第五十七幕!天才再び
文字数 5,901文字
俺は、雪の上で仰向けになりながら白銀の空を見つめていた。空から舞い落ちる粉雪は、これまで天を覆っていた悪夢が破裂して灰となって降り注いでいるみたいだ。雪が降っているにも関わらず、雲間から時々顔を出す太陽が俺を照らしていた。
しばらくすると、陣中が大騒ぎとなっていく。まあ当然だろう。毒事件の犯人が札幌官軍の幹部の豊泉美咲で、彼女を捕縛しようとした数人の兵士が死傷したのだから。
雪の上で起き上がると、誰かがこちらへと駆けてきた。振り返り確認したところ、そこには息を切らして死にそうな顔をしたサクとユワレが居た。
サクは血相を変えている。
「おい蒼!大丈夫か?」
俺は、昨日まで散々疑いをかけてきたこの男を冷たくあしらった。
「死んで欲しいんじゃなかったのか?」
すると彼は、素直に頭を下げる。その姿は、純粋なのか哀れなのかわからない無様なものである。
「すまん。本当に申し訳ないことをした。許してくれ。」
「お前の見る目の無さには呆れたぞ。」
ここらでサクを徹底的に懲らしめようと食ってかかろうとした。
すると、ユワレがその場で跪き頭を下げた。
「蒼どの。誠に大変申し訳ございませんでした。どうかサク様の失敗をお許しください。お願いします。」
彼は、冷たい雪に額をつけて、何度も何度も俺に許しを請う。それを見たサクは、プライドを捨てた自分の部下の行動に目をまん丸くしている。
「おいユワレ!そこまでしなくてもいいだろ!」
すると彼は、主人であるサクを叱咤する。
「サク様!!私たちは、そこまでしなくてはいけないのです。今まで散々お世話になった仲間に対して、凄惨な仕打ちをしてしまったのですから。誇りも命すらも捨ててでも、彼らに許してもらえるまで頭を下げなければいけないのです。」
俺みたいな凡人に対して、プライドや見栄を投げ捨てて謝罪してくるユワレ。そんな彼の姿に俺は心を動かされていた。
すると、サクもぎこちなく土下座をした。
「蒼、済まなかった。ユワレの言うとおりだ。俺はもう恥ずかしくて、お前ら革命団に顔向けができねえ。本当に許してくれ。」
あのプライドが高くて負けず嫌いなサクも土下座をしている。
俺は改めて決心する。
「サク、ユワレ、俺なんかに土下座はしないでくれ。また手を取り合って、共に未来へ向かって戦おう。」
サクとユワレは、まだ頭を下げ続けていた。
そんな彼らを見て、うねるように湧き上がっていたAIMへの憎しみは、いつの間にか泡となって弾け散っていた。もう彼らを憎む理由なんてどこにもない。
◇
2人とたわいも無い会話をしながら陣へ戻る。そして彼らと別れた後、朝食をすませる為に炊事場へと向かった。 するとそこには、浮かない顔をしながら席に座る紗宙の姿があった。
彼女は元気が無く、朝食の雑炊に一切手を付けていない。
俺は、そんな彼女の横に座り、いつものように何気なく話しかけた。
「飯が冷めるぞ?」
「わかってる。」
弱々しい声で返事が返ってきたと思うと、また何かを考え込み始めてしまう。
「あいつのこと、考えているの?」
彼女は小さく頷いた。周囲が真犯人の発見で活気付く中、彼女だけは悲しみに暮れていたのだ。
「蒼は、美咲のこと恨んでる?」
俺は言葉に詰まった。普段であれば、あいつの頭を一升瓶で叩き割りたい気分だ、とか言っていただろう。でも、今回はそんな悪口が何故か湧き上がってこなかった。理由は簡単で、大切な人が悲しむ顔を見たくなかったからだ。
「あいつもあいつの使命を全うしようとしただけだ。これ以上言うことはない。」
俺の意外な答えを聞いた紗宙は、表情が少しばかり和らいだ。
「私、みんなからどれだけ罵倒されても、美咲の友達を辞めるつもりないから。」
俺は、彼女の冷えた手の平に手を重ねる。
「わかった。みんなが紗宙を否定したとしても、俺は味方だ。」
彼女が俺の手に指を優しく絡める。
「ありがとう。」
俺は朝の寒空を見上げた。雪雲と青空がバランスの良い按配で敷き詰められていた。
「だが、あいつと戦場で対峙した時は、容赦無く殺す。それが戦争だ。」
