『ツァラトゥストラ』前口上~太陽をおまえ呼ばわり

文字数 2,192文字

「ここに、五冊のツァラトゥストラを用意した」
そう言って栞理先輩が机においたのは

・『ツァラトゥストラ』中公文庫、手塚 富雄 訳

・『ツァラトゥストラはこう言った』(上・下)岩波文庫、氷上 英廣 訳

・『ツァラトゥストラかく語りき』河出文庫、佐々木 中 訳

・『ツァラトゥストラ』(上・下) 光文社古典新訳文庫、丘沢 静也 訳

・『ツァラトゥストラかく語りき』(上・下)新潮文庫、竹山 道雄 訳

だ。
「ツァラトゥストラ五人衆ってわけね!」
「え? 人……?」
「細かい突っ込みはなしよ」
「五兄弟かもしれないぞ?」
「ええっ!? ご兄弟だったんですか!?」
「い、いや、冗談だ」
「むー」
「……」
冷たい空気が流れる……。
(れいかの発言は良くて、なぜ僕の発言が許されないのか、謎だな……。

 そして、窓のない地下室にひややかな風が吹き込んでくるのも、この学園図書室の謎と言えよう……)

「ゴホン。と、とりあえず、それぞれ、ニーチェが『人類への最高のプレゼント』と言い、また『人類が今までで出会った中で最高の難問』とも言っていた本の日本語訳版だ。閉架とはいえ、ここまでそろってるのはなかなかないんじゃないかな」
(あ、ごまかした!)
「五冊も同じような本があるなんて。なぜ閲覧禁止の本がそんなにあるのかしら……」
「いろいろと謎だな。まあそうした謎の解明はまたおいおい行うとして……」
「みんな、同じ本なんですか?」
「内容は同じはずだが、味わいはだいぶ違うぞ。ざっと冒頭にある言葉を読み比べてみよう、これは主人公のツァラトゥストラが太陽に語りかける言葉だ」
まず、中公文庫、手塚 富雄 訳の『ツァラトゥストラ
「おまえ、偉大な天体よ。おまえの幸福もなんであろう、もしおまえがおまえの光を注ぎ与える相手をもたなかったならば。」
「かっこいい! けれど太陽を『おまえ』呼ばわりするなんて! やっぱりとっても偉そうなお方ですねー」
「お芝居のセリフみたいね」
「手塚訳ではここは『序説』とされているが、中には『前口上』なんて訳もあるようだ。たしかに台詞のように読めるな」
「つづいて、新潮文庫、竹山 道雄 訳『ツァラトゥストラかく語りき』だ」
「なんじ大いなる天体よ! もしなんじにして照らすべきものなかりせば、なんじの幸福はそもいかに?」
「わあっ! これもかっこいいです!」
「どんどんいくぞ、光文社古典新訳文庫、丘沢 静也 訳『ツァラトゥストラ』 」
「おお、大きな星よ! お前に照らされる者がいなかったら、お前は幸せだろうか!」
「これはわかりやすい感じね。深く考えなくても、そのまま意味がわかりますわ」
「ほんと、現代(いま)の言葉の感じがしますね。わたしやっとここの意味がわかりました。それと、表紙がいちばんかわいいです♪」
「ツァラトゥストラのイメージの絵なのかもしれないな。今風に読みやすい口語体で訳したのがこの翻訳のようだ。

