第12話 ひと時の平穏
文字数 4,644文字
アデリーナと一緒にジュリオの酒場に戻ったイヴァン。入り口で出迎えるジュリオにイヴァンは頭を下げる。
「できることは何でもするから、ここに泊まらせてくれ。頼む」
深々と頭を下げるイヴァンの隣にならヴィアデリーナも一緒に頭を下げた。
「私からもお願いします」
ジュリオだけではなくイヴァンも驚いてアデリーナを見つめるが、彼女は顔を上げることなく頭を下げ続けた。
「ああ、分かったよ。だけど、俺の意見だけで決められないこともあるから相談してみるよ」
「すまん」
「ありがとうございます」
二人は同時に頭を下げ、部屋に移動した。空いている部屋はここしかなく、一日と経たず元通りの生活に戻る。
「なんか恥ずかしいな。またこうやって同じ部屋で過ごす生活に戻るなんて、覚悟を決めて出て行ったはずなのに一日もたたずに帰ってきた」
「いいことですよ。そんなこと考えないで休みましょう」
暫くしてからイヴァンが部屋を出て行き、アデリーナもいつもの訓練に向かった。
中庭に入ると既に先生が来ている。
——普段はもう少し遅いのに今日はなぜ?呼んでくださればすぐに向かったのに。
ヴィットリアが簡易な剣に魔力を込め大技を放つ、それはアデリーナの得意技である烈火で受け止めきれるかどうかだった。
技を終えた先生は向き直りアデリーナに微笑みかけると、足がもつれ地面に倒れ込む。驚いたアデリーナは急いで駆け寄る。
「先生!」
「大丈夫よ、ちょっとふらついて」
先生に寄り添うアデリーナは違和感に気付いてしまう。先生に魔力のコントロールを教わったアデリーナは感覚的に魔力を感じ取れるようになってきていた。
だからそこ先生は視覚的情報以外で私の技の威力や鎧の魔力が薄い所を狙って攻撃できていた。
「先生……魔力が」
「そう、気づいたのね」
先生の体から魔力が飛散していた。体に蓄えないといけない魔力が勝手に漏れている。先生は自力で立ち上がると静かに続ける。
「私がなぜ『炎の暁』抜けたか言っていなかったわよね」
黙って頷くアデリーナに先生は続ける。
「最古の騎士って言われている所以でもあるのだけど、寿命なのよ。明確な限界は分からないのだけど、ある日から唐突に体の外に魔力が勝手に零れるようになったわ。まあ十分生きたからいいわって今はそう装思っているけど、当時は違ってね。生きる気力を失って無気力になってしまったの。何も頑張れない、自暴自棄になってしまった私は行き倒れてしまった。夫に出合ったのはそんな時だったわ。彼はなぜか私を助けたの。この国の国民性を知っているでしょ、家族以外の他人とは目的がなければ関わらない。自由意志なんて存在しない、全ては女王陛下と同じ場所に行くために清く正しく行動する。その為の準備段階だとしか思っていない。なのに彼は私を助けた。その理由を聞いたら彼「知らねー」って言ったのよ。当時の私はそんな彼に悩みを自分への怒りをただぶつけた。助けてもらった相手に何してるのって話だけど、あの時は助かりたいなんて思ってなかったから。彼は最後まで私の話を聞いてからこういったの。「別に頑張らなくてよくね」その言葉が当時の私には衝撃的だったわ。でもその言葉に私は救われた。肩の荷が降りて、凄く胸がすっきりした。いつの間にか忘れていた人生を楽しむということを夫が教えてくれたの。それで、残りの人生を彼と一緒に過ごそうと思って『炎の暁』を抜けたわ」
「ではなぜ戻ってきたのですか?」
「……そうね。やらないといけないことを見つけたからかしら」
アデリーナは遠い未来きっとあなたの願いは叶う。心配する必要はないとそう伝えたかったが、口には出なかった。それはアデリーナが知っている限り未来に先生のような強い騎士がいなかったからだ。それは災厄な結論をアデリーナの中で導き出してしまう。先生はアデリーナの生まれる前後で死んでしまう。
