第五十九幕!軍都落ちる
文字数 14,127文字
「終わりだあああああああああ!!!」
拳は振り下ろされ、全てが終結した。みんながそう思っていた。しかし、現実はそう甘くはない。止めを刺すはずだった龍二が、土方の隣でうずくまっている。彼の身体には、3つの銃痕が痛々しくめり込む。
そして、土方の元へ駆け寄る1人の女がいた。
「土方さん!!!!」
土方がその声の方へと視線を向ける。
「み、美咲か...。」
「大丈夫でっか?」
土方は苦笑を浮かべた。
「ふ、潔くあの世へ行こうと思ったのに。」
「何言ってんですか。早く行きますよ。」
彼女は、土方の手を引っ張って起こす。
「女に助けられるとは、俺も落ちぶれたな。」
「そんな時もありますって。 気にしないでください。」
土方は肩を担がれ、そのままスノーモービルの後部座席に乗せられる。
銃で撃たれ、雪原に倒れた龍二は、過呼吸になりながらも彼女の方へ寝返りをうった。
「てめえ...。」
彼女は、恨めしそうに見てくる龍二を冷酷に見下ろす。
「これが戦争さ。あんたに恨みは無いけど、死んでもらうよ。」
ライフルの銃口を向けられる。龍二は、紗宙に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
彼女が命を助け、蒼が許した女。自分が美咲に殺されたら、きっと蒼は彼女のことを再び憎しむだろう。そして彼女を地の果てまで追い詰めて、残虐な方法で殺害することは間違えない。そうなった時、紗宙はどう思うのだろうか。
彼女は、命を助けた友達によって仲間が殺され、それに激怒した恋人が復讐の殺人鬼となり、自分の親友が抹殺される。そんな悲しい運命を背負い、暗い人生を歩まなければならなくなる。彼女は、悲しむどころではなく、絶望の果てに死を選んでしまうのかもしれない。
つまり、自分がここで死ねば、ある意味で多くの関係者を悲しませてしまうことになる。自意識過剰すぎると言われても仕方がない。だが、そんなことがありえなくも無いこともまた事実だ。
絶対に死ぬことなんて許されない。特に美咲に殺されることは避けたい。だがしかし、目の前には銃口しか見えない。今の龍二には、死という選択肢以外、考える余裕がなかった。
美咲が引き金に手をかける。龍二は心の中で叫んだ。
『みんな、すまねえ。』
激しい銃声が鳴り響くと、龍二は気を失った。
◇
「龍二さん、目を開けてください。」
どこからかそんな声が聞こえてきた。それらの声は、回数を重ねるごとに大きくなり、はっきりと聞こえたあたりで彼が目を覚ます。周囲を見渡すと、多くの部下たちに囲まれていた。
「俺は...、生きているのか...。」
機動隊の兵士が近寄ってくる。彼らは目が合うや否や涙をこぼしながら、生きていてくれて良かったと言ってくれる。
「間一髪でした。私たちが土方の陣へ入った時には、すでに女がライフルを構えておりました。こちらが彼女へ向けて発砲したところ、土方と共に札幌方面へ逃走していきました。」
すると、別の機動隊の兵士が頭を下げる。彼は怯えているのか、非常に萎縮しているように見える。
「敵の大将2人を討ち損じ、大変申し訳ございませんでした。」
他の兵士たちも一斉に頭を下げる。龍二は、そんな部下たちを見渡す。
「出すぎたことをした。すまなかった。」
機動隊の兵士たちが口を揃えて言う。
「龍二さんのおかげで、この決戦の勝敗が決まったと言っても過言ではありません。落ち度は私どもにございます。もう少し有能であれば、龍二さんの目こんなことにはならなかった...。」
龍二は、手を左目に当てた。そこで思い出す、土方によって左目を潰されたこと。しかし彼は、絶望したりせず、ボロボロの身体を叩き起こした。
「もう言うな。俺たちは勝ったんだ。官軍に勝ったんだ!!!」
それを聞いた周りの機動隊の兵士たちは、徐々に表情を取り戻す。そしていつの間にか、お通夜ムードは、勝利の歓声へと変貌していった。
この決戦の結果は、のちに国際社会に激震を走らせるのだが、この勝利の立役者は間違えなく関戸龍二、その人だったに違いない。
◇
龍二が土方と戦っている頃、AIMの右翼部隊は、峠で官軍を撃退。敵の右翼を押し込む形で、東鷹栖付近まで進軍していた。
