第3話 ブルー・デ・メルロ
文字数 5,318文字
炎の魔女の横にいた二匹のドラゴンが炎の魔女の宣告ののちアデリーナとブルーに向かって飛び出した。
ブルーが隣にいるアデリーナにアイコンタクトを取るが反応がない。
アデリーナは小鹿のように足を震わせ立っているのがやっとだった。
「アデリーナ!」
ブルーの声は恐怖に浸食されたアデリーナには届かない。
その間にも迫ってきている二匹のドラゴンに向き直るブルー。剣を構え迎え撃とうとした時、背後から威勢のいいかけがえが響く。
「我ら女王陛下のかごがあらんことを‼」
突然の叫び声と同時に4人の大盾を持った騎士たちがブルーとアデリーナの前に飛び出し、二人を守るように大盾をお構えた。二体のドラゴンの灼熱とそれに続く斬撃を四枚の大盾が防ぎきり、続けて後方から放たれた無数の槍がドラゴンの羽を傷つけ流血させる。
「騎士団長、ここは我々にお任せください。先ほどの魔女は北へと飛んで行きました。残念ながら我々には足止めすることすらかないません」
気が付けばすぐ上にいた炎の魔女は北の空へ飛び去っていた。
「分かった。一体のドラゴンには最低5人、暁の騎士には最低20人以上、騎士には勝としたら駄目」
「はい!ご武運を」
4人の大盾を持った『蒼軍』と16人の衛兵がブルーに敬礼する。
静かにうなずくとブルーは震えるアデリーナを抱えその場を後にした。
戦場から少し離れた人気のない場所でアデリーナを下ろし地面に座らせると同時に、アデリーナの兜が消滅した。
精神があまりにも不安定で鎧の維持すらままならない。目はうつろで小刻みに身を震わせている今のアデリーナはとても戦える状況ではなかった。
ブルーもここまで衰弱したアデリーナを見るのは初めてだった。そんなアデリーナの手を優しく握るといつもの中世的で柔らかい声で耳元に囁く。
「大丈夫、任せて。全て終わったらお茶でも……飲みましょう」
ブルーは虚ろな目をしたアデリーナに背を向けると小さな声を漏らした。
「ごめんなさい」
その言葉と同時に地面を蹴り飛ばすブルーはその場からあっという間に消えた。
意識も朦朧としているアデリーナの手元にはブルーが普段から身に放さず大切に持っていた水色の宝石のネックレスが置かれていた。
はるか遠くを飛んでいる炎の魔女を目指していると女王陛下から頭に直接連絡が届く。
「状況は把握してるわ。『炎の暁』からの攻撃は魔法障壁が守ってくれるから神域魔法に何ら問題はない。しかし、炎の魔女の攻撃は……。もちろん突破されるつまりはないけど、可能性は捨てきれない。だから注意を逸らすだけでも大丈夫、魔法発動までの時間を稼いで。無理はしないでって言っても、ブルー。あなたは無理するわよね」
「はい。私の命は女王陛下のためにある。そのためなら命は捨てる」
「私に似たわね。それと何度も言うけど、シルビアでいいのよ」
「いいえ。女王陛下に守る騎士。今のままで呼ばせていただく」
「わかったわ。それ……」
突然、女王陛下の通信が途絶えた。それと同時に目の前にあった立派な城が強い光に包まれる。
ドオオオン‼
耳を裂くような轟音と爆風が響きわたり、向かっている先にある高さと横幅が100メートルを超えるラヴァンダ城がたったの一撃で跡形も消し飛んだのだ。
それは言うまでもない。炎の魔女の一撃だった。
「女王陛下!」
急いで女王陛下の元に向かうが、空を舞うドラゴンがブルーに狙いを定め飛来する。大きなドラゴンの爪を剣でさばきながら城に向かって駆けて行く。
行く手を防ぐように三体のドラゴンがブルーを出迎えるが、駆ける足が止まることはない。一瞬で一体の翼を切り落とし、もう一体の足を切り落とし、もう一体の首を切り落とした。流れるようにさばき続けるブルーが足を緩めることはない。
