『いとしさとせつなさといとい○げさと』
文字数 3,982文字
今回はしばらくご無沙汰であった、早乙女れいかの選んだ光文社古典新訳文庫の丘沢静也訳よりお送りする。意味不明の本タイトルは、本編が始まる前に丘沢訳の「ツァラトゥストラかく語りき」の章題『喜びの情熱と苦しさの情熱について』を見た菅原ひとみが何を思ったか口走った謎の歌の歌詞……。なのであるが、残念ながらその謎歌の、なにがどう本編に関係あるのか、吾輩はもちろん二人の先輩女子も理解できず。しかたなくそのままスルーさせていただいたことをここに記しておきたいと思う。
『喜びの情熱と苦しさの情熱について』
兄弟よ、君に徳があって、それが君の徳であるなら、その徳は誰の徳とも共通点がない。
もちろん、君はそれに名前をつけて、愛撫するつもりだ。その耳をひっぱって、退屈をしのぐつもりだ。
「とくとく? とくべつしょうひん特選品フェアー?」
「徳を積むほうの徳だな。英語ではVirtue(バーチュー)、キリスト教的にはCharity(チャリティ)だろうか。」
「うーん、ちがう気がするがなんとなく説明するのが面倒になってきたぞ」
「だれの徳でもない、自分だけの特別なトクさんって名前を付けて愛撫するわけですねっ! 愛撫ですって! やーん!♡」
「あらあら。
耳をひっぱってみたら退屈しのげるかもしれませんわよ?」
だが、しかし! 名前をつけてしまうと、名前は大衆に共有される。君の徳と一緒に、君も大衆の群れになってしまう!
「ええと、名前を付けられない徳って何なのでしょうね?」
「この先で言及されているが、ツァラ殿的にははっきりと言葉にするべきではないと考えているようだな」
君の徳は、うんと高貴であるべきだ。名前で呼ばれるほど馴れ馴れしいものであってはならない。どうしてもそれについて語らねばならないときは、たどたどしく語ることを恥ずかしいと思うな。
たどたどしく言えばいいのだ、「これが私の善なんです。私が愛してやまない善なんです。こんなに私は気に入っているんです。こんなふうにしか私は善をのぞみません。
「そうだな、貴人はまず位や役職で呼ぶのが礼儀なのだな」
「私は名前で読んでくれたほうがうれしいですけど〜」
「はやー、そうだといいんですけど、そうでなくって、下の名前で読んでくれると親しみやすくていいかなーって」
「( ゚д゚)ハッ!
わかりました! この善って人の名前ですよきっと!」
「おトクさんも昔の女の人の名前っぽいじゃないですかぁ、それで、身分違いの下男の善司さんに密かに心をよせてるんですよ!」
女優のように芝居っけたっぷりにおトクさんのセリフを読みあげるひとみである
『これが、私の善なんです。私が愛してやまない善なんです! こんなに私は気に入っているんです。こんなふうにしか私は善をのぞみません!』
「とにかく!