部隊の目標は、官軍の本拠地である軍都旭川を制圧すること。サクと俺は、時に競い合いながらも連携して、敵兵の撃滅に精を出していた。
東鷹栖まで来ると、遠方に旭川のビル群が姿を見せる。爆撃音と射撃音、そして阿鼻叫喚が交差する戦場から見る東京顔負けのビル群は、不釣り合いで異様なものに映った。
旭川も仙台と同じく、戦争に備えて簡易的な城壁が街を取り囲んでいる、いわゆる城塞都市となっていた。官軍の残党は、撤退しながらもビルへ隠れてはこちらを待ち伏せして、不意を打つように銃撃を加えてくる。
俺は、迫撃砲で住宅地を焦土化して敵を丸裸にしようとサクに提案する。サクもその案に乗っかろうとしたが、ユワレの反対もあり地道に索敵しながら進むことになった。
俺とサクは、性格が似ているところが多い。それと同じくらい、ユワレはカネスケと性格が似ている。彼の存在がなければ、旭川市は廃墟になっていたことだろう。
住宅街に立てこもり、雪原から攻めてくる俺たちを狙い撃ちにする官軍兵士達。地の理も兵力も明らかに官軍が優勢だ。
その状況に、サクが苛立ちを覚えている。
「クソ!排水の陣を引いてやがる!徹底抗戦のつもりか!」
俺は、苛立つサクの愚痴を聞きながら、どうすればスムーズに進軍ができるのか考えていた。
「敵が市街地へ立てこもる前に、街を制圧しなければ。」
「わかっている。だが、地道に攻め込む以外方法がない。」
そんな時、俺の頭にアイデアが浮かぶ。
「一層の事、郊外の住宅地に潜む敵兵を無視して、一気に城壁を攻撃しないか?」
サクが呆れた表情を浮かべた。
「城壁は簡易的な物とはいえ、突破をするにはそれなりの時間が必要だ。敵を素通りして城攻めなんてやってみろ。背後を突かれて挟み撃ちにされちまう。」
「それでいいんだよ。」
「なんでだよ?」
「俺たちも排水の陣を敷くんだ。そしてこの部隊にはお前がいる。この存在の大きさに気づけ。」
サクが首を傾げた。
「言ってる意味がわからねえよ。」
俺は、冷静に噛み砕いて説明する。
「お前は兵士からの人望が厚い。そんなお前が、排水の陣を敷いて覚悟を決めれば、兵士達の士気は最高潮に上がる。3万の兵が一丸となれば、旭川の簡易的な城壁なんて簡単に突破できる。」
それを聞いてサクは、馬鹿にしたかのように笑った。
「ははははは。根性論ときたか。」
「あ?」
俺が彼を鋭い目で睨むと、彼は苦笑を浮かべてから笑うのを辞める。そして、わかっていると言う感じで真面目モードに変わった。
「すっかり忘れていたよ。戦は、兵器や兵力が全てじゃないってことをね。」
俺は、それが聞けて嬉しかった。いつ提案をしても中々採用してくれない彼が、ついに呑んでくれたのだ。
言った以上は、失敗することが許されない。心の中に自らも背水の陣を敷いた。
◇
サクは、住宅地を素通りして、直接城壁を破壊することを決定。都市郊外の住宅地と城壁はそこそこ距離もあり、民家に潜んでいる敵の残党は、打って出ないといけない羽目になる。これもまた、この案を提案した1つの理由だ。
旭川城壁から300メートルくらいのところまでやってきた。前方には、街を囲む広大な壁と、その上からこちらを警戒している官軍守備隊の姿が見える。
彼らは仙台城壁を守っていた官軍よりも、さらに洗礼された武装をしているように見えた。武器もさることながら、雰囲気、そして規律のとれた動きは、こちらを威圧する1つの要因だ。
サクが俺に質問を投げる。
「お前ならどうする?」
俺はきっぱりと答える。
「破壊する。ただそれだけだ。」
「蒼らしい答えだな。」
俺がムッとすると、そんなこと気にせずに彼は配下の兵士へ指示を出す。兵士が言われるがままに伝令を流す。それから少しばかりたった頃、他の兵士が後ろから戦車に乗ってやってきた。
「こいつを使う時がついにきたな。」
「AIM軍は、戦車を所有していないのではなかったのか?」
俺がその戦車を舐め回すように見ると、サクは、サプライズ成功と言わんばかりにニヤリと笑う。
「官軍から戦車を奪い、それを改良して作ったのさ。」
彼曰く、元々官軍の兵器工場で働いていた者を軍に採用。彼らの力を借りて、改良品を作り上げたのだという。
サクがこちらを向き直る。
