第18話 復讐の炎

文字数 4,624文字

「火焔龍破‼」
 それがアデリーナの聞いた先生の最後の言葉だった。転移魔法の発動を知らせるように視界が黄色く染まると気が付けば『暁の宮殿』の転移門にいる。
 サラに運ばれ宮殿の奥に進むと、今まで見たことのない人数でごった返していた。アデリーナはサラによって脇の部屋へと運ばれる。中ではたくさんの赤騎士が身を休ませている。
 重傷な者、軽傷な者。負傷している赤騎士は四十を超えている。アデリーナがその部屋にはいると、空気が変わった。
 皆に注目される理由をアデリーナは知っている。だからこそ今はそんなことを気にしている暇などない。隅の座り込み自分の両足の傷の修復に専念する。今は自分のできることに意識を集中させた。

 ラベンダーノヨテ聖域国、第八区住宅街。
 もう夜は開け新しい一日を迎えようとしていたが、昨夜まであった町は焼け野原と化し、建物は形すら残っていない。黒い煙が立ち上る瓦礫の山中で氷の魔女が佇んでいる。
 その場に氷の魔女以外の生き物の姿はない。
 しかし、氷の魔女は敬意を払いその言葉を投げかけた。
「あなたは強かった、騎士としてでも魔女としてでもなく、同じ家族のとして。でもその『信念』に私は負けない。……私達は負けないの」
 右腕が焼け落ちた氷の魔女の前に佇むかけ焦げた真っ黒な塊は、かつて炎の魔女の眷属として召喚され、最後には魔女にまで体を昇華させ、戦った慣れの果てだった。
「女王陛下」
 その場に現れた一人の騎士が氷の魔女の後ろで跪く。女王陛下は振り返ることなく、真っ黒に焦げた亡骸を見つめ騎士に問いかけた。
「ブルー。彼女の名は?」
「ヴィットリア・ディ・レオーネ」
「そう。今度こそ私たちが終わらせないといけない。たとえどんな犠牲を払ったとしても。ブルー、貴女の好敵手だったのでしょ。とむらってあげなさい」
「はい」
 女王陛下は失った右腕の傷口に手を当てると新しい腕をはやした。同時に汚れていた青いドレスがいつの間にか綺麗になっている。
 大空へと上昇していく女王陛下は両手を広げ、国民に自信の声を届ける。
「皆様聞こえますか。私はこの国の女王、シルビア・デ・メルロ、メリア神話の始終の女神の使者です。恐ろしい思いをした人、苦しい思いをした人、安心して下さい。いつでも私が見守っています。そして、今回の戦いで邪悪な魔女、炎狂の魔女、ヴィットリア・ディ・レオーネが死にました。我々は打ち勝ったのです。これも始終の女神様の思し召しのおかげです。これからお役目を果たしこの御恩を返していきましょう」
 講演を終えた女王陛下に市民たちの歓声が上がり、国はまた一段となり湧きだった。氷の魔女は誰にも聞こえない声で自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「私は決して諦めない、あの日あの時、貴方と約束したのだから」


