3:死神ごときの力

文字数 3,466文字

 金属がぶつかる甲高い音が響く闘技場。
 攻撃を防ぐことしか出来ない竹織(たけおり)達は苦戦を強いられていた。
「くっそお! やりにくいったらありゃしねえ!」
 カイが悔しげに叫んだ。襲いかかる斬撃をしゃがんでかわすと、間髪入れず蹴り上げて腹を思いきり殴りつける。飛ばされた屍蝋(しろう)(へい)は闘技場の外壁に激突するや、大破した瓦礫と共に客席に沈んだ。
「力加減には用心せい。素手とて死なんとは限らん!」
 杜若(もりわか)が声を張り上げながら、飛びかかってきた屍蝋兵を二、三手で易々と受け流すと一本背負いの要領で投げ飛ばした。
「そうは言っても……」カイが大破した瓦礫を見据えて再度構えた。土煙の奥にゆらりと人影が立っている。「どてっ腹に入れてもすぐ起きてくるもん。こいつら!」
 半べそをかいて再戦に挑むカイに竹織が吠えた。
「お前、今どのくらい出している!」
「九割……っつーか、結構全力でやらねぇとこっちがやばいくらいだっ――ぜっ!!
 今度は踏み切り充分で蹴り飛ばす。が、屍蝋兵は空中で素早く切り返すとさらに加速して突っ込んできた。
 予想以上に厳しい戦いになった、と竹織は思った。
 元々身体能力が高いカイは、日々の鍛錬も相まって、浅い経歴を補うだけの戦闘力は充分にある。竹織と魔力連盟を結んだことでさらに増した力は、おそらく腕っ節の真っ向勝負をすれば竹織が負けるくらいのものであるはずだ。
 そのカイが、全力を出してようやく互角で戦えている。敵の戦闘力は並大抵のものではない。
「竹織、お嬢ちゃんから目を離すんじゃあないぞ!」素手で応戦する杜若が叫んだ。
「分かっている!」
 屍蝋兵達にはいくら急所を攻めようとも効果がなかった。機械のように起きあがり、ひっきりなしに襲いかかってくる彼らを食い止めるなど、雲を掴むに等しかった。
 迫る屍蝋兵相手に臨戦態勢を整えた竹織が、すぐ後ろに居た紫陽花(しょうか)に告げる。
「俺が一気に叩く。お前は下がって――」
 だが言い終わらぬうちに、紫陽花は少年の脇を猛烈な勢いで抜き去った。
「なっ……!?
「大丈夫! 私なら堕ちる(・・・)とか気にしないで戦えるわ!」
 竹織の呼び止めを無視して、紫陽花は大鎌を後ろに引いて走った。
 運動神経には多少自信があるし、さっきだって押し返すことが出来た。確かに物凄い力に堪えるのがやっとだったけれど、受け止められなくはない。それにどうやらこの大鎌は、ちょっとくらい大振りでも勝手に修正してくれるようだ。後ろにさえ注意を払えば時間稼ぎくらいは出来る――!!
 紫陽花は踏み込むと大鎌を力任せに振り切った。ぶおん! と音を立てた軌跡は空振り、屍蝋兵は高々と紫陽花の真上で振りかぶる体制を取る。
 かわされることは百も承知だ――紫陽花はすぐさま攻撃に備えて足幅を広げ、大鎌を両手でしっかりと頭上へ掲げて受け止める準備を整えた。
 鎌が振り下ろされる。紫陽花が奥歯を噛みしめたその時、背後から襟元を掴まれ、次の瞬間には後方に投げ飛ばされていた。



 ズドンッ!!



 急激な重力を感じ、呼吸の仕方が一瞬分からなくなった。

 砂塵に埋め尽くされる視界。

 熱風に乗って、飛び散った鮮血が紫陽花の頬についた。

「――躾のなっていない駄犬が……調子に乗るな……ッ!!
 振り下ろされた鎌を素手で受け止めた竹織が呻いた。裂けた左手から溢れた血が真っ白な髪を染めていく。徐々に晴れた視界に飛び込んできた光景に、紫陽花は悲鳴すら出せなかった。
 まるで隕石でも落ちたように、竹織を中心に床がドーナツ状に抉り取られていた。表面にはふつふつと気泡まで立っている。もしもあのまま紫陽花が受け止めていれば、骨はおろか影すら残らず消し飛んでいただろう。先刻防いだ攻撃とはわけが違う。その尋常ならざる破壊力に、ようやく自分の置かれた立場を理解した。

 敵は本気で殺しにきているのだ――!!