彼女が余計なことを言わないでとばかりに手を強く握る。だけども、それが現実だということを受け入れられないほど子供ではない。
「わかった...。」
俺は、しぶしぶ受け入れている彼女を見て、また尖った発言をしてしまったと若干後悔した。
「こんな悲しみをこれ以上産まない為にも、この国を必ず作り変えてみせる。」
「そうだね。必ず平和を取り戻さないとね。」
友達が宿敵となってしまった悲しみは消えない。俺と紗宙は、戦場で美咲と再会しないことを祈りながら、次の戦いへ向けて進んでいくのだった。
◇
翌昼。数台の軍用車が山の麓へ到着した。イソンノアシとサク、それにAIM幹部の面々が頭を深々の下げている。俺は、木に寄りかかりながら、腕を組んでその光景を見守っていた。
車から先生と見知らぬ男が2人降りてきた。先生がイソンノアシの前へとやってくる。
「首長、頭を上げてください。私は、あなた方を憎む気持ちなど微塵もございません。」
「しかし我々は、あなたや蒼殿、そして革命団に大変無礼な行いをしてしまった。そう簡単に許されることではない。」
すると、先生も申し訳なさそうに答える。
「いえ、首長とサクは、AIMを守る為にしてしまった行為。何も間違いではございません。あれは官軍に付け入る隙を与えてしまった私の不手際。こちらこそ使命を全うできず申し訳ございません。」
サクが先生に近づいてくる。彼は後ろめたさで一杯なのか、目がキョロキョロと泳いでいた。
「真。申し訳なかった。その上でこんなことを言うのはおこがましいかもしれないが、また共に戦ってくれないか。頼む。」
先生が俺の方をチラリと見る。
「私は構いませんが、それをどうするかはリーダー次第でございます。」
一同が俺の方へと視線を向ける。先生の後ろに立っている見知らぬ2人もこちらへと注目を向けた。
昨日のこともあり、彼らへの憎悪は清算している。だからこそ、自身を持って発言できるのだ。
「いいだろう。俺達は共に、未来ある新しい時代のあり方を求める者同士だ。再び手を組み、必ずや官軍に勝ち、腐敗したこの国家を変えるぞ!!」
俺がそう宣言すると、イソンノアシとサクは深々と感謝を述べた。そしてAIMの幹部達から歓声が湧き上がる。それを見た先生は、よくやりましたと言わんばかりに笑みを浮かべてこちらを見た。
俺もそれに合わせ、よく戻ってきたと言わんばかりの笑みを返した。
先生の後ろにいた石井と奥平は、その連携プレイと信頼関係に気づき、只々関心させられていたのだという。
◇
皆が解散して持ち場へと戻っていく。先生が戻ってきたことで、AIMが再び一枚岩へと戻った気がした。
先生が2人の男をつれてやってきた。2人の男は、俺の顔を疑い深く見つめていた。
「リーダー。お久しぶりでございます。束の間の休暇、ありがとうございます。」
それを聞いて笑ってしまった。
「先生にとっては謹慎生活すら休暇か。」
「ええ。戦場から離れたことで、改めて冷静に戦況や世の情勢を見ることができましたので。」
「ははは、それは良かった。俺は、先生と会えないのが寂しかったけどな。」
「これはこれは、申し訳ございません。」
俺は、先生の後ろの2人を睨んだ。1人は50手前くらいの白髪混じりのおっさん。彼は、スーツの上にロシア軍が来ているような防寒性抜群のコートを羽織っている。
もう1人は30中盤くらいの中年。彼はイケメンで、髪型も若々しいパーマのかかったマッシュベースのミディアムヘア。遠目から見ると数歳は若く見えるところだ。しかし、目つきは鋭く。どこか革命家のような雰囲気が漂っている。
「こいつらは誰だ?」
「おおそうでした、この2人は矢口党首が東京から派遣してくれた方々です。右が平和の党の幹事長である石井重也どの、左がその用心棒をしている奥平睦夫でございます。」
石井が俺の目を見た。その眼差しは鋭く、計り知れない意志の強さを感じる革命家の目つきだ。
「平和の党の石井重也と申します。北生蒼どの、お目に書かれことができて光栄です。」
俺は、どうやらこいつのことをどこかで見たことがあるようだ。いったいどこでだろうか。記憶を遡っても思い出せない。
「お前のこと、どこかで見たことがある気がするのだが。」
「テレビではないですか?
