第五十六幕!友達の捨て台詞

文字数 14,437文字

 月明かりが照らし出す夜の食料庫は、策謀と悲しみが入り乱れている。
 紗宙は、銀髪の犯人から目を離さない。


「雪愛...。どうして...。」


 すると雪愛は、吹っ切れたような顔をして、悪びれることなくいつもの調子で言う。


「あーあ。ばれちゃったか。」


 紗宙は、彼女を睨みながらも、心の中ではこの事実を受け入れられなかった。そんな紗宙に彼女は尋ねる。


「気づいてたの?」


「信じたくはなかったけど...。」


「へえ。さすがは名探偵紗宙だね。」


 彼女が普段と変わらず茶化してきたが、紗宙は全く表情を変えない。いや、変えることなどできる状況ではない。


「私はまだ信じたくないけど、本当のことを教えて欲しい。」


 何を言っても雪愛は口を紡いでいる。そんな態度を取る彼女に対して、紗宙の声に感情がこもる。


「ねえ、答えてよ...。雪愛!!」


 すると雪愛は、ふざけたように鼻で笑った。


「ふっ、羽幌雪愛なーんて人物は、この世に存在しないのさ。私の本名は、豊泉美咲。」


 それを聞いた瞬間、灯恵が身構えながら驚愕していた。結夏は、彼女の表情が強張っていくことに気づく。


「大丈夫?」


 すると灯恵が恐るるように呟く。


「豊泉美咲って...。」


「知り合いなの?」


 彼女は、重い首を横に振る。


「じゃないけど...、先生が言ってた。札幌官軍三将の3人。松前大坊、土方歳宗。そして、豊泉...美咲...。」


 それを聞いた結夏は、目をまん丸くして美咲の方を二度見した。美咲が怯える灯恵を見て、ニヤリと冷めた笑みを浮かべる。


「詳しいやん...。」


 灯恵は、美咲が腕利きのスナイパーであることをよく知っているので、湧き上がる恐怖を抑えるのに必死だった。
 しかし紗宙は、友達が敵の幹部だったことへの悲しみが、恐怖よりも抜きん出ていた。


「どうして犯人だってわかったん?」


「わかってたわけじゃないけど、そうなんじゃないかって。」


 紗宙は、詰まる言葉を整理しながら、自らの推測を語る。


 ◇


 まず、イタクニップと見張りAの曖昧な証言。それから、AIM幹部が見たという雪山に落ちていた黒髪長髪のウィッグ。そして、先生が仮にAIMを乗っ取ろうとしているなら、毒なんて使わずとも乗っ取ることができる。
 この3つから、誰かが先生に成りすましている可能性を考えた。
 次に、イソンノアシ毒殺未遂の時、調理場を見張っていた兵士Bは、カネスケが調理場に入る姿を一度も目撃していない。
 疑惑だらけの証言を聞いているうちに気づいたことは、2つの犯罪の手口はまるで同じで、同一人物がやった可能性もあるということ。
 仮に同一犯であるとしたら、2つ目の事件の時、既に先生は帯広にいたので可能性は無い。
 それならカネスケかと思うが、最初の事件で倉庫に残っていたのは先生の髪。そして先生の天幕から、事件に使われたトリカブトが見つかった。故に1つ目の事件は、カネスケの可能性は無いに等しい。だから同一犯である場合、彼も可能性から除外される。更に、ほぼ毎晩一緒にいた結夏に聞けば、カネスケのアリバイは証明されるだろう。
 このことから、2人が犯人でないとしたら、他に犯人がいるはずだ。そこで浮上したのが、スナイパー部隊の兵士の証言。
 雪愛が誰かに電話で『計画は順調です』と言ったというものだ。その発言の意味は、紗宙にも兵士にも知るところではないが、雪愛を疑う材料になってしまったことになる。
 雪愛のことを疑い始めて見えてきたのが、イソンノアシ毒殺未遂事件の少し前、兵士達が見張りや訓練へ向かい、人気が減った陣地でばったり彼女と遭遇した記憶だ。
 確か彼女は、カネスケの陣地の方へ続く裏道のような場所から出てきた。そして、毒殺未遂事件が起こり、食事の中からカネスケの髪が見つかった。仮に雪愛がカネスケの寝床から髪の毛を採取できていたら...。
 このことから、真相は突き止められなかったものの、雪愛に対する疑念が深まっていく。
 犯人は、青の革命団というAIM傘下の組織を悪に仕立て上げ、軍を内部から崩壊へと導こうとしている。そうなると、札幌官軍のスパイがいる可能性が極めて高く、そいつが犯人であることはほぼ間違いない。
 いったい誰がスパイなのか。あまり考えたくないが、雪愛が帯広に現れた時のことを思い出す。彼女は元札幌官軍だと言っていた。だとしたら、全てを繋げることができる。
 まとめると雪愛は、札幌官軍からスパイとして帯広まで派遣された。それから内部調査の末に、青の革命団の存在と諸葛真というAIMの要がいることを知る。これを潰さねば官軍は不利だ。そう考えた雪愛は、土方と呼応して内と外からAIMを崩壊させようと画策した。
 その為、数回にも及ぶ毒事件を起こし、先生とカネスケを悪役に仕立て上げた。


 ◇


 紗宙の考察が終わる。聞き終えた美咲は、またふざけた態度を見せた。


「ふふ、ちょっとわかりやすかったな〜。」


 余裕ぶる彼女に対して、紗宙は悲しみを隠せない。裏切られた気持ちでいっぱいで、冗談で返すことなど到底できない。


「そこはどうでも良い。ただ、凄く辛い...。」


 紗宙の目は真っ赤に充血している。本当に美咲のことを友達だと思っていなければそうはならないだろう。隣で見ていた灯恵はそう思い、複雑な気持ちになった。


「でも、それが真実さ。灯恵ちゃんの言う通り、私は札幌官軍三将の1人。道知事の京本の意向で、スパイとしてAIMに潜入していた。トマムで蒼を襲ったのも私。そして今回の毒事件の犯人も私。」


 紗宙は、淡々と流れてくる告発を聞かされる度に、耳を塞ぎたくて仕方がなかった。
 そんな彼女を美咲が煽る。


「早く撃ちなよ。」


 紗宙は、引き金を引くことができない。それどころか、失意の中で集中力を切らしてしまった。レオンが鳴き声を上げる。ハッとして我に帰るが遅かった。
 美咲が隙をみて拳銃を構え直し、灯恵を目掛けて発砲。放たれた銃弾は額をかする。灯恵は恐怖を通り越して放心状態に陥る。あと少しズレていたら、彼女はもうこの世にいなかっただろう。
 美咲は、紗宙が灯恵に目を向けてる隙をついて距離を詰め、背後へ周り込み首を締め上げる。そして、拳銃を彼女のこめかみに突きつけた。
 灯恵と結夏は、そのあまりにも早い動きについて行けず、あっさりと紗宙を人質に取られてしまう。