『私の善さん、変わらないでっ!』ってかんじです! 愛ですわー」
「もー、親しい仲では名前を略すんですよっ! 恋心はつのるのだけれど、なかなか言い出せなくって、ついたどたどしくなっちゃうのです!」
わからない。といいつつ、ニコニコ顔のれいかである。けっこう嬉しそうだ。
善を、神の掟としては望みません。人間界の規約・必需品としては望みません。それを地上を越えた世界や天国への道しるべにするべきではない。
地上の徳なんですよ。私が愛するのは。この徳は、あんまり利口でないし、みなさんがもっている理性もほとんどもっていない。
でも、この徳は、鳥のようにわたしのところで巣をつくった。だから私はこの鳥を愛し、胸に抱くわけです。――いま、この鳥は私のところで金の卵を温めている」
こんなふうにたどたどしくしゃべって、君は自分の徳をたたえるといい。
「ふむふむ、今度は善さん視点ですね。おトクさんってあんまり賢くないのかしら?」
「まあ実際、人の徳性と知性は別のものだといわれているがね」
「でもおトクさんって彼のもとに小鳥のように飛んでいって巣をつくったのですね。ふいに訪れた恋みたい。両思いですわね。よいかんじですわ」
「いつの間にかハートに住み着いちゃうんですね! すてき!」
「なんだかどんどん別の話になっている気もするが……」
以前の君には、苦しさの情熱があり、それを悪と呼んでいた。だがいまの君には、徳しかない。君の徳は君の苦しさの情熱から成長したものだ。
「苦しい情熱! 恋心かしら? それを悪と呼んでいたって、やっぱり許されない恋なのだわ!」
「僕はもともとはまったく違う解釈だったのだが、ひとみ君説に乗るとすると……。
うーんと、アレではないかな?」
次の文をゆび指しながら、なにやら恥ずかしそうに語りだす栞理である。
君は、自分の最高の目的を、苦しさの情熱に刻みつけた。すると苦しさの情熱が君の徳となり、君の喜びの情熱となった。
「相手に打ち明けられない苦しさってあるじゃないか。あの気持ちを、自分の中で最初は悪と呼んでいたのだけれど、想いが募って、その想いが成長して徳になり、苦しみではなく喜びの情熱になった。ということではないかな?」
吾輩も栞理と同じく当初はまったく違う解釈であったが、この先をみても実は恋心の話だったのではないかと思えてくるから不思議である。
君が癇癪持ちの家系であろうと、好色家の家系であろうと、狂信家の家系であろうと、復讐鬼の家系であろうと、 結局、君の苦しさの情熱はすべて徳となり、君の悪魔のすべては天使となったのだ。
以前の君は、地下室に野良犬を飼っていた。だが結局、野良犬たちは鳥に変身して、かわいらしい歌を歌った。
君は、自分の毒を醸造して香油をつくった。憂鬱という名前の君の雌牛の乳をしぼった。──そしていま、その乳房から出た甘いミルクを飲んでいる。 どんな悪もこれから将来、君から生まれることはない。もっとも、君の徳と徳が戦って悪が生まれる場合は別だが。
「徳と徳が戦って悪がうまれる? どういうことでしょうね」
「NTRはちがうだろ、浮気心というやつじゃないか?」
「他の恋を追い出して〜♪ 君の中に入り込む〜 それわ〜♪」
兄弟よ、運がよければ、君が身につけている徳はたったのひとつだけ。だから誰よりも身軽に橋を渡っていく。
徳をたくさん身につけている者は、立派だ。だが重い運命を背負っている。なかには、砂漠に行って、命を落とした者もいる。徳と徳との戦闘や戦場であることに疲れたからだ。
兄弟よ、戦争や戦闘は悪か? だがこの悪は避けることができない。徳たちのあいだでは、嫉妬や不信や中傷は避けることができない。
ほら、君がたくさんの徳を身につけているのなら、どんな徳も、自分が最高のものになりたがる。君の精神をひとり占めしようとする。君の精神を自分の伝令にしようとする。怒るときも、憎むときも、愛するときも、君の力のすべてを要求する。 どんな徳も、ほかの徳に嫉妬する。恐ろしいのは嫉妬だ。徳だって、嫉妬のせいで破滅する。
「今日はよく歌う日だな……。頼むから二小節以上はやめてくれよ……」
「(ゴホン)
と、ともかく、いくつも恋や愛を持つのは危険らしいな」
嫉妬の炎に囲まれたら、最後にはサソリのように、自分自身に毒針をむける。
ああ、兄弟よ、徳が自分自身を中傷し、刺し殺すのを見たことがないのか?
「嫉妬の炎はサソリの毒、ですわね。気を付けませんと怖いですわよ~」
皆わかっているのかいないのか。
ともかく、いろいろと怖いものがあるのが人の世の常だろうか。
読者諸君にも、サソリの毒にはぜひとも気を付けてもらいたい。
だから君は、君の徳を愛することだ。──徳のせいで君は破滅するだろうから。──
念のため参考文献(?)
・『恋しさと せつなさと 心強さと』/ 作詞:小室哲哉 (なんと!そうでしたのね!)
・『檄!帝国華撃団』/作詞:広井王子
・『19時のニュース』/作詞:朝水彼方
・『ラムのラブソング』/ 歌詞:北出菜奈
および関係ないのに勝手に名前を出してしまった糸井重里さん、尊敬してます。すみません!><
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