『読むことと書くことについて』②
文字数 3,830文字
前回よりのつづきである。
ツァラトゥストラは文章は「血で書け」と言う。そして、書くことを知らない読者ばかりが一世紀も居続けたならば、精神は腐り悪臭を放つだろうと言う。
「そっれにしてもツァラさん、読者さんめちゃくちゃDISってますよねえ。血で書けだなんて、書いてて出血多量で死んじゃわないか心配です」
「寸鉄ってカッターナイフみたいな刃物ですよね。それで、血で書けって……、やっぱあれですかね、リストカット的な?」
「まあっ! 嫌ですわ。血で書けというのはそういう意味でしたの?」
「元祖中二病的ではあるが、そういう方向に病んではいないと思うなあ。指先を切り付けて血を出して書くようなイメージではないかな」
「でも、なんだか強がって手首とかざっくり切って、どぼどぼ血を出して、『さあ、これで書け!』なんて強がりいいそうな感じです」
「そうだなあ。強がり、なのかもしれないなあ。
それを見せつけるつもりなのか、『勇気』についてすぐに続けているね」
わたしは小鬼に取り囲まれていたい。勇気があるのだから。幽霊を祓い退ける勇気は、みずからのために小鬼を作り出す。――勇気は笑いたいのだ。
「あら、勇気があるんですって。勇気ある人はあまり自分から自慢しませんわよねぇ」
「あれですよ、ポム爺さんは洞窟のまっくらな中でずっと生活しててきっと幽霊こわかったんですよ、それで、小鬼を想像して追い払っていたんじゃないですかねえ?」
「あ、そうでした。てへへ。すっかりラピュってましたです><」
「ふぅ……。(気を取り直して、と。)
ここでツァラ殿がいう幽霊とは、以前からの流れだと神を信じる者だろうし、『読み書き』の話題からすると、過去の文章であったり、古い思想や概念のことだろうな」
「そうした幽霊を祓うために、勇気さんは小鬼を作り出すということなんですわね」
「勇気のターン! ドロー! 勇気くんは小鬼を召喚!! 小鬼は幽霊を追い払うことができる!!」
「(また違う番組になったな……)
そ、そうだな、ま、まあ、解釈的に間違ってはいないと思うぞ」
わたしはもはや諸君と同じように感じてはいない。わたしが足下に見る雲、わたしが哄笑を浴びせる黒ぐろとして重い雲が――まさに諸君にとっては、嵐を巻き起こす雷雲だ。
諸君は高められたいと願うときに、上を見る。わたしはすでに高められているから、下を見おろす。
諸君のうちで誰が、哄笑することができ、そして高められていることができるか。
「わたしは君たちとは違うのだよ。えっへん! えっへん!」
「ははは、まあ、違うのは当たり前だが、こう堂々と他人を下に見ると、そうとう風当たりが強かっただろうな」
「あまり真似するのはよくないですわね。
でも、ツァラさんならそういうの喜んじゃいそうですけれどもね。それだけ勇気があるんだぞって」
勇気を持ち、無頓着で、嘲笑的で、荒々しくあれ――そう知恵はわれらに求める。知恵はひとりの女であって、つねに戦士だけを愛する。
「あ! 知恵ちゃんきました! やっぱり女性じゃないですかー!」
以前、菅原ひとみは「知恵」とは女性であると語ったことがあるのだ。慧眼であったと言えよう。
「ですけれども、少しばかり男性の趣味よろしくないですわね……。この知恵さん」
「無頓着で荒々しくって、ちょっと男らしさを勘違いしてそう……」
「今はそれだけの男子じゃなかなか愛されませんよねー」
「いろんな趣味もありますから、人の好みはなんともいえませんけれどもね」
愛の中にはつねにいくらか狂気がある。しかし、狂気のなかにもつねにいくらかの理性がある。
わたしは生きることを好ましく思っている。そのわたしから見て、蝶やシャボン玉や、それらに似ている人間たちこそが、幸福について最もよく知っていると思われる。
「先ほどまでマッチョなイメージばかりでしたけれど、蝶やシャボン玉が出てきてかわいらしいイメージになりましたわね」
