第四十三幕!最恐の軍隊
文字数 12,775文字
官軍は、どうやら戦いを暗くなる前に片付けたいらしい。戦車部隊を先頭に、勢いのある突撃を開始。それに負けじと、サクも精鋭部隊を率いて突撃。大空町は、静かな農村から激しい主戦場へと色を変える。
俺が率いる東側の部隊も、しばらくはサクたちとともに戦うこととなる。飛び交う弾丸がまるで吹雪のようで、一歩でも油断すれば流れ弾に当たって死ぬことになるだろう。
AIMの歩兵隊は、官軍と違って隊列を組むことが少ない。故にゲリラ戦はお得意であるが、平地での戦いは苦手だ。配下の兵隊たちが次々と官軍の機関銃の餌食になっていく。
だがしかし、こちらもやられてばかりではない。以前イソンノアシが作り上げたスナイパー部隊が、ついに日の目をみることになる。主力部隊の背後に配置された彼らは、遠くから的確に相手の兵士の中でも際立って強いものに狙いを定め、次々と撃ち殺した。このスナイパー部隊には、イカシリと雪愛も配属されていて、彼、彼女らも大いに腕をふるっている。
それから、ドローン部隊もそれに負けじと活躍。大半は撃ち落とされて灰となってしまったが、火炎瓶の空爆によって、官軍を大いに混乱させることができた。
開戦から1時間も経つと、戦況は大きく変わる。官軍の戦車と統率された歩兵部隊によって、AIMの戦線は大きく後退。あと1時間もしたら、こちらの防衛戦は破綻するだろう。
そんなピンチの頃合いを見計らい、アイトゥレ率いる機動部隊が網走川対岸から一気に北上を開始。瞬く間に官軍の最前線をパスして、敵本陣と並ぶ位置まで到達した。その動きを把握した官軍は、アイトゥレ軍を抑え込むべく、軍の戦列を徐々に西側へと向けさせた。
アイトゥレは、飛んでくる砲弾の嵐をかいくぐりひたすら前進。気づいた頃には、敵の後陣と横並びになれる場所までやってくる。そして、破壊された橋を急ぎ修復して渡河の準備に入る。
そうはさせまいと、官軍が更に多くの部隊を西側の守りへ移させた。
ここぞ好機である。本陣で指揮をとっていた先生は、家来に見張り台から旗を大きく振らせる。俺は、その合図と同時に部隊を中央から退避させ、一挙に東側の空白部分へ突撃させた。
東側の部隊は、俺と龍二を先頭に官軍の隙間を縫うように侵攻。背後からアイトゥレ軍、西側は川、東側は俺の部隊、そして前方はサク率いるAIMの主力。ついに官軍包囲網が成立したのだった。
しかし、予想はしていたが、官軍戦車部隊の猛攻は凄まじく、サクの主力部隊は今にも壊滅寸前。
包囲網に風穴を開けられるのも、時間の問題である。
そんな窮地に陥ったサクの元に、典一がやってきた。
「サク将軍、諸葛軍師からの伝言です。」
「あ?こんな時になんだ?」
「部隊を左右に散らして、敵の戦車部隊を通してください。」
それを聞いたサクは、怒りをあらわにする。
「お前バカか?
