第20話 執念2

文字数 5,907文字

「やった……。やったぞ!」
 放心状態から解き放たれたミヤがサラに抱きつき歓喜する。
「ちょっと、もー。まだ分からないでしょ」
 サラがミヤをなだめながら砂煙の先を目線を向ける。魔力も物音も何も感じない、残っているのは焦げ臭さだけ。
 アデリーナの方を向くと彼女はなんとかその場に立っていた。ゆっくりだが体の修復に専念している様だった。
「私が見てくるわ」
 アデリーナに向けたサラの言葉にただ頷き、ゆっくりと例の短剣の方へと歩み寄っていた。
「それにしても、凄いわね」
 最下邸の壁を打ち破り大きな穴をあけてしまうほどの力。地面に空いた横穴の中に入っていくサラは、後ろについてくるミヤに声をかける。
「ミヤはここにいて、もうアデリーナは戦えないでしょ。もし衛兵が来たら貴女が守ってあげて」
「ああ、わかったよ」
 嫌そうだったが素直に言う事を聞いてくれたミヤにサラはお礼を言い先に進んだ。
暗くよく見えない空間に周囲を警戒しながら進む。砂煙が立ち込めるだけで穴の長さは10メートルも無かった。
砂が崩れた後が終点だった。恐らく生き埋めになっている。
そう思い引き返そうとした時、かすかに魔力を感じ取ったサラは大きな声で叫んだ。
「まだです!」
「トーノ・テイン」
 穴を中心に雷が走り粉塵爆発が起こる。近くにいたサラとミヤが巻き込まれるが、同じ属性の攻撃だったお陰で鎧が何とか受けきってくれた。
 サラは急いで穴から飛び出し、入り口にいたミヤに声をかける。
「大丈夫?」
「ああ、今のは」
「ブルーの雷の魔法、それが塵に引火して粉塵爆発が起きたの。耐性を持っている私たちはともかく、対する魔力を持っているブルーはかなりのダメージを負ったはずよ」
「最後のあがき?」
「そうだったらいいんだけど。この国の最強の騎士がこんな簡単にやられたりはしないって事でしょ」
「おい……ちょっとまてよ。……雷の魔法ってことはその雷はどこに向かって攻撃したんだ?あくまでこの爆発は途中で引火しただけなんだろ」
 二人は同時に振り返ると、雷で全身を焼かれた壁と大きな穴、その先に崩れた瓦礫の山があった。
「アデリーナ!」
「おい!返事をしろ!」
 二人の声は空間を反響し自分たちにただ返ってくる。しかし、代わりにその言葉に返事を返すように初めに空いた穴の方から足音がなる。
 穴から姿を現したのは体中に傷を負い鮮血を流すブルーだった。
 サラは慣れない挑発をする。
「貴方がこんな姿をさらすなんて、初めてじゃない……ですか?」
「……」
 なにも言葉を口にしないブルーはゆっくりと体を修復していた。
「修復なんてさせねーよ!」
 ミヤが得意げに叫び飛び出した。
「ミヤ!待ちなさい!」
 サラの警告を聞かず一気にブルーへと距離を詰める。
「剣も鎧もない、こんなチャンス逃してたまるか!」
 ミヤの突進に対しブルーがとった行動はただの回避だった。ミヤの斬撃を可憐に回避し、距離を取り、その間にもブルーは体の修復に専念する。
「ミヤ!」
「こっちは大丈夫だ!それよりもアデリーナの方をよろしくなっ!」
「いいえ!今は一緒に協力して敵を倒すことに集中する。こんなチャンスお互い経験したことない、そうよね!」
「ああ!」
 サラの魔法とミヤの剣撃で順調に壁へと追いやった。
「ここまでよ」
「ああ、もう終わりだよ!」
 高速で振られたミヤの水平切りが真っ直ぐブルーの首を捉える。しかし、その剣がブルーの首に届くことはなかった。
「くっそ、ッ……!」
 目にもとならぬ速さで繰り出されたブルーの体術がミヤの剣を左の肘と膝で挟み、その衝撃を回転へと変え、鞭のように繰り出される左手の甲でミヤの頭を打ち抜いた。
 兜が砕け散りミヤの体は回転しながら宙を舞う。
「……んな」
 サラは声を漏らすが言葉にならない。
 強く背中を打ち付けたミヤは鈍い音を立てて頭から地面に落ちた。鎧の中から血が漏れ出し、ミヤの体は血だまりの中に沈んでいく。
 ブルーは次の獲物を見るようにまっすぐとサラに視線を向ける。ブルーの手のこうは氷で覆われその表面には先ほど打ち付けた、ミヤの頬の皮膚と血がついていた。
 剣を持ったミヤが、剣を持たない、しかも負傷しているのにも関わらず、たったの一撃で負けた。
 その事実がサラの心を恐怖で支配する。
 ——たったの一撃で……。しかも、剣もなしに。そうだ、相手はあの最強の騎士。ヴィットリア先生が一度も勝てなかった騎士。……勝てるはずがない。もう立っているのは私しかいない。……私もここで死ぬの?未来では約束の日は炎の魔女が優勢で、氷の魔女側は絶望的だったと聞いてはいたけど、そこまで生きていなかったら意味がないじゃない。