視界の先で炎の魔女の攻撃が何度も瓦礫の山となったラヴァンダ城を襲っているのが見えた。そこに女王陛下がいる事は間違いない。
無き城を簡単に包み込むほどの大きさで炎の竜巻が500メートルも空を飲み込むが、女王陛下の作った魔法障壁が破られることはなかった。
しかし、国一つを一瞬で滅ぼせてしまうほどの規模の炎の魔女の攻撃を何度も耐えられるとは到底思えない。
更に二体のドラゴンを仕留めたブルーは一旦立ち止まり息を整える。この先、赤騎士たち、そして炎の魔女との戦闘を考えると魔法は温存しておかなければならない。
「グゥオオオ」
背後から聞こえるドラゴンの鳴き声に向き直り真っ直ぐと剣を向けえる。続けて飛んでくる三体のドラゴンをブルーは次々に向かい打った。
すでに20体近くのドラゴンを倒したが数が減ったような気がしない。上空を羽ばたく三体のドラゴンが一斉に炎のブレスを吐き出す。大きく跳躍し攻撃をかわすブルーだったがその隙を狙っていたもう一体のドラゴンが体にかぶりついた。
魔法の鎧が鋭い牙から体を守ってくれているが、顎にかけられる圧力と喉から放たれる炎がブルーを襲う。
ブルーはドラゴンの喉に右腕を伸ばすが、その腕を百熱の炎が襲う。その暑さになえながら魔法を唱える。
「アークレイン」
右手から放たれる一筋の水線が炎を一瞬で押しのけ、そのままドラゴンの胴体を貫いた。力尽きたドラゴンはブルーを加えながらそのまま自由落下を始める。不安定な空中で重い牙の中から抜け出そうとしてした時に見えた上空に目を奪われた。
まだ太陽は半分しか隠れていない。
それだけでは終わらない。遥か彼方の上空に現れる隕石。直径100メートルは超えそうな隕石が物凄いスピードで女王陛下に向かって落ちていくのが見えた。
そして、女王陛下の魔法障壁に容赦なくぶつかる。激しい拒絶反応の後、落ちていたブルーとドラゴンを吹き飛ばすほどの爆風が襲い、遅れて爆音が届いた。
衝撃波のおかげで体が自由になったブルーは屋根の上に着地し、目の前の結末に目を向ける。
「女王陛下」
もくもくと上がる黒い煙を見つめながらブルーは静かに名前を呼んだ。
暫くして煙が晴れると、魔法障壁が消えていないのが見える。こんな規格外な魔法を連発する炎の魔女も、その攻撃を何度も防ぐ女王陛下も改めてメリア神話につながる魔女の強さに息をのむ。
炎の魔女が魔法障壁に近付くと手のひらをその障壁に当てる。何をするつもりか分からないが、ブルーはすかさず魔法を放つ。
「ライア」
5つの氷の槍が炎の魔女めがけて一直線に飛んで行く。炎の魔女がその氷の槍を一瞬だけ目を合わせ直ぐに視線を逸らす。その瞬間、槍の中心が爆発し砕け散った。
炎の魔女はそのまま何もせずに女王陛下に背を向けて離れていった。それに続けてドラゴンたちも亡き城から引いていく。
危機は去った?そんなはずがない。
そう思ったのもつかの間、赤い鎧を身にまとった一人の騎士がまっすぐブルーに向かって歩いてくる。
目の前で止まった赤騎士は静かに鞘から剣を抜くと矛先をまっすぐブルーへと向ける。
「こうして剣を交えるのは8年ぶりですね」
ブルーは静かに剣を構えた。
「……そうですか。まだ名乗らないのですね、青騎士。いいでしょう、この324年間幾度となく貴女と戦ってきました。今日こそ、あなたに勝ってみせます!我が名はサラ・ディ・レオーネ!炎の魔女の眷属にして、炎の遺志を継ぐもの!」
兜の中から聞こえる凛々しくたくましい声にブルーは静かに返す。
「来い、赤騎士」
その刹那二つの剣が火花を散らす。
