第10話 冷たい夜風

文字数 6,426文字

 アデリーナは気持ちを切り替えるために街を散歩する。その町は200年後と何ら変わりなく平穏で平和だった。建物の変化も住民たちの表情もいたって穏やか。表向きには幸せそうな町に見えるが、その裏で苦しんでいる人々の姿をこの人達は知らない。すれ違う人々誰しもが笑顔を受けべ手入るからこそ、幸せそうに暮らしている住民に怒りを感じてしまいそうになる。
 そんな中、何か揉めている姿が目に映った。皆が当たり前に幸せで当たり前に笑顔であるからこそ、揉め事が異様に目立つ。その場に視線を向けると、20過ぎの男性がお金も払わず商品を持ち去っていた。
 アデリーナは代わりに店の人に代金を払ってから急いでその男性を追いかける。
「あなた!」
 大きな声の呼び止めに反応を示さない男にアデリーナが手を伸ばすと振り向きざまにいきなり攻撃を仕掛けてくる。ただ一般人の攻撃だけあって、威力も動きもないその蹴りをアデリーナは掴み、男に説教をした。
 初対面のはずなのに自然と口が動き、偉そうに説教をしてしまったアデリーナは逃げるようにその場を去った。事情も聴いてないのに、一方的に怒ってしまった。それに何でこんな態度を取ってしまったのか分からない。何か胸が熱く、喉がかっとなり、目頭が熱くなる感覚を感じる。
 あの男の表情が忘れられなかった。この世界で一人絶望し寂しさに溢れているあの目が頭に焼き付く。どこか自分に似ている、何も知らないのにもかかわらずそう感じる自分がいた。アデリーナの知らない記憶の中で、彼と知り合いだったのだろうか。
 気分転換のはずが全く気分転換になっていないことに気が付くといつの間にか日が暮れかけていた。
「帰ろう」
 アデリーナは独り言を溢し、来た道を引き返す。そんな時、3人の衛兵とすれ違った。咄嗟に身構えてしまうが、その衛兵はアデリーナに眼もくれず駆けて行く。何か嫌な予感がしたアデリーナは衛兵の後を追いかけた。
 アデリーナは赤いマントで身を隠すと、その内側に鎧を生成し民家の屋根の上へ跳躍する。視界が開けたおかげで、衛兵たちの行動がよく見えた。
 アデリーナは静かに屋根の上を移動し衛兵を追いかけた。
 そして、しばらくすると何者かが衛兵に追いかけられているのを確認することができた。その者は先ほどあった名も知らない男だった。ようく見れば、男の腕の中にまだ幼い子供がいる。それにも関わらず衛兵はお構いなく一般市民へ攻撃を始める。
 ——無抵抗の相手に!それも子供を抱える一般市民に攻撃するなんて‼
 容赦なく投げられる槍にアデリーナの体が勝手に動く。しかし、鞘にかけたその手から剣が引き抜かれることはなかった。
 今のアデリーナに命令をくれる人はいない。ブルーのようにそばで意見をくれる人もいない。この世界で自分だけがいないこうな感覚に捕らわれる。
 そもそも目の前の出来事の経緯をアデリーナは知らない。あの男は盗みを働いていたのだから、子供を誘拐している可能性すらある。むやみやたらに首を突っ込むべきではない。『炎の暁』の皆に迷惑をかける結果を残してしまう可能性すらあるのだ。以前の最下邸の様に。
 ——そうだ。そもそも私は『炎の暁』に入ったわけではない。アリーの騎士だった経緯があって、ともに行動する様になっただけ。そもそもアリーがあんなにも甘いから、幾度となく作戦を失敗させてきたんだ。シルビア様でないとこの世界をまとめることはできない。争いが絶え間なく繰り返されるだけだ。
 最下邸の存在から目を背けるように自分にいい気かせる。
 アデリーナが背を向けて歩き始めた矢先、子供の泣き声が夜の街に響き渡った。しかし、住民たちは誰も様子を見に行こうともせず何事もないように笑顔を浮かべている。
「クソッ!」
 大きな悪態をつき振り返ったアデリーナは兜を生成し、剣を引き抜き駆けだした。
 ——困っている人がいるのに見捨てることなど私にはできない。自分の中にある騎士の誇りがそれを許さない。何のために強くなりたいの!何のために戦うの‼助けたいと思った人を助けるために私は戦う。