 暁の宮殿。
 あれから数日が立ち、アリーチェの口からヴィットリアが亡くなったことが知らされた。暁の騎士団の中で初めての戦死者となったヴィットリアの活躍はアリーの口から簡易的に伝えられた。それ以上にヴィットリアの活躍をアリー以外の赤騎士たちは身を持って知っていた。
 昼を過ぎたころには宮殿内部は落ち着きを保ち、ヴィットリアの追悼式の準備が進められていた。
 ラベンダーノヨテ聖域国にある基地を全て落された今、ヴィットリアの亡骸を回収することは不可能だった。そして、もう一つ心残りがある。
 それはイヴァンとリノを招待することができない事だった。アリーの話によると、最下邸の魔導変換器を破壊したことにより、一時的にすべての監視機が機能を失った。その間に、きっとイヴァンとリノの二人は逃げおおせていると言っていた。今のアデリーナにはその言葉を信じることしかできない。この先起こりうる結果を知っていてもなお家族のこと、『炎の暁』のことを考え、行動していた先生の覚悟の強さに胸が締め付けられた。
 夕方を迎え、通等式が始まった。
 宮殿の中央にある中庭に一つの石碑が建てられ、最古の騎士であるヴィットリアを『炎の暁』全員が見送った。
 追悼式を終えたころには日は暮れ始め、晩餐を迎える。思い思いに飯を食らい、酒を飲む。失った仲間に涙を流すもの、悲しみを忘れようと飲み耽る物、この戦いで無事に逃げ切れたことを祝うもの。
 炎の暁は敗走という形ではあったものの被害は圧倒的に少なく、『蒼軍』より圧倒的に被害は少なかった。
 しかし、それでも『炎の暁』にも先生含め18名の死亡者が出ている。
アデリーナは夜会で一人、お酒を口に運んでいるとそこにジュリオが現れた。
「やっ!何とか生き残れたよ」
 酒を口に運ぶジュリオがアデリーナの隣に座る。
「アリスさんが治療して、この通り酒が飲めるまで回復したってわけよ」
「そうでしたか」
「なんだ?俺でも良ければ話は聞くけど」
 ぼーっとしているアデリーナを心配してジュリオの声色が優しくなる。少しの間の後、アデリーナは言葉を探るように話始める。
「ジュリオはもう儀式を終えているのですよね」
「ああ。じゃなきゃここにはこれない。ちがう、厳密にはあの国の外に出ることができない」
「そうですよね」
「炎の魔女になびく国民を恐れた女王は、国を城壁で囲み八本の塔を立てた。炎の魔女の侵略から防ぐためだけではなく、国民が壁の外に出れなくなるように」
「それは城から配給されるパンの中に刻印された魔力によって汚染されていくのですね」
「ああ。だから、あの儀式が必要なんだ。炎の暁に入る、あの女王に楯突くって事は少なくともそう言う事なんだよ」
「そうですよね」
 また間が開く。しかし、周りの賑わう声が頭の中で飽和して、気まずさを紛らしてくれている気がした。
「ヴィットリアの事について聞かせて欲しいんだ」
 イヴァンの言葉が胸を刺し、アデリーナを現実へと引き戻す。恐怖、悲しみ、恐れから逃げるために、休息として開かれていた夜会の空気にアデリーナは半分引き込まれていたのだったと自覚する。
「サラから聞かなかったんですね。ヴィットリアは記憶を消される前の私だったのです。それを知っていて、先生は逃げずに私のために戦い続けました。自分より、強い騎士にもひるまず戦い続けたのです。体はもう限界を迎えているにもかかわらず、先生は私達の道しるべとなるべく進み続けました。そして、炎の魔女となり、氷の魔女を相手に我々の逃げる時間を稼いでくれました」
「そうか、そうだったのか。最初から決まってたのか、イヴァンに向かうって……ヴィットリア」
 ジュリオは涙を隠すように俯き、すすり泣く。今だからこそ知っている先生の想いに胸が締め付ける。どこにもぶつけられないやるせない思いが、怒りとなって胸の内に溜っていくのが分かる。
 少しして落ち着いたのかジュリオが顔を上げる。
「悪い。もう大丈夫だ。イヴァンはどうなったか知ってるか」
 顔を合わせず問いかけてくる。きっと泣いている顔を見られたくないのだろう。
アデリーナはシルビア、ブルー、そして自分への怒りを一端のみ込み言葉を返す。
「わからない。ただ逃げきれていると信じるだけ」
 しかし、怒りを綺麗に消し去ることは出来ず、強張った声がでた。ジュリオは察してか何も言わずに言葉を続ける。
「ああ、大丈夫だ。あいつしぶといから。俺が『炎の暁』に入るきっかけをくれたのはイヴァンなんだ。まだ城に通っていて何も知らなかった頃、イヴァンはが城の地下に連れて行ってくれて真実を教えてくれた、だから、一応あいつには感謝してるよ」
 アデリーナは静かにうなずきお酒を口に運んだ。
 すると、二人の前に一人の女性が立ち止まる。二人は同時に頭を上げ、顔を確認すると彼女は不敵にほほ笑んだ。
「ちょっとアデリーナ借りてもいいかな?」
 アリーの言葉にジュリオは無言で何度もうなずく。
「アリー」
「ちょっとついてきて欲しいの」
アリーがアデリーナの手を握ると二人は同時に宙に浮きあがり人気のない丘の上に着地する。
「よし、ここなら他の人に割って入られることもないねー」
 隣に立つアデリーナに明るい声をかけるアリー。
 視界の先にある夜会で賑わう広場を意味もなく見つめながらアリーがまた口を開く。
「もうこの国のすべてを知ったんだよねー。ヴィットリアの事、そしてあなた自身の事も」
「はい」
 アデリーナも同様に広場を細い目で見つめる。
「じゃあ、この国の神話の話を少ししましょっか。知っているわよね。『メリア神話』について」