互いの斬撃が鎧をかすめ、また一つまた一つと傷を増やしていく。だがやはりブルーの方が優勢だった。
少しずつ後ろへ通されていく赤騎士に青騎士はさらに追い打ちをかける。洗練された攻撃が赤騎士に反撃の隙を与えない。
「くっ……強い」
赤騎士が言葉を漏らすと頭上からも一体のドラゴンが炎のブレスを吐く。
咄嗟に後ろに飛んだブルーは何とか無傷で済んだ。が、上空を見ればたくさんのドラゴンが待機し、ブルーの隙を狙っていた。
放たれるいくつもの炎のブレスから、その炎を剣に乗せ赤騎士が迫ってくる。
上に剣を振り上げ水の傘を作ると同時に手のひらを伸ばし魔法をドラゴンに向かい放つ。
「グラスメリジューヌ」
その言葉と同時に無数の氷の蛇がそれぞれのドラゴンへと飛んで行く。更に流れるように剣を横に振り、赤騎士の斬撃を受け止める。
「……ッ!」
多数に無勢をもろともしない圧倒的な強さのブルーに言葉すら出ない。しかし、ブルーにも気になることがあった、それは明らかにとりに来ていない。どちらかというと時間稼ぎのような……。
そこで赤騎士のはるか後方で巨大な魔法を発動しようとしている炎の魔女の姿が見えた。何か準備をしている炎の魔女に自分が時間稼ぎをされていることはすぐに気が付いた。
目の前にいる赤騎士を氷で吹き飛ばすと、ブルーは炎の魔女めがけて走り出した。しかし、そう易々と通らせて貰えるはずもなくドラゴンが飛び掛かってくる。
一体また一体と足止めを食らいそのたびに赤騎士が追い付いてくる。太陽を見ればもう四分の三が隠れていた。
その隙を見逃すはずもなく赤騎士の素早い斬撃が襲い後ろへと戻される。すかさづ追撃してくる赤騎士の横切りをブルーははじき返すが、背後を新しく現れたもう一人の赤騎士が襲う。
「青騎士、あなたの強さは認めましょう、しかし、今のあなたに背中を守ってくれる騎士はいませんよ」
ブルーが鎧を修復すると同時に四体のドラゴンが姿を現し、四人の赤騎士に囲まれる。
繰りだされる炎の騎士の斬撃を避けようと空を飛ぶブルーをドラゴンのブレスが襲う。水の膜を張り身を守るブルーが着地すると同時に火焔をまとった剣撃が襲う。ギリギリで受けとめるがその背後を別の騎士が襲った。
暁の騎士団は勝負を付けに来たのか、今まで抑えていた魔法を剣に乗せ着実にブルーの背後を着いてくる。
ブルーもここまでの連戦でだいぶ魔力を消耗していた。今まで背中を守ってくれていたアデリーナの存在がいかに大きかったのか身にしみて感じる。
そんな思いが小さく口から漏れた。
「アデリーナ」
「……リーナ……アデリーナ」
聞き覚えのある声に意識を向けるとそこには何もない真っ暗空間が広がっていた。
「どこ」
アデリーナの心の声が口からこぼれると後ろから聞き覚えのある声がする。
「ここはあなたの精神の中です、アデリーナ」
「シルビア様!」
すぐに振り返り目の前にいるシルビア様に敬礼をするアデリーナ。
そんなアデリーナにシルビア様は優しく語りかける。
「私は今、神域魔法の術式を整え、炎の魔女の攻撃に耐えながら貴方に語り掛けている。アデリーナ、炎の魔女が怖いですか?」
アデリーナは言葉に詰まる。図星だったからだ。今まで自分よりも強い相手とアデリーナは戦ったことがなかった。だから負ければ死ぬということを意識したことがなかった。初めて死ぬかもせれない恐怖をアデリーナは感じていた。
「……はい」
力なく俯くアデリーナにシルビアは続ける。
「残念ながら今の私に炎の魔女の覇気を払拭させる魔法を発動する余裕はない」
「シルビア様……なぜ私は炎の魔法を使えるのですか?この私の炎は」