「この距離からで大丈夫だ。戦車が壁を爆破したら、すぐさま全軍で突撃を開始する。」
きっとこれが、旭川攻略戦最後の戦闘になるだろう。俺の中で、再び緊張が走り始めた。
◇
サクと俺は、改良した戦車と1万の兵士を残し、残りの2万の兵士を率いて城壁へと近づいた。
距離は200メートル。守備兵がすでに銃を撃ちかけてくる。俺たちは、城外の民家やビルの壁に隠れながら、守備兵との銃撃戦を行った。
俺は、遠距離での銃撃戦は経験したことがないため、ほとんど役に立つことができず、歯がゆい気分を味わうばかりである。サクは兵士に指示を出しながら、自らも的確に守備兵をあの世へと送った。
「なあ、あとどのくらい距離を詰めて、壁を破壊する?」
サクが守備兵と銃撃戦をしながら答える。
「あと50メートル。」
「なんでその距離なんだよ?」
「どんな体力に自信の無い者でも、50メートルくらいなら全力で走れるだろ。そして体力の消耗も少なく、敵と白兵戦になった時にすぐ戦闘態勢にシフトチェンジできるわけだ。」
彼の考えがなんとなくわかった。戦車で壁を吹っ飛ばしてから、すぐに兵士を突入させて反奇襲的な攻撃を仕掛けようといったところだ。
「そういうことか。」
「わかったようだな。あの城壁さえ超えてしまえば、旭川を陥落させたも同じだ。」
銃声が響き、どこか遠くでまた誰かが死んだ。穴の空いた壁から外を見渡すと、ユワレの部隊がさらに前へと進んでいる。
「俺たちも進もう。」
「わかっている。」
サクは相変わらずツンツンしている。でも、そこが彼らしくて、もはやその対応に免疫が出来始めている自分に驚いた。
俺たちは階段を駆け下り、敵がいないことを確認すると急いで次の民家へと侵入。そんなことを繰り返しながら、約2時間かけて旭川城壁から50メートル付近の民家へとたどり着いた。
サクは、ユワレたちと無線で連絡を取り合う。そして後方に控えた戦車へと指示を出した。その直後、遥か後ろから戦車の怒号が響き渡り、真上を何かが風邪を切りながら飛んでいく音もはっきりと聞こえた。カーテンの隙間から、旭川城壁を見渡す。
次の瞬間、城壁の一部が爆発して、簡易的な城壁はまるでドミノ倒しのごとく広範囲に渡り崩れ去る。俺もサクも、まさかここまで脆いとは思いもよらなかった。
サクがすかさず全兵士に突撃の指令を出した。兵士達は、AIM万歳とか叫びながら突っ込んでいく。
「いくぞ!俺たち2人で必ずこの街を陥落させよう!」
「そうだな。AIMを苦しめた官軍に天罰を加えねばな。」
すると彼は、ある提案を出した。
「賭けをしないか?」
「そんな暇ねえよ。」
「あるだろ。だって俺たち勝つんだから。」
先生の影響でも受けたのだろうか。彼の頭の中には、旭川を陥落させた未来しか思い描いて無いようだ。
「わかったよ。で、どうすんの?」
サクが旭川市街地を指差す。
「ルールは簡単。先に旭川市役所の屋上にAIMの旗を立てた方が勝者だ。」
「いたってシンプルなルールだな。」
「そうだ、ルールは誰にでもわかる簡単な勝負だ。」
しかし、賭けということは何かを賭けなくてはならないということだろう。
「で、何を賭けるんだ?」
サクは、冗談っぽく冗談じゃ済まされないことを喋る。
「お前が勝てば、AIMの兵器、兵士、お前が欲しい人材を望む限り青の革命団に譲ってやる。」
これを聞いて、俺の目はあからさまに輝いた。丁度最近、人材やら物資の面で思い悩むことが多々あったからだ。
「良い条件だ。本当に良いのか?」
サクが首を縦に振る。
「もちろんだ。男に二言は無い。」
勝てば野望に大きく近づくことができる。アドレナリンが激しく分泌され始めていた。だが、もちろん負けた時の条件もあるだろう。それについて尋ねようとすると、サクが神妙な趣でこちらを見た。
「だが!もしお前が俺に負けたら、お前ら革命団はAIM軍の傘下で一生働いてもらう。」
なぜ彼がそんな条件を提示したのかはわからない。先生をそばに置いておきたいのか、紗宙に未練があるのか。まあそんなことはさておき、俺は必ずや勝たねばいけない状況へと追い込まれた。
官軍にも、そしてサクにも。
「良いだろう。俺はお前に負けることはない。」
外から再び銃撃戦の音が響き始める。するとサクは、聞こえるか聞こえないかくらいの声で、さりげなく呟いた。