「かわいらしいです♪ で、で、あれですよね、さっきまでの押忍!男道!って感じの男性の視点から見て、蝶やシャボン玉に似ている人間たちって、きっと、女の子のことですよね。そういう女子たちこそが幸せをよく知ってるってことですよね!」
このような、軽くて、おろかで、小さくかわいらしく、うごきやすい心の持ち主たちが、ひらひら飛んでいるのを見ると――ツァラトゥストラは、こころ動かされ、思わず涙をうかべ、歌をくちずさむ。
「涙ぐむこともないですのに。でもつい歌っちゃうなんて、かわいらしいですわね」
わたしは踊ることができる神のみを信じる。
わたしが自らの悪魔を見たとき、悪魔は真面目で、綿密で、深く、厳粛だった。それは重さの霊だった。――この霊によってすべての物が落下する。
「この、重さを悪魔としてとらえているのは面白いな。そして、悪魔は生真面目な存在らしい」
「重いと踊れないんですわね。踊ることは軽いわけですから、悪魔の正反対なんですわね」
「重力に魂を縛られた人々よ!! くらえっ! グラビティ―・ビーム!!」
怒りによってではなく、笑いによってこそ、この霊は殺せる。さあ、この重さの霊を殺そうではないか。
「殺そうというのは物騒だが、笑いの力で重さをなくす、というのも面白いね」
早乙女れいかよりまた紅茶がふるまわれる。お菓子をつつきつつ一休み。
そこに菅原ひとみが別のお話を持ち出してきた。
「さっきの、笑いの力で重さの悪魔を倒すってお話、ゾナハ病みたいですね」
「人を笑わせていないと死んじゃう病気なんです、怖いですねー」
「『他者の副交感神経系優位状態認識における生理機能影響症』ってやつだな。真夜中のサーカスが世界中に広めているという……」
* *
* + うそです
n ∧_∧ n
+ (ヨ(* ´∀`)E)
Y Y *
「アスキーアートはさすがにやめておけってば。
今のは『からくりサーカス』という漫画に出てきた病名さ。
まあ、嘘というか、よくできた創作だな。
僕は兄が持っていた漫画を借りて読んだのだが、とてもおもしろかったよ。少年向けの漫画だけれども、笑顔の大切さだけでなく、生きることのすばらしさや勇気を学んだ気がするね」
『からくりサーカス』は藤田和日郎による漫画である。計算された複雑なプロットと緻密で骨太なストーリー、そしてオートマタ(からくり)による強烈なアクションが魅力の名作である。吾輩からもぜひ一読をお勧めする。
「めっちゃ泣けるお話ですよーぅ。ぜひ読んでください!」
「まあ、そうですの? お二人が薦めるのでしたらこれは読んでみなくっちゃですわね」
「まあ、それは大変。ツァラさんを読むのより大変かしら……?」
「読むだけでは精神が臭くなってしまうんではありませんでしたっけ?」
「ああ、それは大丈夫だろう。あの名作はただ読むだけではなく、絶対に語りたくなる。それは僕が保証しよう」
「途中けっこうつらいですけど、最後まで読み通したら感動して、心が軽くなっちゃうかもですね!」
あいかわらずの寄り道だらけの読書会である。
とはいえ、暗く重く、厳しい調子が続いていたツァラトウストラの語りに、明るく楽しげな雰囲気が入り込んできたことも事実である。
実際、少女たちのノリも変わってきたようだ。
実はひとみも、重くなりがちだった雰囲気を変えるべく、いままでボケ役をやっていたのかもしれない。たとえ無意識であったとしても。
今後、ツァラトウストラ自体が明るくなっていけば、彼女の馬鹿さ加減も影をひそめていくのではないかと……。思うのだが、いや、やはり、そんなことはなさそうか、と改めて考え直した吾輩であった。
いまわたしは軽い。いまわたしは飛ぶ。いまわたしはわたしをみずからの下にみる。いまわたしを通じて、ひとりの神が舞い踊っている。
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