 イヴァンは走馬灯のように流れる自分の不甲斐なさに、みじめにも涙を流しながら刃を喉に当てる。
 そんな時だった。
「そんなはずがありません」
 聞き覚えのある優しくも凛々しい声がこの空間を切り裂いた。
 どこからともなく表れた赤いマントを着た彼女はイヴァンの手から槍を取ると、地面に捨て衛兵たちから身をかばう様に背を向ける。
「パッパ!」
 飛びついてくるリノをイヴァンは優しく抱きしめながら目の前の彼女をただ見つめた。
 初めてあったはずなのに、どこか前から知っている様で、どこか妻に似ていた。そのせいか、数人の衛兵を前に凛々しく立ちふさがる姿にかける声が見つからない。
 何してる!逃げろ!お前に何ができる!
 その言葉を押し黙らせる程のオーラを彼女から感じた。
 次の瞬間、赤いマントが消えると同時に姿を現した綺麗な銀色の鎧が彼女の気高さと地位を現している。
 正面で構える彼女はその刃を真っ赤に光らせる。剣を地面に刺すと、炎が衛兵を囲むように広がり周りの地面と建物が爆発する。
 立ち込める砂煙に、せき込むと耳元で彼女の声がささやかれる。
「逃げますよ」
 彼女の細い手がイヴァンのお腹に回されるといとも簡単に体が宙に浮く。そのままイヴァンは謎の少女に誘拐されていった。