 永遠の大地。
 その草原でヴィットリア先生に稽古をつけて貰っていたサラは、そのまま草原の上で寝っ転がっていた。
 疲れが限界に達していたサラは大きく大の字を作り、草原の中に倒れる。疲れをため込んでいた体を草が優しく包み込んでくれた。
 サラの頭の横にヴィットリア先生は座ると優しく語りかける。
「貴女はしっかり強くなってるわ。剣技だけではなく、魔法にも注視できている。けど、問題は心ね」
 そう言って横たわるサラの胸を刺す。
「……やだ!ヴィットリア先生~?」
「何言ってるのよ、もー。心の話よ」
「……」
「分かってるんでしょ。もう守られるだけではなく守る立場なんだって、実力はあるんだから自信を持っていいのよ」
「どうしてヴィットリア先生はそんなに心が強いですか?怖くないんですか?」
「それは怖いわよー。でも、貴女や皆を守りたい、死ぬ瞬間を見たくない。その思いが私に力をくれるの」
「それは私にだって守りたい人はいますよ、ヴィットリア先生とかアリーチェさんとか、でも。死ぬかもしれない恐怖を乗り越えることは出来ないです。だって死にたくないですもん」
「んー、そうよね。ほんとに死にたい人なんていない者。でもいつか人は死ぬでしょ?」
「えー私たちに寿命とかあるんですか?」
「ないとは言えないじゃない、それに、戦って死ぬかもしれないわよ。私達よりも強い人はいるから」
「……」
「その時はいつかきっとくる。終わらない物なんてないんだから、その時が来たときに私達は一人では死なない。私達を見守って応援して、最後まで私たちの生き様を見てくれる人がいる。だから、恥ずかしくないように、最後まで誇れるように生きるのよ。死んだとしても、それが灯となって誰かの胸の中に残り続ける。それは永遠に受け継がれていくの。貴女を見てくれている人はきっといる、貴方が見てきた人がいたようにね」
「うん」
「行きましょ、まだあってないんでしょミヤに」

 数年後
「あー疲れたー」
 草原の中で大の字で寝ころぶミヤにサラは声をかける。
「お疲れ様」
「ってか、魔法ってなんだよ。剣があるから魔法なんてできなくても問題なくね」
「またそんなこと言って、剣じゃ対応できない事、私での打ち合いで散々経験したでしょ」
「分かってるけど、めんどくせーんだよ。魔法はサラに任せるよ」
「ほら―。またそんなこと言って、もう全く……。私ってこんなんだったかしら」
 ため息交じりの声で言うサラはヴィットリア先生の事を思い出す。
 寝ころぶミヤの隣にサラは座ると静かな声で語りかけた。
「ねえ、ミヤ」
「……なんだよ。」
「どうしてこんな私の側にいつも付き従うの?」
「……」
「アリーチェさんとかヴィットリア先生の方が私よりもずっと強いじゃない」
「……ヴィットリア先生は私の夢だ。サラとは全然違ってね」
 噛みつきたくなったサラだったが、ミヤが言葉を続ける。
「サラはあたしにとっての憧れだ。自分と近いのに、自分とは違って強い。近いからこそ、自分も同じように強くなりたいって思うんだ。いつか追いついてやるって、そんな思いからすぐ近くで見ていたいと思ったんだ」