「紗宙〜。だから甘いんだって。」


 紗宙は俯いていた。美咲が彼女の頭を揺すりながら、こめかみを銃口でコツコツとつつく。
 それを見た結夏は、恐ろしくて尻餅をついてしまう。少しでも余計なことをしたら、紗宙が殺されてしまうかもしれない。投げナイフで美咲を葬りたいところだが、それすらできない状況だ。
 動けない結夏の元へ、レオンが寄ってきた。彼も状況を察しているのだろうか。結夏に隠れながら、唸るように美咲へガンを飛ばしている。


「バレたからにはやるしかないね。あんたらぶっ殺して、イソンノアシとサクも殺して帰るさ。」


 美咲の目は、まるで笑っていない。彼女には、感情というものがないのだろうか。かつての同僚を見る目とは思えない眼光で、仰反る結夏を見下す。


「武器を捨てな。」


 結夏が仕方なくナイフを前へほっぽり投げる。すると美咲は、すぐにそれを蹴り飛ばして、今度は無防備な結夏に銃口を向けた。


「死ね。」


 結夏は目を瞑る。こんなに唐突に死期が訪れるなんて予想がつかない。過去に浸る間もなく射撃音が響くのを待った。
 だが、死の合図よりも前に、義理の娘の叫び声が耳に入る。


「死ぬのはお前だよ!」


 美咲が真横を振り向くと、銃口を向けた灯恵が立っていた。紗宙が落とした拳銃を彼女が拾っていたのだ。
 灯恵は、必死に冷静を保っている。感情任せに撃って、紗宙に当たれば大変なことになるからだ。


「はあ、私としたことが15歳に殺されるんか。だっさい。」


 美咲は、銃口を向けられているのに余裕のようだ。一方の灯恵は、重たい拳銃を持つことに慣れておらず、銃口を向け続けるだけでも精一杯だ。


「美咲。本当のことを答えて欲しいんだ。」


「何のこと?」


「道東の森で私を助けてくれた銀髪のスナイパー。やっぱり美咲なんだろ?」


 美咲の表情は、ニヤッと笑ったかと思えば冷めたものへと戻る。それから彼女がため息を吐くように答えた。


「だったらなんなん?」


 それを聞いた灯恵は、目の前で義理の母に銃を向けている女が、自分の命の恩人だという事実に困惑してしまった。


「やっぱり...、美咲だったんだ...。」


 美咲が灯恵から目をそらした。
 灯恵は、それ以上話す必要がないといった顔をする彼女を問い詰める。


「なんで助けてくれたんだよ。AIMは敵なんだろ?」


「気まぐれ!」


 また彼女がニコッと笑うと、その作られているはずなのに美しい笑顔につい気を緩めてしまう。だがそれも彼女の技のようなものだ。
 灯恵が油断した隙をついて、美咲が容赦なく発砲。灯恵の腕から拳銃が吹き飛んだ。そのあまりの恐怖に気を失いそうになったが、めげずに美咲へと問いかける。


「嘘だ!じゃあなんで私を殺さないんだよ!私は、美咲から銃の手ほどきを受けたからわかる!ワザと外してるんだろ?本当はこんなことしたくないんだろ?」


 実は、灯恵も美咲とは争いたくはないと思っていた。理由は簡単で、灯恵にとって美咲は命の恩人であり、色々教えてくれる綺麗なお姉さん的立ち位置だったからだ。


「AIMは逆賊。あんたらも日本政府に抗うテロリスト。死んで当然さ。」


 美咲は、素早く銃口を結夏へと向け直す。そして冷めた笑みを浮かべ、慣れた手つきで引き金に指をかけた。
 すぐにでも殺してやる。そう意気込む彼女であったが、何故か腕が重たくて狙いを上手く定めることができない。イライラしながらも確認すると、紗宙が腕を掴んで離さないのだ。そして挙句は、彼女が銃口を自らの耳へと突きつける。
 そして、冷酷な美咲に対して優しく問いかけた。


「ねえ美咲。あなたに私が殺せる?」


 美咲は、その行動に驚きながらも、冷めた態度を崩す気はない。3人と対峙した時から、いつかは殺さねばならないと覚悟を決めていたからだ。


「できるよ。今すぐにでも楽にしてあげる。」


 美咲は、気をとりなおすと再び引き金に指をかけた。しかし紗宙は、至って冷静で死の恐怖に動じようとしないのだ。


「私ね。今でも美咲のこと友達だって信じ続けてるんだ。」


「命乞いかな?」


「違うよ。本当にそう思ってるから、死ぬなら伝えとかないとって。」


 美咲は、冷徹な言葉を淡々と吐き捨てようとするものの、言葉を喉に詰まらせて少しだけ間を開けてしまう。それから無理矢理言葉を押し上げると、走り口調になりつつも、感情を殺しながら冷めた言葉をぶつける。


「お前のこと、友達と思ったことなんて一度もないよ。それに、あんたら革命団なんて、薄汚いゴミとしか考えたことないわ。」


 それを聞いた灯恵と結夏の顔が険しくなる。2人は、紗宙の思いを平然と踏みにじろうとする美咲が許せなかった。しかし紗宙は、美咲に何を言われようが言葉を曲げない。


「こんな風になったけど、美咲は掛け替えのない友達だから。それだけは忘れないで欲しい。」


 紗宙の目から涙がスッとこぼれ落ちる。
 右耳に突きつけられた銃口が、かすかに震えていた。美咲は、銃を突きつけたまま何も言わない。
 紗宙は、独り言の如く呟いた。


「蒼に伝えて欲しい。私が殺されても、美咲を許してと言っていたと。」


 しばらくの間、無音が食糧庫内を支配する。精神と感情がぶつかり合い、入り乱れる中、灯恵と結夏とレオンの視線は、絡み合う2人へと向け続けられる。
 美咲の表情は、冷徹な言葉とは裏腹に、どこか寂しさが滲み出ている。灯恵と結夏から見ても、彼女が撃つことを躊躇していることがわかった。
 2人は、2人の次の行動に注目する。


「早く楽にして...。もう友達の怖い顔、見たくないから...。」


 紗宙がそう言うと、美咲は重い人差し指を引き金から離した。例え札幌官軍を背負う者だとしても、1人の人間でもある。彼女にとって友達という存在は、使命の為の生贄にできるのほど軽い物ではない。
 それに札幌官軍は、AIMの敵ではあるが、ならず者にあらず。本来は日本国民を守る為の存在。むやみに人を殺して良い立場でもない。
 紗宙への想い、官軍の本来あるべき姿、それを思い出した彼女には、引き金を引き切る気力はなかったのだ。


