第三十一幕!英雄の末裔
文字数 9,916文字
姿を現してからそう時間は経っていないのに、先陣が既に敗北してしまう。これは、こちらの指揮を挫く大きな要因となっていた。
俺たちは、新ひだか町にある静内城に臨時の陣営を築き。そこで防衛線の戦略を話し合った。
イソンノアシは話を切り出す。
「日高町が取られたとなると、次の防衛線であるこの静内城を何としても死守しなければならない。ここが崩れたら、喉元にナイフを突きつけられたようなものじゃ。」
先生は淡々と語る。
「前線からの情報によれば、敵の総数は8万と兵力だけでも倍以上。それに戦車の5台保有しています。相当手の込んだ防衛陣を築かねばすぐに突破されます。」
「この静内城は西に海、北に川と森。防衛において完璧な場所じゃ。」
「守りには適しているが、守ってばかりでは潰される。」
「うむ。できることなら、敵の先鋒だけでも迎撃して出鼻をくじいてやりたい。」
すると先生はクスッと笑う。
「何を弱気になっておられますか。」
イソンノアシの頭上にハテナが浮かぶ。
「というと?」
先生は自信ありげに言い放つ。
「全軍壊滅させてみせます。」
イソンノアシは驚いた。
「な、なんじゃと!!真の言葉だから信じたいところじゃが...。」
先生は扇子で顔を仰ぎ、陣中をウロウロしながらボヤくように言う。
「ゲリラと水。」
その場に居た全員が、何のことやらと首をかしげる。
「まず、敵の進撃速度をAIMお得意のゲリラ戦で時間を稼ぎながら緩めます。ある程度戦わせては後退を繰り返させ、その間に静内川の上流をせき止めて川の水位を下げます。おびき出して川を渡らせ、程よい所で堰を切って濁流により敵を分断。そこを総攻撃して各個撃滅します。」
イソンノアシは、まだ少し彼の策を疑っている。
「そんな原始的な作戦が通用する相手か?」
先生は何の臆することもなく話す。
「AIMのゲリラ部隊は、自衛隊よりも優秀だと聞いております。敵の気付かれないようにおびき出すことは簡単だと言えましょう。そしてこの戦いで厄介なのは、敵の兵力と戦車部隊。戦車を川に沈めて敵兵を分断してしまえば、こちらの優勢は間違いない。」
「それはそうじゃが。どの辺りにおびき出す?」
「豊畑あたりが妥当です。 静内城は川に守られ、うぐいすの森周辺は視界も悪い。敵は、そこに我々の伏兵が潜んでいると読んでくる。とすれば、川を安全に渡るとなると中洲も多く進軍しやすい豊畑辺りになるでしょう。ですので、そこまで一気に進軍して、体勢を整えてから総攻撃をかけようとするはずです。」
イソンノアシは納得したようだ。
「なるほど。では、その策はいつ決行するのじゃ?」
先生はきっぱり断言する。
「今夜です!それまでに川を堰き止め、静内川の川上に伏兵を配置します。それから、なぜゲリラ部隊がこの城から離れた方角へ逃げているのかを正当化します。その為、城周辺の橋を全て爆破して逃亡兵を見捨てて、殻に篭るかのごとく守りに徹しているように見せかけます。」
「それで、相手にゲリラの追撃と安全な渡河を促すわけだ。」
先生はニヤリと笑う。
「ええそんな所でございます。」
イソンノアシが、関心した顔で先生を見ていると、彼はある要求を出す。
「それから、私共に手勢3千と船をお与えください。」
「何をする気じゃ?」
「敵の後詰を壊滅させます。」
「海から背後に回り込むということか。」
「さよう。決定的なダメージを与えて、官軍の進軍に待ったをかけさせます。」
「わかった。お主を信じるとしよう。」
先生は、一呼吸置くとサクの方を見る。
「道案内はサクに任せたい。」
サクは張り切って答える。
「任せとけ。官軍のゴミどもを1人でも多く殺害してやる。」
「それから、その3千人の指揮は、我がリーダーにとってに頂く。」
サクは、うってかわって否定的になる。
「いや待ってくれ。戦争に一度も行ったことのない奴に指揮を取らせるとか正気か?」
先生は平然と構えている。
「ああ正気だ。リーダーはここにくるまでに幾多の試練を乗り越えてきている。この程度の任務を乗り越えられないわけがなかろう。それに、弱点である土地勘、兵士との信頼関係をカバーする為にあなたをつけるのだ。」
