第27話 終焉の審判

文字数 5,200文字

 近くの城門を超え中央の祭壇に向かうアデリーナ。
 ブルーとの思い出が城内を想い出の光景へと塗り替えていく。ブルーと一緒にしゃべり歩いた廊下、一緒に祈りを捧げた協会、当たり前の風景に200年以上のブルーとの思い出を重ねてしまう。
 そして祭壇近くで大きな空間が広がっていた。
 その先にいる青いドレスを着た女性。彼女こそが、氷の魔女。アデリーナに名前を与えた、私たち『炎の暁』にとっての宿敵だった。
 氷の魔女を魔法障壁が一切の侵入を拒んでいる。
 目の前にある透明な魔法障壁に触れるだけで、アデリーナの手のひらに生成された鎧が一瞬で消し飛んだ。
 物凄い衝撃に右腕がしびれる。
 魔法障壁の中央にいる氷の魔女はまるで神に祈るかのように両手を握り締め跪く。その足元には複雑な魔法陣が繰り返し連なっている。
そんな氷の魔女はアデリーナの存在に気付くと静かに振り返った。もう仮面も何もつけていないシルビア様は優しくも辛そうな表情を浮かべている。
 アデリーナにはどういった感情かわからない。
 しかし、今はするべきことをしなければ。無造作に振り下ろされるアデリーナの剣を魔法障壁が受け止める。何度打ち付けても簡単にはじかれ、押し込んでもびくともしない。そんな無意味な行動をアデリーナはただ続けた。
 そんなアデリーナに見かねたシルビア様が昔のように声をかける。
「無理よ。諦めなさい」
 アデリーナの返事はない。代わりにただ剣を打ち付けるだけだった。
 返事のないアデリーナにシルビア様は続ける。
「無理なのよ。この世界に作られた誓約と同じ」
 顔を上げもうすぐで隠れる太陽を確認してからアデリーナを見つめ語り始めた。
「もう少し時間がかかるから昔話でもしましょう」

 始終の魔女は361年ごとに一度起こる世界の歪み。『終焉の審判』が起きたことによってできた世界の歪みを利用してもう一人の自分を作り出すことにしたのです。
 そして、炎の魔女と氷の魔女が生まれました。彼女たちの性格は対照的でした。炎の魔女は明るく元気で心優しい。対する氷の魔女は寂しく静かで冷たい。
 2人はいつも一緒に遊びました。互いにとって初めて同じ力を持ち同じ種族である。先に旅立たれることもなく、時の流れは一緒でした。
 そんな彼女たちは人々によく頼られていました。
 常に仲の良い魔女とは違い人間はいつも争い対立していました。
 見かねた魔女は仲介役に立ちました。明るく元気な炎の魔女は喜びに寄り添い、寂しく静かな氷の魔女は悲しみに寄り添いました。
 それは互いに大きな歪みを生んでいったのです。
 喜びに意識を向ける人々は多く、悲しむ人々の気持ちを分からない人々は蔑ろにしていきました。
 そんな数少ない人々に寄り添う氷の魔女は、その悲しみをすべて一人で背負ったのです。
 そんなある日、もう一度やってきた世界の歪みに2人は約束をしました。
 力を持つ私たち2人はどちらかに寄り添わなければいけないと。互いが同じ方の肩を持ってはならないと。互いは常に対する立場に立たなければならないと。
 そして、2回目の世界の沈みで神域魔法を発動した2人は対立することを約束しました。
そして、『約束の日』を境に2人は対立し始めたのです。2人で発動した神域魔法はとても強力で、この世界に『誓約』を産み落としたのです。
 炎の魔女に付き従う人々は多く、対する氷の魔女に着くものはほとんどいませんでした。
 人々は集団になると少数を切り捨てようとするのです。
 戦争が始まったのはすぐでした。数の少ない氷の魔女は簡単に淘汰できると考えたでした。その考えは勢いを増し一瞬で炎の魔女に付き従う人々の心を燃やしました。
 一度炎のように沸き上がった人々を止める手段を炎の魔女は知りません。炎の魔女は氷の魔女に相談しようと考えましたが『誓約』がそれを許しませんでした。
 氷の魔女も同様に『誓約』が働き敵対せざる負えなくなりました。
 長い間戦争は続きました。復讐が復讐を呼び憎しみが憎しみを呼び。終わりが見えませんでした。
 互いの魔女はどちらかが勝つまでこの戦いは終わらないと考えました。
そして迎えた3回目の世界の沈み『約束の日』。魔女は神域魔法で互いの眷属を召喚しました。
赤騎士と青騎士。それは『誓約』従順で、誓約をより強固にするものでした。
 それに気が付いた氷の魔女は、戦争を止めるために壁の中に閉じこもりました。そして、人々の思想をコントロールするようにしたのです。
 そして、炎の魔女はそれに対抗するように『誓約』の力で自由を求め、この束縛から人々を解放しようとしました。

