第17話 グラン
文字数 5,328文字
意識を取り戻したアデリーナの視界に映るのは赤い鎧の背中。
誰かに肩に担がれ運ばれていたアデリーナは必死に抜け出そうとするが痛みで体がまともに動かない。
「暴れないで、私です!サラです!」
サラの声だとすぐに分かったが抵抗を辞める理由にはならない。
「放してください!先生を助けなければ」
叫び声とともに必死に藻掻くが、その腕の中からは抜け出すことができない。視界の先に映る城がどんどん離れて行く。
「これはヴィットリア先生からの最後の命令です」
「だからと言って繰り返すつもりですか!」
無理やりに体を動かし、サラの腕から逃れたアデリーナはそのまま落下する。
地面から必死に立ち上がろうとするもブルーに着けられた傷跡が痛み立ち上がることができない。
アデリーナの前に立つと、サラはたっぷりと間を取ってからは静かに語り始めた。
「今から言う事をしっかり聞いてください。暁の騎士団の秘密を」
サラは暁の騎士団の秘密を語りだした。アデリーナには想像もできない壮大な話に何も言えずに、気が付けば口を閉じ黙って聞いていた。サラの口から言われ真実は到底信じられるものではなかったが、先生の発言や態度が、それは事実であると肯定しくる。
サラ話の終わりと同時に城の方から夜空を裂くように赤い光の柱が上った。
「あれは、炎の魔女?」
アデリーナの言葉をサラが否定する。
「そんなはずありません。もしアリーチェ様でしたらあんなに魔力が不安定なはずありません。……そうなると。恐らくヴィットリア先生、です」
「先生は炎の魔女の眷属の騎士ではありませんか、どうして先生が魔女になれるのですか!」
「それも恐らく、先ほど言った事実と関係しているのだと思います。体の限界を迎えたヴィットリア先生の最後の炎が奇跡を起こした、のだと思います」
「これが炎の魔女の力」
ヴィットリアは自分の手を見つめ体に流れる魔力の感覚を確認する。そして、胸の中で燃える灯を感じ取った。
「これが最後になるのね。日の出まで、と言ったところかしら」
宙に浮くヴィットリアは城の窓に移動し、子供たちの中から息子のリノを魔法で抱き寄せ、イヴァンの元に連れて行く。
「ママ?」
ヴィットリアがイヴァンにリノを預ける。寂しそうな声で手を伸ばし名前を呼んだ。小さなリノの手を優しく握るヴィットリアはもう何一つ想い出を思い出すことはできない。
「ちゃんとパパの言う事は聞くのよ。ごめんなさい一緒にいてあげられなくて」
「ううん。ママ、大丈夫、僕、強くなったから。泣かないから」
必死に口を閉じ泣くのを我慢しているリノの頭を優しくなでてからイヴァンに向き直る。そして何も言わずにイヴァンにキスをした。イヴァンも抵抗することはない。
一瞬の合間だったがヴィットリアにとっては充分な時間だった。
優しく微笑みかけ最後のお別れの言葉を口にする。
「ありがとう、行ってくるね」
「ああ、行ってらっしゃい」
イヴァンはためらいもなく涙を流しながら言葉を返す。これが家族としてかわした初めての挨拶だった。
「烈氷」
ヴィットリアの後ろからブルーの声が囁かれる。
ヴィットリアが振り返るとすでに目の前にいるブルーの剣が襲う。しかし、その剣が体に届くことはなかった。
手のひらから作り出された薄い透明な膜でその攻撃を防ぐ。
いったん後ろに離れ距離を取るブルーは矛先をまっすぐヴィットリアに向け唱える。
「グラスメリジューヌ、アークレイン」
ブルーの足元から無数に放たれる氷の蛇が波の様にヴィットリアに迫り、剣先から放たれた水が空間を裂き、一直線に襲う。
しかし、いずれの攻撃もヴィットリアの魔法障壁を打ち破ることは出来なかった。しかし、ブルーは諦めない。女王陛下を守る。それがブルーの役目。
青く輝く剣で突進してくるブルーにヴィットリアは両ての指先を左右に向ける。その間から放たれた黄色い光線がブルーの体を押しのけて行き、城壁にたたきつけた。体は埋め込まれすぐに動ける状態ではないものの、全身の鎧にひびがはいり一部が砕けるが、鎧の大部分は形を保っていた。
「流石、最強の騎士ね。いくら魔力操作が慣れてないと言っても今の攻撃で鎧を保っていられるなんて」
ブルーを守るようにヴィットリアの前に立ちはだかる氷の魔女は白い仮面の中から冷たい声で告げる。