「俺、なんだかんだお前たちといるの好きなんだ。」
俺がサクの方を見ると、彼は一足先に建物の階段を駆け降りた。そして配下の兵とともに、風穴の空いた城壁へと突っ走っていく。
サクやユワレが身体を張って先頭に立つと、隠れていた他の兵士たちも、一斉に穴の空いた城壁へ向けて駆け出す。
俺は、彼に言われた最後言葉が耳から離れず。少し遅れをとって民家を出た。城壁に近くなるにつれ、激しい殺し合いの音が近づいてくる。目の前の恐怖をかき消すほどの使命を背負い、混沌する旭川市街地へと突っ走った。
◇
城壁付近では、現代社会では稀にしか見ることはないであろう白兵戦が、長時間に渡り続けられた。官軍の抵抗は凄まじく、多くのAIM兵がマシンガンの餌食となる。
それだけではない、官軍の兵士はちゃんとした軍事訓練を受けたツワモノばかり。中には元自衛隊や武道有段者、プロ格闘家のライセンスを持ったものも多数所属している。白兵戦という選択は、難易度を余計に上げてしまうものだったのかもしれない。
しかし、敵を恐れて逃げ出すことは許されない。サクは、その辺りを徹底的に配下の兵士に叩き込んでいた。逃げれば処刑されるかもしれない。そう言った鞭の面も、兵士たちが敵のツワモノと死を覚悟して戦うための糧となった。
両者が一歩も引かない中、官軍は車を利用してこちらへ突撃するという戦法に出る。だけどもサクは、それを見切っていた。
後方にいた戦車を呼び寄せると、向かってくる車めがけて砲撃を加える。車は爆発しながら吹っ飛び、戦を隠れながら見物していた多くの市民が死亡した。
車作戦が失敗すると、官軍の兵士は高さ20メートルほどの城壁から外へと飛び降り始める。側面からこちらを挟み込もうとする魂胆が丸見えだ。
容赦無く多方向から撃ち込まれる鉛玉。俺は運が悪かったのか、右手の薬指の第一関節を鉄砲玉によって失った。
あまりの痛みに逃げ出したくなった。でも、やめてくださいと叫んだところで戦は終わらない。逃げ出したところでサクに遅れをとってしまう。そればかりか仲間の信頼を失うことにつながる。
俺には、戦いに勝つという選択肢以外残されていないのだ。周囲を見渡すと、さっきまで余裕をぶっこいていたサクが、敵の大男に捕まって殺されかけていた。
彼が死んだところで、イソンノアシが生きていればAIMが負けたことにはならない。賭けに勝つためにも彼を犠牲にして前へ進んでしまおうか。そう思い掛けたが、そんなことはできなかった。
彼がいくら捻くれ者だろうが、俺にとっては大切な戦友だ。見殺しになんてできない。すかさず銃を抜き、サクを殺そうとした男へ発砲。そいつの頭を粉々に粉砕した。
助けられた彼は、悔しそうにこちらを見てきた。
「余計なことすんなよ!俺1人で勝てる!」
「黙れ!!お前が死んだら俺は悲しい!!」
そう叫び、前から迫り来るマシンガン部隊へと単独突撃を行った。
「バカ!!死ぬぞ!!蒼!!!!」
マシンガン部隊の視線が俺1人に集中する。その時、AIM軍の足止めとなっていたマシンガンの鉛弾の雨が一時的に収まる。
俺は天に向かって叫び散らした。
「道は開いた!!!!!全軍進め!!!!!」
その瞬間、マシンガンの鉛弾がこちらへ向かって一斉に火をふいた。俺は、隠し持っていた折りたたみ式大型防弾シールドを片手に構え開くと、畳一畳分くらいの広域の板がマシンガンの攻撃を弾き返す。
だが、一発だけ腕に命中。BB弾とは比べ物にならない痛みが、俺の表情をひんまげた。しかし、ひん曲がった顔を強引に戻すかのように、恐れ知らずの前進を続ける。
そして、俺という1人の男が矢面に立ったことで戦況が変わる。鉛弾の雨が止み、俺の背中を見たAIMの兵士らの指揮は一挙に上がり、全員が死をも覚悟して捨て身の突撃を遂行。多くの犠牲を払いながらも、官軍のマシンガン部隊や歩兵を壁内へ押し込んだ。
俺が優越感に浸っていると、後方からサクの怒鳴り声が聞こえる。
「そんな優れもん持ってるなら共有しろよ!!」
そんな彼のことを無視して、マシンガン部隊へと近づく。そして片っ端から拳銃で殺戮した。全身は真っ赤に染まり、大破した車のミラーに映った自分がまるで殺人鬼のようだ。
