第五十一幕!凱旋、そして始まり
文字数 12,588文字
道庁には、青森、仙台から駆けつけた約10万の官軍将校が駐屯している。数日後には旭川へ出兵して、戦争をしなければならない。呑気に年末を楽しめない彼らは、常にピリピリした雰囲気を醸し出していた。だが、北海道知事の京本竹男の執務室は、そんなものとは比べ物にならないくらい緊張感で溢れかえっていた。
道東での敗戦の報に苛立ちを隠せない京本。その異様な雰囲気に、その場にいる将軍たちは息を潜めていた。
そんな彼の前に土方が進みでる。
「知事。今回の敗戦は、松前大坊の私欲にまみれたやり方による失態。決して官軍が弱いから負けたわけではございません。」
京本は、指で机をコツコツ叩いている。普段は自身に溢れている彼が、ここまで焦りをあらわにしているのは珍しい。
「帯広に網走、紋別までが攻略されたとなると、いつまでも冷静ではいられん。」
「安心してください。私も、そして美咲も健在です。必ずやAIMを討伐いたします。」
「お前たちは頼みの綱だ。なんとしてもAIMを押さえ込んで欲しい。」
「お任せください。」
京本は、少し間をおいて冷静を保つ。それからメールをチェックしつつ話を続けた。
「次の作戦だが。美咲とうまいこと連携を組んでやってもらう。」
「その策はいかなるものでしょうか?」
「諸葛真を消す策だ。奴がいなければAIMなど敵ではない。」
土方は、顎に手を置いて頷く。
「なるほど。美咲を使って内側からAIMを崩壊させる作戦ですか。」
「そうだ。だが、AIMも猿の群れではない。考える隙を与えれば、すぐに我らの策に気づくことだろう。そこでお前には、奇抜な策で奴らを翻弄して欲しい。」
「承知。AIMを愕然させるような策で、美咲の策を使う間も無く帯広を落としてみせましょう。」
「その息だ。頼んだぞ、札幌三将軍筆頭よ。」
話を終えると、土方は他の将軍を引き連れて外へ出た。施設の外では、雪がしんしんと振り続けている。AIMを滅ぼさねば、日本の秩序が完全に崩れ去るだろう。土方はそう考えていた。それ故に負けられない戦が始まるのだ。
この雪が桜に変わる時、花を見ながら酒を飲んでいられるのは一体どちらになるのか。新しい時代の訪れをうっすらと感じながらも、秩序を守るための戦争に身を投じていくのだった。
◇
美幌町。あの日から2週間の時が流れた。
俺たち革命団は、道東の果てにあるこの街で療養生活を送っていたが、本日ようやく帯広へ帰ることになった。
支度を整えて部屋を出る。見慣れたトイレや階段の横を通り、病院の入り口のベンチに差し掛かった。すると、灯恵がベンチに座ってコーラを飲んでいる。
俺が声をかけると、彼女はコーラを置いた。
「また始まるんだな。」
「ああ。それよりも、身体は大丈夫か?」
彼女は脇腹をさする。
「まだ脇腹に違和感があるよ。」
それもそうだろう。 腹を牛刀で貫かれたのだ。傷が癒えてもあの感覚は忘れられるはずがない。
「思い出して辛いよな。」
彼女は、相変わらず尖っている。
「別に。こんなことでへこたれてたら何もできないだろ。」
無茶して言っているのかと思ったが、彼女の顔は清々していた。もしかしたら、本当に痛みなど忘れるくらい前向きでいられているのかもしれない。
俺は、配慮をしながらも、当時の状況が気になった。
「その時のこと、聞いても大丈夫か?」
「おう。私も話そうと思ってたとこだった。」
それから彼女は、当時の話を鮮明に語ってくれた。甚平のこと、銀髪の女のこと、その女が言っていたメンターと黒の系譜という単語のこと。
「俺も甚平と遭遇したが、奴の狙いは俺だったようだ。」
彼女は、興味深そうにこちらを見る。
「なんで蒼を狙うんだ?」
「わからん。だがどうやら、裏で糸を引いているのはリンと教団だ。」