「殺せるはずがない...。」


 紗宙は、もう抵抗する気もなく、本当に楽にして欲しい、友達の狂気を見たくない、そう思っていた。疲れと諦めでぐったりとしながら、友達の選んだ答えを耳にする。


「なんで…?
 私たちを消すことも仕事なんでしょ?」


「友達...だから...。」


 彼女は、冷酷な仮面の隙間から、抑えきれずにいた想いを小声で漏らす。そして拳銃を腰へと引っ込めた。
 結夏と灯恵は、それを見て胸を撫で下ろしたが、紗宙本人は俯いたままだ。すると、美咲が少し間を置いてから、吹っ切れたように灯恵の方を向く。


「こうなるはずじゃなかったのになあ。」


 灯恵は、彼女を鋭い目で見つめる。


「どう言うこと?」


 すると美咲は、何か燻っていた物を吐き出すような深い溜息をつく。


「私の負けってこと。」


 灯恵が首を傾げる。理解していない彼女へ、美咲は気持ちを丁寧に伝える。


「スパイって、敵に感情移入したら死んだようなものなのさ。つまり、紗宙を心から友達だと思った時から、スパイとしての私は死んでいた。袖ノ海紗宙という優しさに溢れたヒットマンによって殺されていたってこと。」


 美咲の目は鋭さを失い、虚しさで溢れかえっていた。そして、腕の中でぐったりしている紗宙を解放した。
 地面に倒れ込んだ紗宙に結夏が駆け寄った。灯恵は、自分らに背を向けて歩き出そうとする美咲を呼び止める。


「なあ。メンターと黒の系譜について知ってるんだろ?」


 美咲が足を止める。


「聞こえてたんだ。」


「若干ね。」


「そっか。」


 彼女は多くを語ろうとしない。このままでは真相が聞けなくなってしまう。灯恵は、友達に趣味を教えてもらう感覚で彼女に問いかける。


「教えてよ。私たちは、その黒の系譜によって何度も恐怖を味合わされた。いわば宿敵だ。それに私自身、メンターを名乗った美咲に助けられた。言いにくいことなのかもしれないけど、聞いておかなくちゃいけないことでもあるんだ。」


 美咲は下を向き、口を紡いでいた。すると、紗宙が2人の間に入る。


「美咲が話したくないなら話さなくていいよ。」


 灯恵は、なんでだよとばかりに尋ねた。


「でもさ、今しかチャンスないよ?」


「わかってる。けど、喋りたくないことを無理に喋らせるのは違うよ。」


 灯恵は納得いかないと言った表情だ。そんな時だった。


「良いよ。話してあげる。」


 美咲は、しれっとした顔でこちらを振り向いた。3人は、真剣な眼差しで彼女の口から出る言葉を待つ。
 それから、彼女が語り出した。


 ◇


 黒の系譜とは、サイコパス、およびソシオパスのことを指す隠語であり、そういった特定の組織があるわけではない。なぜそのような隠語が使われるようになったのかは誰も知らない。ただ一説によれば、とある学者がサイコパス(反社会性パーソナル障害)は遺伝によって起こるものだと提唱したことがきっかけで、黒い闇を受け継いできた家系という意味合いから、そう呼ばれるようになったといわれている。
 黒の系譜と呼ばれる人間達は、人が苦しみ傷ついていく姿に興奮と快感を覚え、それらを糧に生きていると言われている。そして彼らが起こしたとされる数々の事件は、この日本社会を震撼させてきた。
 でも、それは氷山の一角に過ぎない。黒の系譜に分類される人間は、事件を起こしていないだけでこの世には多く存在している。


 一方のメンターとは、黒の系譜に括られた人間を更生、及び処罰をする為に作られた組織の名称である。また、その会員となっているメンタリストや占い師、カウンセラー、その他多く人物がメンターと呼ばれている。
 ビジネスに置ける指導者的立ち位置のメンターとはまた意味が少し違うが、人を導くという部分においては重なるところもあるだろう。
 メンターは主に心理学や医療、人に関わる仕事についている会員が多く、普段は黒の系譜にバレないように普通の仕事を生業としている。だが、黒の系譜を見つけた際は、彼らの更生プロジェクトを構築して任務に当たることもある。中には手に負えない凶暴なサイコパスも存在するため、メンターの多くが軍や格闘技のジムで訓練を積んでいる。


 ちなみにこの私、豊泉美咲は、札幌官軍の幹部でもありメンターの会員でもある。


 メンターも黒の系譜も秘密をあまり口にすることはない。なぜなら、お互いがお互いにバレないように活動をしているからだ。
 メンターは、黒の系譜を少しでも減らす為に活動しているので、それを気にくわない一部の黒の系譜の中には、メンター狩りを行おうと画策する者もいる。そのせいで、過去に何人ものメンターが殺されたのも事実である。
 それ故に、この2つのグループの存在を知るものは一握り程度しかいない。


 ◇


 美咲の話が終わる。あまりにも聞き慣れない内容に困惑する3人。
 灯恵が疑問を投げかけた。


「あの夜。美咲は甚平を討つ為に山へ入ったところ、偶然に私を見つけて助けてくれたってこと?」


 美咲は首を横に振る。


「ううん、違うさ。甚平に関しては存在を把握できていなかった。んで、紋別騎兵隊に会う為に北見へ行った帰りにたまたま鉢合わせたってわけ。」


「そうだったんだ...。」


 灯恵がチラチラと美咲を見た。


「なーに?」


「美咲は命の恩人だよ。でも、そんな人が官軍の幹部だなんて思いもしなかった。」


 美咲は高らかに笑う。


「ははは。困った時は助け合わないとね。」


 灯恵も笑みを浮かべる。さっきまで殺意をぶつけあっていたからか、安堵感で自然と力みが逸れていく。
 すると紗宙が口を挟んだ。


「黒の系譜がサイコパスなら、蒼もサイコパスってことなのかな?」


 彼女の声は暗い。もし仮に彼がサイコパスならば、どうすれば良いのだろうか。
 灯恵も同じく考えながら、過去の記憶を巡らせた。


「確かに蒼は、リンや甚平にそんなこと言われたって言ってたよね。まさか...。」


 美咲が気まずそうな顔をしている。3人の注目が彼女に集まった。


「言いにくいけど、そのとおりだよ。彼は生粋のサイコパス。普段の行動を見ていればわかると思うけど、いつか相当ヤバいことをやらかすよ。」


 紗宙の顔がまた一段と冷めていく。


「そんなの嘘だよ。」


「嘘だよって言いたい。でも、紛れもない事実なんだ。部外者がこんなこと言うのもあれだけど、早く別れた方が良い。そして青の革命団も抜けないと、いつか必ず取り返しのつかない事になる。」


 そう力説する美咲の表情に、悪意は微塵も感じられなかった。3人は、改めて蒼のこれまでの行動について思い返した。考えれば考えるほど、湧き上がる残忍なエピソード。
 敵将を拳銃で蜂の巣にしたり、包丁で滅多刺しにしてビルから突き落としたり、拳銃のグリップで顔をボコボコにしたり、逃げ出した敵を執拗に追い回して殺したり。
 それに普段の素行という面においても、一度だけ紗宙に手をあげたことがあったり、何かにつけて他人をディスったり過激な言動を発したり、たかが喧嘩でサクを警棒でぶん殴ったり。
 灯恵は、少しずつではあるが、美咲の話を信じ始めていた。結夏も腕を組んで考えている。


