「そんなよくわからない仕事こそ、南十条とかが抜擢なんじゃないですか?」
「総理直々のご命令だ。やってくれるよな美咲?」
京本の顔は真剣だった。美咲は、この仕事の重要性を感じとる。
「わかりました。やるからには徹底的にやります。」
「任務の着地点は2つ。奴らの目的を掴むこと。そして革命団全員の始末だ。」
美咲は余裕そうな顔をした。
「すぐに成果を上げて見せます。」
その言葉を聞き届けると、京本は彼女に退出を促した。
◇
部屋に1人残った京本は、鍵の掛かった引き出しを開ける。そして、一枚の写真が入った小さな写真立てを取り出して、目の前においた。
それに向かって礼をすると、手を合わせた。
「法王様、どうか私の聖戦を見守ってください。必ずや、あなたの期待に応える働きを致します。」
写真の男は包容力のある優しい笑みを浮かべて、ただただ京本を見つめていた。
京本は念を込めるかのように一言唱える。
「ヒドゥラ教に栄光あれ。」
そういうと彼は写真をしまい、続きの執務に取り掛かった。北海道の全てを司るこの部屋は、どこか異様な空気を漂わせていた。
(第三十二幕.完)