そんなことをすれば、この作戦は失敗に終わるぞ。」
典一は、そんなサクに対して冷静に対応する。
「いえ、そんなことをしなければ、この作戦は成功致しません。」
サクは、典一の真剣な顔から目を離せない。
「ふ、まあ勝手にしろ。敗戦しても知らんからな。」
彼は、軍全体に中央を開けて戦車を通過させよ、との指示を渋々ではあったが出した。
サクは、先生を信頼している。しかし、先生は青の革命団の一員であり、北生蒼の配下の人間でもある。彼の中で、ついつい私情が先走りかけていたのだ。
それから中央の精鋭部隊は、敵に気づかれないように、徐々に戦車を通す道を開く。官軍の戦車は、まるで穴に吸い込まれるかのように美幌町を目指して突撃を続けた。それに続く歩兵部隊も、ついに包囲網を打ち破ったと意気揚々に戦車の後を追っていく。この光景を見張り台から観察していた先生は、大いに笑みを浮かべていた。
戦車部隊は、ある一定のあたりまで進んだところで大きな違和感を感じた。だけども、その時にはもう遅い。先頭の戦車は、AIMの工兵たちが即席で作った深い落とし穴に落ち、身動きが取れなくなる。続いて後ろから迫ってくる戦車や歩兵も次々と穴に落ちる。立ち止まろうにも、後ろから迫ってくる味方の兵隊の波に押し流されるばかりだ。穴に落っこちた戦車や兵隊が這い上がろうとするが、上からまた新しく仲間たちが降ってくるので思うように身動きが取れない。それに、穴に気づいて引き返そうと考えた後陣の兵士たちも下がればアイトゥレや蒼が率いるAIMの部隊に殺戮されてしまう。その為、前へ出る以外の道はなかった。
先生は、頃合いを見ると総仕上げにかかる。工兵たちに指示を出して、穴の中に仕込ませておいた爆弾を一斉に起爆させた。 異常なまでにバカでかい爆発音とともに、穴から火炎と噴煙が吹き上がる。そして、その穴の中の光景は、まさに地獄絵図となるのだ。
山のような焼死体、這い上がろうと助けを求める者の上から降り注ぐのは銃弾の雨。戦車部隊を全滅させたAIM軍は、勢いを盛り返して全軍で残った官軍に攻撃を加えた。もはやなすすべのない官軍兵士が次々と降伏。敵の将軍クラスの人間も、大方スナイパー部隊によって討死。最終的には、生き残った一部の部隊長らが降伏および自刃したことで戦いが終幕を迎えたのだった。
この戦いによって、官軍は約9万人の死者を出して、前代未聞の敗北を味わう。そして、軍師諸葛真の名前が、再び世に知らしめられることにもなった。
◇
ここは薄暗い牢の中。囚人たちは、暴動を起こす危険性があると決めつけられ、強制労働の時間以外は一切日を浴びることが許されない。故に多くの者が希望というものを捨てて、ただ早く死にたいと願いながら一刻一刻を刻んでいる。
この網走監獄は、元々は主に重罪人を収監する普通の刑務所であった。しかし、AIMが衰退してからは、彼らに協力的な人間を主に収監する強制収容所のような場所になっていた。囚人たちの半数異常は、刑期を言い渡されぬまま無差別に逮捕された、アイヌの人々とその関係者。彼らは、無期懲役や死刑を言い渡された犯罪者と同じ檻の中にぶち込まれる。そして、犯罪者たちから日常的に暴力やいじめ、嫌がらせを受ける奴隷のような地獄の日々を送らされていた。
刑務官らも、重罪人の悪行を見て見ぬふりをしている。そのおかげで、多数のAIMの人間が身勝手なならず者の手によって、密室の中で殺されるといった事件がなんども起こっていた。刑務官および政府にとって、犯罪者もAIMという反政府の人々も法律から逸脱したただのゴミクズ同然だったのだ。
こんな悪習が始まってから約2年、とある男が監獄内で台頭するようになった。
その男の名前は、許原長治(ゆるしはら ちょうじ)。
元力士で、身長は180センチの大柄な男だ。彼は1年前に収監されてから、虐げられてきたAIMの人たちをかばい続けていた。しかし、良くしてくれた友人が、元レイプ犯の糞野郎により殺されたことを機に奮起。死刑囚を3人殺害したことで刑務官の間では要注意人物とまでなった。だが許原は、AIM関連の人間からの人望は熱い。更には、彼の強さを知って興味を持った犯罪者たちからも慕われる存在となった。
