第29話  老舗のすごさ。Bambi。

文字数 1,017文字

Banbiとかいてあるレストランの看板を「バンビ」と読み
懐かしさを感じるのは、50歳を越えている東京の人か。
私もそのひとり。先日、偶然その店に入った、というか
吸い込まれた。
場所は四谷「しんみち通り」
数年前から、いくつかの店の交代があったが、このコロナ禍で
その打撃は計り知れなかったろう。
私も、ここに来るのは8年ぶりくらいか。
ひとり4時頃になって、昼食をとっていないことに気づき
丸ノ内線から中央線への乗り換えに、ふと思い立って降りた。

長いとは言えない商店街(とも言いにくい)の中に
その赤い看板が「Bambi」であることを表している。
昭和のレストラン・・・と言っても、Z世代には理解して
もらえないだろう。
しかし、安心なのだ。入店する理由も「安心」だからだ。
メニューも安心だ。悩むのは、みんな美味しそうに見えるからだ。
何が出てくるのか?悩むメニュー表なんて、そもそも可笑しい。

さて私は、昭和世代なら80%が注文するであろうハンバーグと
カニクリームコロッケを頼んだ。(これしか無いだろう)

店の中には、私のほかに老夫婦が一組と、年配男性があとから
入ってきた。4時だと言うのに、お腹を空かせている人は
いるものなのだ。

シェフは・・・首に青いスカーフを巻いている。70歳をこえて
いると思われるが、身のこなしが柔らかい。ひとつずつの注文を
手を止めることなく、順々に調理していく。
店員は、もうひとりだけだ。アジア系の女性で、日本語はきちんと
話せるので、これも安心だ。

やがて私の目の前に出されたメニューの満足度は略すが
ここで書いておきたいことは、店のこだわりだ。
いやシェフは気に止めていないだろう。それほど、店にとっては
当然のことなのだ。
つまり「雑音がない」ことに、私はとても感動した。

シェフは手をとめるまもなく、皿をだし、フライパンを振り
サラダを準備したり、ソースをキッチン脇の寸胴からよそい
店員は下げもの、洗い物までしている。
というのに、皿がぶつかる音や、フライパンが置かれるノイズさえ
聞こえない。まるでサイレント映画を見ているようだ。
飲食店経験者ならわかると思うが、これは簡単ではない。
そのノイズも店の雰囲気だという居酒屋や、バルもあるだろう。
しかし昭和の洋食キッチンでは、そうではなかった。
正直なところ、インスタ映えするメニューとは言えないが
その安心に心を打たれて、またすぐ、この店で遅い昼食をとるため
だけに、四ッ谷に降りることを楽しみにしたい。









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