彼女の顔が曇る。
「あいつらは、私たちの動向を常に監視しているということか。」
「教団は日本政府を牛耳っている。反社会勢力の俺たちを狙うことは必然なのかもしれない。」
「なんかめんどくせえな。」
彼女は、自分らに執着してくるクズどもにうんざりしているようだ。
病院の外を眺めると、長閑な田舎町が広がっている。しかし、甚平や教団のことが頭をよぎると、この風景ですら気味が悪く感じてしまう。
「だがもう少しの辛抱だ。 樺太に渡ってしまえば、あいつらも追っては来ないだろう。」
彼女は、溜まった鬱憤を吐き出すように、大きな深呼吸をした。
「いつになることやらって感じだけどな。」
そうは言いながらも横顔は凛としている。 きっと心の中では、早く樺太へ行こうぜと前向きなのだろう。
それから俺が話を元に戻す。
「そんで一番気になったのが銀髪の女だ。顔は覚えているのか?」
彼女が首を振った。
「甚平に刺されてから意識がまともじゃなかった。だからハッキリ覚えていないんだ。でも、シルエットは長身の細身、銀髪のミディアムショートだったような気がする。」
心当たりがないわけではない。だが、おそらく別人だろう。
「甚平と対等にやりあうとは、相当の腕利きなんだな。」
「そうかもな。でも、あの鬼畜に1人で挑んでいく女ってカッコ良いよね。」
彼女の目が若干生き生きしている。
「ああ。是非とも青の革命団に入団してもらいたいよ。」
「蒼は、メンターとか黒の系譜ってなんのことかわかるのか?」
「知らない。ただ、リンも甚平も俺を黒の系譜だと言った。何かの隠語なのだろうか...。」
「これはあくまでも推測なんだけど、黒の系譜とメンターは対になる存在なのかな。」
「どうしてそう思った?」
「うーん、なんていうかさ、勘だよ。」
「その勘。案外的を射ているかもしれないな。」
彼女が首を傾げている。
「謎の女が灯恵を助けたのは偶然だ。甚平を追っていたところ、たまたまその場面に出くわした。そう考えたら、黒の系譜とメンターが対立関係にある存在だと言えるだろ。」
「まあ確かにな。ただどちらにせよ、会って感謝の気持ち伝えたい。」
銀髪の女。そいつに会えば、黒の系譜と俺の関係、そしてリンのことが何かわかるかもしれない。また現れる可能性のある銀髪の女と甚平。今まで以上に周囲に目を光らせる必要がありそうだ。
◇
話が丁度良く切れた時、革命団のメンバーが続々と集結した。紗宙もカネスケも結夏もサクも典一も、この戦いで各々が深い傷を負った。本来ならば、肉体的にも精神的にもまだ療養が必要なのだろう。しかし、そんなことを感じさせないくらい、いつもの5人に戻っていた。
カネスケのテンションが妙に高い。
「おい聞いたか!帯広に戻ったら盛大な慰労会が開かれるらしいぞ! 」
「そうやって調子に乗って傷口が開いても知らないんだから。」
結夏は、カネスケの元気な声が久々に聞けて嬉しそうだ。
「大丈夫大丈夫!このくらいの方が、早く元気になるさ!」
すると灯恵が鋭くツッコミを入れる。
「二日酔いで足引きずんなよ!」
「うっせーよチビ。中学生はオレンジジューチュでも飲んでなしゃい。」
「うっざ!」
相変わらず騒がしい。でも、俺はこの3人のノリが好きだった。
すると、サクが灯恵の肩を叩いた。
「灯恵!俺は約束忘れてないぞ!」
彼女がとぼけた顔をしている。
「ん、なんのことだっけ?」
「え、ちょっと。マジか...。」
すると、灯恵はニヤっと笑う。
「手料理、楽しみ!!」
それを聞いたサクの顔は、安堵感で溢れかえっていた。
「くっそー驚かせやがって!絶対に美味いもん食わせてギャフンと言わせてやるよ!」
灯恵は、サクの反応をみて笑いを堪えている。
紗宙と典一は、俺の隣で4人のやり取りを微笑ましく眺めていた。
俺は、そんな紗宙に声をかけた。