 とある酒場に勢いよく入る彼女は荷物のようにイヴァンを持ったまま店の中でとある名を叫んだ。
「ジュリオ!」
 イヴァンはその名を聞いて我に返ったように鎧の彼女に下ろすように懇願する。
 痛みに耐えながらなんとか彼女の腕から解放されると、部屋の奥からジュリオが姿を現した。
「なんでお前がこんなところに」
 そう言って睨んでくるジュリオからイヴァンは目を逸らす。
「知り合いなのですか?それよりも彼は、先ほど衛兵に襲われ足にけがをしています。どうにか治療できないでしょうか」
 いつの間にか兜と鎧を外していた彼女は深々とジュリオに向かい頭を下げている。その隣で息子のリノも頭を下げていた。
 彼女の正体は昼過ぎにあった、イヴァンの蹴りを止めたあの女性だった。
 その姿にジュリオは頭を掻きながら戸惑った様子で答えた。
「ああ、分かったわかった。アデリーナ、頼むから俺なんかに頭を下げるのだけは勘弁してくれ」
「いいのですか?ありがとうございます」
 わかりやすく目を輝かせるアデリーナはまた一礼する。ジュリオは複雑な顔をしながらイヴァンのほうを向き手招きをした。
「まずは傷の手当てから始めるから」
「ああ」
 どこかぎこちない二人は肩を組んで部屋の奥へと行く。
「いっとくが応急処置したらすぐに出てってもらうからな」
「ああ、悪い」
 イヴァンは力なく答えた、この先どうしすればいいのか、リノはもう城へ通わせることは出来ない、この国の常識に染まらないでいてくれると考えれば仲間の様に感じてどこか嬉しいが、その分の食事や生活が困難になる。せめて一日に一回ぐらいは温かくおいしいごはんを食べさせてやりたかった。
 消毒薬が傷に染み激痛が走りイヴァンは歯を食いしばる。
「どうして、こんな怪我したんだ」
 そんな問いにイヴァンは事の経緯を素直に答える。少し驚き悩んだ表情をするジュリオだったが慰めの言葉など出るはずがなかった。
「お前がいない間、どれだけヴィットリアがつらい思いしてたと思う。どれだけ寂しい思いをしてたと思う。今感じてる痛みをずっと一人で抱えていたんだ。俺が話を聞こうとしてもかたくなに口を割らなかった。お前に何も言わずに出て行ったのも、きっと彼女なりの気遣いだよ。あの朝、あの瞬間も散々な態度をしていたお前を愛していたんだ。自分がつらくて泣いていたんじゃない、お前を想って泣いていたんだ。……俺が言えるのはここまでだ」
 そう言って包帯を強く結ぶ。最後の痛みがぐっと体に伝わってくる。
「ああ、ありがと」
 イヴァンは静かに席を立ちホールに戻ると、アデリーナの隣で息子が幸せそうにお菓子を口に頬張っていた。
「あの、助けてくれてありがとうございます」
「いえ、自分の使命に従ったまでです」
 アデリーナは慌てた様子で否定し言葉を続ける。
「所ですごくかわいい息子さんですね」
 イヴァンと違って言葉遣いがとても丁寧な所からも育ちの良さが伝わってくるが、どこか早口でおかしなお嬢さんに少し笑いがこみ上げてくる。
「ええ、そーなんすよ」
「パッパ」
 リノがそう言って両手を広げる。恐らく抱っこしてほしいのだ、本当に子供の笑顔は不思議だ。どんなにボロボロでもへとへとでもい、苦しくても、元気を与えてくれる。
「よしよし」
 イヴァンの体の中で眠りに着いた息子を見て二人で笑った。心の底から笑顔になれたのは何年ぶりだろうか。
 それから彼女と少し話した。会話はとても楽しく。アデリーナと言う名前だと教えて貰った。訳あって記憶が飛んでしまってこの世界に独りぼっちだという話だった。どこか自分と似ていてすごく話しやすく楽しかった。
 それから、アデリーナに二階の部屋に案内してもらった。
 部屋は一つしかなく、アデリーナと相室になってしまうが彼女は構わないと言った。ほんとにやさしい。
 部屋の左右に置かれたベットの左側をアデリーナが使い、右側のベットをイヴァンとリノが使わせてもらった。
 疲れていたせいか、イヴァンはあっという間に眠りについてしまった。
 次の日。
 目を覚ます室内でリノが一人遊びアデリーナの姿はなかった。リノはイヴァンが目を覚ましたことに気が付くと、急いで部屋から出ていきジュリオを連れて戻ってくる。
「体調は?」
 バーテンダーの服装で食事を持ってくるジュリオはベットの隣の棚に置く。
「似合ってねーとか言うなよ。それとベットの上に溢したら殺す。あとこの先のこと考えとけよ、いつまでもうちにはおけねーからな」
「ああ、悪いな」
 部屋から出ていくジュリオを見届けてから重い体を起こし食事をとる。足はまだ痛く、動かすのは正直辛い。
 食べ終わったイヴァンは足を引きずりながら食器を下に運ぶと、丁度カウンター席に一人の女性のお客さんが来ていたようで微かに話声が聞こえてくる。
「……アは今日も中庭でアデリーナの練習を見に来てくれてるのね。只でさえ忙しくて体にもがたがき始めてるのに……」
 仕事中に邪魔をしてはいけないと思ったイヴァンは片足を引きずりながら静かに部屋に戻った。
 部屋に戻るとリノがイヴァンの帰りを出迎えると服を引っ張ると窓を指さす。
 どうやら窓の外の景色を見たいようだ。アデリーナもここから見える中庭が綺麗だと言っていた。ただリノの身長では窓から外を見ることができない。そういえば、さっきの話で誰かがアデリーナの練習相手をしているとか言っていた気がした。中庭が少し気になるイヴァンはリノを持ち上げると、窓に近付いて外の景色を見る。そこには少し広めの中庭が広がり綺麗に光が差し込んでいたが誰もいない。ちょうど休憩を取っているのか、それとも今日の練習は終わりなのか分からないが、のんびりと綺麗な青空に広がる雲を見つめた。
 もうそろそろ見飽きただろうと、リノを見ると、なぜか中庭をずっと見つめ手を伸ばす。
「うー」
 そんな意味もない声を上げて中庭をずっと見つめていた。何かいるのだろうかと目を凝らすがそんな事はない。
「また今度な」
 腕が疲れてきたイヴァンはリノを下ろし、ベッドに戻り目をつむる。

「いつもより安定してるじゃない。だいぶ魔力のコントロールはよくなったわね。削り切れなかった。長年生きてきたかからか、直感でわかるのよ。何かいいことでもあった?」
 中庭で剣を打ち合うヴィットリアとアデリーナ。
 先生の唐突の問いに一瞬魔力の流れが鈍る、その隙を先生が見逃すはずがなかった。
 一筋の斬撃はいとも簡単にアデリーナの鎧にひびを入れる。大きく距離を取ったアデリーナは先生に刃を向ける。がふと先生の視線が上にそれ、警戒が緩んだその一瞬の隙をアデリーナは見逃さない。
 しかし、流石先生。
 アデリーナの攻撃にギリギリで追いつき鍔迫り合う。アデリーナは先生の先程の言葉を否定する。
「そんなことはありません」
 しかし、先生は一切アデリーナの言葉に耳を貸さず続けた。
「恋、してるんじゃない?」
「んな事は決してありえません!」
 体が熱くなり剣が真っ赤に燃え盛る。
「でも、顔真っ赤よ」
 続く精神攻撃に力が緩みアデリーナの剣ははじき飛ばされる。
「まだまだ、心が不安定ね」
「ずるいです!」

