第11話 やぶからスティック【2】introduction

文字数 1,170文字





 ……はい。そういうわけで。
 6月14日に桐乃さんと中原中也記念館へ行ったのである。中原中也の初期の仕事と言えば、『ランボオ詩集』である。
 館内展示の一番最初に原稿の原本がある。また、中也のランボオ詩集の表紙は、ヴェルレーヌが描いたアルチュール・ランボーの似顔絵なのである。
 僕は大興奮して、隣にいた桐乃さんに、
「この、ランボーとヴェルレーヌって、デキていたんですよー!」
 と言った。
「へ?」
 と、口をぽかーんとあけてクエスチョンマークが出ていたので、
「この二人はホモ関係にあったのです。ヴェルレーヌが年上の先輩で、ランボーが後輩で、ですね! それで……」
 と、説明を入れ始めたところ、
「や、やぶからスティックにな、な、なにを言っているのですか、るるせさぁぁぁぁん! 受付のお姉さんに聴かれちゃいますよぉーーーー!」
 と、慌てふためく桐乃さんである。かわいい。

 咳払いを一つして、僕が偉そうに口を開く。
「文学館へ来たら、自筆原稿を観賞するのがいいですよ! 作家をやっているんだから、とても勉強になる」
 僕は桐乃さんに、そうレクチャーした。レクチャーってほどでもないけれども。
「そうですよね、わかりました!」
 桐乃さんは、生原稿でも読みやすい、ちょっと丸文字に近いテイストの中原中也の原稿や手紙を読んでいく。

 桐乃さんが一番気になった、中也の友達が中也について言及した文章というのがあってそれは、竹田鎌一郎『日記』(昭和9年10月8日付け)の文章である。
「中原中也晩まで。中原に居られるのも嫌、帰へられるのも嫌、変な心持ちです。中原帰へったら当分変な心持ち、中原に済まぬと云ふ心持ちなり」
 ……と、いうのが、それである。

 中原中也は失意のうちに亡くなるが、直接の原因は、結核性腹膜炎である。その場では僕は桐乃さんに説明出来なかったので、今ここで補足を、と。
 今回、訪れたときはちょうど『山羊の歌』展が開催中であった。「山羊」というとキリスト教を想起させるが、中也の母方の祖母はカトリック教徒である。幼年時に、山口の公教会に連れられて行っていたらしい。が、中也の父は無神論者だったのでそれを嫌い、足が遠のいたらしい。

「るるせさぁ〜ん、中也ってキリスト教徒だったのですかぁ?」
「いや、違うのですよー。それどころか、素行が悪く、15才のとき、確か寺に預けられているよー」
「はい? どういうことです」
「素行がよっぽど悪かったんだろうねぇ」
「展示を今観てますが、わかる気がします」
「ね」
「ですね」

 中原中也は15才のとき、大分県の浄土真宗、西光寺に預けられて修養をすることになったのであった。中也は神童であったがゆえに、勝ち気なところがあり、お寺にも預けられた、ということだ。

 そんな話をしながら、僕と桐乃さんは、中原中也記念館を観ていくのであった。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

桐乃桐子:孤高の作家

成瀬川るるせ:旅人

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み