第15話 もう一人の自分

文字数 9,789文字

 ラヴァンダ城前、広場。
 城を囲うように広がる幅200メートルの広場。その手前の住宅街から広場を見渡すが人の気配は一切ない。
 城門の方に目を向ければ、城を守る衛兵が4人しかいない。もしかすると『暁の炎』の拠点を落とすことにほとんどの兵力を裂き、城の守りは手薄になっているのもかもしれない。
アデリーナは誰もいない広場を駆け足で移動する。
 その時。
 目の前の城門のさらに奥、城の中から一人の騎士が現れた。
 アデリーナはそれが誰か知っている。
 立ち止まり剣を抜く。相手から感じる圧倒的な威圧に押されアデリーナは鍔を飲み込んだ。
 しばらくして、広場の真ん中で停止した青騎士に語り掛けるアデリーナ。
「お久しぶりです、師匠。いいえ。ブルー。貴女は覚えていないかもしれませんが、貴方に勝つために訓練してきました」
 50メートルほど先にいるブルーは何も答えず歩きながら静かに剣を抜く。無口な所も静かな態度もあの時と何も変わっていない。
 少し懐かしい感覚を覚えるアデリーナだが今はリノを連れ戻す重要な役割がある。気持ちを切り替え、目の前の戦闘に集中しなければいけない。
 足先に渾身の魔力を込め、力強く蹴り飛び出した。50メートルもあるブルーへの間合いを一瞬で詰めるアデリーナ。勢いを剣に乗せさらに魔力を込めた赤い剣を両手で命一杯振り下ろす。ブルーは以前の様に片手の水平切りでアデリーナの攻撃を向かい打つ。
パァ——ン!
 爆発にも近い衝撃音が広場に響く。
 均衡はしなかった。
 アデリーナの斬撃がブルーの剣を押しのけ、そのまま後方へと弾き飛ばしす。
 地面を滑るブルーは触れた先から氷を生み出し、自分の勢いを逃がすだけではなく同時にアデリーの追撃に備え氷のとげを飛ばしていく。
「迅風!」
 先生に教えて貰った技で氷のとげを粉砕するアデリーナに閃光の如く突進してくるブルー。赤く光る剣と青く光る剣がぶつかり大きな衝撃派が生まれた。お互いに譲らない鍔迫り合いは均衡を保っていたが両手で押し込むアデリーナに対しブルーは片手だった。
 空いた片手で攻撃される前回の苦い思い出がぶり返すアデリーナは大きな咆哮と同時に自部の内側から炎を燃やす。
「はああああああああああ‼」
 ブルーの剣をはじいたアデリーナはさらに続けて4撃をブルーの鎧に与えてから一旦距離を取る。欲をかいて追撃すれば重い一撃を食うと散々先生との修業で痛い目を見て体で学んだ。
 また向かい合うブルーとアデリーナ。
 アデリーナが攻撃が来ると身構えたその時、ブルーが信じられない言葉を口にした。
「アデリーナ、貴女はどちら側につくの」

