第23話 夜明けと共に
文字数 4,259文字
夜が明け、朝日が静かな暁の宮殿を照らす。
『約束の日』まで後、6日。
宮殿の自室で目を覚ましたアデリーナは窓から見える朝日を眺めながら思い耽っていた。ここに住み、ただ平穏に暮らす。そう言った選択肢もあるのかもしれない。
『約束の日』に氷の魔女が何をし、私達が安全に暮らせるのかどうかわからない。ただ、ここにも暁の騎士団とは関係なく普通に暮らしている人々がいる。実際、ここで生まれた子供の中には『炎の暁』に入らず平穏な生活を送り人生を全うするものもたくさんいる。
トントン
扉を軽くノックする音が聞こえる。考え込んでいたアデリーナは少し遅れて返事を返した。
「サラとミヤです」
驚きはなかった。アデリーナは優しい声を返す。
「はいって」
その言葉と同時に扉が開かれる。姿を現した2人の顔に普段の覇気はない。無理はなかった。
中央の丸いテーブルを3人で囲み、さっそくサラが本題の話を切り出す。
「結論から言いますが、私達は諦めたくありません。アリーチェ様を助けたい」
「ああ、あたしもそーだ。ただ黙って見捨てるなんてできるわけない」
「ええ……気持ちは分かる。でも、気持ちで何とかできる問題ではないから」
「それでも!」
珍しく食って掛かるサラをアデリーナは落ち着かせる。
「はっきり言って、ただの犬死」
一切躊躇わずに行ったその真実を聞いてもなお、サラとミヤは引き下がらなかった。しかし、『炎の暁』の長としてアデリーナにはその決断を了承するわけにはいかなかった。
――ヴィットリアさん。アリー。私にはどうすればいいかわかりません。2人に認められて長になったわけでもなく、皆に認められて長になったわけでもありません。
リーダーを失った『炎の暁』分断しないよう、失った絶望から逃れるように成り行きで長になった。それは自分の責任を果たす為なのかもしれない。
ただ一人アデリーナは悩み続けた。
時間だけが過ぎていき、あっという間に夜を迎える。
暁の宮殿の中庭にあるヴィットリアの祭壇の前で座るアデリーナは本音を漏らした。
「立場など気にしなくていいのなら私も助けに行きたい。結果は変わらなくとも行動に移したい。先生の様に……」
真夜中にもかかわらず、ぞろぞろと足音が聞こえる。アデリーナは立ち上がり音のする方に目を向ければ暁の騎士団が次々に祭壇に跪き黙とうをささげる。アデリーナとその祭壇を囲う様にたくさんの暁の騎士が頭を下げていた。
正面で頭を下げるサラとミヤが同時に立ち上がるとアデリーナの瞳を見つめる。
「サラ、ミヤ……」
「私たちの想いもアデリーナと一緒です」
「黙って大人しくしてるなんてできるわけないだろ」
サラに続きミヤが笑って答える。
「しかし、――分かっているのですか?私たちでは氷の魔女に勝てない。転移魔法も使えない私たちは自力であの海を越さなければいけない。あの海は氷の魔女の魔法が巨大な魔物が潜んでいます。私達に勝てる手段はありません。さら、何とかわたり切ったとしてもその先にある城壁をどう越えるというのですか。あの壁はアリーでも外側からは壊せないのは知っていますよね。更に氷の魔女に勝つ手段がどこにあるのですか!ただ死に行くだけです!」
「分かってる」
一歩前に出るミヤに続けてサラもまた一歩前に出て、アデリーナに真っ直ぐな瞳を向ける。
「ええ、分かっています。ここにいる103名の赤騎士全員がそれを望んでいます。ヴィットリアやアリーチェ様のように最後の死に様を後悔のないようにしたいのです」
サラの言葉に続き跪く赤騎士が立ち上がり真っ直ぐアデリーナを見つめた。
そんな中聞き慣れない声が暁の騎士団の後ろから聞こえる。
「おい!俺たちも忘れて貰っちゃ困るぜ。囮でも捨て駒に使ってもらっても構わねえ、ただ最後に一矢報いてやりたいんだ。同じ『暁の炎』としてな」
年の取った男の声に続きたくさんの賛同の声が聞こえる。「そうだそうだ」「行かせてください」
本来の長であれば、本当は止めなければならないのかもしれない。そんな思いを抱くアデリーナだったが、アデリーナの本心は皆と同じだった。