「ここまで本当にありがとな。」
「言われなくてもって感じ。まだこれからなんでしょ?」
「ああ。こっからが勝負の時だ。」
「じゃあ、まずは慰労会を楽しんで活力つけないとね!」
なんだかんだで、彼女は慰労会が楽しみなようだ。そして隣の典一も負けてはいない。
「リーダー!早く美味いもん食いたいっすね!」
どうやら今の彼の頭は、慰労会のことしかないようだ。そんな仲間たちに言う。
「よし、そうと決まれば一刻も早く帯広へ帰ろう!」
6人は、今日一番の清々しい返事を発した。
帯広に帰ってから久々に美味い飯が食える。実を言うと、俺自身も内心舞い上がっていたのだった。
◇
青の革命団および美幌に残っていたAIMの部隊が帯広へ凱旋した。すると、AIMだけではなく、多くの民衆から大歓声で迎えられた。
俺が一番驚いたことは、一般市民たちが俺たち革命団メンバーの名前をそれぞれ覚えてくれたことだ。まるで英雄になった気分である。
それから、意気揚々とAIM司令部へと帰着。真っ先に出迎えてくれたのは、やはりこの3人だった。先生と龍二とイソンノアシである。
先生は、真っ先に声をかけてくれた。
「リーダー、帰りをお待ちしておりました。」
「心配かけたな。」
「だいぶ痩せましたか?」
「まともに飯が食えなかったからな。」
すると、龍二がらしくないウキウキした顔をしている。
「今夜は死ぬほど食べてやろうぜ!」
「言われなくとも食べてやるぞ。」
みんな戦いにだいぶ疲れているようだ。それを察した先生は言う。
「戦いの話は明日にしましょうか。」
「悪いな。けどこうしている間にも官軍は動いている。俺は戦いの話も聞くからな。」
「また少し成長しましたね。」
「先生にそう言われると認められたようで嬉しい。」
「最初から認めてますよ。リーダーなら成し遂げられると。」
それを聞いて、先生とここまでこれたことを本当に嬉しく思えた。
だが、俺たちがこんな話で盛り上がっている傍で、サクは俯いていた。それはイソンノアシも一緒だ。
俺は、先生に合図を出すと、そっとその場を退いた。
◇
蒼たちがいなくなってから、サクとイソンノアシだけがその場に残った。
サクは中々喋り出すことができない。自分の勝手な行いが軍に多大な迷惑をかけたから、本来であれば厳罰に処される存在である。それなのにも関わらず、のうのうと療養生活を送っていたわけだ。情けないとしか言いようがない。
顔向けすらできない彼に、イソンノアシが声をかけた。
「無事で良かった。」
サクは頭が上がらない。
「本当に申し訳ございませんでした。」
イソンノアシは静かに言い放つ。
「この、バカ息子が...。心配かけさせおって...。」
サクは、だんまりしているが、目は真っ赤に染まっていた。
「親父...。俺、どんな罰でも受ける覚悟できてる。」
次にどんな言葉をぶつかられようとも、全て受け入れる覚悟がある。それくらいの失態を犯したのだから。
だがしかし、父親が発した言葉は意外なものであった。
「お前に与える罰などない。」
彼は、自分が息子だからと甘やかしているのだろうか。だとすれば、それは良い迷惑だろう。
「しかし俺は、軍規に反した男。死刑になってもおかしくはない!」
イソンノアシが一呼吸置くと、サクの目をまっすぐ見る。その瞳は、強く、それに正義に満ち溢れている。
「確かにやった罪は重い。じゃがお前は、それ以上に大切なことをした。」
サクは、意味がわからずに考え込む。するとイソンノアシが答えを告げた。
「恋白と灯恵を救ったではないか。」
「どうしてそれを...。」
「灯恵から聞いたのだ。私がここへ戻ってくる道中に美幌へ寄った時、彼女は重い腰を起こして陣までやってきた。そしてことの経緯を話してから、お前への感謝の気持ちを伝えてきた。」