サクは、納得いかない表情を浮かべながらも、仕方なそうに答える。
「わかったよ。真が言うのであればそれに従う。」
先生が俺の方へ向き直る。
「リーダー。この作戦において後詰の壊滅は、相手の敗北を決定的にする重要な任務です。」
「ほんとに上手く行くのか?」
「ええ、間違いなく。根拠を言うのであれば、敵の先発部隊の大将である南十条雅人は、まだ新米で力任せの戦いを得意とするフィジカル系指揮官です。これまでの戦闘を分析しても、彼は戦略や戦術よりかは、兵力と兵器により勝利してきた傾向にあります。そして経歴を見ていくと、ここらの地理に疎いことがわかりました。夜間という条件、土地勘と戦闘技術に優れたAIMの兵士、そして死をも恐れないリーダーの勢いがあれば、倒せないことはまずないでしょう。」
それを聞いてもまだ不安だ。いくら根拠を出されたところで、それはあくまで仮定にすぎないのだ。
「もし万が一、窮地に陥った時の策はあるのか?」
先生は、相変わらず自信に満ちている。
「ええ、考えてございます。どんな場合でも必ず勝利を掴みとる策を。」
彼が真剣に話していることは、顔を見ればすぐにわかる。彼のこれまでの活躍を思い出し、信頼しきると心に決めたところ、少しばかり自信が湧いた。
「そこまで先生が言うなら俺はやる。必ず勝鬨をあげて凱旋するから見ておくがいい。」
「リーダー、それからサク、任せましたよ。」
俺はサクの方を向き、プライドを抑えながらも彼に歩み寄った。
「納得いかないかもしれないが、これはAIMにとっても大事な戦いとなる。協力してくれ。」
サクは、変わらず不満そうにこちらを見てきた。
「言われなくてもわかってる。足を引きずるような真似はすんなよ。」
俺は、軽く頷くと彼から目を背けた。それと同じくして、先生が隣で話を聞いていた紗宙に話を振る。
「紗宙にも話がございます。後で私のところへ来てください。」
紗宙は、そわそわした顔で先生を見ていた。きっと彼女も戦争が怖いのであろう。
俺は彼女を戦場へ駆り出すことは反対である。後で内容を聞いて、そのようなものであれば、先生にすぐさま止めさせようと心に誓いを立てた。
こうしてこの新ひだか町を舞台に、AIMによる官軍壊滅作戦は決行されることになった。
◇
会議はひと段落ついた。
俺は、壁にもたれかかってスマホを見ているサクに声をかけた。
「ちょっと話さないか?」
サクはスマホから目を離さない。
「戦のことか?」
「城内を案内してほしい。」
サクはめんどくさそうに立ち上がると、俺と一緒に部屋を出た。
静内城は、こじんまりとした砦のような所で、余計なものを省いて戦闘に特化している。元は真歌公園と言う場所だったというが、札幌官軍と臨戦態勢になった時に、城として生まれ変わったのだ。城内の広場には英雄シャクシャインの銅像が立っており、その前まで来るとサクは銅像へ軽く会釈をした。
俺は、サクに謝罪をする。
「さっきは感情的になって済まなかった。」
「どうでもいい。それにお前が銃を向けたところで、その引き金が引かれることはなかっただろう。」
彼は、ポケットから小さな吹き矢を取り出して、それを俺の方へ向ける。
「きっとこいつが、お前の心臓を貫いていたさ。」
俺は背筋が凍る。
「そんなものを隠し持っているとは、さすが英雄の末裔だな。」
「俺は和人を信用していない。奴らはすぐに人をたぶらかし、そして騙し利用するからな。周りにいる誰が敵になって襲ってくるかわからん。お前にはこの感覚がわからんだろ。」
「全く同じとは言えないが、わからなくもない。」
「どう言うことだ?」
「俺もいわゆる人間不信で、猜疑心が強い人間だ。故に、相手を心から信じることができずに常に警戒をしてしまう。」
胸ポケットから拳銃を取り出すと、それをサクの目の前に突き出した。
「だからきっと、こいつを手放すことができないんだろうな。」
サクは鼻で笑う。
「人を信じれないもの同士が共に戦うわけだ。」