 一時間前、ラヴァンダ城。情報監視室。
 「第六、第五、第四拠点の制圧を完了しました。周囲の『炎の暁』は拠点に用意されていた転移魔法により、逃げられましたが魔法反応がないことから一度きりのと思われます」「第三、第二拠点に部隊は苦戦を強いられている様です」「第一拠点に味方部隊が一人の赤騎士によって全滅しました!」
 それぞれの報告に耳を傾けるブルーは静かに命令を下す。
「城の守りに割いている衛兵を子どもたちの保護に回して。第六、第五、第四、拠点に戻ってくることはないから、準備を整え次第第三拠点から順番に制圧して」
 ブルーは情報監視室を出てから王室に向かった。王室の扉はまるでブルーが来ることを始めから分かっていたように勝手に開く。
 中に入ると、中央に置かれる一つのテーブルと二つの椅子、更にその奥で女王陛下が窓の外に広がる戦場を見ていた。女王陛下が作った綺麗な町は『炎の暁』とドラゴンによって破壊されていく。
 相変わらず兜をはずす事はないブルーは静かに敬礼していた。
「女王陛下、作戦は順調です」
 窓の前に立つ女王陛下は振り返るとブルーに向かって微笑みかける。
「何度も言っているけど、シルビアでよいのですよ?」
 かたくなに名前で呼ばないブルーに歩み寄るシルビア。
 その時。
 シルビアは急に意識をなくしたかのように倒れ込む。
「女王陛下!」
 急いで駆け寄るブルーはそっと女王陛下の肩に手を乗せた。すぐに意識を取り戻した女王陛下が苦笑いをブルーに見せながら、体を宙に浮かし氷で作り出した椅子に座る。
「ごめんなさい。もう心配はいりません。さあ、座りなさい」
 ブルーは言われるがまま席に座りシルビア様の言葉を待つ。
「アデリーナ計画は予定通り実行する」
 どうなるか分からない前代未聞の計画。このために今まで準備をしてきた女王陛下とブルーに取ってこの計画の成功は新たな希望だった。
 この世界に存在する絶対に破れない決まり、強力な力を持つ魔女と騎士だけに与えられる『誓約』。その『誓約』を一部破ることになるこの計画。
「本題はここから。例の白銀の鎧の彼女だけど、間違いなく本物だと断定できたわ。彼女が身に着けていた青い宝石のついたネックレス。あれは間違いなく私が作ったものよ。かすかに宝石から私の魔力を感じたの。だからよく聞いて、アデリーナ計画は未来で成功している。そして、未来の彼女は『誓約』の束縛を一部でも脱することができることを証明してくれた。彼らがそれを知っていたといても、彼らの言う『掟』がアデリーナの存在を縛ることができない。だから付け入る隙が生まれる、その瞬間を狙って欲しい」
 女王陛下はそこで一旦口を止め、窓を見て小さな声で独り言をつぶやいた。
「あの子はほんとにやさしくて甘い」
 過去を懐かしむようにやさしい表情を浮かべる女王陛下。それが炎の魔女に向けられたものだとブルーは知っていた。
 表情を変えた女王陛下はブルーの瞳を見つめ伝える。
「あくまでも計画は当初の予定通り進める。ブルーには好敵手の最古の騎士を殺すのではなく捕縛して貰うわ。できる?」
「何も心配はいりません」
 この国の最強の騎士ははっきりと言い切った。
「そう、頼もしいわね。それからアデリーナの事も仲間に引き入れることができるか試してみて、彼女の精神状態が現状どうなっているのか私達には何も分からない。私達が彼女に刃を向けてしまった事実、そしてこの国の地下で起こっている事実を彼女は素手に知ってしまっているけど、まだ利用できるかもしれない。私達は絶対に負けない、彼らのため、この世界のために、話は以上、急いで取り掛かりましょう」
「はい、女王陛下」
 席を立ち一礼するブルーはすぐに情報監視室に戻ろうとした時、城の地価が大きく揺れた。
 同時に城の明かりが消え、街に流れる魔力が途絶えるのを感じる。ブルーと女王陛下はすぐに何が起きたのか分かった。
  女王陛下とブルーは急いで王室を出て長く広い通路を走りながら話を続けた。
「やられたわね、最下邸の中核を破壊された。監視機は使い物にならないし、城の子どもたちがパニックを起こすわ。それに例の二人を見つけるのが難しくなる。」
「女王陛下。最下邸の中核を破壊できるのは炎狂の魔女か、最古の騎士のみです」
「まさか、アリーチェが?いえ、そんなはずないわ」
 ブルーは女王陛下の独り言を聞き流し、窓から見える外の景色に視線を向ける。そして、いつも通りの静かな物言いで女王陛下に言葉を継げる。
「まだ運はこちらについているみたいです」
 ブルーの目線の先に白と銀を基調とした一人の騎士の姿が映る。その姿を見た女王陛下はブルー頭に直接言葉を投げかけた。誰にも聞かれることはないその命令を理解したブルーは静かにうなずき行動を開始する。