「あなたが炎の魔女になるなんて予想もつかなかったけれど、所詮魔女になったばかりの雛鳥。魔法での戦い方も知らない貴方は私の相手ではない」
「ええ。でも私の希望は彼女に託してある。私の炎は紡がれていく、たとえあなたにも消されはしなわ!」
氷の魔女から溢れ出す魔力が落雷を鳴らし雨水の匂いが立ち込める。
右手を上から下へと無造作に動かす氷の魔女に嫌な予感がしたヴィットリアは両手で魔法職壁を作り攻撃に備える。
同時に魔法障壁を落雷が襲った。魔法障壁越しでも伝わる衝撃に両手がしびれる。ブルーの最強の技『烈氷』をものともしなかったはずなのに、この衝撃。直撃していたらどうなっていたかは考えたくもない。
しかしそれで終わりではなかった。続けて、自分の体の大きさを優に超える氷の塊が魔法障壁を襲う。打ち破られることはなかったが、いつまでもつかは時間の問題だ。
魔法障壁に触れ砕け散った氷の塊は霜となりヴィットリアの視界を隠す。すぐさま炎で霜を消すと氷の魔女の姿はどこにもなかった。
嫌な予感がしたヴィットリアはすぐに後方を見ると、氷の魔女が空を飛んでアデリーナ達を追いかけていた。
「そうはさせない!」
両掌で魔法の操作に専念する。氷の魔女の進行を阻止するように炎のカーテンを作り出し行く手を防ぐ。氷の魔女が振り返るとヴィットリアに向かって片手を伸ばす。それが魔法を発動するため動作だ。
ヴィットリアの足元から大量に生み出された水が体を包む。更に地面から伸びる巨大な氷の手がヴィットリアの体を包む水の塊ごと握り潰した。
炎のカーテンが消失したことを確認してから氷の魔女はアデリーナ達の後を追うために飛び出した。
無数の爆発が氷の手を砕き中からでてきたヴィットリアはすでに息が切れていた。
「まだ……まだ終わってないわよ!」
全身から溢れ出す炎に身を包み、流星となって氷の魔女へ飛んで行く。
氷の魔女がアデリーナ達を射程にとらえると氷の槍の雨を降らせる。ヴィットリアは彼女たちを守るように瓦礫にこびりつく砂を操り大きなドームを作り上げ、氷の槍は瓦礫を突き破るがアデリーナ達の元には届かなかった。
しかし、次に地面が盛り上がり出て来た木の根が彼女たちの行く手を塞いでいく。
ヴィットリアは流星の様に氷の魔女に体ごと体当たりし、二人は木の根に突っ込み大きな衝撃を町に響かせる。
「先生!」
「ヴィットリア先生!」
砂煙で何も見えない中、ヴィットリアは言葉を返す。
「私が時間を稼ぐからその間に転移魔法で!」
アデリーナ達の返事が聞こえる前に魔力のぶつかり合いが爆破となってその場に響く。同時にヴィットリアは木の根にたたきつけられていた。そんな彼女を空中にたたずむ女王が見下ろしていた。
体中から血を流しドレスはボロボロ。圧倒的な力の差を見せつけられていたヴィットリアは鋭い眼を向け立ち上がる。
その背中を見せつけられたアデリーナたちは先生の意思を次ぐために急いで走り出した。
彼女たちに向けられた冷たい目線を振り払うかのように無言で手を横に伸ばすヴィットリア。
「ここは通さないって?あなたに残されている時間はもうそんなにないのでしょ。あの家族と一緒にいてあげた方がいいんじゃない?」
その言葉にヴィットリアは無言を突き通しただひたすらに右手を横に伸ばす。
「……そう。そんなに早く死にたいのなら、先に殺してあげる」
氷の魔女がそう宣言すると津波の様に地面から大量の氷がヴィットリアを襲う。ヴィットリアは横に伸ばしていた手を引っ込め両手で生み出した炎の波で氷の波を受け止めた。
永遠の大地。
宮殿には『炎の暁』が集まり、傷の手当てをしていた。アリーチェ様の用意していた『約束の日』に向けて準備していた一度きりの転移魔法だったが、今回の突然の襲撃で使わざる負えなくなってしまった。
たくさんの負傷者や、ラベンダーノヨテ聖域国の情報共有で騒がしくなっている。
その中で、アリーチェは皆とまじりけが人の看病をしていた。そんなアリーチェの耳に次から次へと情報が舞い込んでくる。
そんな時だった。
アリーチェは手を止め他の者にけが人の手当てを任せると宮殿の外に飛び出した。
果ての海域の前で、遠くを見つめゆっくりと手を伸ばす。はるか遠くにあるラベンダーノヨテ聖域国でヴィットリアが最後の命を燃やし、魔女の領域に踏み込んだことを感じたからだった。届くはずも聞こえるはずもないヴィットリアに向けて手を伸ばし名前を呼んぶアリーチェ。