先生がいなくても暁の騎士団の勢いは凄く私たちは劣勢だった。しかし、そんなことを伝えれば、それは先生は未来で死んでいるという可能性を暗示してしまうことにもなる。
先生は微笑むとアデリーナから離れ剣を向ける。
「貴方にはもっと強くなってもらわないと悩み事がまた一つ増えちゃうわ」
アデリーナは真剣な眼差しを返し鞘から剣を抜く。
その剣を真っ赤に輝かせ凛々しい声で力強くはっきりと言い切った。
「任せてください!」
先生にこてんぱんにやられたアデリーナはほっぺを膨らませながらぶつくさと愚痴り階段を上る。部屋に戻るとイヴァンがいる事実に頬が緩む。
「お疲れ様です。お話はどうでしたか?」
今後についてジュリオを挟みアリーと話す流れになっていたことをアデリーナは知っていた。
「ここに住むことを許されたよ。仕事はして貰うってさ。覚えるのが大変で疲れたよ、この仕事続けてて素直にジュリオはすげーなって思った。それとアリーチェさんからこの短剣を渡された。俺たちのような一般市民が『炎の暁』に入るには儀式をしなければならないんだと……ただ俺にはその勇気が出なくて」
「時間はあるのですから、急ぐ必要はありません。」
「アデリーナは先生との例の剣技の練習だったっけか?お疲れ」
「こってり絞られてきました」
その言葉にイヴァンが笑い、アデリーナの顔にも笑顔が宿る。
「俺を助けてくれた時のアデリーナは、相当強かったのにそれ以上に強い赤騎士もいるんだな。つくづく世の中は広いなって思うよ」
イヴァンの言葉を頷いて聞くアデリーナはふと部屋の静かさから一人いないことに気付く。
「リノさんはどこにいかれたのですか?」
「下にいると思う。ああ、その事なんだけど、やっぱり城にまた通わせることにする」
「本当に良いのですか?」
「確かに不安が完全に消えるわけじゃないが、リノの事を思ったら通わせてあげた方がいいって感じてな。サラさんが言っていたリノがマークされてないって確認して貰ったし、なによりまだ何も知らないこの子には同じ年の友達が必要だろ。慣れ親しんだ城に行くとき、いつも楽しそうにしてたからさ。わざわざ俺と同じような道に進まなくていいんだ」
サラ・ディ・レオーネ。彼女は私より先輩の赤騎士で先生が『炎の暁』を抜ける前の教え子だったと聞いている。でも、どうして急に彼女の名前が出て来たのか引っかかる。
「そうですか。分かりました、送り迎えは私に任せてください」
「いや、これ以上迷惑かけるわけにはいかない。それに、リノもサラさんにはすぐ懐いたみたいだから……」
「サラさんも私と同じ騎士ですよ!強さなら負けない自信がありますし、忙しさも変わりません!それに、リノさんも絶対私の方がいいと思うはずです」
食って掛かるように詰め寄ってくるアデリーナにイヴァンは両手を上げて承諾した。
数日が立ち、仕事にも慣れてきたイヴァンの前にまた新たな客がやってきた。赤い鎧に身を包むその姿を見ればすぐに『炎の暁』の騎士だと分かる。しかし、その騎士はいつもと少し様子が違った。一瞬イヴァンを見て体が固まったように見える。イヴァンも同様に自然とその騎士に眼が吸い寄せられるが、すぐに仕事に集中する。赤と白を基調としたその鎧の彼女はアリーチェの隣に背を着く。どんな容姿をしているのか興味はあったが皆が皆、アデリーナの様に顔をあらわにしていない。むしろ顔を出す方が珍しい。
「ごめんね、イヴァンさん。少し席を開けてくれる?」
イヴァンはカウンターから奥の部屋へ移動する。何をしているのか気にならないと言えば嘘になるが、それらの秘密を知るには『炎の暁』に入らなければいけない。