少し立ち止まってしまったが、すぐにサクと約束した賭けの話を思い出す。早くしなければ、俺はサクの手下にされてしまう。それはすなわち、思い描いていた野望が夢のままで終わってしまう運命だ。そんなの絶対に嫌だ。俺は革命団全員の思いを背負っている。必ず新しい国を作り、真の平和が訪れる未来を創っていくんだ。
心の中でもがき散らかしたその感情は、俺の足へとはっきり伝わった。一度も訪れたことのないこの街を、マップ1つ見ずに直感と昨夜見た地図の記憶を元に突っ走る。俺を追いかけるように、AIMの兵士やサクも続く。
旭川は、さすが北海道第3の都市といっても過言じゃないくらい広い。道もわからず息切れも激しい。なんども官軍のヒットマンに殺されかけが、その度にAIMの歩兵たちに助けられた。
ウッペツ川、石狩川、牛朱別川。3つの河川を越え、いつの間にか目的地である市役所付近にまでたどり着いていた。
ふと後ろを振り返ると、死体となった敵の兵士と旭川市民、そして俺の背中を追ってきてくれたAIMの兵士達の姿があった。もちろん、負けず嫌いのサクもいた。
サクは息を切らしながらこちらを睨む。
「早く行けよ!お情け不要だ!」
彼が立ち上がり駆け出した。俺も負けじと走り出す。ここまでくると、なんだかよくわからない状況に置かれていることを改めて感じる。敵は札幌官軍のはずなのに、なぜか戦っている相手はサクである。
俺は彼に負けたくなくて、官軍に組する多くの人々を殺害しながらここまでたどり着いた。罪悪感も恐怖も感じることがなく、ただひたすらやってきた。
そんな違和感に身を委ねていると、サクがすでに市役所の入り口までたどり着いている。焦る気持ちを抑えながら、全力で彼を追いかけた。
市役所の門をくぐり正面玄関へと入る。するとサクが、市役所の職員や官軍の近衛部隊と銃撃戦を展開していた。
この市役所は、官軍の司令部の役割も担っており、高層ビル群なんかよりも大事な旭川の心臓だ。職員も官軍兵士も、死に物狂いで抵抗するだろう。
俺は物陰に身を隠す。AIMの兵士たちが続々と集結して、サクの援護射撃を開始。次々と敵が死んでいき、白い壁に血液の絵画が描かれていった。
このあたりで、官軍本体が野戦で敗れ、大将である土方、そして美咲が札幌へと逃走したという情報が伝わる。これにより味方の士気は上がり、敵の士気は下がる。降伏を申し出てくる兵士や職員も後を絶たない。そんなことを横目に、最上階へと進む階段を駆け上がった。
屋上へと続く梯子を見つけ出した時、その前で佇むサクの姿を見つけた。どうやら彼は、エレベーターを使って先回りしていたようだ。
後ろから駆け寄り、彼に声をかける。
「おい。登らないのか。」
サクは黙っていて何も言わない。
「聞いてんのか?」
すると彼は、こちらを振りかえり、手に持っていた旗を俺の足元へと放り投げた。
「行けよ。俺の負けだ。」
彼の意図が全く読めない。ここまで死を覚悟して走り抜けてきたのに、最後の最後で勝ちを譲るというのか。
「情けのつもりか?」
すると、彼がため息をつきながら首を横へ振った。
「お前は、本当にすごいよ。」
この男はいきなり何を言い出すのだろうか。俺はただ息を飲んで、彼の次の言葉を待つ。
「オホーツクで俺を助けてくれた時も、この旭川攻略劇もそうだ。お前は不器用で、頭が固くで、陰キャラで、残忍な男だけど、目的に対する執念っていうか熱意は誰よりも強い。お前なら、必ず野望を成し遂げることができる。」
「何が言いたい?そんなこと、初めから分かりきっていることだろ?」
他にも文句を言いたかったが、彼が言葉を遮るように話を続ける。
「何度もぶつかってさ、お互い殺しにまで発展しかけたこともあったけど、革命団と一緒に過ごした日々が本当に楽しかったんだ。だからさ、カラフトへ行かずにここに残れよ。そう言ってやりたかったけど、やっぱ辞めた。」
俺は彼の心を見透かすように睨みつけた。彼の中で何かが崩れ去っていくような気がする。
「鉛弾の雨や見知らぬ敵地を恐れもせずに突き進んでいく姿を見て確信したんだ。この男を止められる奴は誰もいないんだって。だから、俺も止めることはしない。そういうことだ。」
彼は寂しそうだった。そもそも、俺のことをそう思っていてくれたことが驚きだ。