「あまりにも特殊な環境にいたから気がつかなかったけど、蒼が国を作ったら大変なことになるんじゃない?」


 美咲が残念そうに小さく頷く。


「日本国民の多くが虐殺される。そしておそらく、リンたち黒の系譜はそれを望んでいる。人々が阿鼻叫喚して、人を好き放題陵辱できる世界をね。」


 結夏は、不安な気持ちでいっぱいになった。


「私たち、ヤバい奴に手を貸してたってことだよね。」


 灯恵の心境も結夏と同じようだ。


「そんな世界、教団以上にタチが悪いよ。」


 美咲が紗宙を見つめる。


「私は紗宙の友達として、メンターの1人として注告するけど、あいつは本当にヤバさの次元が違う。絶対に別れて欲しいし、あいつといたら紗宙は不幸にしかなれない。」


 紗宙は、彼女の注告を聞きながらも、壁の隙間から明け始めた空を見つめていた。何も言わず、何を考えているのかわからない表情は、美咲を躊躇させた。
 灯恵が紗宙の腕をつつく。


「なあ、私たちだけでも革命団を抜けないか?」


 しかし、今の彼女にそんな言葉は届いていない。今度は結夏が彼女の肩を揺する。


「私もカネちゃんに相談してみる。先生もわかってくれるはずだから、みんなで早くなんとかした方が良いんじゃない?」


 すると紗宙は、結夏の手を退けた。それから幼い頃の記憶を思い返す。


 ◇


 あれはいつ頃だろうか。夕暮れ時、バイオリン教室から帰る途中。自宅付近の公園で、野良猫をエアガンで撃って遊んでいる少年を見かけた。その少年は紛れもなく蒼だった。
 蒼は1学年歳下で同じ小学校に通っていた。彼は学校で毎日のようにイジメを受けていて、服はいつも泥だらけ。そのせいなのか、放課後に1人で自宅付近の公園で遊んでいることが多かった。
 低学年の頃は、いつも1人ぼっちな彼を自宅へ招いて一緒に遊んだこともあった。しかし、高学年になる頃にはバイオリン教室だけでなく学習塾も始まり、彼に構ってあげる時間がほとんど無くなっていた。
 彼は寂しかったのだろうか。その虚しさがそうさせたのかわからないが、近所の人の話では、頻繁に昆虫を殺したり、小動物をいじめているところを見たという話を聞いていた。
 エアガンで痛ぶられて逃げ惑う猫。それを見て高揚感に浸る蒼。
 紗宙は、早歩きで蒼に近づいた。彼はこちらに気づくと、エアガンで猫を撃つのを辞め、その場から何事もなかったかのように立ち去ろうとする。
 紗宙は、そんな少年の腕を掴んだ。


「ちょっと、何してたの?」


 彼は、まるで息をするかのように嘘をついた。


「べ、別に何もしてないよ。遊んでただけ。」


「嘘つき。私が見てなかったとでも言いたいの?」


「いや、何もしてないよ。」


「嘘つかないでよ。猫をいじめてたくせに。」


 紗宙がそう言うと、彼はぎこちない暴言を吐いた。


「し、死ねよ、ブス!」


 面倒を見ていた子から唐突に言われたその言葉は、紗宙の心を傷つけた。


「はあ?
 もう知らない!!」


 頭に来た彼女は、彼をおいてそのまま自宅へと帰った。そして部屋に閉じこもり、ベットの脇に座り込んで1人で泣いていた。


 ◇


 外から罵声が聞こえてくる。この罵声の正体は、蒼の父親だろうか。定期的に蒼を公園に連れ出しては、嫌がる彼にキャッチボールを強要して、球を顔面に投げつけたり、上手くキャッチできない彼に罵声を浴びさせたりしていた。
 紗宙は、習い事で忙しくなったこともあり、最近は聞くことがなくなっていたが、今日は久しぶりに聞かされる羽目になってしまった。
 嫌な音で目が覚めた気分は最悪だった。気がつくと、いつの間にか部屋が真っ暗になっている。
 季節は秋。夜の訪れも早い。
 ショボショボしている目を拭いながら立ち上がり、外の空気を吸う為にベランダへと出てみる。
 すると、向かいの公園のベンチで1人寂しそうに座っている蒼の姿があった。
 紗宙は、昼間の件で彼に嫌悪感を覚えていたが、それでも気心知れた近所の少年である。心配になったので話しかけに行くことに決めた。
 家を出て、マンションの階段を降りる。そして夜風に揺られながら、公園の入り口までたどり着く。
 なんて言葉をかけたら正解かな。そんなことを考えつつ歩を進める。すると、中から猫の悲痛な鳴き声が聞こえてきた。
 まさかと不安になり急いで公園の中へ入ると、案の定そこには、猫に石を投げつけている蒼の姿があった。その顔は悪魔そのもので、弱き者を食い散らかすことに快楽を覚えていて哀れである。
 紗宙は、急いで蒼の隣まで駆け寄り、彼から石を取り上げた。


「辞めなよ!!」


 すると蒼が声を上げて驚く。振り向いた彼の顔は、お化けでも見るように恐怖で萎縮しきっている。


「す、すみません。」


 紗宙が彼を問い詰めた。


「なんでそんなことするの?あの子に何かされたわけ?」


 猫が影から怯えるようにこちらを見ていた。
 月の明かりに照らされた蒼の顔面は、何かをぶつけられたような痣が目立っている。


「お父さんにやられたの?」


「紗宙ちゃんには...関係ないよ...。」


 彼はふてくされている。


「関係あるとか無いとかじゃ無いと思う。」


「え?」


「そこに関係があってもなくても、助け合うべきだと私は思うの。」


 彼は、指先をもじもじさせながら、つまらなそうに話を聞いていた。


「話を戻すけど、なんで猫をいじめてたの?」


「え、なんとなく。」


 すると紗宙は、蒼の頰を思い切りビンタをした。
 蒼は痛そうに頰を抑えながら、こちらを睨みつけてくる。
 でも、それ以上に紗宙の怒った顔が恐ろしかったのだろうか。彼はすぐに萎縮すると泣き出してしまった。