「……ふっ」
思わず鼻で笑ってしまうアデリーナ。その態度に皆が戸惑い一瞬にして静まり返った。
俯いていたアデリーナの顔を誰も目視できず静寂の中で不穏な空気が流れ始める。
しかし、その思いは良い意味で裏切られた。
覚悟を決めたアデリーナは鋭い目つきで笑みを浮かべながら宣言する。
それがアデリーナの本心。これが隠しもしない正真正銘の本心だった。
「私は果ての海域を超え、氷の魔女を打つ。ついてきたいものは私に続け!最後の最後まで魂を燃やせ『暁の炎』の名に懸けて!」
「「「おおおおお―――――――‼」」」
今一度、人々が一つとなり、灯が大きな炎となって夜空を照らした。
『約束の日』まで後、5日。
一日また一日とせわしなく時間が過ぎていく。死に行くのにもかかわらず、皆の顔には笑顔が咲き活気で溢れかえっていた。
これが私達の人生だ。これが私たちの生き様だ。これが私たちの覚悟だ。これが私たちの歴史だ。
『約束の日』まであと3日。
明朝に果ての海域に立つ『暁の炎』の一団は最後の晩餐をした。不思議と皆は笑顔で活気にあふれている。明日死ぬというのに。
夜明けと同時に海岸に並ぶ沢山のドラゴン。その背中に乗る赤騎士たちはラベンダーノヨテ聖域国を目指し勢いよく飛び出した。
3時間ほど飛んだ時だった。
突如として海の奥底から溢れ出る魔力が先頭を飛ぶアデリーナの身を震わせた。同様に後方に控える騎士やドラゴンたち1900人近くの仲間たちも身震いを起こし部隊があれる。
特に騎士を乗せていないドラゴンが異様に怯え、皆とは違う方向へ逃げるように飛び始める。
部隊が混乱するのもつかの間、海底から大きな気泡が浮き上がり海面で破裂する。
また一つまた一つと次ぐ次に浮き上がる気泡の大きさは優に10メートルを超えている。
そしてそれはついに姿を現した。
今から342年前。終焉の審判で氷の魔女が召喚した魔物。それは圧倒的な力で炎の魔女をねじ伏せ、広大で巨大な大地に巨大な海を作り出した。
そう、果ての海域。この海自体が氷の魔女の最強の魔物――本体。
50メートルはくだらない巨大な口が海面から空高く伸び、一瞬で3人のドラゴンを飲み込んだ。
海からか顔を出したまま停止する巨大な大蛇はアデリーナ達を見つめると水でできた牙をぎらつかせる。びりびりと大蛇全体に流れるプラズマ、大きく開けた口の中心にプラズマが集まっていく。
「全軍!一切の攻撃は無意味!だから……だから、何としてでも無事にこの海を渡りきって!」
アデリーナに続き前方にいる大蛇の向かい突っ込んでいく。
大蛇の口から放たれた巨大な雷光は一瞬で28人のドラゴンを焼き尽くす。赤騎士の剣技が何とかそのブレスの攻撃を相殺し身を守ることができたが、騎士が乗っていないドラゴンになすすべはない。
突然、海から飛び出る巨大な大蛇の体に飲み込まれるドラゴン。その体は一瞬にしてプラズマに焼かれ即死する。逃げきれないドラゴンが迫りくる大蛇の体に渾身の炎のブレスを放つが、焼け石に水。大蛇の体に触れドラゴンが一瞬で即死していく。
何とか大蛇の顔を過ぎ飛び去るアデリーナたち。しかし、まだ後方にいるドラゴンたちは成すすべもなく次ぐ次に殺されていた。
アデリーナは後方から放たれる大蛇のブレスを何とかかわしがなら先を目指した。後ろにいる沢山の仲間をいけにえにしながら。
しかし、脅威は終わらない。
永遠に続く海から次々に大きな気泡が浮き上がり、まるで海全体が沸騰しているかのように波打った。
そして、前方からいくつもの巨大な大蛇が顔をのぞかせ、アデリーナ達に牙を向ける。
進めば進むほど、次々に大蛇が増えていき、大蛇の顔の数は18を超えた。大蛇からしてみればアデリーナ達は頭上を舞う小さな虫けらに過ぎない。
幸い103人の赤騎士はまだ誰も死んではいなかったが、1800人もいたドラゴンは500人を切ろうとしていた。
まだ永遠の大地を飛び立ってから4時間しかたっていない。この果てしない海を渡り切るにはあと18時間もこの中を飛び続けなければならなかった。
