第22話 消えた炎

文字数 4,198文字

 急いで最下邸の最深部に移動したブルーは重い扉を蹴り飛ばす。いろいろな導線が繋がる椅子の前で床に倒れ込む氷の魔女の姿があった。
「女王陛下!」
 少し声を乱すブルーは急いで女王陛下の体を抱き寄せる。いつもつけている仮面は倒れた衝撃か少し離れた場所に落ちていた。
 身に着けている青い宝石のついたネックレスから女王陛下の身の危険を感じ取ったブルー。サラとミヤ、2人の赤騎士にトドメを刺す前に急いで駆け付けた。
 ブルーにとってあの2人の命よりも氷の魔女の安否のほうが重要。
「女王陛下、仮面を」
 ブルーは一旦女王陛下から離れ仮面を取りに行こうとするが、弱い力で引き留める。
「大丈夫……後で自分でとりに行きます。ごめんなさいまたこんな無様な姿をみせてしまって……」
 女王陛下の美しい顔はあの女神像とうり二つ。しかし、今の氷の魔女の生気はとても小さく以前のような凛々しい姿など一切なかった。その理由をブルーは知っている。
 最下邸で暮らす人々の苦痛や苦しみ、体を白い粉へと変えられる時に生じる苦痛を氷の魔女が背負っていた。女王陛下の後ろにあるいろいろな管が繋がれた椅子がその機械だった。
 すべての人々が幸せになることなど不可能。常に肌で感じて来た氷の魔女は、はじめから犠牲者として最下邸を作りこの国を管理した。多数のために少数を切り捨てる。少数の人々を犠牲にする選択を背をわせるのなら、それを一番に背をわなければならないのは自分だ。
 氷の魔女はそう言って暇ができればここで、自分の命を削っていた。
 それが彼女にとっての贖罪なのかもしれない。
 沢山の人々の悩み、苦しみ、苦痛を肩代わりする女王陛下は、いくら魔女とはいっても時々限界を迎え椅子の前で倒れ込み、自責の念に駆られる。
 そのたびにブルーは女王陛下の元に駆け寄りその心の重みを晴らしていた。誰かに取りつかれたように、絶叫し、泣き叫び、怒鳴り散らす女王陛下の姿をブルーはこの部屋で何度も見て来た。
 暫くして落ち着いた女王陛下はブルーの腕から離れ、外の状況を聞いた。
「そうだったの。頑張りましたねブルー。先ほど炎の魔力が中核にある魔動機に流れ込んだのを感じました。しかし、魔力は弱い。私も調べてみましたがこの程度の魔法なら無視しても問題はなさそうだった。それよりも、もう一つの方は順調?」
「その件は、問題ない、です」
「そう、ならよかったわ。崩れた壁を直しに行かないとね」
 まだ完全に意識が回復してない女王陛下はブルーに肩を借りながら部屋を出た。

 永遠の大地。
 あの戦いから数日過ぎたアデリーナの傷は完全に癒え、他の赤騎士とも交流を持つようになっていた。あの戦いで心に寄り添ってくれたイヴァンの存在がアデリーナを救った。そのおかげでアデリーナは以前よりも強くなり、ヴィットリア先生に見られていても恥ずかしくない志を持てるようになった。
 草原に着いたアデリーナの元に、一匹のドラゴンが飛んでくる。
 その周りには誰もいない。2人だけの空間が広がる。
 ドラゴンは、アデリーナに首を伸ばし、アデリーナは優しく掻いた。気持ちよさそうに目を細めるドラゴンにアデリーナは優しく話しかける。
「ジュリオ。イヴァンからの伝言です。あなたの親友は最後まであなたに感謝していました。あなたを尊敬し、あなたを誇りだと言っていました。私からも言わせてください。ジュリオ、私を好きになってくれてありがとう。私を愛してくれてありがとう。あなたの気持ちは一生忘れません。だから待っていてください、見ていてください。私がこの世界を変えてみせます。いつかその大きな翼で自由に羽ばたける世界にして見せます」
 アデリーナの言葉に答えるかのようにそのドラゴンは大きな咆哮を上げ、力強く空に飛び立った。



 星暦862年。
 ラベンダーノヨテ聖域国。
 アデリーナ、サラ、ミヤはいつもの様に3人で行動していた。
 今回の作戦はあくまで簡単な点検作業。北東東の14区、住宅街のアパートの部屋の中にある転移魔法陣の確認。
 周りの住民たちは少し高揚しいつも以上に活気がいい。それにはしっかりとした理由があった。
 今日が『約束の日』の一週間前だからだ。
 あれから、アデリーナの計画は成功し、たびたび町にドラゴンが出現する。そのドラゴンを守りつつ、注意を引き付けて拠点作成や転移魔法の設置、また塔を破壊するための準備が順調に行われていた。
 『約束の日』に連れてドラゴンが生まれる人数が加速するのは、年を取り80歳に近付く人が増えるからだった。80を超えると元々体が弱い人は先に息を引き取ってしまう可能性も多々ある。その為に建国祭が近づくにつれ町の中に発生するドラゴンの数が増えた。
今日の最後の仕事、魔法陣の点検を終えたミヤがアデリーナに報告する。
「よし、できたぞ」
「ミヤ、ありがとうございます」
 以前よりも格段に魔法への理解が上がったミヤにアデリーナは感謝の言葉を述べる。
 そして今日この日、全ての下準備が完了した。
「もうすぐですね」
「ぜってーに成功させて、この世界を救う」
 サラの言葉をミヤが力こぶしを握りながら力強い声で言い切った。
「はい。暗く染まるこの世界を真っ先に照らす暁の様に私達がこの世界の未来を灯しましょう」
 アデリーナは決着を付けなければならない、避けては通れないこの気持ちに覚悟を決めるように胸にかける青いネックレスを強く握り締めた。
 その時。
 3人の赤騎士が同様に着けている赤いイヤリングから連絡が届いた。赤騎士全員がつけているそのイヤリングは、通信機の役割を持っていた。以前氷も魔女がアデリーナに青いネックレスを通して通信してきたことをアリーに伝えた所、それをもとに改造された情報伝達ようの魔法具だった。これのおかげで、我々の『暁の騎士団』にとって画期的なアイテムで、今まで以上に任務の成功を速め、成功率を上げた。
今届いた、緊急連絡だが、それは大至急、転移魔法で『永遠の大地』に帰還することだった。詳しい内容に先程まで笑顔を浮かべていた3人の顔が青ざめる。
その内容は、暁の宮殿が氷の魔女の強襲を受けているとのことだった。