「ごめんック...ヒック...もうし...んく...ないっク。ヒッ...許しテッ、ヒッ、く、ください。」


 しゃっくり混じりの懇願が聞こえてくる。紗宙は、かわいそうに思いながらも、心を鬼にして詰めた。


「上部だけの言葉はいらないから。本当のこと教えて欲しい。」


 近所の人からの話では、蒼はよく嘘をつくことで有名になっていた。そんな彼は、まるで鬼を見るような怯えた目でこちらを見回してくる。


「父さんにまたDVされて...、学校でもイジメられて...、イライラしてたんだ...。それに...。」


「それに...?」


「それに、紗宙ちゃんも遊んでくれないから...。」


 最後の言葉は、紗宙の心に重たくのしかかっていた。彼女は、やんわりと蒼の胸に手を当てる。


「ごめんね。」


 紗宙の声は優しかった。蒼は、しゃっくりが止まらない。


「でも、抵抗できない者に牙を向けるのは、お父さんがやっていることと変わらないと思う。」


「あ、あいつとは違うよ。」


 紗宙は、首を横に振る。


「一緒だよ。」


 蒼が紗宙から目を逸らす。彼自身も心のどこかで悪いことをしていたと思っているのだろうか。そして、父親のしていることと同じだと認識して、虚勢をはれなくなったのだろうか。
 そんな彼に紗宙は言う。


「目をそらさないで。」


 彼が恐る恐るこっちを見てくる。


「私と約束して。もう弱い者いじめだけは絶対にしないって。」


 彼は、自身なさそうに下目遣いで紗宙を見つめた。


「また、遊んでくれる...?」


 紗宙は微笑んで頷く。


「弱い者いじめしないって約束してくれるなら。」


 それを聞いた9歳の蒼が涙を拭う。


「紗宙ちゃん、ごめんね...。」


「もう良いってば。」


「ありが...とう。」


 蒼の表情が若干和らぐ。


「けど、さっきの言葉は悲しかったな。」


 紗宙が横目でチラリと蒼を見ると、彼は地面を見ながらボソッと謝罪してきたのだった。
 それからしばらく、紗宙が蒼の話を聞いて上げていた。
 すると、物陰から猫が姿を現して、足元へとやってくるとベンチを駆け上がり、紗宙の太ももの上で丸まった。猫が蒼と目を合わせると、鋭く睨みつけている。
 蒼は、紗宙に怒られてから自分のしてしまったことへの罪悪感を覚え、気まずそうに目をそらした。


「可愛いよ。蒼も触ってみなよ。」


 蒼がビビリながらも猫の背中をさすった。すると猫は、彼に対して一瞬だけ威嚇をしてみせた。蒼はまるで熱い物に触れたように、声をあげて反射的に手を引いた。それを見て、猫も紗宙も笑ったていた。彼が恥ずかしそうにしながらも再び触れると、猫は快く蒼を受け入れていたのだった。


 ◇


 この一件以降、紗宙の知る限りでは、彼が弱い動物に対して危害を加えるようなことはなくなった。
 今思い返してみれば、彼にはサイコパスの片鱗は十分にある。しかし、側に居た1人の人間によって、角張った刃を抜くことができた。
 ここで彼と離別することが、普通の幸せを再び手にするための正規ルートなのかもしれない。だけども、それは彼を見捨てることで得られる幸せに過ぎない。
 本当にそれで良いのだろうか。そう考えていた時に、仙台や紋別で自らの命を犠牲にしてまで自分のことを助けにきてくれた彼の姿が思い浮かんだ。
 やっぱり答えは1つしかない。紗宙は決意を胸に秘め、目の前にいる美咲を見つめた。


 ◇


 3人が紗宙の答えに注目する。もちろん、蒼と決別するという答えを期待しながら。
 そうこうしていると、紗宙が目を見開き、ハッキリと宣言する。


「私は、それでも蒼の側を離れない。」


 その言葉を聞いた3人は顔を見合わせた。紗宙は、納得してない3人へ語りかける。


「蒼はサイコパスなのかもしれない。でも、私は彼のことを愛してるから、誰に何を言われようが離れる気はない。」


 また少しだけ沈黙が漂う。いけないことを言ったつもりは一切ない。自分は何があっても彼から離れる気はない。そのせいで友達を失ったとしても。紗宙は、どんな反発も受け入れる覚悟で身構えていた。
 すると美咲がにっこりと笑う。


「紗宙ならそう言うと思った。」


 灯恵と結夏もやれやれといった顔をしている。


「改めて考えてみたけどさ。やっぱ私も革命団好きだし、蒼のことも好きだから抜けないことにする。」


「まあそうなるよね。カネちゃんもきっと紗宙と同じこと言うと思う。それに私も革命団を愛してるから抜ける気ゼロ。」


 そんな2人を見た美咲は、云々と頷いていた。
 色々と波瀾万丈ではあるが、結局みんな青の革命団というチームが好きなのだ。そしてそのリーダーである彼のことも。


 ◇


 和やかなムードに変わりかけた時だった。外から兵士達の声が聞こえてきた。どうやらさっきの銃声により、食料庫に誰かがいることを勘付かれてしまったのだろう。
 美咲は、焦る紗宙の足元に拳銃を滑らせる。


「これは...。」


「私を撃ち殺してよ。」


 せっかく仲直りできたのにどういうことだろうか。紗宙の心に緊張が走る。


「え、どうして?」


「私を殺さないと紗宙が詰められるやん。敵の幹部を殺せる状況だったのに取り逃がしたってね。」


 紗宙が足元の拳銃を手に取った。倉庫の外がどんどん騒がしさを増していく。兵士たちの足音が鳴り響き、その喧騒に導かれるように太陽が登り始めていた。
 サク達がここへ現れるのも時間の問題だ。何もしない紗宙を見かねた美咲は、彼女に対して予備の拳銃で発砲。
 その突拍子もない行動に対して、灯恵が美咲に怒鳴る。


「おい!急にあぶねーだろ!!」


 AIMの兵士たちが続々と食料庫へ突入してきた。美咲は、紗宙の近くまでくると囁く。


「こんな形で出会いたくなかった。」


 革命団とAIMにとって、美咲は敵である札幌官軍の幹部であり、殺さないと後でまた彼女の手によってAIMが苦しむことになるだろう。幾ら友達とはいえ、逃したら自分たちにどのような脅威が降りかかるかわからない。今なら美咲を撃ち殺すことができる。
 だが、紗宙はもちろんのこと、灯恵も結夏も、誰1人として彼女を殺そうとする者はいなかった。野良猫のレオンは、降ってきた水滴のような何かに気づいて上を向いたが、もうそこに美咲の姿はない。
 美咲は、紗宙からとっさに離れると、煙玉を使って身をくらます。それから倉庫の外へと駆け抜けて、サクやAIMの兵士達に言い放った。


「私は、豊泉美咲!札幌官軍の幹部さ!」


 サクが驚愕して、大声で罵声を上げた。


「お前が犯人だったか!!!!!」



 美咲も声を張り上げる。


「青の革命団の子猫ちゃん達のせいで計画狂ったわ!」


「この女狐を擦り潰れるまで切り刻め!!!!」


 その合図とともに、美咲へ向けて四方八方から鉛玉が飛び交った。彼女は、数十人で束になって狙い撃ちしてくるAIM兵へ華麗に応戦。幹部を含め、数人を死傷させながら無事に陣を脱出。予め呼び寄せておいた官軍の兵士が待っている山へと逃れようとする。
 だが、そんな彼女に対して、1人の男が立ちふさがったのだ。


