第三十七幕!白い陰謀
文字数 8,974文字
それにしても、このまま夜を明かすとなると大変なことになる。置かれた極寒の世界は、寝た時点で人生終了するだろう。死なないためにも、なんとしてでも起きていなくてはならない。
「いつ死ぬかもわからないこの旅は楽しいか?」
「もちろんです。そりゃあ何度も死にかけてますけど、なんか生きてることを一番実感できていると思ってます。」
「沼田へ帰りたいとか思わないのか?」
「たまに故郷のことが心配になることはあります。けど、リーダーの元で戦っていれば、いずれ戻れると信じてますのでそんな気にしてはないです。」
俺は、寒さで膠着する口角を押し上げるように笑った。
「ははは、そう言ってくれると俺はもっと頑張らないとだな。」
「リーダーは、東京へ帰りたいと思うことはないのですか?」
「ないな。次に東京へ戻るのは時は、征服者か死霊としてだろう。」
「そう言うとは思ってました。」
「俺に戻りたい故郷なんてない。だから、戻りたいと思える場所を作ってゆくんだ。」
「いつか聞いたかもしれませんが、リーダーは国を作って何をしたいのですか?」
「典一には話してなかったな。」
俺は言葉を選んだ。下手な事を話して、部下に思いが伝わらないのは息苦しい。ちょっとした沈黙の間、典一は息を飲んで次の言葉を待つ。
「この日本を統一して、この国の全てを知りたい。それを理解した上で、権力も忖度も条件もない、本当に自由で平等な国家を一から作りたいんだ。」
「全てを知るですか...。」
「そうだ。国家が極秘にしていること、見えない権力、チリのように積もった人々の闇、その他全てだ。全部解き明かして、新しい決まりや法律、必要な政治のあり方を作り、未来にその意思を残していく。それが俺の使命だと思っている。」
寒いのに関わらず、何故だか喉が乾く。俺は、必ず生きて帰れると心に言い聞かせて、貯蓄しておいた水を飲み干す。そして話を続ける。
「マイノリティーも尊重され、絶対と言う価値観もなくなり、敗者も消されず、弱者とか強者とか負け組とか勝ち組とか、陰キャラとか陽キャラとか、有能とか無能とか、そんな物な生物的考えを捨て去って、誰もがしがらみに囚われず自由奔放に生きていける社会が理想だ。」
「それは、生き物を超越した理性の社会ですか。」
「もちろん、すぐにそんなものを作れるなんて思ってないさ。だけど俺たち哺乳類は海から陸へ、小型から大型へ、四つん這いから二足歩行へ、できないことを克服して進化し続けてきたんだ。だから今できなくても、きっといつかできるように進化できると信じている。俺はその礎を作りたいのさ。」
「途方もない挑戦ですな。では私は、その作りたい礎ができるまでお供させて頂きます。」
彼がそう言ってくれて、非常に嬉しかった。
「ははは、頼もしいな。」
「では、なんとしてもここから生きて帰らないとですな。」
外を見た。さっきよりも吹雪が落ち着いてきている。この場所を離れるチャンスは、きっとこれが最後なのだろう。疲れ切っている身体を叩き起こし、無理をしてでも歩き出すしかない。
「そろそろだな。行くぞ。」
「おう。生きて帰って、サクを驚かせたりましょう!」
こうして岩陰を出た俺たちは、木々をつたいながら幾寅へ向けて歩き出した。
◇
どれだけ歩いたのだろうか。寒さで足も手も動かなくなりそうだ。永遠と続くような深い森と、足をなかなか離してくれない雪道。チョコレートと水で補ったエネルギーなんて、すぐに吸い尽くされていった。
「空知川がまだみえませんな。あれさえ確認できれば町はすぐそこなのですが...。」
「川も雪で覆われてるんじゃないか?」
「それでは我らに帰ってくれと言ってるのか、帰ってくるなって言ってるのかわかりませんな。」
そんなバカな話をしていると、典一が妙に後ろの方を睨み付けていた。俺は、その理由がわからずに彼に尋ねる。
すると、彼は小声で答える。
「誰かが、我らを付けているようですぞ。」
俺の表情が曇る。
「官軍の手先か??」
「いやわかりません。しかし距離はそこそこ離れています。もしかしたら、そうとう腕利きのスナイパーかもしれません。」
