『肉体を軽蔑する者たち②~「君のなか。」』

文字数 2,204文字

 感覚は感じ、精神は認識する。だがそれは決してそれ自体のうちに完結することがない。だが、感覚と精神は自らにおいてすべてのものは完結していると、君をかき口説こうとする。これほど感覚と精神はうぬぼれている。

 だが、感覚と精神は道具だ。玩具だ。その向こうになお「自己(ゼルプスト)」がある。この「自己」こそが感覚の眼で探し、精神の耳で聞いている。

口説(くど)く!」
「かき口説(くど)く!」

「あー。非常に残念なおしらせだが、『かき口説く』は別にハートフルな用語ではなくて、無理やり説得するような意味合いのようだぞ?」


「えー!?」


「そうだったのですか、少し残念ですわね」

小学館デジタル大辞林によると、『かき口説く』とは、【自分の心境を訴えたり、相手を説得したりするため、くどくどと繰り返し述べたてる。】という意味合いのようだ。自分好みの話題が来たと喜んでいた腐女……いや乙女たちは少しといいつつかなり残念そうである。

「ちぇー」

「この文の内容は前回の補足のようなものだな、感覚や精神は自分たちが主体で完結しているとうぬぼれているけれど、実際にはそれら、感覚や精神は道具であって、その向こうの「自己(ゼルプスト)」によってコントロールされているぞ。というわけだ」

 「自己」はつねに聞き、探す。比較し、制圧し、破壊する。それは支配する。「われ」の支配者でもある。

 わが兄弟よ。君の思考と感情の後ろには、強大な支配者、知らぜらる賢者がいる。——それが、「自己」である。彼は君の肉体のなかに住む。彼は君の肉体である。

「これは英語ではセルフ(Self)ですわよね」
「ああ、ドイツ語ではSelbstと書いてゼルプストと読むのだな」

「なんだか支配者で破壊者って、すっごい偉い魔王ゼルプストさんってかんじですね」

一瞬我が名を呼ばれた気がしたが気のせいであるかな??

さん付けされたのは吾輩はじめてであるが。

「そのゼルプストさんが肉体の中に住んでいて、身体をコントロールしているわけですわね」

「巨大ロボットの運転手さんみたいですね」

「たしかに。ああした男子向けのアニメによく使われている気がするな。大きな力をもったロボットをコントロールするパイロットなどはちょうどよいモチーフなんだろう」

「俺がガンダムだ!」

「そうそう(笑)」
『甲児! お前は神にも悪魔にもなれる!』
「いや、さすがにそれはわからんが……」

ど根性なカエルにはついてきた小早川栞理(こばやかわ・しおり)も、さすがに元祖スーパーロボットはわからなかったらしい。


(まったくの余談だが、最近また映画になったそうだ。で、我らが筆者は、その映画の脚本家のファンなので見たがっているらしいが、おおもとの話を知らずに見て理解できるのかどうかは謎ではある。)

「うーんと、それじゃあ……

 『♪敵に渡すなだーいじーなリモコン♪』とかー」

「いやいや、わからんって」
「自己パイロットにリモコンで操作されちゃうのですわね」
おっと、元祖といえばこちらであったか。それとも本家だろうか? 意外にもお嬢様の早乙女(さおとめ)かおりは鉄人を知っていたらしい。