 ◇



 その男は、美咲と目が合うとすぐさま銃を向ける。応戦しようとしたが、その男の方が一手早かった。


「裏切り者は、大人しく死んでもらう。」


 美咲は、観念して銃を捨てると両手をあげた。


「私が犯人って気づいてたの?蒼?」


「なんとなくな。」


 俺は、死神のような顔つきで裏切り者の美咲を睨み、引き金に指を掛けようとする。
 俺の性格からして、躊躇なく殺害に踏み切るだろう。そう考えたのだろうか。彼女は、一呼吸もおかずに言った。


「紗宙に伝えて!!」


 俺は、それを聞いて動きを止める。遺言くらい聞いてやらんでもないといった感じだ。
 彼女が生唾を飲む。そして、むせてる暇もないくらいの緊迫感の中、綺麗でハツラツとした声を絞り出した。


「私を友達って呼んでくれてありがとうって。」


 俺は、相変わらず氷のような目つきで彼女を睨み続けた。いや、睨み続けるつもりだった。しかし、紗宙が美咲との出来事をいつも楽しそうに話していたのを思い出し、引き金を引き抜くことができなくなっていた。
 俺は、大切な人の大切な友達を殺しても良いのだろうか。きっとどうでも良い奴ならぶっ殺して晒しあげていた。なぜなら、先生とカネスケを苦しめた張本人だからだ。
 でも、美咲は紗宙にとって掛け替えのない友達。これが情状酌量という奴なのか。今まで俺の中になかった概念だ。
 なかなか抹殺に踏み切れない。これが命取りとなる。彼女が隙をついて俺の懐に入り、拳銃を奪い取って俺を押し倒す。それから、拳銃を俺の額に押し付けた。
 彼女は、クールでキツい目つきでこちらを見る。


「チェックメイト。」
 

 さっきまでイキリきっていた俺の表情は、今度は違った方向に青ざめた。ヤバい、こいつに殺される。
 すると、美咲の表情はいつの間にか和らいでいた。全くもって状況が掴めない。


「紗宙にも話したけど、私はメンターの1人さ。あんたを消し去る使命を担っている。」


 そう言葉を切り出すと、紗宙に語った内容を簡単に説明してくれる。そのあまりにも聞きなれない裏世界の事情に頭がついていけない。


「つまりあんたはサイコパスさ。前に相談してくれた、リンに言われた予言みたいなのは、あながち間違いない。」


「俺は、日本を混乱に渦に巻き込み、多くの人間を不幸にしてしまう存在なのか...。」


「そうだよ。だけど、必ずしもそうはならないってことがわかったから安心したわ。」


 話の展開が掴めなかった。俺が呆然とする中、彼女は俺の顔面に顔を近づける。


「紗宙を大切にしなさい。彼女はあなたを導く光だから。」


 そう言うと美咲は立ち上がり、不意に銃を発砲。ゴツい音と共に発された鉛玉は、俺の耳元を駆け抜けて雪原にめり込んだ。
 俺は、あまりの不意打ちに身体が膠着してしまう。


「決着は戦場でつけよ!」


 そう言い残した美咲は、深い雪山へと姿を消した。どこか山の方から、微かにスノーモービルのエンジン音が遠ざかっていくのが聞こえる。札幌官軍の物だろうか。用意周到な彼女なら、きっとそうに違いない。俺は、そう思った。


 ◇


 雪山にまた粉雪が散り始めた。山の天気は変わりやすい。さっきまで朝日が差していたのに寂しいものだ。これはまるで、戦いはまだ終わっていないのだと天が言っているようにも思える。
 俺は、手に舞い落ちる粉雪を見ながら思い返した。


「『紗宙を大切にしなさい。』っか ...。」


 俺の頭の中には、美咲が置いていった捨て台詞が、溶けていく粉雪のごとく、深く染み込んでいくのであった。





 (第五十六幕.完)
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登場人物紹介

・北生 蒼(きたき そう)

本作シリーズの主人公であり、青の革命団のリーダー。

劣悪な家庭環境と冴えない人生から、社会に恨みを抱いている。

革命家に憧れて、この国を変えようと立ち上がる。

登場時は、大手商社の窓際族で、野心家の陰キャラサラリーマン。

深い闇を抱えており、猜疑心が強い。

自身や仲間を守るためになら手段を選ばず、敵に残忍な制裁を加えて仲間から咎められることも多い。

非常に癖のある性格の持ち主ではあるが、仲間に支えられながら成長していく。

仙台にて潜伏生活中に、恋心を抱いていた紗宙に告白。

無事に彼女と恋人関係になった。



・袖ノ海 紗宙(そでのうみ さら)

青の革命団メンバー。

蒼の地元の先輩であり、幼馴染でもある。

婚約者と別れたことがきっかけで、有名大学病院の医療事務を退社。

地元に戻ってコンビニでバイトをしていた。

頭も良くて普段はクールだが、弟や仲間思いの優しい性格。

絶世の美人で、とにかくモテる。

ある事件がきっかけで、蒼と共に旅をすることになる。

旅の途中でヒドゥラ教団に拉致監禁されるが、蒼たち青の革命団によって無事救出される。

そして蒼からの告白を受け入れ、彼とは恋人同士の関係になった。


・直江 鐘ノ助(なおえ かねのすけ)

青の革命団メンバー。

蒼の大学時代の親友で、愛称はカネスケ。

登場時は、大手商社の営業マン。

学生時代は、陰キャラグループに所属する陽キャラという謎の立ち位置。

テンションが高くノリが良い。

仕事が好きで、かつては出世コースにいたこともある。

プライベートではお調子者ではあるが、仕事になると本領を発揮するタイプ。

蒼の誘いに乗って、共に旅をすることになる。

結夏に好意を抱いており、典一とは恋のライバルである。


・諸葛 真(しょかつ しん)

青の革命団メンバー。

蒼が通っていた自己啓発セミナーの講師。

かつては国連軍の軍事顧問を務めていた天才。

蒼とカネスケに新しい国を作るべきだと提唱した人。

冷静でポジティブな性格。

どんな状況に陥っても、革命団に勝機をもたらす策を打ち出す。

蒼の説得により、共に旅をすることになる。

彼のおかげで今の革命団があると言っても良いくらい、その存在感と功績は大きい。

革命団のメンバーからは、先生と呼ばれ親しまれている。


・河北 典一(かほく てんいち)

青の革命団メンバー。

沼田の町で、格闘技の道場を開いていた格闘家。

ヒドゥラ教団の信者に殺されかけたところを蒼に助けられる。

それがきっかけで、青の革命団に入団。

自動車整備士の資格を持っている。

抜けているところもあるが、革命団1の腕っ節の持ち主。

忠誠心も強く、仲間思いで頼りになる存在でもある。

カネスケとは結夏を巡って争うことがあるが、喧嘩するほど仲が良いと言った関係である。


・市ヶ谷 結夏(いちがや ゆな)

