第24話 一筋の希望
文字数 3,210文字
降り立った海岸で少しでも身を休める赤騎士たちをよそにアデリーナはすぐ近くの丘から陣形を整える『蒼軍』を見つめる。
敵の動きを観察していると、丘の上に上ってきたサラとミヤがアデリーナの隣に並ぶと口を開いた。
「氷の魔女は私たちが攻めてくることを予想していたみたいですね」
「でも攻めてこねーぞ」
「不幸中の幸い。でもそれが守るのに特化した彼らの強さでもある。とりあえず今は充分な休息を取りましょう」
アデリーナは丘から降り体を休める。あの軍団の中にブルーはいなかった。なら、赤騎士が一人で百人を相手にすれば勝ち目はある。
決して現実味のある案ではないが、果ての海域の魔物よりわ幾分も可愛く感じた。
見張りの交代ということでサラとミヤに任せ、丘を降りるアデリーナはいったん腰を折ろした。ひと時の休息を噛み締めるように思考をやめ、目を閉じた。
目を覚ましたアデリーナはふと登り続ける太陽を見つめている。その時、微かな振動に気が付いた。アデリーナは遅れてその振動に気づき目が覚めたのだと実感する。
ほぼ同時に丘の上にいたレインが大きな声で報告した。
「敵軍がこちらに向かって進軍を開始しました」
「そんな」
――なぜ今頃になって?
そんな疑問をすぐに捨て、丘に登ったアデリーナは敵軍を確認する。
10列ある軍隊の前方の2列がまっすぐこちらに迫ってきていた。赤騎士に対して部隊を分ける意図がアデリーナには分からなかった。今まで一度も集団による戦闘を行ったこともなければ経験したこともない。
「全員戦闘準備‼」
アデリーナの叫び声に全員に緊張が走る。
「おそらく、これが最後の戦い。今までの人生で一番長い時間になるでしょう。死んでいった彼らの意味を今ここで与えるのです!」
丘の上で横一列に並んだ赤騎士たちが一斉に鞘から剣を抜き、真っ赤に燃やす。その中央に立つアデリーナは迫りくる『蒼軍』に剣を構え沈黙する。
――まだだ。もっと引き付けるんだ。
迫りくる軍団が巨大な地響きを鳴らす。その気迫は雪崩れのように、騎士たちの士気を奪っていく。
たった二千の兵だったがその迫力はすさまじく、丘の上だから見えてしまう後方に控えるあと八割の軍団に絶望してしまう。
あっという間に敵との距離は200メートルを切った。
皆の手に汗が滲む。振動か、緊張か、はたまた恐怖なのか分からないが剣を握る手が震える。握りしめる手により一層力が入る。
敵軍まで100メートル。相手から放たれた槍が空を舞い騎士たちを襲う。熱い鎧が攻撃をはじくが、鎧に当たる無数の音が焦りを駆りだたせる。
――50メートル――25メートル――10メートル。
横に立つミヤがアデリーナを見かねたその時。
アデリーナは力強く合図を下す。
「火焔、龍破!」
アデリーナとほぼ同時にふり上げられた103人の魔力の籠った剣が巨大な炎の海を作り出し、勢いよく丘を下っていく。
迫りくる『蒼軍』は一瞬にして灼熱の海に飲み込まれる。しかし、その炎の中からも無数に飛来する槍が騎士を襲う。
はじき落としてもきりがない。じわじわと鎧を削り、魔力を削っていく。
晴れ始めた炎の中にはまだ生き残りの兵士がたくさんいた。思いのほか、順調に数を減らせていたが、長期戦を避けられない。本番はここからだ。
いったい今日一日で何人を切り伏せたのだろうか。何人殺したのだろうか。アデリーナの銀色の鎧が鮮血で赤く染まる。途方もない返り血は鎧の表面で一瞬にして酸化し、風に流されどこかに飛んでいく。
まるで終わりの見えない戦場で、遠くに青い海が見えた。
それは燃え盛る炎の中、こちらに向かって進軍を開始している『蒼軍』。前線にいた2列はただの一般兵。中央に控える3列は衛兵。今戦っている敵より幾分か上手だ。数は脅威だが、一対一では赤騎士の相手ではない。しかし、更にその後方から迫ってくる5列分、全体の半分も占める『蒼軍』こそ、この軍の主戦力。ここに本人はいないがブルーの率いる5千人の青騎士だった。