「だが、俺が勝てば、AIMは兵器や物資だけじゃなく、人材も引き抜かれることになる。俺も先生も人選には容赦がない。それはお前にとって困るんじゃないのか?」
「確かに困る。けど、約束は約束だ。そのことは気にしなくていい。」
サクの表情は、これまで見てきた彼の表情の中で一番温かかった。そして彼の瞳は、戦友の目から親友の目へと変わっていた。
「わかった。先へ行かせてもらう。」
俺は、感謝の言葉を伝えると、彼の言葉を噛み締めながら急ぎ梯子を登った。
屋上へ着き、そこから旭川の市街地と盆地、そして大雪山を見渡す。新しくできた高層ビルが目障りだが、ここから見た景色は絶景だ。下で蠢く兵士や市民が、まるでアリのように小さく見える。さっきまで殺し合いをしていた俺たちも官軍も、結局は小さな存在なのだ。そんな感情に浸りながら、右手に持ったAIMの旗を高らかと掲げた。
それに気づいたのであろうか。旭川市内で戦っていた兵士達が一斉に勝利の勝鬨をあげる。
俺は、その景色を目に焼き付けたのち、旗を鉄塔にくくりつけると梯子を降りた。
すると、急に目眩に襲われ、その場に倒れこみそうになる。しかし、サクがとっさに肩を貸してくれたので、怪我を負うことはなかった。
「蒼、ちょこっと頑張りすぎたんじゃねえの?」
「そうかもな。でも、俺の野望はこんなところじゃ終わらねえ。」
支えられてグッたりとしている姿を見て、彼が俺の背中を軽く叩いた。
「じゃなきゃ、北生蒼じゃねえもんな。」
俺は、悪意のないサクのいじりを快く受け止め、そして共に笑い合う。こうして、肩を借りながら市役所を後にするのである。
◇
数時間後。イソンノアシ率いるAIM本軍が旭川市街地に入り、ここに軍都旭川はAIMの手によって陥落したのであった。
それから、長治達のAIM左翼部隊と南富良野から進行していたアイヒカンの部隊により、富良野近辺も手中に収めることに成功。AIMは領土を大幅に拡大することに成功した。
◇
旭川を制圧したAIMは、ここに前線基地を設置。札幌官軍に対して睨みを効かせることになる。その一環で、青の革命団も専用の寮とオフィスを1つもらうことができた。
俺は、そのオフィスを『革命団本部』と名付け、臨時の事務所を設立する。オフィスの規模は、学校の教室ほどの広さがあり、俺が座るリーダー席以外に、デスクの島を2つ作ることができた。
旭川陥落から5日後の夜。俺は、誰もいないオフィスでリーダー席にふんずり帰りながら、窓の外から見える夜景を見物していた。
ここのオフィスはビルの11階にあり、旭川の夜が一望できる好物件である。夜景を見てから振り返り、誰もいないガランとしたオフィスを眺めて有頂天になる。
『これがかつてサラリーマンしていた頃、俺を虐げてきたクソ管理職どもが見ていた景色か。実に素晴らしい眺めだ。』
1人でニヤケて見せた。それから高らかに笑ってみせる。
「ははははははははは!」
自分でやっておいて、後々恥ずかしくなった。
そうこうしていると、先生と石井、間宮、そして雪路が入ってくる。
自分の世界に浸っている最中に入ってこられた為、苛立ちにかられる。反射的に銃殺しかけたが、そこをグッと堪えて堂々とした態度で3人を迎え入れた。
先生は、そんな心境をわかっているのだろうか。鼻で笑うこともなく、穏やかに話しかけてくる。
「リーダー。オフィスの居心地はいかがですか?」
「素晴らしい、良い気分だ。」
「それは良かったです。そのポジションは、組織の大黒柱。これまで以上に責任が伴いますよ。」
「そんなことを言いに来たわけじゃないだろ?」
彼がそのようなつまらない雑談の為に、このメンバーを引き連れてくるはずもないのだ。
先生の口角が上がる。
「ええ、御察しの通り。今後のお話をする為に参りました。」
「なんだ、憲法作成の話か?」
それを聞いた先生は、上出来ですと言わんばかりに笑った。
「ははははは。リーダーは私の考えがわかるようになったのですね。」
「ふっ、このメンツを見れば大体の予想はつく。」
彼が真面目モードに戻る。
「ええ。これから国家の予算と法律は、私とリーダーを含む、この5人で決めていこうかと考えております。」
「ほお。しかし、他のメンバーが嫉妬するんじゃないか?」
「いえ、最終決定や作成を5人で行うだけです。他のメンバーの意見や要望も聞いていくつもりでございます。」