とある日の夜。長治が子供の囚人と遊んであげていると、彼の元に他の囚人たちが集まってきた。
「長治さん。刑務官の会話ちらっと聞いたんですけど、外の情勢がだいぶ変わってきたそうですぜ。」
「AIMのことか?」
「はい、知ってたんですか?」
「ああ。仲の良い刑務官がいて、そいつから聞いた。」
「俺たち、もしかしたらここ出れるかもしれないですね!!」
「その可能性もあるな。しかし、まだ何が起こるかわからんぞ。」
「と、言いますと?」
「AIMは勢いに乗っているが、官軍にはまだ紋別騎兵隊が存在している。奴らに勝てない限り、AIMの未来はない。そして俺たちの未来もな。」
「あ..あ...、確かにそうだ。あの鬼畜たちが消えない限り、俺らの未来なんてないんだ...。」
「ま、気長に待とうや。きっと出られる時はくる!」
そう言うと長治は、綻びた牢の鍵穴をすっと睨みつけたのだった。
◇
大空町で官軍を撃滅したAIM軍は、休む間も無く網走まで進撃。羅臼から進軍してきたウヌカル軍と、町を大きく取り囲む外壁の前で合流した。本陣では早速会議が開かれ、どうやって町を陥落させるのかという議題が持ち上がる。
イソンノアシは、全員の顔を見渡した。
「さて、我々はついにここまできたわけじゃが、目の前に立ちはだかるはかの有名な堅牢都市。どうやって攻略しようか?」
部隊長たちの中からは、穴を掘る、海から攻める、砲撃で城門を破壊する、毒ガスをドローンで散布する。様々な意見が寄せられてきた。
そんな中で先生が提案する。
「持久戦しかないようですね。」
イソンノアシは、何を言うかという感じで首を振る。
「それは無茶な話じゃ。この街は網走湖と能取湖、オホーツク海という天然の掘と長い網走外壁に囲まれている。包囲するには人員が足りん。仮に外壁部分だけ兵士で固めて、敵の出入りを防いだところで、海から補給船が来るから意味がないじゃろう。」
「それが一般的な見解でしょうな。」
「何か考えがあるようじゃな。」
先生は、一呼吸置いてから言う。
「内側から壁を破壊します。」
「内側からじゃと?」
「ええそうです。すでに手はずは整っておりますので、明日の朝方に南方の壁が爆破され、道が拓けます。」
イソンノアシは驚いている。
「なんということじゃ。もしそれが本当であれば、明日中に網走を攻略できるぞ。」
「そう簡単にも行きません。網走には、監獄を取り囲む巨大な内壁も存在いたします。これを包囲して持久戦に持ち込むのです。」
「そういうことか。内壁だけであれば、囲い込めるだけの兵力は充分あるな。」
「ひとまず敵に察されぬように、外壁から少し距離を置いたあたりで陣を敷き、網走外壁崩壊の時を待ちましょう。」
話がまとまりだしたあたりで、サクが口を挟んできた。
「持久戦とは、また呑気なものだな。」
イソンノアシが彼に問う。
「サク、何か意見があるのか?」
サクは、上目遣いで先生を見ると答える。
「先ほど斥候から情報が入った。どうやら紋別騎兵隊が出陣の準備をしているとのことだ。」
他の将兵たちの間に、激しい動揺が走っていた。カネスケは、特に神妙な表情を浮かべている。
「サクの情報が本当であれば、城を包囲しながらなけなしの手勢で奴らと戦うなんて無謀すぎますよ。」
すると、先生が若干強めの口調で言い放つ。
「紋別騎兵隊が、そんなに恐ろしいか?」
カネスケは、それを否定しない。
「この前の屈斜路湖畔の戦いで、奴らの一部隊と戦いました。たった500の手勢で、5000人の兵隊をほぼ無傷で全滅させた狂気の軍団。こちらが総力をかけても、勝てるかわからない相手です。恐ろしい以外に感情が湧きません。」
先生は、彼を鋭く詰める。
「それではまるで、AIMに勝機はないと言っているように聞こえるが?」
