第9話 孤独3

文字数 4,424文字

ラべンダーノヨテ聖域国。
南南東、第12区、商店街大通り外れ。
ジュリオが営む酒場の後ろに広がる中庭でアデリーナはヴィットリアから剣技を学んでいた。
「火焔龍破!」
 兜の中から聞こえる凛々しい声と同時に赤く輝く剣がアデリーナの頭上から勢いよく振り下ろされた。
 どっと溢れ出す炎が激しくうねり螺旋を作り上げる。炎の竜巻がジュリオが立っている厨房の壁に待って勢い良く伸びていく。
 しかし、その炎はどれだけ伸びようと決して壁に届くことはない。そして、しばらくして炎が飛散する。 
 この中庭には魔法障壁が張られている。この魔法障壁は、音や衝撃、魔力、そして視覚も外の世界から遮断している。アリーがわざわざ用意してくれたこの魔法障壁は永遠の大地を繋ぐ転移門に施されていた魔法と原理は同じだそう。
 だから先ほど放った剣技が酒場の壁に届くことはなかったのだ。
 アデリーナはこの空間のおかげでヴィットリアと心置きなく剣技の練習ができた。
 地下通路はもうしばらく使えそうにないという話だけど、それも時間の問題らしい。
 アデリーナは兜を消し一呼吸置いた。汗をぬぐう姿を静かに見守っていた赤髪ポニーテールのヴィットリアが口を開く。
「剣技は申し分ないわ。体は覚えているのね。問題は魔法ね…………でもおかしいわね。アリーチェに見て貰っているはずだから何も問題はないはずだけど、何かに阻害されてるようにしか……」
 何か考え込むように下を向くヴィットリアの後半の言葉がよく聞き取れなかったが、答えが出たのか、顔を上げると言葉を続ける。
「魔女とその眷属である騎士と、一般人の違いは分かるかしら」
「魔力の有無でしょうか?」
「そうね。見た目は似ているけども私達は完全に別種族なの。魔力を使えるだけではなく、知っての通り私たちに寿命がないと言われている。じゃあ、魔女とその眷属の違いはというと、主に二つあるとされてるわ。まず一つ目は圧倒的な魔力の差。これは、力の強さに直結する一番大きな要素ね。そして二つ目、眷属の騎士はその対象の魔女に絶対服従であること。貴女は記憶を消され氷の魔女の配下として戦っていた。それは事実なのよね?」
「はい」
「おそらく相当な無理を体にかけていたはずよ。死んでいてもおかしくなかった」
 その言葉にブルーたちと一緒に過ごしたころ何度も激痛に襲われていたことを思い出す。
「あなたは相反する氷の魔法を何年間も体に埋め込まれ、そして体を蝕まれてきた。その後遺症のせいかもしれないわね」
 アデリーナは自分の手を見つめる。強さに一番直結する魔法を私は阻害されている。なら私はこれ以上強くなれない?そんな残酷な結論を導き出してしまう。
 その思考を読んでいるのかヴィットリアは優しい笑顔作りアデリーナの不安な気持ちを払拭する。
「でも、大丈夫よ。現状、炎の魔法を使えているということはいずれアデリーナも知らないうちに従来通りの魔法を使えるはずだわ。だって……やっぱりその先は秘密」
 いたずら笑うその姿はどことなく炎の魔女に似ていた。
「そこまで言われるときになります、ヴィットリア先生……」
 どうせ教えてはくれず流されてしまう、その事を知っていたアデリーナはすねる事しかできない。