サクは、恥ずかしそうに下を向いた。それらの記憶は、最後のカッコつけ武勇伝として墓場に持っていこうと考えていたからだ。
「流石はワシの息子。アイヌの首領を継ぐ男じゃ。」
彼は褒めてくれる。嬉しいことではあるが、自分のせいで死んだ部下のことを思うと、いくら誰かを救ったとしても、罪が許されるはずがない。
「しかし、アヘノワシを筆頭に多くの部下を犠牲にしてしまった。この罪はどう罰すれば良いのですか。」
「アヘノワシの遺書が見つかった。あいつも、お前が罰せられることを望んではおらんかった。だからその罪も不問とする。」
「しかし、それでは筋が通りません。」
そんなサクにイソンノアシは言う。
「しいて与えるのであれば、死んだAIMの戦士達の思いを背負って、必ず官軍を降伏させること。これがお前への罰じゃ。」
それからイソンノアシは、何も言わずにサクを抱きしめた。サクは流れ出た涙が止まりそうにもなかった。
「ありがとう親父。必ずや北海道とアイヌを平和へ導くから。」
イソンノアシが嬉しそうに頷いた。サクは、彼の腕の中で、改めて嫉妬心や復讐心との訣別を誓ったのである。
◇
数時間後の帯広AIM司令部の広場。ここで凱旋の慰労パーティーが開かれた。参加人数は3000人程。主に幹部を中心に戦いで活躍した人たち、 それから自ら志願して参加した人々が集まっていた。
俺はその一角の卓に座り、紗宙と灯恵も同席した。たわいもない会話をしていると、サクが料理の乗ったトレンチを持ってこちらへ来て、テーブルにそれらを並べた。
「待たせたな。是非味わって食べてくれ。」
目の前には、見たこともない料理が広がっていた。灯恵が興味深そうに聞いた。
「なんて言う料理なんだ?」
サクは、ドヤ顔をして答える。
「その汁物はオハウ。その肉はユクって言って、エゾシカの肉だよ。」
「へー、めちゃくちゃ美味しそう。」
「こんなのもあるぞ。」
彼は、トレンチからまた違う料理を出してきた。
すると今度は、紗宙の目がキラキラしている。
「わー、北海道と言えばお刺身だよね。」
「こいつはルイベ。北海道の郷土料理だ。」
灯恵と紗宙は、早くそれを食べたそうだ。
「新鮮なうちに食べとくれ。」
サクがそう言うと、2人は満足そうに料理を食べていた。彼は、そんな光景を嬉しそうに見ていた。
そんなサクに俺は言う。
「色々あったけど、これからもよろしくな。」
サクはこちらを向くと、当たり前のように答える。
「おう。俺たちで力合わせて、絶対に戦争終わらせよう。」
俺は、缶ビールを手に取り、サクへ手渡した。
「大丈夫なら、一緒に酒飲もうぜ。」
「良いぞ。てかさせっかくだし、アイヌのお酒で乾杯すっか。」
するとサクは、部下に頼んでお酒を持ってこさせた。部下が急ぎ貯蔵庫から一升瓶に入った酒を持ってくる。
「これはなんと言う酒なんだ?」
「カムイトノト。アイヌの伝統酒だ。」
「聞いたことがないな。」
「超美味しいぞ。とりあえず乾杯しよ。」
そして2人で盃をかわそうとする。その時、隣から待ったの声が聞こえてきた。
その主は、もちろん紗宙である。
「私も混ぜてよ。3人で和解しなくちゃ意味がないでしょ。」
確かにそうかもしれない。あの確執には、少なからず彼女が関わっていた。
俺は、念のためにサクへ確認する。
「3人で乾杯しても良いか?」
するとサクは、気前よく受け入れてくれた。
「当たり前だろ。俺たち仲間なんだからさ。」
それを聞いて、紗宙は笑顔になった。こうして3人は改めて和解、お互いの身の上話や今後の話なんかで盛り上がった。
◇
俺達が酒を酌み交わしていると、灯恵の元に恋白がやって来た。
「おねえちゃんあそぼ!!」
「こはきゅー!良いよ!」
どうやら灯恵は、恋白のことを実の妹のように可愛がっているらしい。
