第25話 潰えない炎

文字数 5,814文字

 アデリーナ達3人が城壁を抜けるとその先に広がるのはもう一つの戦場だった。いたるところの建物が崩れ、黒い煙がもくもくと上がる。
 空にはまばらにドラゴンが飛び青騎士を襲う。しかし、町中にはまだまだ『蒼軍』の騎士たちがたくさんいた。彼らは20人の集団で戦闘に当たり、次々にドラゴンたちを殺している。
 そして、アデリーナ達もすぐに目を付けられた。
 とっくに体力の限界を迎えているドラゴンに攻撃を回避する力など残っていない。青騎士の鋭い槍がいとも簡単に空中のまとを打ち抜いた。
 アデリーナはドラゴンと共に地面に落ち、青騎士がそれを包囲する。
 立ち上がるアデリーナの目の前にミヤが着地した。
「アデリーナ!ここは任せろ!」
 その言葉と同時にミヤのドラゴンがアデリーナをさらい、再び空を飛ぶ。
「ミヤ!」
 サラの旋律な叫び声にミヤが叫ぶ。
「行け!アデリーナを頼んだ!」
 その言葉と同時に彼女の最後の炎が一心不乱に燃え盛る。
 アデリーナとサラが目指す場所はただ一つ。強大な魔力を感じる中央にそびえたつラヴァンダ城。城に近付けば近づくほど青騎士の数の集団は多くなり、皆がアデリーナ達を狙った。次々に打ち投げられる無数の槍が2人を襲う。
 幾つかの槍は打ち払うことができたがサラの乗っているドラゴンの右翼を槍が貫いた。ドラゴンの悲鳴と同時に降下していく。
「サラ!」
 アデリーナの叫び声に一瞬振り返り彼女は叫んだ。
「勝ってください!」
 アデリーナはその意志に答えるように頷き、城へ視線を戻す。
 ラヴァンダ城前、広場。
 そこに佇む一人の青騎士がアデリーナを睨む。アデリーナはドラゴンから降りるとその青騎士の20メートル前で着地した。
 目の前にいる青騎士にアデリーナは黙って剣を向ける。師匠であり親友であるその青騎士との最後の戦い。
 2人の騎士の間に馴れ合いなどいらなかった。どちらかが生き延びどちらかが死ぬ。生まれた時から殺し合うことが決められていた2人は、一時は芽生えるはずもない友情を気づいた。そして、それは恋心へと変わっていった。
 しかし、それを知るのはアデリーナだけ。
 欠けた太陽の影がブルーを飲みこむと同時に、赤騎士と青騎士の戦闘が開始した。
 アデリーナは初めから全力だった。
 飛び出すと同時に両手で持った剣を赤く輝かせる。今までとは比べ物にならない魔力が強い輝きを放ちブルーの視界を奪う。まるで別人のようなアデリーナの威圧に一瞬、出遅れたブルー。
 垂直に振り下ろされる赤い斬撃をブルーの水平切りが迎え撃つ。直前で押し負けると判断したブルーが剣に魔力を流すが、遅かった。ブルーの魔力のこもった斬撃がたった一人の赤騎士に初めて押し返される。戸惑いを隠せない。
 ブルーは衝撃を逃がすように後ろへと大きく飛んだ。それをアデリーナは逃がさない。間髪入れずアデリーナは懐に剣を構え突進してくる。体の勢いをそのまま剣へ乗せ、鋭い閃光がブルーの体を捕らえる。
 ブルーはアデリーナから感じる今までとは違う確実な殺気に押されていた。剣を合わせるために今までずっと向けられてきた戸惑いや優しさに甘えていたのかもしれない。しかし、今のアデリーナは違った。ブルーと同じように心にそこにしまった覚悟が見えた。
 まっすぐと伸びてくるアデリーナの矛先にブルーは何も持たない左手を突き出した。
 キィ————ン!
 金属同士が高速でこすれるような甲高い効果音が響き渡る。
 アデリーナの鋭い矛先をブルーの魔法障壁画が遮り、対する魔力が拒絶反応を引き起こし激しい火花を散らした。
「変わった。でも私も変わった」