 ドラゴンと魔亜人は一人の子どもをその大地に生み落としたのでした。
 その子どもの名前は『始終の魔女』
 始終の魔女はすくすくと育ちましたが、一人で寂しく孤独に生きていました。
 そんなある日、魔女の家に一人の女の子が訪れました。その女の子は何度も魔女の家を訪れ、魔女のはじめての友達になりました。魔女の力や知識は人を呼び寄せ、小さな村ができました。幸せは幸せを呼び、村は町となり大きな国となりました。
 しかし、人と魔女の時間には大きな差がありました。初めての友達がこの世をさると魔女は心を閉ざし、家に引きこもってしまいました。
 魔女を頼りにしていた人々は、次第に言い争いをはじめ喧嘩をし始めます。魔女はさもしい争いの仲介役に立ちましたが、収まることはありません。
 人々が増え続けると、それに比例して小さな争いが起き、大きな問題となっていきます。
 どちらの立場に付けばいいか分からなくなった魔女は、一つの解決策を見出しました。
 361年ごとに一度起こる世界の歪み。『終焉の審判』が起きたことによってできた世界の歪みを利用してもう一人の自分を作り出すことにしたのです。

「こうやって氷の魔女が生まれたの~」
「神話なのに魔女なんですか?」
「別称よ。魔女でも神でも本質は変わらない。氷の魔女は敬うものとして都合のいいように神と改変したの。話に出てくるヴァルキリーは騎士の別称なんだから」
「歴史を都合のいいように改変し、神話にした」
 アデリーナはアリーチェの死角で力強くこぶしを握る。氷の魔女の最終目標である神域魔法を阻止し、この手で殺す。
「そう。でも今話したところまでは事実だよ」
 一歩前に出たアリーチェが振り返り真剣な眼差しで言葉を加える。
「アデリーナ。全てを知ったうえで私はもう一度問います。本当にいいのですね」
 アリーチェはどこか寂しく心配そうな顔をしていたが、鋭い目つきで見つめ返す。
もうアデリーナの中で答えは決まっていた。今はもっと早くこの答え出していれば先生が死なずに済んだかもしれないとそう感じる。
「はい」
 夜の冷たい風が二人の間を吹き抜ける。
 赤いマントを被るサラとミヤがアデリーナの後ろに現れた。彼女の配下になった2人の赤騎士は静かにアデリーナの後ろに並んだ。
「私は騎士として、この世の悪である氷の魔女を絶対に殺す。たとえどんな手を使ったとしても」
 アデリーナの瞳の奥で怒りの炎が深々と燃えている。
 感情に同調するように力が溢れ出すアデリーナ、そこにはもう以前のような弱さはない。
以前のような戸惑いや不安もない。同時に凛々しい姿、優しい笑顔も失っていた。
 目に怒りを滲ませたアデリーナは全身からは殺意に満ちたどす黒い魔力を放つ。
周りの空気は一瞬にして業火のような熱風に代わり、アデリーナの足元から草が焼け焦げていく。
 生まれ変わったかのような膨大な魔力は漆黒のように黒い復讐の感情で満たされていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

アデリーナ (主人公)

魔女の眷属として召喚された騎士 誇り高く凛々しく正義感が強い

ブル―のことが好き

ブルー・デ・メルロ

魔女の眷属といて召喚された騎士 感情の起伏が薄く口数が少ない

アデリーナを気にかけている

シルビア・デ・メルロ

氷の魔女 ラベンダーノヨテ聖域国の女王

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み