「アデリーナ、貴女はどちら側につくの」
 目の前にいるブルーから放たれる信じられない言葉。
「ブルー?……私の事がわかるのですか?」
 静かにうなずくブルーの姿に、アデリーナの目からは自然と涙が溢れ出た。今までずっと探してきた、たった一人の親友。そして秘かに恋心を抱いていた相手。聞きたいこと、知りたいことがたくさんあったが、今はぽっかり空いていた胸が満たされたようなそんな気がした。
「わたしは……ずっとあなたに。……あなたに、会いたかった」
 この何も知らない世界で培ったたくさんの経験は確かにアデリーナの胸に大切の思い出として残っていたが、心に空いた空白が埋まるわけではなかった。アデリーナにとっての約200年近くの思い出がたったの5年で埋められるはずがなかった。
「こちら側に来てください、全て説明しますから」
 ブルーが差し出した手のひらにアデリーナもそっと手を伸ばしす。しっかり途中でつかまれたアデリーナは強引にブルーの胸元へと引き寄せられた。うまく態勢がとれず転びそうになるアデリーナをブルーは腰に手を回し優しく抱き寄せる。
 互いの顔はすぐ近くにあるのに兜が視線を遮っている。今までの事がすべて頭から消え、今は目の前のブルーの存在で頭がいっぱいになる。失ったもの、欲しかったものが満たされていくのをアデリーナは感じていた。
 アデリーナは兜を消し、もう一度ブルーの名を呼ぶ。
「ブルー」
 ブルーはアデリーナの体勢を立て直すだけで兜を外す事はない。懐かしいブルーの態度に自然と笑顔がこぼれた。
「アデリーナ、持ってる?」
 そう言って蒼宝石のネックレスを取り出した。アデリーナも慌てて同じネックレスを胸元から取り出す。
「もちろん持っています!あなたから貰った大切な宝物ですから」
「このネックレスがあなたの事を教えてくれたのです」
 ブルーはアデリーナの首元に着けられたネックレスへゆっくり腕を伸ばす。ブルーの手がアデリーナの首に触れる時、赤と白の鎧が目の前の彼女を吹き飛ばした。
 アデリーナの前に現れた騎士が先生だとアデリーナは知っている。
「先生!どうしてここに⁉なぜ彼女を攻撃するのですか!」
「ごめんなさい、何も説明できなくて、納得できないかも知れないけど、全て皆のため貴方のためにしていることなの」
「なにがわたしのためですか!先生が私の何を知っているというのですか、たったの五年しか関わっていないのに。私にとっては200年以上そばにいた彼女の言葉の方が信用できます。たとえ先生が相手でも私は一切手を抜くつもりはありません!」
 アデリーナは兜を戻すとヴィットリア先生に刃を向ける。
「おちついて!アデリーナ!」
「落ち着いていられるわけがない!」
 アデリーナは叫び声を剣に乗せヴィットリア先生に切りかかった。何が正解か分からない、何が正しいか分からない、何が真実か分からない、どうしたらいいか分からない。揺れ動かされる感情が、どこにも吐き出せない感情が、怒りとなって溢れ出る。攻撃も、動きもめちゃくちゃになりながら、見失った自分自身を探す。
「どうして彼女を攻撃したのですか!」
「リノ、イヴァンを助けるため」
 アデリーナの攻撃を受け止めるだけで先生からの攻撃は来ない。だが、その質問の答えが胸に刺さる。先生に託された『イヴァンの事……そしてリノの事を頼みます』という言葉がまた頭をよぎる。同時に誰かが記憶を消され青騎士となる人物がいる事を思い出す。大切な記憶を消されるのはつらいが、アデリーナには過去の200年近くのブルー、シルビア様との思い出を否定することなどできなかった。本当に止めるべきなのかもわからない。どうすればいいか分からない。
 アデリーナの剣を振り払ったヴィットリア先生は適度な距離を取りながら斬撃を受け流し代わりに言葉を返してくる。
「アデリーナ。彼女があなたの事を覚えているなんて嘘よ、忘れたの?最下邸で行われているあの悲劇。それをずっと隠してきた、貴女の記憶を消し言う事を聞かせるだけの駒にしていたのよ。その体に流れる炎の魔法があなたを炎の魔女の眷属である証明よ」
「なぜそこまで私にこだわるのですか!」
 アデリーナは感情のまま剣を赤く光らせる。その言葉とともに先生は正面から受け止めた。
「あなたは私自身だからよ!」
「え?」
 予想にもしていなかった言葉に力が抜け変な声が出てしまう。手から力が抜け剣が消失すると同時に、両手を下に垂らし、その場に立ち尽くす。頭の中にあるものを、知っていることを整理しようとするアデリーナだったが、全く頭が回らない。真実を知ったところで今まで命令を従順に守ってきただけのアデリーナにはどうすればいいか何もわからなかった。そんな自由という名の混沌の中にいるアデリーナをヴィットリア先生が優しく抱き寄せ続けた。
「そう、過去の貴女は私。記憶を消される前の貴女が私なの」
「記憶を消される前の私が先生?」
「そうよ」
「では今日、先生は記憶を消されて……」
「その心配はいらないわ。私は負けないから」
 ヴィットリアが向き直り見つめる先にはブルーがいた。引き抜いた剣を剣先から真っ青に染めて行くブルーは先ほどまでとは比べ物にならない冷気を放つ。背筋に寒気を感じるアデリーナは一歩また一歩と怖気づく。今思えばブルーに本気で剣を向けられる経験をしたことがなかった。
 そんな冷気からアデリーナの守るように前に出る先生が剣を真っ赤に染める。
 師匠と先生の戦い。