 毎晩同じ部屋で寝るアデリーナとは次第に仲良くなっていき、リノも完全になついていた。
 本当は今日、家に帰れるようになったらしいがリノの面倒を見たいアデリーナはしばらくここで暮らすことにするらしい。その代わり少し帰りが遅くなってしまうようだった。本人は好きでやってくれているようだが、大切な母親代わりはイヴァンにはできないため凄くありがたかった。
 ただどうしてもアデリーナの顔を見ると妻の事を思いだし心が苦しくなる。優しいアデリーナは毎回イヴァンの相談に乗るよと声をかけてくれるが、自分のことなど言えるはずがなかった。知られたくなかった。
 ——こんな俺のせいでリノにはすごく迷惑をかけた。今頃どう償おうが償いきれない。過去に起こしたことは変えれない。俺は父親失格だ。
 そして、一週間が過ぎた。足が治った俺は始めにジュリオと約束した通り今日家を出ていく。
今日もお風呂から上がり綺麗な髪をとかしているアデリーナとたわいのない会話をする。それが日課になっていたが今日はうまく話せない。この時間が永遠に続いて欲しいと思ってしまうほど二人きりで話す時間は楽しかった。しかし、それも今晩が最後。なぜだか変に緊張し、いつもの様に話せない。そのまま時間は過ぎアデリーナは寝てしまった。
 アデリーナの腕の中ですやすやと寝ているリノは本当に可愛かった。以前のイヴァンなら、めんどくさいクソガキとしか思っていなかったが、こんなに心情が変化するものなのかと痛感する。いっそのこと以前の様に嫌っていたままの方が楽だったのではないかと思えてならない。それほど今のイヴァンは息子のリノを愛していた。
 ——これなら安心だ。
 そう自分にそう言い聞かせリノの頭を優しくなでる。
 ——ああ駄目だ。
 イヴァンの瞳から溢れんばかりの涙がこぼれる。妻もこんな気持ちだったのか、色んな感情がごちゃ混ぜになって涙に変わり流れていく。
枯れるまで泣いたイヴァンは静かにその部屋を後にした。
「いくのか」
 一階に降りると待っていたジュリオが言う。
「ああ、お世話になった。ありがとうな」
「リノは?」
「アデリーナが見てくれる。彼女なら安心して預けられる。俺よりも優しくしっかりしていて、何よりも強い。知ってるか?あの子は凄く強いだ。俺を助ける時、衛兵を一瞬で蹴散らしてだぜ」
「ああ」
 イヴァンの言葉にジュリオはしずかにうなずいた。
「あんなにきれいな女の子にあれほどの力があるなんて、世の中は広いんだな。彼女が炎の魔女の眷属だったりしてな。はは。……まあ、そんなわけないか。つまらない冗談だったな、アデリーナに伝えておいてくれ、助けてくれてありがとう。息子を頼むって」
 散々泣いたはずなのにまた声が震えはじめる。必死に涙を堪えながらゆっくりと出口へ向かった。
「ああそうだった。もし妻に……いや、ヴィットリアにあうことがあった時、伝えといてくれないか。ごめんって」
 イヴァンは振り返らずガラスのドアを押す。
 涙を流し必死に嗚咽を抑え込んでいるイヴァンの顔がガラスに反射して見えていたがジュリオは声をかけることは出来ない。
 イヴァンの体は夜の暗闇に消えていった。
 手をこするイヴァンは肩をふるわせ夜の街に独り言を漏らす。
「今夜は寒いな」
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登場人物紹介

アデリーナ (主人公)

魔女の眷属として召喚された騎士 誇り高く凛々しく正義感が強い

ブル―のことが好き

ブルー・デ・メルロ

魔女の眷属といて召喚された騎士 感情の起伏が薄く口数が少ない

アデリーナを気にかけている

シルビア・デ・メルロ

氷の魔女 ラベンダーノヨテ聖域国の女王

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