私も若き日から政治活動をしていたので。」
テレビだとしたら、何の番組だったかな。考え込んでいると、先生が補足を入れる。
「石井殿は、元青の革命党の党員で、江戸清太郎や千秋義清の秘書をしていたことがございます。もしかしたらその時ではないですか?」
思い出した。まさしく先生の言う通りである。まだ中学生だった当時、テレビで青の革命の特集番組を見ていた時、インタビューコーナーで革命について語ってた男だ。
「なるほど。どおりで見覚えがあるわけだ。」
俺は、隣にいる奥平にも目を向ける。よくよく見ると、彼もまた青の革命の関係者だ。俺が中学2年の頃、清太郎の演説を聞きに言った時、受付に立っていたお兄さんである。
「石井も奥平も青の革命の関係者とは、これも何かのご縁かな。」
奥平が俺に疑問を投げかけた。
「北生殿。あなたと青の革命の関係とは?」
俺は鋭い眼差しで彼を見つめた。
「江戸清太郎を尊敬している。俺が彼の意思を継ぎ、日本国をひっくり返す革命の後継者だ。」
思ったよりも迫力が出ていたのだろうか。石井と奥平の目つきが更にギラついたように感じた。そんな雰囲気を元に戻すかのように、先生が割って入る。
「リーダー。お二人は、矢口殿から我々の野望を見届けろとの指示を受けてここまで来ています。彼らを青の革命団に加入させてください。」
俺が再び石井に目を向ける。すると彼は、どうやら俺に興味を持ったらしく、目があった瞬間に頭を下げてくる。
「北生殿。どうか私たちも、あなたの目指す革命の道を共に歩かせて頂けないでしょうか?」
即答したらリーダーとしての格が下がる。少し考えるフリをしてから答えた。
「良いだろう。政治に詳しい人材を欲していたところだ。共に国を起こし、日本を変えていこうではないか。」
それを聞いた石井と奥平は、ホッと一息をついた。東京から危険を冒してここまで来たのに、断られたらどうしようかと不安だったのだろう。
こうしてまた新たに2人が加入したことで、革命団メンバーは14人へと増える。俺と先生は、石井が来たことで、一層国づくりの下準備に力を注いでいくことになる。
◇
美咲が去り、先生が戻ってきた日の夜。俺が石井や奥平と革命について語り合っている頃。先生は、陣中の広場へと足を運んだ。
そこには紗宙がいた。彼女は、篝火で暖をとりながら、真冬の星空を眺めている。
先生が来たことに気がつくと、彼女はスッと振り向いた。
「先生!」
先生は、彼女に深々と頭を下げる。
「紗宙。あなたには何と感謝すれば足りるのでしょうか。革命団の危機、そしてAIMを救ったのは、あなた以外に他ならないのです。本当に救世主と呼んでも過言じゃありません。ありがとうございます。」
彼女は、首を横に振る。
「私はそんな大それたことはしていません。ただ、苦しむ仲間たちの姿を見たくなかっただけなんです。」
先生は、穏やかな表情で彼女の言葉を聞いていた。
「雪愛のこと、聞きましたよ。」
すると彼女の表情がくすんだ。
「私、撃ち殺すことができませんでした。彼女はAIMにとっては危険人物なのに...。」
先生が彼女の目を見た。すると紗宙は、一度呼吸を整えてから言う。
「だから、こんな人間が救世主なんて呼ばれるのは、おこがましい話です。」
すると先生は、星空へと目を向ける。
「だからこそ、あなたを救世主と呼びたいのですよ。」
紗宙は意外な答えに戸惑う。
「え?」
先生は、星を指でなぞりながら語りかける。
「最後にこの世界を救うのは、武力でも知略でもお金でも人脈でもありません。」
「では一体?」
「あなたのような、愛と優しさに溢れた寛容な心の持ち主が、きっと世界を救うでしょう。」
紗宙も再び夜空を見上げる。それから、先生の真似をして星をなぞってみた。
「難しいことはわかりません。ですが私は、蒼とも、革命団のみんなとも、そして美咲とも、死ぬまでずっと笑い合えれば良いのになっていつも思ってます。」
先生は頷きながら微笑む。
「ははははは、紗宙らしい考えですね。」
彼女は先生の方へ向き直る。
「やっぱり私の考えは甘いですか?」
先生は首を振った。
「いいえ、それで良いのです。これからも友達を大切にしてください。」
彼女の顔に、少しだけ笑顔が戻っていく。
「はい、そうします。先生、ありがとうございます。」
2人は、しばらく談笑に浸ってから、各々の天幕へと戻っていった。陣中の篝火は、まるで再び火がついたAIM軍の心のように、激しく高らかに燃え盛っている。
◇
天才諸葛真の帰還は、味方の指揮を一気に押し上げ、敵の指揮を一気に引き下げる。
まず先生は、敵に奪われたウペペサンケ山と丸山を奪取。それから、敵の要塞があるニペソツ山を攻めると見せかけて層雲峡を攻略。前後からニペソツ山を挟み撃ちにして陥落させた。ニペソツ山を落すと軍を一気に北上させるように見せかけ、十勝山を中心とした南部の山地をまたたくまに支配下に置いた。
そしてついには、官軍最後の砦である旭岳をも手中に収め、大雪山国立公園から官軍を排除することに成功。これによりAIM軍は、旭川攻略に王手をかけることとなった。
◇
遠くに見える旭川の街。札幌と帯広に次ぐ第三の都市は、このご時世にも関わらず眩い光を放っている。
イソンノアシは、真冬の高原に敷かれた極寒の陣地から、軍都旭川を眺めながら考えに浸っていた。自分が在命中に、AIMがまさかここまでたどり着くとは到底予想が出来なかった。そもそも、
AIMの元支配地域は道東地方のみ。日本政府と折り合いがついていたころ、わざわざ大雪山の西側へ攻め込もうなんて考えがなかった。
だからこそ、ここまで来たことに現実味を感じられない。でもその感覚こそが、新時代への幕開けの予兆なのではないかと彼は思った。
先日のヒ素の後遺症と心労、そして老いによって蝕まれていく身体を抱えながら、最後の力をもって旭川を攻略しようと心に誓う。
(第五十七幕.完)