カネスケの口調に焦りが出る。
「いえ、そんなつもりでは。ただ、城攻めをしながら奴らを相手にするのは、至難の策かと言いたいのです。」
「なるほど。では聞くが、紋別騎兵隊の弱点は何かわかるかい?」
「うーん、数に限りがあるとかですか?」
「確かにそれもそうだ。奴らは、何年も訓練を重ねて最強の精鋭部隊を作り上げた。そうやすやすと部隊を再編したり、増員したりすることは難しいだろう。他にはあるかね?」
カネスケは考え込んでしまう。するとサクは、マウントを取るように答えた。
「野戦においては最恐だが、城内などの局地戦は不得意とかだろ?」
「良い目の付け所だ。では答えを言おう、紋別騎兵隊は、城攻め及び持久戦においては、最恐でもなんでもないということ。それが奴らの弱点なのだよ。」
カネスケは、サクに負けじと意見を出す。
「しかし、その弱点を知ったところで、どうなるのですか?」
「網走の地図を見て気づかんのか?」
カネスケが再び地図を見渡す。そして、何かを理解したようだ。
「そういうことですか。つまり...。」
そう言おうとした時、サクが割り込んだ。
「南の壁に穴を開けて町を攻略するため、北の壁は無傷で健在。その壁を利用して紋別騎兵隊を食い止めて、持久戦に持ち込むということか。」
カネスケがサクを横目で睨んでいる。先生は、2人をなだめるように和やかに笑った。
「ふふ、その通りだ。サク、カネスケ、この作戦なら文句なかろう。」
先生がそう言うと、サクもカネスケもイソンノアシも、その他部隊長たちも納得した顔をしていた。先生は、あたりまえのことの如く、イソンノアシに進言した。
「ということですので、今宵はのんびりと、雄大な網走外壁を見物しながら、お茶でも楽しみましょう。」
イソンノアシは、先生の余裕そうな表情に安心を覚えていた。
そして会議が終わると、AIM軍は外壁から2kmほど離れたあたりで野営。警戒をしつつもしっかりと休息をとった。
◇
翌早朝。AIM軍は、密かに準備を整えて全軍を南側外壁の前に集結させた。それから間も無くのことである。激しい爆発音とともに、壁の一部が崩壊。中から民衆の歓声が聞こえてくる。同時にAIM軍は、サクを先頭に一挙に市街地へ侵入。寝ぼけてろくに戦えない官軍を、次々と襲撃して撃破。そして瞬く間に網走市街地を制圧。昼になる前には、網走監獄を包囲することに成功した。
網走監獄は、旧網走監獄と網走刑務所一帯を大改築して作り上げられた巨大な城塞となっている。ここを陥落させるだけでも頑張って数日はかかると言っても良いだろう。
だがそれ以上に、先生やイソンノアシが懸念したのが中にいる囚人の命である。まだ監獄内には、1万を超える官軍が立てこもっている。奴らは、いつ囚人を人質に取ろうと企み出すかはわからない。力ずくで攻める方法を取らないのには、そう言った理由もあった。
◇
AIM軍が、監獄を包囲してから5日ほどたった頃。サクは、1人物思いに耽っていた。
いつからか自分は変わってしまった。いや、元からこんな人間だったのであろうか。軍の代表的人間の1人でありながら、たかが女ひとりのことで蒼に嫉妬したり、手柄一つでカネスケに嫉妬したり。最近の自分は、まるで劣等感の塊のように感じていた。
しかし、どうあがいてもこの劣等感から抜け出す術が思い当たらない。そんな時は、よくミナと一緒にいた頃の思い出を思い浮かべて現実逃避に浸っていた。あの頃は何もかもが上手くいっていた。恋も、そして仕事も。彼女と幸せな日々を過ごすことができていれば、それ以外どうでもよかったのかもしれない。しかし、彼女がいなくなってからというものの、自分にとっての原動力は憎しみと報復、そして功名になっていた。
サクは、ミナとの幸せな毎日をしばらく妄想すると、いつも彼女がすでにこの世にいないという事実に衝突する。そして今この世にいるのは、ミナではなく彼女に瓜二つの紗宙という女性だけだ。そして当の紗宙は、どこの馬の骨のわからぬ陰キャラ革命家へ好意を抱いている。どうもサクは、その事実を受け入れられないでいた。