さっきまでの和やかさとはうってかわり、まわりの空気がいっきに戦慄とかした。
「待ち伏せして始末するか。」
「いや、それは辞めといた方が良いかと思います。」
「何故だ?」
「吹雪で視界も悪く、さらには夜間。慣れない雪山でやり合ったらリスクしかありません。ここは、木や岩の影をなぞるように歩いて、敵の目をかく乱しながら逃げるのが1番です。」
「そうするしかないか...。どちらにせよ、敵の場所がわかればやりやすいのだがな。」
「細かい場所はわかりませんが、大まかな場所でしたら音でわかります。」
「典一の耳を信じるとしよう。」
周囲は薄暗く、目に入ってくるのは付近の障害物と迫る雪だけ。当たり前だが、人の声や喧騒が一切聞こえない。この環境は、慣れない身からしてみれば恐怖そのものだ。そのうえ、背後から命を狙われているのだから、生きている心地が一切しない。
また数十メートル進んだ辺りで、典一に確認する。
「奴の動きに変化はあったか?」
「変わりがないというよりは、一定の距離感で追ってきているという方が良さそうです。おそらくすでに撃つ準備が整っていて、我々が隙を見せるのを伺っているのでしょう。」
それを聞いた俺は、足の震えが止まらなくなってきた。一歩でも間違えたら、あの世へ連れていかれるかもしれない。歩行という行為に、人生で初めて全神経を集中させていた。
「スナイパーの件も不安だが、俺たちは方角をみうしなったりしてないよな?」
「わかりません。しかし、所々印を残しながら来たので、同じところを行ったり来たりしているということはないです。」
「先には進んでいるということか。近くに民家でもあれば、ワイファイを借りることができるかもしれないのにな...。」
そんな希望にすがるような妄想をした時、足を深い雪に取られてそのまま転倒した。雪から抜こうともがいたが、なかなか上手くいかない。すると典一は、穴を掘るように雪をかき分ける。俺の足は、そのおかげでなんとか抜け出すことに成功した。
しかし、それも束の間だった。典一が一言添えてから、俺を押し倒す。俺は、急斜面を転げるように下へ落ちた。体勢が整わない中で上を見上げると、典一が血を撒き散らしながら落ちてくる。2人は斜面をどんどん転げ落ちた。
体勢を整えようと止まったとしたら、間違いなくスナイパーに撃ち殺されるだろう。
俺は、典一の様子を伺いつつも、頑張って落ちるところまで転がり、スナイパーから距離を離す。スナイパーは、俺たちが転がっていく方へ、執拗に銃を撃ちかけてきた。その銃弾は俺の頭を擦り、典一の身体を2回ほど貫いた。
落ちるところまで落ちると、這ってでも距離を稼ごうと、2人して痛みを堪えながら闇を掻き分ける。俺たちは、視界最悪な夜の山道を先へ先へと突き進んだ。あまりの気温の低さに、指がかじかんで感覚を失い、顔がしもやけで赤く腫れ上がった。それに加えて俺は額が、典は肩と脇腹の傷が激しく痛み、歩くのが精一杯だった。
俺は、近くに休めそうな廃墟の小屋を見つけると、そこへ隠れることを提案。典一は、布切れと雪で傷を押さえ込んで止血をする。そして、足跡を消しながら小屋へ入った。
◇
小屋の中はかつて猟で使われていたのか、錆びた猟銃やロープなど、猟に必要な道具の残骸が散乱している。
典一は、床の抜けないような硬いところを見つけると、そこへ大の字に横たわった。相当傷が痛むのか、非常に険しい表情をしていた。俺は、かすり傷程度だったが、斜面を転げ落ちた時に全身を打撲することになった。
典一は重い口を開ける。
「また雪が激しくなってます。奴の足音もまだ聞こえてこない...。ここがバレなければ良いのですが、流石に時間の問題です。私を置いて逃げてください。」
「それはできない。そんなことするくらいなら、死ぬこと覚悟で戦うさ。」
「それはなりません。奴は、雪中戦のエキスパートと見受けられます。今後のためにも、リーダーだけ逃げていただくのが最上の方法だと思いますが。」
「仲間が戦死する策のどこが最上だ。俺は絶対にお前を死なせはしない。」