あれから何時間たっただろうか。いくら切っても減らない敵に、体力も魔力も心も消耗されていく。
自分が少しでも休めば周りの騎士の負担が一気に倍増する。一瞬でも気が抜けない。
空を見ればもう太陽は空高く昇っていた。
「くそ!きりがねえ!」
「ジゼル!立って、お願いだから!」
ジゼル・ディ・レオーネ。『炎の暁』の中で一番経験の浅い赤騎士。
ミヤの声に続き、サラの叫び声が入り乱れる戦場のどこかから聞こえる。それは誰もが考えないようにしていた出来事だった。ここに来てついに、初めて一人の赤騎士が倒れたことを知らせる。
赤騎士の士気がさらに地へと尽き、誰も声を上げなくなった。
「くそっ!」
余裕のないアデリーナの苛立ちが凛々しき騎士の思わず口からこぼれた。しかし、今はもう誰も咎める者はいない。
その苛立ちに、追い打ちをかけるようにレインの声がすっと耳に入ってきた。
「太陽が……」
その言葉につられ上空を見上げれば、太陽がかすかにかけ始めていた。
疲れ切ったアデリーナは戦場の中でただ一人思いふける。
もしアリーがいたならば神域魔法でもう一度私を過去に飛ばして貰えるのに。今度は皆を救って見せるのに。アデリーナはこの戦場の中そんな敵わない幻想を抱くのをやめられない。それはここで死ぬことを察したからなのかもしれない。死ぬ前の願い。かなわない夢。後悔。
しかしそんな幻想は叶わない。アリーが殺されたのではなく、連れ去られたのはそれが理由だ。
もし殺されたのならばアデリーナ自信が新たな炎の魔女として昇華させられているはずだ。そうすれば神域魔法を発動し、私自身が過去に飛びこの結末を変えればいい。
もしヴィットリア先生のように無理やり自身を昇華させられればと幾度となくおもったが、結果アデリーナには無理だった。それが、失われた過去の記憶のせいだとアデリーナは知っている。
それもすべて計算のうちに入れていたのではないかと、昔見ていた氷の魔女の言動と行動に思わされる。
初めから氷の魔女はこうなるように仕向けていた。もし仮にそうなのだとするならば、アデリーナは氷の魔女のただの偶像に過ぎない。この瞬間まで何も気づかずにただ操られていた。私たちのあがきはいったい何だったのだろうか。
アデリーナの心に暗い影が落ちていくのが自分でもわかった。
その時、その土地にいた全員が意識を向けるような現象が起こった。
物凄い轟音と同時にラベンダーノヨテ聖域国の中から大きな黒い煙が上がっる。そして、次の瞬間、ありえない現象に戦場にいる全員の動きが止まった。それはあのラベンダーノヨテ聖域国の城壁の一部が崩れ始めたのだ。
その信じられない光景に目を奪われる中、アデリーナの頭の中で一つの組織の名前が浮かぶ。
あの黒い煙……『黒煙の蛇』
皆の動きが止まったこの戦場の中、ふと我に返ったアデリーナにレインの声が刺さる。
「行って!このチャンスを逃さないで!」
いつの間にか3人のドラゴンを引き連れて先頭のドラゴンに乗るレイン。アデリーナの前に飛び降りると彼女は背を向けながら剣を構え叫んだ。
「いって!ここは私たちに任せて!さあ早く!サラとミヤを連れって、なんとしても炎の魔魔女を助け出して!」
「分かりました!」
力強い言葉に我に返り現状を理解したアデリーナは覚悟を決めた返事とともにドラゴンに飛び乗り空へ飛び出した。それに続き、サラとミヤもドラゴンに乗り空に飛び出す。
「頼んだよ」
アデリーナ達の背中を見つめ小さく囁いたレインは、最後の力を振り絞り戦場の中で真っ赤な輝きを放つ。
「我が名はレイン・ディ・レオーネ!炎の魔女の眷属にして、この世界で死んでいった同胞の魂を導くもの!」