青の革命団メンバー。

山形の美容院で働いていたギャル美容師。

勝気でハツラツとしているが、娘思いで感情的になることもある。

手先が器用で運動神経が良い。

灯恵の義理の母だが、どちらかといえば姉のような存在。

元は東京に住んでいたが、教団から命を狙われたことがきっかけで山形まで逃れる。

流姫乃と灯恵の救出作戦がきっかけで、革命団と行動を共にするようになる。

山寺の修行で投げナイフの技術を取得。持ち前のセンスを活かして、革命団の危機を何度も救った。

蒼や先生は、彼女のことを天才肌だと高評価している。

革命団のムードメーカー的存在でもある。


・市ヶ谷 灯恵(いちがや ともえ)

青の革命団メンバー。

結夏の義理の娘。

家出をして生き倒れになっていたところを結夏に助けられた。

15歳とは思えない度胸の持ち主。

コミュ力が高い。

少々やんちゃではあるが、芯の通った強い優しさも兼ね備えている。

秋田公国に拉致されたところ、革命団に助けれる。

それがきっかけで、共に行動することになる。

戦場では戦えないものの、交友関係を作ったりと、陰ながら革命団を支えている。

先生から才を認められ、彼の弟子のような存在になりつつもある。


・関戸 龍二(せきど りゅうじ)

青の革命団メンバー。

『奥州の龍』という異名で恐れられた伝説の不良。

蔦馬に親族を人質に取られ、止むを得ず暴走神使に従っていた。

蒼と刃を交えた時、彼のことを認める。

革命団が蔦馬から両親を救出してくれたことに恩を感じ、青の革命団への加入を決める。

寡黙で一見怖そうだが意外と真面目。

そして、人の話を親身になって聞ける優しさを兼ね備えている。

蒼にとって、カネスケと同等に真面目な相談ができる存在となる。

真冬の北海道でもバイクを乗り回すほどのバイク好き。


・酒々井 雪路 (しすい ゆきじ)

青の革命団メンバー。

かつては政治家を目指して、東京の大学で法律を学んでいたが、少数民族の為に戦いたいという思いから北海道へ渡り、AIMに参加する。

ツーリングが趣味で、それ故に機動部隊へと配属されてしまう。

だが、そこで龍二と出会い、彼の紹介で青の革命団へと加入。蒼や先生とともに、新国家の憲法作成することになった。



※第三十八幕から登場

・イカシリ

青の革命団メンバー。

AIM軍の腕利きのスナイパーで、アイヒカンの部隊に所属していた。

射撃の腕は一流で、雪愛(美咲)から密かにライバル視されている。

南富良野で蒼と一緒に戦った時、彼に才能を認められ、次第と行動を共にすることが多くなる。そしていつの間にか、蒼の配下のスナイパーとなり、彼の元で官軍と壮絶な銃撃戦を行う。

服が好きで、アイヌの伝統衣装を自分でアレンジして作った服を着こなしている。



※第三十六幕から登場

・間宮 恋白 (まみや こはく)

青の革命団メンバー。

麟太郎の娘で、年齢は4歳。

生まれたばかりの頃、麟太郎が官軍に捕えられてしまい、母子家庭で育つ。

紋別騎兵隊が街に侵攻した時、母親を殺され、更には自分も命を狙われるが、サクの手により助けられた。

それから灯恵の力により、北見の街を脱出して、一命を取り留める。

命の恩人でもある灯恵のことを慕っている。また彼女から実の妹のように可愛がられており、「こはきゅ」という愛称で呼ばれている。



※第四十四幕から登場

・間宮 麟太郎 (まみや りんたろう)

青の革命団メンバー。

恋白の父親で、元銀行員。

網走監獄に捕らえられていたが、AIMの手により助け出された。

娘が灯恵により助けられたことを知り、何か恩返しがしたいと青の革命団に参加する。

経済について詳しく、蒼からは次期経済担当大臣として、重宝されることになる。

また長治とは、監獄で共に生活していたので仲が良い。



※第五十一幕から登場

・許原 長治 (ゆるしはら ちょうじ)

青の革命団メンバー。

元力士。北海道を武者修行していた時、AIMに協力したことがきっかけで、網走監獄に捕らえられていた。

囚人達からの人望が熱く、彼らをまとめ上げる役を担っていた。

AIMに助けられた後は、青の革命団に興味を持ち、自ら志願する。

典一と互角にやりあうほど喧嘩が強く、蒼や先生からの期待は厚い。

監獄を共に生き抜いた間宮と、その娘の恋白とは仲が良い。



※第四十三幕から登場

・レオン

紗宙が飼っている茶白猫。

元は帯広市内にいた野良猫であったが、紗宙と出会い、彼女に懐いてAIM軍の軍用車に忍び込む。

大雪山のAIM陣で紗宙と再会して、彼女の飼い猫になった。



※第五十二幕から登場

・石井 重也 (いしい しげや)

青の革命団メンバーであり、日本の国会議員。

矢口宗介率いる野党最大の政党、平和の党の幹事長を勤めている。

党首である矢口から命を受け、用心棒の奥平とともに北海道へ渡航。先生の紹介で蒼と会い、革命団への加入を果たす。

政治に詳しい貴重な人材として重宝され。雪路とともに、新国家の憲法作成に携わっていくこととなる。

頑固で曲がったことが嫌いな熱い性格だが、子供には優しいので、恋白から慕われている。

元青の革命党の党員でもあり、革命家の江戸清太郎と親しい関係にあった為、革命家を志す蒼に強く共感していく。



※第五十四幕から登場

・奥平 睦夫 (おくだいら むつお)

青の革命団メンバー。

平和の党の幹事長である石井の用心棒として、共に北海道へ渡航。先生の紹介で蒼と会い、革命団への加入を果たす。

石井とは青の革命党時代からの知人で、かつて彼の事務所で勤務をしていた。その頃、江戸清太郎の演説を聞きに来ていた蒼にたまたま遭遇している。

普段は物静かだが、心の中に熱い思いを持った性格。



※第五十四幕から登場

羽幌 雪愛(はほろ ゆあ)

札幌官軍三将の豊泉美咲が、AIMに潜入する為の仮の姿。

青の革命団について調査する為に、蒼や先生に探りを入れたり、時には彼らの命を狙う。

その一方で、スナイパーとしてAIM側で戦に参戦。戦力として大いに貢献。紗宙や灯恵と仲良くなり、彼女らに銃の手解きをする。

また、その関わりの中で紗宙の優しさに触れ、スパイであることに後ろめたさも生まれてしまう。

性格はポジティブで明るいが、裏に冷酷さも兼ね備えている。



※第三十五幕から登場

・矢口 宗介 (やぐち そうすけ)

