『肉体を軽蔑する者たち②~「君のなか。」』
文字数 2,204文字
感覚は感じ、精神は認識する。だがそれは決してそれ自体のうちに完結することがない。だが、感覚と精神は自らにおいてすべてのものは完結していると、君をかき口説こうとする。これほど感覚と精神はうぬぼれている。
だが、感覚と精神は道具だ。玩具だ。その向こうになお「自己」がある。この「自己」こそが感覚の眼で探し、精神の耳で聞いている。
「あー。非常に残念なおしらせだが、『かき口説く』は別にハートフルな用語ではなくて、無理やり説得するような意味合いのようだぞ?」
小学館デジタル大辞林によると、『かき口説く』とは、【自分の心境を訴えたり、相手を説得したりするため、くどくどと繰り返し述べたてる。】という意味合いのようだ。自分好みの話題が来たと喜んでいた腐女……いや乙女たちは少しといいつつかなり残念そうである。
「この文の内容は前回の補足のようなものだな、感覚や精神は自分たちが主体で完結しているとうぬぼれているけれど、実際にはそれら、感覚や精神は道具であって、その向こうの「自己」によってコントロールされているぞ。というわけだ」
「自己」はつねに聞き、探す。比較し、制圧し、破壊する。それは支配する。「われ」の支配者でもある。
わが兄弟よ。君の思考と感情の後ろには、強大な支配者、知らぜらる賢者がいる。——それが、「自己」である。彼は君の肉体のなかに住む。彼は君の肉体である。
「ああ、ドイツ語ではSelbstと書いてゼルプストと読むのだな」
「なんだか支配者で破壊者って、すっごい偉い魔王ゼルプストさんってかんじですね」
?
一瞬我が名を呼ばれた気がしたが気のせいであるかな??
さん付けされたのは吾輩はじめてであるが。
「そのゼルプストさんが肉体の中に住んでいて、身体をコントロールしているわけですわね」
「たしかに。ああした男子向けのアニメによく使われている気がするな。大きな力をもったロボットをコントロールするパイロットなどはちょうどよいモチーフなんだろう」
ど根性なカエルにはついてきた小早川栞理も、さすがに元祖スーパーロボットはわからなかったらしい。
(まったくの余談だが、最近また映画になったそうだ。で、我らが筆者は、その映画の脚本家のファンなので見たがっているらしいが、おおもとの話を知らずに見て理解できるのかどうかは謎ではある。)
「うーんと、それじゃあ……
『♪敵に渡すなだーいじーなリモコン♪』とかー」
「自己パイロットにリモコンで操作されちゃうのですわね」
おっと、元祖といえばこちらであったか。それとも本家だろうか? 意外にもお嬢様の早乙女かおりは鉄人を知っていたらしい。
「そういえば自己さんは肉体の中に住んでいるんですよねー。
『♪きーみのーなかーかーらー、アイアンきーんーぐー♪』ってかんじー」
「君の中から出てきちゃうのか!? ロボットがか? 本気でわからんぞ?」
「あはは、きっと自分の殻をやぶるんですよ、しゃげーって!」
だんだん吾輩もついていけなくなってきているが、念のため補足しておくと、歌詞カードによると君の中ではなく霧の中から出てくるらしい。昭和の巨大ロボットも菅原ひとみの空耳にかかるとまるでエイリアン状態である。
「実際、特撮やアニメのロボットものに重ねて考えるとよいのかもしれないな。僕はひとみ君ほど詳しくはないが、たしかにいろいろと合致しそうな気はする」
「えっへん! この知恵者になんでも聞いてくださいね!」
(「この痴れ者」の間違いでないと良いのだが……)
君の最高の知恵よりも、君の肉体の中に、より多くの理性がある。だが、君が最高の知恵を必要とするおのは、一体何のためか。それを誰が知ろう。
「『われ』が知恵と言っているものよりも多くの理性が身体にはある。ということだな」
「自己」は「われ」を笑う、「われ」が得意げに飛び跳ねるのを笑う。<中略〜自己は言う〜>「わたしは『われ』のおぼつかない足取りを導く紐だ、『われ』がいだく概念を吹き込む者だ」。
「ほんとう、手綱を握っているわけですのね。リモコンをもっているのが自己さんというわけですわね」
原文では「自己」が「われ」を支配し、コントロールしている表現が次につづいている。少年漫画やアニメの文脈では、「われ」というロボットの力の強さだけでなく「自己」パイロットのコントロールの技量レベルについても語られることが多いようだが、それについてもニーチェは言葉を費やしているのだ。
このあたりは少々長くなるので、より詳しく知りたい読者はツァラトゥストラ原文を参照していただきたい。
『モビルスーツの性能の違いが、戦力の決定的差ではないということを……教えてやる!』
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