第六十幕!深川休戦条約
文字数 14,266文字
官軍の将兵らは、その圧巻した陣地と行手を阻む塹壕に脅威すら覚え始める。ついこの間まで旭川にいた美咲も、思わず驚愕していた。そして、大将である北海道知事の京本竹男も同じようだ。
「いつからこんな物が作られた?」
「1週間前には、こんな物は存在してませんでした。」
「あのような要塞規模の陣地と、広大な塹壕を即席で作るとは、恐ろしやAIM軍。」
京本の表情が険しい。美咲は気を配りながら、彼に尋ねる。
「知事、いかがいたしましょうか?」
すると彼は、東の空を指さした。
「AIMは、空軍部隊を所有していないと言ったな?」
「はい。ドローンのみです。」
「ならば、あんな塹壕など気にする必要はない。」
美咲は、長く彼の元で働いていることもあり、考えていることがなんとなくわかる。
「ヘリコプターを使って空から攻め込むのですか?」
「その通りだ。国連の内戦協定で戦闘機と空爆は禁止されているが、ヘリコプターからの兵士の投下は禁じられていない。」
「それなら塹壕なんて気にせずに、背後から攻め込むこともできますね。」
京本は、悔しそうに神居古潭に築かれた陣地を睨みつける。
「見てろよAIM。お前らの野望は、この俺が日本を代表して阻止してやる。」
晴れ渡る空は、雲1つ無い快晴だ。京本は、天が官軍に味方していると思い込んだ。
◇
官軍がある程度接近したかと思うと、緩やかに動きを止めた。この突起した立体型の塹壕に恐れをなし、攻撃を躊躇っているのだろうか。小型ドローンを密かに放って敵の情報を隈なく探るが、伏兵のいる気配もなく隊列も至っておかしなものではなかった。
雲1つない快晴の空は、広大な蝦夷の果てまで続いている。俺が空を眺めていると、サクがやって来た。
「対空砲の準備が整ったぜ。」
「あの情報は果たして本当なのだろうか。」
サクはニンマリと笑う。
「あたりまえだ!AIMのスパイの力を舐めんな!」
そう、俺たちは既に京本の策を見破っていた。AIMは、札幌にスパイを大量に送り込んでいる。彼らの情報によれば、江別にある官軍の航空基地でヘリコプターの大掛かりな整備が行われていたようだ。恐らく京本は、空から旭川や帯広に攻撃を仕掛けるつもりだったのだろう。
俺とサクは、それに備えて対空砲の整備を忘れてはいなかった。
「今日は晴天。官軍にとっても都合が良い。必ずヘリコプターで襲撃してくるさ。」
俺は、不敵な笑みを浮かべる。
「しかし、こちらにも都合が良い。快晴は狙い撃ちには適している。」
サクは、腕を組んで相槌を打っている。
「天は俺たちに味方してるってことだな。」
「伝説の英雄神サマイクルの如く、敵を討ち亡ぼすぞ。」
「お、勉強したのか?」
何気なく伝説の英雄の名前を口に出すと、彼が嬉しそうに食いついてくる。俺はドヤ顔で答えてやった。
「ちょこっとな!」
そんな会話をしていた時、見張りの兵士が望遠鏡を片手にやってくる。慌てているのか息を切らしていた。
「サク様、遠く札幌の方角から、何やら黒い物体が多数接近して来ます。」
「来たな...。官軍め、徹底的に叩き飲めしてくれるわ!!!」
俺たちは即座に持ち場へ戻り、対空砲の準備をさせた。対空砲は、塹壕の中に隠してあり、敵から気づかれることはないだろう。完全に相手の意表をついてやる予定である。
黒い物体がこちらへと迫る。それらは、よく見なくてもヘリコプターであることがわかった。サクが兵士たちに命じて、全員を武装させて待機させた。
ヘリコプターが猛スピードで接近してくる。数はざっと8機。頭上から爆弾を落とされることは怖い。でも、先にやつけてしまえば、恐るに足らず。
奴らが射程に入る時、サクは一斉射撃を指示。敵のヘリコプターに対して、複数の対空砲が激しく火をふいた。
◇
AIMの不意打ちは功を奏し、官軍のヘリコプター8機の内、2機を大破させることができた。しかし、官軍も鍛え抜かれた軍である。墜落するヘリコプターから、戦える兵士が一斉に塹壕内へと降り立った。ヘリコプター本体は、軌道を陣地の食糧庫へ向けてから墜落。その衝撃でAIM軍は食糧の多くを失う。また、他のヘリコプターから多数の官軍兵が降下。塹壕内で激しい白兵戦が展開された。