 穏やかなブルーの声と同時に右手に持つ零剣バーブルが青く輝き先端がより一層輝いた。アデリーナの剣は魔法障壁で横へと流され、無防備となった体があらわになる。
 ブルーの剣先から放たれる水がレーザーのように一直線に伸びた。矛先はアデリーナに向けられ、打ち出される水線が地面を抉りながら迫っていく。
アデリーナの鎧ですら一瞬で砕かれ、あらわになった体が簡単に切断されることは容易に想像できる。
 空いた左手を後ろに伸ばし、ブルーの兜の前で手のひらを爆発させる。
 簡易的な魔法で発動するのは一瞬。たいした威力もない爆発だが相手の視界を奪い、行動を鈍らせるには十分だ。
 アデリーナは一瞬隙を見逃さずブルーの矛先を反らした。アデリーナに触れる事のなかった水線の一部が城壁に深い切込みを入れる。
 鍔迫り合う二人。両手に構えるアデリーナに対し片手で握るブルー。依然のアデリーナなら押し負けてしまっていた、しかし、今は違った。背負うものを背負い、理解し、そして覚悟が決まっている。
「はああああああ!」
 迸る咆哮と同時にブルーの剣が後ろへと押され始める。
「……ッ!」
 押し返そうとするもその力に勝てないブルーは剣を受け流し深く身をかがむ。ガラ空きになったアデリーナのお腹があらわになるが、同時に右ひざがブルーの顔に迫る。アデリーナのとっさの膝打ちがブルーの顔を捉えたと思われたその時、横にされた魔法障壁で体を深く突かれた。
 途方もない力になすすべもなく押し返されアデリーナの体は宙を裂き、城壁に体を打ち付けた。
 城壁できたクレーターの中に埋もれるアデリーナ。砕けたお腹の鎧にそっと手をかけ瞬時に修復をはじめた。そして、下にいるブルーをただ見つめる。
 ——鎧は完全に消し飛ばされてはない。それなら物の数分で修復できる。
 アデリーナは、今までとは違い対等に戦うことができる現状に確かなものを感じていた。
 対するブルーは静かにアデリーナを見つめると、先ほど同様に矛先をアデリーナの心臓に向ける。そしてブルーの体全身から剣に魔力が送られていくのをアデリーナは感じていた。
 以前は違い魔力をより細かく感じることができるようになっていたアデリーナの行動は早かった。剣が青い輝きを放ち始める前に既に動いている。足にかける魔力を増やし、壁と走りながら弧を書くように斜めに走っていく。
 アデリーナよりも少し遅れて出るブルーの水砲が一直線に伸び、先程までいたクレーターを貫いた。ブルー矛先から放たれる線はアデリーナを追い、壁に線を引いていく。追われる形で地面に着地したアデリーナは足を緩めるわけにはいかない。後方からブルーの攻撃が迫ってきている。ブルーに対し、円を描くように少ずつ近づくアデリーナは唐突に身をかがめ、地面を滑る。
 同時にブルーの放つ強力な水のレーザーがアデリーナの頭をかすめた。ギリギリで回避したアデリーナは、今度は真逆に円を描きながらブルーへと近づき始めた。しかし、物の一瞬で通り過ぎていたブルーの攻撃が背中から迫りくる。突然ジャンプしたアデリーナは空中で身を振り替えし、棒を飛び越える一種の競技のように可憐にレーザーを回避する。
 可憐な身のさばきのまま、着地と同時に今度はまっすぐとブルーに突進する。もう一度迫りくるブルーの攻撃にアデリーナは左手のひらを伸ばし魔法の準備を、更に右手の剣を真っ赤に燃やす。
 しかし、ブルーの攻撃のほうが早かった。とっさに突き出した左手のひらに魔力を集中させ、鎧を強化するが、完全に防ぎきることなどできない。物凄い衝撃が左手に走る。距離を詰めるアデリーナの動きが一瞬、鈍くなった。水は炎の鎧をかき分けるように勢いを増し、その鎧を砕き始めた。
 ——2秒しか持たない!まだ距離は10メートルもあるのに!
