第13話 迷いと事実

文字数 5,976文字

 体に伝わる魔力を直観にアデリーナは必死に走りヴィットリアの魔力の痕跡を探す。
 その時だった。
 横切った女性から魔力の痕跡を見つけたアデリーナは立ち止まった。振り返ると明らかに一般市民で『炎の暁』とは関係なさそうな女性だった。しかし、やっと見つけた手が足りの一つ、自分の直感を信じたアデリーナはこっそりと彼女を追う。彼女の体はやせ細り、髪はぼさぼさで、腕が擦り傷だらけ目元から生気を感じない。
 唐突に道の真ん中で立ち止まる彼女は懐から短剣を出した。他の一般市民は彼女に見向きもしない。警戒するアデリーナをよそに彼女は死んだ目でその短剣を見つめる。
 どこかで見たその短剣から魔力の痕跡を感じる。そしてその短剣がイヴァンが持っていたものと同じだったという事を思い出す。
 ——彼女は『炎の暁』の関係者?
 今思えば一般市民が行わなければいけない儀式をアデリーナは知らない。恐らく経験者であるジュリオから聞いておけばよかったと、そう思った時。
 彼女は何のためらいもなく自分の喉を掻き切った。
 まるで真っ赤な目玉焼きの黄身を潰したかのように喉元からどっと血が溢れ出し垂れていく。
「何をしているのですか!」
 アデリーナは急いで近づき喉元を抑えるが、隙間から溢れ出す血は止まらない。自分の喉を掻き切った彼女は力なく地面に膝を突くとアデリーナにもたれかかった。
 あまりに軽い。服のせいで気が付かなかったが手で触れたときに感じる腕の細さと冷たい体。
 力なくアデリーナを見つめると、彼女はかすかに微笑み最後の言葉を残す。
「ああ……騎士様。この儀式……やっと覚悟を決めることができました」
 言い終えた彼女は目をつぶり死んだ。周りの監視機がアデリーナとその市民に向く。
 ——これが儀式?死ねということ?
 彼女の手から落ちた短剣が地面に触れると光の粒子となり消えていく。現実を受け止められず目の前の光景をただ茫然と腕の中で亡くなった彼女を見つめるアデリーナ。
 しかし、現象はそこでは終わらない。ただの人間の彼女の体に魔力が集まっていくのを感じる。ぶくぶくと風船のように異常に体が膨れ上がり、服が破れどんどん巨大化していく。
 巻き込まれないように咄嗟に後ろに飛んだアデリーナだったが、着地した後も目の前で起こる現象に目を奪われていた。
 数倍にも膨れ上がったその体はもう人間ではなかった。それはアデリーナが何度も戦ってきた、見て来た姿。そう、あの白銀のドラゴン。
 大きな咆哮を上げるドラゴンの姿に市民たちが逃げまどい、ドラゴンは炎を吐き尻尾で建物を薙ぎ払い空へと飛んで行いく。
 アデリーナは何もできず一連の光景をただ見つめていた。
「これが儀式?……死ねということ?私はイヴァンに死ぬことを進めて……。違う……今までこのことを隠していた『あ炎の暁』だ信用できないんだ。だましていたんだ……でも。どうして……どうしてこんなこと」
 目の前に飛び込んできた真実にアデリーナの心が追い付かない。
「アリ—さんが理由もなくそんなことをするはずがない……でも、それを言うならシルビア様も同じこと。……私はまた……苦しんでる人がいることを知らず、知っても何も出来ず……更には、今まで殺してきた人たちは、ここで暮らしていた人々……」
 もしこれが儀式なら、アデリーナはイヴァンに死ぬことを進めていたことになる。そして今まで殺してきたドラゴンがただの人間、ただ一般市民であることになる。あの永遠の大地に飛んでいたドラゴンも人間。なぜこんな大事なことを今まで黙っていたか、隠していたのか。『炎の暁』を本当に信じていいのか。そんな思いから、自然と女王陛下の名前がこぼれる。
「私は……どうすればいいのですか。教えてください、シルビア様……助けて、ブル—」
 その時、アデリーナの意識を呼び戻す程の絶叫が耳を打つ。
 それは先ほど飛び立ったドラゴンの咆哮だった。しかし、今のアデリーナには悲鳴のように聞こえる。
「私は……私が……私。今は私が助けなければ、彼女は私が助けなければいけない」
 そう確認するように自分に言い聞かせるアデリーナは急いでドラゴンの後を追った。
ドラゴンは1人の青騎士と4人の衛兵に囲まれ、翼には二本の槍が刺さり赤い鮮血を流している。弱ってもう立つこともできないドラゴンに寄ってたかって衛兵たちが攻撃を仕掛けていた。
 ドラゴンはまた悲鳴を上げ目から水滴を流す。
 ——彼女は人間だ。ドラゴンではなく今も人間なんだ‼
 そう思った時には体が勝手に動いていた。羽織っていたマントを消し、ドラゴンと同じ白銀の鎧をきらめかせる。
 ——彼女は私が助ける‼
 青騎士がアデリーナの存在に気付いた時にはもう遅かった。複数衛兵を瞬時に移動したアデリーナは、先生から教えて貰った技を叫ぶ。
「迅風(シンフウ)!」
 青騎士は後方へ吹き飛ばされて建物に背中を打ち付け倒れ込み、起き上ってくることはなかった。
 ドラゴンはヒューヒューと力ない鳴き声を上げる。よく見るとお腹に大きな切り傷があった。恐らく今倒した青騎士によってつけられた傷。
 ——あの時、私が悩んでいなければ助けられた命だった。
「すみません」
 アデリーナは小さな声で謝るとドラゴンの喉に剣を突き刺した。少しでも痛みが残らないように一撃で息の根を止める。何の罪もない一般市民を殺めてしまった罪悪感に打ちひしがれている暇は今のアデリーナにはなかった。
遠くから聞こえる衛兵たちの足音がアデリーナの耳に届く。
今はイヴァンの事が心配だ。なによりも『炎の暁』という組織が信用ならないから。
グオオオオオオオオ!
 瞬く間に複数のドラゴンの声が町に響き渡る。その方向はイヴァンの働く酒場の方からだった。