俺は、固定式機関銃に跨り、次々と降りてくる兵隊を撃ち倒す。サクは、兵を指揮しながら先頭に立って塹壕内にいる官軍兵と戦う。
京本は、塹壕内が混乱をしているのを見るや、全軍に総攻撃の指示を下す。それにより、官軍兵が一斉に神居古潭塹壕へと迫ってきた。
サクは、アイトゥレに防衛を命令。塹壕の裏で待機していたアイトゥレ率いる15000人の兵が突撃を開始。塹壕外で激しい銃撃戦を展開。多くの死者を出しながらも、3万の官軍兵を撃退した。
塹壕内でも、俺とサクの活躍により、敵兵を全滅させることに成功。俺は、降伏を許すな、という指示を配下に出して、敵を1人残らず皆殺しにさせた。理由は簡単で、ヘリコプターから降下攻撃させることに不安を覚えさせ、敵の士気を挫く為である。
京本は怒り狂い、ヘリコプターからの更なる降下攻撃を指示したが、兵士らは恐怖に怯えモチベーションが上がらない。士気の低い兵士らは、ヘリコプターでの第二攻撃の際、躊躇して中々落下ができない。そこを狙って、AIM軍の対空砲が再び牙を剥き、官軍のへリコプターを全機撃墜。
AIM軍は、京本らに恐ろしさを見せつけたのであった。
◇
夜になり、久方ぶりに雲が空を覆った。蝦夷の大地は、2月に向けて再び寒さを増し始める。道が凍り、兵士らの転倒事故が度々問題視された。
俺は、月すら見えない暗闇の中、1人夜風に打たれている。凍え死にそうな寒さな筈なのに、何故かそんなふうに感じない。それ以上に嫌な予感がして、部屋の中でこもっていられないのだ。
「おい蒼。話ってなんだよ。」
呼びつけておいたサクが来たようだ。
「夜襲が来る!」
「何?また空から降ってくる気なのか?」
「いや、空からは来ないだろう。俺の勘ではあるが、戦闘から5日経って未だに敵の動きがないのはおかしいと思わないか?
それに今日は悪天候。夜襲にもってこいだ。」
「なるほど。京本と美咲なら仕掛けてくるかもな。」
俺はサクへ言い放つ。
「自ら出向いて、奴らを根こそぎ潰してやる。」
「ん?他の兵士にやらせれば良くないか?」
「いや、俺にやらせてくれ。」
俺は、先日の戦いで奴らを徹底的に痛めつけて恐怖の対象となった。そんな奴が闇の中から伏兵として現れ、奴らを徹底的に叩きつぶしたら、官軍も恐れをなしてAIMを迂闊に攻撃しなくなるだろう。
サクは、俺の意思が揺るがないことを察したようだ。
「わかった。その役目はお前に任せるよ。」
こうして俺は、敵の奇襲部隊を殲滅する作戦で隊長を務めることになる。サク曰く、官軍が密かに兵を進めるならば、更進方面が濃厚らしい。更進地区は、神居古潭の南側で、陣地の裏へ回り込むには通らざるをえない場所だ。
俺は、典一、長治、奥平、そして配下の1500人の兵を率いて、更進方面へと隠密に移動した。
◇
雪原と暗黒。俺が率いる1500人の部隊は、敵に気づかれないように灯を消す。一寸先すら見ることが困難。軍のフリー電波無しでは、通信すらままならない。地元のアイヌの道先案内がなければ、この作戦の遂行は難しかっただろう。
敵の奇襲部隊が本当に存在するのだろうか。長治を筆頭とした仲間たちは、そう思っていたようだ。
確かにこの行軍は、俺の仮説を発端にした作戦である。しかしながら約3ヶ月間、常に戦いと隣り合わせの生活を送った中で沸いた勘である。俺は自分を信じたい。
しばらく進んでいると、かすかに馬のヒズメのような音が響くのがわかった。それも一匹や二匹ではない、数十頭はいると予想される。距離が徐々に近づいてきたので、全員に武器を構えさせた。
そして、エンジンをつけたまんまのスノーモービルをその場に残し、それを的にするかの如く近くの茂みに身を潜めた。息を殺し、ここを通りかかるであろう官軍を待ち続ける。
数分後、薄明るい照明を頼りに行軍する官軍が姿を現した。うっすらとしか見えないが、こちらの3倍くらいの規模はありそうだ。彼らは、止めてあるスノーモービルに近づき、あたりをキョロキョロと伺っていた。それから、注意を払いつつもスノーモービルを物色し始める。俺たちは、茂みの中でその光景を眺めながらチャンスを待つ。
「リーダー。チャンスですぜ。」
隣で典一がそう呟く。