「そう言ってくれてなんと嬉しいことか。でも、だからこそここで死なせてください。」
彼は、意地でも俺を生かそうとしてくれる。でも、そんな大切な部下の命をこんなところで捨てさせるわけには行かない。俺たち革命団は、全員生きて樺太へ渡らねばならぬのだ。
「私は、リーダーにいつも助けられてばかりですので...。」
「いやそれはお互い様だ。俺も典一のおかげで何度も命拾いをしている。この恩は一生忘れることはないだろう。それに俺だけじゃなくて、革命団メンバー全員がそう感じているはずだ。だから簡単に命を捨てようとするな。」
典一が真剣な目つきでこちらを見つめてくる。俺は、鋭く睨みながらも、彼を死なせてはならないという思いを目力に込めた。
しばらくすると、彼は観念したのか、急に涙ぐみ始めてしまった。そしてことあるごとに、感謝の言葉を述べてくるのであった。
◇
雪原で遭難してから、何時間が経ったかわからない。スナイパーの脅威に恐れをなしながら、しばらく小屋に潜んでいると、雪は徐々に落ち着き、室内に陽の光が差し込み始めた。
「典一、日差しが差し込んでいるぞ。」
典一が重い体を起こしてその光を浴びる。
「おお、素晴らしい朝日。見てくだせい、視界も良好ですぞ。」
窓の外を見渡してみる。すると昨日とはうって変わり、遠くの木の陰まではっきり見えていた。だが、それと同時に見たくないものも見えてしまった。
かなり離れた位置の木陰に蠢く黒い人影。両手で猟銃のような銃器を持ったそいつは、こちらをじっくりと伺っていた。黒いフードとマスク、スノーゴーグルを着用していて正体が全く掴めないが、おそらくは官軍が派遣したスナイパーなのだろう。
俺は素早く身を隠す。
「ヤツがいた。反対の出口からすぐ抜け出すぞ。」
「わかりました。おっとその前に、さっきこいつを見つけたので履いていかねえっすか?」
典一が真新しい猟用の長靴を両手に抱えている。どうやら、倉庫を漁っていたら見つけたのだという。俺たちはそれを履くと、すぐさま小屋を抜けて反対方向へ走る。後ろを時々振り返ると、スナイパーの姿は見当たらない。とはいえ、距離を稼ぐために精一杯走った。
傷の痛みのおかげで快適とは言えないが、視界良好で風も降雪もなく、なんとも移動がしやすい日である。どこもかしこも白に覆われた世界を進み続けていると、典一の表情が明るくなる。
「リーダー!川のせせらぎが聞こえますぞ!」
「何、それは本当か??」
「間違いありません。あと100メートルくらいです。」
俺は期待に胸を膨らませる。ようやく白銀地獄からの出口が見えはじめたのだから。
「ついに近づいてきたのだな。」
「ええ、川へさえ出てしまえばこっちのものです。」
俺たちは、嬉しさのあまりに痛みを忘れ、持てる力を振り絞り走る。針葉樹林の木々を抜けると、そこには小さな小川が下流へ向かって流れていた。
「これが空知川なのか?」
「なんか違うような気がしますな。」
すると反対側に、昔使われていた道路と標識が立っていることを発見した。俺たちは、凍てつくように冷たい冬の川を決死の勢いで泳ぎきり、対岸の道路へたどり着く。その時には、もう標識のことなどどうでも良いというくらい、凍え死にそうな状況にあった。
顔を上げて看板を確認すると、どうやらこの川は空知川ではなく、熊の沢川という小川であった。
「クソが。だがこの川を沿って歩いていけば、どこか辿り着けるかもしれないな。」
「そうですな。遭難した時は川沿いを歩けとよく言いますし。」
俺たちは、とりあえずその川を南の方角へ歩くことに決めた。あいにく川沿いには道路があったので、今までの山間部よりかはすこぶる歩きやすい。だけども、そんな余裕も束の間である。どこから飛んできたのかわからない鉛の弾が、俺の首の前を間一髪の距離感で飛び去った。
2人は、一瞬のうちに臨戦態勢へ引き戻される。周囲を見渡して敵を探しても見当たらない。探している間に次々と飛んでくる鉛の弾の一発は、俺の右腕を撃ち抜いた。俺は激しい痛みに、つい悲鳴を上げてしまった。
そして、ガードレールの影に隠れる。
「敵はどこにいる?