しかし、イヴァンにはまだその覚悟ができていない。この先出来るという自信もない。イヴァンは静かにアリーチェから受け取った手のひらほどの小さな小刀を握り締め、彼女の方をひとめ見た。
丁度、アリーチェんが女性の騎士とキスをしている現場を目撃してしまうイヴァンは慌てて向き直り部屋の奥へと身をひそめた。
アリーチェの頭に隠れ女性の騎士の顔は見えなかったが、綺麗な長い赤髪が少し見えた。ふと、妻のヴィットリアもあんな綺麗な髪色だったと思い耽る。
今日も中庭でアデリーナは先生から教えを受けていた。
「お疲れ様、ここまで良くついてきたわ。以前より断然動きも魔力コントロールも良くなっている。これから私はしばらくここには戻ってこれなくなるけど、最後まで励みなさい。貴女ならきっと私を超えられるわ。その時には自分の進みたい道を決められるはずよ」
「ありがとうございます」
先生の背中に深々と頭を下げるアデリーナ。去り際に迷いを含む小さな声で先生はつぶやいた。
「イヴァンの事……そしてリノの事を頼みます」
その言葉に少し違和感を感じるも顔が赤くなるのを感じたアデリーナは突っかかることはしなかった。なぜ先生に好きな人がばれているのか分からないけど、それがまた先生らしいと感じた。アデリーナはもう一度、今度は心の中で先生の名前を呼んで感謝の気持ちを伝えた。
訓練を終えたアデリーナは部屋に戻るとイヴァンがいた。普段ならまだ仕事の時間にもかかわらずどうして?
アデリーナの想いを察してかイヴァンは直ぐに答えてくれた。
「ジュリオが戻ってきてから、休憩だと言ってすぐに部屋に戻されたんだ。恐らく『炎の暁』の偉い人が来客したからかもしれないな。住まわせてもらってる身としては、何も聞けないが」
本当はアリーが『炎の暁』の頭首であり炎の魔女だけど、あの口調のおかげか気づかれてかれていない。真実を知った後の反応を少し見てみたい気持ちもあった。
「まだ覚悟は決まってないのですね。急ぐ必要はありません、いずれその儀式の壁を乗り越えればいいのです。私も同じようなものですから……この国に刃を向ける覚悟ができないのです」
アデリーナはイヴァンに寄り添いながらながら、ふとこの酒場に来た偉い人が少し気になった。恐らく最古の騎士である先生が偉い人に当たると考えられるがなぜ遠ざける必要性があるのだろうか……。
「ああ。今日がちょうど十年目か」
何かを思い出したかの様にそう呟いたイヴァンにアデリーナは問いかける。
「何がですか?」
声に出したつもりがなかったのか、戸惑うイヴァンは一瞬悩んでから続けた。
「ああ、いや……。ヴィットリアと出会ってからだよ」
その言葉にアデリーナの意識が吸い込まれていく。しかし、イヴァンは当時を思い出しながら言葉を続けた。
「一切の不自由がない、食料支給もされているこの国でボロボロの姿の真っ赤な髪の女性がいたんだ。彼女は誰にも見向きまされずに細い路地の陰で倒れ込でいた。ほんとうにきまぐれだよ、どこか自分に似ている気がして助けたんだ。ほんと始めはびっくりしたよ、考え方や生き方がほかの人と違ってて……でまぁーいろいろあって結婚したんだ」
アデリーナの頭の中に『リノの事……そしてイヴァンの事を頼みます』という先生の別れ際の言葉がこだまする。
アデリーナは何も言わず勢いよく部屋を飛び出した。ジュリオがアデリーナの名前を呼ぶが止まらない。イヴァンを追いかけた時の様にまだ間に合うかもしれない。アデリーナはそんな思いで酒場を飛び出し赤いフードを被る。
——なぜ今まで隠していたのですか。なぜ私に別れ際にあんなことを言ったのですか。まるでもう二度と会えないみたいではないですか。