「どう?これがメリア神話の本当の歴史。だから私はアデリーナ、貴女に可能性を感じた。この固く重い『誓約』を敗れたあなたに」
「どうして、私に『誓約』が敗れると思えたんですか」
 剣を打ち付けながら問いかけるアデリーナにシルビア様は素直に答えてくれる。
「ヴィットリア・ディ・レオーネ。彼女が炎の魔女として昇華したこと、そして、彼女の記憶を見て確信に変わったのよ。だから私はあなた達のすべてを知っている」
 突然黙り込んだシルビアは思いふける。そして、だんだんと顔に苦難と悲しみが現れ始めた。過去の悲しみと怒りに満ちたシルビア様の口調が強くなる。
「私は見たの……ブルーが私を支え、何度も戦った姿を。その度に私を守り死んでいく姿を!今回も貴女に殺された!たった一人の家族を何度も何度も失っている事実を見た!」
 シルビアの叫び声と同時に世界が黒く染まった。
「彼女が望んだ私の宿願を!この世界の支配を今こそ成し遂げる時だ!」
 彼女の言葉と同時に大きな魔法陣が地面から浮き上がる。この国、全域を囲うような巨大な魔法陣が世界を真っ青に染め上げる。
 まるで世界に終わりが訪れたかのように感情が凍るような冷気が漂った。
 アデリーナは気が付けば、攻撃をやめこの世界の結末に見入っていた。
「だとしても……生まれながらに、人生を定めるなって。……あってはならないよ」
 その声にすべてを奪われたアデリーナは振り返る。アデリーナ同様、体中がボロボロで両腕と両足に鋭い傷跡が残るアリーがそこにいた。
「……アリー」
 氷の魔女は何かを訴えかけるように悲しい声をかける。絶望し諦めるようなその目に輝きはなかった。まるで運命を悟ったかのように眼を瞑りま神域魔法の発動を続ける。
「アリー!早く、神域魔法を!私を過去に!」
 アリーは焦るアデリーナに優しく微笑んだ。
「それは出来ない。時間も、魔力も足りないの」
「そんな……」
 微かな希望が生まれたと同時にまた途絶える。
 絶望し言葉に詰まるアデリーナにアリーは優しく語りかける。
「でも、そんな必要はないの。貴女がいるから」
 意味の分からない言葉にキョトンとした声が出てしまう。
「どういうことですか?」
「なぜ氷の魔女が私を連れ去ったのか。それは昇華が起きるからだけじゃない、そもそも殺せないの。『誓約』を破ることになるから」
「——誓約」
 炎の魔女と氷の魔女は敵対し続けなければならない。だから魔女が死んだ瞬間、昇華が起こる。しかし、それはあくまでも昇華の過程であるだけ。そもそも、魔女同士殺すことができない。だから氷の魔女は、戦争を辞め国を作った。
 『誓約』がここまで強いものだとアデリーナは思ってもいなかった。
「でも今は貴女がいる。私のすべての魔力を、命をアデリーナに託すから。その力で、シルビアを倒して。神域魔法の発動後、少しの間シルビアは無防備になるの。その瞬間を狙って」
 アデリーナの中で今、全てを諦めた表情を浮かべたシルビア様の理由を理解した。
 アデリーナは剣を空高く掲げた。全てを終わらせる一撃を放つために。
 アリーもアデリーナの隣で左手を空高く伸ばし剣を握る。
 二人で握る剣が真っ赤な輝きを放ちこの暗い世界を照らし、空高く黄色い光を伸ばす。剣に集まる光は輝きを増し、更に空高く伸びていった。
 すべての灯が今ここに宿る。
 剣から放たれる光が暗く染まる空を貫いた時、それは同時に氷の魔女の神域魔法の終わりを合図する。
 アデリーナとアリーチェは心を一つに叫んだ。
 今までずっと共にいた。人生を過ごした。数々の困難を一緒に乗り越え続けた相棒。
 その剣の名は。この技の名は。
「「アビゲイル‼」」
 2人の叫び声と同時に振り下ろされる光の断罪が空を裂き氷の魔女を襲う。全てを包み込み浄化させるその一撃は天上天下ただ一つ。
 すべてを悟っていた氷の魔女に戸惑いも悲しみもなく、事実を受け入れるように平凡な顔をしていた。