「ヴィットリア……そう、だからあの子は狙われていたのね」
アデリーナ達を助けるため、氷の魔女との激しい戦いをしていることが風で運ばれてくる魔力で感じることが出来た。
その時、ヴィットリアの魔力に共鳴するもう一つの魔力があることに気が付いた。
アリーチェは急いで空を駆け抜け、その魔力の元に降り立つ。そこは森の奥地にある祭壇。
ヴィットリアが置いて行った愛剣を奉納した場所だった。ヴィットリアが亡くなるその時に一緒に眠らせようと決めアリーチェは魔力で封印していた。
それだけじゃない。
終わりを迎えると思われた最後の戦いでヴィットリアは負けた。その戦いでヴィットリアは体の限界を迎えたと同時に愛剣に一筋のひびが入った。どんなに修復しようとしても消えることのないそのひびは次第に増えていき、ヴィットリアの不調もより深刻になっていった。
それはヴィットリアが『炎の暁』を抜けたときだった。
少しでも進行を遅らせようとした炎の魔女はヴィットリアの了承をもとに剣を祭壇にしまい封印した。それが結果としてヴィットリアの寿命を止められると期待したからだ。
「行きなさい」
アリーチェは右手を平を少し先の祭壇に伸ばし優しく語りかけた。その言葉に反応し魔法障壁の効力が弱まると、祭壇を突き破り勢いよく剣が飛び出した。
アリーチェのすぐ顔の横を飛んで行く剣は上空で方向を変えると赤い線を引いて一直線に飛んでく。
50メートルの間合いで空中で向かい合うシルビアとヴィットリア。
「もう限界?」
そんな乾いた声がヴィットリアの耳に届く。
繰り返される強力な魔法を何とか耐えていたがヴィットリアの体はとっくに限界を迎えていた。ヴィットリアのドレスはもうほとんどドレスとしての原型を保ってはおらずボロボロで額も体も傷だらけだった。
しかし、相変わらず空中で漂うヴィットリアは肩で息をしながらも片手を横に伸ばしていた。少しでも余裕がある時に魔力で愛剣を引き寄せている。炎の魔女になったおかげで、できる芸当だが最後はこれにかけるしかなかった。どんな苦しい時もピンチな時も、長い長い人生の中でいつもとなりにいた愛剣。最後の時は一緒に迎えるとヴィットリアは約束していた。
「何を企んでいるの」
瞬時に目の前まで来た氷の魔女がヴィットリアの耳元で囁いた。急いで魔法障壁を作るが、氷の魔女の手が魔法障壁に触れると雷の音を立ててヴィットリアを吹き飛ばす。
「先生!」
「ヴィットリア先生!」
瓦礫に埋もれるヴィットリアに二人の声が聞こえる。どうやらジュリオの酒場まで飛ばされてきたみたいだった。
瓦礫をどかしながら力なく立ち上がるヴィットリアはもう振り返らない。
「アデリーナ、この世界を頼んだわね」
片手を横に伸ばしながら上昇していくヴィットリアに氷の魔女が静かに宣言する。
「これで終わりです、眠りなさい」
氷の魔女が片手を上に上げると氷の大蛇が現れ、ヴィットリアを睨んだ。大蛇が大きな口を開けると歯に雷が走り、口の中心にできたプラズマがヴィットリアめがけて飛んで行く。
「来い!グラン‼」
ヴィットリアの叫び声に共鳴するように愛剣グランが彼女の手に止まり真っ赤に燃える剣がそのプラズマを打ち消した。
「剣で戦うつもり」
あざ笑う氷の魔女の言葉に続けて大蛇がヴィットリアに飛び掛かる。
ヴィットリアは大きく剣を構え、何の恥じらいもなく剣技を叫んだ。
「真轊‼」
一瞬で移動したヴィットリアの後ろで、時が止まったかのように動きを止めた氷の大蛇が爆散した。
氷の結晶が飛び散る中、風にたなびく真っ赤なドレスの上に赤と白を基調とした鎧が生成される。
「そうよ。魔女が剣を使っちゃダメかしら」
「いいでしょう。そのボロボロな剣で最後まで足掻きなさい」
氷の魔女を囲う様に空まで伸びている水の竜巻が五つも出来上がる。
ヴィットリアは優しく剣を撫でると穏やかな声で語りかけた。
「ええ。グラン、ありがとう。最後まで一緒に行きましょう」
ヴィットリアの言葉に答えるようにひびの入った裂け目からも溢れんばかり赤い光を放つ。それと同時に全ての赤騎士に教えた自身の得意技を叫ぶ。この技の生みの親として、あらん限りの声で叫んだ。
「火焔龍破‼」