本当に自分勝手な男だと自分を責めながら、雪が降り始めた曇天の空を見上げて白いため息をついた。
そんな時だ。紋別へ放っていた斥候から情報が入った。生田原周辺で、騎兵隊らしき1万ほどの軍列を目撃したとのことである。サクは、早速その斥候へ電話をかけた。
「おい、この情報は本当か?」
「は、はい。あれは紛れもなく、紋別騎兵隊でございました。」
騎兵隊は、3日前に網走へ向けて進軍を開始したと情報が入っていた。だが、網走へ向かうためにわざわざ生田原を通るだろうか。
「奴らは、どの方角へ向かった?」
「南方です。南方へ向かって、ひっそりと進んでおりました。」
サクがすぐに地図を開く。その時すでに彼の顔は青ざめていた。あいつらの狙いは、北見に違いない。なぜなら北見は、AIMの網走包囲における補給基地の役割も果たしていたからである。そして、さらなる事実を思い出してしまった。
北見には紗宙もいる。
紋別騎兵隊は、制圧した町を徹底的に破壊して、そこにいる住民も1人残らず執拗に追い回して、絶滅させてきたことで有名だった。そうなると、彼女の命が危ない。
「サク様。すぐにでも、首長や諸葛軍師にも知らせます。」
そうするのが普通の流れである。しかし、あろうことかこんな時に私情が表に出てしまった。
「いや、親父や真には伏せておけ。俺が手勢を率いて騎兵隊を撃滅してやる。」
「し、しかし、相手は紋別騎兵隊です。サク様お一人では危なすぎます。」
サクは、斥候を怒鳴りつける。
「俺が、あんな人殺しの外道どもよりも弱いって言いてえのか??」
「い、いえ。そういうわけではございません。」
「もういい。俺の部隊だけでなんとかするから絶対言うんじゃないぞ。親父や真には、しっかりと網走監獄を攻略してもらいたいからな。」
そう言うと彼は電話を切る。そして深く後悔するのであった。紋別騎兵隊は、並大抵の軍隊では倒せるほど甘い相手ではない。だけども、みんなの前で良いところを見せたかった。そして紗宙を振り向かせたかった。そんな自己顕示欲が出てしまい、こんなことを言ってしまった。1人で立ち向かえば、おそらくはその場で殺されるか、捕らえられて拷問にかけられる。恐怖で足が震えだしていた。
けども言ったからには、やらなければ男としてカッコ悪い。しばらくふさぎこんでから、自分の配下の8000人に指示を出した。
『夜陰に紛れて陣を退き、北見へ向かう。』
◇
清々しい朝の光が網走を包み込んだ。俺はいつものように早起きをして、夜勤警護の兵士に労いの言葉をかける。そして、典一を起こして2人で陣中を見回りながら、網走監獄の内壁の上で見張りをしている敵兵に睨みを利かしていた。
そんな時に特報が入ってくる。
『サクの陣が、もぬけの殻になっている。』
この事実は、すぐさま大騒ぎとなる。イソンノアシは、敵に勘付かれないようにウヌカルの部隊をサクのいたところに派兵する。そして、すぐに主要な人間を本陣に招集した。俺も典一に陣を任せると、龍二とともに本陣へ馳せ参じた。
本陣では、イソンノアシが非常に憤りを感じていた。彼は先生に謝罪する。
「バカ息子の身勝手な行為、許してほしい。」
先生は、考え込みながらもいたって冷静である。
「彼が包囲網から抜けたことは、確かに痛手でした。しかし、それよりも今は、サクがなぜ軍を抜け出したのか、これからどうしていくのか、ということでしょう。」
「思い当たる節がない。人一倍官軍を憎んでいるサクがAIMを裏切るとも思えない。それに我が軍は優勢。恐ろしくなって戦場から逃げ出したとも考えられん。あいつなりに何か考えがあるのだろうか。」
俺は、何か嫌な予感を感じて、イソンノアシに尋ねる。
「サクがどこへ言ったかも検討つかないのか?」
「現段階では、網走を出てからどの方面へ向かったかの情報は皆無だ。」
俺たちは、サクが部隊を率いて向かいそうな場所を想像するがどれもパッとしない。みんな心配そうな顔で考え込んでいた。