国会議員で、先生の旧友。

27歳の若さで初当選を果たし、33歳で野党最大の政党である平和の党の党首まで上り詰めた。

温厚で正義感が強く、日本国を腐敗させた神導党と激しく対立。神導党の後継団体であるヒドゥラ教団から、命を狙われている。

内からの力だけでは日本国を変えられないと判断して、旧友である先生が所属する革命団に未来を託すべく、石井と奥平を北海道へと派遣した。

蒼や先生にも負けず劣らずのロン毛が特徴。



※第五十四幕から登場

・イソンノアシ

AIMの首長であり、英雄シャクシャインの末裔。

サクの父親でもあり、温厚で息子思いの性格。それ故に、AIM軍や統治領域の民衆からの人望が厚い。

諸葛真が大学生の頃、遭難から救ったことがきっかけで、彼とは親友の仲になる。

サクの和人嫌いというトラウマを克服させる為に、彼を革命団の案内役に任命した。


・サク

イソンノアシの息子で、英雄シャクシャインの末裔。

毒舌で攻撃的な性格。

実行力と統率力、そして軍才があるので、AIM関係者からの人望が厚い。また父を尊敬していて、親子の関係は良好。

しかし、交戦的で容赦がないので、札幌官軍からはマークされている。

かつては、温厚かつ親しまれる毒舌キャラだったが、恋人を官軍に殺されたから変貌。和人を軽蔑して、見下すようになったという。

殺された恋人と瓜二つの紗宙へ、淡い好意を寄せる。



・ミナ

サクの元婚約者。

アイヌ民族の末裔で、自らの出自やアイヌの文化に誇りを持っており、北海道を愛していた。

2年前、裏切り者の手によってサクと共に捕らえられる。

そして、彼の目の前で、松前大坊に殺された。



※第三十三幕と第五十幕で登場

・ユワレ

サクの側近であり、幼馴染でもある。

正義感が強く、曲がったことが好きではない性格で、みんながサクを恐れて諌めようとしない中、唯一間違っていることは間違っていると言ってのける存在。

また忠義に熱く、蒼から何度も革命団への入団オファーを受けるが、全て断り続けている。



※第三十三幕から登場

・アイトゥレ

AIM幹部の筆頭格で、イソンノアシやサクの代わりに、軍の総大将を務めることも多々ある。

歴史ファンで、特に好きなのが戦国時代。お気に入りの武将は本多忠勝。

道東遠征で、共に戦うカネスケの才を見抜き、別働隊を任せるなど、彼に軍人としての経験をつませる。



※第三十八幕から登場

・京本 竹男(きょうもと たけお)

北海道知事であり、札幌官軍の代表。

日本政府の指示の元、北海道の平和を守る為に、AIMとの紛争に身を投じた。

政府に忠誠を尽くす一方で野心家でもあり、いつかは天下を取ろうと画策している。

それ故に、紛争を理由に軍備の増強を図る。

人の能力を的確に見抜き、公平な評価を下すことから、部下からの信頼は厚い。

公にはしていないがヒドゥラ教団の信者で、土龍金友のことを崇拝している。



※第三十二幕から登場

・土方 歳宗 (ひじかた とししゅう)

札幌官軍三将の筆頭で、身長190㎝超えの大男。

京本からの信頼も厚く、札幌官軍の総司令官の代理を務めることもある。

武術の達人で、国からも軍人として評価されており、一時期は先生と同じく国連軍に所属していた経験もある。

北海道の治安を守る為にAIMとの戦争で指揮を取るが、特にアイヌやAIMを憎んでいるわけではない。

部下からも慕われていて、特に美咲は彼のことを尊敬している。また彼女と同様に松前の残虐非道な行為をよく思ってはいない。



※第五十一幕から登場

・豊泉 美咲(とよいずみ みさき)

札幌官軍三将の1人。

セミロングの銀髪が特徴的なスナイパー。銃の腕前は、道内一と言われている。

性格はポジティブで、どんな相手にも気軽に話しかけられるコミュ力の持ち主。

京本からの指示を受け、青の革命団の実態調査の任務を引き受ける。

キレ者で冷酷な所もあるが、非道な行為を繰り返す同僚の松前を心底嫌っている。



※第三十ニ幕から登場

・松前 大坊(まつまえ だいぼう)

札幌官軍三将の1人。

人柄はさておき、能力を買われて三将の地位まで上り詰める。

サクの恋人を殺害した張本人。

類を見ない残忍性で、AIMおよびアイヌの人々を恐怖に陥れた。

再びAIM追討部隊の指揮官に任命され、AIMと革命団の前に立ち塞がる。



※第三十ニ幕から第五十幕まで登場

・エシャラ

イソンノアシの弟で、サクの叔父に当たる人物。

元AIMの幹部で、考え方の違いから、札幌官軍に内通して寝返る。

サクとミナを松前大坊へ引き渡し、ミナの殺害に少なからず加担した。

温厚だが、自分の信念を曲げない性格。

AIMをえりもへ追いやって以降は、松前の手先として帯広地域を統治していた。



※第三十三幕〜三十四幕で登場

・御堂尾 神威 (みどうお かむい)

紋別騎兵隊の副隊長。

日本最恐の軍隊と恐れられる騎兵隊の中でも、群を抜く武勇と統率力を誇る。

しかしその性格は、冷酷で自分勝手で俺様系。

人を恐怖で支配することに喜びを覚え、敵対した者は、1人残らず殺し、その家族や周りにいる者、全てを残忍な方法で殺害。

また、騎兵隊の支配地である紋別の町では、彼の気分次第で人が殺され、女が連れさらわれていた。

その残酷さは、松前大坊と匹敵するほど。

結夏に因縁があるのか、執拗に彼女のことを狙う。



※第四十一幕から登場


・御堂尾 寿言 (みどうお じゅごん)

神威の弟で、紋別騎兵隊の隊員。

兄と同じく残忍な性格。

兄弟揃って紋別の町にふんずりかえり、気分で町の人を殺したり、女性に乱暴なして過ごしている。

食べることが好きで、体重が100㎏を超えている大男。

兄の神威と違い、少し間抜けな所があるものの、他人を苦しめる遊びを考える天才。

大の女好き。



※第四十二幕から第四十八幕まで登場

・北広島 氷帝 (きたひろしま ひょうてい)

紋別騎兵隊の隊長で騎兵隊を最恐の殺戮集団に育て上げた男。

『絶滅主義』を掲げ、戦った相手の関係者全てをこの世から消すことを美学だと考えている。

松前大坊からの信頼も厚く、官軍での出世コースを狙っていた。



※第四十六幕から第四十九幕まで登場

・仁別 甚平 (にべつ じんべえ)

黒の系譜に選ばれた者の1人。

カニバリズムを率先して行い、雪山で焚き火をして遭難者を寄せ付け、殺害しては調理して食べる、という行為を繰り返している。

特に若い娘の肉を好んで食す。

リンに狂酔しており、彼女の興味を一心に浴びる蒼を殺そうと付け狙う。



※第四十二幕から登場

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