アデリーナの言葉を遮るようにシルビアは言った。
「アデリーナ。ごめんなさい、貴方にこんな役目を背おわせてしまって。ただこれだけは信じてください。その力はあなた自身の物。他の誰のものでもない。私たちに出来ないことがアデリーナにはできる。その魔法のように。自分を信じて、心の底に眠るその炎のように。自分の信じた道を赤く照らしなさい」
その言葉と同時に胸の内から溢れんばかりの炎を感じる。その炎は一瞬で精神世界を燃やし尽くした。
目を覚ましたアデリーナは右手に握られているブルーの大切なネックレスを首に着けてから体に魔法の鎧を作り出す。
「ごめん、ブルー。今行くよ」
「そろそろ限界が来たのではないですか」
肩で息をするサラと名乗った赤騎士がブルーに問いかけた。ブルーは一貫して相手への警戒を緩めず、代わりに殺意を返す。
「そうですね、今思えば私達は貴方と幾度となく剣を交えて来ましたが、一度も対話をしたことがありませんでした。立場の違い上、仕方のないことなのかもしれません。ですが、それもこれで終わりにします。私ひとりではあなたに勝てない、ですが私たちには仲間がいる。ミヤにレイン、ジゼル。彼女たちが私に何度も立ち上がる勇気をくれた。私も貴方と同様に守られねばいけない人がいるのです。これで終わりにしましょう」
言葉の終わりが攻撃の宣告へと変わる。取り囲む4人の赤騎士の剣が真っ赤に輝き鎧もろとも燃やし尽くすと伝えている。一撃でも直撃すれば致命傷になるのは明らかだった。
しかし、ブルーは変にどこか冷静だった。
それは何度も戦った赤騎士に騎士としての敬意があり、最後にしてやっと生涯の好敵手だと自分の中で認められたからかもしれない。だからこそ、諦めるわけにはいかなかった。赤騎士が言ったようにブルーにも女王陛下を守らねばいけないという使命があるのだから。
「我が名はブルー・デ・メルロ。氷の魔女の眷属にして、この国最強の騎士」
ブルーが隣にいるアデリーナにアイコンタクトを取るが反応がない。
アデリーナは小鹿のように足を震わせ立っているのがやっとだった。
「アデリーナ!」
ブルーの声は恐怖に浸食されたアデリーナには届かない。
その間にも迫ってきている二匹のドラゴンに向き直るブルー。剣を構え迎え撃とうとした時、背後から威勢のいいかけがえが響く。
「我ら女王陛下のかごがあらんことを‼」
突然の叫び声と同時に4人の大盾を持った騎士たちがブルーとアデリーナの前に飛び出し、二人を守るように大盾をお構えた。二体のドラゴンの灼熱とそれに続く斬撃を四枚の大盾が防ぎきり、続けて後方から放たれた無数の槍がドラゴンの羽を傷つけ流血させる。
「騎士団長、ここは我々にお任せください。先ほどの魔女は北へと飛んで行きました。残念ながら我々には足止めすることすらかないません」
気が付けばすぐ上にいた炎の魔女は北の空へ飛び去っていた。
「分かった。一体のドラゴンには最低5人、暁の騎士には最低20人以上、騎士には勝としたら駄目」
「はい!ご武運を」
4人の大盾を持った『蒼軍』と16人の衛兵がブルーに敬礼する。
静かにうなずくとブルーは震えるアデリーナを抱えその場を後にした。
戦場から少し離れた人気のない場所でアデリーナを下ろし地面に座らせると同時に、アデリーナの兜が消滅した。
精神があまりにも不安定で鎧の維持すらままならない。目はうつろで小刻みに身を震わせている今のアデリーナはとても戦える状況ではなかった。
ブルーもここまで衰弱したアデリーナを見るのは初めてだった。そんなアデリーナの手を優しく握るといつもの中世的で柔らかい声で耳元に囁く。
「大丈夫、任せて。全て終わったらお茶でも……飲みましょう」