「いや、まだ早い。奴らの動きをよく見るんだ。」
典一は、再び官軍を凝視する。エンジンを付けっぱなしの数十台のスノーモービルが、人っ子一人いない田舎道に放置されているのである。それだけで異様な光景であり、官軍兵士たちは同様しているのがわかる。でも、隊長らしき人物が先へ急ぐと言い放つと、再び隊列を組み直している。
それを見て、俺は笑みを浮かべていた。
「北生どの。そういうことなんですね。」
どうやら奥平は、俺のやりたいことを察したらしい。あと少しでその時は来る。寒さに震える気持ちを抑えながら、勝利へのチャンスを見極める。
官軍がスノーモービルを無視して進み出す。街灯すらないこの道では、彼らの持つ薄明るいライトですらハッキリと見える。AIM軍からしてみれば格好の的だ。官軍が通り過ぎるの見計らい、俺たちは後をつけるように追いかけた。
風が少しづつ強まってくる。情報によれば、この遠征に参加している官軍兵士の多くは、全国からかき集められた本州育ちの兵士。きっと、この蝦夷の寒風に恐れを抱いている頃だろう。
気味の悪さ、寒さ、恐怖、疑念。そして、奴らが陣地付近まで近づいた時、目の前には万全の準備を整えたサクの本隊。
官軍奇襲部隊がざわつき始めるのが、目に見えるようにわかった。薄明るい光を放つ隊列が、少しずつ乱れ始める。俺はそこを見逃さなかった。
「AIM軍の恐ろしさを見せつけろ!!!!!」
配下の兵士たちが、官軍奇襲部隊へ一斉に機関銃をぶちまける。闇夜に敵兵の悲鳴と銃撃音が鳴り響き、混乱する官軍。
俺は配下に命じて、どでかいスタンドライトで官軍奇襲部隊を照らしあげた。眩しさと背後から突如として現れたAIM軍。そして指揮する北生蒼。それを目の当たりにした官軍兵士は怯え狂い、逃げ出そうとする者も現れる。
「皆殺しにしろ!!」
俺の号令とともに、典一と長治を筆頭とした部隊が一斉に突撃を開始した。それに呼応する形で、陣地にいたサク率いる軍も出撃。戦いは1時間くらいで決着がつき、官軍奇襲部隊で生き残った者はたったの7名。その彼らですら、手足を失ったりと重い傷を負い。官軍本陣へ帰還した頃には、5名が息絶えたのだという。
そんなことはつゆ知らず、俺は次の作戦へと動いた。
◇
朝日が顔を出す少し前くらいの時間。今度はこちらが兵士を率いて官軍本陣に奇襲攻撃を仕掛けた。あまりのインターバルの無さに、流石の京本や美咲ですらてんやわんやしていたようだ。
仕返しというわけではないが、官軍右翼部隊を徹底的に壊滅させ、食料貯蔵用の天幕をことごとく焼失させた。これに懲りたのか、官軍は一時的に深川まで撤退して体勢の立て直しを計った。
AIM軍は、官軍に対して優位な立ち位置を確保したが、戦力と兵糧が底をつき、戦を続けるには困難な状態に陥る。また、占冠村においても、カネスケとアイヒカン率いるAIM軍と土方率いる官軍が、いつ終わるかもわからない睨み合いを続けている。
このままでは長期戦となり、官軍に敗北してしまう可能性が高い。そう考えた俺とサクは、旭川に無線を飛ばして先生に助言を求める。すると先生は、国連に仲裁をしてもらうという案を提案。俺たちには、それ以外に前へ進む道はなかった。
国連からの返事には、早くても3日間はかかることになる。世界は、この戦争にどう結末をつけようとするのだろうか。そんなことを考えながら、陣地の見張り台で、遠く深川に結集している官軍を見ていた。
「サク、アイトゥレ。国連はなんと言ってくると思う?」
アイトゥレは、険しい表情を浮かべる。
「今の国連は、地球内のことよりも宇宙との関係性に重点を置いている。以前と同様に取り合ってもらえないかもしれん。」
弱気なアイトゥレに反して、サクの意見は違う。
「だが、この戦争は別だ。ネット記事を読んだが、案外注目されているようだぞ。」
「仮に取り持ってくれたとしても、国連の代表はアメリカ。日本政府の同盟国が、反日本組織の我々に、平等な条件を提示してくれるだろうか。」
「アイトゥレ、忘れてはならん。数年前に国際条約に記載された少民族保護法。これが可決されたことで、朝鮮、ウイグル、中東、インド、多くの民族問題に終止符が打たれた。このアイヌ問題だって同じさ。俺たちにも国を持つ権利はある。国連もそれを承知の筈だ。」