あれから10時間がたった。ドラゴンの数は200を切ろうとしていた。アデリーナから見てももうまばらにしか飛んでいない。
歴戦のドラゴンたちが動きを予想しはじめ攻撃を何とか回避する。そのおかげでだんだん犠牲者が少なくなってきてはいたが、体力も限界を迎えてきている。飛んでいる途中で力尽き落ちていくドラゴンが、一体、また一体と増えていく。
それだけでは終わらない。運命は更に『炎の暁』へと牙をむいた。
日が暮れ始め視界が悪くなる。周りは海一面で視界を照らすものは何も存在しない。大蛇の体は真っ暗な暗闇に隠れこちらを見つめる。
薄っすらと光るプラズマで大蛇の体を黙視することは出来る視界の悪さは昼間とは比べ物にならない。
魔力を感じることができないドラゴンには致命的だった。大蛇は回避もままならないドラゴンをただ一方的に襲った。
あれから何時間たったか分からない。夜空が薄くなり始めたころ大蛇が姿を消した。それは海の終わりを告げる合図だった。
疲労困憊の赤騎士だが奇跡的に勢員が無事だった。身を守る手段を持っているかどうかの差があまりにも大きかった。
そして生き残ったドラゴンの数はわずか114人。身を守る手段を持たないドラゴンが生き残ったのはたったの11人だけだった。残りのドラゴンの上には赤騎士が佇んでいる。日が明け始めると同時に遠くに海岸が見え始めた。
ここまでたどり着けたことが奇跡とすら思える。
一つもの大きな難関を乗り越えることができた騎士たちの頬に安堵がやどる。心なしか、体力の限界を迎えるドラゴンたちも羽ばたく力が少し強くなった気がした。
『約束の日』当日。
歓声を上げ喜び合う赤騎士たちは。大地に降りるために降下していく。
そしてだんだん見えてくる大地に佇む蒼模様。その光景に喜び合っていた赤騎士の声が途絶え、芽生え始めていた希望が絶望へと塗り替えられていく。
大地に並ぶ模様は『蒼軍』だった。その数は1万をくだらない。
一日中空を飛び続けたドラゴンがこれ以上飛び続けるのは限界だった。海岸に降りるしかない。
――そうだった。始めから分かり切っていた。勝ち目などない、希望などないのだ。
『約束の日』まで後、6日。
宮殿の自室で目を覚ましたアデリーナは窓から見える朝日を眺めながら思い耽っていた。ここに住み、ただ平穏に暮らす。そう言った選択肢もあるのかもしれない。
『約束の日』に氷の魔女が何をし、私達が安全に暮らせるのかどうかわからない。ただ、ここにも暁の騎士団とは関係なく普通に暮らしている人々がいる。実際、ここで生まれた子供の中には『炎の暁』に入らず平穏な生活を送り人生を全うするものもたくさんいる。
トントン
扉を軽くノックする音が聞こえる。考え込んでいたアデリーナは少し遅れて返事を返した。
「サラとミヤです」
驚きはなかった。アデリーナは優しい声を返す。
「はいって」
その言葉と同時に扉が開かれる。姿を現した2人の顔に普段の覇気はない。無理はなかった。
中央の丸いテーブルを3人で囲み、さっそくサラが本題の話を切り出す。
「結論から言いますが、私達は諦めたくありません。アリーチェ様を助けたい」
「ああ、あたしもそーだ。ただ黙って見捨てるなんてできるわけない」
「ええ……気持ちは分かる。でも、気持ちで何とかできる問題ではないから」
「それでも!」
珍しく食って掛かるサラをアデリーナは落ち着かせる。
「はっきり言って、ただの犬死」
一切躊躇わずに行ったその真実を聞いてもなお、サラとミヤは引き下がらなかった。しかし、『炎の暁』の長としてアデリーナにはその決断を了承するわけにはいかなかった。
――ヴィットリアさん。アリー。私にはどうすればいいかわかりません。2人に認められて長になったわけでもなく、皆に認められて長になったわけでもありません。
リーダーを失った『炎の暁』分断しないよう、失った絶望から逃れるように成り行きで長になった。それは自分の責任を果たす為なのかもしれない。
ただ一人アデリーナは悩み続けた。
時間だけが過ぎていき、あっという間に夜を迎える。
暁の宮殿の中庭にあるヴィットリアの祭壇の前で座るアデリーナは本音を漏らした。