「記憶を消される前の貴女に心当たりがあるって事よ」
 アデリーナは心が優しいく強いヴィットリアを先生と慕っているが、ちょくちょく顔を出す意地悪な所がある。アリーに似たのか、それとももともとなのか。神のみぞ知る答えをアデリーナは意味もなく考えていた。
「さっ、話を戻しましょうか。魔女と騎士には圧倒的な力の差があるから、私達がどんなに頑張っても氷の魔女には勝てないわ。だから、もし氷の魔女に見つかったら逃げる事だけを考えなさい」
「ヴィットリア先生も同じ選択を取るんですか?」
「ええ、そうよ。あくまで氷の魔女に対抗できるのは炎の魔女のみなの。魔女と眷属の決定的な魔力の違いは魔力総量ではないのよ。騎士は自分の体内の魔力しか使えない。だから、使い切ってしまった場合、魔女に魔力を与えてもらうか休息による自然回復でしか回復できない。だけど、魔女は自然を流れる魔力を直接扱える。私達の様に体内で自分の使える魔力の形に組み替える必要がない。はい、休憩は終わりよ」
 急に話を打ち切るヴィットリアの体にはいつのまにか鎧が生成されている。
「次は実戦練習よ。魔法の練習は戦いで学んだ方が速いわ」
 そう言って剣を抜くヴィットリアの前にアデリーナも移動し兜を被ってから剣を抜く。
「実戦では必要なタイミングに応じて剣に魔力を込める。でも今回はずっと剣に魔力を込めてちょうだい」
 言われるがままアデリーナは剣に魔力を流し、銀色の刃が赤く光る。
「じゃあその光を弱めないようにねッ!」
 言葉の終わりと同時に突進してくるヴィットリアに魔力の籠ったアデリーナの剣が襲う。
「舐めないでください!」
 ヴィットリアの剣は衛兵が使う用の簡易な物、更に魔力も込められていない。対するアデリーナは、剣に魔力を流しているおかげで速度も威力も上、更に技まで使える。
 とった。
 懐に入ってくるヴィットリアを完全にとらえた瞬間、アデリーナの剣は空を切った。いつの間にか後ろにいるヴィットリアにすかさず剣を構えると、横腹の衝撃に気付く。
 ——早いっ!
 いつの間にか砕かれている鎧を修復させようとする合間に、またヴィットリアが突進してくる。
 赤く光る剣とヴィットリアの剣が鍔ぜり合った。
「剣に魔力を込めることに意識を向けすぎているわよ。確かに、剣技は威力は高い。あの時、剣を打ち付けていたら私の剣は砕けていたでしょう。しかし、動きも鎧にかける魔力も弱まっている。それに、何よりも今、鎧を修復することに意識を削がれ剣に流れる魔力が弱まっている」
 アデリーナはその言葉を否定するように剣を強く押し付ける。後ろに大きく跳躍したヴィットリアは静かに私を見据えていた。
 ——ヴィットリアの言う通り私は魔力の扱いが甘い。想像以上に剣に魔力を常に送り続けるのは大変だ。みるみる自分の中の魔力が減っていくのを感じ、焦りを感じてしまう。
 剣をもう一度握りなおしたアデリーナは深く深呼吸をして呼吸を整える。そして、心を穏やかにするために声に出して自分に言い聞かせる。
「冷静に。落ち着いて、緩やかに燃える蝋燭の火の様に」
 同時に飛び出してくるヴィットリアにアデリーナは目を見開き凛々しい声で体に魔力を込めその攻撃を向かい打つ。
「はああ!」