 その時。
 結末を告げる轟音の中、聞き覚えのある中世的な叫び声が響く。
「はあああああああああああああああ」
 突如、咆哮と同時に飛び出してきた一人の青騎士が、途方もない魔力の塊を受け止めた。しかし、白い烈火の如き炎の塊が一瞬にして、青騎士の鎧と兜を消し飛ばしその美貌をあらわにする。
 ブルーが最後の力を振り絞り氷の魔女をかばいに来たのだ。しかし、力尽きかけていたブルーには荷が重すぎた。炎の魔女の命のかかった魔力を受け止めることなどできるはずがない。只の犬死に終わる。
 ……のはずなのに、ブルーはまだ咆哮を上げ攻撃を受け止めていた。とっくに限界を迎えているはずなのにその場で踏ん張り続けている。
 『誓約』がブルーの体を動かしていた。しかし、ブルー自身そんなものはどうでも良かった。この約600年の女王陛下との思い出がブルーに何倍もの力を与えてくれた。今ここで倒れてはいけない。女王陛下はたった一人孤独で生きてきた。それを知っている。周りが敵だらけだったことを知っている。心のつらさ、寂しさを知っている。だから最後までブルーは女王陛下ただ一人の騎士として命を懸けて守らなければいけない。
 ヴィットリアが見せた最後のあの輝きのように、ブルーも最後の命を輝かせる。
「ブル——‼」
 氷の魔女の叫び声が響いたと同時にブルーが体の中に烈火の如き白い火焔を全てのみ込んだ。
 飛び出した氷の魔女はブルーの両肩に手を置き、もう一度大きな声で名前を叫んだ。
「ブル—‼」
 すべての命を焼き尽くす炎を飲み込んだブルーの体が白くなっていく。一切の治癒魔法も聞かない、一撃必殺の最大の技。
 それをたった一人の騎士が受けきった。その功績はまさに最強の名にふさわしかった。
「女王陛下……大丈夫ですか?」
 力なく答えるブルーの体は灰のように白くなあり足先から散り始めていた。
「なにをいっているのですか!……どうして!」
 涙を必死にこらえながらブルーに訴えかける氷の魔女。
「最後の最後まで、女王陛下のお役に立つことができ幸いです」
 ブル―はそう言うと静かに涙をこぼした。
「どうして……シルビアでいいっていつも言ってるじゃない。何でこうなるの、何度繰り返されるの」
 シルビアの嘆きにブル―が手を伸ばし顔を近づけようとする。もうほとんど声が出ないブル―が最後に何かを伝えたいのかと思い、シルビアは必死に涙を堪え顔を近づける。
 すると、シルビア様の口元にブル―の小さな口がかすかに触れた。
 戸惑うシルビアにブル―は満面の笑みを浮かべ最後の言葉を残す。
「——シルビア様。……お慕いしておりました」
 その言葉と同時にブルーの体は、涙は塵となって消えた。
「どうして……最後に」
 とめどない涙を流しながら、亡きブルーに向け言葉をかける。一度も呼ばれなかった本当の名を最後の最後で口にした。口にしてくれたブルーに涙が止まらない。
 しかし、今のシルビアに悲しむ時間はない。命をとしてくれたこの宿願を叶えるために、今一度涙を振り払い覚悟を決める。
 日が隠れ暗く染まるこの世界が一瞬で凍り付くほどの冷気が氷の魔女から放たれる。
「この瞬間から私はこの世界に最強の魔女として君臨し、この世界のすべてを支配する。私にかかる魔力『誓約』。世界の理を破棄した。今、力の差を思い知るがいい」
 乱雑に溢れ出る魔力が、神域魔法で無限の魔力量を手にしたことを伝える。
「……アデリーナ、貴女が最下邸でした魔力利用させてもらう」
 神域魔法と同等の魔法陣がもう一度薄暗いこの世界を照らす。光が止んだと同時に、町中から甲高い奇声が響き渡った。いくつもの奇声にアデリーナの目が住宅街へ向く。
 街の中にいる青騎士たちが次々に膨れ上がり、2倍から3倍へと体は膨れ上がり巨人と化す。どす黒い皮膚で覆われた巨人の頭には2本の黒く短い角が生えていた。
 彼らの手から溢れ出す氷と雷が、ドラゴンを襲い瞬く間に空を飛ぶ。そして、何とか生き延びていたサラとミヤを襲っているのが見える。
 それは見間違えるはずもなく『魔亜人』の誕生だった。
「今、再び『終焉の審判』が開かれた」
 その宣言通り、神話の中で語られた『終焉の審判』が現実のものとなった。
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登場人物紹介

アデリーナ (主人公)

魔女の眷属として召喚された騎士 誇り高く凛々しく正義感が強い

ブル―のことが好き

ブルー・デ・メルロ

魔女の眷属といて召喚された騎士 感情の起伏が薄く口数が少ない

アデリーナを気にかけている

シルビア・デ・メルロ

氷の魔女 ラベンダーノヨテ聖域国の女王

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