「立場など気にしなくていいのなら私も助けに行きたい。結果は変わらなくとも行動に移したい。先生の様に……」
真夜中にもかかわらず、ぞろぞろと足音が聞こえる。アデリーナは立ち上がり音のする方に目を向ければ暁の騎士団が次々に祭壇に跪き黙とうをささげる。アデリーナとその祭壇を囲う様にたくさんの暁の騎士が頭を下げていた。
正面で頭を下げるサラとミヤが同時に立ち上がるとアデリーナの瞳を見つめる。
「サラ、ミヤ……」
「私たちの想いもアデリーナと一緒です」
「黙って大人しくしてるなんてできるわけないだろ」
サラに続きミヤが笑って答える。
「しかし、――分かっているのですか?私たちでは氷の魔女に勝てない。転移魔法も使えない私たちは自力であの海を越さなければいけない。あの海は氷の魔女の魔法が巨大な魔物が潜んでいます。私達に勝てる手段はありません。さら、何とかわたり切ったとしてもその先にある城壁をどう越えるというのですか。あの壁はアリーでも外側からは壊せないのは知っていますよね。更に氷の魔女に勝つ手段がどこにあるのですか!ただ死に行くだけです!」
「分かってる」
一歩前に出るミヤに続けてサラもまた一歩前に出て、アデリーナに真っ直ぐな瞳を向ける。
「ええ、分かっています。ここにいる103名の赤騎士全員がそれを望んでいます。ヴィットリアやアリーチェ様のように最後の死に様を後悔のないようにしたいのです」
サラの言葉に続き跪く赤騎士が立ち上がり真っ直ぐアデリーナを見つめた。
そんな中聞き慣れない声が暁の騎士団の後ろから聞こえる。
「おい!俺たちも忘れて貰っちゃ困るぜ。囮でも捨て駒に使ってもらっても構わねえ、ただ最後に一矢報いてやりたいんだ。同じ『暁の炎』としてな」
年の取った男の声に続きたくさんの賛同の声が聞こえる。「そうだそうだ」「行かせてください」
本来の長であれば、本当は止めなければならないのかもしれない。そんな思いを抱くアデリーナだったが、アデリーナの本心は皆と同じだった。
「……ふっ」
思わず鼻で笑ってしまうアデリーナ。その態度に皆が戸惑い一瞬にして静まり返った。
俯いていたアデリーナの顔を誰も目視できず静寂の中で不穏な空気が流れ始める。
しかし、その思いは良い意味で裏切られた。
覚悟を決めたアデリーナは鋭い目つきで笑みを浮かべながら宣言する。
それがアデリーナの本心。これが隠しもしない正真正銘の本心だった。
「私は果ての海域を超え、氷の魔女を打つ。ついてきたいものは私に続け!最後の最後まで魂を燃やせ『暁の炎』の名に懸けて!」
「「「おおおおお―――――――‼」」」
今一度、人々が一つとなり、灯が大きな炎となって夜空を照らした。
『約束の日』まで後、5日。
一日また一日とせわしなく時間が過ぎていく。死に行くのにもかかわらず、皆の顔には笑顔が咲き活気で溢れかえっていた。
これが私達の人生だ。これが私たちの生き様だ。これが私たちの覚悟だ。これが私たちの歴史だ。
『約束の日』まであと3日。
明朝に果ての海域に立つ『暁の炎』の一団は最後の晩餐をした。不思議と皆は笑顔で活気にあふれている。明日死ぬというのに。
夜明けと同時に海岸に並ぶ沢山のドラゴン。その背中に乗る赤騎士たちはラベンダーノヨテ聖域国を目指し勢いよく飛び出した。
3時間ほど飛んだ時だった。
突如として海の奥底から溢れ出る魔力が先頭を飛ぶアデリーナの身を震わせた。同様に後方に控える騎士やドラゴンたち1900人近くの仲間たちも身震いを起こし部隊があれる。
特に騎士を乗せていないドラゴンが異様に怯え、皆とは違う方向へ逃げるように飛び始める。
部隊が混乱するのもつかの間、海底から大きな気泡が浮き上がり海面で破裂する。
また一つまた一つと次ぐ次に浮き上がる気泡の大きさは優に10メートルを超えている。
そしてそれはついに姿を現した。
今から342年前。終焉の審判で氷の魔女が召喚した魔物。それは圧倒的な力で炎の魔女をねじ伏せ、広大で巨大な大地に巨大な海を作り出した。
そう、果ての海域。この海自体が氷の魔女の最強の魔物――本体。