そう彼は言った瞬間、吹き矢を勢いよく吹いた。放った矢は、俺の首の横を通り過ぎると、後方の草むらに突っ込んだ。俺はいきなりの事で、頭が真っ白になる。
サクは、残念そうにため息をついた。
「なんだ狸か。」
俺は一瞬感じた殺意に対して、何をすることもできなかった。
「札幌官軍は、こちらへスパイや刺客を送り込むことがある。常に警戒が必要なんだ。」
「この北の大地には、枕を高くできる場所はないと言ったとこだな。」
「そうだ。この陣中ですら厳戒態勢だ。お前が実は、スパイという可能性も捨てきれないからな。」
俺は一呼吸置いて言い返す。
「お前がどう考えていようがお前の自由だ。俺も心のそこから人を信頼する日はまだ果てし無く先だろう。だけども、今はお前を信頼する以外の道はなさそうだ。」
「勝手にしろ。俺はまだ、お前らを信頼することはないだろう。」
「いつか必ず信頼させてやるよ。」
「それは戦いで結果を出してから言うんだな。」
話をしていると、今朝以上に冷たい突風が吹き荒れた。サクは、それ以上言葉を交わすことなくその場を去る。
俺は、1人で部屋へ戻ることとなった。
◇
参謀室の前まで来ると、部屋から出てきた紗宙とばったり鉢合わせた。
彼女は、手をカーディガンの袖にすっぽりと入れながら寒そうにしていたが、目が合うと明るく声をかけてくる。
「お疲れ!どこ行ってたの??」
「サクに城内を案内してもらってた。」
「良いなー。」
「そういや、これからまた風の強い日が続くって。」
「え、また。寒いの苦手なんだよ。」
「耐えられなかったら言えよ。なんとかするからさ。」
それを聞いて、紗宙は静かに微笑んだ。
「うん、そうする。」
俺は、さっきのことが気になったので、すぐに会話を切り替える。
「先生となんの話をしてたの?」
「治療のこと。」
俺が困惑していると、彼女が続ける。
「私たち戦争なんてしたこと無いじゃん。だから病や毒、それに重傷を伴ったあらゆる場合の関連知識を教えてもらったの。」
先生は、彼女が看護系の大学に通っていたことを知っている。だから、そういう知識はすぐに吸収して、即戦力になると考えたのだろう。
「難しそうだけど、知らないとあとで後悔しそうだ。俺にも教えてくれないか?」
「時間がある時にね。教えるの得意じゃないけど。」
彼女は謙遜しながらも、快く引き受けてくれそうだ。
「ありがとう!楽しみにしてる!」
そう言い終わった頃、サクもその場に姿を見せた。彼は、紗宙の顔を見ると頬を赤く火照らせる。紗宙は、そんなサクを心配していた。
「サク、大丈夫?」
サクは、そっぽを向きながらボソボソと答える。
「ただの霜焼けだ。気にすんな。」
「なんかあったら頼ってね。遠慮はいらないから。」
「すまない、ありがとう。」
俺は少しぎこちないサクを見て、すぐに彼の気持ちを勘ぐった。きっと彼も、紗宙に惚れた男の1人なんだろうなと。
◇
俺たちが参謀室で飯を食っている間も、AIMのゲリラ部隊から前線の情報が次々に送られてくる。
イソンノアシの話によれば、官軍の誘導は作戦通りに進んでいる。それに、川の堰き止め工事も順調とのことである。
戦争慣れしているサク、静内城に残る紗宙はともかく、初陣で奇襲作戦の指揮をとる俺の心臓は、はち切れんばかりに脈打っている。
サクが付いている。それに限られた時間ではあったが、3千人の奇襲部隊と簡単な演習を行い、それぞれの小隊の隊長とも打ち合わせをした。土壇場とはいえ、十分な準備はしたつもりではある。だが、やはり緊張が抜けきれない。
俺は弁当を無理やり掻き込むと、参謀室を飛び出して1人談話室へ駆け込んだ。
談話室は、すぐに使用できるように暖房が効いていてとても暖かい。俺はテーブルに座ると、作戦の内容や敵の情報、地図が記載された資料とにらめっこしながら、荒れ狂う自分の気持ちを整理することに全力を注いだ。
俺が率いる奇襲部隊の役割は、退路を制圧して官軍の先発軍を壊滅させる決定打を打ち込むことと、逃走兵を殲滅すること。そして、後からやってくる援軍の足止め役だ。
敵の後詰部隊は5千。兵力では上まわれているが、実戦経験に乏しい見習い兵が多いのだという。
