6:流金の若獅子
文字数 1,839文字
杜若も瞑目し、拳を構えた。
空気が嘶いた。
次の瞬間、屍蝋兵は閃光の速さで距離を詰めると一気に踏み込み、日本刀を振りあげた。
「――己の愚かさを反省するがよい!」
眼光鋭く敵を射すくめ、杜若の拳は屍蝋兵の頬に炸裂した。屍蝋兵は部屋の反対側まで勢いよく吹っ飛び、壁にめり込んだ。
敵が伸びたのを確認すると、杜若は長い息を吐いて辺りを見渡した。
中央のバルコニー。そこに見える人影を杜若はしばらくじっと睨み付けていた。
鎌を捨てた自分が
今に見ておるがいい。お前の掲げる理想が間違っている事を知らしめてやろうぞ――。
すぐ足元で爆音が轟いた。見ると、屍蝋兵が手にした鎌で壁を抉ったところだった。屍蝋兵は粉塵に標的を見失っていたようだが、落ちていく瓦礫を辿ると狙われた人物はすぐに分かった。杜若は
杜若が鎌の刺さった瓦礫に到着すると同時に、アニスが飛び上がってきた。バネのようにしなやかに身を翻すと、果敢にも屍蝋兵のど真ん中へ飛び込んで行った。
アニスが過ぎ去った瞬間、微かに漂った匂いに杜若は眉をひそめた。
――血の匂い。
杜若は腑に落ちぬ面持ちで辺りを見回した。風が掠めただけでした匂い……あれは相当の出血を伴っているはずだ。アニスにそれほどの怪我があるようには見えなかった。だとしたら一体誰の――?
瓦礫の下を覗き込んだ杜若は目を疑った。カイが右手をかろうじて鎖に絡めて下がっている。腹に大きな穴をあけ、止め処なく魔力の光を振りまいている。遠目からでも分かる多量の出血だった。
あの状態でアニスを上へ押し上げたのか……!?
カイのような若造にそれほどの魔力があるとは思えない。
ならば、この男を突き動かしているものはなんだ?
杜若は鎖を引き上げようとしたが、カイ自身が鎖を握っているのではないと解ると、引き上げるのをやめた。鎌が抜けない事を確認して、振動を与えぬように瓦礫につかまり腕を伸ばす。
あと少しでカイの手に届くその時、アニスが追った屍蝋兵がすぐ頭上で壁に叩きつけられた。その振動で鎖は揺れ、カイの右手は滑るようにはずれた。
杜若は咄嗟に飛び降りて身を伸ばした。間一髪、左手でカイの腕をがっちり捕えると、今までカイの手を絡めていた鎖の先を掴んだ。振り子のように揺れながら、杜若は安堵の息を吐いた。
杜若は軽々と大柄のカイを引き上げて肩に担いだ。カイの意識は無く、体はすっかり血の気を失っていたが、ほんの微かな呼吸が確認出来た。目にうっすらと涙を浮かべ、冷たい褐色肌からは血の匂いに紛れて、覚えのある柑橘系の香りが鼻をついた。
「――これが、竹織が見込んだ男か……」
杜若は鎖をするすると登って鎌を回収し、カイを背負いなおすと、すでに大破して平らになった瓦礫の山の上へ飛び移った。カイを寝かせると自分のコートを引きちぎって腹の穴を覆うように縛って止血した。
部屋の中央では竹織とアニスがそれぞれの屍蝋兵を相手にしていた。熟練した二人のことだ。カイの状況も察知していることだろう。それでも、アニスは雑念を一切立ち入れぬ気迫を放っていた。
「相変わらず人を見る目が鋭い奴じゃのう、竹織は」
杜若は安穏と呟くと、横たわるカイに目を移した。それからアニスを見、血で染まった彼女のコートに目をとめた。
ただ守りぬく一心でカイは動いていたのだろう。自分の状態など一切顧みずに、ただ夢中に、ただひたすらに。もしかしたら、自身の終わりをすでに考えていたのかもしれない。最初から、相方の腕を信じて託していたのかもしれない。
実に単純で、無鉄砲で、あさはかで、頼もしい奴だ。
〝
良い相方に巡り会えたのう、アニス。
正面にキラリと光る物が見えた。杜若はよっこらせと立ち上がって拳を握りしめた。
「若いもんには負けておれんのう」
鎌を振りかざして猛進してきた屍蝋兵を、杜若は腕っ節ひとつで受け止めた。