50メートルはくだらない巨大な口が海面から空高く伸び、一瞬で3人のドラゴンを飲み込んだ。
海からか顔を出したまま停止する巨大な大蛇はアデリーナ達を見つめると水でできた牙をぎらつかせる。びりびりと大蛇全体に流れるプラズマ、大きく開けた口の中心にプラズマが集まっていく。
「全軍!一切の攻撃は無意味!だから……だから、何としてでも無事にこの海を渡りきって!」
アデリーナに続き前方にいる大蛇の向かい突っ込んでいく。
大蛇の口から放たれた巨大な雷光は一瞬で28人のドラゴンを焼き尽くす。赤騎士の剣技が何とかそのブレスの攻撃を相殺し身を守ることができたが、騎士が乗っていないドラゴンになすすべはない。
突然、海から飛び出る巨大な大蛇の体に飲み込まれるドラゴン。その体は一瞬にしてプラズマに焼かれ即死する。逃げきれないドラゴンが迫りくる大蛇の体に渾身の炎のブレスを放つが、焼け石に水。大蛇の体に触れドラゴンが一瞬で即死していく。
何とか大蛇の顔を過ぎ飛び去るアデリーナたち。しかし、まだ後方にいるドラゴンたちは成すすべもなく次ぐ次に殺されていた。
アデリーナは後方から放たれる大蛇のブレスを何とかかわしがなら先を目指した。後ろにいる沢山の仲間をいけにえにしながら。
しかし、脅威は終わらない。
永遠に続く海から次々に大きな気泡が浮き上がり、まるで海全体が沸騰しているかのように波打った。
そして、前方からいくつもの巨大な大蛇が顔をのぞかせ、アデリーナ達に牙を向ける。
進めば進むほど、次々に大蛇が増えていき、大蛇の顔の数は18を超えた。大蛇からしてみればアデリーナ達は頭上を舞う小さな虫けらに過ぎない。
幸い103人の赤騎士はまだ誰も死んではいなかったが、1800人もいたドラゴンは500人を切ろうとしていた。
まだ永遠の大地を飛び立ってから4時間しかたっていない。この果てしない海を渡り切るにはあと18時間もこの中を飛び続けなければならなかった。
あれから10時間がたった。ドラゴンの数は200を切ろうとしていた。アデリーナから見てももうまばらにしか飛んでいない。
歴戦のドラゴンたちが動きを予想しはじめ攻撃を何とか回避する。そのおかげでだんだん犠牲者が少なくなってきてはいたが、体力も限界を迎えてきている。飛んでいる途中で力尽き落ちていくドラゴンが、一体、また一体と増えていく。
それだけでは終わらない。運命は更に『炎の暁』へと牙をむいた。
日が暮れ始め視界が悪くなる。周りは海一面で視界を照らすものは何も存在しない。大蛇の体は真っ暗な暗闇に隠れこちらを見つめる。
薄っすらと光るプラズマで大蛇の体を黙視することは出来る視界の悪さは昼間とは比べ物にならない。
魔力を感じることができないドラゴンには致命的だった。大蛇は回避もままならないドラゴンをただ一方的に襲った。
あれから何時間たったか分からない。夜空が薄くなり始めたころ大蛇が姿を消した。それは海の終わりを告げる合図だった。
疲労困憊の赤騎士だが奇跡的に勢員が無事だった。身を守る手段を持っているかどうかの差があまりにも大きかった。
そして生き残ったドラゴンの数はわずか114人。身を守る手段を持たないドラゴンが生き残ったのはたったの11人だけだった。残りのドラゴンの上には赤騎士が佇んでいる。日が明け始めると同時に遠くに海岸が見え始めた。
ここまでたどり着けたことが奇跡とすら思える。
一つもの大きな難関を乗り越えることができた騎士たちの頬に安堵がやどる。心なしか、体力の限界を迎えるドラゴンたちも羽ばたく力が少し強くなった気がした。
『約束の日』当日。
歓声を上げ喜び合う赤騎士たちは。大地に降りるために降下していく。
そしてだんだん見えてくる大地に佇む蒼模様。その光景に喜び合っていた赤騎士の声が途絶え、芽生え始めていた希望が絶望へと塗り替えられていく。
大地に並ぶ模様は『蒼軍』だった。その数は1万をくだらない。
一日中空を飛び続けたドラゴンがこれ以上飛び続けるのは限界だった。海岸に降りるしかない。
――そうだった。始めから分かり切っていた。勝ち目などない、希望などないのだ。