第4話 200年

文字数 5,209文字

 ブルーは言い終えると同時に剣を地面に突き刺した。剣を中心に地面に氷が広がりそれに続けて鋭いとげが何本も地面から突き出ていく。
 氷のとげと炎の剣がぶつかり四方向で同時に爆発が起こる。ほぼゼロ距離で爆発を受けた赤騎士だが、元々爆破の魔法を持っている赤騎士にはダメージはほとんどない。
 ブルーを囲う様に爆発で起きた砂煙が赤騎士たちの視界を奪うが、4体のドラゴンが火焔ブレスを吐き出した。
 砂煙の中でブルーは左右に「ライア」を飛ばし、すぐに上空へ跳躍する。10本の氷の槍が左右にいた赤騎士の体に刺さり、そのまま後方へ吹き飛ばす。氷の刃は地面や壁に当たると周りに凍り付き2人の赤騎士の行動を奪った。
 上空に飛び出したと同時に襲ってきたブレスをブルーの刃がはぎりぎりで切り落とす。直撃は防げても爆発がブルーを襲い、鎧の一部が欠け始めた。
 しかし、そこで終わらない。ドラゴンのかぎ爪が横から飛んでくる。普通の斬撃よりも強力なその攻撃を剣で流しきるが、飛び去る直前で放たれたしっぽの打撃に反応しきれない。
 強烈な圧力がブルーを地面へと叩きつける。受け身を取る暇もなく重い攻撃が鎧を砕き体に直接響く。しかし、休んでいる暇などない。片手を空に向けながら急いで立ち上がるブルーは同時に魔法を発動する。レーザーの様に一直線に伸びる水「アークレイン」がブレスを吐こうとしていたドラゴンの喉を貫いた。
 ブルーそのまま正面から迫ってきている赤騎士の斬撃をぎりぎりで受け止め、後方にいる赤騎士に挟み撃ちにされないために一撃で弾き飛ばす——予定だったがそう上手いこと事は運ばない。まともに態勢を整えられなかったブルーに、炎に身をまとった赤騎士が一筋の光線の様に追突してくる。
「はあああああああああああああああああああ‼」
 咆哮を迸るサラと名乗った赤騎士の必殺の一撃を迎え撃ったブルーは鍔迫り合いになることもなく物凄いスピードでそのまま後ろへと押し込まれていった。
 衝撃波と熱風に耐えられなくなった鎧がまた砕ける。
「ミヤ!お願い!」
 目の前の赤騎士がそんな絶叫にも似た叫びを放つ。 
 ブルーは抜け出せない衝撃に耐えながら後方に目をやればもう一人の赤騎士が空高く剣を掲げ、炎の竜巻が空に伸びていた。
「ああ!やってやる!」
 威勢のいい声を返すミヤと呼ばれた赤騎士。
 この状況から抜け出せないブルーに回避するすべはなかった。正面から受けているこの攻撃に耐えられる可能性見えていないのに次の攻撃を同時に受けて耐えられるビジョンなど何も浮かばない。
 ここで終わりなのかもしれない。腕に入る力が少しずつ抜けていく。背中からは待ち構える赤騎士の勇ましい咆哮が聞こえる。
「うおおおおおおおお!火焔龍破‼」
 その時だった。
 幾度となく隣で聞いた、あの聞きなれた声が聞こえる。
「烈火!」
 ブルーが受け止めていた赤騎士が衝撃波で押し戻され、後方で待ち構えていた赤騎士を吹き飛ばした。
「遅れてごめんなさい」
 ブルーに背中を合わせ謝るアデリーナに小さな笑いを含んだ声で言いった。
「遅い」
 ブルーの言葉を深く受け止めたアデリーナにまた音飛びの様な雑音が響く。相変わらずアデリーナにしか聞こえない嫌な音が聞こえるが、それが炎の魔女の覇気が原因だと自分の中で完結させていた。
 しかし、それに気づいたのかブルーが心配しアデリーナの名前を呼ぶ。
「アデリーナ」
「大丈夫です、それよりももう時間が」
 お昼にも関わらず世界が薄暗くなっていくその様はまるで『終焉の審判』の訪れを予感させる。
「大丈夫。2人なら勝てる」
 ブルーの淡々とした喋りがアデリーナに力を与える。
「ええ!」
 アデリーナの返事と同時に地面が真っ赤に染まり薄暗い輝きを放ち始めた。それは炎の魔女の神域魔法の発動の開始を合図だった。
二人が同時に飛び出すと、その行く手を阻むように5体のドラゴンが炎のブレスを吐き出す。
「任せて」
 アデリーナの言葉にブルーはうなづく後ろに回る。波のように迫る灼熱の炎の海を前にアデリーナは一切臆さない。魔力を込めた渾身の一撃は火の海を真っ二つに分かつ。
 アデリーナの前に出たブルーはその間を駆け抜け、透き通る声で自身の持つ最強の技を呼ぶ。
「烈氷(レッヒョウ)」
正面に突き出した剣は青い光を放ち剣先から白い霧を出す、そして蒼き流星の様に加速していった。
 一瞬で凍り付いた5体のドラゴンが地面に落ちていき、炎の魔女を護衛していた三人のうちの一人の赤騎士を吹き飛ばす。
 残りの二人の赤騎士が炎の魔女を守るように高々と真っ赤に燃える剣を掲げ振り下ろす。剣先からちびだす炎の竜巻が二つ重なりさらに巨大になった炎がブルーを襲う。
「烈火!」
 惜しみなく最大火力で放たれるアデリーナの爆発が炎の竜巻を蹴散らすが、相殺することは出来ない。残った衝撃波がアデリーナの鎧を砕き兜を吹き飛ばす。
 アデリーナは一旦後ろに下がりブルーと肩を並べると同時に太陽か完全に隠れ大地が暗く染まる。地面に広がる巨大な魔法陣がぎらぎらと輝いていた。
 炎の魔女や2人の赤騎士から放たれる頭を刺すようなノイズにアデリーナは歯を食いしばりながら耐え、ブルーと一緒に飛び出した。目標は炎の魔女ただ一人。アデリーナとブルーは心の中で同時に叫んだ。この諸悪の根源を今断ち切る。例え自分の命を犠牲にしたとしても!
「烈氷!」
「烈火!」
 走り去ったブルーとアデリーナの後ろで、炎の魔女を氷の鋭い刃が襲い一瞬であたりを凍らせる。そして、その氷を包み込むように灼熱の炎が広がり大爆発を引き起した。
 すべてを出し切ったブルーが膝をつくと、隠れていた太陽が顔を覗かせる。一緒に空を見たアデリーナは兜をかぶったブルーに微笑みかけると、兜の中から微笑みを返してくれたようなそんな気がした。
「女王陛下。無事に成功した」
 ブルーの背後から迫る炎の魔女。
「危ない!」
 アデリーナはそう叫びブルーを突き飛ばすと、物凄い速度で迫りくる炎の魔女に頭を掴まれた。衝撃波がアデリーナの全身の鎧を一瞬にして弾け飛ばす。
 炎の魔女にものすごい速度で後ろへと飛ばされるアデリーナ。その体を強力な風圧が襲い一切身動きをとることができない。
 そして、少しして炎の魔女がアデリーナの頭を持ったまま空中で停止する。
 ノイズが頭を流れたと同時に全身に鳥肌が出るほどの魔力が体に注がれていくのを感じる。物凄い吐き気の次に体内が燃えるように熱くなる。たまらず胸を搔きむしるアデリーナは口を大きく開け炎を吐いた。鼻と口、耳そして目の隙間から炎を出して悶えながら体全身が炎に包まれる。
 豪華の如く燃え上がったアデリーナの体は灰となり足元から消えていった。