そんな彼女らを見ていて俺は思う。結夏と灯恵、灯恵と恋白。血は繋がっていなくても、本当の家族になれるのだなと。
2人がほのぼのとした会話をしていると、向こうから1人の男がやって来る。
「恋白...、恋白なのか?????」
恋白は、その男の方を見ると喋るのを辞める。そして一呼吸置くと言った。
「パパ...、パパ...なの?」
その男がしゃがみこんで恋白と目線を合わせる。そして、彼女の肩に手を置いた。
「そうだよ...パパだよ。ずっとお家に帰れなくてごめんね...。」
灯恵や周りの人間は状況が掴めない。そして恋白は、急に泣き出してしまう。
「パパ、パパ..............。」
その男は、彼女を深く抱きしめた。
「寂しかったよな。ごめん、ごめんな...。」
恋白は、大泣きしている。近くに居た大人達は、一時は騒然としていた。ある程度落ち着きを取り戻すしてから、恋白がその男に尋ねる。
「パパ。ママはもうお星様になっちゃったの?」
その男は、言葉を振り絞るように答えた。
「うん...。そうかもしれないな。」
それを聞くと、彼女がまた泣きそうになる。男は、彼女の背中を優しくさする。
「でも、ママはずっと恋白のことを見守っていてくれるはずだよ。それにパパも頑張るから。」
すると恋白は、その男の顔を見つめる。そして強く頷いた。それから、灯恵がタイミングよく声をかけた。
「恋白のお父さん??」
「うん、私のパパ!かっこいいでしょ!」
その男が恋白に尋ねる。
「この人は??」
「ともえお姉ちゃん。よく遊んでくれるんだ。」
灯恵という名前を聞いた時、その男の目が輝いた。
「あなたが灯恵さんですか。噂は聞いてます。」
彼曰く、灯恵が子供を守りながら雪山を命がけで逃亡した話は、道東地域で伝説となっているようだ。恋白は、その男へ自慢げに語る。
「おねえちゃんね、私のことをずっとまもってくれたの!」
すると男は、また涙を流してそれをハンカチで拭う。
「あなたは、娘の命の恩人です。私は間宮麟太郎と申します。このご恩、一生忘れません。」
灯恵は、照れ臭そうな顔をしていた。
「そんな、当たり前のことをしただけですって。私は、恋白とお父さんが再会できたってだけで幸せです。」
「本当にいくら感謝しても足りないくらいです。」
「あと私だけじゃなくて、恋白を街から救い出したのは、そこにいるサクです。」
灯恵がサクを指差す。指をさされたサクは、既に酔いが回り始めていた。
「当たり前のことしただけですよ。」
「サク様。本当にありがとうございます。」
サクは、気が大きくなっているのか、だいぶ上機嫌のようだった。
「もしよければ、私も何か恩返しがしたいのですが。」
「とは言ってもなー。」
その時、俺がすかさず間宮に言う。
「恋白と一緒に居てあげることが恩返しだろ。」
間宮は、急に詰めてきた俺に対して、躊躇しながらも答えた。
「ええ、もちろん承知しております。しかし、あなた方が身を削って助け出してくれたこともまた事実。どんなことでも構わないから恩返しがしたいのです。」
すると恋白が言う。
「ねえパパ。私、ともえおねえちゃんともっといっしょにいたいよ。」
間宮は、恋白の頭を優しく撫でる。
「そうか、わかったよ。ちょっと待っててね。」
彼は、俺たちへ向き直る。
「娘もこう言っていますし、共に行動させてください。」
俺が彼を睨みつけた。しかし彼は、一切動じずに真剣な目つきでこちらを見ている。
この男は、本気でAIMに加入する気だ。そこまで感じ取った時、例の人材集めのミッションを思い返した。もしこの男が優秀ならば、これは良い機会なのかもしれない。話が合えば革命団に加入させよう。
「わかった。では、得意分野はなんだ??」
間宮は、唐突な質問に対して冷静に答える。