「久しぶり、シルビア。昔は話よく遊んだよねっ!」
「そんな話をしに来たわけじゃない。私は貴女を倒しに来たの」
 永遠の大地の草原の上にたたづむ2人の魔女。
 2人は同時に仮面を外し互いの顔をさらし合う。全く同じ顔の彼女たちが違うのは使う魔法と髪色だけだった。
 約320年ぶりの再会が唐突に訪れた。
「私もただやられるわけにはいかないの。あの子たちを導かなければいけないから、そうヴィットリアと約束したからさっ」
 アリーチェは少し悲しように微笑むと炎が瞬時に溢れ出し空中が炎の海と化す。氷の魔女は一瞬にしてその炎に包まれた。だが、氷の魔女の魔法障壁が一切の攻撃を受け付けない。
 しかし、アリーチェの目的は攻撃ではなく視界を奪う事。炎の海を押しのけるように空中から落ちてくる隕石が氷の魔女にぶつかり魔法障壁ごと地面にたたきつけた。
 地面に膝を付ける氷の魔女は上空に佇む炎の魔女を睨みつける。
 それはアリーチェが加減をしている、本気で戦っていないことを理解していたからだ。
 怒りのまま地面を蹴り上げ、炎の魔女の元に一直線に飛んで行く氷の魔女。蹴り上げられた芝生は一瞬にして地面まで凍りつき、氷の結晶となる。
 シルビアを包むように形成される氷の幕が鋭く光りアリーチェの体に吸い付いた。しかし、その攻撃をぎりぎりで身をひるがえし回避する炎の魔女。
 振り向きながら氷の魔女の背中に向かって得意技を打つ。その名はエデンの星。
 右手を右肩に触れるほど丸め、何かを渡すように手のひらを突き出した。
「ごめんなさい」
 黄色く輝く小さな星が、申し訳なさそうにアリーチェの手のひらから放たれる。振り返るシルビアは子どもの遊びのような小さの星を乱暴に右手で叩いた。
 すると同時に大爆発がシルビアを襲い黒い煙が沸き立つ。はじかれた一部の光が海に落ち大きな爆発と衝撃波を生み出した。
風が吹き立ち込める黒い煙から姿を現したシルビアの右手は黒く焦げていた。
「そう、何もしてなかったわけではないのね」
 興味なさそうに焦げて黒くなった右手を見つめるシルビアは静かにささやいた。
「遊びは終わり、ここからは本気で来なさい」
 氷河期が訪れたかのように永遠の大地が氷だし、それに接する海面も凍り始める。
 冷や汗をかくアリーチェは両掌のひらから火の粉の様に無数に放たれる光の玉が流星群の様にシルビアを襲う。
 それが2人の魔女が全力で戦う戦闘の合図となった。



 アデリーナ達が転移魔法で帰還した時にはすでに氷の魔女と炎の魔女の決着がついていた。
 台地はシャアベットの様に凍り付き、地面には消えない炎が燃えている。
 すさまじい戦闘の跡がうかがえた。魔女には決して敵わない。それを嫌というほど実感させられるほどの超常現象が目の前に広がっている。
 最後に戻ってきたのかアデリーナとサラとミヤ、3人の赤騎士以外は皆戦意喪失したように覇気がない。炎が消えた後の様に、皆の瞳が死んでいた。
 どういう状況か理解できないアデリーナの耳に、震えるサラの声が届く。
「……どうして。転移門の炎が……消えてんだ……」
 アデリーナはすぐに振り返り転移門を確認する。そこにかかる魔力は完全に消滅し、命が尽きたように魔力の流れがない。
 それは、こちら側から一切ラベンダーノヨテ聖域国に向かうことができない。永遠の大地から出ることができたいことを伝えている。
 『約束の日』までもう一週間を切っているのだ。この状況をどうにか打破しなければ、未来がない。あの転移魔法は魔女にしか使えない超高等魔法。アリーでも用意するには数日かかるというのに。
 ――どうすれば……。違う、悩む前にまずは行動を。アリーにこの状況を報告しなければ。
「アリーはどこ!このことをすぐに報告しなければ!」
 その声に反応するものは誰もいない。
 いらだつアデリーナにレイン・ディ・レオーネが前に立ち力なく答える。
「アリーチェ様は、氷の魔女と激闘を続けた後、敗北し……海の向こうへと連れ去られて行きました」
 アデリーナはその言葉に何も返事ができずただその場に立ち尽くした。
 すべての希望が途絶えるには十分すぎる現実だった。
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登場人物紹介

アデリーナ (主人公)

魔女の眷属として召喚された騎士 誇り高く凛々しく正義感が強い

ブル―のことが好き

ブルー・デ・メルロ

魔女の眷属といて召喚された騎士 感情の起伏が薄く口数が少ない

アデリーナを気にかけている

シルビア・デ・メルロ

氷の魔女 ラベンダーノヨテ聖域国の女王

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