 アデリーナはヴィットリアではブルーに勝てないと考えていたが止めることができない。自分にとって最善の選択が何なのか、分からなかった。仕える者、信じるものを見失っているアデリーナは騎士ではなく一人の一般人としてその戦いの行く末に目を向ける。
 お互いに歩み寄る二人は20メートルの間合いで止まる。その空間に冷気と熱気が入り混じっていた。
 戦場の中、この場の空気だけが静まり返っている。その静寂をはじめに打ち破ったのは先生だった。
「久しぶりね、ブルー」
「その名を呼んでいいのは女王陛下だけ」
「あら、アデリーナはいいのね、焼いちゃうわ。貴女は知らないかもしれないけど、あの子に剣を教えたのは私よ、あの子の先生として負けるわけにはいかないの」
「それ。最後の言葉?」
 その先の言葉はいらなかった。互いの想いをこめた剣がぶつかりあう。今まで一度も見たことがない激しい戦いが目の前で繰り広げられていた。
 城中の窓から年の離れたたくさんの子供たちが身を乗り出し二人の激しくも美しい戦いを見つめている。城の中から聞こえていた騒がしさはいつの間にか落ち着き、それを収めていた衛兵までもが2人の戦いに見入っていた。
 しかし、いつまでも戦いが続くことはない。剣を打ち付けるたびにあらわになる師匠と先生の力の差。両者の動きに大きな差はないが、剣そのもののハンドキャップが大きかった。
 ブルーの愛剣はアデリーナもよく知っている零剣バーブル、シルビア様が剣の元を作り上げブルー本人が自分の愛剣へと鍛え上げ名付けた。まだ名前を決めることが出来てはいなけど、アデリーナも愛剣を持っている。しかし、ヴィットリアの剣はそんなたいそうな代物ではない。魔力ではなく鉄で作られている。
 剣にこもる魔力もほぼ同等にもかかわらず剣から繰り出される技の威力はブルーに劣っている。
 その時だった。
 不意に先生の剣から魔力が消失するのを感じる。唐突に片手を額に当てふら付く先生、その隙をブルーが逃すはずなかった。
 ブルーの繰り出す重い一撃がこの戦いに終止符を打つ。
 胸元の鎧が斜めに砕け大きな斬撃の後を残し、兜は飛び散った。吹き飛ばされた先生は地面を滑りアデリーナの前で止まる。城の内部はブルーの勝利に歓声を上げて湧きだった。その光景に怒りを覚えつつ急いで駆け寄ろうとするアデリーナの前に瞬時にブルーが移動する。
 先生の前に立ちはだかるブルーは中世的な柔らかい声で静かに言う。
「あなたはどちら側に着くの?」
 その問いにすぐに答えを出せないアデリーナは口も愚かその場から一歩も動くことができなかった。
「いいのよアデリーナ。自分の信じた道を歩んで。私のお願いは『炎の暁』に入らなくても叶うのだから」
 そう言って剣を杖代わりに地面に付き刺し、何とか立ち上がる先生は、この状況でもアデリーナのことを心配していた。そのヴィットリアの姿にアデリーナの胸は締め付けられる。
 城の中から聞こえる大勢の罵声、嘲笑が先生へとふりそそがれる中、もう一度ブルーへと剣を向け言葉を続けた。
「まだ終わってないわよ」
 先生が言い終えると同時にすでに懐に入り込んでいるブルー。重い拳が兜も何もない先生の顎を打ち抜いた。
 鮮血が飛び散る。宙を舞い頭から地面に打ち付けられる先生はまたも立ち上がろうとする。しかし、すでに体はボロボロで頭からは血を流している。それでもなおヴィットリアは震える手と足を剣で支えながら必死に立ち上がる。その姿を城の中にいる子供たちが笑って楽しそうに見ていた。
 現状のヴィットリアは体から魔力が飛散しており、鎧の修復は愚か体の修復も全く追いついていない。あの時、突然頭を押さえ始めてからだった。
 きっと体の限界が来たんだ。以前アリーチェから聞いた、ヴィットリアが『炎の暁』を抜けた理由と直接関係している。
 ブルーは力なく構える先生に対しありったけの魔力を身に纏い威圧した。
「もう限界が来てる。殺さない。少し寝てて貰う」
 全身を凍らせるような恐ろしい冷気を放ちながらやさしい声をかけるブルーは剣を構えた。