北海道戦争が幕を開けてからというもの、札幌や旭川、帯広などの大都市以外の街は、22時以降に人が出歩くことがほとんどない。電気が通っている場所も限られていて、夜になるとそこらじゅうの街道は真っ暗だ。それに時期は真冬である。深夜に行軍したと思われるサクを見かけた人間などそうはいないだろう。そして、昨晩の大雪で足跡すら埋もれてしまっている。彼は一体どこへ行ってしまったのであろうか。
こんな緊張が数時間続いた頃、ようやく自体が動き始めた。なんとサクの配下にいた斥候が、AIM本陣に戻ってきたのであった。彼は土下座をして、イソンノアシにひれ伏した。
イソンノアシが斥候に言葉をかける。
「よくぞ戻ってきた。して、サクのことを知っているのじゃろう?」
「首長。この度は大変、大変に申し訳ありませんでした。」
「謝罪は後だ。サクはどこへ向かったのじゃ?」
「北見です。正確には、北見の先にある留辺蘂という場所です。」
イソンノアシと先生は、サクの意図がわからずに顔を見合わせていた。斥候は声を震わせて報告を続ける。
「サク様は...、単独で紋別騎兵隊へ決戦を挑むおつもりです。」
報告が聞こえた瞬間、陣中の全員の背筋が凍った。みんな何も言わずに、ただ斥候の話に耳を傾けた。
「紋別騎兵隊は昨晩、生田原に姿を現しました。奴らは南方へ進軍をしていて、恐らくは背後から北見を襲う根端だったのでしょう。それに気づいたサク様は、騎兵隊を討伐するために昨晩動いたのです。」
紋別騎兵隊が北見へ向かっている。その事実は、俺とカネスケにも衝撃をもたらすものだった。
なぜなら北見には、紗宙と結夏、灯恵がいるからだ。
そしてこの情報を聞いた俺には、サクがなぜ誰にも知らせずに北見へ向かったのかがなんとなくわかる気がしていた。おそらく俺も、あいつの立場だったらそうしていたであろう。
イソンノアシが斥候に尋ねる。
「しかし、なぜその事実を我々に知らせなかったのだ?」
斥候は、萎縮しながら声を振り絞る。
「も、申し訳ございません。サク様から誰にも言うなと命令されておりました。私も伝えた方が良いと進言は致しましたが、サク様は考えを変えようとはされませんでした。」
イソンノアシは1人で考え込んでいた。きっと彼には、サクの考えはわからないのだろう。そう俺は思った。
それから俺は、部隊を率いて彼を助けに行きたいと進言しようとする。しかし、そんな時に見張りの兵隊から連絡が入る。どうやら監獄にこもっていた官軍が城外へ出て、こちらへ攻撃を仕掛けてきたのだという。俺は、今すぐ北見へ戻りたいという気持ちを抑えて、その敵に対する対応へ赴いた。
◇
北見郊外の留辺蘂では、鉢合わせになる形で両軍が顔を合わせた。紋別騎兵隊1万を率いるのは、騎兵隊副隊長の神威とその弟の寿言だ。
「兄貴ー、見て見て、前方にAIM軍がいるぞ。」
「ほお、俺たちがここへ来ることを予測して、兵を隠してやがったか。」
「うーん、そのようだね。朝飯がてら北見の街を破壊しよって話だったけど、飛んだ邪魔者が出てきたね。」
「だが見てみろ。いくら伏兵といえどもただの虫けら。俺たちの前では、いようがいまいが関係ないだろう。」
「まあそうなんだけどね。とりあえず飯の前の運動程度に楽しんじゃおっか。」
「ふ、そうだな。けど寿言、忘れるなよ。」
寿言がニヤリと笑う。
「わかってるって。1人残らず殺す、これ鉄則でしょ。」
そう言うと、神威は全軍を戦闘態勢に移行させる。そして騎兵隊はすんなりと陣形を整え、サクたちを威嚇し始めた。
◇
対するサク率いるAIM軍は、斥候からの情報を元に念入りに現地を調査。準備万全の態勢で、騎兵隊を迎え撃つ構えであった。サクは、目の前から迫り来る殺人集団を見渡しながら、昨夜のことを考えていた。
誰にも気付かれぬようにあえて北見市内を避けてこの地までやってきて、陣をある程度敷き終えたあたりでその場をアヘヌワシに任せると、サクは一騎スノーモービルで北見のAIM寮へ向かう。