彼女たちの想いを背負ったアデリーナが振り向くことはもうない。
ただ一点の希望を胸にその炎を燃やした。
敵の動きを観察していると、丘の上に上ってきたサラとミヤがアデリーナの隣に並ぶと口を開いた。
「氷の魔女は私たちが攻めてくることを予想していたみたいですね」
「でも攻めてこねーぞ」
「不幸中の幸い。でもそれが守るのに特化した彼らの強さでもある。とりあえず今は充分な休息を取りましょう」
アデリーナは丘から降り体を休める。あの軍団の中にブルーはいなかった。なら、赤騎士が一人で百人を相手にすれば勝ち目はある。
決して現実味のある案ではないが、果ての海域の魔物よりわ幾分も可愛く感じた。
見張りの交代ということでサラとミヤに任せ、丘を降りるアデリーナはいったん腰を折ろした。ひと時の休息を噛み締めるように思考をやめ、目を閉じた。
目を覚ましたアデリーナはふと登り続ける太陽を見つめている。その時、微かな振動に気が付いた。アデリーナは遅れてその振動に気づき目が覚めたのだと実感する。
ほぼ同時に丘の上にいたレインが大きな声で報告した。
「敵軍がこちらに向かって進軍を開始しました」
「そんな」
――なぜ今頃になって?
そんな疑問をすぐに捨て、丘に登ったアデリーナは敵軍を確認する。
10列ある軍隊の前方の2列がまっすぐこちらに迫ってきていた。赤騎士に対して部隊を分ける意図がアデリーナには分からなかった。今まで一度も集団による戦闘を行ったこともなければ経験したこともない。
「全員戦闘準備‼」
アデリーナの叫び声に全員に緊張が走る。
「おそらく、これが最後の戦い。今までの人生で一番長い時間になるでしょう。死んでいった彼らの意味を今ここで与えるのです!」
丘の上で横一列に並んだ赤騎士たちが一斉に鞘から剣を抜き、真っ赤に燃やす。その中央に立つアデリーナは迫りくる『蒼軍』に剣を構え沈黙する。
――まだだ。もっと引き付けるんだ。
迫りくる軍団が巨大な地響きを鳴らす。その気迫は雪崩れのように、騎士たちの士気を奪っていく。
たった二千の兵だったがその迫力はすさまじく、丘の上だから見えてしまう後方に控えるあと八割の軍団に絶望してしまう。
あっという間に敵との距離は200メートルを切った。
皆の手に汗が滲む。振動か、緊張か、はたまた恐怖なのか分からないが剣を握る手が震える。握りしめる手により一層力が入る。
敵軍まで100メートル。相手から放たれた槍が空を舞い騎士たちを襲う。熱い鎧が攻撃をはじくが、鎧に当たる無数の音が焦りを駆りだたせる。
――50メートル――25メートル――10メートル。
横に立つミヤがアデリーナを見かねたその時。
アデリーナは力強く合図を下す。
「火焔、龍破!」
アデリーナとほぼ同時にふり上げられた103人の魔力の籠った剣が巨大な炎の海を作り出し、勢いよく丘を下っていく。
迫りくる『蒼軍』は一瞬にして灼熱の海に飲み込まれる。しかし、その炎の中からも無数に飛来する槍が騎士を襲う。
はじき落としてもきりがない。じわじわと鎧を削り、魔力を削っていく。
晴れ始めた炎の中にはまだ生き残りの兵士がたくさんいた。思いのほか、順調に数を減らせていたが、長期戦を避けられない。本番はここからだ。
いったい今日一日で何人を切り伏せたのだろうか。何人殺したのだろうか。アデリーナの銀色の鎧が鮮血で赤く染まる。途方もない返り血は鎧の表面で一瞬にして酸化し、風に流されどこかに飛んでいく。
まるで終わりの見えない戦場で、遠くに青い海が見えた。
それは燃え盛る炎の中、こちらに向かって進軍を開始している『蒼軍』。前線にいた2列はただの一般兵。中央に控える3列は衛兵。今戦っている敵より幾分か上手だ。数は脅威だが、一対一では赤騎士の相手ではない。しかし、更にその後方から迫ってくる5列分、全体の半分も占める『蒼軍』こそ、この軍の主戦力。ここに本人はいないがブルーの率いる5千人の青騎士だった。