 気が付けばアデリーナは石畳の通路の上に立っていた。
 見覚えのある通路は第十二区の住宅街中央通り。周りの住民たちは何ともない平穏な生活多くっている。先ほどまで炎の魔女に襲われていたのは噓のように静か。
 アデリーナは身にまとった鎧を解除し、どういう状況か確認するためにラヴァンダ城に向かった。
 視界に映る町並みはいつも通りのどやかでどこにも戦いが起きていた痕跡は見当たらない。空も快晴でこの国を守るために城壁に作られた八本の塔も無傷で立っている、まるで『終焉の審判』など起きていないように。
 状況を少しでも理解するためにアデリーナは近くの情報掲示板に足を運ぶ。そこに書かれた一つの文字にアデリーナはい思わず後ずさった。
 『星歴659年』と書かれている記事、これが正しければアデリーナは魔法によって203年もの時を飛んだ事になる。そうなるならばアデリーナの目標は自然とあの未来を変えることになる。
 未来を変えるために自分には何ができるのか、そのことは直ぐには思いつかないが今できることをするんだ。アデリーナはブルーにそう教わった。
「まずはシルビア様の元に向かいましょう」
 自分に言い聞かせるアデリーナは速足でラヴァンダ城へ向かう。
 遠くにそびえる白と青で彩られた綺麗な城がアデリーナの目に入り込み上げてくるものがあった。この城が未来では壊されこの町がめちゃくちゃに壊される。
 自分に何ができるのかもわからない。アデリーナが過去に飛ばされたという状況をシルビア様は理解しているのか、未来に起こりうることを信じてくださるかも分からない。
 それでもアデリーナのやることはただ一つだった。
 『炎の暁』からこの穏やかで平穏な暮らしを守ること。そして、死んでいなかった諸悪の根源である炎の魔女を倒すこと。
 大通りを速足で横切るアデリーナ、監視カメラがその背中を追いかける。そして、もう一つ監視カメラの死角、路地裏からこっそりとアデリーナを追いかける一つの影があった。
 暫く道なりに進むとすぐにラベンダーノヨテ聖域国の中央に建つ立派なラヴァンダ城の姿がすぐ目の前にある。先ほどまで跡形もなく消え去っていた住み親しんだ城が今、目の前で立派に建っていることに少なからず込み上げてくるものがあった。
 すると丁度正門から女王陛下がいつもの仮面をつけ姿を現した。
 アデリーナはすぐに鎧を身に纏い敬礼をするとまっすぐにこちらに来た。
「ブルー。その装備はどうしたの」
 シルビア様の予想外の間違いに戸惑いながらアデリーナ。
「いえ、女王陛下。私はブルーではなくアデリーナです」
 その言葉と同時にジルビアの魔法が慌ただしく揺らめき地面から鋭い氷の刃が飛び出した。咄嗟に後ろに飛ぶアデリーナは兜を外しシルビア様に訴えかけた。
「違います!シルビア様どうしたのですか!私はアデリーナです!」
 先ほどまでは少し動揺していた女王陛下だったが、現在アデリーナに向けられているものは明らかに殺意だった。身が凍り付くほどの恐怖を肌で感じる。
「どこでその名を」
 その言葉に続けて女王陛下が地面強く踏み込むと、太さだけで数十メートルもありそうな氷の蛇が伸びてくる。とても受け止めることもことのできない攻撃にアデリーナはぎりぎりで身をひるがえし回避した。
 アデリーナのいた地面は氷の大蛇の口に埋もれている。もし回避が送れていたら一撃で死んでいた。だが攻撃はこれで終わりではなかった。住んでいる住民、建物関係なく大蛇の頭からもう一つの頭が生まれアデリーナに向かって伸びていく。
 空中にいたアデリーナに足場はなくどこへも回避できない。
まただ。……また死ぬ。
そう直感した、その時だった。
 赤いマントに身を包んだ黒仮面がアデリーナの体を突き飛ばし、かばう様にその氷の大蛇を受け止める。
 なぜ、『炎の暁』が自分をかばったのか困惑していると、氷の大蛇が内側から破裂していく。その先に見える女王陛下が頭を押さえ地面に倒れ込んでいた。
 見たことないシルビア様の姿に戸惑っていると、黒仮面が尻餅をついているアデリーナを見つめていった。
「早く!逃げるわよ!」
 状況が理解できていないアデリーナに対し黒仮面は体を抱きかかえその場から飛び去って行く。
「えええええ」
 人生で初めて出したかも知れない情けない声を上げながらアデリーナはお姫様抱っこで運ばれていった。