ブルーは虚ろな目をしたアデリーナに背を向けると小さな声を漏らした。
「ごめんなさい」
その言葉と同時に地面を蹴り飛ばすブルーはその場からあっという間に消えた。
意識も朦朧としているアデリーナの手元にはブルーが普段から身に放さず大切に持っていた水色の宝石のネックレスが置かれていた。
はるか遠くを飛んでいる炎の魔女を目指していると女王陛下から頭に直接連絡が届く。
「状況は把握してるわ。『炎の暁』からの攻撃は魔法障壁が守ってくれるから神域魔法に何ら問題はない。しかし、炎の魔女の攻撃は……。もちろん突破されるつまりはないけど、可能性は捨てきれない。だから注意を逸らすだけでも大丈夫、魔法発動までの時間を稼いで。無理はしないでって言っても、ブルー。あなたは無理するわよね」
「はい。私の命は女王陛下のためにある。そのためなら命は捨てる」
「私に似たわね。それと何度も言うけど、シルビアでいいのよ」
「いいえ。女王陛下に守る騎士。今のままで呼ばせていただく」
「わかったわ。それ……」
突然、女王陛下の通信が途絶えた。それと同時に目の前にあった立派な城が強い光に包まれる。
ドオオオン‼
耳を裂くような轟音と爆風が響きわたり、向かっている先にある高さと横幅が100メートルを超えるラヴァンダ城がたったの一撃で跡形も消し飛んだのだ。
それは言うまでもない。炎の魔女の一撃だった。
「女王陛下!」
急いで女王陛下の元に向かうが、空を舞うドラゴンがブルーに狙いを定め飛来する。大きなドラゴンの爪を剣でさばきながら城に向かって駆けて行く。
行く手を防ぐように三体のドラゴンがブルーを出迎えるが、駆ける足が止まることはない。一瞬で一体の翼を切り落とし、もう一体の足を切り落とし、もう一体の首を切り落とした。流れるようにさばき続けるブルーが足を緩めることはない。
視界の先で炎の魔女の攻撃が何度も瓦礫の山となったラヴァンダ城を襲っているのが見えた。そこに女王陛下がいる事は間違いない。
無き城を簡単に包み込むほどの大きさで炎の竜巻が500メートルも空を飲み込むが、女王陛下の作った魔法障壁が破られることはなかった。
しかし、国一つを一瞬で滅ぼせてしまうほどの規模の炎の魔女の攻撃を何度も耐えられるとは到底思えない。
更に二体のドラゴンを仕留めたブルーは一旦立ち止まり息を整える。この先、赤騎士たち、そして炎の魔女との戦闘を考えると魔法は温存しておかなければならない。
「グゥオオオ」
背後から聞こえるドラゴンの鳴き声に向き直り真っ直ぐと剣を向けえる。続けて飛んでくる三体のドラゴンをブルーは次々に向かい打った。
すでに20体近くのドラゴンを倒したが数が減ったような気がしない。上空を羽ばたく三体のドラゴンが一斉に炎のブレスを吐き出す。大きく跳躍し攻撃をかわすブルーだったがその隙を狙っていたもう一体のドラゴンが体にかぶりついた。
魔法の鎧が鋭い牙から体を守ってくれているが、顎にかけられる圧力と喉から放たれる炎がブルーを襲う。
ブルーはドラゴンの喉に右腕を伸ばすが、その腕を百熱の炎が襲う。その暑さになえながら魔法を唱える。
「アークレイン」
右手から放たれる一筋の水線が炎を一瞬で押しのけ、そのままドラゴンの胴体を貫いた。力尽きたドラゴンはブルーを加えながらそのまま自由落下を始める。不安定な空中で重い牙の中から抜け出そうとしてした時に見えた上空に目を奪われた。
まだ太陽は半分しか隠れていない。
それだけでは終わらない。遥か彼方の上空に現れる隕石。直径100メートルは超えそうな隕石が物凄いスピードで女王陛下に向かって落ちていくのが見えた。