彼は寒空の中、網走の陣中で書いた手紙を寮のポストへ投函。どうしても、彼女へ今の思いを伝えておきたかったのだ。できれば一目会って直接話したかったが、今の自分にはそんな自信もなく、手紙を書くくらいが精一杯であった。そして帰り道。吹雪が吹き荒れる39号線で、彼は様々なことへの後悔を抱えながら自軍の陣営へ戻ったのだった。
昨晩からあまり寝れていなかったサクは、自販機で買ったエナジードリンクを一気に飲みほした。
そして、アヘヌワシに部隊長を集めさせると全員の前で言い放つ。
「俺たちは今から、明らかに無謀であると誰もが思うようなことに手を掛ける。日本最恐と言われた紋別騎兵隊に単独で挑むのだ。しかし、俺たちがやらなくて誰がやるというのだ!我々サク部隊が、奴らの野望を阻止して人々を守り、殺されてきた者の仇を討ち、AIMの光となるのだ!良いか!全員俺についてこい!!」
そう言うと彼は、部隊長を配置場所へ戻してから、一言天に向かってぼやいた。
「ミナ、俺を守ってくれ...。」
◇
留辺蘂の戦いは、紋別騎兵隊の攻撃から幕を開けた。騎兵隊は銃騎兵を左右に展開させて、サクたちを囲むように銃撃を浴びせていく。
サク軍はそれを阻止せんと、横陣の両翼に厚い層を築いてそれに対抗。騎兵隊の機敏な動きを抑え込むことに、なんとか成功したかのように思えた。しかし、騎兵隊の兵士は、一人一人が相当なやり手である。いくら兵を増員しようと、彼らに太刀打ちできるものがいなければ歯が立たない。両翼の部隊は、次々と騎兵隊によって撃ち殺されていった。
とはいえ、サク軍の抵抗も凄まじく、騎兵隊の銃騎兵に少なからずの損害を与えることができた。
しかし、騎兵隊にとってそんなものは、かすり傷程度に過ぎない。彼らは次に長弓部隊を中央に繰り出した。そして、アヘヌワシが指揮するサク軍中枢に向かって一斉射撃を行う。
今の時代になぜ彼らが弓を用いるのか。それは、騎兵隊が独自で作り出した弓矢は、飛距離も十分兼ね備えていて、なおかつ銃の数十倍とも言われる貫通力を持っていた。
これは、防弾チョッキなど紙切れ同然で、戦車の甲板にすら穴を開けると言われているほどである。極め付けには、鏃にトリカブトを改良した猛毒が塗りたくられていた。この猛毒は、掠ると1分も経たずに相手を死に至らしめることができる凶悪なものだ。故に騎兵隊の長弓部隊は、主戦力の一つでもある。
一斉に放たれた毒矢は、サク軍の上空から、まるで酸性雨のように、液体を飛び散らせながら地上に降り注いだ。サク軍の兵隊は避けようと逃げ惑うが、この盆地において、隠れられそうな場所もない。その場にいたほとんどが、鋭い刃と猛毒によって命を落としていった。
左右、そして中央をズタズタの穴だらけにされたサク軍は、もはやあばら家のようなものだ。騎兵隊の重砲兵部隊が、サクのいる本体めがけて、次々とロケットランチャーをぶちかましていった。これによって、サク軍のスノーモービル隊のほとんどが壊滅した。
サクは、懸命に軍を指揮して戦ったが、到底太刀打ちできる相手ではない。女性にも振られ、仲間を裏切り、軍律を違反した自分に生きている価値はない。そう思い込んだ彼は、残った全軍率いて討ち死に覚悟で突撃しようとした。
だが、彼の側近であるアヘヌワシはそれをさせてはくれなかった。
「サク様。あなたの死に場所はこんなところではありません。戦場の後始末は私に任せて、今すぐに落ち延びてください。」
「バカ、俺はここで死ぬと決めた。もういいだよ俺なんて。」
それを聞くと、アヘヌワシの表情が見る見るうちに鋭く、かつ目力が強まる。
「本当は、こんなこと言いたくはないですが言いましょう。サク様は、ミナ様含め、死にたくもないのに殺されていった同志たちの前で、そんなことがいえますか???」
サクは、あまりの圧に黙るしかなかった。アヘヌワシとの付き合いは相当長いが、こんなに怒られたのは初めてだった。