黒仮面の彼女が細い路地の奥でアデリーナを下ろすと同時に左右の監視カメラを一目見て視線を戻す。一瞬で監視カメラが弾け飛んだ。
 そのゼロモーションで発動された爆発魔法に嫌な記憶が蘇るが仮面の彼女はアデリーナに対し警戒心を完全に解いていた。一瞬で彼女の手元に出来る赤いフードにアデリーナは鞘に手をかける。
「早くこれを着て」
 そう言って渡された赤いフードのついたマントを仕方なく羽織った。命の恩人であることには変わらない、それにいまは敵とみなされ追いかけられている所だった。
「付いてきて」
 言われるがまま細い路地を複雑に進み、しばらくするとある人気のない酒屋の前に着いた。
 その扉を開け、手招きする彼女は店の中に向かってかわいらしい明るい声を張り上げる。
「ただいま」
 仮面の彼女が片手を上げ、カウンターで食器を洗う若い男性に挨拶する。兜越しに見える彼の顔は20代ぐらいに見えた。
「アリスさん、もう戻られたんですね。さっき大きな音が聞こえたのでびっくりしましたよ、でそちらの方は?」
 訝し気な目線を向ける彼にアデリーナの隣に立つ仮面の彼女は慌てて説明した。
「ああ、そうだった。あのお兄さんはこの居酒屋の店主のジュリオさん」
 彼女の言葉を聞いてアデリーナはジュリオさん一礼する。次に彼女がアデリーナを見つめると言葉に詰まった。
「で、こちらの……いけない。私貴女の名前を聞いてなかった」
 ジュリオと同様にあきれながら彼女に顔を向けたアデリーナは固まった。いつの間にか仮面を取っていた彼女の顔が自分を殺した炎の魔女と一緒だったのだ。
 アデリーナは鞘から剣を抜き後ろに飛んで距離をとる。
「炎の魔女!」
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登場人物紹介

アデリーナ (主人公)

魔女の眷属として召喚された騎士 誇り高く凛々しく正義感が強い

ブル―のことが好き

ブルー・デ・メルロ

魔女の眷属といて召喚された騎士 感情の起伏が薄く口数が少ない

アデリーナを気にかけている

シルビア・デ・メルロ

氷の魔女 ラベンダーノヨテ聖域国の女王

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