「——サラ……」
 力細い声にひかれ我に返ったサラはこちらを必死に見ながら必死に立ち上がろうとするミヤの姿に胸が締め付けられる。
 ――貴女を見てくれている人はきっといる、貴方が見てきた人がいたようにね。
 ――私達を見守って応援して、最後まで私たちの生き様を見てくれる人がいる。だから、恥ずかしくないように、最後まで誇れるように生きるのよ。
 そうだ。ヴィットリア先生も言っていた。最後まで戦う!私の背中を、生き様を見てくれる人がいるのだから!
 正面から一気に距離を詰めてくるブルーにサラは剣を垂直に振り上げた。
「迅風!」
 放たれた風がブルーの体を浮かし行く手を遮る。距離を取るように横に飛んだサラはその風に両手で編み込んだ魔法の黄色い球を振りかける。
 風に乗った光はきらきらと黄色く輝き雨の様にブルーへと降りかかった。
「光灯(ヒトウ)!」
 サラの叫び声と共鳴し光はサラに輝きを増し、ブルーの視界を奪う。
「爆‼」
 その合図と同時に無数の爆発が連続で引き起こる。ゼロ距離で無数の爆発に巻き込まれるブルーの追撃はないと予想し、サラはすぐにミヤの元に戻った。体を修復しているミヤに魔力を流し回復を手伝う。ただ、ミヤの治癒があまりにも遅い。大きなダメージを受け過ぎた原因もあるがそれ以上に、体に流れる魔力が尽きようとしていた。これ以上は治癒も攻撃もできなくなる。
 何とか立ち上がるまでは回復したミヤ。しかし、状況が好転することはなかった。
 爆発が晴れ煙の中から姿を現すブルーは疲れた様子を一切見せない。
「今度は一緒に行くわよ」
「ああ」
 サラとミヤは顔を合わせ頷くとブルーは何かを掴もうと右手を伸ばす。その場には何もないが何かをしようとしているのは明らかだ。
「「はあああああああああ」」
 2人はもう一度、力を入れ直すように気合と覚悟を咆哮に乗せる。
 2人の剣が赤色に輝き、魔力の籠った漸光が空を裂きブルーに迫る。大きく後ろに飛び逃げるブルーのその姿勢をどこかで見たことがあった。それはヴィットリア先生が魔女になった時に剣を引き寄せたのと同じ。
 青く輝く光線が瓦礫の中から飛び出すとサラとミヤの間を一瞬で通り抜けブルーの右手に納まった。
 ——押しきれ!
 2人は一瞬で意思疎通し、両手で握りしめる剣に更に魔力を込め垂直に振りかざす。
 ブルーの片手の水平切りが2人の剣を同時に受け止め、均衡する。
 ボロボロのはずのブルーだが、それでも一枚上手だった。2人の両腕で押し込まれる魔力の籠った2本の剣を、ブルーの剣が一瞬強い輝きを放つとはじき返した。
 隙のできたサラを勢いよく蹴り上げ吹き飛ばすと、ミヤに突進する。ブルーの狙いは先をどやりそびれたミヤを確実に殺す事。
 ——絶対に殺させない!
 サラは吹き飛ばされながらもブルーの背後に向かい魔法を放つ。
「終滅の風ヴィント・ディーヴァ!」
 無数の風の刃がブルーに飛んで行く。明かりが少ない地下のこの空間で、更にほとんど目視できないはずの風の刃を、ブルーは一本残らず切り落とした。
 サラは魔法を放つことにすべてをかけたせいで、受け身ができず背中から強打し、地面を滑る。それでも、この一瞬の隙がミヤの体勢を立て直す隙を与えることができた。
 地面に倒れていたミヤだったが、今は休んでいる暇はない。地面を転がるサラはその勢いを利用し、体勢を立て直すとすぐに飛び出した。
 サラはブルーから垂直に振り落とされる魔力の籠った斬撃を、魔力の込めた水平切りで迎え撃つ。
 ——ここですべての魔力を使い切ったとしても押し負けちゃだめだ!
 両手で受け止めるミヤの剣がじりじりと押され地面に膝を付ける。