アヘヌワシがきつい口調で続ける。
「私なら冗談でも、死にたいなんて言えません。あなたはまだ、生きていて軍を指揮できる立場にある。必ずや生き残って再起を図るべきでしょう。」
サクは、黙ったまま彼の話を聞いていた。するとアヘヌワシがニッコリと笑う。
「サク様、先ほどの発言。冗談ですよね?」
まだしばらく放心状態だったが、深呼吸をすると答えた。
「あ、ああ。冗談だと受け取ってくれ。」
アヘヌワシは、優しく微笑んだ。
「なら良かったです。最後に最上級のジョークが聞けて満足です。」
すると彼は、配下に命じてスノーモービルをサクの前に持って来させる。
「これに乗って落ち延びてください。もうじき騎兵隊がここへきます。急いで!」
「お前も来い。全員で逃げるぞ。」
「私めは、ここに残ってこの戦いの結末を見届けます。」
それを聞いたサクの目は、真っ赤に充血していた。遠くからAIM軍の兵士たちの悲痛の叫びが聞こえてくる。その声は、徐々に波のごとくこちらへと押し寄せてくるようだ。
アヘヌワシは最後に一言、
「サク様と出会えて私は幸せ者でした。」
そう言い残してから、颯爽と陣を出て行く。
サクが止めようと手を伸ばしたが、それを見向きもせずに彼は戦場へと消えていった。彼の背中は、これから地獄に飛び込んでいくというのにも関わらず、どこか誇らしげに光を放っているように見えた。
このまま彼を見殺しにして良いものなのか。踏ん切りがつかずにうろたえていると、騎兵隊の銃撃がすぐそこまで迫ってきていた。本当なら死なせるわけにはいかない。しかし、助けに行ったら99%生きて帰れる保証はない。
辛いことではあるが、戦場から落ち延びる以外選択肢が思い浮かばなかった。それに彼を助けようと立ち向かい2人して騎兵隊の餌食になっては、それこそ彼の思いを無下にすることになる。サクは、歯を噛み締めて涙をこらえながら、一部のお供とともに戦場から落ち延びた。
◇
戦場では、紋別騎兵隊が最後の殺戮芸を繰り広げていた。崩壊寸前のサク軍残党に対して、騎兵隊の主力である重装槍騎兵部隊が突撃。彼らは、例の長弓の鏃と同じ製法で作った槍を片手に、次々とサク軍の兵士をぶち殺していく。彼らのもつ槍にもトリカブトを改良した猛毒が塗られており、それに触れた者は次々とあの世へ旅立っていった。
寿言が人殺しを楽しんでいると、崩壊したサク軍の中から、一騎こちらへ突撃してくる騎兵の姿があった。その騎兵は叫んだ。
「我が名はアヘヌワシ!サク将軍の側近だ!貴様の命、俺が頂く!!」
彼は腰からマシンガンを抜き出すと、寿言に向かって銃撃を行う。しかし、寿言の着ている防具は、銃弾が貫通しないような特殊加工を施しているのでビクともしない。寿言は、口に含んでいたチューインガムを飲み込むと、余裕の笑みを浮かべながら彼に向けてショットガンをぶちかます。
アヘヌワシと彼の馬は、血しぶきをあげながら雪が覆い尽くす北海道の大地に散った。
「うっぜー。ガム飲み込んじまったじゃねえかよ。」
寿言は、死体となったアヘヌワシに何度も銃撃を浴びせ、その上で目玉や内臓や脳ミソを猛毒の槍で抉り出し、自身の馬で散々踏みつける。
それから、配下の兵士に言うのだ。
「生きた奴がいないか確認しろ。死体は全て粉になるまで潰せ。」
これが騎兵隊の戦後処理のやり方である。寿言は、イラつきを神威へぶつけた。
「飯食う前にこの匂い嗅ぎたくねえよな。」
神威はニヤつく。
「俺は、この刺激臭を嗅ぐと最高に気分が上がるけどな。」
2人は、死体潰しを散々楽しんでから、全軍に北見を壊滅させよと指令を出した。こうして、神威率いる騎兵隊の魔の手は、徐々に北見の街へ迫っていくのである。
◇
今日の天気も曇り空。紗宙の病状はだいぶ回復したが、まだ安静にしておいたほうがよさそうだ。彼女の手には、さっき灯恵から渡された一つの紙切れが握られていた。
不吉な色の空。
彼女は、よくわからない胸騒ぎにかられながら、静かに西の空を見上げていた。
(第四十三幕.完)