本人の口から直接理由を聞きたかった、アデリーナはその一心で走った。
「できることは何でもするから、ここに泊まらせてくれ。頼む」
深々と頭を下げるイヴァンの隣にならヴィアデリーナも一緒に頭を下げた。
「私からもお願いします」
ジュリオだけではなくイヴァンも驚いてアデリーナを見つめるが、彼女は顔を上げることなく頭を下げ続けた。
「ああ、分かったよ。だけど、俺の意見だけで決められないこともあるから相談してみるよ」
「すまん」
「ありがとうございます」
二人は同時に頭を下げ、部屋に移動した。空いている部屋はここしかなく、一日と経たず元通りの生活に戻る。
「なんか恥ずかしいな。またこうやって同じ部屋で過ごす生活に戻るなんて、覚悟を決めて出て行ったはずなのに一日もたたずに帰ってきた」
「いいことですよ。そんなこと考えないで休みましょう」
暫くしてからイヴァンが部屋を出て行き、アデリーナもいつもの訓練に向かった。
中庭に入ると既に先生が来ている。
——普段はもう少し遅いのに今日はなぜ?呼んでくださればすぐに向かったのに。
ヴィットリアが簡易な剣に魔力を込め大技を放つ、それはアデリーナの得意技である烈火で受け止めきれるかどうかだった。
技を終えた先生は向き直りアデリーナに微笑みかけると、足がもつれ地面に倒れ込む。驚いたアデリーナは急いで駆け寄る。
「先生!」
「大丈夫よ、ちょっとふらついて」
先生に寄り添うアデリーナは違和感に気付いてしまう。先生に魔力のコントロールを教わったアデリーナは感覚的に魔力を感じ取れるようになってきていた。
だからそこ先生は視覚的情報以外で私の技の威力や鎧の魔力が薄い所を狙って攻撃できていた。
「先生……魔力が」
「そう、気づいたのね」
先生の体から魔力が飛散していた。体に蓄えないといけない魔力が勝手に漏れている。先生は自力で立ち上がると静かに続ける。
「私がなぜ『炎の暁』抜けたか言っていなかったわよね」
黙って頷くアデリーナに先生は続ける。
「最古の騎士って言われている所以でもあるのだけど、寿命なのよ。明確な限界は分からないのだけど、ある日から唐突に体の外に魔力が勝手に零れるようになったわ。まあ十分生きたからいいわって今はそう装思っているけど、当時は違ってね。生きる気力を失って無気力になってしまったの。何も頑張れない、自暴自棄になってしまった私は行き倒れてしまった。夫に出合ったのはそんな時だったわ。彼はなぜか私を助けたの。この国の国民性を知っているでしょ、家族以外の他人とは目的がなければ関わらない。自由意志なんて存在しない、全ては女王陛下と同じ場所に行くために清く正しく行動する。その為の準備段階だとしか思っていない。なのに彼は私を助けた。その理由を聞いたら彼「知らねー」って言ったのよ。当時の私はそんな彼に悩みを自分への怒りをただぶつけた。助けてもらった相手に何してるのって話だけど、あの時は助かりたいなんて思ってなかったから。彼は最後まで私の話を聞いてからこういったの。「別に頑張らなくてよくね」その言葉が当時の私には衝撃的だったわ。でもその言葉に私は救われた。肩の荷が降りて、凄く胸がすっきりした。いつの間にか忘れていた人生を楽しむということを夫が教えてくれたの。それで、残りの人生を彼と一緒に過ごそうと思って『炎の暁』を抜けたわ」
「ではなぜ戻ってきたのですか?」
「……そうね。やらないといけないことを見つけたからかしら」
アデリーナは遠い未来きっとあなたの願いは叶う。心配する必要はないとそう伝えたかったが、口には出なかった。それはアデリーナが知っている限り未来に先生のような強い騎士がいなかったからだ。それは災厄な結論をアデリーナの中で導き出してしまう。先生はアデリーナの生まれる前後で死んでしまう。
