第25話 やぶからスティック【16】Interlude

文字数 1,357文字

十六



 2023年6月14日。
 僕と桐乃さんは、中原中也記念館を観ていく。
 二人とも、館内では自分のペースで中原中也の自筆原稿をじっくり観ていく。なので、没頭して観ていた僕が気付くと、さっきまで隣にいたはずの桐乃さんがいない。
 きょろきょろ見回すと、本当にゆったりペースでその作家・桐乃桐子さんは中原中也の文章などを己が内に取り込んでいるさいちゅうだった。
 邪魔しちゃわるいと思った僕が自分が観ていたところに戻ると、そこには大きく、高橋新吉の『ダダイスト新吉の詩』の本が置かれていた。
 スイスのチューリヒでトリスタン・ツァラが始めた〈DADA〉という文芸運動、及びその〈ダダイズム〉は、この『ダダイスト新吉の詩』を経由して中原中也に届き、中也はダダイズムから詩を書き始めた。「トタンが煎餅食べました」という内容から始まる中也の『山羊の歌』にも、その影響は色濃い。
「高橋新吉……か」
 僕は頷き、ダダイズムに思いをはせる。よく中原中也とライバル関係に例えられる太宰治も、ペンネームはダダイズムからもじって太宰治にしたのではないか、という説がある。
 また、現代アートの草分け的存在であるマルセル・デュシャンも、〈ニューヨーク・ダダ〉と呼ばれる潮流のなかにいて、『泉』を始めとした美術作品をつくっていくことになる。
 チューリヒに亡命したトリスタン・ツァラは〈キャバレー・ヴォルテール〉で辞書にナイフを突き刺し、引っ張り上げて開いたページにあったフランス語の単語が〈DADA〉という言葉で、このダダという言葉を旗頭に、全てを破壊し、破壊をも破壊してそこからも逃れていくという脱構築とのちに言われる手法に近いかたちで、ダダという文芸運動を始める。
 それは各国に飛び火して、日本にも届いた。受け取ったひとりが中原中也だった、というわけだ。

 僕はしばらく、『ダダイスト新吉の詩』とにらめっこし、それから中也の自筆原稿の詩を読んでいく。

 ダダイズムの詩を書いていた頃の作品も収録されている中原中也の全詩集を持っているので、帰宅したら久しぶりに読み返したい、と僕は思った。
 もともとは山羊の歌と在りし日の歌が入った詩集は高校生の頃、古本屋で買って表紙がぶっ壊れるまで僕は読み込んだ。
 その熱き魂が、呼び起こされていくのを、僕は中原中也記念館内で感じていた。

 僕はこんなことを、桐乃さんに言う。

「中也と縁があった萩原朔太郎は群馬県前橋市の生まれで、富岡製糸場があった場所で、明倫館の企画と関係があるんです! 日本は長州ファイブが蒸気機関を持ち込んで、紡績を群馬県の富岡製糸場でやって外貨を稼いで〈近代化〉に成功するんです。その群馬県の前橋市に萩原朔太郎はいた、で、萩原朔太郎は〈日本の近代詩〉をつくるんです。〈口語自由詩〉を。そこにダダイズムが入り込み中原中也や太宰治が出る。これは凄いことです」

 今書いたことが、これから僕が書くことのアウトラインになることと思う。描き切れれば、だけど。
 まあ、前述の言葉を発したら、
「やぶからスティックになに言い出すのですか、るるせさん」
 って、桐乃さんに言われたけどね。

 長州ファイブの井上馨像は中原中也のお父さんが建てたのだけど、さて、その井上馨を擁する長州ファイブの話に、僕らはいったん戻ろうか。



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登場人物紹介

桐乃桐子:孤高の作家

成瀬川るるせ:旅人

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