アイトゥレは、それでもまだ国連を信用できないようだ。そんな彼に対して俺も持論をぶつけた。
「世界有数の最恐部隊『紋別騎兵隊』を壊滅させ、軍都旭川も陥落させた。世界は俺たちに震撼している。人も多く死んだこの戦争を国連が放っておく筈ないだろう。」
「まあそうかもしれないな。ただ不利な条件を突きつけられる可能性は高い。」
「そんなことさせねえよ!官軍を徹底的に破壊して、国連にノーと言えるだけの存在になる!」
俺が意を決して彼の不安を淘汰すると、アイトゥレとサクが俺の方をガン見してくる。この男ならやってのけるのではないか、そう思ったのだろうか。
会話に疲れ、再び深川方面へと目を移すと、遠くから官軍が迫ってきていることがわかった。
「懲りねえサルどもめ。」
俺は、粘り強い敵を叩き潰すことを心に誓い、サクとアイトゥレと共に戦いの準備にかかる。
◇
官軍は、塹壕へ近づくと一斉に攻撃を仕掛けてくる。兵力は5万。力攻めといったところだろうか。対するAIMは1万。官軍に勝ち続けているとはいえ、負傷して戦えない者も多数抱えている。一回戦闘を行うだけでもお腹いっぱいだ。
官軍は、狭い地域では戦車が使えないことをよく知っている。山と森、塹壕、河川、そして陣地によって平地の少ないこの戦場で戦う為に、ヒグマ部隊を多用してきた。
官軍のヒグマは、ドグマという薬物に犯されて育てられた兵器だ。どこぞの誰が開発したのかわからぬ薬は、その個体が本来持っている思考を全て消し去ってしまう。そして無になった個体へ、人間に忠誠を誓えと調教するのだ。こうして出来上がった軍のヒグマ達は、背中に乗った人間の意のままに人を食い殺していく。機械を超えた凡庸的な動きは、現代技術をはるかに凌ぐ脅威を秘めていた。
30騎はいるだろうヒグマ部隊が、次々と塹壕附近へとかけてきた。ユワレが率いる最前線の防衛陣は機関銃で迎え撃つ。しかし、荒れ狂うヒグマ達は、例え騎手が死んでも暴れ回る。これにより、AIMの前線部隊は激しく消耗してしまう。
ドグマを使用したヒグマは、機関銃でも撃ち殺すことはできるが、生命力が強くて中々倒れてくれない。AIM軍は、迫撃砲やロケットランチャー、手榴弾などの爆発物で対抗。塹壕では爆音が響き渡り、敵味方問わず多くの犠牲者を出した。
◇
あの戦闘から1週間が経過する。AIM軍は、度重なる戦いに疲弊を来たし始めた。鳴り止まない銃声と爆音、ヒグマの唸り声は、いつしか兵士らの精神的苦痛の原因となっていく。
官軍の兵力は多く、こちらがいくら撃退し続けても減っているようには見えない。俺とサクは、この状況に嫌気がさし始める。
そんな時、先生から一本の電話が入った。
「リーダー。国連からの返答が来ました。」
俺とサクは息を飲んだ。
「答えは...?」
「和解の調停を行う、とのことです。」
それを聞いた時、心のそこに安堵感が湧いて出る。サクも同じで、いつも強がっている彼が、ホッとした表情を和らげた。
「先生、よくやってくれた!」
「いえいえ、決定したのは国連。いや、世界の人々とでも言っておきましょうか。少数民族の生き残りを願う多くの人々の声があったからこそ、国連が動きこの結果へと結びついたのです。」
「なるほど。世界は日本政府よりも俺たちを支持してくれたのだな。」
「まあ、そんなところでしょうか。」
「で、日本政府の反応はどうだ?」
「是非ともということでした。今の日本は、全国で紛争が起こっております。北海道だけに構っている余裕がなかったのでしょう。」
「そうか!交渉はいつになりそうだ?」
「ふふ、お気が早いですね。率直に申し上げましょう。交渉の日取りは、明日の午後でございます。」
それを聞いて、俺は思わず笑ってしまう。
「ハハハハハ!明日だと!流石は先生、仕事が早すぎる。」
「我々には時間がないのです。早く戦争を終わらせて、国づくりの道へ進み出しましょう。」
「そうだな。早急に交渉を取りまとめ、青の革命団としての道へ戻ろう。」
そう言って電話を切ると、俺は見張り台の床に寝そべった。まるで、ゲームで1つのチャプターをクリアした時の子供のような達成感と解放感が気持ちを包み込む。
