第40話   レストランの会話。

文字数 975文字

初めて入ったレストランは、私のほかに男性が一人、看板メニューを
食べていた。私の目的は「試食」であった。今後、私の勤務する施設に
入店する可能性があるブランド。その事前調査である。
平日の夜にしては、入客が多かった。
その「親子」は私の席にオーダーした皿が届いたと同時に入店してきた。

見たところ、親子であろう。母と息子。息子は40代に近いと思われるので
母は80代にかかる頃。近所から来たと思われる息子の恰好(サンダル・短パン)に
比べて、きちんとした身なりと髪型、もちろんメイクをしている。シニアでありながら
上品な顔立ちに見えるが、その目だけは母のものではなかった。

「おばあさんだからね。」
「母親を、おばあさんて呼ぶなんて信じられないね。」
「それで・・・西支部から紹介を受けたってことなんだ」
「あんたが困っているのはわかってるよ。それで、その人は
どうしようって言うんだい?」

私は箸を進めながら、聞くともなく聞こえてくる話から、次のような
物語を組み立て始めていた。

息子は、この母から会社を相続していた。父は亡くなっていて、母は年齢の
こともあり「会長」職になっている。息子は社長だが、実際のお金と権利関係は
会長が持っているので、理解と許しが無いと、物事が進まない。
ある案件で社長は知人から投資話を持ち掛けられた。
「おたくの資産を考えれば、必ず悪いことにはなりませんよ」などと
言われたに違いない。

社長が、会長に説明している。
「家賃の3000万円が4か月続くだけで、計算は合うことになっているんだよ」
私は苦手な暗算をしてみるが、そのままを信じるなら、この親子には家賃として
月額3000万円が入ってくる仕組みの中にいる。

そんな中、店員が一品料理を運んできた。
母は言う。「これ、あんたが頼んだの?」
息子は言う。「オーダーした料理も忘れるんだから、おばあちゃんだよ。」
母は店員を呼び止め、「これ、持ち帰るから何かに包んでちょうだい。」

ある有名なミュージシャンは、曲作りに煮詰まるとファミレスに変装して居座り
物語を見つけるまで帰らない・・・という逸話を聞いたことがある。
私は歌を書く職業ではないけれど、今夜は作家になった気分で、料理あとの
コーヒーを飲みながらも、続いている「母と息子」の会話に聞き耳をたてていた。

世の中、いろんな人たちがいて、社会と経済が成り立っている。
(了)


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