先生がいなくても暁の騎士団の勢いは凄く私たちは劣勢だった。しかし、そんなことを伝えれば、それは先生は未来で死んでいるという可能性を暗示してしまうことにもなる。
先生は微笑むとアデリーナから離れ剣を向ける。
「貴方にはもっと強くなってもらわないと悩み事がまた一つ増えちゃうわ」
アデリーナは真剣な眼差しを返し鞘から剣を抜く。
その剣を真っ赤に輝かせ凛々しい声で力強くはっきりと言い切った。
「任せてください!」
先生にこてんぱんにやられたアデリーナはほっぺを膨らませながらぶつくさと愚痴り階段を上る。部屋に戻るとイヴァンがいる事実に頬が緩む。
「お疲れ様です。お話はどうでしたか?」
今後についてジュリオを挟みアリーと話す流れになっていたことをアデリーナは知っていた。
「ここに住むことを許されたよ。仕事はして貰うってさ。覚えるのが大変で疲れたよ、この仕事続けてて素直にジュリオはすげーなって思った。それとアリーチェさんからこの短剣を渡された。俺たちのような一般市民が『炎の暁』に入るには儀式をしなければならないんだと……ただ俺にはその勇気が出なくて」
「時間はあるのですから、急ぐ必要はありません。」
「アデリーナは先生との例の剣技の練習だったっけか?お疲れ」
「こってり絞られてきました」
その言葉にイヴァンが笑い、アデリーナの顔にも笑顔が宿る。
「俺を助けてくれた時のアデリーナは、相当強かったのにそれ以上に強い赤騎士もいるんだな。つくづく世の中は広いなって思うよ」
イヴァンの言葉を頷いて聞くアデリーナはふと部屋の静かさから一人いないことに気付く。
「リノさんはどこにいかれたのですか?」
「下にいると思う。ああ、その事なんだけど、やっぱり城にまた通わせることにする」
「本当に良いのですか?」
「確かに不安が完全に消えるわけじゃないが、リノの事を思ったら通わせてあげた方がいいって感じてな。サラさんが言っていたリノがマークされてないって確認して貰ったし、なによりまだ何も知らないこの子には同じ年の友達が必要だろ。慣れ親しんだ城に行くとき、いつも楽しそうにしてたからさ。わざわざ俺と同じような道に進まなくていいんだ」
サラ・ディ・レオーネ。彼女は私より先輩の赤騎士で先生が『炎の暁』を抜ける前の教え子だったと聞いている。でも、どうして急に彼女の名前が出て来たのか引っかかる。
「そうですか。分かりました、送り迎えは私に任せてください」
「いや、これ以上迷惑かけるわけにはいかない。それに、リノもサラさんにはすぐ懐いたみたいだから……」
「サラさんも私と同じ騎士ですよ!強さなら負けない自信がありますし、忙しさも変わりません!それに、リノさんも絶対私の方がいいと思うはずです」
食って掛かるように詰め寄ってくるアデリーナにイヴァンは両手を上げて承諾した。
数日が立ち、仕事にも慣れてきたイヴァンの前にまた新たな客がやってきた。赤い鎧に身を包むその姿を見ればすぐに『炎の暁』の騎士だと分かる。しかし、その騎士はいつもと少し様子が違った。一瞬イヴァンを見て体が固まったように見える。イヴァンも同様に自然とその騎士に眼が吸い寄せられるが、すぐに仕事に集中する。赤と白を基調としたその鎧の彼女はアリーチェの隣に背を着く。どんな容姿をしているのか興味はあったが皆が皆、アデリーナの様に顔をあらわにしていない。むしろ顔を出す方が珍しい。
「ごめんね、イヴァンさん。少し席を開けてくれる?」
イヴァンはカウンターから奥の部屋へ移動する。何をしているのか気にならないと言えば嘘になるが、それらの秘密を知るには『炎の暁』に入らなければいけない。