 その場の空気が凍る中、一人の絶叫にも近い叫び声が響く。必死に張り上げる金切り声にも似た叫び声は空間を裂き、ブルー、アデリーナ、そしてヴィットリアの耳にもしっかりと届いた。
「ママ――――‼負けないでぇ―――――-‼」
 それは聞き間違えるはずもなくリノの声だった。
 リノの叫び声と同時にその場を支配していた冷気がヴィットリアから溢れ出る熱気で一瞬に散っていく。
「休んでなんていられないわよ。私の背中を見ている子たちがいるんだがら!」
 その言葉と同時に先生は体の修復にかけていた魔力を全て攻撃に注ぎ飛び出した。一撃でも食らえば致命傷になるが、今のヴィットリアには関係なかった。限界を迎える体で最後の最後まで出来る事をやり通す。燃え尽きるまでこの体の中に燃える炎を燃やし続ける。
「我が名はヴィットリア・ディ・レオーネ!炎の魔女の眷属にして最古の騎士!この暗き世界に灯火をともすもの!」
「来い」
 その言葉と同時に腰を下げ大きく剣を後ろへと下げるヴィットリア。アデリーナはその技をよく知っている。先生しか使えない最強の技。
 同時に剣が赤い輝きを放ちヴィットリアの背中を真っ赤に染める。
「真轊‼」
「烈氷」
 ヴィットリアの叫び声と同時に冷たい声がささやかれた。
一瞬にして周りの空気は膨れ上がり、視界を黄色く染める。言葉の終わりと同時に爆発がその空間を支配する。お互いの魔力が魔力を飲み込み、事象が事象を飲み込んでいく。
ヴィットリアがまだ終わらない技の前でもう一度剣を構え次の技に移行した時、黄色く輝く爆発の中からブルーが飛び出してきた。
「劫火爆炎」
「アクアオーラ」
 間髪入れず次の技がぶつかりあう。冷静に分析し考える暇など与えられない。しかし、先生は一切後れを取らず反応していた。寿命による魔力操作の差、使っている武器の性能さ、その差を埋めようとあの最強の騎士に必死に食らいついている。アデリーナとは比べ物にならない程、先生の心は強かった。目の前の強敵にさえ臆することもなく、更なる高みへとまた一歩また一歩と成長していく。強くあろうとしている。
 先生の戦う後ろ姿をすぐ近くで見ていたアデリーナは心の強さ、そして覚悟の強さを身にしみて感じていた。先生の教えを何も理解していなかった。目の前でぶつかる剣と剣の衝撃に見とれている事しかアデリーナにはできない。
 技を繰り出していた先生が突然、血を吐き出した。それで先生の剣が緩むことはなかったが、見るからに体が限界に迫っていることが分かる。こんな感傷に慕っている場合ではない。体がボロボロなのにもかかわらず、自分が記憶を消されてしまう未来を知ってもなお、絶望的な現状に必死に食らいつく。
 変われ……変われ、変われ。変われ。変われ!
 顔を上げ、立ち上がったアデリーナはボロボロな先生の体に背を向け走り出した。
「今のわたしに出来ることをすんだ!」
 城に向かって駆け出したアデリーナの行く手を防ぐように衛兵たちが入り口から次々に姿を現す。止まることなく鞘に手をかけるアデリーナは先生に負けじと大きな声で自身の持つ最強の技を叫んだ。
「烈火‼」
 一撃で三人の衛兵を倒したアデリーナは、城門の内側へと駆け込んだ時。突然、足が止まった。
 何が起こっているのか理解する前にぞっとするほどの冷気に背筋が凍る。下を見れば凍った地面に足がくっついている。すでに膝下までが凍っていた。
「久しぶりねアデリーナ」
 やさしい声でアデリーナの正面の城からか姿を現す白と水色のドレスを着た白仮面の彼女。
 彼女が何者かアデリーナはよく知っている。アデリーナは長い沈黙の後、喉に引っかえていた彼女の名はボソッと溢す。
「シルビア様」
「ええ、そうよ」
「アデリーナ!」
 先生の叫び声で振り返ると、あたり一帯が全て氷の大地となっている。先生の足元も氷が絡まり身動きの取れない状況に合った。
 先生の必死な表情に、あの言葉が蘇る。『魔女には絶対に勝てない、何があっても戦おうとしては駄目よ。死ぬ気で逃げなさい。』
 それと同時にアデリーナの腰までが全て凍り付いていることに気が付いた。まずいと思った時にはもうすべてが遅かった。喉が凍って声も力も出せない。そのまま意識が止まり、アデリーナの体は凍った。