そして複数か?」
「恐らくは対岸のどこかでしょう。数は1人です。」
俺は思った。きっとこの影から出た瞬間殺される。そう考えるとつい尻込みをしてしまう。そんな時に、典一がポケットからあるものを取り出した。
「リーダー。こいつを投げつけてスナイパーの目をくらます作戦とかどうですか?」
彼の手には、いつか新潟の戦いで使用した閃光弾が握られていた。
「対岸まで投げられるか?」
彼は、自信有り気に答える。
「任せてください。片腕はまだ健全です。」
彼が閃光弾のスイッチを入れて、思い切り川の対岸へそいつを投げつける。激しい光が周囲を包み込み、まるで火の海に包まれたかのように光が半径100メートルを包み込んだ。
俺と典一は、その隙にまた山へ潜り込む。それから、道路が見える範囲で山道を歩き出した。
◇
川沿いの道路が見える範囲で山へ潜り、その道に沿うようにして進んでいく。スナイパーは対岸へ渡ってくるのだろうか。そんな不安に怯え、しきりに背後や眼下に見える道路を見ながら、雪に足を取られながらも歩いた。
しばらくすると、今度は大きい川が目の前へ現れた。到底泳いで渡り切れるような川ではない。近くに小舟でもあれば良いのだが、こんな自然しかない場所にそんなことを期待する方がバカである。
そう考えていた時、典一が何か閃いたようだ。
「リーダー、妙案がありますぞ。」
彼は怪我をしていない方の腕で、思い切り針葉樹林に正拳突きを決めた。すると、木は一瞬のうちに折れて、大きな音と雪煙を巻き起こしながら倒れた。
「まさか筏でも作る気か?」
「その通りです!!」
そのぶっ飛んだやり方に、俺は度肝を抜かれた。けども、筏なんて作ったこともなければ、必要な縄もない。彼は果たしてそこまで考えているのだろうか。もしかしたら、筏という名の丸太につかまりながら対岸まで泳ぐというのだろうか。
不安になり周囲を見渡す。その時、川の少し奥まったところに川幅が狭まった場所を見つけた。
「筏だと時間がかかる。あそこに丸太をかけて渡るというのはどうだろうか?」
「おお、それは良いですな。早速こいつを運びます。」
こうして俺と典一は、丸太を運んでそれを川にかけることで、渡河に成功したのであった。俺たちは休憩のため、スナイパーから見えにくい木陰に腰を下ろした。だがその瞬間、今まで溜まっていた痛みが一気に放出されたかのように、その場を動けなくなる。これは典一も同様だ。 念のために丸太を川に落としておいたので、スナイパーがここまで追ってくる可能性は極めて少ないだろう。けど、俺たちもその場から動けない状況に陥ってしまった。
また少しづつ風も出てきた。たとえ撃ち殺されなくても、この寒風によって凍死させられるかもしれない。そんな死の恐怖と格闘しながら、痛みが落ち着くのを待っていた。雪もちらつき始めたが、痛みは一向に良くならない。もうダメなのかもしれない。そう考えていた時、こちらへ向かってくる救命ソリの激しい排気音が聞こえてきた。
俺は、動かない身体を精一杯動かして外へ顔を出す。すると、その救命ソリはこちらへ一直線で向かってくる。そしてそれに乗っている3人の顔を見た途端、俺の目からは自然と涙が溢れ出していた。
「俺たち、助かったんだ...。」
「リーダーを信じてついてきて良かったです。」
俺は、さっきまでの死と瀬戸際の環境から解き放たれた勢いでその場へ崩れ落ちた。
救命ソリが停車する音が響く。乗ってきた3人は、すぐに降りるとこちらへ駆け寄ってきてくれた。俺の目の前には、涙を流しながらこちらを見つめてくる1人の女がいる。
もちろんそれは、紗宙である。
「心配かけたね。ごめん。」
「今は何も言わないでよ。 」
そういうと彼女は俺に抱きついた。俺は彼女の暖かさに癒されながら、ゆっくりと涙を拭った。それから抱き合っている俺の元へ、灯恵も寄ってきた。
「私は蒼が死ぬなんて、一ミリたりとも思ってなかったぞ!」
「そうか、ありがとな。きっと灯恵がそう信じていてくれたから、俺はまだ生きているのかもしれない。」
灯恵は、目に涙を浮かべながら笑顔で言う。
「感謝しろよ。」
そんな彼女の笑顔に俺は癒された。
灯恵と紗宙が典一の治療へ移ると、最後に先生が声をかけてくれる。
「ご無事で何よりです。」
「すまないな、先生。」
「私たちが来たからには、もう安心して肩の力を抜いてください。」
俺は気の抜けた笑顔を浮かべる。
「言われる前から抜けてしまった...。」
先生も同じく、いつもの調子に戻りゆく俺を見て安心したのだろう。表情を和らげて笑っていた。
「ははは、それはようございました。」
「南富良野の戦いは終わったのだな。」