「そういえば自己さんは肉体の中に住んでいるんですよねー。

 『♪きーみのーなかーかーらー、アイアンきーんーぐー♪』ってかんじー」

「君の中から出てきちゃうのか!? ロボットがか? 本気でわからんぞ?」
「あはは、きっと自分の殻をやぶるんですよ、しゃげーって!」
「怖くないかそれ……?」
だんだん吾輩もついていけなくなってきているが、念のため補足しておくと、歌詞カードによると君の中ではなく霧の中から出てくるらしい。昭和の巨大ロボットも菅原(すがわら)ひとみの空耳にかかるとまるでエイリアン状態である。
「実際、特撮やアニメのロボットものに重ねて考えるとよいのかもしれないな。僕はひとみ君ほど詳しくはないが、たしかにいろいろと合致しそうな気はする」
「えっへん! この知恵者になんでも聞いてくださいね!」
「調子に乗ってあとで失敗しても知りませんわよ?」
「えへへ〜」
(「この()れ者」の間違いでないと良いのだが……)
 君の最高の知恵よりも、君の肉体の中に、より多くの理性がある。だが、君が最高の知恵を必要とするおのは、一体何のためか。それを誰が知ろう。
「ぎゃー、いきなり知恵否定されましたー!」
「さっそくですわね」
「『われ』が知恵と言っているものよりも多くの理性が身体にはある。ということだな」
「自己」は「われ」を笑う、「われ」が得意げに飛び跳ねるのを笑う。<中略〜自己は言う〜>「わたしは『われ』のおぼつかない足取りを導く紐だ、『われ』がいだく概念を吹き込む者だ」。
「ほんとう、手綱を握っているわけですのね。リモコンをもっているのが自己(ゼルプスト)さんというわけですわね」
原文では「自己」が「われ」を支配し、コントロールしている表現が次につづいている。少年漫画やアニメの文脈では、「われ」というロボットの力の強さだけでなく「自己」パイロットのコントロールの技量レベルについても語られることが多いようだが、それについてもニーチェは言葉を費やしているのだ。

このあたりは少々長くなるので、より詳しく知りたい読者はツァラトゥストラ原文を参照していただきたい。

『モビルスーツの性能の違いが、戦力の決定的差ではないということを……教えてやる!』
「誰だよ……?」
<つづく>
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登場人物紹介

敬聖学園図書委員。菅原《すがわら》ひとみ です!

明るく元気な一年生! たまに騒ぎすぎて先生に叱られてます。

うちの学園の図書室ってすごい大きいんです。礼拝堂の裏にある4階建ての建物が丸々「図書館」なんですよ。すごいよね。地下室もあるって噂もあったりして。

小早川栞理《こばやかわ・しおり》と申します。

何やら図書室の主だとか超能力者だとか名探偵の生まれ変わりだとか……。

色々と噂されているようですね。その上、二重人格だとか……。

ーーー

ふん、この切り替えは意図してやっていることだ。他人にどうこういわれる筋合いはないな。


(親しい人の前では男っぽくなります。その理由は本編をどうぞ)

早乙女《さおとめ》れいか です。

自他共に認める栞理の大親友。栞理のいるところれいかあり。

栞理の頭脳と我が家の財力があれば、大抵のことはなんとかなりますのよ。


押忍! ワガハイが新聞部部長、柏野《かしの》ようこである! 


嘘である!

にゃはは。本当は図書委員でーす。壁新聞担当! でも、学園イチの情報通とは私のことよん!

噂話から真実の報道までなんでもリサーチ! 情報はおまかせっ!

『ツァラトゥストラかく語りき』河出文庫、佐々木 中 訳

2015年8月10日初版発行

菅原ひとみが選んだ最もあたらしい翻訳のツァラトゥストラ。

雰囲気的に「さん」付けで、愛称は『ツァラさん』


※作中の引用は2015年8月10日初版による。


『ツァラトゥストラ』(上・下) 光文社古典新訳文庫、丘沢 静也 訳

2010年11月20日初版発行

早乙女れいかのペアブック。現代風に再翻訳された読みやすさに定評のあるツァラトゥストラ。

愛称は『ツァラちゃん』


※作中の引用は2010年11月20日初版第1刷による。


『ツァラトゥストラ』中公文庫、手塚 富雄 訳

昭和四八年六月一〇日初版発行

小早川栞理が見出した、なかなかハードめの翻訳。硬質な日本語に浸りたい向きにはおすすめ。

無理やり決められた愛称は『ツァラ殿』


※作中の引用は第八版による。


栞理幼女バージョン (NEW!)

栞理 兄(NEW!)

ナレーター役の四天王その壱(シルエット)

なんと! ファンアートですって!

先輩方をGoogle+の黒にゃんこ  naduki ari さん が書いてくださいました! ワーイ(∩´∀`)∩☆

表紙ッ!

本作のキャラクターデザインおよびイラスト(の大半)は著者の敬愛する「しんいち」師匠の手によるものです。

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