それに引き換えこちらは兵力では劣るが、実戦経験が豊富なAIMの勇者達である。全くもって力の差があるわけではない。それに、土地勘はこちらの方が優れている。後は、俺が経験不足をどう補うか、というところにかかってくるだろう。
窓の外を眺めると、さっきまで吹いていた強風が徐々に弱まりつつあった。まるで大嵐の前の静けさのようだ。
俺は、壁に飾られている北海道の地図を眺めながらふと思った。先生はどう考えているか知らないが、国連の協力が得られない場合、AIMが取るべき道は2つだ。
1つめは、この日高地方を捨てて軍を広尾戦線に集結させ、反時計回りに北海道を制圧していく道。
2つめは、全軍をこの日高戦線に集結させて、総力戦で一気に札幌攻略を計る道。
だが、どちらの道に進むにしても、この戦で失敗するようなことがあれば、選択する未来すらない。
もちろん負ければ、国連から良い返事をもらう前に、AIMが滅ぶことも考えられる。それに、生き残っても不利な条件を突きつけられる可能性が高い。故にこの奇襲作戦は、必ずやり遂げなくてはならないのだ。
だがしかし、俺には少し不安があった。条件は悪くない、俺も頑張れる。しかし、指示に従わない者が規律を乱せば、勝てる物も勝てなくなってしまう。昼の訓練の時、先生やイソンノアシの協力もあって形としては成立した。だが、つい半年前まで一般企業の追い出し部屋にいて、戦の経験のみならず、人を管理したことのない素人の指揮である。良く思わない将兵も多数いたことは事実だ。それに副官のサクだって、会話はできるようになったが、心の距離はまだまだ遠い。いざとなれば、俺を犠牲にすることだって考えられる。
不安で頭がいっぱいになり、作戦資料に顔を突っ伏した。そんなことをしている間に、誰か部屋に入ってきた。俺は、くせ者を見るかのごとく振り返る。するとそこには、もの哀しそうな顔をした紗宙が立っていた。
彼女は、俺の座るテーブルの後ろの壁に設置された長椅子に座った。俺は資料に目を戻すと声を発した。
「何か辛いことでもあったか?」
彼女は何か言いたげだ。
「え、別に...。」
俺は素っ気ない。
「そっか。」
「本当に大丈夫なの?」
俺は、彼女に心配かけまいと強がる。
「大丈夫だ。ここにくるまで散々困難を乗り越えたんだ。こんなところで死ぬものか。」
けども彼女は、俺の手が震えているのを見逃してはいない。
「私、嬉しかったんだよね...。あの時。」
何のことかわからず聞き返すと、彼女が一呼吸置いてから答える。
「素直に気持ちを伝えてくれた時。」
俺は、なぜその話が今でたのか、よく分からずにぶっきらぼうに返す。
「急にどうしたんだよ。」
彼女は、寂しそうにしながらも声を軽く荒げる。
「だから。私にくらいは本当のこと言ってよ。」
俺は、彼女が何でこんなこと言うのかわからない。
「なんか酷いことしたかな?」
「心配なの。この旅に出てから変わっていく姿を見れて嬉しいけど、何度も死にかけて、いつかは私の前から居なくなっちゃうんじゃないかって。」
俺は、何て言葉をかければ良いのかわからず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「ほら、歳は1つ違うけど幼馴染じゃん。昔のことも知ってるから余計に不安なの。」
しばらく考えたから、慎重に思いを伝えていく。
「心配かけてごめん。勢い任せに引き受けたけど、正直恐ろしくて引きこもりたい気持ちでいっぱいだよ。でもやり遂げなくてはならないんだ。きっとこの先に、俺がこの世に生を受けた意味の答えがある気がするから。俺はその景色を確かめたい。」
「そんなこと言うと思ってた。けどやっぱり...。」
俺は、立ち上がって彼女の隣へ行くと腰を下ろした。そして、彼女を抱きしめた。
「心配してくれたことは凄く感謝してる。だけど、紗宙には応援していて欲しい。必ず勝鬨をあげて帰ってくるから。そしたら俺のことをもっと信頼して欲しい。」
紗宙が俺の顔をじっと見つめてくる。
「本当に生きて帰ってきてよ。」
俺はもう言うなとばかりに、彼女に深いキスをした。そして最後に呟く。