 さて、まだあるから続けるぞ。

 つぎ、岩波文庫、氷上 英廣 訳『ツァラトゥストラはこう言った』」

「偉大なる天体よ! もしあなたの光を浴びる者たちがいなかったら、あなたははたして幸福といえるだろうか!」
「へえ、いろんな言い回しがあるんですねぇ」
「ラスト、河出文庫、佐々木 中 訳『ツァラトゥストラかく語りき』」
「君よ、大いなる星よ、いったい君の幸福もなにものであろうか、もし君にひかり照らす相手がいなかったならば。」
「これは現代っぽいけどすこし硬いかんじかしら……」
「それなりにシッカリしているイメージね」
「人によって、誰の訳はよかった、誰の訳は合わなかったなんていう話も聞くからな、どの本を手に取るかは君たちに任せよう。
各自で気に入った本から、何が読み取れるのか、一緒に見ていこうじゃないか。
ニーチェがここまで言い切った、人類最高の謎で最高のプレゼントってやつをね」
「うーん……。どうしよう、迷っちゃいますねぇ」
「わたくしはこちらの本にしようかしら。いちばんわかりやすそう、光文社古典新訳文庫の丘沢 静也さんの訳」
「あ、表紙がかわいいやつ! いいなー!」
「うふふ。早いもの勝ちですわよ」
「えーっとぉ、じゃあ私は次に表紙が可愛いコレにします! 河出文庫、佐々木 中 訳!」
「写真付きのやつか。みなビジュアル重視だな」
「見た目はやっぱり重要ですわよ」
「では、あえて僕はこれだな。中公文庫、手塚 富雄 訳だ。」
「さすが! 渋い奴ですね!」
「実は単に厚さで選んだのだがね。上下巻の本を除いて、この本が一番厚いのだ」
「なーんだ、そういうこと」
「厚い方がいいなんて、やっぱりさすがです! 分厚い本、萌えますよね!」
「あらあら、こんな所にも本の虫がいましたわ」
「図書委員は伊達ではないな」
「えへへー」
「では、これより、皆で選んだそれぞれの本を読み進めてみよう。ときどき交換したり、見せ合うのもおもしろそうだ」
「選んでいないほかの本はどうしますか?」
「必要とあらば参照してみるのも良いとおもうが、あまりいろいろ手を出すと混乱するのではないか?」
「そうね、まずはわたくしが選んだツァラトゥストラを読みこんでみたいですわ」
「ですね、まずはわたしのツァラさんのキャラクターを掴んでみます」
「ははは、私のツァラさんとは。なかなか面白い」
「じゃ、わたくしのはツァラちゃん? かしら?」
「君たち……。(まあ、おもしろいからいいか)」
〈つづく〉
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登場人物紹介

敬聖学園図書委員。菅原《すがわら》ひとみ です!

明るく元気な一年生! たまに騒ぎすぎて先生に叱られてます。

うちの学園の図書室ってすごい大きいんです。礼拝堂の裏にある4階建ての建物が丸々「図書館」なんですよ。すごいよね。地下室もあるって噂もあったりして。

小早川栞理《こばやかわ・しおり》と申します。

何やら図書室の主だとか超能力者だとか名探偵の生まれ変わりだとか……。

色々と噂されているようですね。その上、二重人格だとか……。

ーーー

ふん、この切り替えは意図してやっていることだ。他人にどうこういわれる筋合いはないな。


(親しい人の前では男っぽくなります。その理由は本編をどうぞ)

早乙女《さおとめ》れいか です。

自他共に認める栞理の大親友。栞理のいるところれいかあり。

栞理の頭脳と我が家の財力があれば、大抵のことはなんとかなりますのよ。


押忍! ワガハイが新聞部部長、柏野《かしの》ようこである! 


嘘である!

にゃはは。本当は図書委員でーす。壁新聞担当! でも、学園イチの情報通とは私のことよん!

噂話から真実の報道までなんでもリサーチ! 情報はおまかせっ!

『ツァラトゥストラかく語りき』河出文庫、佐々木 中 訳

2015年8月10日初版発行

菅原ひとみが選んだ最もあたらしい翻訳のツァラトゥストラ。

雰囲気的に「さん」付けで、愛称は『ツァラさん』


※作中の引用は2015年8月10日初版による。


『ツァラトゥストラ』(上・下) 光文社古典新訳文庫、丘沢 静也 訳

2010年11月20日初版発行

早乙女れいかのペアブック。現代風に再翻訳された読みやすさに定評のあるツァラトゥストラ。

愛称は『ツァラちゃん』


※作中の引用は2010年11月20日初版第1刷による。


『ツァラトゥストラ』中公文庫、手塚 富雄 訳

昭和四八年六月一〇日初版発行

小早川栞理が見出した、なかなかハードめの翻訳。硬質な日本語に浸りたい向きにはおすすめ。

無理やり決められた愛称は『ツァラ殿』


※作中の引用は第八版による。


栞理幼女バージョン (NEW!)

栞理 兄(NEW!)

ナレーター役の四天王その壱(シルエット)

なんと! ファンアートですって!

先輩方をGoogle+の黒にゃんこ  naduki ari さん が書いてくださいました! ワーイ(∩´∀`)∩☆

表紙ッ!

本作のキャラクターデザインおよびイラスト(の大半)は著者の敬愛する「しんいち」師匠の手によるものです。

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