それを聞いて安心した。5人だけで勝手に話を進めるとなれば、他のメンバーに申し訳ないと思ったからだ。
それにしても雪路は嬉しそうだ。
「戦は得意じゃないので、ようやく活躍できそうです。」
彼は法律の知識が半端ない。この役目は、きっと天職となることだろう。
間宮も雪路と同じようである。
「私も戦争では足手まといなので、この一大業務に携われることは誇りに思います。何よりも恋白に父としてのカッコいい所を見せられますので。」
それを聞いて、凄く幸せな気分になれた。俺も子供ができたら、彼みたいになりたいと少し憧れを抱けた。
石井は、日本の国政政党の幹事長をしつつ、新国家の政治家としても活動することになる環境に、凄い違和感を覚えていたようだ。
「気が進まないのか?」
「いえ、ただ少し違和感を感じただけです。」
「まあそうだろうな。だが、この新国家は日本の後継国となる。つまり石井は、前も今もある意味で日本の政治家に変わりはない。」
それを聞いた石井が思わず笑う。
「面白い考え方です。それなら違和感ありませんな。」
彼は強い信念を持った男だ。一度本気にさせたら、最後までやり遂げてくれることだろう。この国を日本の後継国にしてからもずっと。
こんな話で盛り上がっていると、先生が入り口のドアを開ける。誰かが訪ねてきたようだ。4人は入口へと視線を向けた。
すると、オフィスカジュアル姿の紗宙、結夏、灯恵、そして灯恵と手を繋いだ恋白が入ってきた。
恋白は、間宮の姿を見つけるとすかさずこちらへと駆けてきて、彼に抱きついた。
「パパ!おねえちゃんたち、ここではたらくらしいよ!」
俺は、ビジネススタイルな3人を2度見した。紗宙も結夏もオフィスカジュアルが様になっている。というよりも2人は、何を着させても可愛いことは間違いない。そして意外なのは、灯恵も結構似合っていることだ。15歳で社会人さながらの雰囲気を出すとは、さすがとしか言いようにない。
それにしても紗宙は可愛い。そんな妄想をしながらボケっとしていると、先生が説明を加える。
「3人には、ここで事務の仕事をお願いすることにしました。」
「おお、それは心強いな。」
こんな可愛い事務員と働けるとなると、気分が晴れ晴れしくなる。紗宙は、そんな俺を見て微笑んでいた。俺もにっこり微笑み返す。
結夏が紗宙の腕をつつく。
「パソコン詳しくないから教えてよね。」
灯恵も結夏に続く。
「私にも教えてくれよな!」
紗宙は、そんな詳しくないけどと謙遜しながらも、2人を見て頼もしく頷いていた。
◇
みんなで和気藹々と話していると、軍用の共有スマホに電話が掛かって来た。相手はサクからだ。
俺が電話に出ると、彼はめんどくさそうに内容を話す。
『札幌官軍がリベンジマッチをしたいようだ。』
詳しく聞くと、どうやら滝川に駐屯している官軍守備部隊が、旭川へと進軍を始めたようだ。俺は、サクに二つ返事をして電話を切る。
「戦だ。今から出陣する。」
和やかな空間が引き締まった。俺と先生は、残りのメンバーにオフィスを任せると、急ぎ支度をする為にAIM司令部へと向かうのだった。
◇
司令部は、オフィスとは真逆の緊迫とした雰囲気に包まれている。イソンノアシは具合が悪いのか、重苦しい表情を浮かべていた。俺と先生は、参謀室に入ると彼の元へ向かう。
「身体は大丈夫か?」
「大丈夫じゃ。それよりも、官軍の動きが思ったより早かったな。」
「あれだけ叩いたのにまだ懲りないとは、諦めの悪い奴らだ。」
イソンノアシが頻繁に咳き込んでいる。先生曰く、彼の状態は日に日に悪化の意図を辿っていて、そう長くはないだろうとのことだ。
イソンノアシがこの世を去れば、AIMの指揮に多大な影響を及ぼすだろう。それに、彼が生きているうちに北海道に平和を取り戻し、その世界を見せてあげたい。その為にも、なんとしてでも官軍を潰さねばならない。
「蒼どの、真。サクとアイトゥレがすでに深川まで向かっている。彼らとともに官軍を叩きのめしてくれ。」
イソンノアシがまた咳をする。彼は隠しているようだが、手の平にはうっすらと血痕がついていた。
先生がイソンノアシの背中をさする。その姿を見て、俺は早急に決断を下した。