「元は銀行で勤務していたので、経済に関しては詳しいです。それから、管理職でもあったので、マネジメントなんかも経験はあります。」
「そうか。それならば、革命団に入らないか?」
このあまりにもストレートなスカウトに、隣で聞いていた紗宙が驚いていた。間宮が動揺していると、灯恵が俺のことを紹介する。
「この人は北生蒼。簡単に言えば、私の直属の上司だな。」
「そうだったんですね。蒼殿、私などでよければ是非お力添えさせてください。」
「わかった。間宮、それに恋白、よろしく頼むぞ。」
それを聞いた間宮と恋白は、顔を見合わせて嬉しそうにしていた。そして何より、灯恵が一番嬉しそうであった。
◇
灯恵は恋白に連れられて何処かへ行ってしまう。紗宙とサクも別の卓へと移動。俺は、間宮から経済の話を聞かせてもらっていた。
30分ほどたった頃だろうか、典一と知らない大男が一緒にこちらへやってきた。それを見て、間宮が手を振った。
「おお、長治さん!お久しぶりです!」
「麟太郎。獄中以来だな。」
どうやら間宮が2年間も恋白の元へ帰れなかったのは、網走監獄に囚われていたからのようだ。そして、この長治という男と間宮は、獄中で知り合った友人同士だそうだ。
典一が嫌そうに話す。
「こいつ、リーダーに合わせろってうるさいから手合わせしたんすけど、相当な腕利きですよ。」
俺は、長治を睨みつけた。
「お前は何者だ?」
「許原長治(ゆるしばら ちょうじ)。元力士です。獄中であなたの活躍やお話を聞いて興味を持ちました。」
「だからどうした。お前の目的はなんだ。」
いつの間にか拳銃を彼の頭に突きつけていた。どうやら甚平の時の恐怖が脳に刻まれていて、知らない人間に対しての警戒心が異常に強くなっていた。
間宮や周囲の人間が騒ぎ出そうとしている。しかし長治は動じない。
「噂通り。容赦を知らないお方ですな。」
「撃ち殺すぞ。」
間宮が止めようとすると、長治が冷静に話す。
「そういうお方でなければ、閉塞的かつ陰湿な日本国を変えられません。私もあなたの下で働かせてください。」
それからゆっくりと膝を折って土下座をした。
俺は、その潔い姿に感心して、長治へ言い渡す。
「典一が言うのだから、腕っ節だけは信用できそうだ。」
「ありがとうございます。命を捨ててでも革命団のために頑張ります。」
こうして、長治も革命団の一因となる。これでメンバーは、12人に増えたのだった。
銀行員と豪傑。革命団がまた賑やかになりそうである。
◇
慰労会はそうとう長くなりそうだ。一次会が終わっても、みんなその場に残って談笑を続けている。
灯恵は、恋白と間宮が先に宿舎へと帰ると、新しい飲み物を取りに行こうと会場を出た。するとたまたま雪愛と遭遇。
そこで彼女の髪を見てドキッとした。その髪は、銀髪である。それに背も高い。
顔を凝視する灯恵に対して、雪愛が困惑する。
「どうした?」
「あ、いやなんでもないけど。」
「気になるやん。」
「あのさ、ちょっといいかな?」
雪愛は、彼女の急な呼び出しにそそくさとついていく。そして2人は、廊下のベンチに腰をかけた。
「本当のこと聞きたいんだ。」
雪愛は、相変わらず茶化すように尋ねる。
「勿体ぶんなさ。」
灯恵は若干緊張していた。
「私が北見から逃亡した時、森で殺されそうになった話は知ってるよな?」
「うん、知ってる。」
「その時、銀髪の女性に助けてもらったんだけど、あれは雪愛なのか?」
すると雪愛は、また笑いながら答えた。
「なわけあるかいな。私はその時、網走にいたから別人だと思うさ。」
「そ、そっか。私の知り合いで銀髪は雪愛しかいないから、まさかと思ってさ。」
「ははははは、だったらカッコいいね。私もその人みたいになりたいな。」