 数時間前。
 急に飛び出していったアデリーナに戸惑いを隠せないイヴァンはまだ呼ばれてもないのにぎこちなく階段を降り一階のカウンターの方に向かう。
 ジュリオは目が合うとこっちに来るようにと手招きされ素直に従った。何か、もぞもぞと荷物をどかすと、一つの小さな手帳を渡される。
「ヴィットリアから預かったものだ。お前に渡せって」
「あ、ああ。ありがとう」
 ぎこちなく受け取るその手帳を開くとそこにはリノの成長が日記として書かれていた。
 初めてハイハイしたこと。初めてご飯を食べた事、初めて、言葉を発したこと。泣きじゃくってどうしたらいいのか分からない事。初めて名前を呼んでくれたこと。凄く嬉しそうに綴られていた。しかし、それだけではなく、日々の不安も書かれている。

 一人きりになる家が寂しい。いつ帰ってくるか分からない。機嫌が悪い。きっと、心が苦しいんだと思う、少し寂しい。今日は温かくて美味しい料理で出迎えないと。帰ってこなかった私一人で食べた。今日はリノの誕生日、覚えているかな?きっと帰ってくる!信じないと。帰ってこなかったけど、祝うことは出来た。寂しいな。リノがまた夜中に泣き出した、お父さんがいなくて寂しいのかしら……私もよ。気持ちを切り替えて明るくしないといけないわね!リノがかわいそうだわ。今日も帰ってこない、でも必死に耐えてると思うから私が頑張らないと。もっと心が休まる場所にすればいいんだわ、そうすればきっと帰ってくる。リノが熱を出した、わたしのせいだ。不安だな。寂しい。不安。耐えて。強くならないと。心配だな。心配。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。