「おお、お疲れー。何か飲む?」
「はい……お水をお願いします」
 カウンターのテーブルに力なく倒れ込むアデリーナの注文にジュリオは苦笑いを浮かべ、コップに水を汲んでくれる。
「ありがとうございます」
 アデリーナはそう言うとコップの水を一気に飲み干した。
「その感じだと、またボロ負けって感じだな」
「……はい。ヴィットリア先生の強さは理解しているので、勝てないことは分かっているのですが、どうも魔力のコントロールが……」
「でも、アデリーナも剣技ならあのヴィットリアにも負けず劣らずだったぜ。ヴィットリアも剣の扱いだけなら私を超えているかもって」
「本当ですか!」
 勢いよく体を起こすと、まるで問い詰めるかのように顔を近づける。
「おっ……おっと、俺そーいえばあれやらないと」
 不自然に顔を赤目らせ、ジュリオはそそくさと奥の倉庫に行く。
「やべーよマジ。顔近すぎだろ~」
 ジュリオの興奮した声が倉庫から聞こえるがアデリーナの耳にはいる事はなかった。
 店のドアが開く音が聞こえ振り返ると、アリーが何かの用事から帰ってきた所の様で赤いフード頭から消えていく。
「あ、アデリーナ!お疲れ~。ジュリオただいまー」
「お疲れさまです」
 アデリーナは急いで立ち上がり一礼すると中からジュリオの適当な返事が聞こえてくる。
「あら~対照的ね。ねぇ、アデリーナ、ジュリオに変なことされてない?」
「いえ特に」
「ちょ、やめてくださいよ。そもそもうちに止めるように言ったのはアリスさんじゃないですか」
 勢い良く奥の倉庫から出てきたジュリオがカウンター越しで訂正する。
「そーだけ?」
 小悪魔に微笑むアリーが隣の席に座るので私も同様に席に着いた。
「はい」
「ありがとうー」
 アリーが何を飲むのかはじめから知っているのか、ジュリオはが紅茶を出した。それを一口飲んでからアリーが口を開く。
「今日もダメだったみたいね」
「はい。私の魔力を込めた剣でも先生の剣をはじくことすら出来ませんでした。そういえば、先生は毎回持っている剣が違いますよね。愛剣を持ってないのでしょうか?そこに強さの秘訣が?」
 深く考え込むアデリーナにアリーは笑って答える。
「そんなところに強さの秘訣はないよー。彼女ヴィットリアの一番の強さは心。それだけだよ~。ただ、彼女本当に頑張り屋さんだからねー、休んで欲しいってちょっと思っちゃう。実は数年前にね、彼女暁の炎を抜けたの。その時に一緒に愛剣を置いていったの。名前は『グラン』。もうひびが入ってボロボロなんだけどね、永遠の大地の私の家のさらに奥にある洞窟に飾られているの。愛剣を振っていた時のヴィットリアは今よりももっと強かったんだよ!」
 なぜ先生は暁の炎を抜けたのですか?そして、なぜ戻ってきたのですか?剣は修復すればいいのではないですか?そんな疑問が次々に浮かんだが、それをアリーに聞くのは野暮な事だと感じたアデリーナは口を開くことはなかった。
「そういえば、アデリーナの愛剣に名前はあるの?」
「いえ、名前など考えたこともありませんでした」
「時間がある時に考えておくのもいいかもしれないね!」
「そういえば先生がわたしの魔力の使い方が少し変わっていると言っていました」
「そればかりは私にはどうにもできないなー。無理矢理直そうと思えれば出来るかもしれないけど、それは氷の魔女と同じことをあなたにすることになるもん。貴女は望まないだろうし私もそんなの望まない。私はね、決められたレールを歩くのではなく、皆自由に生きて欲しいって思っているの。だから、炎の魔女の眷属なんて関係ない、炎の暁に入らなくてもいいんだよ!まだ悩んでいるんでしょ?」
「……はい」
「大丈夫!焦ることはないからゆっくり自分の目で見て考えて。それに私達は負けないから」
 アリーはジュリオと目を合わせるとアデリーナを見つめて笑った。
 この人達に悪意は感じない。最下邸の存在を容認することはできないが氷の魔女のあの時の優しさが嘘だったとも思えない。なぜあんな施設を作ったのか、その理由も聞けてはいない。
 話し合いも対話もせず、お互いに歩み寄る事は一切ない。そんなこと、アリーがしないはずがない。しかし、結果として私たちは何100年も戦い続けている。なぜ私たちは戦わなければいけないのだろうか。そんな疑問が、アデリーナの中から消える事はない。

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登場人物紹介

アデリーナ (主人公)

魔女の眷属として召喚された騎士 誇り高く凛々しく正義感が強い

ブル―のことが好き

ブルー・デ・メルロ

魔女の眷属といて召喚された騎士 感情の起伏が薄く口数が少ない

アデリーナを気にかけている

シルビア・デ・メルロ

氷の魔女 ラベンダーノヨテ聖域国の女王

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