「俺はもう、誰にも負けるつもりはない。」
彼女との約束が、心を取り巻いていた不安という痛みの鎮痛剤になったのかもしれない。英気を養った俺は、彼女を参謀室まで送りとどけると、モッズコートを羽織って外へ出た。
覚悟はできていた。後は、柔軟な決断と根性あるのみだ。
◇
もう日も沈んでいる。中庭にある英雄シャクシャインの銅像が、ライトアップされて悠々と仁王立ちしている。11月の北海道の夜は、東京人からしてみれば冷凍庫のようである。厳しい寒気が包み込むその場所に、サクの姿があった。
サクは英雄の銅像の前で、1人考えごとをしているようだった。俺が後ろから近づくと、彼は音で感じ取ったのか、こちらを振り向かずに言う。
「出陣の頃合いだな。」
「敵が静内川対岸を豊畑方面へ進軍している。 全ての準備が整った。」
「先祖も和人に騙されて殺されている。俺と奴らは宿命の間柄のようだ。」
サクは銅像に向かって深々と礼をした。
そうこうしていると札幌の方角から、微かではあるが敵の歓声らしき音が聞こえてくる。川の向こう岸にある城下町は、住民を逃したことでもぬけの殻となっている。故に、敵からこの陣営まで遮る音源がないことから、遠方の敵の音も何百年前の如く聞き取ることができた。
俺たちは、敵の歓声とは別にこちらに迫ってくる排気音に気づいた。
サクは意地悪っぽく言う。
「お前が連れてきたチンピラか?」
俺は反論する。
「そうに違いない。けどあいつはただのチンピラじゃない。」
「初対面の俺からしてみれば、ただのチンピラだ。」
俺は、それ以上何も言わなかった。
排気音が間近まで迫ってきた。暴走神使との戦いで嫌という程聞かされたが、やはり心臓に悪い爆音である。
排気音は、俺の後方でピタリと止んだ。運転していた龍二は、俺の元へ近づく。
「豊畑方面まで偵察してきたが、約8万の正規軍の迫力は尋常だ。」
「そうだろうな。本州で粋がってる暴走族や仙台官軍とは規模が違うのだから。戦況はどうだった?」
「先発隊が渡河の準備をしていた。後1時間もしたら、上流の堰が切って落とされるだろう。」
もうじき戦の本番が始まろうとしている。気持ちに緊張が走り出す。
そんな時、サクは鼻で笑いながら言う。
「お前が大将なんだろ。そろそろ兵達を集めたらどうだ。」
俺の声は、少し苛立ち混じりになる。
「言われなくてもわかってる!」
俺は彼に港まで来るように伝えると、龍二とともにその場を去った。
サクの言動にイラついたのではない。言われないと答えを導き出せない、経験不足な自分に苛立っていた。
港へ向かう途中に龍二が俺に言う。
「いざという時は俺もいる。細かいことは気にしなくていい。」
「ありがとな。必ず打ち勝って、俺たちの実力を証明してやる。」
バイクの後ろに跨りながら決意を固めると、俺たちは風邪を切って港へ直行した。
◇
港の広場では、AIMの兵士達が素人指揮官の到着を今か今かと待ちわびていた。三千人の兵がざわつく最中、その声をかき消すように、龍二はエンジンをかき鳴らしながら広場へ入った。バイクを兵士達の前方に停車させると、俺は三千人の前にゆっくりと姿をあらわにした。
こんなに大勢の前で、何かを喋った経験がない。だから、緊張で潰れるのではないかと思っていたが、どうもそんなことはなかった。大勢の社員の前で、晒し者の如く怒られていたあの頃に比べれば、全然大したことではない。
前からの景色は、様々なものが見えてくる。協力的な顔、小馬鹿にしたような顔、興味すらない顔、死ぬことを恐れている顔、不平を隠している顔、どんな人物なのか面白半分で見ている顔、そして寝顔。
俺がこの奇襲部隊の隊長になったことで、一枚岩でなくなりかけたこの一団。それを一枚岩に戻す義務が俺にはある。そんな思いを胸に、俺は胸ポケットから拳銃を抜き、天に向かって空砲を放った。ざわめきが瞬く間に収まり、広場が静けさに包まれた。
俺は思い切り息を吸い込む。そして、何が起きたのかわからないような顔をしている兵士たち。そんな彼らへ、今まで発したことのないくらい大きな声で語りかけた。
「俺は北生蒼!