 そして何も書かれていなページが広がる。だがイヴァンはページをめくり続けた。水滴で濡れるページをただ意味もなくめくっていく。自分のしてきたことの重さが胸を締め付ける。その時、胸にしまっていた小刀にイヴァンの手が触れる。これが贖罪。これが罪過だ。

 その時。
 勢いよく店の扉が蹴り破られ、槍を持った衛兵が二人入ってくる。
「対象を発見。第一拠点とマークします」
 槍をそれぞれジュリオとイヴァンに向ける二人の衛兵の他に、店の外には五人は衛兵が待ち構え更に奥に青騎士が控えている。
「サラあああああ!」
 ジュリオのありったけの叫び声の後に艶やかな声が響く。
「真空熱運」
 空から飛んできたオレンジ色の輝く光の玉が衛兵たちの中心に落ち、地面に触れると同時に爆発が起こる。
 爆発は酒場の壁もろとも周りの衛兵を吹き飛ばす。その間にも中でもう一つの攻防が付いていた。外の光景に気を取られていた衛兵の槍をジュリオは奪い二人の衛兵を何とか無力化する。
「ジュリオ!特級警報を出して!魔法障壁の発動を!それから転送魔法術式の起動を開始して‼相手も本気よ、おそらく敵もほぼ全部隊を派遣されている!狙われているのはこの拠点だけじゃない!私の知っている経験がそう訴えているの、おそらくみんなもその通りに行動してる!」
 ジュリオは急いで部屋の行き、隠し扉のもう一つの機能を起動する。すると、部屋の床に直径十メートル程の魔法陣が浮き上がり始めた。そしてそれを守るように更に薄い膜が張られ、何の変哲もないただの部屋に戻る。それは幻覚魔法障壁。準備段階の転送魔法を隠すための物だった。
 急いでホールがあった場所に戻ると既に他の青騎士の増援が来ており、1対5でサラが戦っていた。いくら赤騎士が強いからと言っても多数に無勢であり、更に敵の衛兵は増える一方だ。
 赤騎士のサラとジュリオ、そしてただの一般人のイヴァンに対し相手は、青騎士が5人に衛兵がぱっと見でも7人近くいる。
 明らかにまずい状況だった。そんな時に幻覚魔法障壁のある方からジュリオとっては聞きなれた二人の男の声が聞こえる。
「レインさんの言ってた通りだったな」「おい、ジュリオ、加勢に来たぞ」
 振り返るとジュリオの戦友である長髪のフレイと短髪のターディスが姿を現した。会話から察するに恐らく2人の師匠で赤騎士のレインさんからの命令で地下通路を通って永遠の大地から助けに来てくれたのだろう。
 ここしばらく会っていなかった。これから死ぬかもしれない戦いが待っているのにもかかわらず久しぶりの再会に3人の顔に自然と笑顔がこぼれる。いや、違う。きっとすでに死んでいる3人だからこそなのかもしれない。
「久しぶりだなこうやって3人でいるのは」
 ターディスの言葉にフレイが続く。
「ああ。さっさとこの戦いしのいだら久しぶりに3人で飲むぞ。お前の酒場の評判はここまで届いてるんだぜ」
「なんたって頭首様のお墨付き貰ってんだもんな」
 ターディスの言葉にジュリオはただ現状を伝えた。
「その酒場が今はご覧のありさまだがな」
 ジュリオの言葉を最後にいったん会話は打ち切り、フレイとターディスはジュリオの左右にそれぞれ並んだ。
「フレイ!ターディス!何としてもこの魔法障壁を守り切れ!」
 3人の体が同時に膨れ上がり見る見るうちに巨大化し、あっという間にドラゴンへと変貌した。ドラゴンの口から言葉が出る事はない。代わりに狂気に満ちた咆哮と強烈な炎のブレスが放たれる。