あれから何時間たっただろうか。いくら切っても減らない敵に、体力も魔力も心も消耗されていく。
自分が少しでも休めば周りの騎士の負担が一気に倍増する。一瞬でも気が抜けない。
空を見ればもう太陽は空高く昇っていた。
「くそ!きりがねえ!」
「ジゼル!立って、お願いだから!」
ジゼル・ディ・レオーネ。『炎の暁』の中で一番経験の浅い赤騎士。
ミヤの声に続き、サラの叫び声が入り乱れる戦場のどこかから聞こえる。それは誰もが考えないようにしていた出来事だった。ここに来てついに、初めて一人の赤騎士が倒れたことを知らせる。
赤騎士の士気がさらに地へと尽き、誰も声を上げなくなった。
「くそっ!」
余裕のないアデリーナの苛立ちが凛々しき騎士の思わず口からこぼれた。しかし、今はもう誰も咎める者はいない。
その苛立ちに、追い打ちをかけるようにレインの声がすっと耳に入ってきた。
「太陽が……」
その言葉につられ上空を見上げれば、太陽がかすかにかけ始めていた。
疲れ切ったアデリーナは戦場の中でただ一人思いふける。
もしアリーがいたならば神域魔法でもう一度私を過去に飛ばして貰えるのに。今度は皆を救って見せるのに。アデリーナはこの戦場の中そんな敵わない幻想を抱くのをやめられない。それはここで死ぬことを察したからなのかもしれない。死ぬ前の願い。かなわない夢。後悔。
しかしそんな幻想は叶わない。アリーが殺されたのではなく、連れ去られたのはそれが理由だ。
もし殺されたのならばアデリーナ自信が新たな炎の魔女として昇華させられているはずだ。そうすれば神域魔法を発動し、私自身が過去に飛びこの結末を変えればいい。
もしヴィットリア先生のように無理やり自身を昇華させられればと幾度となくおもったが、結果アデリーナには無理だった。それが、失われた過去の記憶のせいだとアデリーナは知っている。
それもすべて計算のうちに入れていたのではないかと、昔見ていた氷の魔女の言動と行動に思わされる。
初めから氷の魔女はこうなるように仕向けていた。もし仮にそうなのだとするならば、アデリーナは氷の魔女のただの偶像に過ぎない。この瞬間まで何も気づかずにただ操られていた。私たちのあがきはいったい何だったのだろうか。
アデリーナの心に暗い影が落ちていくのが自分でもわかった。
その時、その土地にいた全員が意識を向けるような現象が起こった。
物凄い轟音と同時にラベンダーノヨテ聖域国の中から大きな黒い煙が上がっる。そして、次の瞬間、ありえない現象に戦場にいる全員の動きが止まった。それはあのラベンダーノヨテ聖域国の城壁の一部が崩れ始めたのだ。
その信じられない光景に目を奪われる中、アデリーナの頭の中で一つの組織の名前が浮かぶ。
あの黒い煙……『黒煙の蛇』
皆の動きが止まったこの戦場の中、ふと我に返ったアデリーナにレインの声が刺さる。
「行って!このチャンスを逃さないで!」
いつの間にか3人のドラゴンを引き連れて先頭のドラゴンに乗るレイン。アデリーナの前に飛び降りると彼女は背を向けながら剣を構え叫んだ。
「いって!ここは私たちに任せて!さあ早く!サラとミヤを連れって、なんとしても炎の魔魔女を助け出して!」
「分かりました!」
力強い言葉に我に返り現状を理解したアデリーナは覚悟を決めた返事とともにドラゴンに飛び乗り空へ飛び出した。それに続き、サラとミヤもドラゴンに乗り空に飛び出す。
「頼んだよ」
アデリーナ達の背中を見つめ小さく囁いたレインは、最後の力を振り絞り戦場の中で真っ赤な輝きを放つ。
「我が名はレイン・ディ・レオーネ!炎の魔女の眷属にして、この世界で死んでいった同胞の魂を導くもの!」
彼女たちの想いを背負ったアデリーナが振り向くことはもうない。
ただ一点の希望を胸にその炎を燃やした。