彼女は、なんの後ろめたさもない顔をしている。それを見た灯恵は、なぜか安心した。銀髪のスナイパーに感謝の気持ちを伝えたい気持ちはあるが、メンターだとか黒の系譜だとか、少し危ない雰囲気も漂っていた。だから実際に身近にいたら、ちょっと怖いと思ったのもまた事実であった。
そんな安堵する彼女に雪愛が言う。
「その人もそうだけど、私も灯恵ちゃんみたいに強くならないとな。」
灯恵が素っ気なく返す。
「雪愛は充分強いだろ。」
「そんなことないよ。だって私、あんなにボロボロの状態で、子供背負って雪山走りきる自信ないもんね。」
「自分でも、よく走りきれたなって今でも思うよ。」
雪愛がベンチを立つ。
「おっと、早く行かないとお酒なくなっちゃうわ。」
「なんか呼び出して悪かったな。」
「全然。久しぶりに話せて良かったよ。また誘ってね。」
それから彼女は、そそくさと中庭へと戻っていった。
雪愛じゃなければ一体誰だというのか。灯恵の中で渦巻いていた疑問は、まだ解決することはなかった。
◇
雪愛が席に戻ると、紗宙がやってきた。彼女は酒に強いのか、あんまり酔っているようには見えない。
「隣、いいかな?」
雪愛は、紗宙と目が合うと顔が生き生きしていた。
「紗宙ー!話したかったさ!」
「私もー!!最近どうなの?」
「何が?」
「近況、そのまんまだよ。ここのところ会ってなかったから。」
「まあまあかな〜。戦争に参戦して、射撃の精度は上がったかも。」
「えーまた上がったんだ。凄いね。」
「紗宙こそどうなの?」
「病院のベットでずっと寝てたよ。」
「あ、病院居たんだったね。退屈だったでしょ?」
「まあね。でもおかげで、雪愛が送ってくれた本を読破できた。」
雪愛が目を見開いた。
「お、マジか。どうだった??」
「面白すぎて半日で読み終えちゃった。3度見くらいしたよ。」
雪愛は照れ臭そうにしている。
「嬉しすぎるんですけど。」
「今度は、私がプレゼントするから。」
「えーめっちゃ楽しみだなー。」
それから雪愛は、紗宙のグラスにワインを注いだ。
「ずっとこんな平和な時間が続くと良いのにね。」
紗宙が雪愛の横顔を見る。雪愛は、微笑ましい顔で会場を見渡しているようにも見える。しかし、さらにどこか先を見ているようにも感じた。
「私たちが戦争を終わらせる。そしていつまでも続く平和な国を作るから。」
それを聞いた雪愛が吹き出すように笑う。
「ふふ、流石はカップル!似てくるもんなんだね。」
「えーそうかな。」
「なんか微笑ましい。」
それを聞いた紗宙は、クールを装いながらも口元は嬉しそうだった。
「紗宙とこうやってずっと笑いあってたいよ。」
「笑いあっていられるよ。だって友達なんだから。」
すると雪愛はニヤッと笑った。
「そうだね。友達だもんね。」
そのあと、紗宙は結夏に呼ばれたのでそっちへ去っていく。1人になった雪愛は、夜空に輝く星を見て静かに呟いた。
「友達か...。」
そうこうしていると、雪愛も結夏に呼ばれた。どうやら結夏とカネスケらの卓は、非常に盛り上がっているようだ。
雪愛は、土方から届いたメールに返信をすると、銀髪をなびかせながら結夏のいる卓へと歩いていった。
◇
宴の日から二日後。ついにAIM軍は、旭川へ向けて進軍を始める。
作戦はイソンノアシが提案した物で、囮部隊を占冠村へ送り込んで札幌を脅かし、その隙をついて本体を富良野経由で旭川へ進軍させるというものだ。これには、参謀部の多くが賛成。特に官軍の事情に詳しい雪愛が強く推していたので、すぐにこの案は可決された。
しかし、これに唯一意義を唱えたのは先生であった。彼は、富良野ではなく大雪山を占領して、そこから一気に旭川を攻略することを立案していた。なぜなら、大雪山を物にしてしまえば、官軍から道東を脅かされる可能性がほぼ無くなり、更には北海道全域に睨みを利かせることができるからだ。