そして、女王陛下の魔法障壁に容赦なくぶつかる。激しい拒絶反応の後、落ちていたブルーとドラゴンを吹き飛ばすほどの爆風が襲い、遅れて爆音が届いた。
衝撃波のおかげで体が自由になったブルーは屋根の上に着地し、目の前の結末に目を向ける。
「女王陛下」
もくもくと上がる黒い煙を見つめながらブルーは静かに名前を呼んだ。
暫くして煙が晴れると、魔法障壁が消えていないのが見える。こんな規格外な魔法を連発する炎の魔女も、その攻撃を何度も防ぐ女王陛下も改めてメリア神話につながる魔女の強さに息をのむ。
炎の魔女が魔法障壁に近付くと手のひらをその障壁に当てる。何をするつもりか分からないが、ブルーはすかさず魔法を放つ。
「ライア」
5つの氷の槍が炎の魔女めがけて一直線に飛んで行く。炎の魔女がその氷の槍を一瞬だけ目を合わせ直ぐに視線を逸らす。その瞬間、槍の中心が爆発し砕け散った。
炎の魔女はそのまま何もせずに女王陛下に背を向けて離れていった。それに続けてドラゴンたちも亡き城から引いていく。
危機は去った?そんなはずがない。
そう思ったのもつかの間、赤い鎧を身にまとった一人の騎士がまっすぐブルーに向かって歩いてくる。
目の前で止まった赤騎士は静かに鞘から剣を抜くと矛先をまっすぐブルーへと向ける。
「こうして剣を交えるのは8年ぶりですね」
ブルーは静かに剣を構えた。
「……そうですか。まだ名乗らないのですね、青騎士。いいでしょう、この324年間幾度となく貴女と戦ってきました。今日こそ、あなたに勝ってみせます!我が名はサラ・ディ・レオーネ!炎の魔女の眷属にして、炎の遺志を継ぐもの!」
兜の中から聞こえる凛々しくたくましい声にブルーは静かに返す。
「来い、赤騎士」
その刹那二つの剣が火花を散らす。
互いの斬撃が鎧をかすめ、また一つまた一つと傷を増やしていく。だがやはりブルーの方が優勢だった。
少しずつ後ろへ通されていく赤騎士に青騎士はさらに追い打ちをかける。洗練された攻撃が赤騎士に反撃の隙を与えない。
「くっ……強い」
赤騎士が言葉を漏らすと頭上からも一体のドラゴンが炎のブレスを吐く。
咄嗟に後ろに飛んだブルーは何とか無傷で済んだ。が、上空を見ればたくさんのドラゴンが待機し、ブルーの隙を狙っていた。
放たれるいくつもの炎のブレスから、その炎を剣に乗せ赤騎士が迫ってくる。
上に剣を振り上げ水の傘を作ると同時に手のひらを伸ばし魔法をドラゴンに向かい放つ。
「グラスメリジューヌ」
その言葉と同時に無数の氷の蛇がそれぞれのドラゴンへと飛んで行く。更に流れるように剣を横に振り、赤騎士の斬撃を受け止める。
「……ッ!」
多数に無勢をもろともしない圧倒的な強さのブルーに言葉すら出ない。しかし、ブルーにも気になることがあった、それは明らかにとりに来ていない。どちらかというと時間稼ぎのような……。
そこで赤騎士のはるか後方で巨大な魔法を発動しようとしている炎の魔女の姿が見えた。何か準備をしている炎の魔女に自分が時間稼ぎをされていることはすぐに気が付いた。
目の前にいる赤騎士を氷で吹き飛ばすと、ブルーは炎の魔女めがけて走り出した。しかし、そう易々と通らせて貰えるはずもなくドラゴンが飛び掛かってくる。
一体また一体と足止めを食らいそのたびに赤騎士が追い付いてくる。太陽を見ればもう四分の三が隠れていた。
その隙を見逃すはずもなく赤騎士の素早い斬撃が襲い後ろへと戻される。すかさづ追撃してくる赤騎士の横切りをブルーははじき返すが、背後を新しく現れたもう一人の赤騎士が襲う。
「青騎士、あなたの強さは認めましょう、しかし、今のあなたに背中を守ってくれる騎士はいませんよ」