「ええ。それとサクが心配していたから、彼には一言挨拶しておくべきです。」
「そうだな。あいつにも心配かけたから、ちゃんと謝罪しておくよ。」
サクに対して、典一は納得していないようだ。
「仕方ないことだが、サクに頭を下げるのはなんか前向きになれないんだよな。」
灯恵も同じ思いである。
「ほんとそれ。あんな小心者に頭を下げるなんて嫌だな。」
そんな2人を俺は諌める。
「まあ迷惑をかけたことは事実だ。それについては謝罪しておく。」
灯恵は白い息を吐く。
「ま、蒼がそう言うのならそうするか!」
こうして俺たちは、救命ソリに乗り込んで幾寅への道を駆け抜ける。その途中、遠くにもう一台スノーモービルが走っているのが見えた。
雪愛である。彼女は疲れているのか、モービルを時折ふらつかせながら走っている。俺は彼女と合流してから聞いてみた。すると彼女は、手で目を抑えている。
「久しぶりに雪の中を捜索したから、光の反射で目をやられたんですよ。」
白銀の世界では、ゴーグルをしていないとそうなることはあるだろう。しかし、彼女はゴーグルをしている。それに異常な霜焼けしていて、まるでずっと大雪の中をさまよっていたかのようである。
灯恵から話を聞いたところ、昨日から俺たちのことを探してくれていたようではあるが、裏があるように思えていた。そして極め付けは、肩に何かを背負っていたような跡があること。サクは信用できると言っていたが、俺の中で彼女は疑惑の塊と化していた。
◇
AIM軍本陣では、サクが俺たちの帰りを今か今かと待っていた。そしてこの日の午後。ようやく俺たちが到着して、サクの元へ顔を見せた。
すると彼は、いつもに増して物凄い剣幕で怒鳴り散らしてくる。
「蒼!なんという勝手なことをしてくれた!一軍の将でもあるお前が、そんな真似をするなど、軍に悪影響しかないだろう!」
俺は、何も言い返すことができず、平謝りを繰り返すばかりだ。
「立場をわきまえずに、功に焦ったことは申し訳なかった。」
「もう少し考えてもらいたいものだ。次の戦いは、お前は一般兵として出陣してもらうぞ。」
その言葉を聞いた時、俺は拳を握りしめた。確かに軽率ではあったが、頑張った結果の降格は流石に悔しかった。
すると先生が間に入った。
「サク、それはいけません。リーダーはAIMのために敵をただ一騎で追討してくださった。これに対してその扱いはどうかと思います。」
サクは鼻で笑う。
「規律を反したことに変わりはないだろう。」
灯恵は、すかさずサクに言う。
「追うなって命令を出したところ私は見てないけど。お前こそ勝手に暗黙のルール作んなよ。」
サクの表情が、一気に険しくなる。
「黙れ!この軍では俺がルールなんだ!俺が決めて何が悪い!」
熱を帯びる2人の喧嘩に、また先生が仲裁に入る。
「サク。今回は私の顔を立ててリーダーを許してやってくれませんか?」
サクは、先生を睨みつける。サクにとってみれば先生はただの古くからの知り合い。一言放って簡単に解雇することもできる。しかし先生は、首長であり親父でもあるイソンノアシの盟友である。立場的には客人であっても、このAIMという組織への影響力の大きい彼を無下に扱うことはできない。
「気が進まないが、まあ今回だけは許してやるか。」
「かたじけない。その寛大な措置に感謝致す。」
俺は、申し訳なさそうにサクを見た。
「これからは気をつける。」
サクは俺の顔なんて見ないでそっぽを向いた。
「勝手な行動はするんじゃないぞ。」
俺はサクに感謝の言葉を伝えた。しかし、彼はそんなものに聞く耳を持たず、側近とともに寝室へ戻っていく。
参謀室に残されて気落ちしている俺に、革命団の4人がそれぞれ優しい言葉をかけてくれた。それに加えて、ともに戦ったアイヒカンやユワレ、イカシリも俺のことを、少し無鉄砲だが先頭に立つべき隊長だと褒めてくれた。
サクに正論で詰められた時、上に立つ人間としての自信を失いかけた。だけども、こうやってちゃんと見てくれている仲間もたくさんいるとわかったから、俺はまた前を向いて歩き出すことができた。
◇
今晩は、俺と典一が居る療養施設に革命団5人で集まってささやかな戦勝祝いをした。雪愛は外で長電話をしているらしく、あとから参加するようだ。俺は、彼女が時たま誰かとお堅い言葉で長電話していることを少なからず気にはしていた。しかし、とりあえずそれは置いておき宴を楽しむことにした。
雪愛、そしてサク。癖のある人間達に囲まれながらも、俺は革命団という最高の仲間とともに、次の戦場である道東へ向けて心の準備を整えていくのであった。
(第三十七幕.完)