そんな姿を見たサクは、気持ちを引き締めて真剣な顔に戻っている。
「蒼。まだ戦いは終わってないぜ。この交渉こそ、AIMの命運を左右するものになるんだ。油断はできねえ。」
「わかってるさ。講和の席で、京本に不平等条約でも叩きつけてやるか。」
「立場をハッキリさせてやらねえとな!」
ふと軍用スマホのメールを確認すると、明日の詳細が書かれていた。午後1時、場所は深川会議場。AIMの全権は俺とサク。法律に詳しい雪路、用心棒に典一、AIM軍の指揮官であるアイトゥレ。それから何故か、灯恵もメンツに加えられている。
なんで灯恵も来るのだろうかと疑問に思ったが、そんなこと以上に、明日の交渉が楽しみになってくる。果たしてどんな会議になるのだろうか。心の中でドキドキと不安が入り乱れた。
◇
一夜が明けた、昼の12時半過ぎ。俺は他のメンバーと合流。深川にあるの指定のビルへ到着すると、会議室の席で官軍の全権大使が来るのを待っていた。
会議室は、机が中心においてあり、向かい合う形で席が並べられている。サクを上座にして、灯恵と典一以外が座る。2人は真後ろの壁に寄りかかっていた。
「リーダー。こういうの初めてなので緊張します。」
雪路の手足が震えている。よっぽど緊張しているのだろう。だが、それが普通の感覚だ。一般人がいきなり外交交渉に参加したらそうなる方が当たり前だ。
サクとアイトゥレも手足をそわそわさせていた。この交渉は、AIMの今後に深く関わってくる。彼らの場合は、その責任感からくる緊張だろうか。
俺はといえば、いざ本番になると既に逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。戦いなら相手を殺してしまえばそれでおしまいだ。しかし交渉は違う。頭を使い相手を納得させないと良い結果は得られない。
俺は頭を使うことが得意ではない。失敗してしまうのではないと思い始め、恐怖が全身を覆う。すると、成果を一切あげられず、会社のお荷物として後ろ指を指された1年前の自分を思い出す。昨日までのイキりたっていた自分は、一体どこへ行ってしまったのか、不思議でしかたがなかった。
「おい、なんで無言なんだよ。」
背後を振り返ると、こんな状況下でも相変わらずケロっとしている灯恵がいる。彼女の強靭な度胸はどこから湧いてくるのか、教えて頂きたいくらいだ。
その隣では、俺と同じくらいそわそわしている典一がいた。緊張して焦りを隠せない大柄な29歳と、緊張のきの字すら感じさせない15歳が並んでいる。その光景が面白くて、思わず目元が緩んだ。
「うるさい。考え事をしているんだ。」
「ふーん。つまんな。」
「つまるとかつまらないとかじゃねえんだ。」
先生は、何を考えて彼女をここへ派遣したのだろうか。疑問しか浮かばない。
「ま、なんでも良いんだけどよ。いつも通りで良いんじゃね?」
「ま、まあな。」
JCは健気で良いな。そんなことを思いながら、交渉までの残り時間を過ごした。でも、彼女の言うことも一理ある。俺たちは、交渉という普段なれない環境にかしこまっていたのかもしれない。
俺は北生蒼だ。官軍がゴネたら、掴みかかってドスでぶっ刺してやる、くらいの方が自分らしい。そう強く思い込んだ。
◇
13時になる。まるで、教室に試験官が入ってくるように、官軍の全権大使が入ってきた。とは言ってもそのメンツは、北海道知事の京本竹男本人と、札幌官軍三将の美咲である。
京本の後ろには、彼の用心棒であるエリート軍人達が4〜5人並んでいた。
「蒼、久しぶり!」
「お、おう。」
美咲は、相変わらずテンションが高い。彼女の明るさは、時にこちらの刃を砕いてくることがあるので、冷静さを見失わないように踏ん張った。
隣のサクは、今にも美咲を殺すかのような目つき彼女を睨んでいる。
「そんな顔すんなさ。」
彼女の煽るような発言にサクがキレそうになるが、アイトゥレが静止した。
「お前が北生か?」
俺は再び目線を前へ移し、その声の主なや目を向ける。身長は俺よりも少し高いくらい。明治の偉人みたいな長い髭をこしらえ、割と顔立ちの整った40代くらいの男がいる。
社会において、下から丁寧に接するのが普通であるが、ここは戦場と変わらない。俺は、怯えたり遜りそうになる自分を制し、相手を殺しにかかるモードに入る。