ブルーが鎧を修復すると同時に四体のドラゴンが姿を現し、四人の赤騎士に囲まれる。
繰りだされる炎の騎士の斬撃を避けようと空を飛ぶブルーをドラゴンのブレスが襲う。水の膜を張り身を守るブルーが着地すると同時に火焔をまとった剣撃が襲う。ギリギリで受けとめるがその背後を別の騎士が襲った。
暁の騎士団は勝負を付けに来たのか、今まで抑えていた魔法を剣に乗せ着実にブルーの背後を着いてくる。
ブルーもここまでの連戦でだいぶ魔力を消耗していた。今まで背中を守ってくれていたアデリーナの存在がいかに大きかったのか身にしみて感じる。
そんな思いが小さく口から漏れた。
「アデリーナ」
「……リーナ……アデリーナ」
聞き覚えのある声に意識を向けるとそこには何もない真っ暗空間が広がっていた。
「どこ」
アデリーナの心の声が口からこぼれると後ろから聞き覚えのある声がする。
「ここはあなたの精神の中です、アデリーナ」
「シルビア様!」
すぐに振り返り目の前にいるシルビア様に敬礼をするアデリーナ。
そんなアデリーナにシルビア様は優しく語りかける。
「私は今、神域魔法の術式を整え、炎の魔女の攻撃に耐えながら貴方に語り掛けている。アデリーナ、炎の魔女が怖いですか?」
アデリーナは言葉に詰まる。図星だったからだ。今まで自分よりも強い相手とアデリーナは戦ったことがなかった。だから負ければ死ぬということを意識したことがなかった。初めて死ぬかもせれない恐怖をアデリーナは感じていた。
「……はい」
力なく俯くアデリーナにシルビアは続ける。
「残念ながら今の私に炎の魔女の覇気を払拭させる魔法を発動する余裕はない」
「シルビア様……なぜ私は炎の魔法を使えるのですか?この私の炎は」
アデリーナの言葉を遮るようにシルビアは言った。
「アデリーナ。ごめんなさい、貴方にこんな役目を背おわせてしまって。ただこれだけは信じてください。その力はあなた自身の物。他の誰のものでもない。私たちに出来ないことがアデリーナにはできる。その魔法のように。自分を信じて、心の底に眠るその炎のように。自分の信じた道を赤く照らしなさい」
その言葉と同時に胸の内から溢れんばかりの炎を感じる。その炎は一瞬で精神世界を燃やし尽くした。
目を覚ましたアデリーナは右手に握られているブルーの大切なネックレスを首に着けてから体に魔法の鎧を作り出す。
「ごめん、ブルー。今行くよ」
「そろそろ限界が来たのではないですか」
肩で息をするサラと名乗った赤騎士がブルーに問いかけた。ブルーは一貫して相手への警戒を緩めず、代わりに殺意を返す。
「そうですね、今思えば私達は貴方と幾度となく剣を交えて来ましたが、一度も対話をしたことがありませんでした。立場の違い上、仕方のないことなのかもしれません。ですが、それもこれで終わりにします。私ひとりではあなたに勝てない、ですが私たちには仲間がいる。ミヤにレイン、ジゼル。彼女たちが私に何度も立ち上がる勇気をくれた。私も貴方と同様に守られねばいけない人がいるのです。これで終わりにしましょう」
言葉の終わりが攻撃の宣告へと変わる。取り囲む4人の赤騎士の剣が真っ赤に輝き鎧もろとも燃やし尽くすと伝えている。一撃でも直撃すれば致命傷になるのは明らかだった。
しかし、ブルーは変にどこか冷静だった。
それは何度も戦った赤騎士に騎士としての敬意があり、最後にしてやっと生涯の好敵手だと自分の中で認められたからかもしれない。だからこそ、諦めるわけにはいかなかった。赤騎士が言ったようにブルーにも女王陛下を守らねばいけないという使命があるのだから。
「我が名はブルー・デ・メルロ。氷の魔女の眷属にして、この国最強の騎士」