 ——片手なのにもかかわらずこんなに重いのかよ
「今よ!」
 その声が聞こえたのはブルーの背後からだった。
サラの掛け声と同時に両手にさらに力を込め剣に魔力を注ぎ込み固定する。
「…………!」
——さすがのお前も予想外だよな
不敵に笑うミヤをよそにブルーは体を捻り後ろを向くと開いた左手でサラに向かい魔法を放つ。
「ライア」
 ——この土壇場な状況でまだこんな芸当ができるの⁉だけど、それで私は止められない。なぜなら私の狙いは貴女じゃない‼
サラは打ちがされる鋭い氷の刃を体を捻り回避し、そのままブルーの体を飛び越える。
 ——ここよ‼
 魔力の籠ったサラの剣が高速でブルーの剣先へと振り下ろされる。
カァ——ンッ!
 甲高い金属音が地下空間にこだまする。ブルーの剣を根元から抑えるサラの剣とブルーの剣先を内側から叩くミヤの攻撃によって、ブルーの手元に突如あらがいたがい力がかかる。ブルーの手元から剣が離れ宙を舞った。
 ミヤの後ろでサラはまたも受け身を取れず勢いを殺すこともできないまま体を地面へと打ち付けた。
 ミヤは剣を失ったブルーを逃さないために咄嗟に手を伸ばす。
——いまだ!最後のチャンスだ!振り絞れ……振り絞れ……振り絞れ!最後の、一滴残さず‼
 流石に反応が速い。どんなに隙をついてもこちらより早く行動に移してくる。後ろに飛ぶブルーにミヤの斬撃は届かない。ブルーの剣をはじくためにかけた衝撃でもう足は動かないからだ。だからこそ、今まで教わってきたことを今こそ成功させる!
 この伸ばした右手は『ブルーを逃がしたくない』そんな思いから咄嗟に伸ばしたものではない。
「これが今まで培ってきた力だ!そして、あたしらが受け継いできた命の輝きだ!第四の魔法『エデンの星』‼」
 生み出された球体の輝きがブルーの体を襲う。しかし、またしても魔法障壁に阻まれる。星は魔法障壁とブルーの一部の鎧を飲み込み消滅した。
 それと同時に魔力が尽きたサラが倒れ込む。
「……まだ、サラには届かない……」
 倒れるミヤに代わって剣を赤く染めたサラが、後ろから飛び出した。
「剣技が得意な貴女が魔法、魔法が得意な貴女が剣技。不意は突かれた。けど、実力が足りない」
 静かに宣言をするブルーにミヤは鋭い眼差しでにらみつける。
 ——もう恐怖に屈したりしない。貴女はこの私が倒す!
「それは違うぜ」
 気絶していたと思っていたミヤが顔を上げてブルーの言葉を否定する。自然と地面に倒れるミヤにブルーの目線が吸い寄せられた。
「あたしに剣技を教えたのは彼女だ」
 ミヤが大きな咆哮を放ち、それに重なるようにサラの声が迸り剣が今まで以上に赤く強く輝いた。
「いけぇぇぇえええええ!」
 赤騎士が使える正真正銘の最強の技。ヴィットリア先生が生み出した先生にしか使えなかった剣技をサラは30年の鍛錬の末に身に付けることに成功していた。
「真轊‼(シンウン)」
 全てを飲み込む一瞬の静寂の後、真空を爆発的な熱が襲う。爆音が空間を包み込みブルーの鎧を一瞬で粉々に打ち砕いた。
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登場人物紹介

アデリーナ (主人公)

魔女の眷属として召喚された騎士 誇り高く凛々しく正義感が強い

ブル―のことが好き

ブルー・デ・メルロ

魔女の眷属といて召喚された騎士 感情の起伏が薄く口数が少ない

アデリーナを気にかけている

シルビア・デ・メルロ

氷の魔女 ラベンダーノヨテ聖域国の女王

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