しかし、イヴァンにはまだその覚悟ができていない。この先出来るという自信もない。イヴァンは静かにアリーチェから受け取った手のひらほどの小さな小刀を握り締め、彼女の方をひとめ見た。
丁度、アリーチェんが女性の騎士とキスをしている現場を目撃してしまうイヴァンは慌てて向き直り部屋の奥へと身をひそめた。
アリーチェの頭に隠れ女性の騎士の顔は見えなかったが、綺麗な長い赤髪が少し見えた。ふと、妻のヴィットリアもあんな綺麗な髪色だったと思い耽る。
今日も中庭でアデリーナは先生から教えを受けていた。
「お疲れ様、ここまで良くついてきたわ。以前より断然動きも魔力コントロールも良くなっている。これから私はしばらくここには戻ってこれなくなるけど、最後まで励みなさい。貴女ならきっと私を超えられるわ。その時には自分の進みたい道を決められるはずよ」
「ありがとうございます」
先生の背中に深々と頭を下げるアデリーナ。去り際に迷いを含む小さな声で先生はつぶやいた。
「イヴァンの事……そしてリノの事を頼みます」
その言葉に少し違和感を感じるも顔が赤くなるのを感じたアデリーナは突っかかることはしなかった。なぜ先生に好きな人がばれているのか分からないけど、それがまた先生らしいと感じた。アデリーナはもう一度、今度は心の中で先生の名前を呼んで感謝の気持ちを伝えた。
訓練を終えたアデリーナは部屋に戻るとイヴァンがいた。普段ならまだ仕事の時間にもかかわらずどうして?
アデリーナの想いを察してかイヴァンは直ぐに答えてくれた。
「ジュリオが戻ってきてから、休憩だと言ってすぐに部屋に戻されたんだ。恐らく『炎の暁』の偉い人が来客したからかもしれないな。住まわせてもらってる身としては、何も聞けないが」
本当はアリーが『炎の暁』の頭首であり炎の魔女だけど、あの口調のおかげか気づかれてかれていない。真実を知った後の反応を少し見てみたい気持ちもあった。
「まだ覚悟は決まってないのですね。急ぐ必要はありません、いずれその儀式の壁を乗り越えればいいのです。私も同じようなものですから……この国に刃を向ける覚悟ができないのです」
アデリーナはイヴァンに寄り添いながらながら、ふとこの酒場に来た偉い人が少し気になった。恐らく最古の騎士である先生が偉い人に当たると考えられるがなぜ遠ざける必要性があるのだろうか……。
「ああ。今日がちょうど十年目か」
何かを思い出したかの様にそう呟いたイヴァンにアデリーナは問いかける。
「何がですか?」
声に出したつもりがなかったのか、戸惑うイヴァンは一瞬悩んでから続けた。
「ああ、いや……。ヴィットリアと出会ってからだよ」
その言葉にアデリーナの意識が吸い込まれていく。しかし、イヴァンは当時を思い出しながら言葉を続けた。
「一切の不自由がない、食料支給もされているこの国でボロボロの姿の真っ赤な髪の女性がいたんだ。彼女は誰にも見向きまされずに細い路地の陰で倒れ込でいた。ほんとうにきまぐれだよ、どこか自分に似ている気がして助けたんだ。ほんと始めはびっくりしたよ、考え方や生き方がほかの人と違ってて……でまぁーいろいろあって結婚したんだ」
アデリーナの頭の中に『リノの事……そしてイヴァンの事を頼みます』という先生の別れ際の言葉がこだまする。
アデリーナは何も言わず勢いよく部屋を飛び出した。ジュリオがアデリーナの名前を呼ぶが止まらない。イヴァンを追いかけた時の様にまだ間に合うかもしれない。アデリーナはそんな思いで酒場を飛び出し赤いフードを被る。
——なぜ今まで隠していたのですか。なぜ私に別れ際にあんなことを言ったのですか。まるでもう二度と会えないみたいではないですか。
本人の口から直接理由を聞きたかった、アデリーナはその一心で走った。