知っての通り、半年前までただの一般人だ!
指揮官としての経験もゼロ、戦争の経験すら皆無、喧嘩だってここ数ヶ月でちょこっとかじったくらいである!
こんな奴にあれやれこれやれ言われるのは、不服以外ないだろう!
その気持ちは重々わかっている!
けどもこれは、AIMの運命を決める大事な勝負である!
俺はアイヌ民族でもなければ、北海道に所縁のある者ですらない!
だが俺は、死ぬ気で勝ちを取りに行く!
なぜなら、AIMと俺が目指している場所は、似ていないようで実は似ていたからだ!
お前達は北海道の自由のために、俺は日本国を変える為に、いずれは札幌官軍を討ち滅ぼさなくてはならない!
故に、俺はお前達を同志だと勝手に思わせてもらっている!
頼りない指揮官だが、期待して任せてくれた先生やイソンノアシ、ここまで支えてくれた革命団の仲間、そして同志であり同じチームのメンバーであるお前達の為に、命を捨てる覚悟で官軍どもの矢面に立って戦う所存だ!
最後になるが、こんな俺に戦とは何かを叩き込んで欲しい!
一緒に勝利をつかませて欲しい!
様々な思いはあるかと思うが、今回ばかりは力を貸してくれ!
そして、どうかこの俺についてきて欲しい!
よろしく頼む!」
覇気を纏ったかの如き勢いのある語りに、AIMの兵士たちは黙って見守っていた。
そんな時、俺の隣にサクが現れ、そして叫んだ。
「俺はまだこの男を好きになれない!
だけどこいつは、ただのリストラ間際の社会不適合系サラリーマンから身を起こし、困難を突破してこの地にたどり着き、死をも恐れぬ覚悟でこの大役を引き受けた!
その思いと勇気は賞賛すべき物であるだろう!
それから目指す方向が一緒である以上、足の引っ張り合いは不利益にしかならない!
だからこの戦いは、この男の思いに賭けてみてはどうだろうか!
それにいざとなったら俺もいる!
ふざけた采配をすれば、この男の首は飛ぶ!
それすらも承知の上でこんな語りをしたのだ!
札幌官軍を倒し、北海道を取り戻す為にみんなで力を合わせようではないか!」
そう言い終わると、AIMの戦士達が次々と声を上げ始めた。
この歓声は、英雄の末裔であり、イソンノアシの息子であるサクに対する声援だろうと思っていた。しかし、龍二に言われて気がついた。なんとサクだけではなく、みんなが俺の語りに対しても、暑い喝采を返してくれているではないか。よくわからないが、緊張がほぐれたのか少しばかり涙が溢れた。
そして、拳銃を天にかざすともう一度叫んだ。
「いいか、必ず勝利して支配という夜を明かしてやる。この戦いは夜明けへの第一歩となるのだ。俺についてこい!!!」
すると三千人が一斉に歓声を上げた。内心どう思ってるかわからないが、サクもここにいるAIMの兵士達も、今夜は一枚岩になってくれそうだ。俺はアドレナリンが全開に放出されたような状態で、疲れすら感じず、ただただ勝利へのイメージが脳内を覆い尽くしていった。
◇
全員が乗り込むと、10隻の小舟は密かに北上して静内川河口を超え、夜陰に紛れて徐々に敵陣に接近していく。どうやら同じ頃、上流では堰が切られて水攻めが成功したそうだ。
敵の戦車部隊は水中に沈み、分断された軍隊が隊列を崩し始めたという連絡が次々に入ってくる。
あと数分もすれば、奇襲作戦本番が幕をあける。
俺は、非常灯のみ灯る小さい小舟の中で、刻一刻と迫る初陣の時を息を殺して待ち構えた。
(第三十一幕.完)