 アデリーナはそれでも走ることを、距離を詰めることはやめなかった。
 砕けると同時に左手から放たれた風の魔法が水をかき分け、勢いを鈍らせる。その水にめがけアデリーナの剣が炎を打ち出した。風に乗った灼熱は一瞬で水を呑み込み、ブルーの体ごとすべてを飲み込んだ。大きな音を立て蒸発し、砂煙と炎がその場を支配する。
 しかし、ブルーは休む時間など与えてはくれない。
 そのことをよく知っているアデリーナは、すぐに左手の鎧の修復を始めながら、残り5メートルの距離を一気に詰める。そして炎の中から飛び込みながら周りに散る炎を剣でからめとり勢いよく垂直に振り下ろす。
 完全な死角からの攻撃だったがブルーの障壁魔法がアデリーナの斬撃をきれいに受け止めた。そして抗いたがい力で簡単にはじき返される。
 大きく剣をのけぞらせるアデリーナ。がら空きの胴体をブルーの横三連撃が高速で襲った。
 鎧が一度目の攻撃は何とか防いでくれるが、二連撃目の攻撃でヒビが入り、続く三連撃目で完全に砕け散った。
 繰り返される鎧の欠損。修復しても修復しても削り取られる。対するブルーの鎧はいまだに無傷。魔力が先に尽きるのは間違いなくアデリーナの方だった。
 ブルーが少しでも距離を開けたアデリーナに言葉を発する。
「グラス・メリジューヌ」
 ブルーの地面から伸び出る無数の氷の蛇がアデリーナを襲った。すぐに彼女を中心に円を描くように死角へ逃れようと走り出す。しかし、氷は後を追うように向きを変え、アデリーナに迫った。
 その度にすかさず距離を詰め接近へ持ち込んだ。
 何度、ブルーに剣を打ち付けた事だろうか。
 距離を詰めても、魔法障壁で弾き飛ばされ、距離が開けば、ブルーの魔法や攻撃がアデリーナを襲う。
 その間、ブルーは一度もその場から動いてはいなかった。
 ——ただ時間稼ぎをされているの?いったい、どうすれば……。
 海岸での戦いですでに4割の魔力を使った。今回で使った魔力は2割。これから氷の魔女の神域魔法を止めるのに、そして、炎の魔女を助けなければいけない。
 ——いくらあっても時間も魔力も実力も足りない。……。しかし、そんなことは始めから分かっている。そうだ、余計な考えはもういらない!今はこの戦いにすべてをかける。全ての力でブルーに勝つんだ‼
 何度もブルーの魔法障壁に剣を打ちつけながらアデリーナは考える。
 ――初めの攻撃ではブルーの隙付き、体に攻撃を与えることができた。
 それは魔法障壁の防御力は関係なく、アデリーナ自身の火力と速さだった。相手の防御力を突破できないのならば、相手の防御よりもはやく攻撃をする。守りの姿勢を崩して、攻撃する。
 アデリーナはブルーの周り走りながら覚悟を決める。この戦いにすべてをぶつけると、絶対に勝つのだと、たとえ魔力をすべて使い切り、ここで死んだとしても!
 一気に加速するアデリーナは瞬時にブルーの背後へと回り込む。灼熱の斬撃が簡単に受け止められるがアデリーナはすぐに距離を取り、走り出す。
 何度も何度も繰り返し意識を加速させていく。
 ——もっとはやく!早く!早く!
「はあああああああああああああああああああ!」
 アデリーナの咆哮と繰り返される斬撃にブルーの反応が少しずつブレ始める。何度も何度も打ち付け、そして、遂にその時が来た。
 真っ赤に輝くアデリーナの剣がブルーの鎧を捉えた。
 しかし、同時に限界を迎えたアデリーナの足の鎧が砕けた。足が棒のように痛む。動かしているの動かしている感覚がない。体が悲鳴を上げているのがわかる。
 だが、砕け散るブルーの鎧の一部を見ていたアデリーナは確かなものを感じていた。時間を与えてはいけない、休んではいけない、止まってはいけない、最後の最後まで燃やし続けろ。体を、魔力を、動かし続けろ!