「あ?」
「ほお、初対面の相手にその態度か。さすがはAIM、野蛮な奴の集まりだ。」
それを耳にしたサクの堪忍袋が切れる。
「野蛮なのはテメェらだコノヤロー!!!」
俺とサクが暴れ出すと止まらない。アイトゥレと雪路は必死に静止して、俺たちを席に着かせた。
美咲は、そんな俺たちの向かいに座り、壁に寄りかかる灯恵と目を合わせると、小さく手を振っている。
「灯恵ちゃん!久しぶりだね!」
灯恵は薄ら笑いを浮かべた。
「あ...、うん。久しぶり。」
「元気ないなー、らしくないぞ!」
「え、元気だよ。」
灯恵は気まずそうだった。自分の命の恩人であるが、官軍の将軍として自分らを痛めつけてきた女だ。複雑な感情が入り乱れる。
俺は、雑談に入ろうとする美咲の会話を遮った。
「早く交渉を始めるぞ。」
重苦しい声に、部屋が緊張に包まれていく。嵐の前の引き波のように。
◇
初めに口を開いたのは京本だ。
「では率直に言おう。休戦の件は承諾してやる。ただ条件は、旭川と深川、富良野、大雪山、占冠村の返還。それとAIMの武装解除だ。」
彼は相当強気のようだ。でも、こちらだって負けてはいない。サクも張り合うように主張する。
「戦いに勝利したのは俺たち。領土を話し合いで譲るなど言語道断だ!それから、こっちが武装解除するならお前らも武装解除しろよ。」
京本は、馬鹿にしたように笑いながら、的確に反論を述べた。
「それはおかしな話だ。我々は政府、お前らはテロリストと違い、国を守る義務がある。そして北海道は日本の領土だ。こちらから譲る物など本来はない。ただ、お情けとして道東地方の自治を認めると提案しているのだ。我儘も大概にして欲しいものだ。」
サクが何クソと言わんばかりに発言しようとするが、今度は俺が話に割って入る
「北海道は元々アイヌの土地だ。俺たちの先祖が勝手に開拓して領土とした歴史がある。アイヌの人々が声を上げた以上、彼らへ返すのが当然だろ。」
「それは過去の話だ。今は日本政府の土地である。そして北海道を故郷とする日本人も沢山いる。お前達は、歴史を口実に彼らの故郷を荒らし、そして奪った。ふざけるのも大概にするんだな。」
俺とサクVS京本の口論は、一向に平行線しか辿らない。軍縮の件、領土の件、この2つの議題だけで1時間は使っている。我が強い選手権のごとしこの交渉は、放っておくといつ終わるかが不鮮明である。
それから不毛な会話がしばらく続いた時、予期せぬ発言が口論に風穴を開ける。
「別に誰の物でもよくない?
手を取り合って、アイヌも和人も共生できる北海道を作れば良いじゃん。」
俺たち大人は、そんな発言をした灯恵へ目を向ける。京本が彼女を睨みつけた。
「ガキが大人の話に口を出すな!!!」
「大人が決められないから決めてあげたんじゃん!見栄張って争ってばかりで話し合いもしようとしなかったから、多くの人が死んだじゃん!そろそろ目を覚ませよバカ!!!」
彼女は大人であろうと一切引き下がろうとしない。京本の後ろにいた軍人達が、灯恵に対して殺意の目を向ける。すると典一も殺意を向け返し、会議室が突如として戦慄と化した。
このままではまずい。そう感じた美咲が妥協案を提案してくる。
「軍縮の件と富良野は譲るさ。でも、旭川、深川、占冠村は、日本国に返してくれないかな?」
美咲は女狐だ。何か策があるに違いない。そう考えた俺は、それを突っぱねる。
「ヤダね。この戦争でどんだけの人が犠牲になったと思ってる。彼らのことを思うと妥協なんて一切できねえ。」
サクも溜まっていた想いを吐き散らかす。
「お前は俺の親父を毒殺しようとした。そんな奴の話なんて聞けるか!」
アイトゥレも便乗して攻勢に転じる。
「いい加減、負けを認めたらどうだ!」
すると、美咲の口調が一変。陽気でもなければ冷酷でもない、彼女に似合わない怒りという言葉がしっくりだろう。
「舐めてんの?
被害者面すんのやめろや。確かに私は、あなたの父親を殺そうとしたし、沢山のAIM関係者を殺したよ。北海道の平和を取り戻す為にね。
でもそれはあなた方も同じ。アイヌの国を作るために、私の戦友を沢山殺した。
ねえサク、あなたが1番わかるでしょ?