「もう終わり」
 ブルーの冷たい言葉に身動きが取れないヴィットリアは荒い息を少し落ち着かせてから答えた。
「いいえ、まだ終わらない。あの子は希望なの、私にとってもこの世界にとっても。だから私が託した灯は決して消えない、消せない。たとえ氷の魔女にも!彼女の道しるべとなるのが先生の役目でしょ!」
 体から溢れ出した炎が足の氷の拘束を打ち破り、氷の魔女に向かって飛び出した。
 しかし、そんな攻撃をブルーが許すはずがない。瞬時に回り込み、女王陛下を守るように前に立ちはだかった。
「女王陛下に。剣を向けない」
「そこをどきなさい!」
 怒りに満ちたブルーの剣が青く輝き、真っ赤に光るヴィットリアの剣が交錯する。その時だった、限界を迎えた先生の剣が砕けブルーの剣がそのまま体を貫いた。
 ブルーの剣から溢れ出る魔力が氷を作りヴィットリアの体を拘束する。魔力の拒絶反応により絶叫するヴィットリアの体には想像絶する激痛が走り、そのまま気絶した。体内に直接氷の魔法が流れ込んできた拒絶反応は物凄いものだった。
 ヴィットリアの体から剣を抜くブルーは剣を鞘にしまうとすぐ近くに来ていた氷の魔女に一礼する。
「ありがとう、ブルー。それでは始めるわね」
 そう言うとヴィットリアを中心に大きな魔法陣が地面から光始める。そして女王陛下の指先にも十個の細かい魔法陣が浮き上がり気絶した先生の頭で何かをし始めた。シルビアの表情はとても険しく真剣だった。
 ブルーも今までとなくとても難しい魔法という事は分かっていた。誰にも邪魔されないように最強の護衛であるブルーがすぐ近くで一連の作業を見守る。
 ブルーは知っている。この魔法がとても繊細で絶対に邪魔が入ってはいけない。戦域魔法の時動揺、完全に無防備になる。『炎の暁』とって絶好のチャンスになりうることを。しかし、誰もこの場に来てヴィットリアを救おうとするものは現れない。それは転移魔法で撤退した結果からも明らかだ。
 しかし、そんなさなか氷の魔女の動きに戸惑いが混じる。ヴィットリアの意識が戻り始めたのだ。氷の魔女険しい表情からもヴィットリアが意識を取り戻す事は決していい状況とは言えないのが分かる。意識を戻したヴィットリアが炎の魔力を内側から放ち氷の魔女の魔法を抑制する。体全身で拒絶反応が起きているはずだったが、その痛みに耐えヴィットリアは必死に抵抗しているのはブルーにも分かる。
「大丈夫ですか?」
 ブルーの問いに氷の魔女は答える。
「え、ええ……。この激痛に耐え必死に抵抗してきてる。こちらに集中しないといけないからあの子を拘束していた私の氷の魔力が解けるわ。あとは任せます」
 その言葉と同時にアデリーナを凍らせていた魔法が解け意識が戻る。
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登場人物紹介

アデリーナ (主人公)

魔女の眷属として召喚された騎士 誇り高く凛々しく正義感が強い

ブル―のことが好き

ブルー・デ・メルロ

魔女の眷属といて召喚された騎士 感情の起伏が薄く口数が少ない

アデリーナを気にかけている

シルビア・デ・メルロ

氷の魔女 ラベンダーノヨテ聖域国の女王

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