「首長。サクの救援は俺だけで向かう。」
「ほお...、真を連れて行かなくても良いのか?」
「官軍ごとき、俺とサクが入れば倒せない相手ではない!」
それを聞いたイソンノアシは、初めは心配そうにしていたものの、徐々に穏やかな顔へと変わっていく。
「サクと信頼し合える仲になれたのじゃな。」
「ああ。あいつは信頼できる同志だ。2人で必ずやりとげてみせる!」
先生が俺の顔を見つめる。その瞳は、あなたなら大丈夫ですと言ってくれているようだ。
「わかりました。リーダーの命令は絶対です。」
こうして俺は、急ぎ参謀部を飛び出すと、典一、長治、奥平の3人と1500人の精鋭を引き連れて深川へと急いだ。
◇
俺とサクは、納内に陣地を形成。深川から一挙に攻めてくる官軍滝川守備部隊をことごとく討ち破る。彼らはただの守備隊であり、紋別騎兵隊や土方の軍と比べれば、大したことのない貧弱軍隊だ。サクが総司令官として軍を統率して、俺は隊長として部隊を率いて戦地を駆け巡る。
俺は敵を見つけ次第、一兵たりとも降伏を許さず殲滅させた。官軍がそのあまりの冷酷さに恐れをなし、徐々に抵抗をやめて深川から逃走を開始。喧嘩をふっかけといて逃げ出した官軍の尻を火で炙るかのごとく、雨竜近辺まで追撃。徹底したヤキを入れてから、サクの居る本陣へと帰陣した。
戻って来た頃、サクのテンションは明らかに低いことが目に見えてわかる。
「どうかしたのか?」
「親父の病状が悪化した。」
いつかはこうなるとわかってはいたが、いざそうなると辛いものがある。俺は、サクが親父を大切にしていることを良く知っていた。
「ここは俺に任せて旭川へ帰れ。」
「ダメだ。官軍が完全に諦めたことがわかるまで、ここを離れることは危険すぎる。」
「大丈夫だ。徹底的にヤキを入れて来た。」
サクが顔を上げると、険しい顔でこちらを見る。
「官軍は、まだうん十万の兵力を保有しているから、その程度じゃ引かねえよ。AIMは旭川で官軍に勝利をしたが、ほぼ完全燃焼状態だ。あいつらは、それをわかった上で攻撃を仕掛けて来た。このチャンスをみすみす捨てるはずがないんだ。」
サクが深いため息をついた。先行きが曇りだした戦いは、思いの外に彼に心労を与えている。このままでは、指揮が落ちてAIMが崩れるのも時間の問題だろう。やっぱり戦いの全ては総力と資源なのだろうか。
そんなことを考えていると、兵士が天幕へと入って来る。
「報告します!札幌から、京本知事と豊泉美咲が率いる官軍が、こちらへ向けて進軍しているとのことです。それと同時に、土方率いる別働隊が占冠村へ向けて迫っております。」
サクの顔がさらに重苦しくなる。
「クソが!!こんな時に限って!!」
俺は、なけなしの言葉を彼にかけた。
「今は戦うしかないようだ。」
彼が無言で立ち上がる。それからこちらを振り向いた。その顔は、全てを投げ捨て、無理して吹っ切れたような狂気に満ちている。
「言う通りだ!相手が諦めるまで勝ち続けてやるよ!!」
「しかし、敵は大軍でこちらは少数。砦でも築いて防衛撃退戦とでも行くか?」
サクが不敵な笑みを浮かべる。
「蒼。俺も鼻からそのつもりさ。神居古潭の近くに巨大な陣地を築いてやる!」
そんな物をすぐにつくりあげることなんて、普通の集団なら難しいだろう。だけども、AIMならできる。俺はそう信じている。
こうして俺たちの軍隊は、納内から少し東へ引き返した山地にある神居古潭近辺に、簡易的だが丈夫な長城のような陣地一夜のうちに作り上げた。
この陣地は神居長城と呼ばれるようになり、後の国境とされることになる。
◇
陣地が完成した日の朝。俺とサクとアイトゥレは、日光を浴びるために陣地の塀の上へと登る。朝方から覆っていた霧が少しずつ晴れ始め、納内と深川の景色が一望できた。それと同じくして、その景色をまるで覆うかのような、大規模な官軍部隊も目に飛び込んでくる。
「皆殺しにしてやるよ。」
そう俺が呟くと、サクも全く同じことをボヤいた。そして偶然ハモると、隣で聞いていたアイトゥレは笑っていた。
太陽が徐々に真上へと距離を詰めていく。それは、俺たちと官軍の決戦が迫っていることも意味している。
『待ってろよ親父。必ず勝って、早く帰るから。』
サクはそう、天に向かって呟いた。
(第五十九幕.完)