復讐を口実に、容赦なく官軍兵士を虐殺していた貴方なら。」
サクは、言葉が詰まり何も言い返せない。
ガールフレンドを殺し、民族への差別的行為を続けた官軍に対してなら何をしても良いとイキりたっていた。残酷な死刑や冷酷な拷問も正義の名の下で平然と行ってきた。その行き過ぎた正義の愚かさに気づき、返す言葉が選べなくなったのだ。
黙り込むサクを見て、京本が笑みを浮かべながら勝ち誇ったかのように言う。
「何も言い返せないようだな。大人しくこの書面に調印して貰おうか?」
彼が躊躇なく不平等条約を突きつけてくる。決定権を持つサクがこんな状況では、AIM陣営はどうすることもできない。
正直な話、ここで京本と美咲を消すことはできるが、それをしてしまえば国際社会を敵に回すことになる。
俺は、目の前の京本を見た。すると、表情が少しずつ落ち着いていくのがわかる。となりでは、サクが断固としてペンを持たず、心の抵抗を続けていた。
「早く書け!戦争を終わらせたいのだろ?」
京本が煽ってくる。だがサクは、一向に一切ペンを握ろうとしない。
「話し合いの決着はついている。早く書きなさい。書かなければ、貴方達は戦争を望むテロリストとして、世論と世界を敵に回すことになるよ。」
美咲もそう諭してくる。よっぽど早期終結へ持ち込みたいようだ。
しかしこの時、俺はあることを閃く。それから不敵な笑みを浮かべ、京本と美咲へ堂々と言い放つ。
「札幌をくれるなら、旭川も富良野もくれてやるよ。早く戦争終わらせたいんだろ?」
「何をバカなこと!そんなことできるはずないだろ!」
「簡単だ。お前らが札幌から出ていけば終わる。」
「北生。お前は多くの人が苦しむのを見ておきながら、戦争を続けたいのか?」
俺は、渾身の力を込めて、手を机に叩きつける。バンッ、という強烈な音が響き、全員が注目する中で、目の前の官軍関係者を虐殺する勢いで宣言をした。
「ああ勿論!札幌を譲るまで、全員散ってでも戦争してやるよ!!!」
京本は知事であり日本の役人だ。いくら札幌官軍の統帥権があるとはいえ、感情まかせに講和を蹴ることなどできない。それに、彼が戦争の道を選べば、道民を守るという使命が果たせなくなる。これが奴らの弱点である。ここに気づいたからこそ、俺は強気で発言することができたのだ。
今度は京本が口を紡ぎ黙り込んだので、仕返しの意味も込めて追い討ちをかけた。
「いいか?
俺たちは、札幌を割譲するまで戦争を続け、官軍に加担した奴らは、1人残らず皆殺しにする。一般人も含めてな。」
俺は一切引き下がる気はなかった。
京本は、この強情かつ無情な態度に脅威を覚えていた。噂によれば北生蒼は、革命を起こして国を作ろうとしている。こんな残虐無情な男が国など立てたら、日本国民は必ず悲惨な目にあう。京本はそう思うと、なんとしても妥協してはならないと強く思い、こちらも妥協案など出すべきではないと考えた。
そして、彼が妥協を提案した美咲へ意見しようとした時だ。
「もう、終わりにしよ。」
美咲が呆れるように呟いた。京本の全身に焦りと苛立ちを覚える。しかし美咲は、上司でもある彼に発言する隙を与えない。
「このままだと、いつまでも殺し合いが続く。私たちが折れるわ。」
俺は、意図がわからないので、気を緩めることはしない。
「札幌を譲るということか?」
「札幌は譲れない。けど、戦争を終わらせたい。」
「話にならないな。」
「それはどうかな。この3つの条件で、休戦という形にしたい。」
すると彼女は、3つの条件を提示してきた。
「1つ、軍縮は無し。お互い領土を守るだけの軍事力は所持して良い。
2つ、旭川と富良野、大雪山は、AIMへ譲る。その代わり深川を含む、神居古潭より西側から軍を撤退させること。
3つ、占冠村を緩衝地帯とする。両者がそこへ軍を踏み込ませてはならない。
これで妥協してくれない?」
俺は苛立ち、それをつっぱねて更なる条件を突きつけようとする。しかし、口を開く前にサクが言った。
「わかった。それで良いよ。」
彼の声は疲れ果てていて、これ以上交渉することに意味をなさないと感じていたのだろう。その一言を契機に、会議室の空気が晴れ始めた。
「ただ、条約の書類は国際法に基づいた書式で、そこにいる雪路に作成してもらう。いいな?」
美咲は納得して頷いた。京本は納得せず、彼女を問い詰める。
「勝手なこと言うなよ。」