グオオオオオオオオ!
 瞬く間に複数のドラゴンの声が町に響き渡る。その咆哮は四方から聞こえた。恐らく、何か大変なことが起きている。
 嫌な予感を加速させる咆哮の真相をすぐにでも確かめようと足に力を入れ魔力を込め飛び立った。屋根を伝いながら移動するアデリーナの視界に、黙々と上がる煙が見える。更に辺りを見渡せば、町に何匹ものドラゴンが飛び立っていた。
 ——イヴァン!
 心の中で好きな人の名を呼んだ時、アデリーナの目の前に二人の赤騎士が着地した。一人はアデリーナに顔を向けることなく周囲を警戒する。手前にいるもう一人の赤騎士がアデリーナの手握り言った。
「私はサラです。付いてきてください、早く行きましょう。事情は後で説明しますから」
 そんなことを言われてもアデリーナは彼女の後についって行こうとは思えなかった。代わりにアデリーナは町が戦場へと変わっている理由を問いかける。
「その前に状況を説明してください!これはいったいどういう事態なのですか?なぜ『炎の暁』に入る儀式の内容を隠していたのですか?なぜ私たちは戦わなければならないのですか?先生はどこへ行ったのですか?なぜシルビア様を倒さねばいけないのですか!」
 奥で見張りをしていたもう一人の騎士がアデリーナに詰め寄り怒鳴る。
「お前、調子に乗ればでしゃばりやがって!今はそんな駄々をこねている暇はねーんだ!何がシルビア様だ!二度とあたしの前でその名を口にするな!」
「落ち着いて、ミヤ!」
「なんでこんな奴に先生は後を継がせたんだ。いくら先生のお願いでもあたしは認めないからな!掟の原則は自由だ。あたしは好きなように行動させて貰う!」
 その言葉と同時に懐にしまっていた小さな二本の短剣を何の躊躇もなく一般市民へと投げた。背中に短剣を刺された二人の市民が力なく地面に倒れ込む。
「何をしているのですか!」
 アデリーナは怒りのまま鞘から剣を抜きミヤと呼ばれる赤騎士に矛先を向ける。刺された市民は膨れ上がるとドラゴンへと姿を変え暴れはじめた。
「それはこっちのセリフだ!あんたはどっちの味方だ!あたしが守りたいのは『暁の炎』に属する一員だけ!それ以外は誰が死のうがどうでもいい!」
「迅風」
 唐突に言われる技名にアデリーナとミヤの間に一筋の斬撃が放たれ、疾風が二人の間を引き剥がす。
「いい加減にしてください!二人とも落ち着いて!言い争っている暇などないのです!」
 サラの警告の通りまたどこかで爆発音とドラゴンの咆哮が聞こえてくる。
「今、国内にあるすべての拠点が同時に襲撃を受けています。以前から計画されていたものだと推測できるので一度『永遠の大地』へ炎の暁のメンバーは全員帰還します。その為に炎の魔法の痕跡を頼りに、計画を知らせに回っていました」
先程とは打って変わって鋭い眼光がアデリーナの目を刺す。
「ここからは私個人の要件です。氷の魔女に着いていたアデリーナさんからこの現状について何か有益な情報はありませんか?」
「ごめんなさい。私の記憶の中にこういった状況はありません。ただ……」
 アデリーナは記憶を呼び起こす。約260年前の生まれたばかりの時アデリーナはすでに城にいた。当時、城から見える町には大きな戦いの跡が残っており『炎の暁』によってこの惨状が生まれたとシルビア様に説明された。氷の魔女に記憶を消されたのだとすれば今が丁度その260年前に該当することになる。炎の魔女の眷属であるアデリーナをさらい記憶を書きかえるとなれば、それこそ大事になっているはず。となると今この現状が最もそれに当てはまることになる。
「おい!何思い耽ってやがる!」
「どうしたのですか?」
 アデリーナは二人の騎士を交互に見てから一つの真実を口にする。
「おそらく、今日私が生まれます」
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登場人物紹介

アデリーナ (主人公)

魔女の眷属として召喚された騎士 誇り高く凛々しく正義感が強い

ブル―のことが好き

ブルー・デ・メルロ

魔女の眷属といて召喚された騎士 感情の起伏が薄く口数が少ない

アデリーナを気にかけている

シルビア・デ・メルロ

氷の魔女 ラベンダーノヨテ聖域国の女王

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