だが、イソンノアシの意思が変わることはなく、富良野から進撃することが確定。
俺は、進軍時の軍用車の中で先生に話した。
「先生の策を信じている。本当に富良野からの進撃案で大丈夫なのか?」
「大丈夫ではありません。」
彼はきっぱりと答える。それ故に俺は不安になった。
「説明してくれ。」
「敵は、既に大雪山へ入っています。」
あまりにも突拍子もない情報が入ってきたので、頭がついていかない。
「なんだと!そんな情報初めて聞いたぞ!」
「情報ではありません。私の推測です。」
「なぜそう推測した?」
「敵の大将である土方歳宗(ひじかた とししゅう)は、武闘家・軍人としても有名な方ですが、登山家としても名を馳せた男です。そして中でも、彼の地元である北海道の山および雪山を得意分野としている。そんな彼が大雪山に目をつけていないわけがないのです。それに、道東の戦争を終えてから時間が立っています。土方であれば、既に兵を大雪山に潜伏させている可能性は大いにございます。」
俺は手を顎においた。仮にそれが本当に起これば、帯広が火の海となってしまう。
「では何か対策を練らねばいけないな。」
先生は、とんでもない推測をしておきながら、余裕な表情を浮かべている。
「その心配はございません。既に手は打っております。」
「またいつの間に...。」
「大雪山を取ること。それすなわち、もぬけの殻になった帯広を乗っ取る策に違いありません。故に、鹿追町近辺に3隊の小隊を派遣。龍二、長治、典一にそれぞれ任せています。」
「イソンノアシは、許可を出したのか?」
「ええ。ですが、配下の部隊と自ら集めた人材のみでなんとかせよとのことでしたので、総勢1200人の少数部隊となりました。」
「そんな兵力では、もし土方が帯広を脅かした際に抵抗できないだろ。」
「ふふふ、むしろ攻めてきたら、我らの勝ちは確定します。」
「またおかしなことを言い出すな。」
そんなことを言いつつも、俺の顔には不敵の笑みが浮かんでいた。
今まで散々先生のビックマウスとでも取れるような発言を耳にしてきたが、彼は本当に口が大きいようで、言ったことは全て成し遂げてきた。今回もきっとやってくれるだろう。
「リーダーは、勝てないとお思いでしょうか?」
それに対して、先生の真似をしてきっぱり答える。
「いや、必ず勝てる。そんな気しかしない。」
先生と話していると、どんな難題も解決できる気しかしなくなっていく。不思議なものだ。
俺は、斜め後方にそびえ立つ大雪山を見つめながらも、富良野へ向けてゆっくりと軍を進めた。
◇
3月の大雪山自然公園は、まだ当分は雪に覆われ続けることだろう。然別川近辺に先陣を置いた札幌官軍は、広大な山全域に堅牢な陣形を築きあげ、天然の要塞を作り上げることに成功していた。そして、本陣に入った土方は、十勝平野を見下ろしながら美咲へと電話をかける。
「美咲、AIMの様子はどうだ?」
「予定通り、全軍富良野へ向けて動いてますよ。」
「まさか我らがここまできているとは誰も思うまい。」
「でも、例外はございます。」
「諸葛真か?」
「そうなんです。どうやら彼だけは、大雪山の重要性を感じているらしく、しきりにそれを進言しておりました。」
「奴の罠があるかもしれないと言ったところか?」
「ええ。今の所、動きはないようですが。」
「わかった。情報の提供に感謝致す。」
「またなんかあったら連絡しまーす!」
「頼んだぞ。この戦いが日本の将来を決めるだろう。」
「ふふ、AIMに勝ちは譲りません。」
「当たり前だ。日本の秩序は俺たち官軍が守るんだ。」
そう言い終えると土方は電話を切り、再び十勝平野を眺める。平野の中央には、AIMの本拠地である帯広が悠々と佇んでいた。それはまるで、強大な国家権力へ立ち向かう孤高の革命家を彷彿させるようだった。
(第五十一幕.完)