「知事。もう殺し合いは辞めましょう。私達の役目は道民の平和と命を守ること。それを果たせない戦争なんて、する意味がありません。」
美咲の意志は強かった。京本は苛立ち、背後の将兵に声をかけて全員の殺害を命じたが、将兵たちも美咲の意見に同意しているようで、知事の命令であるにも関わらず動くことを躊躇している。それどころか、諌める者ばかりだ。そして周囲を見渡すと、京本自身と俺以外の全員が満場一致で条約の締結と休戦を望んでいる。彼は、鋭い目つきで唯一威嚇を続ける俺に対し、煽るような文言を投げかけてくる。
それに対して俺は、心の中ではすぐにでもこいつを殺したいと思い立ったが、AIMの代表はサクである。彼が争いをやめるというのなら、それ以上争うことは無駄でしかない。それ故に、争う京本を何も言わずに見下し続けた。
1人争う京本元へ周囲から注がれる冷たい視線。彼はついに諦めて、条約の締結を渋々受け入れることとなった。
◇
夕方5時頃。長時間にわたる交渉と、条約の調印が終わる。最後に京本とサクが握手を交わしたことで、この深川対談は終結。ここに『深川休戦条約』が結ばれることになった。
この場にいたほとんどが戦争の一時中断に喜んでいたが、俺と京本だけが内心では最後まで納得できずに冷戦状態が続いた。
深川を出て、塹壕の向こうへと続く道。俺たちが、約束通りに軍を撤退させるのかを確認するという名目で、美咲が見送りに来てくれた。
道中で彼女は、まるで何もなかったかのように、灯恵とお喋りをしている。灯恵も彼女のテンションに合わせて楽しそうに話している。
俺は、そんな光景を見てある考えに至ったのだ。
「美咲。」
彼女は会話を中断してこちらを向く。
「俺たちと一緒に来ないか?」
「それはヘッドハンディングってやつー?」
「そうだ。共に戦って欲しい。きっと紗宙も喜ぶはずだ。」
すると、ちょっとまてとばかりにサクが会話に入ってくる。
「ダメだ。確かに能力は認めるよ。でも、こんな危ねえやつを近くには置いておけねえ。それにAIMの関係者は、みんなこいつを憎んでいる。仮に来たとしても、村八分にされて居心地が悪いだけだ。」
しかし俺は、その意見をぶった斬る。
「いやAIMではなく、青の革命団に誘ったのだ。勘違いするな。」
サクはそれでも嫌そうな顔をしていた。表向きでは彼女を認めたが、内心はそこまで好きではないのだろう。
すると。美咲がニッコリ笑ってで口を開く。
「蒼、ごめんね。すごく嬉しいお誘いだけど、今回はパスするよ。」
「なぜだ?」
「一応これでも札幌官軍の三将だから、自分の立場に誇り持ってんの。そこにケジメつけるまでは、日本政府を裏切れない。」
それを聞いて、俺は更に彼女を配下に加えたくなる。自分の立場や役目に責任を持てることは、非常に立派なことだ。
しかし、彼女にも事情があるのだろう。
「わかった。AIMがお前を否定しても、青の革命団はお前を歓迎する。気が向いたらいつでも訪ねてこい。」
美咲は少し寂しそうだった。
「うん。機会があったらね!」
いつの間にか塹壕の入り口に着いていた。後ろを振り返ると美咲が手を振っている。俺たちは、彼女に手を振り返してから、塹壕の向こう側へと歩き出す。一歩、そしてまた一歩と前へ進み、陣地のある高台へ着いた頃にもう一度振り返ると、遥か彼方にスノーモービルを走らせる美咲の姿が見えた。
彼女とは、またどこかで会える気がする。その時は敵としてではなく、同じ方向へ進む者として再会したい。そう思いながら、俺は旭川へ向けて再び歩き始めるのだった。
◇
北海道戦争の話は、国際ニュースに取り上げられ、日本が再び世界へと注目されることになる。日本政府の自衛隊および官軍が、AIMという反政府軍に実質的に敗北を期した。このことは世界中を震撼させ、多くの賛否両論が巻き起こった。
批判的な意見もある中で、多くの国や人々が民族独立に歓喜。海外の世論は、AIMの存在を肯定する方向へと動いていく。その一方で、日本政府の立場は危ういものとなり、国内では騒乱の嵐が勢いをつけて吹き荒れていく。
国際連合は、先生の取り計らいもあり、AIMを認めないが否定もしない中立な立場をとり、日本国内の問題として処理していくことを決定した。
しかしロシアだけは、この状況へ危機感を募らせていた。そしてこの日から、日本の動乱へ干渉しようと虎視眈々とチャンスを伺うようになっていくのであった。
(第六十幕.完)