 はじめのアデリーナの一撃目は魔法職壁がいとも簡単に防ぎきるが、次の二撃目がブルーの鎧を削り取る。どんどん威力が上がり洗練されていくアデリーナはまるで、最後の魂しいを燃やし尽くす勢いだった。命を削り戦うアデリーナに立ち向かうブルーは普段なら絶対にしない行動をとった。
 アデリーナが放つ二発目の斬撃がブルーを捉えると同時にアデリーナの鎧もブルーの斬撃が襲う。砕ける鎧を見てアデリーナは瞬時に察した。
 一撃目を魔法障壁で確実に防ぎ、二撃目が防げないならば、斬撃を放ち相打ちを狙う。もし、ブルーの目的が時間稼ぎならば、こんな誘いには乗らずもっと確実な方法でアデリーナを追いこめる。
 だからと言ってアデリーナにとって現状が最適とは言えなかった。魔力量も実力もブルーの方が上。このまま戦えば先に力尽きるのは間違いなくアデリーナだった。それでもこれ以上にアデリーナには最善の策がない。削り切られる前にブルーの鎧を削り切る。ただそれだけだ。
 繰り返される斬撃が互いの鎧を削り、無防備な肌があらわになる。そしてその肌は、瞬く間に血だらけになった。
 力を出し切ったアデリーナの動きが一瞬遅れた。その隙をブルーは見逃さない。
ブルーの青い輝きがアデリーナの体を切り裂き、吹き飛ばした。
 地面を数十メートルも引きずったアデリーナの後ろには住宅街が広がっている。広場の出入り口に押し戻されたアデリーナは立ち上がる体力もほとんど残ってはいなかった。
 しかし、倒れるわけにはいかない。
 ふらふらの体を剣で支えながら何とか立ち上がるアデリーナ。魔力不足によって兜が消滅し、額から血を流す綺麗な顔があらわになる。
 ブルーの鎧は所々が砕けていたが鎧の形は保っている。対するアデリーナの身に着ける鎧はもう何もない。力の入らない左腕はただ垂れ下がり、体のいたるところから血がひたたり落ちている。お腹からはさらに大量の血が溢れ出ていた。
 今立っているのが奇跡の状態。
 そんなアデリーナはもう喋る気力もなく、意識半分でブルーを睨んでいた。
「もう終わり。さようなら、アデリーナ」
 ブルーの別れの言葉と同時に冷たい風が吹き荒れる。
 青い輝きがより強い輝きを放ちアデリーナに向かって突き進んだ。アデリーナを一瞬で包む冷気が瞬く間に生気を飲み込んでいく。
 ——アリーチェ様、ヴィットリア先生、イヴァン、ジュリオ、それにサラとミヤ、レイン。ジゼル、ごめんなさい。私はここで死にます。皆さんの願いを叶えることができなかった。
 静かに眼を瞑りこの物語の結末を受け止める。
 その時。
 聞き覚えのある二人の声が、アデリーナの意識を叩き起こした。
「真轊ッ‼(シンウン)」
「淵火ァ‼(エンカ)」
 サラとミヤの声に目を覚ますと、ブルーの剣撃を2人の剣撃が受け止める。
「「はぁぁぁぁあああああああああ」」
 2人の咆哮がブルーの技を押し戻し、はじき返す。押し負けたブルーを2人の剣技が、合わさった烈火の如く灼熱の炎が、容赦なく体全身を襲った。
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登場人物紹介

アデリーナ (主人公)

魔女の眷属として召喚された騎士 誇り高く凛々しく正義感が強い

ブル―のことが好き

ブルー・デ・メルロ

魔女の眷属といて召喚された騎士 感情の起伏が薄く口数が少ない

アデリーナを気にかけている

シルビア・デ・メルロ

氷の魔女 ラベンダーノヨテ聖域国の女王

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