 己の浅はかさと恐怖に、頭の中は真っ白になった。
 咄嗟のこととはいえ素手で受け止めたことを後悔しながら、竹織はのしかかる重圧に耐えていた。普段なら何ということもない輩の一撃だが、病み上がりの体に戦闘能力の塊である屍蝋兵相手では分が悪過ぎる。どうにも突破口が開きそうにない。目の前には、鋭い切っ先が迫っている。
 すぐ脇を後退してきたカイが飛び上がって反撃に転じようとしていた。竹織はそれを目の端で捉えて叫んだ。
「カイ! 右腕を貸せ!!
「うええ!? 今!?
「早くしろ!!
 カイは距離の詰まった敵に急遽蹴りを見舞って払うと、右腕を振りかぶった。
 息を整え、意識を集中する。指先から染まっていくようにカイの右腕が薄い黄金に光ると同時、竹織の右腕も輝いた。
「あれは……!!」死神王の目が見開いた。
「うおおおおおっ!」
 二人の叫びが闘技場を揺るがした。みぞおちに拳をぶち込まれたそれぞれの敵が、空中で交差して対角へ飛んでいった。
 カイはすぐさま次へと向かう。竹織は深呼吸をひとつして裾を整えた。腕の輝きはいつの間にか消えていた。
「結構な大口を叩いているが――」
 立ちすくむ紫陽花を半ば期待外れだと言いたげな眼差しで睨み、ピシャリと言い放つ。
「お前、あいつらを殺せるのか?」
「…………っ!!
 思い出したように紫陽花の足が震えだした。
「確かに杜若のそれは俺でも太刀打ち出来ない代物だ。が、死神の鎌は精神と連動しているようなもの。使い手が生半可では、どんな一級品もただの鉄くずだ」
 屍蝋兵達は確かに罪人で、幼いリリーを大勢で追い込む卑劣な奴らだ。加えて今、自分達に桁違いの力を持って襲ってきている。
 だけど、彼らも人間――死神とか罪人とか以前に一人の人間なのだ。いくらこの世界が非現実世界でも、戦うとなれば人を斬ることに変わりはない――。
 ぎゅっと大鎌を握りしめる。
 私は、これを振るって戦えるのだろうか……?
 そもそもこの戦いは、紫陽花が帰るためのものだ。死神がわざわざ身の危険を冒してまで王に盾突く必要性はどこにもない。それなのに彼らは戦っている。お訪ね者の紫陽花の身を最優先にして、命をも失いかねない戦いを迷うことなく繰り広げている。
 ――一体なぜそこまでするのだろう?
「人間ごときに心配されるほど俺達はやわじゃない。出しゃばられるだけ邪魔だ」マントを破いて手早く傷口を塞ぎながら、竹織は淡々と続ける。「解ったら自分の事だけ考えていろ。雑念に振り回されていては命がいくつあっても足りな――」
 突然、竹織の顔色が変わった。
 紫陽花の背後から屍蝋兵が飛びかかってきた。竹織はすぐに鎌を握りなおすが、気配を察した紫陽花はその場に凍りついてしまう。
 一喝しようとした瞬間、俊足を飛ばした杜若が横から屍蝋兵を殴りつけ、続けて缶蹴りをするかのようにステップを踏んで蹴り上げた。屍蝋兵は綺麗な放物線を描いて床に叩きつけられた。
「――さっきから危なっかしいのう。なんじゃ、厳しいか?」
 杜若がのっそりと歩いてきた。今のも含め、投げ飛ばされた屍蝋兵達が三人、客席や床から身を剥がそうと奮闘していた。
「……力を確認していただけだ。問題無い」
「ならええが、再起が早いからのう。気絶させるには相当気合いがいるぞ? (わし)も受け流すならどうってことないが、動きを止めるのは骨が折れそうじゃ」
「そのようだな。さすがにこの体では五割は厳しかった」
阿呆(あほう)。病み上がりのくせに力の制限かけ過ぎじゃ。小童(こわっぱ)め」
 呆れたため息を吐いて、杜若は壁に視線を戻した。抜けだした屍蝋兵が態勢を整え始めている。
「あれらはアニスに任せたほうがええ」
「そのつもりだ」
 屍蝋兵が竹織達に猛進してくる。
 竹織は鎌を握りなおして進み出た。力なく佇む紫陽花を一瞥するとぽつりと言う。
「俺達が信用出来るか、自分で確かめろ。そこの化け爺が五月蠅(うるさ)く言ってるようにな」
「ほお、言うてくれるわい。ならばお嬢ちゃん、儂らは観戦しようじゃないか。死神随一の優男の本気はなかなかの見ものじゃぞ?」
杜若が皮肉めいた顔でニヤリと笑う。
深呼吸をひとつすると、竹織はすっと猛々しい眼差しを宿した。
「死神ごとき(・・・)の力、その目に焼きつけて帰るがいい!」
 構えを取ると、迫りくる屍蝋兵三人の中へ飛び込んだ。
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